『神津瀞妖譚 1〜2』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:バニラダヌキ                

     あらすじ・作品紹介
今を去ること半世紀近く、秋には東京オリンピックを控えた昭和39年の夏。故郷の漁師町でいざこざを起こし東北の山中に逃れた高校生・神尾真介は、水神の末裔といわれる少女・瑞池千尋に出会う。のどかな山村で、千尋や新しい級友たちと、つかのま癒しの日々を送る真介だったが、しだいに村を覆い始める、外部からの不穏な影。千尋を守るべく立ち上がった級友たちは、やがて南米や北米まで繋がる、『沼底棲息人“Incola palustris《インコラ・パルストリス》”』を巡る国際的陰謀に巻きこまれてゆく――。などと激しく煽りつつ、やっぱり芸風は、あくまでユーモア基調です。

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  神津瀞妖譚《かみづせいようたん》


    第一章  〜ウンディーネの夏〜


     1

 その東北の村で暮らした高校時代、同級生だった瑞池千尋《みずちちひろ》には、一対のきれいな鰓《えら》があった。いわゆる『エラが張った四角い顔』のエラではない。文字どおりの鰓である。
 首の付け根というか、むしろ肩よりで、ふだんはブラウスの襟に隠れてしまうあたりだったから、高校二年の春遅くに千葉から転校した俺は、夏休みも間近なプール開きの日まで、そんな大変な事実に少しも気づけなかった。
 全校生徒総出で、といってもたったの六十二人だが、土曜の放課後に半日がかりでせっせとブラシをかけたり塩素消毒したりした、その翌週のことである。
「……エラだ」
 夏山から引いた渓水を満々と湛え、樹々の緑と木造モルタル校舎の影を映すプールで、颯爽と抜き手をきってしぶきを上げる瑞池千尋のスクール水着姿を目で追いながら、俺はただ呆然とプールぎわに立ちすくんだ。
「……魚の鰓だ」
「魚《ざっこ》とは限らね」
 転校初日に些細な行き違いから校舎裏で殴りあい、翌日からつるんでしまった同級の織田勇太は、土佐犬のような目鼻立ちになんの感興も浮かべず、ぼそぼそと注釈を入れた。
「ヤゴにも沢蟹にも鰓があっぞ」
 そんな面構えでも、勇太は頭が良かった。特に生物の成績は、常に学年一を誇っていた。二年生が全部で二十四人、たった一学級だけだったとしても、一番は一番である。
「……人間には、ねえ」
 呆けたままつぶやいた俺に、勇太は曖昧なうなずきを返しただけで、その代わり、やはり同級の田村福子が、いつもの丸顔をいつものようにほころばせながら応えてくれた。
「しょうないの。千尋ちゃんは、水神様の血筋だも」
 水神様、と来たか。
 千葉外房のはずれの漁師町で、板子一枚下は地獄の旧弊な親に育てられた俺がいうのもなんだが、秋口には夢の超特急ひかり号が東海道を突っ走り、東京ではアジア初のオリンピックが開催されようというこのご時世に、今さら水神様の血筋と来たか。
 たとえ故郷《くに》でいろいろあったにせよ、やっぱりこんな北の山奥、奥羽山脈の奥の奥まで逃げてくるんじゃなかった。反対方向の小田原や熱海にだって、無理をいえば転がりこめそうな遠縁はあったのだ――。
 みちのくの秘境民俗に適応できないまま、俺が深く深く後悔していると、当の瑞池千尋がプールから上がってきた。
 手折れそうな四肢が、汲み上げ湯葉のように白い。
 しかし泳いでいるときの躍動感の余韻もまだ漂っており、ふだんの弱々しい制服姿からは想像もできないような、しなやかな身のこなしだった。禍々しさを脱ぎ捨てて神秘性だけ纏った白蛇、そんな風情である。
 なるほど、これはちょっと蛟《みずち》っぽいかもしんない――。
 俺は、なかば納得してしまった。
 蛟《みずち》、いわゆる蛇神とか龍蛇神は、川や湖水に限らず、海の漁師にも縁が深い。俺の故郷でも、毎年、港祭には龍を象った満艦飾の祭舟が出る。
 日頃から無口な瑞池千尋は、俺や勇太に一瞬ちょっと困ったような笑顔を走らせ、それから横の福子にだけ、夏の光のような白い歯を見せた。
「福ちゃん、いっしょに泳ご。渓の水とおんなしだから、気持ちいいよ」
 千尋の言葉にほとんど訛りがなく、といって標準語ともちょっと違う独特の鼻にかかった発音なのは、やはり血筋とやらの関係だろうか。確か日本史の授業で、奈良やら平安やら大昔の日本人は、そんな声を出していたと聞いた気がする。
 俺の目の前に、千尋の鰓があった。
 見ようによってはかなり奇っ怪な器官なわけだが、なぜか嫌悪感は微塵も涌かない。また当人にまったく隠すそぶりがないせいか、不思議なほど違和感もない。すべすべした白い皮膚の隙間から覗く、やや桃色がかった薄膜は、思わず舟盛りのてっぺんに飾りたくなるような生きの良さだった。
「……いい鰓だ」
 思わずそう口にしてしまった俺を、千尋は警戒心に満ちた顔で振り返った。それまでまともに口などきいたことがなかったのだから、怪しまれても仕方がない。
「あ、いや、その……瑞池って、便利いいよな。水ん中でも息ができて」
「え? いえ……その……息ができるとか、そんな感じじゃなくて……」
 お互いしどろもどろに問答していると、勇太が、食休み中の闘犬のように無表情のまま、ぶつぶつと講釈を述べた。
「水中の酸素ば吸収して、不要の二酸化炭素ば水中に排出する。機能的には、空気呼吸とおんなしだべ」
 さすがは勇ちゃん、というように、福子は大真面目にうなずいている。
 とまどっている千尋の鰓の内側が、なぜだかほのかに赤みを増したように見えた。そしてそれを隠すように、福子の手を引いてプールに飛びこみ、福子はすぐに浮かんできたが、千尋はいつまでも浮いてこない。
 自慢じゃないが、俺も泳ぎや素潜りなら自信がある。おまけに逃げる女の尻はとりあえず追いかけてしまう質《たち》だ。
 俺は斜めに水面を切って、他の生徒たちの脚掻きを避けながら、千尋の姿を探した。
 千尋はプールの一番深いあたりで、仰向けに横たわるように揺れていた。軽く目を閉じて気持ちよさげに漂うその姿は、まるで昼寝している細魚《さより》のようだ。
 俺は姿勢を変えて水中で胡座をかき、そのまんま千尋の横に沈んでいって、よ、と手を挙げた。
 千尋はあわてて泳ぎだした。
 俺は余裕で後を追った。
 ゆらゆらと揺らぐ水光の中、千尋のこぢんまりとした尻を数分も追い続けただろうか。
 俺がついに音を上げて水面に逃れたとき、水底から見上げる千尋の目は、すっかりくつろいでいたように思う。
 もう四十年以上も昔になるか。
 東北のど真ん中、四つの県が軒を接するあたり、道一本ふさがれば外界から孤立してしまうような深山幽谷の村――神津村での、ある夏の話だ。

