『騒動あってのねこ結び【完結】』 ... ジャンル:リアル・現代 お笑い
作者:もげきち                

     あらすじ・作品紹介
傍若無人、傲慢、不遜。世界的企業の御曹司『猫田舞蹴(ねこだまいける)』は、圧倒的な自信を持って学園のNo1として君臨していた。幼少時から敗北という言葉を知らなかった彼はいささか浮世離れした感覚を持ちつつも、自分の背景を利用し学園生活を楽しんでいたのだが高校に進学した折に転入してきた少女『天水ここみ』に試験の成績で遅れをとり、初めての敗北を喫してしまう。「猫田家に生まれたもの、常に勝者であること」その絶対的な家訓を破らされた舞蹴は「自分以外は雑草の群れ」としか見ていなかった生徒達の中で始めて「恨み、憎しみ」という負の感情をもって天水ここみの名前を胸に刻み込んだのだった。しかし意識すればするほど彼女との勉学の差を感じる現実。このままでは追いつけない。そこで舞蹴は、どのようにしてこの女がNo1の座を保っているのかを知るために日常全てを観察することにした。そして、そのままの勢いで彼女が在籍する美術部にまで入部してしまったのだ。――パーフェクトを自称する彼が唯一つ苦手とするジャンルであったにも関わらず……

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「貴様っ! 俺を猫田コンツェルンの御曹司、猫田舞蹴と知ってのその冷笑か? 許せんぞ!」
 どことなくかび臭い匂いが漂う美術クラブの部室に、俺の怒鳴り声が響き渡った。
 他の部員たちが、俺が持ってきたシャガールの「ブルー・コンサート」の本物を目の前にし感嘆の溜息を漏らす中、冷笑を漏らす失礼な貧乏女が居たからだ。場の空気が一瞬で凍りつく。
 怒鳴られた当人――天水ここみは、ただ一人貧困からレンタルで借りていると噂されている、ややくたびれた学園の制服姿に、やや長めの髪を赤いカチューシャで押さえた、いつもの小憎らしい格好で、涼しい顔をして俺の怒鳴り声を受け流していた。
 つんと澄ました目が如何にも反抗的で気に食わない。
 初めこそこの貧乏女も、俺の持ってきたシャガールの絵画に魅せられた表情だったものの、俺を見るや否やたちまち表情を変え「フッ」と馬鹿にした冷笑を漏らしたのだ。周りの状況全て把握するための帝王学を徹底的に父親に叩き込まれた俺は、その瞬間を逃すことなく発見し、貧乏女を指差してわなわなと身体を震わせ怒鳴りつけたのだ。
 俺が憤慨している事実に他の部員連中の顔がみるみる蒼褪めていくのが手に取るようにわかる。それもそうだろう、昨年までのクラブ予算のおよそ百倍の予算を俺のポケットマネーで与えているからには、俺のご機嫌を損ねることが如何に危険かを知っているからだ。俺がこの学園で過ごす3年間の間は、俺の機嫌を損ねるような真似をしない限りこの部活動は資金面が潤沢なのは約束されているのだ。だからこそ下手な真似をしてやめられるのは困るのだ。欲の出た人間の心理として当然のことである。
 だがしかし、この何もかもが気に食わない「ちょっと絵が上手くて勉強が出来る」だけで、名門聖タナトス学園に特別に推薦されて入学してきた同学年の憎たらしい貧乏女は、俺の、そして俺のバックに控える金と権力の力を恐れることも無く、いちいち俺のやること成すことに突っかかってくるのだった。
「だーかーらー、これは偉大なる画家シャガールの絵であって、あんたの絵では無いでしょ? この作品が物凄く魂がこもった素敵な作品なのは間違いないけど、私は「あなたの自信の絵を持ってきてください」って言ったの。誰があんたの金で解決した他者の作品を見せろと言った? もう本当、この金持ち坊ちゃんは知識はあっても、頭は悪いわねー」
「なんだとっ! 貴様が「自信の絵を持って来い」と言ったから、わざわざ親父にお願いをしてこの絵画を持ち込んでやったというのに! 貴様のような貧乏女、いやここにいる全ての連中がこのような絵画の本物を見る機会などそうは無いというのに! 感謝こそされども、そのような侮蔑の目で見られる筋合いはないぞ!」
「て……天水君。ほら、個人が所有しているシャガールの本物の絵なんて滅多に見られるものではないのだよ? ね? 幾ら君が天才と謳われていても、こんな機会はそう訪れるものではないのだから、ここはそんな機会を与えてくれた猫田君に感謝して、謝っておくのが……」
「部長は黙っていてください」
 ひょるひょろとした、どう見ても頼りない部長が、俺たちのご機嫌を取るように愛想笑いを浮かべながら入り込んできたが、ピシャリと貧乏女が部長を一睨みで黙らせた。
 ……この女には、先輩を敬う概念も無いらしい。まぁ、それは俺にも無いことではあるのだが、俺は俺。アレはアレだ。貧乏人の癖に、と無性に腹がたった。
「まぁ……でも、それもそうですね……」
 貧乏女は何やら思案顔で呟くと、俺に向かって満面の笑みを浮かべ、優雅にお辞儀をしてきた。
「な、なんだ?」
 その突然変わった恭しい態度に逆に気色悪さを感じ、俺は身構える。
「ええ、本当。部長のおっしゃる通り、お坊ちゃんのお陰でこの「ブルー・コンサート」を生で見られたことには大変感謝してますわ」
「ことには?」
 優雅な態度の中に強調された言葉で、俺に対する大きな皮肉を含むことがありありと伝わってきた。俺は眉を潜め言葉を返す。
 貧乏女はにっこりと優雅に微笑んで頷いた。目は、相変わらず俺を小馬鹿にした光を帯びている。
「ただ――何度も申し上げますが、惜しむらくは舞蹴さんご自身でお描きになった自信の作品を、私としては見せて頂きたかったのです。舞蹴さんが、美術部に入部して以来絵をお描きになっているところを見かけになった方はいらっしゃいますか?」
 一斉に全員が首をぶんぶんと横に振る。
 貧乏女の顔がふふん、と得意気になるのが見える。
「でしょ? 私としては、こうしてシャガールやゴッホ、ミュシャといった稀代の名画をお持ちになり、芸術に精通していらっしゃるはずの舞蹴さんが、何故か一枚も描いてくださらないのが不思議でなりません」
 その理由を知っているんだぞ。と言う様に、俺を再び冷ややかに見つめてきた貧乏女に、俺は「ぐっ」と言葉に詰まった。
 痛いところを突かれてしまった。内心焦りが生まれる。
 そうなのだ。実は俺は、生まれてから全てにおいて親父に英才教育を施されてきたと言うのに、たった一つだけ、どうしても苦手とするものがあった。
 それこそが、この絵画というものである。
 どんなに情緒、情感たっぷりな景色を見て、俺が「この景色は素晴らしい!」と感じても、その気になってキャンパスに描いたものは平面的で、幼稚園児が殴り書きしたようぐちゃぐちゃな代物が出来上がってしまう。しかも、その平面的な絵を何とかして小手先でごまかそうとしては「これでは駄目だ」と色を重ね続け――結果、気がつけば綺麗な夕日を描いていたつもりが、毒々しい緑の太陽に、黄色い雲。真っ黒な空というトラウマ級の、恐ろしい絵を描いてしまった事もあった。
 絵を描く理論はわかる。実践も出来るような気はしている。しかし、自分の感情の赴くまま絵を描こうとするとどうしても自分のイメージとはかけ離れた、まったく別物の絵が出来上がってしまうのである。何度も、何度も挑戦していたが、いつまでたってもイメージと現実の乖離が激しく、悔しいが自分には絵の才能が無いと今のところは認めざるを得ない。
 じゃあ何故俺はそんな苦手な絵画を主としている美術部にわざわざ入部してしまったのか――と言うと、理由はごくごく単純である。
 この貧乏女に負けたくないからだ。
 全てにおいて完璧を要求される人間として、何につけても敗者となることは許されない。それは我が猫田家の絶対的な家訓だ。そして俺は中学までその家訓を忠実に守りぬき、全てにおいて自分の出来る『あらゆる手段』を高じてナンバー1として君臨していた。
 あらゆる手段。そう、絵画関係のイベントの日には必ず俺は何故か風邪をひいてしまい残念ながら参加出来なかったのだ。まぁ、言わずもがなの意味なのだが。戦わなければ勝利も無いが、負けも無い。無かったことにして敗者にさえならなければ良いと家訓を拡大解釈した俺の知的勝利には間違いない。完璧である。
 だが、そんな俺が高校に入り、初めての試験で貧乏女に完全に敗北したのだ。
 一流の家庭教師に、一流の教材を揃え、一日の時間をきっちりターム分けし、効率的に且つ実践的に勉学を行っていた俺が、絶対の自信を持っていたにも関わらず、高校から転入してきたこの貧乏女に中間考査でいきなり敗北し2位の座に甘んじてしまったのだ!
 信じられなかった。俺が負けることなど有り得なかった。
 勉強は、得て不得手があったとしても努力さえすれば必ず結果として反映される非常にわかりやすい競争でのツールであると俺は見ている。しかも、不思議な事にこの努力さえ出来ればどんな馬鹿であろうがそれなりに結果が出る代物を何故か世の中は重視し、尊重しているのだ。
 ぶっちゃけて言ってしまうと、生まれ持った天武の才、先天的個性よりもこんな単純な後天的個性を重視しているのは正直言って滑稽である――のだが、まぁそう思う人間が多いのだから仕方が無い。価値観は長い時間を経て作られるもの。今更変わるわけでもあるまい。郷に入っては郷に従えだ。どちらにしろ俺は両方持っているのだから問題無い。
 それに俺もなんだかんだ言って、その競争で頂点に君臨する快感を覚えてからは「勉強をする」という行為が楽しくて仕方がなくなったクチだ。他の愚民がどれだけ努力しようが決して越えられぬ壁として立ち塞がる快感は何物にも変えられなかった。
 ――だが、それをあの貧乏女がひょっこりと現れ、横から奪い取って行ったのだ!
 俺の身体があの時の屈辱を思い出して怒りで震えた。
 ……確かにこの幼稚園から大学までエスカレーター式で昇る、選ばれし良家の人間しか入れない学園に途中から転入してきたその実力は認める。その試験はさぞや厳しいものだったに違いない。幼稚園の受験で「カバさん」とかほざいて「かしこいでちゅねー」と入学し、今や底辺でうろついている「カバさんではなくてバカさん」なただの金持ちのボンボン達――今試験をすれば確実に不合格だろう連中とは意識も、意欲も違うのも認める。
 しかしだ……俺からナンバー1の位置を奪う事は許せなかった! 
 しかもこの事実で始めて意識した貧乏女の事を、部下を使って調べさせたら貧乏女は芸術の天才としても持て囃されているではないか!
 先天的個性を持ちつつ、後天的個性の研磨も、こと芸術の分野において俺を超えるほどの器がある。
 貧乏女は俺にしか無いものと思ったものを、俺より上の位置で行使しようとしている恐るべき存在だったのだ。この事実を甘んじて受け入れるのは屈辱以外の何物でもない。
 俺と貧乏女の決定的な違いといえば、俺は大企業の社長の息子。貧乏女は母と子の二人暮らしで月の生活にも困窮した暮らしを送っている事だった。この学園にも奨学金をもらって何とか通っているというのが現状らしい。
 だが、そのような環境で俺よりも上に居ることがより一層屈辱感を増すだけだった。そのような生まれも育ちも劣悪な環境の中で生活を送りながら、なぜ俺よりも高い位置に居るのか? まったく理解が出来なかった。
 だからこそ、俺はたった一度の敗北で終わらせる為に貧乏女に戦宣を布告したのだ。
「次は負けない。俺の本気を見せてやる」
 そうしたら、あの貧乏女は大して興味も無い、というような顔でこう返してきやがった。
「ふーん。頑張ってくださいね」
 この時に俺の心に浮かんだ気持ちを察して貰いたい。次の一学期の期末考査は今まで以上に鬼気迫る勢いで俺が勉学で励んだのは言うまでも無い。
 しかし……結果は再び屈辱の2位で、1位は貧乏女だった。完敗だったのだ。
 またしても勝てなかった。一族の家訓を再び守ることが出来なかった俺は呻いた。
「何故、また負けたのだ? 今度は油断をしていたわけでもない。今まで以上に意識を高めたはずなのに。あの女にどんな秘密があるというのだ?」
 そしてその時に俺は決意した。この貧乏女に勝つために、観察をしなければ――と。傾向と対策を考え完全な勝利を得、俺の定位置を自信と共に取り戻すのだ! と。
 こうして俺は一学期も終わろうかという折に、貧乏女を追いかけて美術部に入部したのだ。その時の露骨に迷惑そうな表情を浮かべた貧乏女の顔は思い出すだけで腹が立ってくる。思えばあれから、犬猿の仲とも思える俺と貧乏女の関係も始まったのだった。
 ――と、トラウマを思い出していると部員全員が、俺の顔を覗き込み「本当のところどうなのだろう?」というような眼差しを俺に向けてきていることに気がついた。
 く……無礼な奴らめ! あんな貧乏女の言葉に振り回されおって。
「無礼な! 俺は幼少のころから世界を担うエリートとして育ったのだぞ! 絵画の一つも描けなくてどうする? 見くびるなよ、俺はパーフェクトだ!」
 俺は「猫田家の人間」という事で特別に許しをもらい着こなしている親父も着ていたという高貴なる我が一族に伝わる制服――エリートの証である白い学ランの襟元を正すと、内心の不安など微塵も感じさせない振る舞いで周りに断言した。
 猫田コンツェルンの名を知る全ての者が、うんうんと大きく俺の言葉に頷いた。
 そりゃそうだ。俺の親父、猫田礼雄は芸術、文学、スポーツ……さまざまな分野でトップレベルに君臨するまさしく天才中の天才なのだから。そして、勿論息子である、俺もそうであるのは間違いないのだ! そして周りもそう思っていることが当然なのだ! 俺は一つとして苦手な物があってはならんのだ!
「では、何故描かない? と言うとだな。俺が描く絵は、もはや既に高度な芸術家レベルだからなのだ。こんなクラブ活動とかいう児戯にも等しいお遊戯の場所で描くにはあまりにもレベルが違うのだよ、レベルが! つまり、俺がこのような場所で描くのには相応しくないのだ!」
「おおお!」
 もったいぶった俺の宣言に、周りの生徒から感嘆のどよめきが上がった。皆が俺を尊敬の眼差しで見つめている。ふん、まぁ俺のはったりに掛かれば、大衆を騙すのなんてお手のものよ。なまじっか教養があるほど人は騙されやすいとは親父の弁だった。
「あら、では何で舞蹴さんの仰る相応しくないこのような場所に、わざわざシャガールの名画をお持ちになって下さったのかしら?」
 しかし、やはりというか俺の権威が効かない貧乏女が一人、悪戯っぽい笑顔をたたえて尋ねてきた。全く、しつこい女だ。俺はゴホンと一つ咳払いをしてから、落ち着いて口を開いた。
「それはだな、ここみ君。君が「自信の作品を持って来い」と言ったからだろう? それにそれを観る事によって君たちのレベルの底上げになれば幸いと思ってだな……」
 瞬間、貧乏女の顔が鬼の首を取ったように輝き、嬉しそうに声を上げた。
「部長、皆さん! 今の舞蹴さんの発言聞きましたか? でしたら舞蹴さんの絵も、是非私たちのレベルの底上げの為によろしくお願いしますわ! ですよね? だってシャガールの絵は良くて、舞蹴さんの絵は駄目なんて事は勿論ありませんもの」
「――な!」
 しまった。俺がそう思った時には「時既に遅し」だった。
 部員全員が貧乏女の言葉に頷いて、期待に満ちた眼差しを俺に向けていたのだ。
「そうですわ! 私も舞蹴さまの描かれる、素晴らしい絵画を一度でも良いですから拝見したいですわ!」「俺も俺も! やっぱり凄いんだろうな」「見たい! 見たい!」
 俺のファンだと自称する女子部員の黄色い声が上がると、次々に部員達に伝染し歓声が上がる。気がつけば貧乏女の恐ろしい一声に、俺は引くに引けない位置に立たされている事に気がついた。背筋に冷たい汗が流れる。
 しまった……まんまと嵌められたのだ。
 あの女ぁっ! 
 俺が怒りをこめて睨み付けるも、貧乏女は涼しい顔をして受け流した。
 ――畜生! 絶対ぎゃふんと言わせてやるぞ!
 俺は拳を強く握りしめると、大きく腕を振って貧乏女を指差した。
「よーし、わかった! 描いてやろうじゃないか! しかし、俺が描くには世界に入り込む時間が必要だ。その為の期間が一ヶ月は必要だが良いか?」
「一ヶ月……? あら、そんなに短くていいのかしら? 大丈夫?」
 余裕の表情で、クスクスと笑いながら貧乏女が問い返してくる。
「ぐ……って、オイ。人の話を聞いていたか? 俺が言ったのは世界に入り込むのに一ヶ月は掛かる、だ。絵を描くとなるとそれ以上の期間を使うのは当然だろう。侮るなよ」
「はいはい。なんでも、良いわよ。舞蹴さんの素敵な絵を絶対に見せていただけるのなら、ね」
「はっはっは。勿論だとも」
 心にも無い言葉が、俺の口から自然に自信を持って放たれる。心理的動揺を微塵にも感じさせない徹底した帝王学の賜物であったが……自分の耳にはとてつもなく空寒く響いた。
「さすが、舞蹴さま。本格的!」
 俺の言葉に反応し、女子部員が目をきらきらと輝かせて見つめてくる。
 よせ、頼む。そんな目で見ないでくれ。
 俺の本音はこうなのだが、外面ではふてぶてしく微笑み女子部員に向かって頷いてしまう。
 こんな感覚に陥るのは生まれて初めてだった。
 女子部員は、はにかみながら「頑張って下さいね! 応援してます」と言った。
 うむ、まかせろ。胃が痛くなるぞ。
「でもまぁ、そうね。舞蹴さんにだけ描かせるのもアレだから、私もこの一ヶ月で新しく何か創作意欲が湧くものを見つけるわ。それを見せ合ってお互いの意識を高めましょう。どう?」
 ――と、良いことを思いついた。というような顔をした貧乏女の発言に、再び部員達のどよめきが上がる。
「おおっ! なんと、ここみ君も描くのか! これは凄い! 凄いぞ! 間違いなく我が美術部きっての一大イベントになるぞ!」
 部長が、ひょろひょろとした身体を震わせ興奮気味に叫んだ。
 なーんーだーとー!
 そして、俺の身体には軽く絶望が走った。
 貧乏女の絵画に今の自分が勝てるわけが無い。
 一度見た、あの女の豊かな感情をこめて描かれた鮮やかな紫陽花を描いた作品は、悔しいが名画を見慣れてきた俺を感嘆させるに値する素晴らしい出来栄えだった……って、敵を褒めてどうする。
 ゴクリと、俺はつばを飲み込んだ。密かに口の中はカラカラだった。
「ほお……面白い。俺にどこまで追いつける作品が描けるか、楽しみにしてるぞ。意識を高めるなどと言わせぬ作品で、目にもの見せてやる」
「ええ、こちらこそ、どれほど素晴らしい作品にお会いできるのか。とても楽しみにしてお待ちしておりますわ」
 不敵な態度を見せる俺と貧乏女の睨み合わせた目から、バチバチバチと火花が散っているようだった。
「なんという超天才同士のライバル対決!」
 その様子に、外野の連中が面白おかしく囃し立てていた。
 しかし、恐らく本気で不敵に笑っている貧乏女と違い、俺の内心は初めて味わう困窮感に、冷や汗がただただ滝のように流れ続けているだけだった。

