『隣を向けば君がいる』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:ゆる                

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 塾講師の声が教室の中で響く。周りの皆はカツカツとシャーペンを走らせている。僕もペンでノートの白い所を無くそうと頑張るのだが、頭には入ってこない。心の中で焦りが生じて誤字が増えた。

 受験戦争

 頭によぎる言葉。クーラーが効いているはずの部屋で汗が一筋流れた。知らない方程式がホワイトボードに書かれた瞬間、完全に頭が真っ白になった。
 分からない……
 シャーペンの芯が小さな音を出して折れた。俺の手は止まったまま、終了のチャイムが鳴った。
「はい、今日はここまで。明日またやるから予習忘れないように」
 塾講師は淡々と言って、教室から出ていった。
「健?」
 浩が隣から声をかけた。俺はその声にはっとして浩の方を見た。
「な、何?」
 急いでノートを閉じた。そして、クールぶって振舞えるように頭を回転させる。
「いや、帰りどこか寄って行く?」
 浩は大きな瞳を細めて笑いかける。それを見て、心の奥でドス黒い物が渦巻く。
「そうだな、コンビニ行ってアイスでも買ってくか」
「あぁ〜良いね〜僕ね、苺の奴が良いなぁ〜」
「そいじゃ、行くか」
「うん」

 時間は既に午後八時。外は暗く、汗が勝手に吹き出る程暑くも無い位の温度。それでも塾の中と外では体感温度のギャップがあって暑く感じる。
「暑いな」
「うん、暑い」
 コンビニまでの距離をとことこと歩く俺と浩。俺達は今、中学三年生で高校受験を控えている受験生だ。ちなみに俺と浩は同じ高校を志望している。ライバルという関係で、小学生からずっと一緒だったので幼馴染という関係でもある。少し複雑かもしれない。けれど、浩に同じ高校へ行くと言った時、「え? 本当?! 一緒の高校なんて楽しみだね〜」と言われた。天然というか……呑気というか……
 そんな事をうだうだ考えていたら、機械的な光に包まれた建物が俺達の視界に現れた。
「健は何食べる?」
「俺は夕飯も買うからな〜ガリガリ君かな」
「え? 今日も健の親いないの?」
「いないよ。勉強しにくる?」
 ウィンと俺達の訪問によって自動ドアが開く。
「え? 良いの?」
「良いよ」
 浩はたまに俺の家に泊まりに来る。主に最近では勉強大会と言って深夜まで勉強をしている。
「やったー! 今日の塾の内容で分からない所あったんだよね〜教えてくれる?」
 弁当を物色していた俺の手がぴくっと止まった。
「別に……良いけど……」
「わーい! 親に連絡するねー」
 浩は携帯電話でメールを打つ。その間、俺は弁当を適当にカゴに入れてガリガリ君を手に取ってレジに向かった。
「温めますか?」
 うっかりあまり好きじゃないノリ弁を買ってしまったのをこの時気づいたので、店員のお姉さんに軽い殺意が沸いた。
「いいです」
 ギロリと睨みながら言ったので、お姉さんは一瞬ビクッとしてレジに品物を通した。別にお姉さんが悪い訳じゃないけれど、笑顔がムカついた。お金を払って、浩の会計が終わるのを待つ。
「お待たせ」
「うん」
 また再び外へ出る。
「アイスもう食っちゃうか」
「そうだね、溶けちゃうしね」
 浩は苺のソフトクリーム形のアイスを取り出す。
「苺とか、女々しい」
「う、五月蝿いなぁ!」
 浩はカァッと顔を赤くしてアイスに噛り付く。
 コンビニの前で立ち食い。ガリガリと音を立ててアイスを頬張る。
「はぁ」
 ため息をついて、俺はその場でしゃがむ。浩も車の縁石に腰かける。

 折れたシャーペンの芯、白いノート、震える手、周りの奴ら、先生の淡々とした声。親には「頑張れ」と声をかけられる。最近、「頑張れ」以外の言葉を聞いた覚えが無い。
 目には見えない何かが腹の奥からじわりじわりとやって来る。
 それが、ムショウに怖いと思わせる。見えない恐怖。

