『キミと見た空』 ... ジャンル:ファンタジー SF
作者:夏原 天良                

     あらすじ・作品紹介
あと三年でこの国は雪に埋もれる。そういわれている名前のない国、一人の少女、ヒナタはその国のはるか北の地ストールフェルの大きな教会で育った。泣き虫で、なんにもできないけれど、彼女はなにかをしたかった。そんな時、彼女はシスター達に捕らえられた少年、ユウヒに出会う。そしてユウヒから教会の外の話をたくさん聞き、すっかり外の世界へのあこがれでいっぱいになってしまい、ユウヒと一緒にこの町から逃げ出そうとする。しかし、シスターたちにみつかり逃亡は困難に……。町を捨て、いろんなものを見て、2人がたどり着いたものとは?

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 1 外の世界へ

 ちろちろ……
 ちろちろ……
 雪が降っている。まるで花びらのように、それは小刻みに左右に揺れながらちろちろと落ちていく。ヒナタは窓から手を出してそれを手で受け止めてみた。
 冷たい。
 そう感じたのは多分一瞬で、まばたきしている間に白い花びらはとけて水になっていた。
 ヒナタは小さくため息をつく。一体いつまでここにいればいいんだろう?と。
 ここは一年中雪のふる国、名前はない。ただ、七つの町があり、北区と南区に分かれている。ヒナタが今住んでいるのは、北の果ての町、ストーンフェルだ。この町に人家はない。昔はきれいな町があって、商人たちもたくさん訪れたらしいが今は大きな教会が一つあるだけだ。
 五十年前、雪が降りはじめてから、人民はすべてかろうじてまだ雪のうすい、南区のほうへ移住してしまった。当然町は廃れ、残ったのは教会とその信仰者、シスター、そしてヒナタのような孤児が残されていった。しかし、心配なのは町の事だけではない。せまりくる、解け始める気配のない雪、それがこの国全体にせまっている最大の危機だった。人の手の届く町のなかはまだいい、人の手によって雪が外にかき出されるから町が雪に埋もれることはない。
 しかし、人の手の届かない山奥、そこはもう木が一本もない。すべて雪の下に埋もれてしまったためだ。そのため、世の生物は生き残るため大きく姿を変えた。
 より頑丈に、そしてより凶暴に。
 ヒナタはそれを怖く思っていた。死ぬかもしれない、それももちろん怖いが、それよりも自分がなにもしないまま、なにも残せないまま死んで行くのが怖かった。歴史に名前を残すような大それたことがしたいんじゃない、ほんの小さなことでいい、なにか誰かの心に残ることがしたかった。たしかに、ヒナタはよく泣くし、頭が特別いいわけでもないし、武芸ができるというわけじゃない。けれどヒナタは欲しかったのだ、自分が存在したというたしかな証拠が……。
 ヒナタは窓を閉めて鏡をみつめた。そこには十代前半の黒髪の少女が映っていた。年齢よりかなり幼く見える顔や体で、着ているシスター服はぶかぶか、茶色い毛皮のブーツは不釣合いなほどに大きい。
 ニコリ、と笑ってみた。かなり無理のある作り笑いだった。ごまかすように笑おうと思って、涙が出た。やっぱり、嬉しくもないのに、楽しくもないのに無理矢理笑うのは苦しいだけだった。
「……だれか………。」
 かすれた声で、ヒナタが言う。
 別に、誰に向けてというものはない、強いて言うなら自分をここから連れ出してくれるヒーローに言ったのだ。そんなものはいないとわかっていたのだが。
 それでもヒナタは祈り続けた。
 一度も願いをかなえてくれなかった神に

 『誰かあたしをここから連れ出して』

 ヒナタは祈り続けた。

 その明朝、教会にはまぬかれざる客がいた。ヒナタと同じくらいの歳の少年だという。
 広間に連行されたその少年は、ひたすら「腹減った、腹減った。」と司教様に訴えている。ヒナタは最前列でその少年を見ていた。少年は白髪、透きとおるような青い目をしていた。そして一番目だったのは、首に巻いた真っ赤なマフラーだった。少年は足をじたばたと動かし、うらめしそうな目で司教様を睨んでいる。顔を横に振る度に、白い髪の毛が左右に揺れて輝いた。ヒナタは思わず、
「きれい……。」
とつぶやいてしまったのだ。
 それが、そのたった一言がヒナタの運命をかえることになるとは知らずに。
 その声を聞いて、司教様がヒナタのほうを向いた。いつもとかわらない硬い無表情がそこにはあった。
「ヒナタ、この者が害のあるものかないものか判断がつくまで、この者の世話はあなたがしなさい。」
「え?」
 ヒナタは聞き返した。ヒナタはあまり初対面の人と話すのが得意ではない。知らない人の面倒を見ろといわれてもそんなのまともに顔を上げていられないくらいだ。
そんなヒナタの気持ちを読み取ったのか、司教様が付け足す。
「なにも会話をしろと言っているわけではありません。食事を運ぶだけでよいのです。やれますね?」
そういわれたら、はいやれます。としか答えられないじゃないか。そう思いながらも、ヒナタは「はい。」と頷いてしまっていた。

 ぴちょん……ぴちょん……
水のはねる音がする。少年が閉じ込められている地下の牢室だ。
薄暗く、かび臭い。
そういえば、何かを失敗したときは必ずここに入れられて、反省させられたなあとヒナタは昔の嫌な思い出を思い返す。
「……おい。」
 少年が口を開いた。びくっとヒナタはびくついて、おそるおそる、振り返る。少年は口から大量のよだれをたらしてヒナタの持ってきた、パンと牛乳を見ていた。
「あ、どうぞ。」
 ヒナタが言うや否や、少年はパンと牛乳を一瞬でたいらげた。
 ぷふう、と可愛らしく息をついて、
「さんきゅー。助かったよ、俺ユウヒっていうんだ。お前は?」
 弾けるような笑顔で少年が自分の名前を名乗る。
 ヒナタは「あっはい。」と頷いてから、
「ヒナタ、です。」
と簡潔に、自分の名前を伝えた。
 ユウヒは「ヒナタ、ヒナタヒナタヒナタヒナタヒナタ……うん、覚えた。」と満足そうに頷いた。
 ユウヒは、ヒナタに色々なことを話した。自分がいままでいろんな所を見てきたこと、ミドリオオカナヘビの舌にはカビが生えているとか、夜の海は発光性のくらげの群れがいてきれいだとか、町にきたのはここが初めてで、来ていきなり捕まるとは思わなかったとか。
 どれも外の世界を知らないヒナタには信じがたい話で、それと同時にヒナタの好奇心をおおいに刺激した。ユウヒの話が本当かたしかめたいのと、本当だったらぜひ見てみたいというのがあった、ミドリオオカナヘビはごめんだけれど。
 それから、3日間ユウヒのおもしろおかしい話をきくのがヒナタの日課になった。司教様も他のシスター様とも生まれたときから一緒にいるけれど仲のいいわけじゃない、けれどユウヒとだけはこんな短期間でも充分仲良くなれた。いつの間にかヒナタにとって一番大事な人はユウヒになっていた。
 ある日、ヒナタは逆に質問してみた。
「ねえ、ユウヒ、なんでユウヒは旅をしているの?」
旅には危険がつきものだというのに、なんでわざわざ旅になんて出たのだろう。
「探して、るんだ……。」
ユウヒが言う。その瞳はきらきらと本に出てくる主人公のように輝いていた。
「かーさんの言ってた、本当の空ってやつを。」
 ユウヒに言わせると、五十年前はまだ空にもいろんな表情があったのだという。氷のような、冷たいふわふわしたものじゃなくて、暖かな太陽や、湿っぽい雨、すごい音をたてる雷、そして夜を照らす月と星……。
 ヒナタにとってはさっきの話より信じがたい話だった。けれどもそれ以上にその話に魅力を感じた。
 そして、自分には彼のような目標や夢がないことに気づいて、悲しくなる。
「……いいなあ。」
「ほぇ?」
ユウヒがヒナタの言葉に首をかしげる。
「だって、あたしはユウヒみたいな目標とか、夢とかないんだもん。あったとしても、ここから出れないし……。」
ヒナタはそういって泣きそうな顔になる。
 ユウヒは「そんなの、やりたいことでいいじゃん。」といった。迷いもためらいもない、確信のこもった声だった。
「え?」
ヒナタは驚いて、ユウヒを見つめる。
「夢っていうのはさ、決めてからやるものじゃなくて、やりたいものがいつの間にか夢になってるんじゃないかって俺っちは思う。」
それから、ヒナタの顔をじっとみつめた。
「ヒナタは今、なにがしたい?」
「あたしは今………?」
ヒナタは一回心のなかでつぶやいた。
 ”ユウヒと一緒に旅がしたい、外の世界を見てみたい。”
 一度心のなかでつぶやくと、それは確信に変わった。あったばかりなのにおかしいかもしれない、けれどヒナタはユウヒが幸せそうに旅の話をするのを聞いて、一緒に行きたいと、ユウヒの夢の結末を見てみたいと思ったのだ。
「あたしは、ユウヒと一緒に行きたい。」
 予想外の返答だったのか、ユウヒがたじろぐ。ヒナタは素直に自分の思いを伝えた。
「お願い、あたしを一緒に連れて行って!」