     2

「だぁーっ、やっちまったぞ! どうする? どうするよ、俺?」
 俺は、頭を抱えてそのまま自室のベッドに倒れこんだ。
 今日の自分の取った行動をシミュレートし、結果選択肢の間違いの多さを改めて痛感し頭に血が上ると碌なことにならない事実を噛み締める。若輩者で愚かだった自分がはったりをかましすぎて引っ込みが付かなくなった問題にどう対処すれば良いか、まったく思い浮かんでこなかった。
「畜生! マジで頭にくるな……」
 しかも情けない事に出てくるのはあの女への恨み節。枕をボスボスと殴りつけても何も解決には至らないのも間違い無かった。
 しかし、それでも俺は衝動的に枕を殴りつけ足をベッドの上で乱暴にばたばたとさせる。
 まだまだ若いな、と親父に嘲笑されるかもしれないが、この鬱屈した気分を吹き飛ばすためにやらずには居られなかったのだ。
「みゃー」
 と、苦悩する俺の傍に、まるまるとした身体に、ふてぶてしく映る大きい瞳――他の猫たちとは明らかに違う風格を持った三毛猫が荒れる俺をたしなめるように野太い声を鳴らして擦り寄ってきた。
「ああ、たま様か」
 俺が荒れた態度を止めむくりとベッドの上に身体を起こすと、たま様は俺の隣でゴロンと丸まりぬくぬくと幸せそうに目を細めた。丁度俺の右手がたま様の寝転がる近くにあったのだが――気が付けば、やはりというか無意識の内にたま様の背中を優しく撫でていた。
 たま様の柔らかな毛ざわりと温かい体温が伝わってくる。
 俺がそのままむいむいとたま様を撫で続けていると、たま様は気持ちよくなったのかゴロンと腹を向けてひっくり返った。
 タプタプとした腹周りの感触に触れ、相変わらずの見事な太りっぷりだな、と思わず笑みが毀れる。感触が心地よい。
 と、たま様を撫でている内にたちまち俺の荒んだ気持ちがふっと和んでいくのが解った。
「おおお、すげ……さすがたま様だな。お陰で落ち着きました」
 俺が自分の気持ちの回復振りに感心して呟くと、たま様は起き上がり俺を見て「だろ?」と言うように得意気にみゃーと一声鳴いた。

 ――たま様は我が猫田家の守り神とも言うべき神聖な存在である。
 初代「たま様」が貧困で窮していた我が猫田家のご先祖様を救う事となった『城山の埋蔵金』の逸話、そしてたま様から得た資金でご先祖様がはじめた客商売で、商才を如何なく発揮し江戸における大富豪に至るまでの立身出世を綴った話『猫田一代商客記』は、今も我が猫田家が誇る、美談中の美談である。
 また――猫田家の危機には必ずたま様の救い有りという話もある。
 病で倒れた猫田家の主に、たま様がいち早く気がつき、大事に至る前に処置が間に合い当時は生き延びることが難しいといわれた難病から生還した先祖様も居れば、夢での啓示――近い話では俺の祖父猫田斗夢は事業拡大の後の不況で採算が合わなくなり経営が苦しくなった時に、たま様が夢に出てきて今やるべき事業を示し、その啓示に従ったお陰で猫田コンツェルンは持ち直す事が出来た。という話がある。祖父は俺や親父に事あるごとに話しては「たま様に感謝の気持ちを忘れるな」と念を押してきたものだった。
 実際たま様は人語を理解しているような素振りをよく見せ、普段は気まぐれながらも肝心なところではいつも近くに存在し俺達の話を聞いているのである。何かしら不思議な力が宿っているといわれれば、それはあるだろうと俺も思っている。
 と、まぁそんな感じで我が一族の繁栄は我々のたゆまぬ努力とたま様あってのものなのだ。
 だからこそ、そんな歴代のたま様に感謝の気持ちを込めた我が先祖様は、長子には必ず猫の名前を付けることを決めたという。たま様の子孫を大事に、そしてそんなたま様と共に共存する感謝の心を失わないように――との事である。だからこそ俺の名は舞蹴であり、親父の名は礼雄だったりするのである。この舞蹴という名前、別に親父の冗談で付いているわけでは無いのだ。でも、偶に親父の名前のが格好良いよなーっと思う時があるのは事実だが。

「そうだ! 親父のツテで芸術家に頼んで描いてもらい、権利を金で買う。それをさも自分の作品だという顔をして持っていくのがベストではないだろうか?」
 たま様を撫でながら思いついた妙案に、俺は思わず顔をほころばせたのだが
「いや、それだと結局あいつにはすぐに気が付かれてしまうだろう。下手すると芸術家の絵とすぐに判断されてしまうかもしれない。それに、まがりなりにも美術部だ。他にもそういったことに詳しい奴らが多く居てもおかしくない。危険な橋すぎる。嘘はとにかくばれないように使うか、ばれても本当の事に変えれる実力を持っていなくては……」
 すぐさま首を横に振ってこの案件を自ら否定した。むしろ最後に自分で呟いた言葉を徹底出来ていなかった俺自身の未熟さを呪うしかない。また気分が憂鬱になる。
「参ったな……本当にどうすれば良いものか……あの貧乏女め!」
 頭の中にすまし顔でせせら笑う、あの貧乏女の顔が浮かんだ。
 難問に窮し、再び貧乏女への恨み節が炸裂しかける。
「いや、違う。全ては俺の未熟さが招いた結果だと何度も言っておろうが! いい加減この女々しい考えを止めないか!」
 俺は頭を強く振って無限ループしかねない陰鬱な気持ちを吹き飛ばそうとした。
 ミスリードをあの貧乏女が図ったにしろ、罠に嵌ったのは俺の未熟さ故の自己責任だっての! ちゃんと理解しろ俺の感情。
 俺はぐしゃぐしゃと乱暴に髪の毛を掻き毟った。
 あーもう、畜生。あの女が転入してきてから俺の調子は狂いっぱなしだ!
「みゃー」
 陰鬱な空気を察したのだろう、たま様が俺の顔を見上げ諌めるように一声鳴いた。そのまま前足を俺の太腿にズシリと乗せ、フルフルと首を横に振る。
 ちょっと重痛い。
「はいはい。解ってますよ、たま様。猫田家の長子たるもの常に冷静でいろ――でしょ?」
 その通りだ、と言うようにたま様が今度は首を縦に振る。
「しかしですね、たま様。これが落ち着いていられるでしょうか? 俺は絵を描くのが致命的に苦手なのはたま様もご存知でしょう? そんな不利な状況の中で勝負しようものなら無様に敗北は必定。しかも、はったりかましての敗北は、大衆に今まで有言実行してきた実績にまであらぬ疑いを投げかけられる機会を与え、自信を持って築き上げてきたこの俺のカリスマはいとも容易く崩壊し、嘲笑の対象となるのは目に見えているでは無いですか! このたった一つの愚かなミスで破滅の道へと俺が歩んでいるのは確実。偶然にしろ何にしろ、あの貧乏女が勝負を諦める事態が発生し、この勝負自体が有耶無耶になるような好都合な事なんてそうそう起こるわけ……ん? 待てよ……そうか!」
 たま様に熱く語りかけている内に俺の脳内に電球がピコンと光るマークと共にアイデアが閃いた。
 そのまま、湧き出したイメージにくっくっくと笑いが漏れる。
 たま様が俺の漏らした陰湿な笑い声に訝しげな表情を向ける。
「そうでは無いか。好都合を起こせば良いんじゃないか。あいつがそれどころでは無いようにすれば良いだけの話じゃないか。俺ならば、それぐらい容易く出来る。バカだな俺。何を同じ土俵で戦いそうになっていたのだ。情けない」
 額に手を当て、俺はまたひとしきり笑った。
 なるほどな、俺としたことがうっかりしていた。
 ま、あの貧乏女を学園から追い出すのも簡単なことだが、そうなると俺はあの女に勝てなかったまま永遠に「仮」のナンバー1を得るということになってしまうのだから、それは我慢してやろう。
 とすると何をもって、あの貧乏女が俺との絵の対決どころでは無い状況に持っていくか――だが、どの作戦が一番効果的であるだろうか?
「ふむ……」
 俺はベッドの上に胡坐をかくと、顎に手をやった。
 あの貧乏女は警戒心が強く、また勘も鋭いと来ている。かなり厄介な存在なのは間違いない。ちょっとした作戦だとすぐに俺の差し金と気がついてしまうだろう……。
「基本絡め手だろうな、しかも出来るだけ自然に、抗えないように――って重っ!」
 と――思案する俺のひざ上にズシリというがミシリというか兎に角重いものが乗っかって来た。
 目線を少し下にずらすと、俺のひざ上に少し肉をはみ出しつつも見事に納まっているたま様が目に入った。たま様は「そんな考えはやめるべきだ」と訴えるように普段より厳しい視線で見つめてきていた。
「たま様……」
 ああ、やっぱりたま様の警告が来たか。ある程度は覚悟していた。
 だが、こればかりは幾らなんでもたま様の訴えでも聞くわけにはいかない!
 俺は心の中で誓い、敢えてたま様の睨み付ける意図を気がつかないフリをすることにした。
「にゃごー」
 するとたま様は、いつも以上に野太い声を漏らしてきた。
 この声は以前一度だけ聞いた事がある。
「う……たま様……まさか?」
 あれは今から痛いことするけどいいの? という警告音だ。
 それと同時に思い出す、あの恐ろしい技。
 『アースシェイカー』
 お仕置きをする相手の膝上に乗っかり、そのまま仰向けになると、全体重を掛け思いっきり身体をゆすり背中をこすり付ける事によって自身の背中の痒みを除去しようとする一連の動作の事を示す、俺が勝手に名づけたたま様きっての必殺技だ。普通の猫がやってもただでさえ痛いのに、たま様がやるとそのみっしりとした体重が相まって地獄以外の何物でもない必殺技となる恐ろしい技だ。
 ごくり――俺は既に占領されて動けなくなった膝下に存在するたま様を見て唾を飲み込んだ。
 たま様は俺のトラウマを更に増幅させるようにあの時と同じ感じでゆっくりと俺の膝の上で仰向けになっていく……。今膝元にはっきりと感じる背骨の感触。あの時の恐怖と痛さを思い出し冷や汗が俺の額から一筋流れ落ちた。
「ふ、ふ、ふ。もう俺もあの時のような小学生では無い。今の俺なら耐え切れるはずだ」
 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……
 俺に降伏の意識無し、と判断したたま様は早速アースシェイカーを放ってきた!
「いだだだだだだだっ! 背骨痛い! たま様、たま様の背骨痛いっ!」
 あまりの重さと痛さに俺は思わず大声を上げて、仰け反ってしまう。
「く、くふぅ。そ、そんな事をなさっても、俺の意志は変わりませんからねっ! たま様っ!」
 俺の宣戦布告に、たま様は一旦ピタリと動きを止め俺をチラリと見た――かと思うと、更にスピードを上げて背中をゴリゴリと擦りつけてきた。容赦無き連続攻撃。
「ぎゃああぁぁああああっ! それでも、ま、負けるもんかぁぁあああっ!」
 そう俺の保身の為にも、たま様の嫌がらせに屈するわけには行かない! 俺には俺の意地があるのだ!
 その決意を糧に、唇を必死で噛み締め、この後も執拗に続いたたま様の拷問を俺はなんとか根性で乗り越えたのであった。