 アイスが喉に詰まり、むせる。
「大丈夫?」
「あぁ、少し詰まっただけ」

 何かに、押しつぶされて、息が詰まる。

 ふと、心から俺を心配した浩を見る。嬉しそうにアイスを頬張っている。
 コイツも、プレッシャーとか感じるのだろうか?
 頭によぎる。
「浩」
「何?」
「お前ってさ、いや、その……プレッシャー、って奴感じる時ある?」
 目線は地面に向けていた。もう食べる気がしないアイスがドロリと溶け始めた。
 浩は一瞬びっくりした顔で、ははって笑った。
「あるよ。そりゃもちろん」
 今度は俺がびっくりした。目を見開いてしまった。それと同時にアイスがべしゃりと地面に落ちてしまった。
「あぁ! もったいない!」
 浩は地面に落ちたアイスを見て残念そうな顔をした。
「いや、良いよ。大丈夫」
 俺はしょうがないのでゴミ箱に棒を捨てようとした。
「僕だって、あるよ。プレッシャー」
 ピクッと俺の手が止まった。
「意外でしょ?」
「あぁ」
「えへへ……」
 苦笑いをする浩。それを見てイライラが溢れ出てくる。
「俺は怖いよ……」
 搾り出すような声。ぎゅっとアイスの棒を握りしめて折れる。
「健?」
 きょとんとする浩。そんな顔をするな。
「受験とか、もう、すげー嫌だ……勉強とか嫌だし。家とかでも親と顔あわせるだけで「頑張れ」とか言うし、お前はいつも頑張ってる俺を見ていないのかよって思って……すげーもう、それも嫌だし……講習とかでも分かんない所あるし、それがもう、イライラしちゃって……もう嫌なんだよ! それなのに、ライバルなのに! お前はへらへら笑ってるし! 意味わかんねぇよ!」
 コンビニの前で叫んでた。他人が見ているのに、俺は叫んでいた。そんな事なんて今はどうでも良かった。もう、そんな事はどうでも良かった。
 浩はそんな俺を見て、ふっと笑った。
「あっははっ」
「おい、そこ笑う所じゃねーんだけど……」
 いきなり笑い出す浩を見て、俺は呆れ気味に言った。
「なんだ、健も同じじゃんって思ったらすごい可笑しくなっちゃった」
 同じ?
「僕もね、家で言われるよ。頑張れーって。あれってすごいプレッシャーだよねー。もう、それだけでイライラしちゃうって言うか。分かってるよ! なんて思っちゃうんだよね。講習とか行っても皆すごい勉強してるし、僕なんかダメじゃんって思っちゃう。でも、僕は健がいるから頑張れるような気がするんだよね」
「えあ?」
 いきなり俺の名前が出てきたので変な声が出る。そして、きょとんと浩の方を向く。
「だって、隣を向けば健がいるんだもん。分かんない所があっても健が教えてくれるし、健と一緒の高校行きたいからさ、僕は頑張れるんだよね。健って、ライバルって言うか共に戦う戦友みたいな感じかも」
 俺の中から何かが抜けていくのが分かる。
 戦友……ライバルよりしっくりくるかもしれない。
「でも、僕は知ってるよ。健が毎日遅くまで起きて勉強してるの」
 俺はぎょっとして目を見開いてしまった。
「だって、目の下にいつも隈出来てるんだもん。遅くまで起きているんだろうなーとか。それに、負けず嫌いの意地っ張りなのも知ってるよ。大丈夫だよっ健! 健は頑張ってる! 絶対受かるからさ」
 浩は俺の目を見て、にっこりと微笑む。
 心の奥から暖かい物があふれ出しそうになる。浩の笑顔が、浩の言葉が染みていく。
 本当にこいつには敵わないないなぁ……
「ありがとう」
 小さな声でぽつりと呟いた。本当に聞こえるか聞こえない位の声で言った。
「え? 何?」
 浩は聞き返した。俺はにやっと笑って、
「もう、言わねーよ」
 と意地悪を言う。
「えー」
 浩は残念そうな声を出したけど、顔が笑っていた。おそらく、聞こえていたのだろう。
 そして、フザケながら帰り道を歩いていく。

 家について、電子レンジにノリ弁を入れる。
「浩、弁当よこせよ。温める」
 浩はお礼を言って俺に鮭弁当を手渡す。
「あれ? 鮭嫌いじゃなかったか?」
「あははー……間違えて買っちゃったんだよねー……」
 そう言っている内にレンジがチンッと鳴った。
「お前、ノリ弁好きだったよな」
「うん、好きだけど?」
「俺も間違えたから、交換してくれないか?」
 ホカホカと温かいノリ弁を浩に手渡す。浩はくすっと笑う。
「なんだ、健も間違えてたんだ」
「うっかりな」
「じゃぁ、いただきます」
 嬉しそうにノリ弁を受け取る浩。
 鮭弁当をレンジに入れる。浩の美味しそうに弁当を頬張る姿を見て、ふっと笑みを零す。

 戦友よ、今宵も戦の為に頑張ろうではないか。そう思ったら、グゥっと腹の音が鳴った。そうだな、腹が減っては戦も出来ぬだ。
 チンッとレンジが鳴ったので、鮭弁当を食べる事にした。


2008/07/29(Tue)20:09:52 公開 / ゆる
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■作者からのメッセージ
はじめまして、ゆると申す者です。
今回は高校受験の男子中学生を書いてみました。
受験の時のストレス、プレッシャー、殺伐とした感情を少しでも読んでる方に伝わったら嬉しいです。

将来、小説家の道も考えているので至る所を見つけたらどんどん叩いてください。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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