『ひよこのカプチリオ―改訂ー』 ... ジャンル:童話 リアル・現代
作者:カオス                

     あらすじ・作品紹介
夜店でひよこを買った。黄色くて、ふわふわで、ちょこちょこと歩く、可愛らしいひよこだった。そして、私は『遊び』を覚えた。

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 『ひよこのカプチリオ』




 何時のことだったかは、良く覚えていない。ただ、小学校一・二年生のころだった。
 
 夜店でひよこを買った。
 黄色くて、ふわふわで、ちょこちょこと歩く、可愛らしいひよこだった。
 余りにも可愛くて、私は力の限りひよこを部屋の壁に叩き付けた。
 べしゃっという音がして、ずるずるとひよこはフローリングの床に落ちて行った。そうして、ひよこは動かなくなった。
 子供心に悪い事をしてしまったという気持ちはあったが、それ以上に動かなくなったひよこが私を興奮させた。私はまず、ひよこのふわふわの羽毛をハサミで毟り取った。片手で羽毛を掴み、ジャキジャキと、ハサミで羽毛を根元から切断して行く。ひよこはぴくりとも動かない。気が付くと、私の手には、大量の黄色の羽毛があった。手を動かすと羽毛が部屋に舞う。淡いクリーム色を基調にした私の部屋で、黄色い羽毛が舞う光景は夢の世界のようだった。私は嬉しくなった。羽毛を全部毟り取ると、そこには可愛らしいひよこはいなかった。くすんだ肌色の見窄らしい、鳥の形をした『何か』がそこに在った。ハサミを『何か』に突き立てると、血が溢れ出した。ハサミにも、私の手にも、服にも、床にも、血が付いた。私は、益々興奮してハサミを深く突き立てた。もっとも、小さな『何か』だったから、ハサミは直ぐに『何か』を貫通した。ハサミで明けられた穴は、綺麗に『何か』の真ん中を貫いていた。最初に溢れ出した血は既に渇き始めていた。
 それが私の初めての『遊び』だった。





 それから何年か経って、私が丁度小学四年生になった時だった。
 その日私は、彼岸でお墓参りに行った時に、見つけた子猫に会いに行っていた。三毛猫だったから、多分メスだったのだろう。ふわふわの体毛と小さな身体の、可愛らしい子猫だった。くりくりとした瞳には秋の澄んだ空が映っていた。
 私は子猫を抱えて、寺の裏庭に移動した。子猫は大人しく腕の中に納まっていた。裏庭に移動したのは、単に陽が眩しかったからだ。裏庭は思った通り、薄暗くひんやりと冷えて、『遊び』に相応しい場所だった。子猫を地面に下ろしても、逃げる様子はなかった。
 私はポケットから、ハサミを取り出した。ひんやりと冷えた空気の中で、ハサミは切れ味を増したように光った。しゃきしゃきと、ハサミは何時もと同じように滑らかに動いた。子猫はそれを見ても驚きもせず、足下でごろごろと咽を鳴らしていた。私はしゃがんで、子猫の頭を撫でた。ふわふわで暖かだった。
 子猫の頭を撫でながら、ハサミを近づけて行った。出来れば一発で、『遊び』の為の準備を済ませたかった。大きく口を開けたハサミが子猫の首の後ろで、タイミングを見計らっていた。私はハサミを持った手に力を入れた。
「なぁにしているの?」
 後ろから急に声をかけられた。振り向くと、赤いエナメルの靴が見えた。
 暖かいものが私の手から離れた。手元を見ると、子猫は私の横をすり抜けて赤いエナメルの靴にすり寄っていた。白い手が子猫の胴体に周り、身体を持ち上げる。それを追い掛けるように、私の視線も上に上がる。子猫を胸に抱いた時、私はやっとその全貌を見た。
 白い子だった。
 透き通るように、いや、まるで漂白して完全に色を抜いたように完全に白い子だった。
 桜色のワンピースに、靴と同じ赤いカーディガンを着た子だった。
 顔は被った帽子の影でよく見えなかったが、可愛い子なのだろうと、私は思った。
「この猫、きみの?」
 薄桃色の唇が、柔らかな音を紡いだ。私は首を横に振った。子猫はその子の腕の中で、行儀良く私たちのやり取りを見ていた。
 その子が私をじっと見た。正しくは、私の持っているハサミを見た。じっと見る瞳が、青色だということに、その時私はやっと気が付いた。そう考えれば、この子の言った言葉はどこかイントネーションがずれていた。きっと外国の子なのだろう。私の友達にも、学校にもこんなに色の白い子はいないから。
 私は少し安心した。もし、この子が私の知り合いだったら、『遊び』をしなければならないから。人ではまだ『遊び』をした事はないが、きっと準備をするのに時間がかかるだろう。それだと、日が暮れてしまう。
「ふぅん。じゃぁ、だれの?」
「知らない。捨て猫みたい」
 私はしゃがんだままの姿で答えた。赤いエナメルと地面に敷かれた砂利が、見事な程に不釣り合いだった。
「そうなんだ………。ねぇ、きみはこの猫いるの?」
 私の眼を―――心の中も見るように―――その子の青い瞳が向けられた。私は再び首を横に振った。
 薄桃色の唇が綺麗な笑み、いや、それは美しい笑みだった。美しい笑みを、浮かべてその子は言った。
「つぎは、みつからないといいね」
 私の時間が止まった。ハサミを片手に持ったまま、しゃがんだままの姿で、私の時間は止まった。
 美しい笑みが私の視界一杯に、広がる。
 くらくらと私の世界が揺れる。
「――――――」
 英語のような、そうでないような―――兎に角、日本語ではない言葉が聞こえた。
 私の時間が動き出した。
 ぱっと、その子が振り向く。その子が振り向いた先には、その子と同じ青い瞳の初老の女性が手を振っていた。
 器用に片腕で子猫を抱きながら、嬉しそうにその子も手を振る。
「――――」
 その子が、日本語でない言葉で何かを言った。そこでやっと私は、それが海外の言葉だということに気が付いた。
「じゃぁねぇ」
 その子は、美しい笑みを浮かべ子猫を抱いたまま、走り出した。桜色のスカートが私の前で、陽気に翻った。赤いエナメルの靴が、砂利の上を軽やかに駆けて行く。
 