     3

「私の絵が破かれているっ!」
 俺と貧乏女が宣戦を布告してから3週間たったある日の放課後。部活動が始まった時に、突然半ば悲鳴に近い声が部室内に響き渡った。
 声を上げた主は、あの貧乏女だった。
 こちらからは何が起こったのか伺え知れないが、自分自身の描きかけのキャンバスを目にして半ば呆然とした表情で立ち尽くしている。
 そのただならぬ様子に俺を含め、部活動に参加していた全員が声を聞きつけ貧乏女のいる場所に駆けつけ――俺も思わず息を呑んだ。
 力強いタッチで描かれていた、貧乏女が最近とり憑かれたように没頭していた渾身の作品「鮮やかなひまわり像」が、見るも無残にナイフのような刃物でズタズタに引き裂かれ、変わり果てた姿で野晒しにされていたのだ。
「これは……ひ、酷い。あんなに素晴らしいひまわりの絵が……」
 部長達が俺の後ろで息を飲み、その後かすれた声を絞り出すのが聞こえる。周りの部員達もコクコクと首を縦に振る。これには俺も同意だった。
「誰が……一体?」
 誰かがポツリと呟いたその台詞に、貧乏女はピクリと反応するとすぐさま俺をキッと睨み付けてきた。
 ――まさか?
 ゾクリと嫌な予感が胸に広がる。
「あんたがやったのね?」
 断定する声音だった。
 貧乏女の背後からゆらりと恐ろしいまでの怒気が湧き上がっているような感覚を覚え、俺は一瞬怯んだ。
「いや……これは違う。俺では無いぞ」
 バシッ!
 言葉を返す俺の頬に、乾いた音と共に鋭い痛みが走った。
 貧乏女が俺に平手打ちを放ったのだ。空気が一瞬にして凍りつく。
「貴様……」
 俺が頬を押さえ睨み付けると、貧乏女も負けじと俺を睨み返してきた。
「嘘。あんた以外に誰がこんな事をするっていうの? あんたは確かにいけ好かない奴だけど、芸術に対しては理解があると思っていたのに。がっかりだわ! 結局自分が不利になると何もかもをひっくり返して無かったことにしてしまう最低の奴だったのね!」
 貧乏女の俺が犯人だと断言した口ぶりに、周りの部員達がざわつき始める。
「いやそんな……でもまさか?」
 そんな俺に対する不信の波が、貧乏女を中心にして一気に広がるのを感じた。
 馬鹿な! 俺は心の中で叫んだ。
「ちょっと待て! 何の話だ? 俺はこんな幼稚な事は絶対にしない。やるならもっと上手くやる。勝手に決め付けて俺を犯人にしようとしてもそうはいかんぞ! それに悔しいが、俺は貴様の絵を高く評価している。そんな絵を、何故俺が引き裂かねばならんのだ! どこにそんな愚行を犯した証明があるというのだ!」
 背後で俺の言葉に「なるほど、確かに」と頷く部員達。
 当然だ、こんな幼稚な犯行を俺の責任にされてはたまったものではない。
 俺の華麗なる作戦は地下進行でしっかり展開中だ。たま様の拷問に耐えてまで実行した完璧な作戦をこんな児戯にも等しい愚行と同じにされてたまるか!
「確証ならある……わよ」
「ほう、何があるっていうんだ?」
 俺の断言に、珍しく貧乏女の俺を見る冷ややかな目が自信なく揺らいだ。俺はそんな貧乏女の目をまっすぐに見つめ問いただした。
 当然である。言われも無い罪には断固として立ち向かうべきだからな。
「だって、あんたも私の事嫌いでしょ?」
「ああ、嫌いだね」
「ほら! だったら……」
 それ見たことか、と俺の方を見つめ返してきた貧乏女の言葉を遮り、俺は言葉を続けた。
「だが、それとこれは話が別だ。俺は先ほども言ったが貴様の絵を高く評価している。まぁ、俺の絵には遠く及ばぬだろうが、それでも素晴らしい作品なのは間違いない。安心しろ。それ故に俺もこの事態に怒り心頭だ。芸術をないがしろにした犯人は万死に値すると心得る!」
 俺は言うや否や制服から携帯を取り出した。
 そしてふてぶてしく笑う。
「見ていろ貧乏女! 俺が必ず犯人を炙り出してやる! そして俺の無実を証明する!」
 芸術を心得ぬ愚か者に、俺が制裁を加えてやろうでは無いか!
「もしもし、私だ。ああ、舞蹴だ。急で悪いが、東雲はいるか?」
 携帯が繋がると向こうから「坊ちゃん?」と慌てた声が聞こえた。
 そのまま暫く待つとゴホンという咳払いと共に渋みのある一際落ち着いた声が流れてきた。
「お待たせしました舞蹴坊ちゃん。東雲です、お電話代わりました」
「応、東雲。すまんが、学園にて少々面倒な問題が発生した」
「――はぁ、それがどうかなさいました? 坊ちゃんには関係の無いお話なのでしょう? 無駄に足を突っ込ましても得なことなど一つもないと、坊ちゃん自体仰っていらっしゃったじゃありませんか」
「当たり前だバカ。そんな瑣末な事だったら俺が電話するわけが無いだろ。東雲、どうした? お前らしくも無い。昼寝でもして頭がまだ寝ているのか?」
「――は。申し訳ありません。大変失礼致しました。ご用件をどうぞ」
 俺の皮肉に、東雲の姿勢を正す音が携帯の向こうから聞こえた。ん? なんでバレたんだろう? とか小声で聞こえてきたぞ……。東雲……減給だな。
「ああ何者かに、学友の絵が引き裂かれたのだ。そして、その犯人として俺が疑われている」
「なんですと! 坊ちゃんが!」
 携帯の向こうから東雲のドスの聞いた声が、静まり返っている部室内に響き渡る。その声に怒られたわけでも無いのにビクリと部員達の身体が硬直する。
「ああ、後は言わなくても解るよな?」
「畏まりました。早急に犯人を特定できるように鑑識の準備をして、そちらに伺いたいと思います。お任せください、必ずや坊ちゃまの無実を証明して見せましょう!」
「うむ。その通りだ。では任せるぞ」
 俺は話を終えると携帯を折りたたみポケットにしまう。そのまま静まり返った部室の中部員達の方向に悠然と振り返った。
「――という事だ。いささか大仰かもしれんが俺の優秀な部下が、確実に犯人を探し出すであろう。どうだ? これで文句あるまい」
「え……ええ……」
 呆気にとられた表情で貧乏女がコクリと頷く。
 その姿を見て俺も満足気に頷くと、制服の襟元を正し、腕時計で時間を確認した。まだクラブ活動が始まってそれほど時間は経っていない。うむ。これなら、まだ大丈夫そうだ。
「さて、では俺は犯人を逃がさないためにも放送室に行って現在校舎に残っている生徒全員をこの部室に集まるようにアナウンスを頼んでくる」
「は?」
 部長達の口があんぐりと開く。
「は? では無いぞ諸君。犯人は部外者の可能性もある。あらゆる可能性を考え、全ての生徒が立ち会う中鑑識を行うべきであろう? これは重要な事だ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なわけがなかろう!」
 男子部員が呟いた言葉に俺は厳しく一喝した。
「芸術に関わる者だったら解るだろうが! その作品に『二度』は無いと。「また描けばいい」とはどの口が言える? 感情の一瞬を込めてキャンバスに挑んでいるというのに。そのような魂の入った作品を切り裂かれた者の気持ちを考えてみろ! 俺は必ず犯人を見つけてやる。たとえ俺が気に食わない奴の作品だろうと、その作品には何も罪はない」
 それに、と俺は言葉を続けた。
「俺にあらぬ疑惑を掛けられた恨みも晴らさなければいけないからな」
 言ってそのまま貧乏女を見つめニヤリと笑う。
 貧乏女は複雑な表情を浮かべながら、俺を見つめていた。こんな狼狽した貧乏女の顔を見るのは初めてで気分が良い。ま、頬を叩かれた分はこの表情を見たことでチャラにしてやってもいいな。
「舞蹴様ごめんなさいっ!」
 俺がそのまま部室から外に出ようとした瞬間、一人の女子生徒が血の気の引いた真っ青な顔を浮かべたかと思うと、ガクリと床に崩れ落ちた。追い詰められたような、一瞬にして憔悴しきった表情でガクガクと身体を震わせている。
「お、大林さん?」
 部長達が泣き崩れている女子生徒に目を白黒させながら問いかけた。
 それは、俺のファンを自称していた女子生徒だった。
「ふん。追い詰められたらさっさと尻尾を出したか愚か者が。許されると思うなよ」
 俺は立ち止まると冷ややかに大林と呼ばれたその女生徒を見下ろし、言葉を吐き捨てた。
 彼女は俺の言葉に再びビクリと身体を震わし、あふれ出る涙を拭う事も無く、いやいやと言うように首を横に振りながら俺に対する謝罪の言葉をひたすら口から垂れ流していた。

