『校内紛争【読切】』 ... ジャンル:アクション リアル・現代
作者:氷室清志郎                

     あらすじ・作品紹介
その日、突然学校が荒れた……。学校中が戦場になったその時、チキンな男が立ち上がる!

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 俺の名前は氷室清志郎。とある県の県立高校の二年生だ。その高校は地元でも有名な悪の巣窟であり、そこの生徒というだけで不良というレッテルが貼られる。
 だけど、好きでそんなヤンキー高校に入ったわけじゃない。
 ギリギリそこしか入れなかったんだ。昔から勉強というものが嫌いで苦手だった。親父も酒浸りの駄目人間だから、間違いなく遺伝だと思う。
 たしかに俺の髪は赤いし、眉毛はそってる。それに耳にピアスもつけてて、制服の中からは思いっきり色シャツを見せている。だけど、俺は不良じゃない。
 たまにそういうロック系やストリート系の服を着てる奴=不良と誤解する奴もいるが、何を言ってるんだ。これはあくまでファッションだ。
 繰り返し言うが、俺は不良じゃない。そこのところをしっかり頭に入れて、俺の話を聞いてもらいたいと思う。

 あれは七月上旬の暑さで頭がイカれそうな時期だった。
 三限だったか。いつも通り授業は成立しておらず、話してるか、寝てるか、ケイタイをいじってるか、教室にいないかのどれかだった。先生も先生で適当に授業していた。そんな平穏な俺の日常は、突然破られることとなった。
 どこかのクラスからか、怒声が響いたのだ。
 昼休みならまだしも、授業中に怒声が響くのは珍しい。もちろん、先生ではなく生徒の怒声だ。この学校でいくら生徒を叱ったところで、返り討ちにあいそうなので誰も説教をしない。
 そして、次々と怒声が響き始めた。色んなクラスからそれは合唱のように響き始めたのだ。「やっちゃえ」的な空気があったかも知れない。
 せっかくのスリーピングタイムを邪魔しやがって。最初はその程度にしか考えていなかった。だが、うちのクラスにも馬鹿はいたのだ。
「オラァ! なめんじゃねえぞ!!」
 そいつは机の上に足をのせ、叫んだ。無論、誰もそいつに挑発などしていない。
 まわりもまわりでそいつに乗った。
「うおお!」
 みんな机を蹴とばし、拳でガラスを割り、なぜか殴り合いを始めた。先生もその標的にされたらしく、三人ぐらいにリンチにされていた。そして一人が教室のドアを蹴り倒し、廊下に出た。
「うらあ! 出てこいや、コラァ!」
 隣のクラスへの宣戦布告らしい。すぐさま隣のクラスから体格のいいモヒカンが出てきた。廊下で取っ組み合いとなった。生徒たちは続々廊下に集まり、総当たり戦となっていた。まるで戦地だ。俺はそれを半開きの目で見ていた。
 教室には俺と倒れている先生しか残っていなかった。
「ひ……ひい!」
 ついには先生も逃げだし、俺一人となった。
 言う間でもないが、俺の学校は荒れた。
 正直言って、これはまずい。まず、教師を半殺しにしてる時点でまずい。
 教室に五人ぐらい戻ってきた。右手にスプレーを持っており、カタカタと音を鳴らしている。奴らは黒板と対になっている壁一面に落書きをはじめた。
 汚らしい英単語が教室を覆う。
 暴行罪に器物損害……。
 間違いなく警察に捕まって刑務所暮らしになるだろう。俺は何もしてない、なんて言っても決して聞き入れてもらえないはずだ。
 その時俺は、ある打開策を思いついた。この事件に一切の関わりをなくす方法。
 それは単純明快。
 今日、学校に来なかったことにすればいい。
 さっそく作戦開始だ!
 まずは出席簿を盗まなければならない。と言っても、そんな難しいことではない。教卓まで行って出席簿を手にとるなど、朝飯前だ。俺は平然とした様子で教卓に行き、出席簿をとる。出席簿にも緑色のスプレーがかかっていた。
「やれやれ」
 自分の机に戻ろうとしたとたん、肩をとんとん、と叩かれた。思わず振り向く。
「出席簿なんかどうすんだ。なあ? 氷室」
 俺に声をかけたのは坊主頭に俺と同じ赤髪の男・赤西。この学校では珍しく頭のいい男で、性格が悪く、ケンカの腕はそこそこ。要するに、要注意人物。
「俺が出席簿をどうしようと俺の勝手だよ。なんか文句でもあんのか?」
「別にねえよ。ただな、俺にはお前が何か企んでいるように見えるんだよ」
「何かって何をだよ?」
「例えば……、そうだな。一人でトンズラとか」
 ズバリ、当たっている。俺の計画は俺が出席したという証拠を隠滅して姿をくらます、というものだった。
「何でずらかるんだよ。俺はあんまりケンカはしねえが、別にこわかねえ」
「じゃあ、今から俺とやるか?」
 おそらく、その時の俺の表情はビビリそのものだったと思う。
「冗談だよ。氷室、お前面白いな。ただ、お前一人でずらかろうとしたらそん時はてめえを殺すから覚えとけよ」
 こえーっ! 
