『Soul Glass 魂の器』 ... ジャンル:異世界 ファンタジー
作者:*菱                

     あらすじ・作品紹介
確かに俺は死んだはずだった。心臓は活動を停止し、俺の人間としての生命は失われた。そう、『人間』としては……俺の命はもう一度この世界に戻ってきた。一人の女神の器として。悪魔の手助けで地上に舞い降りる異形の者たち、そして女神と一つになり戦う戦士たち。神様布教活動を任務としてやってきた女神クロートーと、一介の不良学生に過ぎない俺の果ての見えない戦い。神世への架け橋を閉じ、無事に人間の世界を守ることができるのか。神と手を組んだ一人の男子の戦いが、今始まる。

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プロローグ

 学校の帰り道、学生鞄を肩に担いだままお気に入りのタバコに火をつける。
 道行く人々は少しぎょっとした顔で俺のことを見るが、誰も注意はしない。
 大人達はみんな『見てみぬフリ』を決め込んで、自分を守っている。
 信号がめまぐるしく赤から青へと、青から赤へと色を変えてゆく。
 目の前で老人がゆっくりゆっくり横断歩道を渡っていく。
 大人達はもちろん『見てみぬフリ』。誰も声を掛けるわけでもなく、ただ哀れみの目線を送っている。
 そんな姿を見ていたら、いつの間にか灰が落ちそうになっていた。
「やっべ……」
 独り言を呟き、道路に灰を落とす。
 タバコから地面へと重力にならって灰が落ちる時間、それはとてつもなく長いものに思える。
 時間が、世界が、心臓が止まったような錯覚に捕らわれた。
 大型トラックの運転手が、酒をあおりながら何トンもある鉄塊を転がしてくる。
 夕暮れ時に眩しく光る赤には目もくれていないようだ。
 コンクリートジャングルの一角から光の槍が目を貫いた瞬間、世界は暗黒へと変貌を遂げた。
 生命の流れ出す感覚を感じた。
 頭が割れ、血が流れてゆく感覚。一ミリたりとも動かせない手先。
 『助けて』の一言さえも俺の口からは出てこない。

―もう、終わりなんだな―

 痛みさえも感じることなく、視界の端に捕らえたタバコを見つめる。
 あと一口、吸っておくんだった。
 誰かが何かを叫んでいる。
 やめてくれ、救急車を呼んだところで俺の命は助からない。
 何かをしてくれようとするならあの馬鹿トラックの運ちゃんでも殺しておいてくれ。
 それが、俺の最後だった。

 はずだったんだがなぁ……

 一話 『転生』

 お気に入りのロック歌手の叫びで目を覚ましたのは、見まごうことなく自室のベッドの上だった。
 ここ数年で自然と身についた起床と同時に携帯のアラームを止める動作。
 夢……だったのだろうか? いやにリアルで、自分が死ぬ感覚も確かに感じた。
 よく漫画にありがちな寝汗をびっしょりかいて飛び起きる、なんてこともなかったし、ごく普通の一日の始まりのようだ。
 体に執拗にまとわりつく気だるさを除けば。
 とりあえず、一番ダメージを受けたはずの頭部をまさぐってみる。
 少し長めの髪が指に絡みつくだけで、とくに普段と変わったところはない。
 指も、腕も足も通常通りに機能を果たしている。
 よく夢と現実の区別がつかない、なんてことを悪友が言っていた気がするが、まさに今がその状況なんだろうか。
 とにかく、今無事に生きているということは、先ほどの夢はリアルな悪夢であった、と考えるしかないだろう。
 ベットに置いてある携帯を手探りで開く。

―2008年 5月 28日 AM 7:34―

 昨日家まで帰ったという記憶がないのは少々問題だが、確かに今日は昨日の明日になっている。
 これで証拠は十二分だろう。さっきのは夢であると断定して問題なさそうだ。
「よしっ!」
 何故だか一気に元気が出てきた俺は、気だるさも一気に吹き飛ばそうとベットから跳ね起きる……予定だった。