     4

「だって貧乏人の癖に猫田様に楯突いて腹が立ったの。それに大して上手くも無いくせに天才だのなんだの言われて得意気になって、調子に乗って。前からムカついてしょうがなかったのよ! 絶対にめちゃくちゃにしてやるって。完成間近のタイミングで、この女の底の浅さを思い知らせてやるって! それしか考えていなかったの……舞蹴様が疑われるなんて夢にも思っても居なかった。本当に、本当にすみません!」
 それが大林と呼ばれた女子生徒の言い分だった。あまりにも身勝手な言い分だ。
「おい――」
 お前は何を勘違いしているのだ?
 と、続けようと口を開いた俺に女子生徒はすがるような瞳で俺を見つめ「私は悪く無いのです」と必死に訴えると、そのまま今度は溢れんばかりの憎悪を燃やした瞳できつく貧乏女を睨み付けた。
「貧乏人! なんで貴方みたいな人が舞蹴様を疑うの? そんな資格があると思ってるの? 信じられない! それにこんな貧乏人の言葉を信じて少しでも舞蹴様を疑った皆も信じられない! こんな思いあがりも甚だしい育ちの悪い女なんて、さっさと学園から居なくなってしまえばいいのよっ! 私だけじゃないわ。学園の皆が思ってることよ! 汚らわしい」
「――っ!」
 女子生徒の罵り声に、サッと一瞬貧乏女の顔が蒼褪めるのを俺は見た。
「おい――だから……」
 しかし貧乏女はすぐに唇を一文字に結びキュッと強く噛み締めると、いつもの俺が知っている澄ました表情では無く、幾分眉間に皴を寄せた憤怒の表情で、女子生徒をきつく睨み返した。
「は! 見苦しいわね」
「な、なんですって!」
「おいって!」
 嘲笑うように口の端を歪め、貧乏女が出した言葉に女子生徒の顔が真っ赤になる。
 ……ちなみに俺を無視して会話を進めるこいつらに、俺の顔ももしかしたら真っ赤になっているかもしれない。出しては無視される俺の言葉に、ストレスからか無意識に両手をわきわきとさせてしまっていた。
「見苦しいって、言ったの。あんたが言う貧乏人な私に、結局は嫌がらせレベルの事でしか対抗出来ないの? 情けないわねー。あんたもお金持ちなんでしょ? ああ――って言っても大した事無いわね。こんな人としての最低限のマナーも守れず、癇癪を起こしてこそこそとおいたを為さる程度では、ね。まだこの坊ちゃんのが何百倍もマシよ!」
「――!」
 貧乏女の言葉に、女子生徒の目がぐるんと大きく見開かれる。額には青筋が浮かんでいそうな物凄い鬼のような形相だ。さすがの俺も、女子生徒のこの表情には軽く引いた。
「結局は、私の底じゃなくてあんたの底が知れたって事よ。負け犬さん。私の絵を切り裂いて、それで満足なさいましたか? また、同じ事をやられるのは流石にごめんこうむりたいので特別サービスで「ぎゃふん」とでも言って差し上げましょうか?」
「この!」
 貧乏女の挑発に逆上した女子生徒が、貧乏女に向かって勢い良く手を振り上げ――
「だーかーらーっ! そんな事はどうでも良い! お前ら俺の話を聞けぇーっ!」
 そこで急な展開に一瞬呆気に取られていた俺はハッと自分の存在が無視され続けていたこと思い出し、大声を上げた。
 もうこれ以上あいつらの茶番劇なんか見る気はさらさら無いぞ!
 俺の怒鳴り声に、手を上げかけていた女子生徒の動きがピタリと止まる。そして、そのままギギギと顔を俺の方向に向けた。
「ま、舞蹴様?」
 女子生徒は、どうして? というような顔をして俺を見つめている。
 だが残念ながら、俺はその期待に応えるような顔をしてやるつもりは毛頭無い。冷ややかな目で見つめ返し、口の端を嘲笑うように歪めた。
「……どうして?」
 今度は実際に女子生徒から想像通りの掠れた声が漏れた。振り上げていた手が力なくだらりと下がり、女子生徒の顔が見る見るうちに蒼褪めていく。俺の態度が信じられないというように目を白黒とさせていた。
「どうして? だと?」
 私は今までずっとあなたのファンでいたのに。と言うように潤んだ瞳で訴えて来る女子生徒。
 その悲劇ぶった顔を見るだけでムカムカしてきた。
 は! なにが「どうして?」だ。貴様のような芸術に敬意を払わず、自分の感情で愚行を犯す奴が、あんな謝罪程度で俺に許されると思うほうがおかしい。ファンだ? 俺はそんなものは必要としていないし、ただ媚を売っているだけにしか思えない。そもそもファンなど言わなくても、媚びを売ってくる奴なんて俺にはごまんと居る。そんなものの相手を俺が真面目にしてやるとでも思っているのか? この期に及んでまだ媚びる女子生徒の態度に、正直に俺はイラつきを隠せなかった。
 それに――と、俺は思った。
「貴様は貧乏女を罵る資格がないからだ。そして逆に貴様は貧乏女に俺を罵る資格は無いと言ったが、十分にある」
「な――?」
 俺のこの言葉に、女子生徒だけでなく貧乏女までもが驚きで目を見開いた。
「貴様は芸術を貶めた、最低な行為をした人間だ。俺を大義名分にして卑劣な行為を平気でやったクズだ。貴様に芸術を語る権利も、貧乏女を罵る権利も、俺のファンを名乗る権利も一切無い!」
「そんな……」
「良いか、よく聞け。なんだかんだ都合よく言い訳しようが、貴様がやったことはただの逆恨みだ。自分の事を差し置いて、相手を認めることも出来ず、一番汚い手段で対抗しようとした醜い逆恨みだ。金持ち? 貧乏? 関係無いだろうが! 貴様は、口だけ動かして努力も何もせず甘えているだけだ!」
 俺の言葉に、女子生徒はまるで世界が終わるような表情を浮かべたかと思うと力なくうな垂れ、両手で顔を覆った。暫くすると、両手で覆われた隙間から、かすかに嗚咽する声が聞こえてきた。
 ふん、気に喰わないな。困ったら泣けば良いと思っている。
「泣こうが喚こうが、貴様がクズなのには何も変わり無い。悲劇のヒロインを気取りたいなら他を当たるのだな。だいたいだな――」
「ちょっと! もういいわよ。あんたも少し言い過ぎなんじゃない?」
 俺が女子生徒に更に追い討ちを掛けようと口を開くと、思わぬところから女子生徒への援護が入った。
「あん?」
 声がした方を振り向くと、複雑な表情で俺を見つめている貧乏女が居た。
「なんでお前が止める? 今回の件、お前が最大の被害者だろうが!」
「もう良いって。あんたが私の代わりに言ってくれたお陰でなんかすっきりしちゃったわ。それに、どんなに怒ったとしてももうあの絵は帰って来るわけでも無いし」
 何を甘やかす発言をしているのだ。お前の絵が引き裂かれたというのだぞ!
 不可解な貧乏女の言動に俺の眉間に深い皺が刻まれる。
「だからこそ、自分のやった事がどれだけ卑劣だったのかを思い知らせねばならんだろう! 逆ギレでお前を叩こうとまでしてきたのだぞ、こいつは!」
「だからもう良いって。そもそも、あの絵は私が気に入らなかったから破った。もっと良い題材を見つけて一生懸命描けばいいだけよ」
「自分の気持ちに嘘を付くな!」
 だったらここ最近とり憑かれたように講義が終わると部室に篭り、キャンバスに向かい続けて居たのは何だというのだ? あれほど入れ込んで描いていたものを、そんなにあっさり切れる訳がないだろう! この女の芯の強さはそんな事では揺るがないはずだ。
 俺は貧乏女の目をまっすぐに見つめ怒鳴った。しかし、すぐに貧乏女は俺から目を離した。
 く――どうしたんだ、貧乏女。何を腑抜けているのだ?
「嘘じゃないわ。私はあの向日葵の絵には実際飽き飽きしてたの。破ってもらって丁度よかったわ。うじうじ悩みながら描くよりも遥かに気持ちにも踏ん切りもつくし、せいせいしたわ。これで新しい絵にまた気持ちよく挑戦出来るってもんよ」
「なら何故目を逸らす? いつものお前なら、俺を睨み返すくらいしてくるだろうがっ!」
「あーもう、五月蝿いわね! とにかく私がもう良いって言ったら良いの。まさか、あんたに擁護してもらえるとは思わなかったけど、これでこの問題はお開きにして! これ以上あんたが何か言ってこじらせないで! お願い!」
「なに……を――」
 反論しようとした俺が再び貧乏女の顔を睨み付けようと前を向いた――そして、そこで俺は言葉を失った。
 こいつ、なんて顔をしているんだ――
 貧乏女のまるで何もかもを諦めたような表情を目の当たりにして何も言えなくなったのだ。
 開きかけていた口を上唇で噛み締め、無意識に俺は拳を握り締めていた。
 俺が黙った事で、部室内に重い沈黙が広がっていく。
「――さ、これでこの事件は解決。解決」
 その沈黙を破ったのは、俺が今まで聞いたことも無いような明るい声で話す貧乏女だった。
「何か今日はもう私は疲れちゃった。部長、皆さん、ごめんなさい。私は先に帰宅しますね」
 そういって貧乏女が深々と頭を下げた。
 こんなお辞儀をする貧乏女も俺は初めて見た。なんだか胸がムカムカとしてくる。
「あ、うん。お疲れ様。あの、その……」
「やだ、部長。だから私は何も気にしてませんから! またよろしくお願いします」
 貧乏女の満面の笑顔に、ひょろひょろの部長はあからさまに安堵した表情を浮かべてコクコクと頷いた。
「うん。ここみ君。ありがとう。では、また放課後はよろしく頼むよ」
 部長の言葉に、貧乏女はまたにっこりと微笑んだ。
 なんだ、なんだ? なんで貧乏女がこんな得体の知れない行動を取っているのだ? 何か計算でもあるのか? 気持ち悪い感覚が俺の中に広がっていくのを感じた。
 ――と、そんな俺の耳に
(ありがとう)
「あ?」
 小声で貧乏女の感謝を述べる声が聞こえた。
 顔を上げると、既に貧乏女は俺の傍には居なく
「はい! では、お先に失礼します」
 と、荷物を纏めた貧乏女は、最後に扉から出るときにも深々とお辞儀をしていた。
「おい! 今のは……」
 しかし俺の声を聞くことも無く、貧乏女はそのまま振り返りもせずに部室から足早に離れていった。
 貧乏女が居なくなっても後味の悪い空気が部室内に残っていた。皆、何も言葉を発することも無く、卑怯者の女子生徒の嗚咽する声だけが微かに聞こえるだけだった。
 だが、こんな空気など俺にはどうでも良かった。それよりも、帰る間際に貧乏女が俺に向かって言った「ありがとう」の言葉が気になった。何かが引っかかったのだ。
「何が……ありがとう、だったんだ?」
「坊ちゃま! ただいま参りましたぞ! さぁ、早速鑑識に入りましょう!」
 ――と、俺の電話を受けて来た部下3名が勢い良く扉を開けて飛び込んできた。だが、残念な事にもう事件は終わっている。というか来るのが遅すぎる。
「馬鹿者! お前達遅すぎるぞ! もう犯人も見つかったし、納得はいってないが事件も解決済みだ。もうお前達は必要ない。帰れ」
「ええええええっ?」
 俺の言葉に、得意げに片手に持った鑑識道具を入れた箱を危うく落としそうになる。
 全く、寝ぼけた頭で動くからそんなに遅れるのだ。ばか者供が――と、東雲達を冷ややかに見つめると、奴らが黒いスーツでは無い、作業服らしき服装で居ることに気がついた。東雲の後ろに控える二人はご丁寧につばの付いた帽子まで被っている。
「ん? なんだ、東雲。お前らのその作業服みたいなのは?」
 俺に聞かれて、東雲達は嬉しそうな顔を見せた。
「え? 坊ちゃん見て解りませんか? これはあれですよ、警察官の鑑識が実際来ている作業服でございますよ? 折角の調査ですし、身も心もなりきってやれば成果がすぐに出るであろうと礼雄様が仰いましたので、それに従って身も! 心も! THE鑑識となりきって参った次第でございます。な! 皆」
「イエース! ラブコスプレ!」
 東雲の言葉に、後ろに居る部下二人が元気良く答える。
「また親父か……また余計な追加命令入れやがって……だから思っていたよりも遅かったのだな?」
「その通りであります!」
 俺はニヤニヤとただでさえ細い目をますます細めて笑う親父の姿を思い浮かべ、げんなりと頭を抱えた。俺が困る顔を想像して笑っているに違いない。
「で、坊ちゃん。鑑識しちゃってよかですか?」
 ワクワクと綿がついた棒を右手に持ったスキンヘッドの東雲がキラキラと少年のような目をして尋ねてきたので、
「いらん。帰れ。ちなみにお前ら減給な」
 と即答してやった。
「うおお、うおおおおっ」
 夕日を背景に悲しみに沈みこむ部下3人。
 その無様な姿を横目に、再び俺は貧乏女が囁くように呟いた(ありがとう)という言葉の意味を考えていた。
 ――貧乏女。まさか、もう学園に来ない。とかいう訳ではあるまい?
「まさか――な」
 ふと、心をよぎった不安な予感を否定するように俺は呟いた。