 やっぱりこいつ、危険人物だ。絶対将来何かしでかすぞ。
 なんか赤西にマークされたみたいだったので、俺はこの教室を出ることにした。
 廊下に出たら、そこはまるで戦場だった。顔中アザだらけで倒れている奴だらけだ。中には金属バッドを持って威嚇している恐ろしい奴もいた。とりあえず、殺人はするなよ、そう心の中でつぶやきながら、人通りの少ないほうへ足を進める。
 ちょうど、階段の脇のほうはあまり人がいなかった。
 俺はそこに座り込んだ。腹に隠していた出席簿を出し、ボールペンを取り出す。
「欠 体調不良」と、氷室清志郎という名前の横に書いておいた。あとは担任を捜して、証言してくれるよう約束するだけだ。出席簿を再び隠し、先生を探すことにした。
 担任は新任の女教師で、才女といったかんじだ。本音言うと、タイプ。
 俺はギャルが苦手なのだ。どちらかというと清楚な女性のほうが好み。
 ……と俺の恋愛観を述べたところで、この話に恋愛要素は絡んでこないので、期待はしないでくれ。
 校内をひととおり歩き回ったものの、なかなか先生は、というか女は見つからない。この学校は男子校なのだ。また階段の脇に戻って仕切り直しをしよう、と意気込んでいたら、階段の脇に俺のクラスの担任・椎名がいた。その隣にはクラスメイトの脇田もいる。
 この脇田という男、俺の知る限りこの学校で一番奇抜なファッションセンスをしている。肥満体型によくホストなんかがしているようなロングヘアー。そして、あげパン。
 ミスマッチ!
 初めて脇田を見た時は、正直吹き出してしまった。
 新任の女教師とデブな高校生のやりとりといったら、これはもうセクハラしかないだろう。椎名は俺のタイプだ。場合によってはステーキにしてやる。
 指をポキポキ鳴らしながら二人に近づくと、どうも違うようだ。
「なあ、先生、頼むよ。脇田君はこの日は欠席でしたって証言してくれよ。俺、見た目はこんなだけど、不良なんかじゃないんだぜ?」
「でも、それは私に嘘をつけってことでしょ? それはできないわ」
「俺は先生を無事にここから脱出させてやるよ。それならいいだろ?」
「たしかに早くここから逃げ出したいけど、嘘をつくのは駄目だわ」
 俺と同じことを考える奴がいたとは。しかも、先を越されている。
 しかし、うかうかしていられない。
「よお、お前らこそこそと何話てんだ? ん?」
 赤西のようなノリでいってみる。
「い……いや、別に何も話してねえよ」
「てめえは今日学校に来たっつー証拠を隠滅してここからズラかろうと考えてる。違うか?」
「その通りよ。あなたは卑怯だと思わない? こういう人のことを」
「別に思わねえな。なぜなら俺も……そこのピザと同類、つまり同じことをしようとしているからだ。手を組まねえか、脇田」
「心強い!」
 俺と脇田は手をとりあった。
「ちょ……ちょっと! あなたたち! 私は証言しないわよ!」
「ここでレイプされるのを待つのと俺らと逃げるの、どっちがいい?」
 椎名は目を大きく見開き、俺と脇田を交互に見た。
「仕方ないわね」
 大きくため息をつき、言った。
 計画通り!
