『空気が読めそうなのに何で読めない?』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:一瞬はねた蛙                

     あらすじ・作品紹介
空気がゆがんだ瞬間。あなたにも見える気がします。

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 咄嗟の判断と咄嗟の一言というのは、時に気まずさを感じさせる。ぽかぽか陽気の日曜日の午後、何の用事がない私が茶の間にある掘り炬燵の中に両足を突っ込んで寛いでいて半ば睡魔に襲われかかっていた頃、何処からともなく聞き覚えのあるメロディが左側の耳から受けて右の耳から受け流した。
 途切れることのないメロディは、もはやメロディというよりテレビ番組の音声だ。司会者か何かの笑い声、複数の人々の高笑い、果てはBGM。鳴りっぱなしの音声を無視して寝ることに専念していた私の脳裏。脳裏の信号に従って私は重たい瞼を閉じた。このまま深い眠りにつけばなんとも無かった。

 だけど睡魔が途切れた途端にハッとして、周りを見回してみたら先ほどの背景とは全く異なる背景の中に私は居た。……いや。いや、いや、いや、いやッッ! 待て。待てよ。落ち着け、私。これはなにかの間違いか? あぁ、そうだ。そうだよ。これはきっと正夢に近い夢の中で、私はまだ深い夢の中に居るんだ。イン・ザ・ドリーム。うん。そうに違いない。だって、あれだよ? 笛吹き男の笛の音につられていくような私じゃないのよ? ――よしっ。そのとおりだ、私! 偉いぞ、私! そんな馬鹿げた事が余計にテロップの様にノンストップにグルグル回転しているのは何故なんだ。この姉を差し置いて自分専用のテレビを部屋に設置している妹の部屋だからなのか。凄い威力だ。
 何の勢いなのか、単なる気分なのか、あの人のネタを物にしようと見よう見まねでオンステージをしてみた。でも、堂々と人前でやるのは恥ずかしいので、こっそりと部屋の中で吟じます。秘密のステージをやろうして、自分以外の家族が留守だったときに……オンステージの最中に妹帰宅! あると思います。
「おねーちゃん……何やってるの?」
「……えっ………あ、……」
 どうせ自分の妹なんだから適当に誤魔化せば何の問題もない。ていうか、目覚めの軽い運動代わりになるでしょ? これでいいのよ。そうなのよ、私。寝起きと睡魔と無意識的な行動がトライアングルになって総合した結果、たまたま成っただけなのよ。つまりこれは本心じゃないの。オーケー? オーケーだよね。よしっ、オッケー! 脳裏で盛り上がる私とは裏腹に、何で姉が自分の部屋に無断で入っているのかとか、テレビつけっぱなしじゃんとか、今日の宿題やら無くちゃいけないのにおねーちゃん邪魔だよとか思っているのかどうかは知らないが、開いたドアから見える範囲の状態だけを唖然としながら凝視していた。
 もちろん、この空気はいいものではなかった。何処からともなく気まずい雰囲気が漂ってきちゃったので苦笑いを浮かべながら「あー‥、これね。新しい腹筋法」とか何とかなんやかんや誤魔化してみた。多分、誤魔化せてない。ていうか、なんやかんやって何だ。なんやかんやは……なんやかんやですっ。何処かで聞いたような台詞を脳裏で叫んでみる。特に意味はない。
 何の根拠もない軽い気持ちで冗談を言い出すと、小学生の妹は直ぐに言葉を鵜呑みにする。私が発した嘘を素直に鵜呑みした妹は後々クラスの面前で恥をかくことだろう。だけど私には関係ない。気まずいと感じることが多すぎる最近は私自体が気まずくなる空気を作っているから。この思いに気づくわけも無く、やっている本人の脳内は右往左往しているに違いない。