     5

「な、なんだ? どうしたというのだ?」
 俺が、減給に気落ちしている東雲達と供に我が家に戻ったら何か事件が発生していた。
 ドスン、バタンと盛大にひっくり返す音と、屋敷の縁の下を必死で覗き込み何かを必死で探している召使い達。さながら年の瀬総出の大掃除のような騒音だ。……いや、それ以上かもしれない。何を探しているのかは解らないが、全員に焦りの表情が見られ、いつも優雅に頼もしく動いてくれている奴らの、いささか乱暴すぎる捜索の様子に流石の俺も何やら嫌な予感を感じざるを得なかった。
「ああっ! 舞蹴お坊ちゃん! た、大変でございます!」
 俺の帰宅に気がついた、小柄な年配の召使いが血相を変え、慌てて駆け寄ってきた。召使い側のお局様的存在。家族から絶対的な信用を得ている永井という女だ。
 そして、この永井から伝えられたこの事態の内容は――なんと守り神であるたま様が突然行方不明になった、というのである。
「大変申し訳ありません。昼食のゴールデンたま様スペシャルを召し上がっているところまで我々も確認はしておりますが、それ以降の消息が……。いつもはこの時間には屋敷に戻られ、ゆったりとお休みになられているというのに、まだ御戻りになられていないのです!」
 俺に頭を何度も下げ、我々の管理の責任です。と、深々頭を下げる永井が顔を上げたときはうっすらと涙が滲んでいた。
 ――別にそれはそんな大層な事件ではないだろうに。何故皆こんなに慌てているのだ?
「いや、たま様だって少しは外に出たいと思うこともあるだろう? 気にしなくても良いぞ」
 そう思い俺は永井を宥めたのだが、「そういう訳にはいきません、そういう問題では御座いません」と、永井はブンブンと頑なに首を横に振った。
「? いや、確かにたま様は我が家の守り神だが、猫だぞ? 気ままに外に出かけるくらい幾らでもあるだろうし何も不思議な事態とは思わないのだが……」
「本当に坊ちゃんはそうお思いなのですか?」
 永井にキッと睨まれ、俺は普段大人しいはずのこの女から糾弾の声を浴びせられた。そのあからさまな非難の目に、俺は思わず怯んでしまった。
「な――?」
「だんな様は私達の話を聞いてすぐに執事&召使い連合チームを何チームか編成し、屋内捜索班と近辺捜索班に分け出発を命令されました!」
「親父が?」
 こくりと真剣な顔をして頷く永井。
 あの親父がそこまでしてたま様を探そうとしている事態。
 その事実を受け『なんだ、そんなことか。別にそのうち帰ってくるだろう』と軽く考えていた俺にも、事の重大さが伝わってきた。ここに来て、再び嫌な予感が膨れ上がってくる。
「守り神のたま様が行方不明になるなど前代未聞。猫田家に何か良からぬことが起きてしまう前触れかもしれません。だんな様もその事を大変心配なさっておりました。坊ちゃんにもわかりますよね? この意味が」
「た、確かに……そう……だったな……すまん」
 そういえば、確かに今まで俺が知る限り現たま様が行方不明になった事など一度も無かった。たま様あっての猫田家。もし、たま様が欠けるような事態になったとしたら……。
 恐らく親父も想像したであろう不吉なビジョンに、ゴクリと俺は唾を飲み込んだ。
「たま様の御身体ではそう遠くには行くことは出来ないとは思われます。お坊ちゃんの仰るように、また何かの拍子でひょっこりと戻ってこられるかもしれません。しかし大変不吉な事を私から申し上げますが、今までたま様がふらりと何処かに出かけ、戻ってこなかった事は坊ちゃんがお生まれになってから一度も無かったと記憶しております。そのような中のこの事態。もしかしたら誘拐や……事故の可能性も――」
「止めろ! それ以上言うのは不謹慎だぞ!」
 永井の言葉をそれ以上聞いて悪い想像に誘導されたくは無かった。手を永井の前に突き出し、言葉を遮る。マイナスなイメージはそれだけで不幸を呼び寄せてしまう。
「は――大変申し訳ありません。失礼致しました」
 永井も、自分の言っている事の不謹慎さに改めて気づいたのだろう。一歩後ろに下がると、深々と俺に頭を下げ謝罪の言葉を述べた。
「東雲、斉藤、上野」
「はい」
 異常事態に気がつき、大げさに悲しみに沈んでいるような振りをして同情を誘おうとしていたこいつらも、俺が名前を呼んで後ろを振り向いた時にはいつもの「優秀で頼れる」俺の信頼する部下の顔に戻っていた。
「お前達も屋敷近辺のたま様捜索チームに合流しろ。必ず見つけ出し、無事保護するのだ。いいな!」
「任せてください坊ちゃん!」
 張りのある頼もしい声が心地よく俺の耳に響く。うむ、それでこそお前達だ。
「ああ、無事見つけ出したなら減給は無し。むしろ昇給だ! 期待しているぞ」
「ありがとうございます! ご期待に沿えるように行って参ります」
「永井も報告ご苦労だった。引き続き捜索を頼む」
「はい、坊ちゃん。あ、坊ちゃんは如何なさいますか? だんな様と合流なさいますか? 移動されますなら早急に手配しますが」
 永井に尋ねられ、俺は少し思案した。貧乏女が何故あんな殊勝な事を言ったのかを考える時間をじっくり欲しいと思っていたからだった。
 だが――これは、正直言って貧乏女の詮索どころでは無いな……。
「ああ、そぅだな。俺もそうしよう。着替えてくるから手配を頼む」
 どうせ、こんな下らん詮索など幾らでも後で時間が有るときに考えれば良い。今はたま様をいち早く見つけ出し、猫田家の平穏を優先するべきだ。
「畏まりました。では、だんな様に御連絡を入れておきますね」
 これだけ屋敷中の人間が大掛かりに捜索していれば、あのたま様のお身体だ。すぐに見つかるだろう。その上、あの親父も動いているのだ。これでは見つからない方が奇跡に近い。
 そう思うと事態の深刻さを理解しつつも、まだ若干の楽観姿勢を俺は持っていた。
 しかしその認識は、とてつもなく甘いものだったと思い知らされた。
 ――結局その日の捜索でたま様は発見される事は無かったのだった。
 次の日も……、また次の日も――。

「くそ……貧乏女め。本当に学園に来ないつもりか?」
 そしてそんな騒動の中、たま様失踪事件と時を同じくして、俺がむかつきを隠せない事態があった。
 そうあの事件から、そしてたま様の失踪からもう5日過ぎたのだが、貧乏女があの日以来一度も学園に登校して来ないのだ。
 学園にも欠席の連絡が無いようで、毎日出席を担任が取る度に不在の貧乏女に「天水さん、また休み? おかしいなぁ……」と首を傾けて呟いていた。
 俺も初めは風邪かとも思ったのだが、流石に5日も風邪で休むだろうか? いや、無いだろう。
 ――なぜ貧乏女は来ないのだ! 勝ち逃げするつもりか? 俺との勝負はどうするのだ!
 あの時漠然と感じた不安が的中した気がして俺はイラつきを隠せなかった。
 張り合いの無い、おべっかばかり使ってくる学友しか居ない空間は非常に退屈で、くだらない。そして、こんな日常を俺はあの女が来るまで過ごしていたのだと思うと何故だか無性に腹がたってきた。
「猫田君、そういえば最近美術部に行かないね」
「ふん。行く必要が無いからだ!」
 そんな終始不機嫌な俺に男子生徒が話しかけて来たので、怒鳴り返してやった。「ひゃ」と首をすくめて男子生徒はすごすごと退散する。
 ふん! あいつが居ない美術部など顔を出す必要も無いだろうがっ!
 たま様は居なくなって家は連日大騒ぎだわ、学園に来ても何も面白くも無いわで気分が悪い。
「こら、内藤君。猫田様に美術部は禁句だよ」
「え? なんで?」
 先程俺に怒鳴られすごすごと退散した男子生徒が、女子生徒に呼び出されこそこそと話をしているのが俺の耳に届いた。
 ――ん? なんだ? 俺の事か?
 少し会話の内容が気になったので俺は耳を澄ましてみる。
「猫田様が美術部にお入りになったのは、あの勘違い貧乏女を追い出すためだったってのが、もっぱらの噂なの!」
 あ? 何を言っているのだ?
 俺が追い出したのは他の女子生徒だ。しかも、追い出そうとして、では無く、最低な行為をしたからだっただろう。俺の眉間に嫌悪の皺が寄る。
 俺は「そんな事あるわけ無いだろう!」とすぐに言ってやっても良かったのだが、まだ話したそうにうずうずしている女子生徒の顔をちらりと見て、他にどんな荒唐無稽な事を言うのか気になり、耳を澄ましたままにした。
「ええっ? 猫田君が? まさか……」
 内藤と呼ばれた男子生徒が、信じられない――というような表情を浮かべた。
 うむ。内藤とやら、中々まともな感覚を持っているな。俺はそんな姑息な真似は絶対にしない。先程は怒鳴ってすまなかったな。変わりに名前を覚えておいてやろう。
「そのまさかなの。でも、それも先日無事貧乏女を追い出す事に成功されて、学園にも来させない様に打ちのめしたらしいの! だから美術部に行くのはもう必要ないって事でしょ?」
 女子生徒が「ここだけの話」と言って話したのはやはり、あいつの絵を破った女子生徒の話に尾ひれが想像以上についての話だった。どうして、こんな話になっているのだ?
「えー? 天水さんは、そんなに悪い人じゃないよ? そりゃ、誰も寄せ付けないような冷たい感じで、ずっと一人で浮いていたけどさ。あ、でも確かに他の女子と天水さんが話してるの見たこと無かったかも……」
 あいつが普段孤独だった? 
 そういえば、確かに俺が見るときもいつもあいつは1人だった気がする。俺が宣戦布告しに行った時もあいつは1人机に座って本を読んでいたな……
 ――まさか?
「当たり前よ! 女子協定で、あの貧乏女と話した奴は仲間外れにするって約束してたんだもん」
 嫌な予感は、女子生徒の言葉で肯定された。
「うわ、えげつない。女子ひでーな……」
「何よ、こんなの女子の世界じゃ普通の事よ? ましてや、あの猫田様を敵にまわしてるのよ? 誰があの貧乏女の味方をすると思う? 無理でしょ?」
「女子こええ……」
「あ、酷―い。でも本当あの貧乏人、このまま来なくなって辞めてくれないかし――」
 女子生徒は忌々しげに、貧乏女の机を睨み付けて吐き捨てるように呟き――そして、言い終わる前に言葉を止めた。
 俺が無言で二人の前に立っていたからだ。 
「ね……猫田さ……ま?」
 女子生徒の言葉に俺は何も答えなかった。俺の抑えた怒りの気配に気がついたのだろうか、表情はみるみる蒼褪め、態度が卑屈になっていく。
 俺は返事の替わりにすぐ近くにある机を思い切り蹴り飛ばした。
 派手な音を立てて、その場に机がひっくり返る。休み時間で賑わっていた教室内が、普段ではありえない騒音によって一気に静まり返った。
 そのまま俺は二人の居る近くの壁を思いっきり殴りつける。
 鈍く、重い音が教室に響く。
 目の前に居る内藤と、女子生徒は突然の出来事に腰を抜かしてへたりこんだ。
「ね……猫田……くん?」
 今度は内藤が、俺に向かって怯えた表情で尋ねてきた。
 しかし、俺は答えないまま自分の机に戻り、荷物を鞄に纏め始め、肩に背負う。ぽたりと流れ落ちる血液に気がつき俺は、そこで始めて自分の手の甲の皮がめくれ血が溢れていることに気がついた。
 ふん、こんな程度の事どうって事ない。
 贖罪にもなりやしない。
 傷口を舐めると、ギロリと前を向き、静まり返る教室を一度も振り返る事無く外に出た。
「こ……怖かったぁ……」
「な、何をしたんだよ! すっげぇ怒ってたぞ猫田君」
「私が知るわけ無いでしょ! だから美術部の話は辞めてって言ったじゃない!」
 俺が教室を出たあと、後ろでそんな声が聞こえた。その女子生徒の声に俺は嫌悪感でいっぱいになる。
 しかし、俺にはやるべきことが出来た。また、何もかもをぶっとばしたくなる衝動を抑え、今はそちらに向かわなければいけない。
 そんな事を俺は知らなかった。
 ――あんた『も』私の事嫌いでしょ!
 そう言ったあいつの顔を思い出した。『も』の意味に今、やっと俺は気がついた。
 しかも俺の行動で、金持ちの俺の行動のせいで……あいつは絵を裂かれ、クラスで……いや学園内で女子に仲間外れにされていたというでは無いか! 
 許せない。
 媚びへつらう雑魚共もだが、何よりも俺は俺自身が許せなかった。
 何が勉強の勝負を正々堂々と――だ。反吐が出る。知らなかったなんて、何の言い訳にもならん!
 俺はそう強く思い、頭を強く掻き毟る。
 あいつは……あいつは今までどんな気持ちで学園に来ていたのだろう……。
 握り締めた拳に痛みが走った。
 俺は落ち着くと、携帯電話を取り出し東雲に電話を掛けた。
「東雲か。たま様捜索で忙しいところすまない。俺を学園まで迎えに来てくれ。後、早急に俺が言う名前の人物の住所を調べてくれ。ああ、そうだ。で、名前だが『天水ここみ』という。ああ宜しく頼む。とにかく急いでくれ――」