 その日の夜、十一時。
 地下牢に再び人影が現れる。ヒナタだ。
 ヒナタはきょろきょろとあたりを見渡し、誰もいないことを確認する。幸い、見回りはいないようで、ヒナタはスムーズにユウヒのいる牢までたどりついた。
「ユウヒ、行こう。」
そう言いながら、ヒナタは牢屋の扉を開けた。ぱっとすばやくユウヒが牢屋から出てくる。ヒナタは牢屋の扉をそのままにして、ユウヒを出口のある一階の正門まで案内した。
 そこで、ヒナタは目にしたくない光景が広がっていた。
 正門の前にずらりと、司教様やシスター様が立っていたのだ。
 あきれたように司教様がため息をつく。
「このごろあなたの様子がおかしいので見張っていたら、やっぱり来ましたか。」
「……司教様。」
 ヒナタの背筋に冷たい汗が流れる。司教様は冷たい視線でヒナタを見据えると、
「夜中に徘徊した上、牢に閉じ込めた人間を逃がすなど、教会のものとして死刑ものですよ。」
「なあなあ、しけーってナニ?美味いのか?」
 この緊張感のかけた声はユウヒだ。ヒナタが小声で答える。
「死を持って償わせる刑のことよ。」
 それを聞いて、ユウヒは「なあんだ、食い物じゃないのかあ。」と残念そうにいった。
 この子は自分の置かれている状況がどのようなものなのかわかっているのだろうか。そう、ヒナタが不安に思ったとき、ユウヒが震えるヒナタの手を、強く、そして優しく握った。
「大丈夫、ヒナタはトモダチだ、ぜってー護るから。」
 そう言った、無邪気な横顔はとても頼もしく思えた。
「行くぞ!ヒナタッ。」
 そういうと、ユウヒはヒナタを抱え上げ、シスターの軍勢に突っ込んでいった。捕まえようと身構えるシスター様の顔や、背中を踏みつけて、ぴょんと正門から出る。すると、正門の脇の影から二人のシスターが飛び出してきた。ユウヒは殴りかかってきたシスターをひょいとかわし、首の後ろをかかとで蹴りつけた。一人は失神し、もう一人も、ユウヒが殴りつけて、気絶させた。
「……すごい。」
 強いかどうかは、武芸を知らないヒナタにはわからなかった。けれど、武芸の心得が多少あるシスターを二人ものしてしまったユウヒをすごいと思った。
 教会は崖沿いにあるのでユウヒとヒナタは崖沿いに走った、崖の下は底がみえないくらい真っ暗で、ヒナタはそれを視界にいれないようにユウヒの赤いマフラーを見た。
 しかし、一人のシスターが投げた石がヒナタの足に当たり、足のもつれたヒナタは、雪で足を滑らせ、地上から足を離してしまった。ユウヒとつないでいた手もするりと抜け、ヒナタは甲高い悲鳴と共に、闇に消えた。
「ヒナタァ―――!」
 ユウヒが叫んで、自分から闇に飛び込んでいった。そしてその声も、やがて消えた。