 だけどこの後は何も無かったように妹の視線から離れて独りになれる小部屋に引きこもる。独りっきりになれる場所は大抵、押入れの中かトイレなんだと私は思うけど……トイレの中は止めておこう。臭い。よくお風呂の浴槽に溜まった温かいお湯の中に肩まで深く浸かって、ぼんやりとしていると閃く時がある。こういう人は多いと思う。
 妹の部屋がある廊下を挟んだ向かい側に私の部屋はある。なんという短距離なのか。まあ、楽にこしたことはないが。ただ短距離なだけに私生活というか個人情報がもれやすいのだ。姉妹の間柄、個人情報が漏れてもすぐにばれる。とか何とか思われても、親しき仲にも礼儀ありという言葉に便乗してしまう。
「ララライ体操はじまるよーっ」
 私室の壁にもたれて、体育座りをしている私の側に必ずといっていいほど置いてあるのが携帯電話。今時もう流行らないだろうという着信音が鳴り出した。
 携帯電話自体は今になっても全く珍しくも無い代物。しかも着信音が藤崎なんとか。今更になって思う事がある。……何でこんなの着信音にしたんだろ? 当時は調子に乗って配信着メロを何種類か取り寄せてた。その場の雰囲気というかノリで。最初の頃は誰だってそうだろう。私だってそうだ。でも、最近の小学生に聞かせても聞かされても今更うけない着信音が未だに残っているなんてさ。時代遅れという奴なのか。
 携帯電話は持ってると便利だし、離れたところで通話も手軽に出来る。その上、画質もいいし、着信メロディー取り放題。ただし通話料やパケット代という諸々のお金が、知らないうちに増えていくという影の恐ろしさ。それでも着信メロディーは欲しい。待ち受けも欲しい。

 携帯電話というのは非常に便利で、現代っ子には欠かせないアイテムの一つである。無かったら親に買ってもらえ。でなきゃバイトしろ。とは偉そうにしていた自分も、つい最近になって携帯電話の機能がこんなにもタイミングが悪い時があることを知った。
 この間、私と同じクラスのAちゃんとB君が別れるの別れないだの離婚話でもめていた放課後。出来れば私を巻き込んでほしくなかったのだが、いつの間にか第三者という立場に巻き込まれた私。……こういう場合の第三者は大抵、とばっちりポジション。
「だーからっ、お前があいつと付き合ってるんだろ!? 一体何日目だッ、言ってみろ!」
「しれないって何度も言わせないで! そりゃさ、ホテルに連れていかれたのは事実だけど……。君が思うほど進んでないよ? 私だって遠慮して」
「嘘だ! お前絶対俺よりあいつとデキてる!!」
 揉め事の内容はどうあれ、私には二度もない出来事でしょう。中学生の私たちの中で既に穢れて快楽を求めるような大人になっているという衝撃的な事実を目の当たりにした私。しかもこの二人、クラスの中でも一番の純愛カップルだという話で有名だったのに……あの噂は嘘だったのか! 畜生ッ、騙された!! 私でもこの真実にはショックを受けた。私だってまだなのに……。
 いや、それよりも何故私がとばっちりポジション(第三者)に選ばれたのか。同じ位置に居るんだとずっと思っていた私の側を離れた遠い世界の二人を眺めるように呆然としながら目の前の二人のぶつかり合いを観ていた。別に楽しくもなんとも無く、逆にこんなのいつもの君達じゃないよとか、仲間同士で争うのは止めてッ! とか思いたくなくても感じる私。はっきり言って複雑。
 そして異様に緊迫しているその場の空気というものがあるのにもかかわらず、母親からのメールが届くとこれこのとおり。
「ラララライ、ラララライ……」
 着信音が藤崎なんとかだ。これにはもめていたAちゃんとB君も私のほうを一斉に睨んでとばっちりポジションの私を見た。最もなってほしくなかった展開に焦る私。大人な二人の距離と子供な私の間の距離が一気に縮んだみたいで、私は冷や汗をかく勢いで「ごっ、ごめんっ! 今、マナーモードに」焦りながら携帯をマナーモードにしようと作業に取り掛かった最中に、心なしか先ほどまでの殺気に満ちていた重くうっとおしい空気は何処かに吹き飛ばされた様な空気がぽんっと私の背中に乗っかる。
「………あれ?」
 唖然となりながら第三者に回ってしまってた私は、先ほどまで牙をむていた二人のほうを見上げてみた。すると目の前の二人は苦笑いを浮かべながら未だに状況を鵜呑みに出来ない私を見て笑い出した。
「あは、あははっ。お前、何それ? 藤崎マーケット? つーか、空気よめよなぁ〜」
 …………え。何。なんなの。何で急に話題転換? それよりなんで着信音ひとつで空気が変わるの?? 正直、こんなちょっとしたことで空気がころっと変わるなんて思っても居なかった私は目の前で笑ってる二人を唖然と眺めていた。てゆーか、さっきまでの緊迫感はいずこへ? ……とりあえず、苦笑いだけど笑ってみた。
「……そ、そうなんだよねぇ。今、親からメールあってさー」
「えっ、そうなの? 親からのメールにそれ設定してるんだ?」
「うん。親がこれ好きでさぁ」
 殆ど私の台詞の文末は「(苦笑)」で終わってそうな口調で、目の前で笑ってる二人は「(笑)」な感じ。ここまで話してもなんでこんな短い展開というか、事の重大な場面が飛んでいるといるか……はたまた私の記憶が途中からオーバーヒートしたのか。ただ単に聞く気が無くって、徹頭徹尾ぼーっとしてて、突然鳴り出した着信音に目が覚めたような。そんなんだろうか。
 今までの緊迫した嵐は何処へ消えたのか、私は着信音に救われた。とりあえず話を合わせてみるが、こんなんでいいのか。というか、馬鹿にされてるのか? 私。ちょっと、お二人さん。さりげなく私を馬鹿にしているんですか? まあ、なにはともあれ平和なのは何よりだよ。うん。