     6

「……な、なんであんたがここに居るのよ……?」
 俺が荒川の河川敷近くにある貧乏女の住む築40年位の木造二階建て2Kという、学生が住むようなボロアパートに着いた時、丁度貧乏女はどこかから戻ってきた所だった。いつもの制服姿では無い、ベルトが付いた赤を基調としたチェックのワンピースが新鮮に映る。こんな格好をする事もあるんだな、と当たり前の事なのに何故か俺は思ってしまった。結構似合っているではないか。まぁ、それより何より、久々に会えた貧乏女が元気そうでほっと一息ついた。
「ああ、居るぞ。悪いか? ……ってえええええっ!」
 ――と、貧乏女の後ろにぶよぶよとした身体を揺らしながらついてきている動物――猫の存在に気がつき俺は絶句した。
 その猫には見覚えがあった。他の猫には無い風格。ふてぶてしくも大きな瞳。そして、重量感たっぷりのまるまるとした身体、まさしく5日前に行方不明になったたま様そのものだった。
「たま様!」
 俺の上ずった驚きの声に、たま様も俺が居る事に気がついたのだろう、俺を見上げるとふてぶてしい顔を浮かべたまま貧乏女の足元に擦り寄り「にゃー」と鳴いた。
 ちょっと待て! なんでこんな所にたま様が? 俺の家からここまで30キロは確実にあるぞ! どうやって、たま様のあの身体で来たというのだ?
 ちらりと俺が東雲の待つ車に目を向けると、俺が戻るのをのんびりと待とうとしていた東雲も、たま様の存在に気がつき仰天したようで慌てて電話を掛けている様子だった。
「あら? あんた、この猫ちゃんの事知ってるの? たま様なんて様付けなんてしちゃって」
 俺の驚いた声に驚いた貧乏女が目を一瞬白黒させたが、その後クスリと笑った。
「あ? ああ……ああ。そうだ、その猫は俺の家で飼っている猫だ。5日前から行方不明になっていて皆が必死になって探していたんだ」
「あら、確か5日前には私の家の前に居たわよ、猫ちゃん。玄関前にぼてっと座っててびっくりしたのよ。そっかー、良かったわねー。ちゃんと帰る家が見つかったじゃない。うちペット禁止なのに堂々と居ついちゃって、でも大人しくしてくれてて、全然大家さんにバレなかったのよ。賢い子ね」
 嬉しそうに貧乏女がたま様の頭を撫でながら言うと、たま様は気持ちよさそうに目を閉じて大人しく座り込んだ。
「そりゃあ、たま様だからな!」
 俺もたま様を褒められて悪い気がしなかった。
 ――しかしまさか、ここにたま様がいようとは。
 たま様がここに来た理由が全く俺には解らなかったが、これで屋敷の人間全てに「たま様捜索」という無理をさせていたのを終わらせることが出来ると思うと、頬が緩んだ。皆が心配していた目に見える不幸な出来事も無く、親父やお袋も安心して眠れるに違いない。
「あ、で。何をしにきたの? ああ、そっか猫ちゃんを探しに来たのか」
「ん? ああ、違うぞ。違う。俺はお前に話があって来たのだ」
 俺が言うと、貧乏女の顔が途端に曇った。
「もしかして……学園の事?」
「ああ、そうだ。お前は何故来なくなったのだ? 俺との勝負はどうした」
「そのことだけど……」
 貧乏女は、気まずそうに辺りを見回すと、そのまま川沿いの土手を指差した。
「ちょっとここでは話辛いし、あっちに移動して話しない?」
「うむ、解った。では移動するか」
 言われるままに向かった青々と茂った荒川の土手に生えた芝の上に俺と、貧乏女はゆっくりと腰を下ろした。
 見下ろすと遊歩道をのんびり散歩する年配の方々や、ランニングで汗を流す大学生らしき人物達が見える。遠くのテニスコートはまだ無人で、その奥に見える青々とした荒川の流れはゆったりとした時間の流れを伺えさせた。
「私ね、お母さんと二人で暮らしているの」
「知っているぞ」
「え? なんで知ってるの?」
 部下を使って調べさせたからな。などという事は口が裂けても言えなかった俺は「なんとなくだ」と曖昧に答えた。
「ふーん……ま、いいか」
 貧乏女は俺の顔を見てクスリと笑った。
「お前、天水ここみだよな?」
 ……俺は学園で会っていた貧乏女と全然違う雰囲気に、俺は圧倒され思わず尋ねた。
「当たり前じゃない! 何言ってるのよ。お金持ちは冷房無いと、頭がすぐに湧いて記憶障害でもおこすのかしら?」
 ――この口の悪さは貧乏女だ。少し安堵感が広がる……って!
「んな訳あるか! それよりも言いかけてた事はなんだ?」
「あ、そうそう。私のね、お母さんが倒れたの」
「なに?」
 寂しそうに貧乏女は笑って言葉を続けた。
「お母さんが働いている会社がね、急にどこかの企業から買収すると言われて、大変な事になってしまって……お母さんはその心労で倒れちゃったんだ。ほら、今日もお見舞いの帰りだったの」
 なるほど、その看病の為に貧乏女は学園に来れなかったという事か。しかし、買収とは穏やかではないな。
「人的保障とかを言わなかったのか?」
「うん、まだ話は纏まってないけど、もし買収されたらこの先、どうなるのか全然先が見えないって。お母さん凄く苦しんでたの」
「最低な企業だな! 一体どこの企業だ!」
 勝手に買収を持ち出し、何もその後の救済を通達しないとは真っ黒な会社にも程がある! 俺は激しく憤慨した。貧乏女も頷いた。そんな企業は俺が潰してやるぞ!
「キャッツカンパニーって所」
「すまん! ちょっと、電話が――」
 ――が、その名前を聞いた瞬間に、俺は反射的に腰を上げて慌てて土手の下に駆け込んだ。
 額からは嫌な汗が噴出し、心臓がバクバクと激しく動き呼吸もまま無くなりそうだ。
 それ……その会社って……
 ――俺の会社ではないか!
 思い出した。ああ……思い出した。絵の切り裂き事件とたま様失踪事件ですっかり忘れていたのだが、俺がそれ以前に「華麗に地下進行で実行していた作戦」では無いか!
 その後の行動は素早かった。
 俺は、すぐに作戦の撤退と、補償をする旨を一方的に告げ電話を切り、何気ない顔をして貧乏女の待つ場所に戻った。
「すまぬな、待たせた」
「大丈夫? 顔色悪いわよ?」
「ははは、まさか。それよりも、安心しろ。きっとお前の母親の会社は持ち直すだろう。俺が保証する」
「ほんとに? それだけ?」
「う……」
 貧乏女にじっと目を見つめられ、居心地が悪い感覚が広がる。貧乏女の勘の良さを十分に知っている俺は、素直に謝るべきだという思いも出てきたのだが、流石にこのタイミングでのこの出来事は、正直に話すのはマイナスにしかならないと判断し堪えた。
「嘘よね」
 しかし、貧乏女はやはり気がついたのだろう問い詰める声で断言した。
「……ああ、すまな――」
 やはり、こいつの前では隠し通せぬか。
 観念した俺が、神妙な顔をし素直に話そうと観念した矢先、貧乏女が柔らかく笑みを向けると俺の言葉を遮り
「ありがとう。さっきの電話ってお母さんの会社を守るために電話してくれたんだよね? ま、その前の買収に絡んでいたとしても……許してあげる」
 と言ってくれた。安堵感が俺の中に広がる。
 こいつ……知っていて許すと言ってくれたんだろう。何となく俺には解った。母親が倒れるまで悩ませてしまったというのに。そう思うと、自然と頭が下がった。
「……すまない」
「何よ、あんたが素直に謝ると調子狂っちゃうわ。もっとふてぶてしく、当然だ! くらい言ってくれないと」
「それは、もしかして前に俺がお前に言ったことのお返しか?」
「当然」
 にっこりとまた貧乏女が笑った。俺も釣られて、微笑んでしまった。
「じゃあ、これで問題も解決した事だし、母親が回復すれば学園には戻って来れそうだな?」
「それは……」
 期待を込めて向けた俺の眼差しを受け、また貧乏女の表情が曇った。
「ん? どうした?」
 その表情に、嫌な予感が吹き上がってくる。
「私、学校辞めようと思ってるの」
「なんだと――」
 思わず、俺は拳を握り締めて起き上がった。傷口から痛みが走るが、そのまま声を張り上げる。
「どうして辞めるなんて言うんだ!」
 それではあの最低な女子生徒達の思うツボではないか!
「ちょっと、落ち着いて! 落ち着いてったら」
「これが落ち着いていられるか! 理由はなんだ? 女子生徒達に無視されたり嫌がらせを受けていたからか? それなら安心しろ、俺が必ず止める。絶対にだ!」
 俺の言葉に、貧乏女は「なんであんたが知ってるの?」と驚きの表情を浮かべたが、そのまま「違うの」とふるふると首を横に振った。
「じゃあ、なんだよ?」
 俺の問いに、貧乏女は
「もう、無理して頑張るの疲れちゃった」
 と少し寂しそうに笑って答えた。
「…………」
 貧乏女の何もかもを諦めたような言葉に、俺は何も言えなかった。
「あ、それにほら……学園には奨学金を借りて行ってるからまだ大丈夫だけど、実際お母さんが倒れちゃって生活も苦しくなっちゃうし。私、もともと高校に行くつもり無かったし、これは丁度良い機会かな? って思ったの。絵も評価される為に描いてるわけでも無いし、それを改めて気づかせてもらったのも大きい……かな」
「嫌だ」
 言葉が漏れた。
「え?」
「嫌だと言っている」
「なんで?」
「なんでって……なんとなく、だ!」
「何よそれ、解んない」
 俺に向かって苦笑いを漏らした貧乏女は、近くにあった小石を掴むとポイとしたに投げた。カンと今は誰も居ない遊歩道を跳ね、そのままその下の土手に向かい転げ落ちていく。
 俺と貧乏女は転げ落ちる石を見送る間何も話さなかった。
「俺がお前にあの時、宣戦布告のように話しかけなければ良かったと後悔している。あれのせいで周りがどれだけ誤解し、お前に迷惑を掛けていたか。知らなかったでは済む話ではないのは俺が一番良く解っている。俺という影響力を何も考えていなかった」
 俺の言葉に、貧乏女はとても驚いた表情を浮かべた。
「私は、あんたがそれに気がついたことにびっくりしてるわ。どうしたの?」
「他の奴らが話しているのを聞いてしまったからだ。情けない話だが、俺は聞いていなかったら今も気がついていなかっただろう。だが、安心しろ。もうそんな事を誰にも言わせやしない」
 再び強く握り締めた拳に、鈍い痛みが走る。見ると包帯から血が滲み出していた。強く握り締めた衝撃で傷口が開いたらしい。
「あんた……その怪我もしかして?」
「知らん。気がつけば勝手に怪我していただけだ。管理出来ていないと笑えば良い」
「バカ。誰が怪我人見て笑うのよ。ああ、もう。傷口開いてるんじゃないの? 待ってて、マキロンもって来るから」
「大丈夫だ。何も問題ない」
 慌てて立ち上がろうとした貧乏女を俺は制止し、言葉を続けた。
「だから、今度こそ正々堂々と勝負がしたい」
「問題無いって……バカね。あんたは本当に……」
 貧乏女は複雑な表情を浮かべて微かに笑った。
「ありがとう。でもね、それだけじゃ無いの。だって確かに嫌がらせはされていたけど、それ以前に私自身が自分でもかなり嫌な奴だったと思うの。あんな性格、皆に恨まれたって当然よ」
「何を言っている? そんな事は――」
「あるのよ。私はね、あんなお金持ちしか居ない所に推薦で入学するのだからって、貧乏人だと舐められちゃダメだって自分に凄く言い聞かせてたの。先生方には勉強と絵を物凄く期待されていたし、自分はこうあるべきだって必死に型にはめたわ。でもね……そこに意識を向けすぎたせいで生徒間のコミュニケーションは最悪。気がついたときにはもう手遅れ。意地と負けん気だけが残っただけ。後は良く解らないプライドを擦り切らせながら頑張ってただけよ」
「本当情けないわ」と、貧乏女は自虐的に笑った。
 ――それは俺も同じでは無いか。
 自分には欠点があってはいけない。大企業の社長の息子としてしっかりしなくてはいけない。
 常に言い聞かせ、家訓を守るためだけに必死で頑張ってきた俺も同じではないのか? 仲間? コミュニケーション? そんなものは雑魚共とする必要も無い。そう考え、常に上目線の関係でしか無い俺はどうなる? 
 対等の関係など……今生まれて始めて貧乏女としている気がする。
「私、本当あんたの事大嫌いだったのよ。これ以上無いくらいにね」
「ん? 言ってくれるな。だが安心しろ、俺も嫌いだったぞ」
「うん、知ってた」
「だろうな」
「ほんとに……」
 言って、貧乏女はまた自然な笑顔を俺に向ける。
「それが不思議ね。あの学園で一番安心出来たのはあんただったわ。あんたと言い合っているときが一番気楽だった。かなり厳しい事も言ったと思うのに……今もこうして話せるのが不思議なくらい。すごい気持ちの逆転よね」
「ふん、そこは俺が寛大だからだな。感謝しろ」
「何言ってるのよ」
 貧乏女は笑いながら俺の頭をポンと叩いた。――何故だろう。それが非常に心地よかった。叩かれた部分からジンジンと今まで感じたことの無い温かい感情が流れてきた事に俺は驚いた。この感覚は――なんだろう?
 と、ふと土手の上を見ると、太陽の光をスキンヘッドで反射させつつ俺に近づいてくる東雲の姿が目に入った。第二の太陽もまぶしいな。
「坊ちゃん、大変申し訳有りません。屋敷に戻るようにとの連絡が入りまして……」
「あ……ああ。解った」
 俺は片手を上げて頷き、そのまま真剣な目で貧乏女を見つめた。何となくだが去るのがとても辛く感じ、まだ居たいという欲求が駆け上がってくる。
「すまない。真剣に話をしに来たつもりだったというのに肝心のことが言えなかった」
「いいのよ、気にしないで。わざわざ来てくれてありがとう」
 貧乏女も起き上がると、スカートについた芝を手で払っていた。
「いや、挽回出来るチャンスが欲しい。その為にも明日、学園に来てくれ。頼む!」
「え? でも……」
 俺の懇願に困った顔を見せる。
「頼む!」
  しかし、二度目の俺の懇願にやれやれと表情を崩した。
「しょうが無いわね……じゃあ、私の事を貧乏女って呼ぶのを止めてくれるなら考えてあげるわ」
「解った。約束しよう。では俺はこれから、お前の事をここみと呼ぶぞ。いいな?」
「ちょ、いきなり下の名前で、しかも呼び捨てかい!」
 俺の言葉に貧乏女の、いやここみの顔が真っ赤に染まった。
「ダメか?」
「いや、ダメじゃ無いけど……。じゃあ、私はあんたの事を舞蹴って呼ぶわよ? いいの?」
「勿論、お安い御用だ。では、ここみ。明日は必ず学園に来てくれ」
「はいはい。解った、解った。あ、この猫ちゃんを連れて行くのも忘れないでね」
 ここみは、そう言うとにっこり笑って――いつからそこに居たのだろうか? 気がつけば当然のように俺達の傍に座って寛いでいたたま様の頭を優しく撫でた。たま様は俺が今まで聞いたことも無いような可愛らしい声で返事を返しごろごろと喉を鳴らしていた。
「ああ、そうだったな。ほら、たま様、帰りますよ? 皆が心配してますから」
 ガブリ!
 しかし俺の差し出した手は、たま様に思い切り噛みつかれた。
「――ってぇっ! たま様何するんですかっ!」
 慌てて手を引き離すと、たま様は俺を見て目を細めていやらしく笑った。親父を髣髴とさせる笑いに俺の顔にも引きつった笑い顔が浮かぶ。
「もしかして……舞蹴って、この猫ちゃんを虐待してたの?」
「するわけあるかっ! むしろ俺が虐た……いだだだだだっ!」
 今度は怪我している手に向けてヘヴィ級の猫パンチを炸裂させてきやがった。重い! 痛い! 一撃がしゃれにならないほど重過ぎる! 
 って、オイ! なんで? なんでたま様はこんな変な抵抗してくるんだ?
「天水さん、申し訳ありません。こちらをお預かりください」
 と、俺がたま様の攻撃を執拗に受けている中、東雲が再び現れここみに何かを手渡していた。
「これは?」
「は。これは、たま様のご飯「ゴールデンたま様スペシャル」で御座います。他にも、デザートの「ドルチェ・ド・たま様」そして適度な運動のために作られた坊ちゃまの顔をイメージして作成された「坊ちゃん猫じゃらし」です」
「は? ……はぁ?」
 ここみの両手に、次々と東雲はたま様の生活用品を乗せていく。ここみはただただ圧倒されているようで目をぱちぱちと瞬かせて現状を見守っていた。
「まだ、後1―2日はたま様がお世話になるとの報告を受けましたので、これからは全力で我々もサポート致します。何か御座いましたらこちらまでご連絡頂きましたら飛んできますので、どうぞよろしくお願いします」
「おい! 東雲! これは一体どういうことだ?」
 言葉も出せないくらい、圧倒されているここみの代わりに俺が東雲を怒鳴りつけると、東雲も困った表情を俺に向けた。
「さぁ……私にも……だんな様のご指示です。それに、たま様のそのご様子。きっと引きずってもここを離れないような気も致します」
「ぶにゃー」
 たま様が東雲の言葉に、その通りだ。と言うように相槌の鳴き声を出して頷いた。
「ダメです! たま様。帰りますよ!」
 いくらたま様でも甘やかしてはダメだ!
 そう言って俺はたま様の手を掴んで思い切り引っ張ったのだが、太ったたま様の身体がまるで吸盤のように大地に張り付き、俺が諦めるまで決してその場所から離れることが無かったのだった。

