『夏祭り』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:まりか                

     あらすじ・作品紹介
ヒロともとこ。高校二年生で、幼馴染。どこに行くにも一緒……というよりは、気の強いもとこに振り回されるヒロ。はたから見れば、年頃の男女には珍しく未だに仲の良い幼馴染。本人たちもそう思っていたけれど、男女の友情というものの境界線はあいまいなものです。そんな二人のお話。

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 男女間でも、友情は成立するのか。それが小さなころから一緒という、幼馴染だったのならなおさらだ。簡単なようで難しくて、俺にはよくわからなかったし、特別意識したこともなかった。

「夏休みっつったら祭りでしょ?」
 夏休みも中盤の、晴れた日の昼下がり。特に予定もないので家でぐうたらしていたら、不意に家のチャイムが鳴った。生憎家族は皆出掛けていていないので、面倒くさいながらも玄関へ行くと、扉を開けた瞬間見慣れた幼馴染の顔。だけどいつもと少し違うのが、いつもは緩やかに下ろしている長い黒髪が涼しげなお団子ヘアになっていて、おまけにいつもより少しだけ化粧が濃いということ。何もしなくても整っている顔がピンクの頬や光るまぶたによって更にぱっと輝いていて、思わず幼馴染ながらも「綺麗だなぁ」なんて思いつつも、何故かその顔がやけに嬉しそうににこにこしているのを見て、「あーなんか面倒くさそうな予感」と思ったら想像通り。来客者のその言葉に俺は全てを察してしまった。
「……もとこ。……つまり、祭り行きたいってこと?」
 そう問いかけると、「そう!」と威勢の良い返事。その返事を聞いて、おもわず「あぁもう、面倒くさいなぁ」と溜め息を漏らしてしまった。いや、別に祭り自体はいいんだけど。だって俺だって賑やかなことは好きだし、彼女の機嫌が良いのも良いことだ。だから、祭りは良いんだよ、全然。
 でもじゃあ何が面倒くさいのかっていうと、さ。それがね、ぶっちゃけ祭り会場なわけですよ。俺の家から自転車でたっぷり30分強っていうところに、会場の神社があるわけでして。そうなれば、もう答えは出ているわけでして。
「……俺に、自転車をこげということでしょうか」
「察しが良いわね。その通りよー」
 ガクリと肩を落として項垂れると、もとこは「頑張ってね、自転車」なんて具合に俺を自転車呼ばわり。イヤお前もチャリ持ってるんだからさ、自分ので来いよ。なんでわざわざ俺の後ろに乗るんだよ。なんて頭の中では思うけれど、そんなコトを彼女に聞いたところで「そんなの面倒くさいからに決まってるでしょう」という身も蓋もない、もしくは史上最強にわがままな返答が返ってくるのは目に見えているので、俺は黙って言葉を飲むばかり。
 それでも断れない辺り、俺は本当にコイツに甘いと思う。こんなこと本人には絶対に言わないけれど、何だかんだでいくつになってもこの我儘な妹のような幼馴染が可愛くて仕方がないのだ。
「で、ねぇヒロ。今日はお祭りでしょう? 私も髪型とかお祭り仕様だから、あんたもね」
「は? なに? おれもって、俺も髪結ぶの?」
「……あんた、バカ? 甚平とか、浴衣とかあるでしょう?着てきてね」
「俺だけそんなん着るの!? お前私服なのに?」
「そう。はい、じゃあ行ってらっしゃい」
 背中を押され、「いやいやそりゃないだろう」と反論したが、彼女は相も変わらずニコニコ笑うばかり。いやお前、そりゃないよ。男と女で祭りに行って、女の子だけが浴衣姿ならば可愛いし、よく見かける姿だけど、その逆ってどうなの? 世間じゃどう見られるの? しかもなんだって幼馴染との祭りで甚平だの浴衣だのを着なけりゃいけないんだ。……いや、浴衣は絶対着ないぞ。一応持ってはいるけれど。
 そんな不満を頭の中で唱えてみるも、結局これから自分がもとこの言うとおり甚平にそでを通すのはわかりきっていたので、諦めて二階の自室へと上って行った。
「はいよーおまたせー」
 そう言いながら階段を下りると、暑いのか廊下にベタリと仰向かになって寝転がったもとこの姿。寝転がっているせいで白いTシャツから華奢な鎖骨や控え目な胸元が覗いていて、更にめくれたシャツから腹まで見えていて、なんだか恥ずかしい気持ちになる。無防備なその姿に、「いくら小さいころから一緒とは言え、俺も男なんだけどなぁ」と思わず頭をかいてしまったけれど、まぁ良いもの見たってことで納得しよう。
