『涙腺崩壊五秒前』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:せれん                

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膝を抱えて目蓋を閉じていると、窓の外で降り続く雨の音がよく聴こえた。
膝の間に頭をより深く埋めようと身動ぎすると、長く伸ばした胸元までの黒髪がさらりと揺れる。
グレーの空、泣き止まぬ雨の中、各々傘を持ち、また彼も傘を持って駅に向かっているのだと思うと、また涙がじわりと瞳に浮かんでいく。
その雫を頬に伝わせないと言わんばかりに、少々乱暴に袖で拭った。
荒々しく押し付けた袖の布が、泣き腫らした目蓋には痛い。
喉の奥が熱くて痛くて、それらを紛らわす様に大きく息を吸って吐く。


静寂。
しとしとと降り続く雨の音だけが、己の趣向に合わせた可愛らしい部屋に木霊する。
気を抜いてしまうと四肢が震え出して、其れと同時に涙が溢れて止まらなくなってしまいそうな気がして、肩に当てている両手を強く強く、出来るだけ強く握った。
それでも嗚咽が漏れて、段々と息遣いが荒くなる。
そして思い浮かぶは振り向かず道行く彼の後ろ姿。
止めたい。信じたくない。一緒に居たい。逢いたい。逢いたくない。
矛盾した数々の想いが一つの風となって心の中を駆けてゆく。


刹那。
何度も聴き慣れた着信メロディと、バイブ音。
空気を読まないその電話相手に顔を顰めつつも、ベッドの上で騒々しく鳴り響く携帯を開いた。
心臓が、飛び跳ねた気が、した。
画面に表示された彼の名前。揺れる携帯。賑やかな着信メロディ。
それらの全てが私を一瞬にして酷く優しく包み込んだ。
着信メロディが、私に何かを投げ掛けるように鳴り響く。



涙腺崩壊五秒前。
電話に出ない事を前提に、心の中で懺悔した。


 

2009/05/10(Sun)05:31:58 公開 / せれん
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■作者からのメッセージ
悲しい恋を書きたくて、ほぼ衝動で書いた代物です、はい。
第三者視点も練習したかったのですが、結局はこんな事に……。


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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。