    7

 家に帰って来ると、何かが焼け焦げた臭いと共にもくもくと黒い煙が屋敷から上がって居るのを確認した。
「な、なんだなんだ?」
 それまでは、俺はここみとの会話で思ったよりも緊張していたらしく、東雲の運転する車の中で瞼が異様に重かったのだが、帰宅するや否やこの事実を認識すると瞼は疲れを忘れたらしい。一瞬にして軽くなった。
 一体何が? まさかたま様を連れ戻せなかった弊害が出たのか?
「誰も怪我をしていなければ良いのだが……」
 俺が願いつつ、車を降り屋敷に入ると召使い達の慌てている大きな声が聞こえてきた。
「奥様っ! ここは私達の仕事でございます! 奥様はあちらで!」
 永井の懇願するような声が聞こえた。と、その途中でヴィーッという耳障りな警報音が屋敷内に鳴り響きだした。
「あああっ、アルサックさんが起動しちゃった。ほら早く、早く! 何も無いって連絡しないとすごく面倒なのよ。そっち消化は終わった?」
「はい! 消化完了しました!」
 警報音が響きく中、永井の指示に、若い召使いがテキパキと答えていた。
 良かった、思ったほど深刻な事態では無いようだ。召使い達の様子に俺はほっと胸を撫で下ろす。
 ――ん? 奥様?
「あらあらー、アルサックさんって大変―。井中さんが来ちゃうんだー。メダル残念でしたけど結婚おめでとうございますって言わないとー」
 テキパキと動く召使い達の中に、かなり間延びした、間の抜けた声が聞こえてきた。
「おい……」
 俺はその声を確認すると頭を抱えてうずくまった。
 何でお袋が台所に入ってるんだ! その瞬間、この爆発が発生した原因は説明される必要も無く分かってしまった。
「ちょっ、奥様っ! 何ワクワクとしたお顔を為さっているのですか! 井中さんは来ませんよ! さ、早く向こうでお待ちになってて下さい! あ、ほら……もうアルサックさんと消防車来ちゃったじゃない! あー、もう! めんどくさー」
「えええ? 永井さん、もうですか? 早くないですか?」
 確かに消防車の音がこちらに近づいてきているようだった。中々仕事が速いな。
「あらー……井中さん来ないのですかー、残念―。じゃあ、謝って帰ってもらいましょー……ってあら、舞蹴じゃない。おかえりー」
 永井と若い召使いがてんやわんやしている中、他人事のようににこやかに笑っていたお袋が頭を抱えている俺に気がついて挨拶をしてきた。
「おかえり――じゃないよ! お袋。何やってるんだよ! お袋は料理出来ないどころか台所に立つだけで爆発させるんだから、こっち来ちゃだめだろ!」
「だってー」
 俺の言葉にぷくっと頬を膨らませる。本来、お袋の年代だったらこんなポーズを取ろうものなら気持ち悪くて仕方がないだろうが、お袋は何故か見た目が物凄く若い。正直女子高生を名乗っても大抵の人間が信じてしまいそうな気さえする。
「遂にたま様を見つけたのでしょ? だから、発見のお祝いにせめて私も何か出来ないかなーって思って……」
「いらない。迷惑。大体たま様連れ戻せなかったし」
「何よー、舞蹴ったら冷たいわねー。これは貴方のおい――」
「奥様っ!」
「あっ」
 永井に鋭く口を挟まれ、慌ててお袋は口を閉じた。
「おい?」
 俺にとっても『おい――』って何だ? 
 しかし、お袋はもうこれ以上は言うまいと、口を両手で塞いだまま台所からついと出て行った。ニコニコとした視線を俺に投げながら。
 残された俺は、釈然としたものが残ったのだがアルサックと消防との対応に追われる召使い達にその事を聞くわけも、聞く隙も無かった為、諦めて自室へと向かう階段を上った。

 部屋に入ると、学生服を脱ぎ普段着に着替える。階下では、まだアルサックと消防の方々と永井達が話をしているようだった。今日の食事は遅くになりそうだな……。
 そう思うと、俺はベッドに飛び込んだ。そのまま枕を強く抱きしめた。
 胸にこみ上げるのは後悔の念だ。
 せっかくあれだけここみと話す時間が持てたというのに、俺は一番肝心な
「お前が居てくれないと、俺は耐えられない。俺はお前が大切だ(日常的な意味で)」
 が言えなかったのだ。言おうとは思ったが、茶化したり、他の話でタイミングを俺自身が掴む事が出来なかったのだ。別段それ以上の意味は無いはずなのに何故か頬が高潮し、得体の知れないヤキモキとした感覚が湧き上がり、俺はベッドの上でのた打ち回った。
「あー、もう!」
 意味も無く大声が出てしまう。何だか、今までとは違う意味で俺は調子が狂っているみたいだった。
「まぁ、なんにせよ明日こそは、はっきりと言わなくてはな!」
 うん。と俺は一つ大きく頷く。俺が皆の前でここみを必要としていることを宣言し下らない事をさせないようにするのだ。これは俺が絶対にやら無ければならない義務だ。ここみが居ない退屈でつまらない時間は5日間で十分だ。もう、そんな日々は迎えたくは無い。他の者が聞かぬと言うのなら、聞かせるまでだ。
「ふっふっふ」
 大丈夫、出来る。と、不敵な笑いが漏れる。とりあえずたま様の所在も判明し、まだ戻っては居ないが安全が確認出来たのも大きい。
 それにしてもお袋――色々何やら俺の知らないところで動きがあるようだが――ま、どうせそれほど気にすることでもあるまい。今日は久々にゆっくりと休むとしよう。
 明日が楽しみだ。またここみが居る張り合いの有る日常が戻ってくるのを思うと、俺は含み笑いが止まらなかった。

 しかし、次の日――登校時間がもう過ぎHRが始まろうという時間になってもここみの姿は現れなかった。
 ここ数日と同じように主の居ない席がぽつりと窓際に寂しく存在しているだけだった。
「何故だ!」
 俺はここみが来ない事に激しく動揺していた。昨日約束したでは無いか! 何故ここみは来ないのだ? 結局臆したのか? それとも俺との約束はそんなに薄っぺらいものだったのか? 軽い眩暈が俺に襲い掛かってくる。
 俺が昨日ベッドに潜り込みながら練りに練って、イメージトレーニングもやりつくした『朝のHRで、ここみを前にしての俺の堂々とした宣言』計画事態がこのままでは完全に終了を迎えてしまうではないかっ!
「えーと、猫田君」 
 気持ちがいっぱいいっぱいになって、机につんのめっていると、気がつけば担任が教室に入ってきて点呼を取っていた。
「ん? なんだ?」
 ゴホンと咳払いをした後俺の名を呼んだ担任に向かい、俺は苛立たしげに返事を返し睨み付けた。その俺の視線をまともに受けて、担任が少し怯む。
「あ、あー……昨日、無断で早退した件と、壁を壊した件で話があるからこのHR終わったら職員室に来なさ……いや、来てくださ……い」
「ふん。どうしても、というのなら行ってやろう」
 ここみが来ないなら、別段どうと言うことも無い。どうせ退屈な時間がまた来るだけならお説教だかなんだか知らないが付き合ってやろうではないか。
 そのまま、つつがなくHRは終わり、俺は担任に促されるままに席を立ち教室を出ようとした。
 ――と、ザワザワとそこで少し教室がざわついた。
 そのざわつきに反応しふと俺が扉の前を見ると――そこには、学生服に身を包んだここみが少し居心地が悪そうに立っていた。
「ここみ!」
 来てくれたんだ! その存在を確認すると俺の今までの不機嫌さが一気に吹き飛び声を上げる。
 俺の声に、ここみも微かに頷いてくれた。
 良かった。
 遅れはしたが、ちゃんとここみは俺との約束を守ってくれたのだ。安堵のため息を漏らすと、顔が不謹慎にニヤけていた。
 ――が、と表情を引き締めなおす。そうなのだ、既に朝のHRの時間は終わっている。しかも今から俺は、恐らく教師達の説教を頂くだろう。ここみの妨害をするな宣言をしている時間はもう無い。
「あの、恩師よ……職員室に行くのはまた次回ってダメだろうか?」
 その前の態度をもっとしおらしくしておけば良かった。失敗したな、と後悔しつつも試しに聞いてみたが、担任はふるふると首を横に振って俺の訴えを退けた。
「普段なら聞いてあげたいのだけど、壁を壊したり暴れたとあっては猫田家の教育にも関わること、と学園長が憤慨なさってね。ほら、きっと猫田君はこれから先世界を背負っていく人間なのだから。一時の感情に振り回されて暴れるのはダメだって伝えたいんだと思うの。だから今回は受け入れられません。ごめんね」
「いや……解った。でも、出来るだけ早く終わらせてくれ……」
「あー……それは学園長次第よね。あ、天水さん。おはよう。やっと来たのね。無断欠席は重大な過失よ。後であなたも職員室に来なさい」
 廊下で、ここみが担任の言葉に悲しそうに頷いた。口の端が自虐的に笑っているのが見える。その表情を見て俺は心配になった。
 そのまま俺が出ると同時にここみが教室に入っていく。
 せっかくここみが来てくれたのに、このすれ違いになる感覚がたまらなく嫌な気分になった。
 俺の居ないこの数分があいつにとって辛い時間にならなければいいのだが――
 こんな事になるとは、俺は大失敗を犯した。そう切実に思った。
 ここみが居なくてもちゃんと宣言しておけば、そこでの嫌がらせは無くなっていたかもしれなのに。もしかしたら、また女子共に俺が居ない間に嫌がらせをされるのではないか。そんな不安がむくむくと膨らんできて止まらなくなったのだ。
 ただでさえ今嫌な気分の中を、俺の頼みで出てきてくれているのだ。そんな中で、また孤独に不快な気分になったら――今度こそ本当にここみが学園を辞めてしまうではないか!
 サーッと俺の血の気が引いていくのが良く解った。
 と、今度はいやいやと頭を振って、俺のマイナスな考えを落ち着かせる。
 急にどうした俺。俺はあの女をなんだと思っているのだ? 保護者か? 違うだろう。それよりなによりあいつは『天水ここみ』だぞ。そんなヤワな女じゃ無い事くらい十分に解っているだろうが! 俺は俺のしてきたことを反省し、あいつがこれからもこの学園でライバルとして戦っていける環境を作ることが大事だろうが。何をオロオロしている? 情けない。これではライバル関係を築きたいでは無く――
 築きたいでは無く――なんだ? 
 ふと勢いで思ったことについて考え込んだが、次の言葉が出てこなかった。
 うむ! やっぱりライバル関係だろう! 全てにおいて勝者であることこそが猫田家の家訓だ! 俺は好敵手を得て、ますます自分の実力を伸ばそうとしているだけなのだ!
 でも、そのライバル関係を築く前に辞めてしまったらどうするのだ? それこそ本末転倒ではないか!
 弱気な心が俺に訴えかける。
 だから大丈夫だって! あの女の強さ、能力は誰よりも俺が認めているのだ。問題ないと言っておろうが!
 ……でも、俺はここみの弱さも見たでは無いか。あの土手で! 話をして!
「!」
 そう思った瞬間。俺は居ても立っても居られなくなって歩きながら小言を言っている担任を放って走り出した。
「あ、こら猫田君! どこに行くの?」
 だが俺は担任が呼び止める声もものともせず、職員室の手前にある『放送室』の中に駆け込む。
 放送室内には誰も居なかったのも幸いした。
 俺はそのままの勢いで全校放送のスイッチを押すとマイクを手にとる。
 ピンポンパンポーンと鳴っている間に、少しきぃんとマイクがハウリングを起こしたが、音の調節など俺に掛かれば何も問題ない。
 少し弄って音量を調節すると、俺は深く深呼吸した後ゆっくりと全校生徒に向けて話を始めた。
『あー、諸君。おはよう。私は1年K組に在籍している猫田舞蹴と申す者だ。突然だがこの場を借りて話をすることを許せ』
 そこで俺は一旦言葉を切り、唇を一つ舐めた。
『美術部に在籍する者、そしてK組……いや違うな。この学園全ての者に俺は宣言する。俺は天水ここみを(好敵手として)大切に思っている! 今後なにがあろうとも一切の嫌がらせや、妨害、貧富の差等、興味本位でここみを傷つけることを一切禁止する!』
 それに――と、俺は語気を強めて言葉を続けた。
『ここみは何も悪いことをしていない! もし今後そのような事をする輩を見かけたら俺が(好敵手として)絶対に許さない!』
『猫田君! 何をしてるの!』
 俺の宣言の途中で、担任が放送室に入って焦った声で怒鳴ってきた。そのままマイクを奪おうと手を伸ばしてくる。
 しまった、放送室の鍵を掛けておけば良かった。まだ、俺は自分の事が言えていない。まだマイクを奪われるわけには行かない!
 俺は担任に背中を向けると亀のよぅな格好になって、マイクを死守し言葉を続けた。
『悪いのは俺だ。本当は絵を描くことが苦手だというのに、一族の家訓を守るためだけの為にここみを追い落とそうと入部し、しかも浅ましい事に窮してイカサマをしようとしたのだ』
『こら! 猫田君。何を言ってるの! 猫田家の家名を傷つけるような事は言ってはいけません!』
 担任の顔が俺の発言に見る見る蒼褪めていくのが解る。
 俺も今自分が話している事が如何に危険な事かは良くわかっていた。しかし、感情が昂ぶり自分の気持ちが押さえられなかった。
『五月蝿い! 何が家名だ。そんなのは関係ないだろう! 俺は俺のプライドだけでここみを貶めようとした。そんな、自分の浅はかさに気がつかせてくれたのが、ここみなんだ! だから俺はだれよりもここみを(好敵手として)大事に思っている。俺にとって(好敵手として)居てくれなければいけない存在なんだ! だから、だから、ここみの事を悪く言うやつは許さない。解ったな!』
 きぃんと、担任がマイクを触ろうとした瞬間にハウリングが発生する。
『止めなさいって言ってるの! 放送はあなた個人のものでは無いの……よ!』
『嫌だ。俺は全員がここみに何もしないと約束するまで止めない!』
 ……俺は自分でも興奮しすぎて何を言っているのか解らなくなってきていた。
『ちょっと、何恥ずかしい事を宣言してるのよ!』
 担任がのしかかり、丸まった身体を伸ばそうと必死に圧力をかける中、それでも必死にマイクを死守しながら話す俺の近くで、突然ここみの声が聞こえた。顔を上げ、扉の方を見ると――肩でぜぇぜぇと息をしながら、真っ赤に顔を染めているここみの姿が飛び込んできた。
『ここみ!』
『あーもう、聞いてて恥ずかしいったらありゃしない!』
『は……やく、マイクを……よこしなさい!』
 俺が顔を輝かせ顔を、上げると担任が憤怒の形相でチャンスとばかりにマイクを奪おうと再びのしかかって来た。嫌だ、まだマイクは渡せない!
『なぁここみ……お前学園、辞めないよな? 辞めないで来てくれるよ……な?』
 必死に話す俺の顔を見て、ここみはまた俺が不安になるような複雑な表情を浮かべた。
『ここみ?』
 不安が胸の中を駆け巡る。その隙をつかれて俺は担任にマイクをがっちりと握り締められてしまった。がっちりと掴まれたマイクがぐいぐいと引っ張られ不快な音を全校舎内に鳴り響く。
 それでも、俺は俺で必死にマイクを握り締めていた。返事が聞けるまでは絶対に離さない。そう決めたのだ。
『ここみ!』
 俺が悲鳴のように、名前を呼ぶとここみはハッとした表情を浮かべ俺を見た。
『しょうが……ないわねぇ』
 諦めたような、駄々っ子をあやすような目をして俺を覗き込んでくる。
『あんたに、ここまでされて、そこまで言われたら残らざるを得ないじゃない』
 最後の方は、照れくさくはにかむような表情で俺に向かって微笑んで言ってくれた。
『――――っ!』
 俺はその瞬間、声にならない歓喜の声を上げて立ちあがった。
 それと同時に担任は俺がマイクから急に手を離したことによってもんどりうって転がり、扉に頭から突っ込んでしまい気を失ってしまった。