     ◇          ◇

 古民家を移築した自宅の居間で、九十九鶏の粕漬を肴に冷酒をすすりながら、大叔父はそう語り始めた。
 彼、神尾真介は僕の母の叔父、つまり母方の祖父の弟にあたる。職業は山館放送のお堅いアナウンサーだが、副業は鰓、いや、法螺《ほら》を吹くことだ。羽黒山で山伏が吹くような、文字どおりの法螺ではない。作り話のホラである。
 当人にいわせれば、アメリカの文豪マーク・トゥエインを範とした大らかなユーモア小説なのだそうだが、それを掲載してくれるのが山館放送と同系列の山館新聞だけで、それも年に一度か二度、日曜版のお子様ページに載るだけだとすると、やはり縁故採用、いわゆる旦那芸の域を出ないのだろう。僕も小学校時代までは、つきあいで何度か読んでみたが、中学以降はつきあう努力を放棄してしまった。あくまでお子様向け、たわいないお伽話ばかりなのである。
「――えーと、ちょっと質問、いいですか?」
 話の途中、冷酒でひと息入れる大叔父に、僕は訊ねた。
「同級生にエラがあるとか、水神の一族とか、いきなりの伝奇ネタはちょっとこっちに置いといて」
「別に横に置いとかんでもいいぞ」
 大叔父は、僕にも冷酒のグラスを勧めてくれながら、
「今んとこ、それ以外のどこにツッコミどころがある」
 話中の『俺』よりも若く、まだ高校一年の僕は、手振りで冷酒を辞退して、
「いや、内容はともかく、ちょっと語彙が古くないですか? なんだか漱石の『坊ちゃん』かなんか読んでるみたいな」
 念のため、先の記述は必ずしも大叔父の語りそのものではなく、後日、僕が記憶を元に一人称の物語として書き起こした文章なのだけれど、地の語り口は極力忠実に再現したつもりだ。
「お前に古いといわれちゃあ、おしまいだな」
 大叔父は、いいから飲め飲めと、なお僕にグラスを突きつけ、
「平成生まれのくせに、戦前の学生みたいな作文ばかり書いてる奴になあ」
「それはそうですけど……」
「だいたい、お前、俺を幾つだと思ってるんだ?」
「えーと、五十八、いや、もう九か」
「そんなオヤジが自前の思い出話をしてるんだぞ。ちょっとくらい古臭いのは我慢しろ」
「思い出話って、今度書くジュブナイルの話じゃあ……」
 大叔父はそれに答えず、なぜだかちょっと居住まいを正し、
「お前、先週から学校に出てないんだって?」
 だしぬけに、そう訊ねてきた。
 なんだ、いつもの法螺話かと思っていたら、そっち繋がりの話だったのか――。
 僕は憮然として口をつぐんだ。
「まあ、ぶっちゃけ、お前の母親に頼まれてな」
 つまり、このゴールデンウィーク、僕が山館市郊外の富神山麓にある大叔父宅に招かれたのは、高校入学後わずかひと月にして早くも登校拒否デビューっぽい僕を心配した母が、親族の中では一番にらみの利きそうな大叔父に「なにか、ためになる話を」とでも泣きついたからなのだろう。
 僕がうんざり顔を隠せないでいると、大叔父はグラスを置いて、おもむろにショートピースに火をつけた。
「困ったもんだ。どうも親戚連中は、俺の立場を過大評価しすぎる」
「……そうですね」
 僕がうっかりうなずいてしまっても、大叔父はまったく動じなかった。
 実際、幼い頃の法事で、子供のいない大叔父夫婦と妙に馬が合ってしまい、以来なにかと御馳走になったり旅に連れだしてもらったりしている僕は、ふだんテレビやラジオでもっともらしくニュースを読んだり、ご当地バラエティー番組で苦労人っぽく司会をこなす大叔父が、私生活では極めてアバウトな、どちらかといえばかなり『困った人』であることを良く知っている。
 しかし、彼の実兄である千葉の祖父を含めた親族間での大叔父の評価は、かなり神格化されている。それは知事や議員先生とタメ口で話せるという現在の地方名士的立場のためでもあるが、それ以上に、若い時分は手のつけられない虞犯少年だった彼が成人後は完璧に更生したという、克己心レベルでのポイントが高いようだ。今回、僕の母が彼に意見を頼んだのも、そっち方面でのなんかいろいろを期待したからかもしれない。
 といって、僕はまだ非行少年でも虞犯少年でもなく、日向で丸くなっている猫のような、あるいは黴臭い古本に巣くう紙魚のような平和主義者であり、むしろ連中によるイジメの被害者なのだけれど、そこに至る事情は両親にだって詳しく話していないし、当然、大叔父もまだ知らないはずだ。
「――おまえ、確か、鏡花の書き物が好きだったよな」
 大叔父はピースをふかしながら、今度はそんなことをいいだした。
「は、はい」
 予想外の質問で面食らっている僕に、
「中学出たばかりのガキが読むには早すぎるような気もするが、まあ、いいだろう。シャカリキで背伸びしなけりゃ、一生見られん夢もある」
 大叔父は、意味ありげににやりと笑って、
「『出家《しゅっけ》のいうことでも、教《おしえ》だの、戒《いましめ》だの、説法とばかりは限らぬ、若いの、聞かっしゃい』――」
 その台詞は、僕も中学時代から何度も読んで暗記していた。
 明治後期から昭和初期にかけて名声を博し、現在でも評価の高い、幻想と情話の人・泉鏡花。彼が著した『高野聖』の一節である。
 旅の老僧が、たまたま親しくなって宿を共にした若者に、一夜、語り聞かせる怪異譚。老僧がまだ若く、修行のため諸国を行脚していた頃、木曽山中で出会った魔性の美女の物語――。
 ああ、これはきっとお説教でも訓辞でもなく、引きこもり寸前の僕に、何か大叔父なりの趣向で気晴らしをさせてくれるつもりなのだ。
 僕は硬くしていた背筋をゆるめて、大叔父の次の言葉を待った。

