『窓辺の猫』 ... ジャンル:童話 ショート*2
作者:水芭蕉猫                

     あらすじ・作品紹介
愛情いっぱいに包まれて暮らす猫と野良猫の話

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 あるところに二階建ての、真っ白い色をした、お人形のお家のようにとても綺麗なお屋敷がありました。
 そのお屋敷の大きな出窓からは、いつもいつも銀色の長い毛並みでふわふわの、とても美しい猫が日向ぼっこをしていました。
ふわふわの猫はいつも日向ぼっこをしたり、お腹が空いたらおやつやゴハンをご主人様から貰って、とても幸せに暮らしていました。
 ある日、いつものように猫が日向ぼっこをしていると、ガリガリに痩せた虎猫が窓を隔てたすぐ目の前を通りかかりました。
 猫は一人で歩いている猫を見るのは初めてでしたので、つい興味を引かれて声をかけました。
「やぁ、そこの君。どうして外をあるいているんだい」
 虎猫は窓一枚隔てた銀色の猫に気付いて、こう言いました。
「なぜって、縄張りが変わったから、ただの見回りよ」
「誰かに飼われていないのかい?」
 銀色の猫の問いかけに、猫は首をかしげました。
「飼われる? そんなのはまっぴらゴメンだね。アタシは自由なんだ」
 そして虎猫は、銀色の猫に興味をなくしたようにふいっと通り過ぎていってしまいました。
 銀色の猫は首を傾げました。飼われるのの、何がそんなにイヤなのか、銀色の猫はまるで理解できませんでしたが、ゴハンの時間だったのですぐに考えるのをやめました。



 次の日も、虎猫は銀色の猫の家の前を通りかかりました。
「ねぇ! ねぇキミ!」
 虎猫が何も言わずに通り過ぎようとしたので、銀色の猫は慌てて声をかけました。
「何」
 虎猫が立ち止まったので、銀色の猫は少しだけほっとしました。
「ねぇ、キミ。どうして飼われるのがイヤなんだい? 外じゃゴハンもろくにありつけないし、寝床だって無いんだ。外じゃ毛皮が汚れてしまうだろう?」
 確かに虎猫はガリガリにやせ細っていましたし、虎の毛皮もところどころ泥で汚れておりました。しかし、虎猫はきょとんとしか顔でこう言いました。
「そんなの、当たり前じゃないの。食事なんて、その辺の鳥を捕まえれば良いのよ。それにゴミの中にも食べられるものも沢山あるわ。寝床だって、探せばいくらでもあるじゃないの」
 それを聞いて、銀色の猫はびっくりしました。
 ゴミを漁るだって? そんなの汚いじゃないか。それに鳥って、あの飛んでる生き物だろう? 確かに心引かれるモノはあるけれど、食べるなんて、もし病気でも持ってたらどうするんだろう。
 しかしそれを銀色の猫が口にする前に、虎猫は「じゃあ、もう行くわね」とそう言って去ってしまいました。
 虎猫の姿が見えなくなってから、銀色の猫は、食べ物にも寝床にも苦労しているらしい虎猫は、きっと喉をなでなでしてもらったりブラッシングをかけてもらったことも無いんだろうと思いました。
 抱っこされる気持ちよさや、お腹いっぱい食べる事を知らないなんて、なんて可哀想なんだろうと思いました。
 そうやって、今日はゴハンを食べながらも、虎猫の事を考えました。




 翌日、虎猫が銀色の猫の前を通りかかると、銀色の猫はまた呼び止めました。
「ねぇ! ねぇってば!!」
「何」
 少しイライラした様子で、虎猫が立ち止まると、銀色の猫は言いました。
「キミ、ウチにおいでよ! ボクがお願いすればご主人様はきっとキミも家の子にしてくれるはずだよ! もうお腹が空いたり、寝床に困ることも無いんだよ」
 銀色の猫が自信満々にそう言うと、虎猫は全身の毛を逆立てて、フーッ!!! と怒りました。
「ふざけるな!! どうしてアタシがアンタの家に入らなきゃならないんだ!」
 窓一枚隔てているので、さすがにパンチは飛んできませんでしたが、怒った虎猫は呆然とする銀色の猫を他所にすぐに去ってしまいました。
 銀色の猫は、何故怒られたのかまったくわかりませんでした。




 虎猫は思いました。
 銀色の猫は、毎日毎日決して出て行くことの出来ない窓の外を、じっと眺めているのです。
 なんて可哀想な奴だと思いました。
 この空の青さを知らないなんて。
 スズメやネズミを捕らえたり、木に登ったり、野生としての自分達を発散させる術を知らないだなんて。
 誰かに飼われ、そのものに逆らうことすら許されず、ただ諾々と生きていくだけだなんて、虎猫には全く理解が出来ませんでした。
 猫の集会や、猫たちの知る掟も知らず、ただ誰かの手のひらの上で踊らされるだけなんて、虎猫にはとても考えられませんでした。