「ぐえぇっ!!」

 別に着地点に蛙やらがいたわけではない。音源は俺の喉だ。
 跳ね起きようとした瞬間、何かに首を引っ張られた。
 当然の結果として俺は空中首つり未遂というあまりにも間抜けな結果に終わったわけだ。
「なっ?!」
 状況を確認しようと首を触ってみるが、特に変わった点は見られない。
 周りを見渡してみてもロープや鎖といった拘束具の類は見当たらない。
 恐る恐るゆっくりと身を起こし、ベッドから降りようとすると今度はやんわりと体をひっぱる感覚があった。
 もちろんその感覚の源は先ほどと同じ首のようだ。
 冷や汗が流れた。この奇怪な現象に遭遇したことへの恐怖ではない。
 今やそんなことはドブに落とした一円玉よりもどうでもいいものになっていた。

―俺の後ろに、誰かいる―

「いい加減暴れるのをやめたらどうかしら?」
「うわぁっ!」
 突如後ろから投げかけられた言葉に、俺は情けなくも悲鳴じみた声を高らかにあげてしまった。
「あなた、今の自分の……」
「お前誰だっ! なんで俺の部屋にいる?!」
 彼女(名前など知る由もない)が投げかける言葉も無視して、俺はそいつに怒号を浴びせかけた。
「だから今説明しようとしたじゃない。せっかちは嫌われてしまいますよ?」
 あたかも俺一人が悪者のように振舞うそいつは、改めて見てみると美しかった。
 いや、美しいという表現は似つかわしくないかもしれない。
 なんというか、パリのベルサイユ宮殿からそのままそっくり出てきたような高貴な雰囲気をかもし出している。
 そう、美しいではなく麗しいだ。顔を直視することすら恐れ多いような、そんな空気を彼女は持っていた。
「いつまで人を上から下へと舐めまわすような目線で見ているのかしら?」
 問われてようやく宇宙の彼方へと光速で旅をしていた俺の意識は本来あるべき場所へと舞い戻ってきた。
「あ、すまない。とりあえず、説明を簡潔かつ詳細に頼む」
「難しいことを言うわね、簡潔と詳細は対照的なものではないかしら?」
「どうでもいい、早く説明とやらを頼む」
 今思えばやめておけばよかったかもしれない。
 この時点で説明を聞かなければ、俺は普通の生きてる人間として残りの人生を謳歌できただろうに。
 
「じゃあまず核心を突く現実から伝えるわ。あなたは一度この世界から省かれました」
「……は?」
 この世界から省かれた?なんだ、俺は留年でもしたのか?
「あなたは昨日、正確に言えば二〇〇八年五月二十七日午後七時二十五分、その天寿をまっとうしました。あら? 天寿っていうのは寿命を迎えた人に対して使うことばだったかしら?」
 何を言ってるんだ? 俺はここで現に生きているし、息もしている。
 確かに起きぬけに奇怪なことに巻き込まれた感は拭えないが、それ以外はいつもと変わらない日常だったはずだ。
 いや、俺の部屋にベルサイユ婦人(名称は未だ未定である)がいる時点ですでに日常とはかけ離れた位置に立っているのかもしれないけどな。
「チョット待ってくれ。俺は生きてるぞ? そしてここにいるはずだ」
「えぇ、今は生きているわ。ただし、人間としてではないのだけれど」
「どういうことだよ」
「あなた、腕とか足は調べていたみたいだけれど、心臓は動いていて?」