     ◇          ◇

 瑞池千尋の正体を知っても、ちっともビビらない奴。
 そう認識された時点で、どうやら俺は得体の知れない他所者から、正式な同級生に格上げされたらしい。
 この村に住みついてかれこれ二か月半、学校で俺とまともに口をきいてくれるのは、偏屈者の勇太と、人間から道端の狸まで会話の相手をいっさい選ばない福子だけだったのが、プール開きを終えて教室で弁当を食い始めたとたん、いかにも東北の田舎者らしい、濁ったなりに心地いい声が、代わり番こに男女まじえて人なつっこく、しかしおずおずと俺に集中した。
「神尾君はすげえなあ」
「おう、真介でいいぞ。で、何がすげえんだ?」
「瑞池と水ん中で張り合って、えぐ、がおれねもんだ」
「……何語だ?」
「あ? ああ……」
 けして訛りを馬鹿にしたつもりはないのだが、ここの生徒は、気の荒そうな男子でも根は草食動物というか、すぐに赤面して口をつぐんでしまう。
「『よく、くたびれねえもんだ』」
 勇太がぼそりと通訳してくれた。
「おう、こちとら、黒潮で産湯を使った海の男だかんな」
「真介君は、なして、こだなざいごさ――こんな田舎に越してきたんだべ」
 次の女子は、気を遣って自主翻訳してくれた。
「おう、仙台に住んでる叔父貴が、たまたまこの山に小屋持ってたんでな」
「それはもう、初めの日に先生から聞いたべ。そーゆー話でなく、あー、なしてあだな山小屋さ来たんだべ、わざわざ『東京』から」
 ここの人間が東京という地名を口にするときは、生徒だけでなく先生まで妙に腰が低くなる。村長や教師や駐在といった世間の広い大人でさえ、せいぜい盛岡市や秋田市、あるいは山形市や仙台市、つまりこの山脈の東西南北遙か隔たった四つの県庁所在地あたりまでしか知らないらしい。
「東京じゃねえよ」
「んでも、千葉て東京のすぐ隣だべ。おら、地図帳で見たも」
 相手が関東人だったら「それじゃあ何か? あの埼玉も日本の首都か?」と混ぜっ返すところだが、生まれて十数年ほとんど鉄道に縁のない奴らにいっても埒があかない。
「……まあ、色々あってな」
 これまで、俺に関する様々な噂が囁かれていたのは知っている。『両親を失って家屋敷や財産は悪辣な親戚に奪われてしまった』、そんなお涙頂戴紙芝居もどきはまだ可愛いほうで、初日に勇太との喧嘩を見られたせいか『東京でヤクザを殴り殺して逃げてきた』とか、自分でいうのもなんだがちょっと様子がいいからか『同級生の女子と近所の若後家を同時に妊ませて逃げてきた』とか。
 誤った風評はこれを機会に正しておきたいところだが、真実はもっといいにくいのだから始末が悪い。
「『色々』じゃ、わがんねべ」
「……昔の事は訊かないでおくんな。お国言葉の違い同様、些細なことさ」
 俺は力いっぱい話題を逸らすことにした。
「たとえば、俺が『かきくけこ』というところを、勇太、お前がいうと」
「がぎぐげご」
「『さしすせそ』を、福子がいうと」
「さすすせそ」
「とまあ、都会の奴らはここいらの言葉をズーズー弁とか馬鹿にするわけだが、たとえばおまえら、これ、わかるか? ――『おっぴす』」
 皆ふるふると首を振る。
「俺の故郷で、『押す』ってことだ」
 皆こくこくとうなずく。
「『家《うち》ののうのうさん、もう歳で、かんぴんたんださあ』」
 皆、思いきり首を傾げる。
「家のひい婆さん、もう歳で、骨と皮ばっかりだ――そういってんだ。次は、そうだな。――今日は大雨だから『めぇなかさ、あっぺよ』」
 大半ふるふるだが、前半から類推できたのか、「家ん中?」とか「いるべ?」とか正解を囁く者もいる。
「んじゃ、これはどうだ。『おららぶにゃら』」
 こうなるとさすがにお手上げらしく、福子がおずおずと訊ねてきた。
「……何語だべ」
 俺もあっさり両腕を広げて、
「実は俺にもわからん。でも故郷じゃ、ちょっと離れた町の奴らが、しょっちゅうそういってんだ。東京の隣ってっても、しょせんそんなもんだ。この日本、狭いようでいて、果てしなく広い。故郷を捨て、過去を捨てた流れ者には、うってつけの国なのさ」
 いってることが無茶苦茶である。なんの脈絡もない。それでも皆すなおに納得してくれるこの学級は、つい春先まで俺が通っていた風速四〇メートルの荒海のような札付き高校に比べれば、まるで春の小川、めだかの学校だ。