 いや、脇田が仲間になったので正確には計画通りではない。
「これからどうするんだ?」
「金属バットをとりにいく」
「あなた、なにするつもり? まさか人を……」
「安心しなよ。壊すのは人じゃない、ドアだ」
 金属バットがあるところ……といえば野球部室ぐらいしか思い浮かばない。ただ、部室は間違いなく誰かが陣取っているだろう。
 しかし、金属バットは必要なのだ。取りに行くしかない。
 グラウンドでも、相変わらず殴り合いをやっている。その喧噪の中を俺たち三人はくぐりぬけ、野球部室のドアの前に立った。
「俺が行く」
 ドアのすきまをのぞいてみた。
「おい、どうなんだ? 誰がいるんだ?」
 俺はひきつった顔で振り返った。
「武田兄弟が陣取ってる」
 武田兄弟とは、この学校に存在するリーゼント派のツートップだ。
 リーゼントが過去のものとなったこの時代に、不良はリーゼントであるべき、リーゼントこそが男の誇りだ、などと親父くさいことをぬかしている連中である。
 そもそも考え方が古くさいし、俺はリーゼント派が嫌いである。
「正直言って、正攻法は無理だな」
 どうしようか考えていた時に、リーゼント派の一人が通りかかった。
 一年のようだし、下っ端だろう。
「おい、脇田」
「分かってる」
 俺は助走をつけて奴の背後めがけて跳び蹴りをくらわせてやった。
「うわっ!」
 思わぬ奇襲に下っ端は地面に崩れるようにして倒れる。
 脇田は倒れた下っ端のあごを手にとった。
「よお、てめえリーゼント派の奴だろ」
「は……はい」
「今から金属バットをとってこい」
 脇田は下っ端の懐から財布を抜き取った。
「交換条件だ。いいな」
 脇田の手が下っ端のあごからはなれると、下っ端はおそるおそる体を起こし、野球部室のほうまで走っていた。
 三〇秒程度で再び戻ってきた。左手には金属バットを持っていた。
「ど……どうぞ」
 俺は乱暴に金属バットを下っ端の手から奪った。
「ほらよ」
 脇田は財布を捨てるようにして投げた。
 下っ端は財布を空中でキャッチすると、ニヤリと笑って野球部室まで戻っていった。
 まさか……。俺たち三人に緊張が走る。下っ端の奴、俺たちが脅して金属バットをとりにいかせたことを武田兄弟に言ったりとかしてないよな? もしそうだとしたら俺たちの運命はただひとつ。顔じゅうアザだらけになって病院送り。
「なんだと、そいつは本当か! よしわかった、そのくそ野郎共をぶっ殺しにいく!」
 そのまさかだった。一番当たって欲しくない推理だ。
 部室のドアが中から蹴られ、勢いよく開く。そこから現れたのは金属バットを持った男・二人。双方とも同じ髪型・同じ顔だ。武田兄弟はこの学校最強の双子なのだ。
「よお、てめえらか。うちの舎弟を脅したとかいうくず野郎は」
「い……いや、あのですね」
「そいつです! 俺はそいつに脅されたんです!」
 下っ端! もっと殴っておけばよかった!
「殺す!!」
 本当な恐ろしくて震え上がるのだが、その殺し文句をハモらせていたため、笑えてくる。とはいえ、逃げなければ間違いなく殺される。これは病院送りじゃなく、葬儀場送りかもしれない。
「逃げろっ!」
 俺たちは必死で逃げた。殴り合いをしている男共をかきわけ、走った。
 この時は本当に必死だった。追いつかれたら必ず死ぬからだ。本当の意味での必死など、経験したくないものだ。椎名は女と思ってなめてかかっていたら、驚くべき脚力を発揮した。俺と脇田をつきはなし、すでにはるか彼方へと消えていた。
「はぁ……、はぁ……」
 後ろをむくと、予想通り脇田はへばっていた。
「俺は……もう駄目だ! さき行け、氷室!!」
 残念ながらそうしている。肥満高校生を待ってあげるほど俺も優しくではない。しかし、俺はいい人なので、本心は出さない。
「そんなこと言うな、頑張れ! 死ぬぞ!」
 なんて心優しい言葉なんだろう。
「ぐはっ!」
 悲鳴というか、明らかに殴られた声がした。この戦場のようなグラウンドだから誰かが殴られたところで別に不思議ではないのだが、殴られた男が問題なのだ。
 その声は、武田兄弟の兄の声だった。殴り合いに巻き込まれたのだ。
「アニキ! てめえ、よくもアニキを!」
 武田兄弟の弟は殴られた兄の肩を支え、起こした。
 さっきまで殴り合っていた二人だったが、武田兄弟という統一の敵を前に一致団結した。「この機会に、リーゼント派のヘッドの首とるぞ!」
「おお!」
 二対二のバトルが始まった。そして、そのバトルが始まった頃、俺と脇田はすでに姿をくらましていた。
 少し遅めのスピードで、もはや俺たちの拠点になりつつある、階段の脇に行き、そこに倒れ込んだ。椎名は先についていた。
「死ぬかと思った!」
「自業自得よ」
「つーかよ、金属バットでなにするんだよ。赤西でも殺すか?」
「んなことするわけねえだろ。たとえ金属バットがあっても返り討ちにあうのがオチだ。あの暴君を力で倒すのは不可能だな」
「さっさと言いなさいよ。それをなんに使うつもり?」
「ちょいと備品を壊す」
 ふと、サイレンが聞こえた。俺は身をのりだして、外を見た。
 グラウンドにはパトカーが五台ほど止まっており、殴り合いをしていたほぼ全員が補導されていた。その中には武田兄弟もいた。ざまあみろ!