 背筋が冷たくなった。
 恐る恐る手首を掴んで脈をはかってみる。
 脈拍数…0
「あなたは死の瞬間に私に拾われた器よ。Soul Glassとも言われるわね。魂の入れ物ってこと」
「いや、ちょっとまて! 全然わかんねぇし、それに魂がなくなっているって話を信じるとしても、ここにいる俺は何者なんだよ?」
「だから言ってるでしょう? あなたは魂の入れ物、要するに私のコップなのよ」
 全くもって訳がわからない。
 魂の入れ物? コップ? なんだこれは。まさか怪しい宗教の勧誘などではあるまいな。
 そんな俺の心境を知ってか知らずか、婦人は新たな説明を付け加えてくれた。
「そうね、私の来た場所から話しましょうか。私が来たのはゼウス様が統括なさっている世界。そうね、あなたたちの感覚で言う『神話』ってやつかしら?
 昔の人たちは私たちの存在を知っていたのに、今のあなたたちときたら全く関心を示さないじゃない。
 それを見かねたゼウス様は地上にいくつかの神を降ろしたのよ。そして私はその一人、こっちの世界で言う『運命の三女神の一人、クロートー』というわ。
 私の役目は人間の生命の糸を紡ぐこと、私の姉さまに当たるラケシスは人間に命を振り分けるのが仕事。妹のアトロポスは人間に寿命を与えるのが仕事よ。
 あなたが昨日死んだのは、アトロポスがあなたの命の糸を切ったからね」
「わかった、理解はしてないが大まかなスジは伝わった」
「そう、よかったわ」
「……ということで」
「?」
「出て行けー!!」
 気圧されたのか、俺の怒鳴り声に対してキョトンとした表情を浮かべている自称女神様。
 だがそんなこと今の俺には関係ない。
「宗教の勧誘ならほかを当たってくれ、生憎俺には興味がない」
 まだ驚いた顔を貼り付けている女神はようやく正気を取り戻したかと思うと、俺の予想斜め上を行く発言をしてくれた。
「驚いたわ、意外と冷静じゃない」
 あぁ、だめだこりゃ……
「とりあえず、俺の首の自由を奪っているモノはお前の仕業だろう?」
「そうよ」
「ならいますぐそれをはずしてくれ。そしたら手荒なマネはしないと約束する」
 これくらいが譲歩の限界というもんだ。
 しかしそいつは、五十%増し(当社比)の笑顔で爽やかに打ち消されることになる。
「無理です。だってそれ、あなたが私の所有物であることの証ですから」
 な、な、なんだってー?! 
 それまで平静を保っていた俺だったが、この時ついに我慢の限界を迎えたらしく……
 後日談だが、見事な卒倒ぶりだったという。
 まったく、俺の心臓はゴマ粒より小さいチキンハートなんだっつの……やれやれ。
さて、俺がそうやって卒倒している間何をしていたかというと、自分の夢を見ていた。
 随分と長い夢だったように思う。しかも、今朝見た悪夢ではなく、どうということはない日常が目の前に広がっていた。