 それから暫く、虎猫は銀色の猫の前を通り過ぎても何も言葉を交わさない日々が続きました。
 互いが互いに理解できないまま、日々は流れました。



 そして冬も近づくある寒い日、その日も銀色の猫は窓の外を眺めていました。
 部屋は暖房で暖められ、程よい気温で銀色の猫は大きなあくびをしました。それから、こんな寒い日も外なら、虎猫は大変だなぁと思っていました。
 そしてまた、銀色の猫の前を虎猫が通り過ぎました。
 その姿を見て、銀色の猫はぎょっとしました。
 虎猫の体が血で染まっていたからでした。後ろ足を引きずって、ずりずりと歩いていました。
「虎猫!」
 銀色の猫が思わず呼び止めると、虎猫はふとそちらを見ました。そして笑いました。
「何よ。相変わらずシケた顔してるわね」
「ねぇ、ねぇ虎猫どうしたの!? 何があったの?」
 銀色の猫が慌てて問うと、虎猫は何事も無かったように、「ちょっと轢かれかけただけよ」と答えました。
「ねぇ、それってヤバいよ。まってて、今主人に来てもらうから!!」
 銀色の猫が言うと、虎猫はまた、血に濡れた毛を逆立てました!!
「余計なことしないで!! アタシは誰の手も借りないわ!」
 今にも飛んでいきそうだった銀色の猫は、足を止めました。
「虎猫……」
 虎猫は、ちっ、と舌打ちすると、銀色の猫に一言問いかけました。
「アンタは、今幸せなのかい?」
 銀色の猫は、きょとんとして答えました。
「当たり前だろう。ゴハンも寝床も不自由しないのに、幸せじゃないなんてありえないじゃないか」
 虎猫はそれを聞くと、ふっと笑いました。
「そうかい。それなら、別にいいんだ」
 そして足をずるずると引きずったまま、銀色の猫の前から立ち去ってしまいました。




 それから虎猫は、銀色の猫の家の前を通りかかりませんでした。
 二度と、通りかかることはありませんでした。




 虎猫は、轢かれた瞬間から、自分はもう長くないのを知っていました。
 だから、自分が一番大好きな空を見ていたいと思いました。
 けれど、その前に一つ、思い残すことがありました。銀色の猫のことでした。
 きっと一生、銀色の猫はあの狭い部屋の中で暮らすんだろうと思いました。
 それはとても可哀想だと思いました。
 だから、一言だけでも空の青さや世界の広さを教えてあげようと思ったのですが、銀色の猫はそんな不幸を幸せだと言いました。
 だから、虎猫は何も言いませんでした。
 最後に空き地で見た空は、星空でした。
 とても広い、美しい夜色の、冬の星空でした。
 この空の美しさを知らないなんて、銀色の猫は、なんて可哀想な奴だと思いました。



 虎猫は、二度と銀色の猫の家の前を通りかかることはありませんでした。



 銀色の猫は、虎猫が死んでしまったのをなんとなく理解できました。
 それでも、誰も来ない窓辺で虎猫が通りかかるのを待っていました。
 見上げればそこは天井で、空は窓の外に見える角切りの枠から見えるだけでした。
 虎猫は、ずっとお腹が空いたままだったのでしょう。誰かの家にいれば、そんなことは無かったはずです。轢かれて死ぬことも、無かったと思います。
 誰かの腕の中で、愛情に包まれながら生きることが出来たと思います。
 きっと虎猫は、最後まで一人ぼっちだったんじゃないかと思います。
 お腹いっぱいに食べれずに、痩せたまま、外での寒さに震えながら。暮らしていたんだろうと思います。
 そう思うと、虎猫はとても可哀想だなと思いました。
 それがあまりにも悲しくて、可哀想で、銀色の猫は虎猫の為に沢山泣きました。


2009/07/12(Sun)21:45:08 公開 / 水芭蕉猫
■この作品の著作権は水芭蕉猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
前から考えていた話を思い切って形にしてみました。
価値観はそれぞれ違ってて難しい。そんな話しです。
かなり長いこと文章書いてないせいか、思い切り腕が鈍っているなぁと書いててしみじみ思いました。それでも今の精一杯の形だったりします。
窓一枚隔ててるのにどうやって喋ってるかはツッコミ無しの方向で。

お手柔らかにお願いします。

七月十七日:誤字修正。

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