『依存』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:みう                

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『こないだの模試どうだった?
俺最悪(×_×)
点数分けてくれ笑』

 ……ぱたん。
 素っ気ない音とともに、しょーもないその文面が私の目の前から消える。溜め息のひとつでもつきたい気分。でもそれもなんだかアレなので、私は黙ってそいつをポケットにしまった。
 ビルを出る。暑すぎるだろ、まったく。ぎらっぎらの日差しも去ることながら、夏はコンクリの道路がとにかくうざったい。過剰にエアコンの効いた部屋でのパソコン授業が瞬時に恋しくなった。……今更、戻ったりはしないけどさ。くたびれたサブバをかごに投げ入れ、不気味に黒光りするサドルにまたがって、私は、サビだらけの自転車をだらだら走らせにかかった。

 受信メールの差出人欄を埋め尽くすヤツの名前は、四谷和宏。隣のクラスのもとサッカー部員(ついこの前引退したばっかりね)で、顔は結構よさげで、身長は結構あって、サッカー部らしく肌は黒くて、そこそこマッチョでちょっと無口な感じ。
 ガッコで喋ってる分には全然いいヤツなんだけど、なんか、気遣いが出来ないっていうか……とにかく、メールが鬱陶しい。文面も回数もタイミングも、何かと私を苛立たせる。
 まあ、私らもいちお、受験生だしねえ……。こーいうことやってる場合じゃないのかなって、思ったりもするし。
 そんなわけで、夏休みもそろそろ半分、未だ一度も顔を合わせてはいない。

 私の通う予備校は街のちょっと外れ。私の家からして、街の中を通るのが一番早い道。地方の田舎都市万歳って感じで、人ごみが集まっても自転車で通るのは余裕。
 信号の都合で大通りにたむろする多数のバスを恨めしげに横目で見ながら、私はその横を自転車で――、ッと。
 前方のバス停。一台のバスが走り出す。その中に目をやって手を振る男の子……あいつは。
 手を振り終えて、あいつも私に気づいたようだった。軽く片手をあげてくる。私はそこで、自転車を止めた。
「羽浦じゃん」
「……豊原」
 私はやや呆然としたまま、そいつの名前を呼んだ。
 白のインナーに黒の半袖ジャケット、それらにはドクロやらチェーンやらがやたらあしらわれていて、下はだぼっとしたパンツ。コンタクトにしたのか、以前かけてたはずの眼鏡の姿も見当たらなかった。
「どう? 彼氏、出来た?」
 ……の、割に、口調や物腰は見知った彼のそのもので……。
 嫌味か。どうせ今のバスに乗ってたの、彼女とかいうんだろ。途端に強気になってしまう私。余裕ぶって答えて見せた。
「まーね」
「上手くいってるわけ?」
「……微妙」
 豊原は、やれやれ、とでも言うように、笑って見せた。
 カチンと来るところだけど……なぜだか私も、笑ってしまうのをこらえられなかった。
「あんたはどーなの? つか、その格好……」
「あー……これ?」
 誤魔化すように、彼はジャケットの裾をビラビラさせて見せる。
「似合わん?」
「え、や、別に……」
 そういうわけじゃないんだけど。驚いた、という言葉が、とっさに頭に浮かんでこなかった。
 ――驚いてしまった自分が悔しかった。たぶん、そんな表現が一番近い。だって私はあの頃のままだ。だって忙しかった。部活も修羅場だったし、それが終わったら即受験勉強で、学校行事だってあって、それから……。
「……ちょっと、喋らん?」
「うん……」
 すぐそこのスタバを指差す彼に、私はいつの間にか、頷いてしまっていた。

 幼なじみ兼元カレ兼中学のときの生徒会の相棒兼私の初恋の相手。高校こそ違ったが、そういうわけで、彼は、なかなか深いつながりのある相手だった。
 別れたのは前の冬。特に理由があるわけじゃなかった。なんか違うんじゃね、って感じで、別れた。
 付き合い始めた頃の私は、まさかこんな別れ方するなんて思ってなかっただろうな、なんて、今、ふと思う。
 彼に連れられて入るスタバ。付き合ってる頃には当たり前の風景で、彼はちょっと気持ち悪いくらいしっかりしてて、だけどその感覚が妙に気に入っていたあの頃。今は、やっぱりなんか違う。
「……スタバって、軽く学生の敵じゃね?」
 お財布具合を覗き込みながら、私はそう、小さくぐちる。
「おごろっか?」
 茶化すように、彼はそう言う。今までのクセで、満面の笑顔貼り付けて頷いちゃいそうになるのを、辛うじて止めた。代わりに言ってみせる。
「嫌味?」
「まあね」
 このやろー……。手が出そうになるのも、そう……今までのノリ。
 結局私はコーヒーを頼んで、彼も同じようにコーヒーを頼んで、私たちは、一番奥の席を取った。
「で……彼女なの?」
 一番気になること、というわけでもなかったけど。とりあえず席について開口一番、私はそう訊いてみる。彼は一口コーヒーをすすって、答えた。
「ん、いちお」
「上手くいってんの?」
 同じ質問を繰り返した私に、彼はくすりと笑った。
「付き合い始めたとこ」
 私は軽く赤面する。彼は続けた。
「春からしばらく付き合ってた子もいたんだけど、振られちゃった」
「え……そうなの?」
「どうやら、キモイらしいよ、俺。世話焼いてくれすぎだって」
「…………」
 それが、あんたなんだと思ってたけど、私は。っていうか別に、聞いてないし。
 一口、コーヒーをすする。
「羽浦のせいだ」
「……は?」
「女ってみんな、羽浦みたいにワガママで、こっちが面倒見てやんなきゃいけないもんだと思ってた」
「よくいうよ……私だって結構、気ぃ使ってたんだけど?」
「……だろ?」
「は?」
 だろ、って何? 疑いの視線を向けても、彼はコーヒーをすすったきり、もう何も答えなかった。
 それが悔しくて、私もまた一口コーヒーを……ああ、もう、空になる。透明になっていく、歪な氷の粒。べこべこのプラスチックカップを通して伝わる、その冷たさ。
 それを追いかけるようにコーヒーを飲み干した彼は、早々と席を立ち、私にそっと手を差し延べた。
「カップ。片付けてくるよ」
 名残惜しい気はしたが、私はごく自然に、彼にカップを預けてしまった。席を立って、彼がカップを片付けてくるのを、今までのように見守る私。
 そして揃って、店を出た。見飽きたはずの夏の光景に、今改めて、眩暈がした。
「じゃ、今から予備校だから、俺」
「……ん、そか」
 言って、そこに止めてあった自転車に乗って、大通りの果てに消えてしまう彼。
 日陰に止めた私の自転車は、ハンドルを握ると、まだほのかに熱もっているらしかった。

2008/09/22(Mon)23:57:15 公開 / みう
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■作者からのメッセージ
初めて投稿させていただきます、みうです。
とりあえずは、挨拶代わりに短い話を……。ここまでが前編なので、後編も読んでいただけると嬉しいです。
格調高いこちらの掲示板の雰囲気にびくびくしていますが、早く慣れていきたいです(笑)

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