 2 神威

 ヒナタは雪のを絵でめが覚めた。冷たい雪の感触に気づき、あわてて飛び起きる。しかし、残念なことに紺色と白のシスター服はもうびしょぬれだった。
 ふいっくしゅんっと小さなくしゃみを一つして、ヒナタはあたりを見渡した。
 白。
 白、白白白白白白白白……、白しかない世界がそこにあった。
 一面が真っ白に雪で覆われていた、どうやら雪のおかげでぺしゃんこにならずにすんだようだ。しかし、安心することはできない。なぜなら、ここにはなにもないのだから。そう、ここには何もない。木どころか、花も草一本すら生えていない。ストーンフェルの町並み以上に寂しいところだった。
 遠くに大きなシルエットが見える、遠すぎて何のシルエットかはわからない、町か、腐敗した古い建物か、それともただの雪の山なのか。
 ヒナタは遠くのシルエットから、自分の近くの雪に目を向けた。
 今日は雪が薄いせいか、雪は降っていない、かわりに青白い光が雪を不気味に照らす。
 ヒナタは一人でいるのが怖くなって、ユウヒの姿を探した。木はない、草はない、あるのは大量の雪と、ストーンフェルに通じる石の壁のみ、当然ユウヒの姿はない。
 もしかして、見捨てられた?などという不吉な考えが脳裏をよぎる。だってあんな崖から落ちたら助からないって誰だって思うじゃない。たとえそれが”死刑”という単語を知らないユウヒだとしても、だ。そう思っているとじわじわと涙が浮かんでくる。ヒナタは涙と不吉な考えを振り払うように首を振る。自分をトモダチと称したユウヒが自分を見捨てるはずがない、今もきっとどこかであたしを探してるんだ……探してくれてるといいなあ。と。
 そんなヒナタの願いはかなったのか、ヒナタの目の前の雪が盛り上がり始めた。モコモコとそれは盛り上がってヒナタと同じくらいの身長になる。
「ゆ、ユウヒ?」
 ヒナタがつぶやく。
 しかし、雪の塊はぐんぐんと大きくなり、身長はユウヒの3倍近く、横幅はユウヒの2倍にもなった。あきらかにユウヒとは、人間とは別の生き物だとわかった。
 ボコッとてっぺんの雪がわずかにくずれ、たまごの黄身のような色の大きな目が、ぎょろりとヒナタをみた。
「あ………あ………。」
 逃げなきゃ、そう思うのだが、体はまるで自分のではないように思えるくらい動かない。どこにいるのかわからない助けを呼ぶ声さえ、のどの奥につまってでてこない。まるで体が精巧な銅像になってしまったかのような感覚。
 そのとき、ボロボロと雪が完全にくずれ、その生き物の全体があきらかになった。
 深緑色の大きなウロコ、それもヒナタの顔くらいの面積のあるウロコだ。頭から背中にかけては黒の絵の具に赤い絵の具をたらして軽く混ぜたようなマーブルもようのトサカ……昔はトカゲだった生き物、そして生態系の変化により巨大化、凶暴化した、ミドリオオカナヘビだ。
 ミドリオオカナヘビはずらりと並んだうすい黄色の歯の間から、赤い舌をべろんと出した。地面につきそうなくらい長かった。そして、ユウヒの言ってたとおり、その舌にはカビのような斑点がいたる所についていた。
 ハッハッとアンモニアのつんと鼻につく匂いの荒い息を吐きながら、カナヘビは舌なめずりした。「さあ、今日はごちそうだ。」
 じりじりとカナヘビはヒナタに近づいていく、黄色い目は「逃がさないぞ。」とばかりにヒナタをしっかりとにらみすえていた。
 そして、カナヘビがヒナタにとびかかった。そのとき、すさまじい轟音と共に青白い閃光がはしった。それは一直線にカナヘビのこめかみにあたる。カナヘビはぐらりと大きくゆれてたおれる。点々と雪のうえに赤が散った。
 ヒナタは壊れたカラクリ人形のように、閃光の飛んできた方向を向いた。
 そこには、赤と黒の派手なバギーと、ライフルを右手に持ち、腰に細身のハンドパースエイダー(拳銃)を吊った、金髪の少年がたっていた。
「まったく……こんな時期にカナヘビの群生地に入るなんて………。」
 少年が口を開く。アルト調の響きのいい声だった。少年は短い金髪を揺らしながらヒナタに近づく。ヒナタは恐怖と涙でかすんでいる目で少年を見た。
 金髪、そして鮮血のごとき紅い瞳、歳は10代中間くらいだろうか。身長は年齢より少し小さい、顔は年齢よりだいぶ押さなくみえる、きっと顔だけだったらヒナタと同い年くらいに見えるだろう。服装は黒いトレーナーにカーキ色のジャンパーをはおり、黒い毛皮のブーツを履いていた。
 少年は「まったく……。」とか、「信じられない。」などとヒナタに対する文句のようなものをつぶやきながら、ヒナタを優しく立たせる。
「大丈夫ですかー?シスターさん。」
シスターと呼ぶ割には彼の声に神に対する信仰は微塵もない。どちらかというとシスターを馬鹿にするような口調だった。
 ヒナタは「大丈夫です。」そう答えようと思ったら、極度の恐怖を味わったせいか、かすれた酷い声しかでなかった。
 少年はポカンとヒナタを見て、あははっと笑いだした。
「神に祈ってよかったかい?」
 少年の言い方があまりにも馬鹿にしているようだったので、ヒナタはムッとして
「神になんて祈ったことありもせんから。」
と、答えた。今度はちゃんとした声がでた。少年はそんなヒナタの口調を無視して、
「こんなところにいたら危ないよ、お嬢さん。ミドリオオカナヘビの群生地なんだから。」
「あの生き物がミドリオオカナヘビなんですか?」
 ヒナタの言葉に少年は吹き出した。「ミドリオオカナヘビを知らなかったなんて、教会の人間ってみんなそうなの?」といいながら。しかし、その笑い声は今にも泣きそうなヒナタの「笑わないでよう……。」という声でシャットダウンされた。だが、気づいたときにはもう遅い、うっうっとヒナタは泣き始める。少年はあわてて
「ああっ、ごめんごめん、もう笑わないから。泣かないでくれる?」
とヒナタをなぐさめにかかる。
 そして、15分の努力のすえに、やっと泣き止んでくれたヒナタに、
「俺、カムイっていうんだけどさあ、君は?その服、ストーンフェルの教会のだろ?」 
「あ、あたしはヒナタです。ストーンフェルのシスターでした。」
ヒナタの言葉にカムイは眉を寄せた。
「でした?過去形だね。」
 ヒナタは、なんのためらいもなく今までにあったことを話した。ユウヒのこと、教会であったこと、なんで自分がここにいるのか、カムイはそれをいやに真剣に聞いていた。特にカムイが興味を示したのは教会のことだった。話の途中でいくつかの質問をしたり、何度もうなずきながら聞いていた。そしてすべて話し終えたとき、カムイはヒナタに言った。
「そのユウヒって奴もなかなかおもしろいけど、ヒナタもかなりおもしろいな。」
「え?」
ヒナタがカムイの言葉に首をかしげる。
「だってフツー、助けてもらったとはいえ、初対面の人間にそこまで自分のことくわしく話さないだろ?少しは警戒しようよ。」
カムイの言葉に「……でも……。」とヒナタは頷けない。しかしカムイはなおも続ける。
「人間はね、正直なやつなんていないんだよ。あるのはその度合いが大きいか小さいかの違いだけなんだよ。しかも、本当にずるがしこい奴は巧みにいい奴のふりをして、相手を信用させて、安心させて、いいように利用するそしていらなくなったら捨てるんだ。もしかしたら、俺もそっち側の人間かもしれないだろ?君はずいぶんユウヒを信用しているみたいだけどそいつも君を利用して、教会から逃げ出すためだけにありもしない目標や夢の話をしただけかもしれないだろ?簡単に人間っていう生き物を信用しちゃだめだよ。」
カムイが長々といってもヒナタはうんとは言うことができない。
「でも……カムイ助けてくれたし、」
それに、とヒナタは続けて、
「疑うだけじゃ、つらいでしょ?」
そのとき、カムイの表情が悲しそうに歪んだように見えた。悲しくて、寂しくて、痛々しいけれどどこか優しい目でカムイはヒナタをみつめた。
 ヒナタはユウヒのあの純粋さを、あるかもわからない空の表情を信じて生きている、あの無垢な生き方をカムイに伝えたかった。けれどカムイの表情を見ると、それを言うことはできなかった。それほどまでにカムイは悲しそうな顔をしていた。それは、実際に裏切られたことのある、そんな顔。
 だから、ヒナタはかわりにこういった。
「それに、カムイの言ったような人間ばかりだとしても、カムイは違うでしょ?」
「…………。」
 カムイは答えない。ヒナタはさらに何か言おうと口を開いた。
 そのとき、さっきまでたおれていたはずのミドリオオカナヘビが起き上がって、怒りのうなり声をあげた。
 即座にカムイはライフルをかまえ、撃った。反動でカムイの体も少し後退する、しかし、カナヘビはたおれなかった。鋼よりもかたい緑色のウロコに守られて、平然とヒナタとカムイを見ていた。さっきたおれたのはきっと不意打ちだったからであろう、撃たれたところから血はでているが、奴が止まる様子は微塵もない。軽く地響きを起こしながら、のっしのっしとヒナタとカムイにせまりくる。
 カムイはカナヘビから視線をはずさないようにしながら、小声でヒナタに「バギーに乗っててくれる?」と指示した。バギーはすぐ後ろに止めてあったため、ヒナタは簡単に黒と赤の派手なバギーの助手席に乗り込んだ。カムイはヒナタがバギーに乗ったのを音で確認すると、バギーの後部座席、荷台になっている部分から黒い筒状のものをライフルと入れ替えに取り出した。その黒い筒につながった赤いチューブをカナヘビの足元の雪に向けて、スイッチをいれた。ゴ――――という音と共に赤いチューブの先端からさらに真っ赤な炎が噴射された。炎は雪に触れ、周りの水蒸気を凝結させ、小範囲の霧を巻き起こした。白いもやがカナヘビをつつむ。
 カナヘビが驚きと怒りの入り混じった声でうなったのをヒナタは聞いた。せっかく追い詰めた獲物をしとめられない悔しさと、空腹が満たされないことへの悲しみ。
 バギーに乗り込みながら、カムイはヒナタに言った。
「同情なんてするなよ。奴の腹が満たされるということは、俺らが死ぬってことなんだから。」
 そして、バギーを発進させた。