 俺は空になった弁当箱を置いて、机の横に立てかけてあった自前のギターを取り上げ、ぼろろろろんと掻き鳴らした。
 流れ者でとどめを刺すなら、この歌しかないだろう。
 ――赤い夕陽よ 燃えおちて 海を流れて どこへゆく――
 俺が故郷を離れて以来久々に、尊敬する旭兄ィこと小林旭ばりの喉を聴かせると、おお、という感嘆、そして盛大な拍手が起こった。
 ――ギターかかえて あてもなく 夜にまぎれて 消えてゆく 俺と似てるよ 赤い夕陽――
 教室にはギター持ちこみ禁止とか、野暮な校則がないのも、この学校のいいところである。もっともギターを持っている生徒が、俺以外ひとりもいないらしいが。
 女子の間から「……ええわあ」などという嬉しいつぶやきが複数聞こえたので、俺は気づかれない程度に横目を使い、瑞池千尋の様子を窺った。
 千尋は、俺を取り巻く坊主頭や三つ編み頭のかたまりからちょっと離れた窓際の席で、頬杖をついて夏の山脈《やまなみ》をながめていた。
 直前までじっとこちらを見ていたような気配の名残もあったのだが、それは俺の、ただの希望的観測かもしれない。
 ともあれ、同じ三つ編みでも持ち主によってここまで様子が違うか、そんな一種の気品を漂わせている白い襟元、そのちょっと奥にはあの活きのいい鰓があるかと思うと、漁師のせがれの業だかなんだか、俺は無性に、故郷に残してきた一本釣りの竿が恋しくなってしまうのだった。

     2

【木曽路はすべて山の中である。あるところは岨《そば》づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。】
 以上、島崎藤村の名作『夜明け前』より引用。
 などと、今でこそもっともらしく親爺顔で述べているけれど、その頃の俺は小説本など教科書同様ほとんど開かない奴だったから、島崎藤村という文豪の名前も、てっきりシマザキ&フジムラのコンビだと思いこんでいた。ともあれ、この一節の『木曽路』を『神津村』と、『木曽川』を『神津渓谷』と言い換えれば、まんま当時のそのあたりの光景になると思ってまちがいない。
 もっとも神津村の場合、一筋の街道は、その深い森林地帯を残念ながら貫かない。そもそも奥羽山脈のそのあたりを東西に横断する道はない。
 遙か東、太平洋に接する平野部から続く県道は、山脈の裾野あたりから市道に引き継がれ、その市道も、幾重にも連なる山腹山峡を縫ううちに未舗装の砂利道に変わり、材木を満載したトラックと何度かすれ違いながら鬱蒼たる針葉樹の林業地帯を抜け、この先もう人家など一軒もないのではないかと思い悩みながらさらに小一時間、峻峰・奥ヶ岳の山懐、神津公民館前のバス停で終点《どんづまり》になる。気の短い奴なら「そんな停留所は嘘だ」と引き返してしまいそうな立地だ。
 それでも役場や駐在や消防団、市立小中学校の分校、また俺たちの通う神津高校――正確に言えば県立奥ヶ岳高等学校農林科神津分校などの公共施設、そしてわずかな商店や唯一の民宿兼食堂などが、みんなそのあたりにちまちまとわだかまっていたので、朝夕たった二便の市バスと朝昼夜三便の村営巡回バスが大雨や大雪で止まらない限り、まあなんとか最低限、文明社会の体裁は保てたわけだ。
 無論それっきり道がないわけではなく、そこから続く村道があっちこっち枝分かれしているが、地図上では、いずれも奥ヶ岳を西に越えずに山中で途切れてしまう。そのさらに奥は、村の経済を九割方支えている林業会社の材木搬出用林道やトロッコ軌道が、どこまでも深い森をうねうねと縫っているだけだった。
 広場やグランドをななめはすかいに造るわけにはいかないから、役場や学校のあるあたりはかろうじて平地と呼べるほどの地べたが広がっている。しかしそれ以外の神津村は、もうどこまで行っても登るか下るかだ。点在する農家の庭先や段々畑を除けば、すべての道にかなりの勾配がある。
 そんな険しい地形のためもあって、神津高校の生徒は半数が空き教室を利用した寮生活を営んでいた。麓までの間にいくつか点在している小中の分校とは違い、高校はなにせカバーするエリアが広い。山をみっつもよっつも越さないと実家にたどりつけない奴もいる。で、残り半分の半分はバスを使い、あとの四半分が自前の足で通学するわけだ。
 俺はその最後のグループ、いわば『毎日登山組』に属していた。