 にしても、コイツこんな状態で祭りなんか行けるのかなぁ? って心配しながら見てたら、急にガバッと起きあがって振り返ってきたから、驚いて思わず身構えてしまった。
「ヒロ。それ、新しい甚平じゃない?」
「え? うん、そうだけど。よくわかったね」
「ん、だって去年灰色だった。でもそっちの方が似合ってる」
 そう言って俺の紺色の甚平を指さして、何故だかもとこは嬉しそうにクスクス笑った。……本当に、今日は楽しそうだ。いつもは仏頂面で俺に命令するばかりのくせに。だけどそれ以上にもとこの記憶力の良さに驚きだ。俺なんてぶっちゃけた話、もとこがどんな服装をしていようと、それが新しいものなのか前から来ているものなのか解らないのに。意外なトコで結構見られてんだなーって思ったら、嬉しい反面なんだか恥ずかしくなった。
「…じゃ、いこっか」
「いえす!」
 やけに明るいもとこの声を聞きながら、なんかやっぱりちょっと落ち着かない気持ちになっちゃって。今日は俺ももとこもどっか変だなー夏の暑さに頭やられたのかなーなんて思いながら、気を紛らわすために思いっきり自転車を漕いでみた。そしたら後ろから「ちょ、あぶないでしょバカ!」ってそれでも楽しそうな声が聞こえてきたから、あぁもうダメだ、何か楽しくなってきた! 勢いづいて更にペダルをこぐ足に力をこめたら、「落ちる落ちる!」って後ろから本格的に叫び声が上がったけど、俺は構わずに全速力で自転車をこぎ続けた。
「バカヒロ! おちるかと思ったでしょバカ!」
 神社について自転車から下りた瞬間、ぜえぜえと息を荒げたもとこに怒鳴られた。きちんとセットしていたお団子がわずかにくずれている。それでも楽しくて「ごめんごめん」と笑いながら謝ると、「笑ってんじゃないわよ!」と更に怒られて可笑しくてまた笑ってしまった。何が楽しいんだと問われたけれど、何が楽しいのかなんてぶっちゃけ解らない。ただ単に、もとことこうして過ごすことがとても愛おしいもののように感じられた。
 おかしいな、とは思う。だって俺たちは男と女で、幼馴染だ。しかももう高校2年生。おかしいな、おかしいよな。だけどこんな時間が愛おしいと思う。
「ホラ、機嫌直して! レッツお祭り騒ぎ!!」
「なによー、バカみたい、子供みたい」
「なんだよそれ、もとここそさっきまでニッコニコ笑ってたくせに」
「そりゃあね、誰かさんが激チャリするまで楽しかったわよ」
「今も楽しいくせに!」
「うるさーい!」
 そんな憎まれ口をたたき合いながらも、ちゃっかりお互い同じ歩幅で隣を歩いて。どうしてこんなにも、コイツといる時間は全てが大切に思えてくるのだろうと不思議に思った。ただの幼馴染が、友人より大切に思えるなんて。だけどもし、もとこもこう思っていてくれたなら、なんだかむず痒いような気もするけど嬉しいね。
「祭りって言えばやーっぱ女の子の浴衣だねー」
 すれ違った浴衣姿の女の子が可愛かったからそう言ったら、「へんたい」と渋い顔をされた。でもそんなもとこも斜め前を歩くす方姿の女の子たちをじっと見つめていたから、「なんでお前浴衣着なかったの?」と問いかけた。すると一瞬考えるように息をつめてから、「だっておかしいでしょ。」と呟かれて。「なにが?」と一瞬思ったけれど、すぐにはっとして言葉をつぐんでしまった。
 ……そう、おかしいのだ。浴衣だけじゃない、こうして夏祭りを二人で歩いていること自体が。なにもかもが、おかしいのだ。だって俺たちは、恋人じゃない。生まれたころから一緒にいて、毎日一緒に登校して、たまにこうしてどこかへ出かけて。だけど、そう。恋人じゃないのだ。なぜ? わからない。俺もお前も、確かにお互いを大事にしているのに、恋人では決してない。
 ……なぜ? 俺たちは、どうしてこうやって、毎日毎日顔を見合わせては笑っているんだろう。
「あ、わたあめ。やっぱ祭りの醍醐味だよなーもとこ。………ん?」
 悶々と普段全く意識していなかったことを考え続けていると、不意にいくつもの出店の中に綿あめ屋を見つけて、一人気を紛らわせるように笑った。あの甘いだけの食べ物を食べたら、こんな考えもどうでもよくなるんじゃないだろうか、って。だけど顔を上げて隣を見て目を見開いた。隣にいたはずの彼女がいないのだ。
「……もとこ……?」
 呆然と辺りを見渡すも、どこにももとこの姿はいなくって。お祭りだから沢山のお団子頭の女の子は居るけれど、どれも見慣れた彼女の姿ではない。間違えたりもしない。 そこまで考えて、ようやくはぐれてしまったのだと気がついた。いったいいつのまに?ついさっきまで話していたじゃないか。それなのに、それなのに……。いやいやいや、ていうか、この広い祭り会場の中ではぐれるだなんて大変だ。俺は男だからいいけど、あいつは黙っていればかわいい女の子。そんな子が1人で祭り会場の中を歩いているだなんて、悪い男にでも目をつけられたら大変じゃあないか。どうしよう、どうしよう、早く見つけてあげなければ。