 バギーを発進させて数時間が経過した。うすい雲は淡い桃色に変化し始めている。
「あ、あの。」
 揺れるバギーの上、ヒナタがカムイに話かける。「なにー?運転中。」とカムイは軽く返事をする。
「たすけてくれてどうもありがとうー。」
エンジン音に負けないようにヒナタが精一杯の大きな声で言う。カムイは視線をそらさずに「おー。」と生返事を返すが、その返事はエンジン音にかき消されて消えた。
さらにヒナタはカムイに聞いた。
「これから何処にいくんですかー?」
今度はカムイも大きい声で答えた。
「町だ。」
「まちー?」
風で舞い上がる髪の毛を押さえつけながら、ヒナタが聞き返す。カムイが「ああー。」と頷いてから、
「光の都、サナだ。」
ガタンと大きく、車体が揺れた。

 ガタガタと車体が揺れる。
 真っ暗な周りの景色はあまりにも味気ない。目の前に迫った町の光はあまりにも小さく、それはその町がまだ遠くにあることを物語っている。
 ヒナタはもう眠ってしまっていて、バギーからは声もない。カムイ一人でべらべらしゃべっていても気味が悪いが。
 カムイは隣で眠っているヒナタを見てため息をついた。
 助けるつもりはなかった。
 そもそも、カムイには人を助けてる余裕なんてないのだ。仕事の内容もあるが、カムイの最終的な目的として、他人とかかわるのはあまり気乗りしなかった。
 なのに、いま彼女は自分の隣にいる。
 抗う力を持たず、死の光が迫り来ていた彼女が今ここにいる理由は、カムイが助けたから。だって力を持たない彼女がミドリオオカナヘビを倒し、カムイを脅しつけてバギーを運転させてる……なんて変な話でしょう?
 カムイはヒナタに昔の自分と似たようなものを感じたのだ。誰かに守られていなくちゃ確実にどこかで死んでしまう、まあカムイはあそこまで無警戒じゃなかったし、守ってくれる人もいた、だからカムイは今、じゃあヒナタにも守ってくれる人がいてもいいんじゃないか?どうせユウヒって奴が見つかるまでのことだし、などと開き直ってしまっている。それに彼女がいかに無警戒でも、自分が完全に信用することはないし、いざとなったらそこらへんの町に捨ててくればいい。
 だってこの世に完全に綺麗な人間なんて存在しないのだから。
 あいつがそうだったように、汚れのない人間なんていないのだから。
「そうだよね?……カナタ。」
 星も月もない真っ暗な空を見上げて、カムイがつぶやく。
 よそ見をしたせいか、車体が大きく揺れた。カムイは我に返り慌ててヒナタを見る。幸いヒナタはまだねむっていて、カムイはホッと安堵のため息をついた。
 彼は今、いざとなったら捨てる対象になっているものを心配してしまったことに気づいていない。

 3 再会

 次の日の早朝、バギーはやっとサナに着いた。
「や、やっとついた〜。」
 目のしたにうっすらとクマのできた顔で、カムイは喜びを表現する。しかし、一晩中運転していたせいか、その声には元気がない。
 疲れ果てて、カムイはハンドルの真ん中にもたれかかった。その瞬間にプァ―――――――!!とすさまじいクラクションの音が響いて、カムイは耳を押さえながら起き上がる。
「ん………、うう。」
 今の大きい音でヒナタも目を覚ました。一晩中ぐっすり寝たおかげか、ヒナタの顔はカムイの5倍は元気そうだ。
「おはようございます、司教さまー。」
の割には寝すぎて寝ぼけていたが。
 カムイを見て、「はひっ?!カムイ、目が死んだ魚のようになってるよ!」と驚く。その声が大きすぎて、(しかも耳元でさけばれて)頭に響いたのか再びカムイは耳をふさいだ。
「おはよう、ヒナタ。良く眠れた?」
「え、あ、うん。カムイは……言わなくてもわかるよ。」
 そして「ごめんなさい。」と小さくなる。その様子を見て、カムイは苦笑いを返した。つらいのをごまかすためじゃなく、本当に笑おうと思ったんだけど頬がこわばって上手く笑うことができなかったのだ。
 カムイは一回だけ深呼吸をすると、ライフルとハンドパースエイダーを装備して荷物を持った。
「よし、行くか。」
「え?カムイ寝なくて平気なの?」
 ヒナタの言葉にあははっとカムイは笑う。今度は自然な笑い方だった。
「目の前に町があるのに、入らない馬鹿が何処にいる。」
「そ、そうかなあ?」
 しかし、ヒナタはストーンフェルという町しか知らないので、カムイの言葉が正しいのか正しくないのかわからない。なので、カムイにひかれるまま町の中へと入っていった。そして、歩きながら思う、
〔この人、さっきの深呼吸だけで元気になっちゃったのかなあ。〕と。