 とまあ、こんなことがあってから何となく「空気が読める着信音」に出会いたいと思う今日この頃。いやぁ、着信音なんで好きでやってるからいいんだけどさ。何か、何かね。何かなんだよ。変にアニメオタク的なキャラクターソングとか、微エロイスとか、好きな声優さんの目覚ましボイスとかエトセトラ。その場の空気が明るくて弾けちゃってるときとかは笑い話に出来るけど、そうじゃないときとか地雷踏んだ感じだよね。きっと。こういうことを気まずいとか言うのか。……人と気まずいは切っても切れぬ腐れ縁。あー……嫌だ、嫌だ。人間関係だったら良く聞く言葉をこんな着信音に使う自分って、どんなんだろ。うーん……微妙?
 微妙……とか言ったら、こんな駄目人間。この世界自体が微妙。私も微妙。生きるもの達全てが微妙。なんて言い出すに違いない。あー……微妙なんて思いながら自作の個人サイトを一気に更新しようとしてた最中に今もなお健在の着信音が鳴り出した。
「ラーメン、つけ麺、僕イケメン!‥オーケーッ!」
 しかも少しだけレベル・アップだ。別に嬉しくないし、古いよー。ていうか、悲しいよー……と思いながら携帯の表示を覗き見ると、過去に離婚騒動で騒がせたAちゃんからメールが着ていたのだ。相変わらず空気の読めない着信音が鳴り響く携帯電話を手に取り、私はメールの返事を打ち返す。メールの内容はそうでもないが、いまいち空気が読めていない着信音を聞いた後の心情は少し複雑になるのは……私だけ? Aちゃんからのメールを返信した後は別に何も見るものはないので携帯のふたを閉じる。