     ◇          ◇

 プール開きの日の放課後、俺と勇太はいつものように肩掛け鞄をさげ、校門ではなく校舎裏の林を抜けて、神津渓谷の沢道を上流に向かって歩きはじめた。
 俺は山小屋で一人暮らしだから、飯を炊くにも風呂を焚くにも何から何まで自分で自分の面倒をみなければならず、クラブだの委員だの課外活動には縁がない。勇太は農家の総領息子だから、そっちの手伝いやら修行やらで、やっぱり直帰組だ。
 夏なお涼しい緑陰の渓を、せせらぎを聴き爽風に吹かれながら、なんでよりによってこんなむさ苦しい野郎とアベックで帰らにゃならんのだろうなあ――ふだんはお互いそんな道中だが、今日は、福子とそのおしゃべり仲間が、園芸部だか手芸部だかのクラブ活動が休みらしく、何を言ってるんだかわからない言葉で楽しそうにさえずりながら、俺たちのちょっと後ろをついてきている。
 女子たちだけでなく、今まで一度もいっしょになったことのない男子生徒たちも二三人、俺たちの先や後ろにくっついて、ときおり思い出したように、どうでもいいような世間話をしかけてくる。皆、俺や勇太と同じ道をたどりながら、それぞれの山家や神津林業の宿舎に散っていくらしい。おまえらよくも今日まで俺をとことん村八分にしてやがったな――思わず三白眼で凄みたくなったが、洒落の通じない奴らなのでやめておいた。
 帰り道の途中には、シマザキ&フジムラの木曽路同様、うっかり転ぶとあの世までずっと転がりっぱなしになりそうな難所も多い。
 そんな難所のひとつを、眼下の谷川に転げ落ちないようにおっかなびっくり越えながら、俺は勇太にたずねた。
「ここいらへん、冬場はどうすんだ?」
 勇太の家は、その崖道をちょっと回りこんだ先の比較的なだらかな集落で、段々畑を耕している。
「冬場は沢は通らねえ。反対まわりの斜面を抜ける」
「あっちの道は遠回りすぎねえか?」
「どうせ雪に埋まっちまうから関係ねえ。まっつぐスキーで降りる」
「へえ、噂にゃ聞いてたが、スキー通学なんてのが、ほんとにあるんだなあ」
 雪など真冬でも挨拶程度にしかちらつかない南房総に育った俺は、感心してしまった。
 確かに大雪が降れば、でかい樹木はともかく灌木の藪はみんな雪に埋まってしまうだろうから、あっちの斜面を校庭までいっきに直滑降するのも夢ではないのだろう。俺はあんな細っこい板など生まれて一度も履いたことがないが、勇太にできるなら俺だって、いつか映画で観た銀嶺の王者トニー・ザイラーのように颯爽と――そこまで考えて、俺は首をひねった。
「でも、帰りの登りはどーすんだ? スキー板かついで雪山登山か?」
「履いたまま登る」
「あんなもん、後ろにつるつる滑ってっちまうだろう」
「後ろさ滑らねスキーがあるべ」
「知らなんだ」
 聞けばこのあたりのスキーには、なんとかシールやらテレマークターンやら、俺の知らない秘密兵器がてんこもりらしい。
「山スキー覚えりゃ、こだな山越すの、じょさねもんだ」
 そりゃ何語だ、と訊き返そうとした俺に、福子が後ろから通訳してくれた。
「『こんな山を越えるのはお茶の子さいさいだ』」
 勇太はいつものしんねりむっつり顔で、
「おめえの育ちじゃ、あの小屋で、ひとりで冬越すの無理だべなあ」
「……無理だべな」
 俺が正直にうなずくと、福子が横を通りすぎながら、
「雪が降ったら寮さ泊またらいいべ。おら、先生さ頼んでやる」
「すまなんだ」
 他の女子たちも、足元のおぼつかない俺を、ちょっと遠慮しながら、しかし軽々と追い越してゆく。
「真介君は、足長いげんと、ちょっと細いもね」
「都会人だもね」
 優しくいたわられてしまった。
 故郷の荒い人づきあいに慣れているせいか、俺としてはいっそ馬鹿にされたほうが闘志がわいていいのだが、まあひと口に農林水産仲間といっても、漁場を争うのと同じ喧嘩腰で畑を耕したり木を切ったりしていたら人生を誤りそうだから、ここは、ここの気風にフヤけたほうがいいのだろう。