「うわー。ストーンフェルとは全然違うやー。」
 ヒナタが感嘆の声をあげる。
 サナの町並みはストーンフェルとは全く違い、侵入者捕獲用のブービートラップもなければ、死体だらけの寂れた町並みでもなかった。
 赤レンガの地面は人のてによって雪がかき出され、オレンジ色の光を放つ街灯が、暗いとはいえ朝からついている。家も道と同じ赤レンガで出来た家だった。人が買い物かごをさげて、楽しそうに道を歩いている。一人の婦人がヒナタ達を見つけて歩み寄ってきた。
「ちょっと、そこの人、もしかして旅人さん?」
 色あせた桃色のワンピースを着た、えくぼの可愛らしい女性だった。カムイが「ああ、そうだけど?」と答えると嬉しそうなに笑って
「あなたたちは運がいいわー、今日は祭りの日なのよー。夜になったら広場の“光の塔”へいらっしゃい。きっと素敵なものがみれるから。」
「すてきなものってー?」
 ヒナタが聞くと婦人は「ひ・み・つ。」と言ってウインクした。あまり可愛くなかった。
 そして、ヒナタ達から離れるときに、振り返りながら言った。
「あなたに永遠の光が降り注ぎますように。」
 ヒナタが首をかしげる中、カムイが紳士的にお辞儀をしながら
「あなたの願いを叶える光の道標をここに。」
と言った。
 婦人の姿が遠くなった頃に顔を上げたカムイにヒナタが聞いた。
「なあに?それ、あいさつ?」
 カムイは「そうだよ。」と頷いた。
「町ごとに言葉と作法があって、サナはあいてが振り向き様に言った時はさっきみたいにお辞儀をして返さなくちゃいけないんだ。」
「あいてが言葉だけだったときは?」
 さらに追求してくるヒナタに、カムイは微笑みながら
「そのときは言葉だけでいいのさ。作法があるといっても所詮はあいさつ、いちいちお辞儀なんかしてたら肩凝っちゃうでしょ?」
と答えた。
 カムイの口調にヒナタは思わずフフッと笑いを漏らす。しかしカムイは深刻な表情で「ただし、」と付け足した。そして続ける。
「所詮あいさつと言ってもあなどるなかれ、お辞儀はともかく最低限言葉は返さないと、“礼儀知らず”っていう罪に問われて一番小さい罪でも半年はブタ箱行きになるからな、気をつけろよ。」
「ブタ箱ってどんな所?」
 初めて聞く単語にヒナタが疑問符を飛ばす。周りの視線を気にしない、自然で空気を読まない疑問符だ。カムイはその質問に、ため息をつきながら
「罪人を収容する牢獄さ。あそこの息苦しさっていったらもうこの世のものじゃないね、湿っぽいし、かび臭いし、あれで無期懲役なんかくらってたらもう人生の棺桶になるよあそこが。しかも、同室の奴がホモやろうでさあ、何度身の凍るような思いをしたか………はっ。」
 今ごろ気づいたってもう遅い、ヒナタが純粋な表情で
「カムイってブタ箱に入ったことあるんだ!」
 カムイは急に『純粋少女のバカヤロー!』と叫びたくなった。
 だってほら、こんなにも周りの視線が痛い。
 カムイは「ホモってなあに?」と聞いてくるヒナタの手を引いて、逃げるようにその場から離れた。ヒナタは悪くありません、悪いのは調子の良すぎるこの口です。と自分に言い聞かせながら。
 周りの痛い視線に耐えてしばらく歩いていると、みずみずしい野菜や果物を売っている店の前に来た。周りの視線ももうほどんど別の人のものになっている。店の親父が
「よお、お兄さん、あなたに永遠の光が降り注ぎますように、何か買っていくかい?安くするよ。」
 カムイが柔らかな笑顔で
「あなたの願いを叶える道標をここに、乾燥果物、置いてる?」
 カムイが店の親父と話している間、ヒナタはある一点を見つめていた。それは、この町の赤レンガよりも赤い、丸くて、 ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさの何かの実。表面はとてもつややかで、ピカピカと店の蛍光灯の白い光を反射している。おいしそうな上に、見たこともないものを前に、ヒナタの視線はそこに集中した。
「お嬢ちゃん、それは“リンゴ”っていうんだ。」
 店の親父がヒナタに言う。ヒナタはリンゴから視線を外さずに「リンゴ……。」と一回だけつぶやいた。
 その様子を見てカムイが「欲しい?」と聞いた。その声でぽぅっとリンゴを見つめていたヒナタが我に返り、真っ赤になってぶんぶんと首を振った。何かを人にねだる、それもまだ会って間もない男の子に、だ、それは社会常識のとぼしいヒナタでも恥ずかしいと思った。
 ふう、とカムイはため息をついた。そして「おっちゃん、リンゴ二つ。」と言った。銅貨二枚をリンゴと交換に親父に渡す。そして、リンゴをヒナタに渡しながら
「ったく、十にも満たないガキが遠慮なんかすんじゃねえよ。ものを奢ってもらえるのは、子供と女の特権なんだぜ?」
 ヒナタは二つのリンゴを受け取りながら、
「カムイ、あたし、今年で十四……。」
 ヒナタの言葉に親父は危うく、ラキの実を取り落としそうになる。カムイはヒナタが嘘をつかないということを知っていながらも
「ヒナタ、そういう嘘はついちゃいけない。この世で一番信じられない言葉だ。お前が俺とたった二つ違いだなんて、この親父が俺と同い年っていう嘘と同じくらい信じられない。」
 「ひでえ言われようだなオイ。」とカムイの後ろで親父が言う。
 ヒナタはカムイの顔を見上げた。その顔はいつでも泣ける状態で、目はうるうる、下唇を軽く噛んでいて、カムイをひるませるには充分すぎるアイテムだった。
「や、でも、よく見るとそうでもないかなー……。」
 慌ててフォローするがもう間に合わない、
「カムイ、ひどいぃ―――!」
 ヒナタは泣き始めてしまった。

