『流星トランジスター』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:天風                

     あらすじ・作品紹介
幼馴染と星を見に走った。星に願いをかけるために。星の願いを叶えるために。

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 月を見に行こうと彼女は言って。


 星を見に行こうと僕は言った。


 ただそれだけの話。


 小学校五年の冬、多くの人が勉強が嫌になって仕方がない時期の筆頭。受験シーズンなどと呼ばれる頃、僕たちは山に夜空を見上げに行った。
 深夜一時。家族が寝静まったことを確認する勇気もない僕は、とりあえず安全だろうと思われる時間に、こっそりと自宅を抜け出した。家の中は窓から入る月明かりだけでは心許なかったが、そこは日々の生活の中で体に染み付いたリズムもあり、どうにかさほど音を立てることもなく抜け出すことに成功した。
 自宅の横に無造作に停めてある自転車に跨り、幼馴染のところへと向う。一応、女の子なので用心に越したことはない。なので、抜け出せたら家の近くで待つように言ってあった。
 彼女の家に行くと、もうすでに抜け出していたようで、遅いなどと文句を言われもしたが、それは仕方のないことである。見つかれば、そこで今回の月見は強制終了なのだから。
 彼女の家は三軒先にあり、幼稚園の頃からの仲だ。むこうもこっちが好きで遅れてきたわけではないことは分かっているのだろうが、同時に急いできたわけではないことも分かっているのだろう。少しばかり怒られた。

 彼女を自転車の後ろに乗せ、まずは一漕ぎ。
「微妙に太った?」
「……2kgほど」
 下らない冗談を一つ。少しだけ笑いあって、確かめ合う。
 帰った後で怒られる覚悟は十分。
 そして、目的地へと向って走り出す。
 ここは少しばかり田舎のせいか、二車線の十字路にすらほとんど車はない。ぽつりぽつりと立つ外灯とコンビニの明かりくらいで、人工の光はすでに少ない。だから、妙に世界は静かで、大人しく朝を待っている胎児のようだ。
 眠ったままの世界を走る。滑るように、微かに肌寒い風の中を。それでも、今日はまだ暖かい。空の星はまだよくは見えないけれど、雲は少ない。
 胸の奥でムクムクと湧いてくるのは喜びだろうか。少しの不安と、罪悪感。それを包むように柔らかく、好奇心と興奮。そのすべてが混ざって、なんともいえない奇妙な高揚感になる。笑い出したいような、叫び出したいような、謳いだしたいような、自分の奥から何かを吐き出したくなる気持ち。
 町を駆け、薄暗闇を抜けて、目的の小山に到着する。
 不思議と疲労はなく、それどころか気力が増しているようですらある。
 自転車を麓に停め、懐中電灯をつけて山道を歩く。ほとんど舗装された道なので危険は少ない。

「月が綺麗だね」
「星が綺麗だね」
 小山の頂上、夏は草が生い茂るそこに二人して寝転び、空を見上げる。周りに人工の光のないここでは、夜空の星がよく見える。多少、時期を外したせいか、月はほんの少しばかりかけていた。ここから南を見ると、海に少しばかり沈んだハト座が見える。ハト座から少し北東の場所にはオオイヌ座があり、その上には冬の大三角に囲われたイッカクジュウ座がある。シリウス、ベテルギウス、プロキオンの三星は他よりも強く輝いている。すぐ横のベテルギウスとリゲルの二つの一等星を持つオリオン座は誰でも見つけることが出来るだろう。同じように見つけやすい北斗七星は空の真ん中よりも、やや東側にある。

 そんな言葉通りの満天の星空を見上げながら、彼女は言った。
「ねぇ、星は流れるかな」
「きっと、いくつか流れるよ」
 そうかな、と彼女は呟いて。
「悲しいね」
「悲しいかな」
 悲しいよ、と彼女は答えて。
「人が星にばかり願いをかけるから、星は耐え切れなくなって落ちるんだよ。願い事の重さに、星が耐えられなくなっちゃうんだね」
 そう彼女は言って、少しだけ長く、瞬きを我慢して空を見上げた。
「星がたくさん流れたら、夜空の星は少しづつ減っていって、いつかは真っ暗になるのかな」
 それは子供の可愛い想像で、子供の悲しい想像で、だからこそ、すごく温かい言葉だった。

「じゃあ、星を作ろう」
 僕は、そういって立ち上がり、月を背にして彼女に微笑む。
「星に願いをじゃなく、願いを星にしよう。もう、星が悲しく流れることのないように」
 流星への願いを星にしてしまおう。きっと流星はこの夜空を飾る星が減ってしまうことを悲しむ。だから、流星に願って星を作ろう。願いをかける星ではなくて、願いを星そのものにしてしまおう。それなら、もうその星は流星になって流れない。だって、願いが星を支えるから。
「それなら、きっとその星は流れないよ」
 それなら夜空の星はずっと輝いて照らしてくれるだろう。その下にいる僕らのことを。家族も、友達も、先生も、誰もが不意に見上げた夜空の暗さを嘆くことのないように。ずっとずっと、菜の花色をした淡く儚い輝きで。タンポポ色をした白く強い輝きで。あの向日葵色をした立待月を真ん中に、優しく空を支えてくれるだろう。
「それ、すごくいいね」
「じゃあ、そうしよう」
 そうして、再び夜空を見上げる。
 次は、星が流れても、悲しまなくていいかな。

2009/01/03(Sat)01:03:56 公開 / 天風
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■作者からのメッセージ
三年ぶりくらいの投稿のため、もしかしたら規約違反してるかもとドキドキしています。もしありましたら指摘していただけると助かります。いや、本当は自分で気付くべきなんですけどね。
拙い作品ですが、少しの間でも楽しんでいただければ幸いです。
あと、感想がいただければもっと嬉しいです(笑

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