『透明少女』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:模造の冠を被ったお犬さま                

     あらすじ・作品紹介
 トウミという透明人間のおはなしです。

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 透明少女



 名前は、照内遠海という。テルナイトウミ。カタカナが似合う名前だと、本人はそう思っている。
 少女だ。純粋無垢で不気味で、人がいるときには明るく、そうでないときにはしっとりと湿っている。
 透明人間だった。しかし、トウミが特殊だということではなく、他人の目から見てトウミが切り取られて見えるというだけだ。私以外の人間がおかしいのだと、そう考えることがトウミの常だった。苛められていた、わけではないだろう。トウミは埋没していたのだ。トウミは、苛めの対象としてすら認識されないような存在だった。
 トウミが街を歩くと、街は別の場所であるように歩くたびに姿を変えていた。部屋の中であれば、慣れという定着によって、なにがどこにあり、それがどんな背景をもち、いかなる使命を携えて存在するのかが考えずともわかるのだが、その外となると、宇宙にいるのとさして変わらない不可解さだった。
 トウミはゆっくり歩く。急ぐと人とぶつかるから。匂いも音も残さないように慎重に、そうでありながら気高く、野生の大型肉食獣のように。目的地はない。目的を見つけることを目的とするような、うやむやな態度だった。トウミは心のどこかで、誰かに見つけてもらいたがっていたのかもしれない。そうでなければ散歩──いや、これは徘徊か。徘徊には、トウミ自身でさえ意味を見出すことが適わないのだから、どう思おうとどう思われようと構わなかった。
 トウミは決まって入る店があった。その店に行くことが目的ではないのに、いつもその店に向かっている。行きつけのその店は、しかしトウミの安らぎの場所とは程遠かった。紅茶を注文すると、ウェイトレスは人間でないものに応対するように慇懃で機械的に「かしこまりました」と言ってテーブルから離れる。しばらくすると、温い紅茶が出てくる。香りが佳いというだけで、ほかに愉しむものはない。香りも、それは紅茶であるがゆえの香りであって、その店の紅茶の淹れ方に特別ななにかがあるわけではない。外で紅茶を飲むということはそういうことなのかもしれない。トウミにはフツウということがわからなかったけれど。
 紅茶を頼んでみたりはするものの、街でものを食べるということはしたことがない。食欲は湧かないし、空腹だと感じたこともない。紅茶を頼んだのだって、のどが渇いているからではなかった。「そういうものそういうもの」。トウミは口の中で繰り返し唱えてみた。
 澄んだ空気の色も、きらめく星の瞬きも、炎暑に揺らめく車のボディも、木に擁されささやく葉たちの姿も、トウミは知らない。なぜなら一度もまぶたを開かなかったから。トウミは透明人間だ。



2009/10/25(Sun)15:38:53 公開 / 模造の冠を被ったお犬さま
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■作者からのメッセージ
 久しぶりの投稿です。こんにちは。
 長い間、小説を書かなかったのはなぜだろう。忙しいというのは、あまり重要な理由ではなかったように思えます。この【透明少女】も、時間はかけずさらっと書いただけですし。小説で培った文章力を素体に、別の分野に手を広げようとした。そしてまた(たいした成果も上げずに)古巣に戻ってきた、という心地です。なんらかの──どんな形でもいい、完成品を作りたかったというだけのことなのかもしれません。創作者としては低俗で、唾棄すべき動機なのかもしれませんが。

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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。