 ヒナタを泣き止ますのに十五分、けれどさらに「本当に十三歳?」と確認したためヒナタが再び泣き出し、なだめるのに約二十分を要した。
 ようやくヒナタが完全に泣き止む頃にはカムイはもう、知っている言葉の大半を使い果たしていた。おまけに夜通し運転の疲れが再発したのか、疲れきったような、燃え尽きたような、そんな表情をしていた。カムイは、なんで女の子一人を泣き止ますのにこんなに疲れなくちゃいけないんだ?と心の中で悪態をつく。
「身から出たサビだな、兄ちゃん。」
 がははっと親父が笑った。白いちょび髭からかすかにフケが散った。
「みからでたさびー?」
 ヒナタが首をかしげる。いつものカムイなら優しく説明してあげるのだが、今回はちょっと違う、疲れてしまってもう声もでない。カムイは疲れきって帰ってきた母親のような笑顔をヒナタに向けると
「宿……探そうか。」
そういって、ヒナタの手をつかんだ。
 「まいどありー!」と後ろの方で無駄に元気のある親父の声が響く、ヒナタは元気な人だったねえとカムイに微笑む。カムイは「その元気を少しは分けてほしいなあ。」とヒナタに向けてか、店の親父に向けてかはわからないが、独り言のようにつぶやいた。
 そこへ、カムイの疲れも吹き飛ばす大きな叫び声が聞こえてきた。
「“礼儀知らず”だ!誰か捕まえてくれ!!」
 野太い、男性の声、そして
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃっにゃー!」
 猫、ではなく小さな白髪に赤マフラーの男の子、ユウヒだ
「ユウヒ!!」
 ヒナタがユウヒに気づいて叫ぶ。カムイが「どれ?」とヒナタの見つめる方向を見た。話に聞いていたとおりのお馬鹿そうな少年がそこにいた。というか、目の前を通過していった。
「……あ、あのこ?」
「う、うん。」
 カムイの確認に、ヒナタが頷いたとき、「ふぎゃあぁ!?」というユウヒの声と共に、「捕まえたぞー。」というさっきの男性とは別の声が聞こえた。慌てて二人がかけつけると、男性に取り押さえられじたばたしているユウヒと、スキンヘッドの男性がいた。
「離せよー!ヒナタを探すんだー!」
 そうユウヒがわめき散らしながら、男性の手から逃れようともがく。
「ヒナタぁ、ヒナター!」
 そう叫ぶユウヒの声には、絶望と後悔が滲み出ていた。
 探しても探しても見つからないヒナタが、本当は死んでいるんじゃないかという、絶望。
 あの時、もっと強く握っていれば離れなかったであろう、ヒナタの手を離してしまったことへの後悔。
 その悲痛な叫びを聞いて、ヒナタはなんだか嬉しくなってしまった。こんなときに嬉しいというのもおかしいかもしれないが、ユウヒが自分をいままで探していてくれたというのがどうしようもなく嬉しかったのだ。そして、嬉しくて、苦しくて、嬉しくて、涙がでた。
「う、うえっ……ゆうっ、ユウヒぃっ。」
 ユウヒの名前と共に、静かな嗚咽がこぼれ落ちる。
 ユウヒがその声を聞いて振り向いた。
 その動作はスローモーションのようにゆっくりで、もどかしくなってしまうくらいその一瞬を長く、とても長く感じた。
「ひな、ヒナタ……?」
 ユウヒがヒナタの名前を呼んだ。
 ヒナタの目から、大粒の涙が溢れ出る。カムイが「いつもそれくらい静かに泣いてくれたらなあ……。」とヒナタにも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。そしてヒナタの背中をポンと押す。
 ヒナタは震える足で歩き出す。危なっかしくて見ていられないほどヨタヨタと、フラフラとユウヒに近づいていく。ユウヒを抑えていたスキンヘッドの男はカムイの視線に気づいて、ゆっくりとユウヒから離れた。だってそうしないといけないような空気だったんだもん。身軽になったユウヒの行動は素早かった。パッとヒナタを抱きしめる。「良かった、良かった……。」としきりにつぶやいていた。
 野次馬に誘われて出てきた、さっきの店の親父がその様子を見て、「そうか、兄ちゃんふられちまったか。」とでもいわんばかりにカムイの肩をポンと叩く。「あほか。違ーし。」とカムイが全く表情を変えずに言った。そして「ヒナター?ボーイフレンド君は見つかりましたかー?」とヒナタに呼びかける。
「誰?」
 ユウヒが率直な質問を投げかける。ヒナタが
「あ、あのねあのね、この人はカムイっていって、あたしを助けてくれたいい人だよっ。」
と説明する。
 その言葉を聴いてユウヒの目から緊張が解けた。カムイの目の前に来て、その青い瞳で、対照的な赤い瞳を見つめる。それからにこっと笑うと、がしっとカムイの両手をにぎった。
「俺っち、ユウヒ!よろしくな、カムイ!!」
「うお、お、おう。」
 いきなりのあいさつに、年上であるはずのカムイの方がとぎまぎしてしまう。ユウヒという人間は慇懃無礼のようだが、その行動はすべてが無邪気で、悪意を全く感じさせない。つくづく、ユウヒは相手を感動させるか、驚かすことしかないと感じさせられてしまう。
 一拍おいて、冷静さを取り戻したカムイはヒナタに昨日したような質問と同じような質問をしてみた。
「もうちょっと慎重になったら?」
 ユウヒは「ううん。その必要はないよ。」と首を振る。
「だって、トモダチのトモダチはトモダチ、だろ?」
 にかっと満面の笑みを浮かべる。人々はその笑顔に見たことのない太陽を連想していた。
 ふう、とカムイはため息をつきながら思った。類は友を呼ぶってどういう意味だっけ?
「じゃ、俺はこれで……。」
 カムイが背中を向ける。ヒナタが「え?」と首をかしげる。ユウヒもヒナタのまねをして首をかしげる。カムイは振り返らずに
「だって、ヒナタも無事に彼氏のもとに送り届けたし、俺とお前らが一緒に行動する理由はどこにもないだろう?」
「う……。」
 しぶしぶ頷きながらも、ヒナタはどこか納得していない顔だ。ヒナタ自身、まだカムイと別れたくないというのもあるのかもしれない。カムイが歩き出そうとしたとき、ピ―――――――!!と高い音のする警笛の音が響いた。藍色の制服をきた警官が走ってやってくる。「あの白い髪の子です。」とうすい青のエプロンをした若い女性がユウヒを指差す。どうやらユウヒを“礼儀知らず”と言ったのはこの女性らしい。
「そこの子供、君を国内礼儀条例違反で拘束する。」
 国内礼儀条例とはカムイがヒナタに教えた国ごとのあいさつの交わし方のことだ。
 警官の言葉にユウヒが「えー。」といかにも嫌そうな顔をする。警官が「旅人でも容赦しないぞ。」と言ってユウヒを捕まえようとする。ヒナタが「駄目っ。」と叫ぶが、警官が止まることは当然ない。そこで、ヒナタはカムイに向かって
「助けて、お兄ちゃん!」
再び歩き出そうとしていた足がぴたりと止まる。その様子をみてユウヒも精一杯悲痛な声で
「兄貴ぃ!」
と叫んだ。その言葉を聞いて、警官が
「この少年の兄弟か?それなら、国家罰則投与法に基づき君を拘束するが?」
 国家罰則投与法とは、罪人に与える罰の基準のことで、それによれば第五十六章で“子の不埒は親の不埒、また兄弟関係でもどうようである”とある。ようするに罪人がまだ子供である場合、親、または兄、姉がいればそちらが罰をかわりに受けるという制度だ。
 カムイが「違います。」ときっぱり言いながらふりかえった。
「俺ら三人は血はおろか、肉親関係でもつながってはいませんよ。だいたい、全然似てないでしょうが。」
 カムイは声には出さなかったが心の中で「それにもうお別れだしね。」とつぶやいていた。
「お兄ちゃん!」「兄貴!」
ヒナタとユウヒがさらに大きい声で叫ぶ。カムイはイライラしながら
「あのね、何が目的かしらないけど、無理矢理俺を巻き込もうとするのやめてくれる?無邪気だったら何もかも許されると思うなよ。」
 イライラしているカムイとは反対にヒナタはうるうるしていた。
「だって、だって、あたしまだカムイと一緒にいたいもんっ。三人で、一緒にいたいんだもんっ。」
 これほど身勝手な話はない。けれどカムイはとても怒鳴り返す気にはなれなかった。なぜなら彼女は自分といたいと言った。それは自分を少なからずとも必要としているからだ。自分を好いてくれる人間に怒鳴る気にはなれなかったのだ。
「カムイっ、ヒナタを泣かせたらゆるさないぞ!」
 キッとユウヒもにらみつけてくる。カムイはもう疲れ果てて、はあぁっとおおげさなため息をついた。ヒナタの頭をなでながら「わかったよ。」とつぶやいた。ヒナタの顔がぱあっと明るくなる。ユウヒがぐっと親指を上にたてる。
「泣き落とし作戦、成功。」
「お前、本当無邪気にそれをやるからたち悪いよね。」
 カムイが気を取り直してあたりを見渡す。いつの間にか増えている警官たちはおよそ十人くらい。「で、どうするんですか?大将。」とヒナタにカムイが聞いた。ヒナタは「え?えとえと……。」ともじもじし始める。ユウヒがは――いっ、とばかりに手を上げる。そしてこれも無邪気にこういうのだ。
「強行突破。」
「了解。」
 もうなれたとばかりに、カムイは笑って頷いた。腰のハンドパースエイダーを引き抜いた。カチッと音がして安全装置がはずれる。カムイはくるくるとそれを回して
「まだ一緒にいてもいいけど、俺にも仕事があるからさ、邪魔したら捨ててくぜ?」
 冗談のように聞こえるがきっと本気だろう、そう思ってユウヒとヒナタはこくりと頷いた。
「行こう!」
 ユウヒのその声を合図に三人は走り出した。