 ――その後、俺とここみは全職員から大目玉を食らったのは言うまでもない。
 しかし、俺はやるべき事をやれたのだ。しかも最高の約束を貰って。
 隣で学園長に一生懸命頭を下げているここみの姿を横目で見ながら、俺は最高の満足感を得ていた。

     8

「あ、坊ちゃまお帰りなさい」
 俺が家に帰ると永井が笑顔ですぐに出迎えてくれた。俺が予想していた出迎えとは間逆の意外な出迎えにいささか圧倒されながらも、俺は「ただいま」と挨拶を返し部屋に入った。
 ――今日の騒動の一報は既に親父の元にも届いているだろう。家訓を貶した上に、自身の謀略を自白した俺に対して激しく怒っているに違いない。俺は確信していた。
「なんと言えばいいものか……」
 その絶望的状況に対して、少し思案するも妙案は浮かばなかった。
 まぁ、いい。どうにでもなれだ。
 そんな事よりも俺はもっと大事なものを手に入れたのだから。
 そう思うと、頬が自然とにやけてくる。またこれからここみとライバルとして戦えるのだ。今度こそ負けない。切磋琢磨しつつ、最後は俺の鮮やかな逆転劇で締めてみせるのだ! 
「にゃごー」
 と、俺の部屋にのしのしと見慣れたまるまるとした猫が入ってきた。それは昨日まで、ここみの家に家出? をしていた我が家の守り神様だった。
「おおお? たま様? いつの間に帰ってきたのですか?」
「今日よー」
 俺の声にたま様では無く、扉の向こうからお袋が少しドアを開けて微笑みながら言ってきた。
「舞蹴、今日は学校ですごいことしちゃったそうじゃない。お母さん、その話楽しみー。今日はお客様もいらっしゃるようだし、そこでその話楽しみにしてるわー」
「え? 客? おい、お袋。なんでこの話をそんな場所でしなきゃいけないのだ?」
「さぁねー、ふふふ。もうそろそろ準備出来るから、舞蹴も下に降りていらっしゃい。それにしても早かったわねー、さすが礼雄さんと私の子って所かしら」
 お袋はそう言うと鼻歌交じりに去っていった。ん? どうやら機嫌はいいらしい?
「なんだ?」
 俺はお袋の言う言葉が良くつかめなかった。昨日なにかしら俺に隠している事があるのは察していたのだが、それとこれが繋がっているのかも良く解らなかった。
 それにしても、今日の猫田家はどこかおかしい。もっと険悪なムードで出迎えられ、下手をすると俺は親父と二度と口をきけない状態になってしまうかも。と思っていたのに、こうして帰ってきてみれば全体的に浮ついている雰囲気が蔓延している。何となく居心地が悪かった。
「あ、きたきた」
 俺が部屋から外に出て食堂に向かうと、待ちかねた様子でお袋が俺に手を振ってきた。
「うお……」
 改めて食堂を見回すと、大きいテーブルを囲んで猫田家とそれに従事するもの全てが席についていた。親父も穏やかな顔をして、席についている。永井しかり、東雲しかり、だ。
 ――と、そこで俺はここには居ないだろう人物が目に入り動きが止まった。
「はい?」
 目をごしごしと摺りなおし、改めて目を開けるも同じ人物の顔が飛び込んで来る。その人物も俺と目を合わせると戸惑った表情を見せた。
「――え? あれ? ここみ? なんで? ああ! たま様の礼か! なんだよー、それならそれと言ってくれれば良いのに」
 1人俺は合点が行ったと、そして「やった、ここみとご飯が食べられるとは」とほくそ笑み、ここみの隣に空いていた席にスキップを踏みながら到着すると座った。
 ――途端、全員がクラッカーを持ち出し俺とここみにめがけて祝砲を放たれた。
 そのまま我が家の連中が信じられない言葉を掛けてくる。
「舞蹴と天水ここみさん、婚約おめでとー!」
「婚約おめでとー」
「めでとー」
「とー」「とー」「とー」(エコー)
 ――はぁっ?
 俺は驚いて席から立ち上がった。ここみも唖然とした表情で、同じように立ち上がる。
 しかし俺とここみの反応なんて初めから気にしていない、という感じで主役置いてけぼりの宴会は始まってしまった。
「いやー、最近の子は早い、早い。とは聞いていたけども、まさか舞蹴もこんなに早くに花嫁を見つけてくるとはな……」
「何いってますの。私とあなたも18の時だったじゃない」
 親父のグラスにビールを入れながら、お袋が嬉しそうに話している。
「そうでございますよ、だんなさま。あの時もたま様の不在があまりにも前例が無いくらい早かった為、同じように騒動になったじゃありませんか! 忘れたとは言わせませんよ」
 親父をなじる永井も、いつも以上に上機嫌だ。
「そうだな、東雲からたま様の発見の連絡を貰うまで、本当に事件か事故に巻き込まれたのかと心配したぞ。まぁ、結果は俺よりも早い16歳で! ありがたいことにたま様がしっかりと未来の花嫁を見つけてきて下さったわけだ。これで、まだまだ猫田家も繁栄間違い無し! 東雲もご苦労だったな」
「いえいえ、でも私も驚きました。だんな様と違って、坊ちゃまはとても奥手でまだまだ浮いた話など出そうにも無いと思っておりました矢先ですからね」
 ――おいおいおい。大人たちは何を言っているんだ?
 俺の横でここみも「どういう事? 説明して」という表情で俺に訴えかけてきていた。
「い、いや親父達は何を言ってるんだ? 俺はまだ婚約とかそんなの考えたことも無いぞ?」
 しかし俺の言葉を聞いていたお袋が、俺の顔をまともにみつめた後破顔した。
「何を言ってるのー舞蹴。『俺は天水ここみを大切に思っている、俺のここみに何かする奴は絶対に許さんぞ』なんて、物凄い愛の告白をしているくせにー、白々しいわー」
「な! お、俺はそんな事は言ってないぞ? な? ここみ?」
 俺の顔が真っ赤に染まる。いやいや、俺はそんな事は言ってないはずだ。
 そう同意を求めるべく見つめたここみの頬もまた、赤く染まっていた。そして期待した方向とは間逆な横向きに、首をふるふると振る。そのままか細い声で「あれは本当に恥ずかしかった」と呟いた。
「あれ?」
 ――何やら俺の発言から物事が勝手に進行しているのを感じた。
 俺は、心の中で「好敵手として」という思いを込めていたはずだ。何故そんな風に皆が捕らえているのだ? つつつと、嫌な汗が流れる。
「にゃごー」
 と、動揺している俺の手に、挑戦的な鳴き声と共に鋭い痛みが走った。さっきまでテーブルのすぐ近くに用意された「プラチナ満足たま様ディナー」を食していたはずだった、たま様が俺の近くに寄って来ていたのだった。
 なんだよ、俺の見つけたお前の嫁になんか文句あるのか?
 とでも言いたそうな目をして俺を睨み付けてきていた。
 えー……。
「いや、あの、その……ほら、俺らまだ早いし、ここみだって突然の事でびっくりしてるし。そんな結論急がなくても良いんじゃない……かな?」
 食堂の空気を乱さぬよう、出来る限り言葉を選んで言った俺の話は、一瞬にして大爆笑の渦の中に飲み込まれた。
「あなた、聞きました? 今の台詞。たま様が私の家に来て、急に婚約ってなった時にあなたが言った言葉に一語一句も違わないわ」
「ああ、そうだとも。そうだとも。さすが舞蹴。こういう時に使う言葉をしっかり選んだな。俺も本当、あの時は自分でもびっくりしてたからなぁ。気持ちはわかるぞ。これからを幸せにな!」
「あ……いや……その……」
 勝手に盛り上がる大人たちを前にして、取り残される俺とここみ。
 それを見るに見かねたのか、お袋が近づいてきて俺達の肩を叩くと、ウインクしてこう言った。
「なーに、たま様が結ぶ縁は絶対なのよ。今はそうでも、きっと貴方達は上手くいくの。何年も何年も大切に思えるパートナーにきっとなれるから。ここみさん、これからも不器用で、ちっとも「猫」らしくない舞蹴をよろしくね」
「は……はぁ……考えておき……ます」
 ここみは顔を真っ赤にさせながら答え、そして俺に向かって苦笑いを浮かべた。
「だーかーらー! 結論早いって!」
「やっはっは。めでたい、めでたい」
 盛り上がった大人たちの宴の中では俺の反論はすぐにかき消され、それどころか笑いの種となって増幅していく。
「あーもう。仕方がないな」
 今日の所は諦めてやるか。また冷静になった時に伝えればいいだけの事さ。結局俺はそう思って反論することを止めて、おとなしく食事に専念することにした。
 ――と、気がつけば、大人達の笑いの渦の中にここみもしっかり入って楽しそうに話をしている姿が見えた。何となく笑顔のここみを見て嬉しい気分になる。
 ん……なんだろう? この得体の知れない気持ちは。また俺の中に溢れてくる温かい感情に自分自身で戸惑ってしまう。
 それにこういう事を言われて悪い気がしないのは、もしかして親父達が言うように、俺もここみに惚れているからだろうか? 
 いや、まさか。そんな筈は……。
 好敵手なだけに決まっている!
 あーもう、なんなんだ俺。しっかりしろ!
 そんな苦悩する俺に気がついたのか、ここみが笑顔で近づいてきた。
「ちょっと、舞蹴。ちゃんと美術部の勝負の事覚えてる? 期限はもう少しだからね」
「ああ、勿論覚えているとも。苦手だろうが何だろうが俺は実力で貴様に勝つからな!」
「うん、楽しみにしているわ。ま、何だったら教えてあげても良いわよ?」
「ぬかせ! 敵に塩を送られてたまるか!」
 俺は挑発的に言ってきたここみを見つめ不敵に笑う。が、そのまま表情を崩すと言葉を続けた。
「――と、言いたいところだが宜しく頼む。ここみ、俺に絵を教えてくれ」
 俺の言葉に、ここみは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、そのまま柔らかく笑って「ええ、いいわよ!」と答えた。その笑顔に俺も思わず破顔する。 
 俺は大きく一つここみに対して頷くと大きな声で宣言した。
「ここみ! これからも宜しく頼むな!」
 そうだ、今から俺とここみの本当の好敵手の関係は始まるのだ!
 それ以上かどうかはまた長い時間考えれば良いじゃないか。
 結局俺は自分の心にそう都合よく解釈させると、1人笑った。




                                       完

2009/04/06(Mon)11:56:00 公開 / もげきち
■この作品の著作権はもげきちさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、「君と笑顔の祝福を」から一ヶ月ぶりの投稿です。もげきちです。こんばんはー。この作品は、ネットで公表しても「その場所を記しておけば良い」との一文があったGA文庫さんの「テーマ大賞」というものに応募しようとしている作品であります。テーマと言うことで決められたキーワードを使って書くのでありますが……○○デレな話で、かつ「クラブ」「猫」「逆転」という要素が必要だとか。この要素をどう上手く処理して物語を書くべきか相当悩んだ挙句「クラブ」とあるから「棍棒!」とか「蟹!」では無く、無難に学園モノをチョイスした自分(笑)

むふぅ。何とか投稿に間に合いましたー。
そして、登竜門さんにも無事最後まで投稿完了であります。
本当一人称って思っていた以上に難しいな、と痛感した&時間的に余裕が無い時にどこまで読みやすい作品を仕上げられるかの実践となった作品となりました。というか、書く度、書く度に勉強させて貰ってますねw 
今回も、なんだかんだでハッピーエンド。明るく楽しく最後まで読んで頂けたら幸いです! ではでは、最後まで読んで下さった皆様に感謝の気持ちを溢れされながら! 「騒動あってのねこ結び」完結させて頂きます。本当に本当にお付き合いありがとうございましたー、また投稿した時は宜しくお願いしちゃったりしますね^^

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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