 とはいえ、俺たちもうかうかしてはいられない。万が一補導されたりでもしたら、この計画は水の泡だ。
「ともかく、急ぐぞ!」
 すぐさま今いた階段の段から飛び降り、俺たちは転がるように階段を降りていった。
 正面玄関のほうを覗いたら、そこにはすでに警官と手錠をはめられている同級生が大勢いた。俺たちは正面玄関に背を向け、裏口のほうへと走っていった。
「どこに向かうつもりなの?」
「今に分かる!」
 裏口を抜けて、校舎の裏に回った。そこにはぽつんと、倉庫が置いてあった。
 鉄製だが錆びている。窓はない。俺はその倉庫に歩み寄ると、ドアノブを金属バットで思いっきり打った。ガン、と不快な金属音が鳴り響く。
「なんのつもりだ、氷室!」
 そんな脇田の声など気にせず、俺はひたすらドアノブを殴り続けた。
 ガキン、と鈍い音がした。俺はバットを縦に構え、ドアノブめがけて振り下ろした。
 ドアノブは地面にたたきつけられた。
 俺はドアノブのないドアを思いっきり蹴った。ガタン、と音をたて、ホコリが舞い、ドアは開く。
「この倉庫に何があるんだ?」
「この倉庫に隠れるんだ。サツが消えるまで」
「はあ!?」
「ともかく入れ! 補導されたくなければな」
「私は帰るわ。もう警察がきたし、身の安全は保証されてる」
「そいつはどうかな。サツが来たことで、怒りに我をまかせて暴れ狂う奴もいるかもしれないぞ」
 椎名の表情が一瞬で凍り付いた。
「わかったわよ」
 俺は脇田と椎名が中に入ったのを確認すると、ドアを閉めた。
 窓がない鉄の箱の中なので、かなり暗い。ほとんど闇だ。目を閉じていても開いていても、大した差はない。俺はそういう闇が嫌いだ。どこに誰がひそんでいるのか分からないからだ。これは俺がチキンという意味では、決してない。
 少しずつ目が慣れてきた。うっすらとそこにあるものが見えてくる。この倉庫はずいぶんと色々なものが置いてあるようだ。よく見えないので、なにかは分からないが。
 俺はその時、異変に気が付いた。
 人影三つあるのだ。俺もあわせてここにいる人間は三人だが、当然俺の姿は俺には見えない。にも関わらず、俺は三人の人間を確認している。つまり、この倉庫には人間が四人いるのだ。一人紛れ込んでいる。
「お前……、誰だ?」
「やっぱりここをずらかろうとしてたな、氷室」
 背筋が震えた。
 聞き覚えのある声だったからだ。
 赤西。奴がここにいる。
「おうおう、そうビビるな。お前を殺しはしねえよ。俺だってサツにパクられるのは御免だからな。お前は俺の言うとおりにすればいいんだ」
「つまり、ここにきて俺たちの仲間に入れろと? ふざけるな!」
「氷室、お前は勘違いしてる。俺はずっとお前の後ろにいたんだ。武田兄弟に追いかけられているときもこっそりついてきてた。なかなかの尾行だろ」
 ……。気が付かなかった。
「つまりだ、俺にまんまと尾行されているお前らになんの権限もない。ここのリーダーはこの俺だ。俺の言うとおりにしろ。いいな?」
「……、わかった。で、お前の要求はなんだ?」
「そこのデブに俺のクラスの出席簿を持ってこさせる。担任はあとで脅せばいいからな。お前らと違って俺には威圧感っつーもんがあるんだよ」
「赤西、お前何組だ?」
「タメで口きいてんじゃねえ! 四組だ! さっさととってこい、このくず野郎!」
 脇田は足早に倉庫をあとにした。
 ドアの向こうから、カタカタ、という音がした。計画通り。
 俺は赤西の尾行に気付いていた。だから、俺は赤西をハメることにしたのだ。脇田が作戦通りに動いてくれれば、奴の無様な姿を拝むことができる。頼むぞ、脇田……。

 その頃、脇田は正面玄関近くにいた。警察が突入してきて、廊下は大混乱だ。何人かの警官の顔にはアザができていた。抵抗されて殴られたあとだ。その混乱の隙に、脇田はスプレーを壁に吹き付けていた。
「校舎裏の倉庫に女が監禁されてる。急げ」
 そう書くと、脇田はその場をあとにし、階段を登った。
「四組、四組っと」
 脇田は四組に入り、出席簿をとると、また階段を降り、倉庫へと向かった。

 ドアをノックする音が聞こえた。脇田だ。
「入れ」