「隊長!奴ら、西口からいったん外へ出て、バギーに乗り換えました!」
 ニキビ面の若い警官が、隊長のエドワードに言う。エドワードはモトラドの使用と発砲の許可を隊長権限でだすと、うなりながら怒ったような色の空を見上げた。
 なんて、奴らだろう……。たった三人で腕利きの警官十人以上もの包囲をすり抜けるなんて。
 彼らは動きがもう素人のものじゃない。長年警官隊長を勤めているエドワードもこんな末恐ろしい子供を見たのは初めてだ。白い子供はすばっしこくて、小さい割にはポイポイと大人を投げていくし、金髪の少年はライフルを左手に、ハンドパースエイダーを右手に戦う、射撃の腕はきっとユータウォーロの軍人たちにも勝るほどだろう、一見ひ弱そうなあの娘もけっこうあなどれない。あの年頃の娘が他の二人の速さについていけることがそもそもおかしいのだ。しかし、彼女に戦闘能力は備わっていないらしく、瞳に涙を浮かべながら走っているだけらしい。
 相手の能力を分析しながら、エドワードは葉巻に火をつけた。ふわりと白い煙と共に、鼻に残る葉巻独特の匂いが宙を舞う。エドワードは眉をよせた。
 いままでたかが犯罪ランクEの“礼儀知らず”にここまでてこずらされたことがあっただろうか?
「ないな。」
 そう言いながらエドワードはなつかしい自分の功績を思い出す。初めは学生時代、偶然見つけた下着ドロボーを捕まえたら、それは当時現役警官だった自身の親父だった。その後もなぜか不幸は続き、翌年の春、とはいっても雪が降る春なのだが、アルバイトさきで万引きをしていた女性を注意したら、生き別れの妹だった。そんな経験を何度か重ねるうち、エドワードは「自分はこんな風になるものか」と思い始め、警官になった。面接のとき、
「自分は犯罪者が家族だろうと迷わず捕まえられる人間です。」
 そう言いきってしまえるほどの情熱だった。
 よくよく考えてみたら、一番最初に捕まえた犯罪者が実の親父で警官だったのだが、もう後の祭りだ。
「隊長、申し訳ありません、見失ってしまいました。」
 ニキビ面の警官が言う。エドワードは荒々しく煙を吐きながら、「撤退だ。」そう静かに告げた。
 たかが“礼儀知らず”ごときに逃げられてしまうとは、俺もおちたものだ。
 エドワードはフッと自嘲ぎみに笑った。この調書を本部に提出したら、ついでに辞表も出してしまおうか、と。
 エドワード・スコットリァー、現在七十六歳。この国一番の長寿警官である。その手には、周囲の人間の協力によって作られた、三人の似顔絵と特徴、そしてどんな人間かを記載した調書がにぎられていた。

 逃亡中の“礼儀知らず”について
 白髪の子供
 ・ユウヒとよばれていた
 ・赤いマフラーをしている
 ・やたらと強い
 黒髪の女の子
 ・ストーンフェルのシスター服を着ている
 ・ヒナタとよばれている
 金髪の少年
 ・紅い目をしている
 ・カムイとよばれている
 ・ライフルとパースエイダーを所持
こんな子供をみつけたら、サナ警視庁本部までご連絡下さい。
                    ****−**−****

 4 鯨のバルブーヌ

 ガタンとバギーは揺れる。赤と黒のド派手なバギー、運転席にはもちろんカムイ、隣には後ろのほうを気にしてなんども 振り返っているヒナタ、そして後部座席には荷物と一緒に「風気持ちいいー。」と言っているユウヒが乗っている。
「撒いたか?」
 カムイが二人に聞く。ユウヒはあまり気にしていないのかカムイの質問には答えない。かわりにヒナタが
「うん、もう追ってきてないよ。」
 と答えた。
 その言葉を聞いてバギーは少しスピードをおとした。「えー、もっと早くー。」とユウヒが残念そうな声をあげる。カムイは「ばかいうな、これ以上あんなスピードで走ったらエンジンパンクする。」とたしなめる言う。
 そして言ってから、大きくため息をついた。
「……ついに俺も指名手配か……。」
 言ってから、さらに大きくため息をついた。
 ユウヒが何でカムイ元気ないんだ?と聞いてくる。半分はユウヒに原因があるのだが、本人に全く罪の意識はない。そのせいでカムイの疲れは二倍になる。
 カムイがハンドルにつっぷしそうになったとき、ヒナタが「あ!」と声をあげた。
「カムイ!なんか建物がある!」
 ヒナタの指差す方向には灰色のコンクリートでできた建物があった。人はすんでいないような、そんな暗いふいんきをかもし出している。しかし、そのわりにはあまり雪がつもっていなくて、腐敗したコンクリートがむき出しになっている。
「……学校?」
 カムイが言った。「がっこーって何?」とユウヒが聞く。答えるのがめんどくさいカムイは、聞こえないフリをした。
「今日はあそこで野宿かな。」
 ふう、と短いため息をついた。

「ねえ、マキ、誰か入ってくるよ。」
 ここは古びた校舎の中、赤いソファの上、窓ごしにヒナタ達を見つめる影があった。ヒナタと同じ黒髪を二つにまとめている。身長はヒナタよりも小さい、十にもならない年齢だろう。
「ミーアに知らせよう。金髪の人はライフルしょってるみたいだし、僕らだけじゃ危険だ。」
 マキと呼ばれた少年が女の子に言う。黒髪を短く刈り上げて、こめかみに稲妻の剃り込みをいれている。そのきつくつりあがった瞳は十代の子供とは思えないほど憎しみにあふれていた。
「行こう、ミキ、皆を守らなきゃ。」
 マキは女の子の名前を呼ぶと部屋を出て行った。

「うっひゃーボロー。」
 ユウヒがおもわず声をあげた。たしかに、とヒナタも頷く。遠くからみているとちょっと欠けているくらいのものだったのだが、近くへ来るととても酷い、ほとんど建物の原型をとどめていない。学校の校舎とわかったのが不思議なくらいだ。
「文句言うな。雪空の上で野宿よりマシだろう。」
 カムイはバギーを屋根の下に隠しながらいった。ヒナタが
「人は……いないみたいだけど、なんで雪に埋もれてないんだろ?」
 自然に思ったことを口にする。カムイは「さあな。」と言ってユウヒと一緒にさっさと中へ入っていってしまった。ヒナタが「待ってよー。」と追いかける。
 そして三人は暗い校舎の中に吸い込まれていった。
「真っ暗だねー。」
 ヒナタがピタリとユウヒに寄り添いながら言う。あたりは本当に真っ暗だ。かすかにぴちょんぴちょんと水滴の落ちる音がする。水道管が緩んでいるのだろうか?
 カムイがランプをつけた。ホアンと暖かい光がランプの周りにだけ広がる。
「カムイー、俺っちお腹すいたー。」
 ユウヒがうえ〜んと泣いたフリをする。カムイは頷いて「俺も早いとこ寝たい。」とつぶやいた。
 冷たく寒い廊下を進んで行くと、広い部屋に出た。赤いソファが二つ並んでいて、有名な音楽家の肖像画がかざってある。そして黒板の前には古ぼけたグランドピアノ。
「音楽室、かな?」
 ヒナタが言う。ユウヒはいち早くソファにダイブして、「ゴーハーンー!!」とカムイに催促する。
 カムイはバギーから降ろしたリュックからパンと昼に買った乾燥果物、チーズを取り出した。ヒナタのリンゴもちゃんとあった。カムイはそれらを切り分けてパンの上に乗せてヒナタとユウヒに渡した。ユウヒはそれをものの二秒でたいらげて、小さくゲップをした。
 ヒナタは小さく一口かじった。乾燥果物の甘い味が口のなかに広がる。
 カムイはそんな二人を横目に音楽室を見て回った。ピアノ楽曲で有名なトンジット出身のピアニスト、アーマルド・トランノット、クラッシックとこの国に最初に伝えたといわれているハウスメーニン出身の作曲家、ジェノアード・ロイマス……どの肖像画ももうホコリだらけだった。
 ピアノはまだ音は出るようだ。それに、肖像画とは違いホコリをあまりかぶっていない。最近人が使ったのかな?とカムイは思ってピアノを調べる。ふと足元を見るとそこにはヒナタの足と同じくらいの大きさの黒い汚れがあった。
〔……子供の、足跡?〕
 口には出さずに心の中でつぶやくと、サナで見た異様な光景を思い出す。ヒナタやユウヒは気づかなかったみたいだけれど。振り返ると、二人はもう夢の中。カムイはフッと笑みを漏らすと、先ほどまでの疲れも忘れ、音楽室を出て行った。