 そもそも、小柄な女子でさえこのペースだと、屈強な勇太なら、楽々倍のハイペースで登れるはずだ。つまりこれまでは、山慣れない俺が下校途中にバラけて谷川の魚の餌になったりしないように、わざわざ歩調を合わせてくれていたのである。
「俺だって、足腰には自信があるんだぞ。海用の足腰と山用の足腰が、別あつらえなだけだ」
 とりあえず、いいわけしておいた。
 難所の急勾配を越えると、ちょっと開けた岩棚に出る。
 渓谷の対岸、南側の峰々はこちらよりも低いのが多く、今日のように天気が良ければ、蒼天の下に文字どおり果てしなく奥羽山脈が連なって見える。
「しかしまあ、よくこんだけ山ばっかり続いてるもんだ。これ、九州までずっと続いてるんじゃねえか?」
 半分本気で冗談をいうと、勇太は首をかしげた。理系にはけっこう強いが、地理は苦手らしい。
「北は青森から、南は栃木の那須連峰まで続いてる」
 後ろから、女子のようにかわいい男声が聞こえた。
「へえ、関東までぶっ続けなんだ」
 応えながら振り向くと、勇太や俺より頭ひとつ半ほど低いあたりで、こけしのような顔が笑っていた。
「えーと――すまん。名前が出てこねえ」
 こいつも確か同級生なのだが、いつも他の奴の陰や下に隠れているので、顔と声、声と名前がまだ一致しないのである。
「小豆沢《あずさわ》。小豆沢小吉《こきち》」
 まんまやないか、とツッコむのも気の毒なほど栄養が足りていない。
「チビでいいのっしゃ。昔からそう呼ばれてっから」
 卑屈や謙遜というより、己をきちんと受け入れた、屈託のない笑顔に見えた。こういう奴は、見かけによらずあんがい芯が強い。ちなみに俺は他人をチビだのデブだのブスだの、能のない形容で呼ぶのは嫌いだ。
「小吉か。もしかして、おまえもよそ者なんじゃねえか?」
「わかる?」
「おう。他の奴と、ちょっと言葉が違う」
 勇太や福子の言葉には、字で書くとほとんど全部に濁点をふりたくなるような濁りがある。小吉の声にも濁りはあるが、それほどではない。「しゃ」という語尾も、このあたりでは他に聞いたことがなかった。
「こいづはダム組で、宮城の出だ」
 勇太が言うと、小吉がにこにことうなずいた。
「ダム組?」
 農林科だけだと思っていたら、土木科まであるのかこの学校は。
 俺がそんな顔をしていると、勇太と小吉は代わり番こに、事情を説明してくれた。
 数年前、このちょっと上流に治水用のダムが造られて、いっときかなりの工事関係者が村に住んでいた。そうした家の子が、小中の分校内で俗にダム組と呼ばれていたのだそうだ。大半は工事が終わると親といっしょに山を下ってしまったが、住みついた土方の子や、ダムの管理で残った技師の子を、今も習慣でそう呼んでいるらしい。
「へえ、ダムなんてあったのか」
 確かにこの沢道には、途中で流れを離れて尾根に回るところがあるが、俺の住んでいる谷間と学校の間にそんな大それたものがあろうとは、想像もしていなかった。単なる地形の都合だと思っていたのである。いわれてみれば眼下の沢は、流れの細さに比べて河原が妙に広い気もする。途中で堰き止められる前は、山間いっぱいに、けっこう派手に流れていたのかもしれない。
「ダムっつうと、噂の黒四みたいな奴だろう。今度見に行ってみんべ」
 小吉は苦笑いして首を振った。
「そんなにすごくない。おしょすいくらいのもんだっちゃ」
 おお、また俺の知らない世界の言葉が。おしょすい。おまけに「しゃ」じゃなくて「ちゃ」になってるのはなぜだ。構文による語尾変化か。
 通訳を期待して勇太をうかがうと、奴も知らない宮城弁らしく、困り顔でシカトされてしまった。
「恥ずかしいくらいのもんだ」
 自分で言いなおす小吉に、勇太がうなずいた。
「確かにありゃ、ダムていうより、ただの土手だな」
「うちのは、ただのロックフィルダム。岩や石を積み上げて、上流側だけコンクリで固めてあるのっしゃ。黒四は、日本一のアーチ式コンクリートダム。両側にウイングまである特別製だっちゃ」
