『不透明少女』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:甘木                

     あらすじ・作品紹介
透明人間になりたかった少女のお話

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 もしなれるのなら私は透明人間になりたい。
 平凡や無個性という言葉に置き換えてもいい。誰にも気付かれず社会に埋没してしまうような人間になりたい。誰かが私の姿を目にしても十秒後には見たことすら忘れてしまうような存在に。




 私は生まれた時から車椅子という名の檻の中の捕囚だった。
 私の腕はねじ曲がっている──まるで荒野の松のように捻れている。私の意思で動かせるのは左手の人差し指と中指だけ。服を着替えることも、ご飯を食べることも、すべて他人の世話にならなければ何一つできない。
 私の足は萎え大地を踏みしめる力はない──長さの違う足は枯れ枝のように私の下半身から生えているだけ。どれだけ念じても寸毫も動いてくれない。トイレに行くことさえできない。
 そう、私は歪んだ身体で生まれてきた──背骨はくの字に湾曲し、首は右を向いたまま動いてくれない。そして手は私の意思とは関係なくいつも勝手な動きを見せ、まるで阿呆の踊りのように四六時中小刻みに揺れている。この手に掴める物などない。人間は己の手で未来を掴み取るものらしいけど、私の手は生まれた時から未来を放棄していた。
 私が発する言葉は不明瞭でオンボロ機械の軋みのような音にしか聞こえないだろう。犬や猫がエサ欲しさに鳴く声の方が、私が三十分費やして紡ぐ言葉より明確に相手に伝わるだろう。さらには硬直した喉は唾を上手く飲んでくれず、いつも口の端からよだれを垂らしている。私は十六歳になったというのに、まるで赤ん坊のようによだれかけをしなければならない。
 なんて惨めな私。




 私の人生は車椅子と共にあった。
 この身体は私という存在を拘束する檻のようなもの。車椅子がなければ一歩分の距離すら動けない。だけど、車椅子で動くたびに私は新たな檻に入れられる。
 街で私を初めて見た人たちは一応に驚きの表情を浮かべ、次の瞬間にはそんな表情を浮かべたことを恥じ入るように顔を背ける。きっと私が何の罰でこんな身体に生まれてきてしまったのか、過ちで象られたこの身体から何を教訓として得られるかを思案しているのだ。そして人々は議論を始める。この娘に私たちがしてやれることはないかと……お願いだから放っておいて。私はただの人間なの。あなたたちと同じ人間なの!
 だけど他人は私を何かのシンボルのように見て、善意や親切という見えない檻に私を入れる。家族の団欒の時に私のことを思い出すたびに、口の中に何とも言えない苦い想いがこみ上げてくるにもかかわらず。私の名前を聞くたびに健常であることを贖罪するくせに。


 神様お願いです、私を透明人間にして下さい。私をこの檻から解放して下さい。
 あなたが歪んでつくったのですから……




 私が眠りにつく寸前、いつもまぶたに浮かぶ光景がある。
 それは美人じゃなくてもお金持ちじゃなくてもいい、自分の足で立って、自分が選んだ服を自分で着て街を歩く姿。誰にも気付かれることはないけど、未来に向かってしっかりと進む自分の姿を。 

2009/10/28(Wed)00:37:46 公開 / 甘木
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■作者からのメッセージ
模造の冠を被ったお犬さまの「透明少女」の感想を考えているうちに浮かんできて一気に書いてしまいました。
元々は前から温めていたネタです。でもいままで短篇にまとめられなかったけど「透明少女」を読んで妙な方向でまとまってしまった。
実は短篇って苦手なので、これが短篇の範疇にはいるのか解らないけど、自分ではPV的なイメージで書いてみました。

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