『虚像少女』 ... ジャンル:未分類 ショート*2
作者:鋏屋                

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 ふと気づいたことがある。

 私は今まで一度も鏡を見たことがない。そう、生まれてから一度も……
 女として生まれ、今年で十七歳になる。なのに私はまだ一度も自分の顔をこの目で見たことはない。
 何故って?
 それは見る必要性を感じなかったから……
 私に会う人は皆声をそろえて私の容姿を褒め称える。

 可愛い
 綺麗
 美しい

 私はその言葉で満たされる。他者からの評価が不快なものでないのなら、鏡は必要ない。わざわざ自分で確認しなくても、その顔に様々な手を加え化粧を施さなくとも、私を見る全ての人が、私の容姿を褒め称えるのなら、自ら鏡を覗き込む必要がない。
 先日、鏡は女にとって大事な道具だと聞いた。皆、小さくても必ず携帯しているのだという。
 私はそれを聞いて不思議に思った。
 なら私は女ではない? 
 だって一度も鏡を見たことのない私は、一度も鏡を重要な道具だと思ったことがないもの……
 私はそのことを母に聞いた。すると母はこう言った。

 皆、自分に自信がないのよ。だから鏡を見て自分の姿を確認するの。お化粧をして、鏡に映るその顔が、他人が見ても同じに見えると思うと少しだけ安心するの。決して満足している訳ではないのだけれど、そう思うことで自分を納得させているだけ。

 そう言ってクスリと笑う母。少し自嘲気味に。

 母も?

 私はそう聞いた。

 ええ、そうよ。私も同じ。
 でもあなたは違うでしょ? だってあなたはそんなにも可愛くて、綺麗で、美しいんだもの……

 母のその言葉に、私は口元がほころびるのを感じた。可愛くて、綺麗で、美しいという言葉に、私は喜びを感じているから。

 ほら、笑った顔がまたとても可愛い。その喜びが女である証拠……

 私は母の言葉でその全てを納得する。やはり私には鏡など必要ない。私はとても可愛くて、綺麗で、美しいのだから……
 私が嫌うあの人も
 私を嫌うあの人も
 私を愛するあの人も
 私が愛するあなたも
 化粧などしなくても、私に出会う人全てがそう思うのなら。


 私は寝る前に瞼を閉じ、脳裏に浮かび上がる自分の顔をみる。

 肩まで伸びるつややかな黒髪
 すうっと通った鼻梁と、切れ長の二重瞼
 その奥に佇むオニキスのような瞳
 ぷっくりとした愛くるしい唇
 その微笑みからこぼれる健康的な白い歯
 
 私を褒め称える人達から貰った、私を形容した言葉全てを総合して組み立てた私の顔……
 可愛くて、綺麗で、美しい私の顔……

 でも、私はその顔を少しも想像出来なかった。
 まだ一度も人の顔を見たことのない私には…… 


2009/10/30(Fri)20:29:02 公開 / 鋏屋
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■作者からのメッセージ
甘木殿とお犬さまのコラボを読み、私も書いてみようかなどと思ったのが運の尽きか……スイマセン、やっちまった感バリバリです。最初で最後かも……
やはり私にはショート×2はハードルが高かったようです。初めて挑戦しましたが凄い難しい。かける方はホント羨ましいです(涙
朝の揺れる通勤電車の中で鏡を見ながら器用にお化粧している女性を見て思いついたネタでした。
鋏屋でした。

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