「ほう。勉強になるなあ」
 うち、といっているのは、実際そこに住んでいるからだろう。
 そうこうしているうちに岩棚を過ぎ、また木漏れ日の岨道《そばみち》にさしかかった頃、
「しかし、色気がねえよなあ」
 勇太が急に話題を変えた。
「なしてここいら、女もみんなズボンなんだかなあ」
 前を登ってゆく女子たちの腰つきを、しかめっ面で見上げている。
「都会のほうだと、女はみんなスカートなんだべ」
 確かにこの村の女学生は、ふだんはみんな紺ズボン姿で、祝い事や法事や修学旅行のときくらいしかスカートを穿かない。
「ズボンのほうがいいじゃねえか。尻の具合がきっちりわかって」
「尻や乳はプールでもわがっべ」
「プールは夏しか開かねえ。秋冬の具合も大事だ。もちろん春もな」
「んだげんと、なんてゆうか、いざというときの、こう、あるいは、もしかしたら……ほだなどごが」
 つまり、この角度で後ろからスカート姿を見上げたら、まぶしく白いアレが瞥見できるのではないか、そう期待しているようだ。岩より硬いような面をして、こいつもやっぱり男なのである。
「よせよせ。細かいヒダヒダで、おまけに脛《すね》の中途まであるスカートなんて、どうしたって覗けるもんじゃねえ。坂の下どころか、梯子の下からでも無理だ」
「そうなのか?」
「おう。ちょっとやそっとめくったって、絶対見えねえ。同意の上で、しっかりめくれば別だがな」
 感心してうなずいている勇太の背中あたりから、小吉の顔がのぞいた。
「……ためしたことあるのすか? ……しっかり、同意の上で」
 ちっこいこいつも、やっぱり男だ。
 俺はなんだか嬉しくなってしまった。
 この村に来る前は、東北の田舎では――まあ俺の故郷も充分田舎だが――夜這いやらなにやら、えらく開けた気風があると聞いていた。ところが実際住みついてみると、このあたりにはちっともその手の話がない。学校の男子は察するに全員まだだし、女子も本気で初夜解禁を志しているらしい。
 ちなみに俺の故郷では、中学を出てからもナニそのものを知らない男はほとんどいない。なにせ気っ風の荒い港町だから、中卒で漁師になればとたんに女郎屋にしけこむ。俺のようにろくでもない高校に進学すれば、やっぱりろくでもない先輩に、よってたかって女郎屋に叩きこまれる。前途を嘱望されるような進学校に上がれば、女郎さんがたのほうから慈善事業で引きずりこんでくれる。昔から、そういう仕組みになっているのである。親だって、自分の息子が十八過ぎてもまだだったら、男としての将来を危ぶむくらいだ。
「――まあ、俺もクロトさんしか知らねえけどよ」
 前の連中に聞こえないように、俺が小声で打ち明けたとき、
「助平」
 耳元で、誰かがだしぬけに、そうつぶやいた。冷ややかな女声だった。
 仰天して横を見ると、おお、なんということだ。瑞池千尋の白い瓜実顔が、まっすぐに前を向いたまま、今しも俺の横を通りすぎようとしている。
「わ」
 ど、どこから涌いた。
 もしや鮭のように川を泳いで遡ってきたのだろうか。
 俺は思わず、千尋の横顔と、雑木の下に流れる沢を見比べてしまった。
 千尋はさらに冷ややかに、ぽつりとつぶやいた。
「馬鹿」
 スケベの上にバカまで加わったら、これはもう「あんたはもう駄目」といわれたのと同じ事ではないか。
「あああああ」
 うろたえまくる俺を、勇太が慰めてくれた。
「気にすんな」
 あいかわらずの無愛想な犬顔で、
「助平でない男なて、俺はひとりも見たことねえ。大なり小なり、みんな馬鹿だ」
 小吉もこくこくと同意している。
 そ、そーだよな。
「い、異議なし」
 動揺したまま無理矢理うなずく俺に、
「最低」
 千尋はみたびつぶやき、無情に追い越してゆく。
「あああああ」
「……すまね」
 勇太が珍しく消沈したように頭を下げた。
「いいわけにもなんにもなってねえわなあ」