「ねえ、金髪の人音楽室を出て行ったよ。」
 暗闇の中、一人が言った。
「あの人こっちに来るのかな?」
 もう一人も言う。その声に続いてあちらこちらから不安を言う声が聞こえてくる。
 マキが全員をたしなめるように言った。
「大丈夫だ、ミーアと俺がついている。あんなのにやられるもんか。」
「あ、あたしも戦う!」ミキが言う。
 声たちは重く沈黙する。
「大丈夫よ。あの人たちが何者でもあなたたちを死なせはしないわ。」
 一人の女性が言った。
 その手には一丁のボーガンが握られていた。

 ポカポカ…ポカポカ…
 あたっかいなあ、とヒナタは幸せな気分で目を開けた。光がまぶたをわって眼球に降り注ぐ。目を開けると、その目に青が飛び込んできた。
 青、青、青青……。
 青だけが、空一面にある。昨日までこの空にあったあの分厚い雲は何処へ行ったのだろう。自分は分厚い雲のたちこめる瀕死状態の国にいたはずなのに……。
 この幸せな青い色は一体なんなのだろう。あの暖かい光を放つ、まぶしいものはなんなのだろう。
 ヒナタは起き上がって、まわりを見渡した。
 この国にはあまりない、和風な造りの部屋。本で読んだことある。たしかジャパンという国の家の造りで、縁側という部分だ。
「日向ぼっこにはちょうどいいなあ……。」
 ヒナタはつぶやいた。不意にヒナタは自分の隣に鏡があるのに気づいて驚いた。鏡があるのに驚いたわけではない、鏡に映った自分の姿を見て驚いたのだ。
 そこにいたのは紛れもなく自分自身。だが、自分の知っている自分ではなかった。十歳くらい大人になったような外見。背も伸びて、胸も少しふくらんで、体にほんの少しだが凹凸がある。
 その時ヒナタは気づいた。
 ああ、これは夢なのだと。
 そう思ったとき少しだけ、この空の青が色あせて見えた。
「どうした?ちょー浮かない顔じゃん。」
 ユウヒの声がした。振り返るとずいぶんと大人っぽくなってしまったユウヒがいた。真っ白い髪の毛も少し伸びている。でも、綺麗な青い瞳と幼い子供のような表情は変わっていなかった。
 ユウヒはヒナタの隣に座って、優しくヒナタを抱き寄せた。
「ユッユウヒ!?」
 ヒナタは驚いて、声をあげた。ドキドキとヒナタの鼓動がうるさい位に大きくなる。ユウヒは大人びた反応で
「いいじゃん、俺ら来月には夫婦になるんだぜ?」
と言った。
「………ふ、夫婦?」
 ユウヒと私が?とヒナタの脳内でその言葉がぐるぐると回り始める。ユウヒが不思議そうな顔をして「まさか忘れちゃった?」とユウヒが笑う。その時「ユウヒー。」と聞きなれない幼い声が聞こえた。
 ス―――…と引き戸が開いてカムイに良く似た小さな子供が入ってきた。
「遊ぼうぜー。」
 ニコッと子供が笑う。カムイの笑い方とそっくりだった。
「おー、スバル、カムイはどうした?」
 ユウヒが聞くとスバルはすねたように口をとがらせた。
「だってとーさん、かーさんとイチャついてんだもん。」
ヒナタは愕然とした。この子はカムイの子供なのか。と。
 そう思うと、ユウヒと結婚するという未来も悪くない。いいや、ユウヒしか考えられない。自分がもしこんな綺麗な世界で暮らせる未来があるのなら、自分は間違いなくユウヒに恋をするだろう。あの子供のような笑顔の魅力にどうしようもなく惚れこんでしまうだろう。
 ヒナタは未来の自分はきっとユウヒと旅をしているのだと思いこんでいた。しかし、この青い空がユウヒの探していた“本当の空”なら、もし三年後にもこの国が雪の下に埋もれないのなら、こんな未来もあるのだろう。
「ヒナター、行こうぜ。」
 ユウヒが立ち上がってヒナタに手を差し伸べる。
 ヒナタははにかみながらその手をにぎりかえした。
ああ、なんて幸せな夢―――――……
 そしてヒナタは目を覚ました。そのときにはこの夢のことを一欠けらも覚えていなかった。

 目を覚ました時、辺りはまだ薄暗く、一目でまだ朝方だとわかった。
 ヒナタは体を起こそうとして気づいた、体中が痛くてしかたがない。それもそうだろう、昨日は朝から色んな事があった。特に一夜にして指名手配犯になるなんて、普通の生活ではありえないし、ヒナタも全く予想だにしていなかった。
 ヒナタは起き上がって痛む体をちょっとでもほぐそうと、大きくのびをする。隣にはユウヒが相変わらず幸せそうな顔で静かな寝息を立てている。たまにギリギリと音がするのは歯ぎしりだろうか?
 朝早く起きたというのに、不思議とお腹はすかない。いや、お腹はすいているはずだ、それを感じないのはきっと、あれほど感じていた恐怖が何故かドキドキやワクワクに変わっているからだ。あんなに不安だったこれからの旅路も、ほとんど諦めかけていた雪に埋もれるこの国の運命も、何故だかなんとかなるような気がしてきた。なんでこんなにも強気になれたのか、それはヒナタ自身にはわからなかったけど、ヒナタ自身にもはっきりわかることは、“自分は精神的な面でとても強くなれた”ということだ。


2009/04/17(Fri)16:54:23 公開 / 夏原 天良
■この作品の著作権は夏原 天良さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
UPしました。夏原です。
題名を“ひとすじのヒカリ”から“キミと見た空”に変えました。ややこしくてすいません。まあ、ひとすじのヒカリっていうのは仮の題名だったからいいんですけど。僕は内容の前に題名を決めたいのですが、それに三日ぐらいの時間をひつようとします。ノートだと、書き終わった後に、「ああ、こういうタイトルにすればよかった。」と後悔するので、このサイトはとてもいいです。書いた後にもちゃんとタイトルを直すことができるからです。
コメントを下さった方、どうもありがとうございます。僕は、間違いならできるかぎり直していきたいと思っています。なにかに気がついた方、ここはおかしいんじゃないの?と思う方、僕の感性にさしさわりのないもの、つまりいわれて僕も、ああそうだな、と思ったものはどんどん直して行きたいと思っています。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。