 赤西が偉そうに命令している隙に、奴のポケットに俺のケイタイを入れた。マナーモードは解除で。
 奴は自分の欄に「欠」という字を書くと、物陰に隠れた。
「あとはサツが失せるまで隠れておけばいいんだよな?」
「ああ。そうだ」
 他の三人も物陰に隠れる。
 俺は脇田から借りたケイタイに、自分の番号を打ち込んでいた。あとは決定キーを押すだけで、俺のケイタイが鳴る。
「ここか? 校舎裏の倉庫って」
「ここしかないだろう。いくぞ」
 ドアの向こうで警官の声が聞こえる。
 赤西は焦った顔をしている。
 ドアが開かれ、二人の警官が中に入ってきた。懐中電灯を照らし、中を調べる。
「誰もいないようだな、ガセネタか。よし、帰ろう」
 と言い終わらないうちに、俺は決定キーを押した。
 赤西のポケットから、俺のケイタイがGREEN DAYの「American idot」を演奏する。音量はMAXだ。心地よいギターサウンドが赤西の位置を知らせる。
「おい、こっちから聞こえるぞ」
 警官が赤西に歩み寄る。
 赤西は物陰から飛び出し、逃げようとした。が、もう一人の警官に取り押さえられた。
「くそっ!」
 赤西は倒れ込み、左手で地面を叩いた。
「俺だけじゃねえ、まだ隠れてるやつがいるんだ! どこに目をつけてんだ、ボケ!」
 椎名が物陰から姿を現した。
「私よ」
「大丈夫でしたか、この男に乱暴されませんでしたか」
「違う、まだ隠れてやがる」
「お前はだまっとけ!」
 赤西は腕を後ろに回され、手錠をはめられた。
「くそ、ふざけやがって! くそ!」
 赤西は警官に連行され、椎名は保護された。この倉庫を出るところで椎名は振り返り、こちらを見てウインクをした。
 ドアが閉められ、再び闇が訪れた。しばらくして目が慣れると、俺は物陰から出る。
「おい、脇田。ここから逃げるぞ」
「わかった」
 脇田はバランスを崩しながらもゆっくりと立ち上がり、俺のほうへゆっくりと歩み寄ってくる。
「足しびれた。いってえ」
 俺は思いっきり脇田の足を蹴った。
「なにすんだよ! じーんってきたぞ! いってえ」
「じーんときたって、なに感動してんだ」
「そういう意味じゃねえよ。とりあえずさっさとずらかろうぜ」
「そうだな」
 俺は倉庫のドアを半開きにし、外の様子を覗いた。
「どうだ?」
「サツはいない。今がチャンスだ」
 俺と脇田は足早に倉庫を出て、倉庫の裏にまわった。
 目の前には金網フェンスがある。そこそこの高さだ。
「もしかして、これを……?」
「当然だろ」
 俺は金網に手をかけ、登りはじめた。気持ちはスパイダーマンだ。足をかけるスペースは小さいが、登るしかない。
 とつぜん、ものすごい重力がかかったのが分かった。脇田も登りはじめたのだ。
 これはさっさと登り終えないと、フェンスが崩れるかもしれない。
 なんとか頂点まで登った。そのわずかしかないスペースに足をのせると、数秒立ち上がり、跳んだ。この風圧が気持ちいい。
 足の平が、思いっきり地面にたたき付けられる。とりあえず着地は成功した。
 しばらくしてから、ドシン、という音が聞こえた。
 振り向くと、脇田も着地したようだ。
「走るぞ!」
 そう発言した次の瞬間、パトカーが俺たちの前に止まった。
 警官が降りて、俺たちに近づいてくる。
「君、なにをしているんだね」
 君? 俺だけかよ。脇田もいるだろう。そう思って振り向くと、脇田はいなかった。
 奴はパトカーの運転席に乗っていた。俺は警官を振り切り、パトカーの後部座席に乗った。
「出せ!」
 パトカーは排気ガスをまきちらしながら道路をすべるようにして消えていった。
「ドロボー!」
 警官の怒りの叫びがむなしく響いた。

  

2009/06/04(Thu)18:59:51 公開 / 氷室清志郎
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■作者からのメッセージ
久々に小説を書きました。
キャラクターがほぼ全員不良なので、
言葉遣いが汚くなってしまいました。
読切はやっぱり気が楽です。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。