 それが私の―――。





「なぁにしてるの?」
 うさぎの首にハサミを押しつけている時だった。
 ハサミとうさぎはそのままで、後ろを振り返ると、制服のスラックスの裾が見え、次に焦げ茶色の革靴が見えた。上を見ると、青い瞳が私を覗き込んでいた。
 あれから、何年も経った。私の『遊び』はまだ、続いていた。今日はこの可愛らしい白いうさぎが、私の『遊び』相手だ。ふわふわと白い毛が、私の手を包む。とても暖かくて心地がよい。ハサミの刃が、あの子の瞳と同じ色の青い空を映す。
 私は中学生になって、あの子と再び会った。
 あの子の青い瞳と目が合った。
 青い瞳が細められ、薄桃色の唇が美しい弧を描く。
 ぞくぞくする。
 脊髄から腹の中へ、仄暗いものが流れ込む。沈殿して行く。
 私はどうしようもないぐらいに、楽しくなる。そう、それは『遊び』をする時――――いや、それ以上に楽しい。ただ、見ているだけで楽しい。あの子の青い瞳が、私を見ていることが楽しい。あの青い瞳の中に、私がいることが楽しい。私の目の中にあの子がいることが、楽しい。あの子を見られる、それだけで楽しい。
 楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。
 気が付けば、私もあの子に釣られるように笑っていた。
「ねぇ」
 内側をくすぐるような声。
 その声が耳に直接吹き込まれる。あの子の息の一つでさえ、私の中に惜しみもなく注ぎ込まれて行く。ぞくぞくと、腹の中へ溜まって行く。
 すぅーっと、あの子の手が私のハサミを持つ手の上に置かれる。すべすべとした、滑らかな肌。私の手をあの子の指が撫でる。
 手の中でうさぎが、暴れる。これから、もっと楽しいことが起こるというのに。
 ゆっくりと、唇が耳元に寄せられる。甘い吐息に混じって、聞こえるあの子の声。
「今度は、一緒に遊んでみる……………?」
 あの子は美しく笑っていた。

2008/10/21(Tue)19:19:51 公開 / カオス
■この作品の著作権はカオスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで、読んでくださってありがとうございました。
誤字・脱字などが、ありましたら教えてください。
ご指摘された所を一部修正いたしました。
こんな所から、そして遅くなって申し訳ありません。

羽堕さま
ご指摘のあった『毟り取る〜』を手直ししました。
的確なアドバイスをありがとうございます。
そして、読んでくださって本当にありがとうございます。

一読者さま
こちらも、『手のライン』を手直ししました。
自分でも気が付きませんでした。的確なアドバイスをありがとうございます。
『』の件ですが、今後のために今回は敢て直さないことにしました。誠に勝手なことで、申し訳ありません。
読んでくださって本当にありがとうございます。

ゆうら 祐さま
ジャンルが童話という件ですが、この作品を書くにあたり『グリム童話』を下敷きにしました。
『大人の童話』と読んで頂ければ幸いに存じます。
不快な思いをさせてしまったことを、どうかお許しください。



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