     ◇          ◇

 俺が寝起きしている叔父貴の山小屋は、勇太たちの集落からさらに半時間ほど奥まった谷間に建っている。直線距離だと三百メートルそこそこらしいが、なにせでっこまひっこまするので、俺の足だと、どうしてもそのくらいかかってしまう。
 俺が毎朝水を汲んでいる谷川が、すなわち神津渓谷である。それが小吉んとこのダムに引っかかったあと、校舎裏や公民館の横を下って、麓までのあいだにあっちこっちの支流と絡まり徐々に川幅を増しながら、やがて北上川に合流し、岩手から宮城に抜けて、しまいには太平洋に注ぎこむわけだ。つまり、朝、俺が顔を洗った水や、夜に浸かった風呂の残り湯が、親潮に乗って鮪《まぐろ》や鰹《かつお》を育んでいるのである。その前に学校のプールで、児童や青少年や俺自身を育んだりもするのだけれど。
 山小屋は、野郎ひとりならなかなか住みやすい造りだ。便所がないので女には向かないだろうが、電灯は点くし、土間には流しも竈《へっつい》も、鉄砲風呂もある。そういうといかにも日本昔話の山小屋のようだが、畳や囲炉裏はなくて、板の間に薪ストーブと机とベッドが居座っている。国際派の自然写真家が建てた小屋だから、和洋折衷なのである。
 叔父貴は、今でこそ食っていくために仙台のアパートから小さな広告会社にかよって商品写真を撮っているが、昔は出身大学の研究室に乞われて、日本各地の秘境の学術調査や、南米はアマゾンの調査隊にまで、撮影係として加わった男だ。今でも土日返上でせっせと働いてはまとめて休暇をとり、この小屋を拠点に、奥ヶ岳の自然写真を撮りまくっている。そのうちそっちで一本立ちするため、出版社やカメラ会社とのコネも、きっちり繋いでいるらしい。
 そんな立派な叔父貴と俺の親父が実の兄弟であるというのは、親父とその長男である俺の兄貴と次男の俺がそろって同程度の馬鹿であるのを考えれば、つくづく自然界の神秘だと思う。まあ一介の漁師でも、まるっきりの馬鹿では稼ぎにならないのだけれど。
 ともあれ俺は今のところ、その漁師一家に戻れるかどうかさえわからない。いつ頃ほとぼりがさめるか見当もつかないのだから、とりあえずこの村に隠れているしかないのである。ただ隠れているだけでも腹は減るので、俺は小屋に戻るとすぐ、目の前の谷川に釣り糸をたれた。
 学校の近くに万屋があるから、米や野菜や味噌醤油は不自由しない。金は子供の頃からちまちま貯めた郵便貯金を取り崩してきた。うちの親父は、馬鹿息子たちが足手まといの年齢を過ぎると、休みのたびに漁に連れ出して、稼げればそれなりの歩合をくれた。その金がけっこう貯まっていたのである。だから、このあたりではかなり貴重な畜肉だって、食おうと思えば農家で買える。
 しかし魚だけは自前で調達しない限り、鮭の切り身の形をした塩の塊や、羽黒山のミイラのような鰊《にしん》や鱈《たら》しか手に入らない。村の衆が『からかい』と呼んで重宝している得体の知れない干物も、元は海の生き物らしいのだが、俺には今ひとつ確信が持てない。俺は晩飯に活きのいい魚がないと、翌朝まともに起き出す気がしない質《たち》なのである。
 幸い、このあたりの沢の魚は人を疑うことを知らず、子供の遊びのような竿や仕掛けに、鮠《はや》や山女魚《やまめ》や岩魚《いわな》がいくらでも掛かってくれる。あんまり釣れるので、小遣い稼ぎに村で売ったらどうかと、いっぺん勇太に相談してみたことがある。しかし残念ながら、子供の遊びでも釣れるからこそ、それはお裾分けくらいにしかならないのだった。新鮮な岩魚より、得体の知れない深海魚のミイラのほうが御馳走――理不尽なようでも、それが山奥の価値観というものだ。俺の生活には関係ないけど。
 山峡から見上げる夏の空は、いつまでもしぶとく暮れなずんでいる。
 いっぽう谷の底は、早々と暮れる。
 立て続けに掛かる小物を流れに放し、鮠《はや》は大物でも小骨が多く骨切りが面倒だから放し、そこそこの山女魚と尺岩魚が一尾ずつ釣れたところで、俺は小屋に引きあげた。
 竈の羽釜で飯を炊きながら、横の鍋で大根と菜っ葉の味噌汁を作り、七輪で山女魚と岩魚を焼く。その間に風呂まで沸かす。
 そんな俺の生活を、先月だったか覗きにきた勇太は、俺を嫁に欲しいもんだといった。嫁に行くならでかい網元の倅じゃないと嫌だ、そう答えると、勇太は寂しそうに引き下がった。そもそも、お互い相手が男では、新婚初夜にどうしたって殺し合いになる。
 学校で出された宿題のために小屋で教科書を開くかどうか、それは飯を食い風呂に入ってから、どの程度眠いかで決める。そこそこ眠かったら、ラジオを聴きながら寝てしまう。テレビなどという大それた代物は、下界はともあれ、こんな山小屋にあるはずもない。もっとも勇太の集落などは、共同アンテナを建てて全戸NHK加入という贅沢さである。秘境の農民は、あんがいしぶとい。
 飯を食い終わり、風呂が沸くのを待ちながら、窓辺でギターを弾く。小屋に置いてあるギターが正妻のルリ子、学校に置いてあるのは妾の智恵子である。
 ――窓は夜露にぬれて みやこ既に遠のく 北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず――
 ああ、旭兄ィの歌は、つくづく胸に浸みる。
 正確には自分の声だが、浸みるものは浸みる。『北帰行』だけだと浸みすぎるので、次は『自動車ショー歌』でも派手にやってみようか、などと思いながら歌っているうち、なにかギターでも沢音でもない微かな音がどこからか響いてくるのに気づき、俺は歌うのをやめて耳を澄ました。
 河原の砂利を踏む音が、下流のほうからゆっくりと近づいてくる。
 また勇太でも遊びにきたのか、それとも小吉が珍しがって訪ねてきたのか――。
 首を伸ばして、窓の外の闇に目を凝らすと、
「――どうぞ、そのまま」
 聞き覚えのある、そっけない、しかし奇妙に耳に柔らかい声が、夏宵の沢風に乗って流れてきた。
「気にしないで。ただの通りすがりだから」
 瑞池千尋の声だった




                    <続く>





(文中に、西沢爽氏・作詞『ギターを持った渡り鳥』の一部、宇田博氏・作詞『北帰行』の一部を引用させていただきました)


2009/05/03(Sun)05:34:33 公開 / バニラダヌキ
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■作者からのメッセージ
唐突に新作長編を始めてしまいます。いや、狸に取り憑いている言霊様が、どうしても打て打てというので。
なお、『ゆうこちゃんと星猫さん』も、狸の寿命が尽きない限りしっかり続く予定ですので、双方、全速力のでんでんむしのような更新頻度になってしまうとは思いますが、よろしければ一生単位でおつきあいください。

2009年3月15日、第一回投稿。
3月16日、誤字その他修正。
4月29日、『2』を更新。前回の末尾で触れた水神祭がらみのイベントは、ちょっと先の『4』に移動することにしました。すみません、って、覚えていらっしゃらない方も多いとは思いますが。
5月3日、一部修正。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。