 だって、それじゃないととても心配だ。いいや、でも、それだけじゃない。だって早く見つけないと、
「……俺がさびしいだろう……」
 ポツリとつぶやいた声はすぐさま祭りの喧騒にもみ消されてなかったことになってしまった。行きかう人の波が激しくて、めまいがしそうになる。焦りながらも「なんでだろう」そう思う。賑やかな祭り会場は一人でも十分楽しめそうなほど魅力にあふれ輝いているのに。でもそれじゃあやっぱりダメなんだ。だって、こんなこと言いたくないけれど、あいつといるから楽しいんだ。なのに、なんだよこれ。肝心なもとこが見あたらない。女の子の浴衣も、わたあめも、たこやきも、全部全部アイツがいるから盛り上がるんだ。何でだって? 友達だから。幼馴染だから。妹みたいだから。もとこだから?
「……どこいったんだよーう」
 華やかに輝いて見えた祭り会場は一瞬にして色あせたものになって、可愛い浴衣姿の女の子もただ遠い世界の別の生き物のように見えてきて。もとこと一緒に見ないものって、何だかとても味気ないもののように感じられてきた。でも、なんだそれ。これ、変じゃないか? アイツはいつも好きかってやって、好きなように俺に甘えて、俺はそれを見て呆れながらも笑う。「まったくしょうがないヤツだなぁ。俺は本当、コイツの兄みたいじゃないか」なんて思って溜息をつきつつ、もとこが本当に妹みたいに見えて可愛くてたまらなくなるのに。そのハズなのに。今この状況からしてみたら、まるで俺が姉から離れた弟みたいじゃないか。
 それだけじゃない。普段見えていなかった心のうちすべてがさらけ出されたようだ。アイツがいなければ寂しいだなんて、いつもいいように使われている俺なのに。ひょっとして俺ドМ? あいつ女王様? いやいやいや、こんなときに何俺バカみたいなこと考えてるんろう。だけど、あぁいやだ、モヤモヤがおさまらない。なんだこれ。でもやっぱり確かなことは、自分が迷子の子供みたいに寂しがっているってこと。ていうかほんと、なんでアイツいないの? どこ行ったんですかもとこちゃーん。迷子のもとこちゃん。え、なに、迷子は俺?いやいやいや、そんなの認めたくないっす。
「コラッ、迷子のヒロくん!一人で何ボーッとつったってるんですかー」
 と思っていたら急に肩を叩かれて、ビックリして振り返ったら両手にかき氷を持ったもとこの姿。あぁ、そうだよ。お前だよ、お前のこと探していたんだ。迷子のもとこちゃん。なのに、おい。何お前かき氷持ちながらニコニコしちゃってるの?
「バカもとこ! 迷子はお前だろーっなんだよ勝手に居なくなって!」
「ふふッ、ごめんね。だって、ホラ。祭りって言ったらかき氷でしょ? で買いに行ったら、アンタ居なくて。 悪いことしたなぁって思ったから、ヒロのぶんも買ってきたのよ。ホラ、ブルーハワイ」
 しばらく呆然としたのちにハッとして声を荒げると、彼女はさほど悪びれた様子もなく笑った。だけどそんな彼女を見て、ひどく安心した自分がいた。いいや、安心しただけじゃない。もっともっと別の、今までさほど考えたこともないような感情が胸の中を満たしていった。だけど咄嗟に気づかないふりをした。 
「……そりゃどーも。でも俺、そっちの小倉練乳のほうが食べたいんだけど」
「えっ、やーよ。こっちのほうが高いもの」
「……けちんぼ」
「……一口ならあげるわ」
 そう言って一口分くれたけど(むしろ口の中に強制的に突っ込まれた)、流石けちんぼ。肝心の練乳がのってないとこよこしやがって。小豆の味しかしない。ちょっとだけムカついたから、「そっちもちょうだい」っていうもとこに対してシロップのかかってない氷の部分だけあげたら「ばかやろう」って殴られた。痛いっつの。でも何でだろうね、急に楽しくなったよ。お前のおかげかな。嬉しい、なんて、バカみたいだよな。
 それに、おかしいんだよ。今まで同じ箸やスプーンで食べ物を食べあうなんて毎日のようにしていたのに、今は少しドキドキしている。なんで、だって? あぁ、もう、わかってはいるんだ。すべての答えがもう解ってしまったんだよ。だけど、だけど、もうすこし。
「……それよりわたあめだよ。お祭りっていえばさ」
「えー……あれベタベタするから嫌いよ」
「美味しいじゃん、砂糖のカタマリって感じでさー」
「糖尿病になっても知らないわよ。……あぁでも、」