 マナーモードにしてない携帯は時として場所を選ばず、普段見ている危ないサイトを親に見られる事よりも怒鳴られることがある。
 例えば深夜の2時半。パソコンの画面に目を向けて、キーボードをひたすら打って、自作のイラストなんかをサイトに展示した後にコメントを書き流したり、更新履歴とか自分は今日こんなに仕事をしましたという証拠になるのかは定かではないが念のために更新履歴も文章を打ち込んで、今まで溜め込んでいたものを全てパソコンに記憶させようとイラストのデータを読み取るスキャナーと、それを処理するあらゆる機械が私の周りを囲んでる。結構な量をデータとしてパソコンの中に記憶させるためにかなりの電気が消費させることと思われる。ここまでは普通。
 深夜2時から始まって朝5時に起床。というより気づいたら朝の5時まで起きていた私。朝は普通にテレビを観て、お昼12時近くになるまで爆睡して、起きたのが夕方の7時。ここまで来ると完全な夜型の習性である。夕方7時の間に食料を調達に近所のスーパーへ寄り道。その後、作業を開始したのが夕方の12時くらいだったから……気付けばお外は真っ暗。深夜の1時か2時あたり。もう今日が明日になった状態。それでも友達は大抵、深夜番組とか深夜アニメとかを観る為に夜更かししているという。私も似たような感覚で、午前中はやる気が全くといっていいほどないが、夜中になると活動的になる。この行動を私の中では「リアル・なまけもの」と呼んでいる。実際の「なまけもの」も知らないで勝手に名づけた言葉。名づけるときは決まってその場の勢い任せである。

 夜になると決まってテンションが妙に上がってくるので、妹には決して見られたくない私の本性でもある。はっきり言って夜間の私はオタクになりつつある。着信音が一部キャラクターボイスというときもあるし、アニメの話になると語りだす。いわゆる二面性。家と外では態度を変えて生きる。
 もちろん自作のサイトはアニメ関連のファンサイトの一環だし、一部のコンテンツにはコスプレが入ってるし……まあ、こういう類のサイトさんを何個か巡って、観まくる程度ならば昼間でも出来る。だけど個人サイトとなると色々面倒で、なにより作業をしているところを妹に見られたくない。というか、家族に観られたくないという想いがある。でも、止められない。だって自作サイトの中の自分は本当とは違う人物像を描くことが出来るから私はサイト作りを止められない。止まらない。
「ルッドゥ、ツッツ」
 ……………あ。私ははっとして、手元に置かれていた携帯に目を向ける。いつ頃に入れたのかは不明だが、携帯電話の着信メロディーがタイミングよく鳴り出した。曲名は「かっぱえびせん」で「かっぱえびせん」という性もないタイミングで流れ出したこの着信メロディーは携帯のアラームに設定したものだったような気がする。良く見ると電話の着信だった。……なんとも腹の減る着信音だ。ていうか、こんなのいつ設定したんだ?
 とりあえず私は携帯電話に出ることにした。
「はい? ……どちらさま?」
『私、私! 元気してた? 急であれなんだけど、お金貸してっ』
「あぁ、はいは‥」
 ちょっと待て。この着信音は確か友達の電話につながるはず。………あれ? 違ったっけか。しかも「私、私!」とか言っているから、これは詐欺か? それとも偽りのほうの詐偽か? いや、どっちにしろ犯罪じゃん。知らない人にはお金を貸しちゃいけませんとか、オレオレなんとかとか。そっちの勢いか? ……まあ、いい。
『緊急事態でさぁ〜』
「……あなたの様な野郎は知りません」
『‥えっ、ちょっ!?』
 プツッ、………プー……プー……プー……。電源オフ。これにて一件落着。……多分。もしかしたら本当に友人だったのかもしれない。てゆーか、名を名乗れ。名を。ふざけなのかマジなのか。未だに無名のAちゃんなのか。私は半ば投げやりな気持ちになった。もー、どーでもいいじゃん。詐欺だろうが何だろうが。今の私には関係ないさっ。気まずい着信メロディーだろうがどれだけ恥ずかしい着信音だろうが、蕎麦をすすっている男の着信だろうが、今更なに言っても全くといっていいほど変更する気はないから私はいつもこのままなのである。
「ラララライ、ララララ‥」
「ラーメン、つけ麺、僕イケメン!」
 だから今日も、この着信音が私の隣で鳴り響く。……時代はいつだって成長していく。先へ先へと進んでいく。
 だけど、この携帯の着信音だけは成長せず。私は成長していく。

2008/09/17(Wed)14:31:38 公開 / 一瞬はねた蛙
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