――ヒロが好きなら、別に文句は言わないわ。――

 なんてことを、目の前の小悪魔ははにかんだように笑いながら言うものだから。
あぁもう、お前って、お前って……。本当になんでこうも、俺をいろんな感情の渦にぶちこむんだろうね。本当、かなわないよ。やっぱり今日は俺ももとこもどっかちょっと変だ(大体もとこが人に物を奢るわけ無いんだ)だけどそのちょっと変わった姿にも、堪らないほどの愛おしさを感じたりしてさ。
 でもいいよ、今は深いことなんて考えちゃダメだ。なんてったって祭りなんだから。ドンチャンばかみたいに騒いで、食って、喋って、とにかく楽しもうか、もとこ。

 そうして今日の醍醐味でもある花火が上がる夜までには、俺は自分の気持ちに整理をつけて向き合って、長年抱いていたであろうお前への気持ちにちゃんとした名前をつけようと思うよ。夜空に咲いた花と俺を見て、お前はきっと「くさい演出」だなんて白けたことを言うのだろうけれど、そんなところも含めてお前に送りたい言葉があるって、ようやく気がついたんだから。

なぁ、もとこ。今日で幼馴染を卒業しようと思うんだけど、おまえはどう思う?


2009/10/16(Fri)18:13:58 公開 / まりか
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■作者からのメッセージ
こんな夏休みを過ごしたかったという、かわいそうな願望が生んだ作品です。至らぬ点がたくさんあると思われますが、管理人はチキンなのでオブラートに包んでご指摘してくださると助かります。

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