 『キンコーンカンコーン』

 無機質なチャイムの音でその日の授業の終了が知らされる。俺はヨダレの垂れた机からゆっくりと顔を起こし、数学教師が退場する様を見届けた。
「ふぁ〜あ……」間接をぱきぽきっと鳴らしながら伸びをすると、後ろから声が掛けられた。
「トーマ! 今日ゲーセンいかね?」
 声を掛けてきたのは俺の一つ後ろの席の白瀬真人だった。ついでに何の因果か俺の席は教室中央一番前というすばらしい席だった。
「ゲーセン? 悪い、今日は眠いし帰って寝るわ」
 真人はちょっと意外そうな顔をしてから、「そうか、珍しいこともあるもんだな」と余計なことを言いやがった。
 今呼ばれた通り、俺の名前は藤間だ。苗字にもあるらしいが、俺の場合は名前になっている。
 柊 藤間(ひいらぎ とうま)、特にどうといった特徴もない普通の名前だ。そしてこの学校、私立青城が岡高校は偏差値も低め、でいて校舎は二年前に建て直されたばかりという不良連中にはおあつらえ向きの学校だった。
 立派なのは名前だけで、その実中にいる人間はろくなものではない。便所は喫煙所と化し、無免許でバイクに乗るものも後を耐えない。
 でも俺はこの環境が気に入っていた。なぜかって? 俺も不良だからさ。
 途中顔見知りに軽い挨拶を交わしながら坂を下っていく。男子生徒の中には俺を忌み嫌っている連中もいるらしいが、俺には関係ない。
 以前真人に聞いたことがあるが、俺が嫌われているのはどうやら『モテるから』らしい。下らないことだ。
 ナルシストだと勘違いしないでほしいが、俺は自分を不細工だと思っていない。それなりに顔らしい顔をしていると思っているし、鏡で見ても不思議な場所はないと思う。
 しかし、だといってバレタインに三十人近い女子からチョコを渡されるような覚えはない。
 あの時はマジで大変だった。捨てるわけにもいかず、冷蔵庫に保管しつつ全部食ったんだからな。それ以来俺はバレンタインデーというキリストの死を祝う祭りの日には学校に行かないように配慮しなければならなかった。
 さて、さっき俺は不良だといったな。外見はまさしくそうだろう。制服を着崩し、髪は茶髪と典型的な不良スタイルを貫いている。
 耳にはいくつかのピアスとネックレスなどの装飾品も欠かさず身につけている。
 趣向品はセブンスター、友達……いや悪友には親父臭いと馬鹿にされるが、変えるつもりはない。
 そんな考えを巡らしながら一人帰路についていると、いつの間にか商店街付近までたどり着いていた。
 俺のことを初見な人間はぎょっとした表情を見せるが、見慣れた肉屋の親父などは気軽に接してくれる。
「よぉ! トーマじゃねぇか。安くしとくぜ! 肉買ってきな肉!」
「悪い、まだ冷蔵庫にこの前のがあんだよ」
 そんなたわいない会話を交わすくらい、俺の顔は地元では知れていた。ちなみにこの前とは、肉を安くするという売り文句に見事かつがれ、生肉を三キロほど買っていったということだ。
 歩くだけであちこちから掛けられる声を適当に流しながら、俺はそんなに長くない帰路を淡々と歩く。
 ちなみにこの商店街、名前を中町セントラル商店街というが、岡のてっぺんに位置していた。買い物帰りの奥様方が楽に帰れる設計なのかは知らないが、商店街の入り口をひとたびくぐると眼下には田舎とは程遠いビル街が広がっている。
 かといって緑が失われているわけでもなく、実の所ここからの景色は隠れた絶景スポットとなっていた。これから少し日が落ちてくるとビルのスキマからオレンジが漏れて山に陰を作る形になる。それは想像を超える絶景。子供の頃はそれを待っていてよく親にげんこつを食らったものだ。
 そして岡に一本だけ作られた蛇行した急勾配。買い物を終えた主婦がカーレースさながらのホットなバトルを繰り広げる戦場になっている。
 この坂を下りきって、下に見えるビル街の一角にあるマンションの五階、それが俺のねぐらであり自宅というわけだ。
 そのマンションは分譲だが、一介の高校生に過ぎない俺がそんなものを買えるわけもない。親の形見であり、別の言い方をすれば遺産となる。
 両親は俺が小学4年生になったばかりのときに親戚の葬式に出席するために車を運転していたとき、不幸な事故にあって死んだ。高速道路でトラックに追突され、その弾みで側壁にたたきつけられたという。
 ほとんど二人とも即死状態だったそうだ。それから俺は親戚の家に引き取られることになったが、それからの生活は悲惨なものだった。
 俺は部屋から出てこなくなり、預かってくれている親戚のおばさんにも多大な迷惑をかけた。中学もろくに登校せず、自分の殻に閉じこもる毎日を送っていた。
 そして中学三年の冬、いわゆる受験シーズンという一大イベントの真っ只中。俺は相変わらず部屋に閉じこもる生活を続けていた。
 そんな俺に痺れを切らしたおばさんは、ひとり立ちさせるためだというもっともらしい言い訳をつけて、俺を遺産であるマンションに移らせた。まあ、当然といえば当然な結果ではあるがショックを受けたことは事実だった。
 その頃の俺はまだ両親が死んだことも認められていなかった。
 そして中学の先生と相談した挙句、俺は地元でも不良の集まる高校で有名な青城が岡高校に進学を決定した。理由の一つは俺には高校レベルの勉強についていくだけの頭がなかったこと、そして二つ目は無理なく通えるという理由からだった。
 でもそんな目論見は入学と同時に打ち砕かれることになる。入学式の真っ最中、隣に座っていた男が話しかけてきた。いや、話しかけてきたという表現はふさわしくないかもしれない。正確には、『ケンカを売ってきた』となるだろう。
 そして校長の祝辞が終わった瞬間、俺たちはコブシで語り始めたわけだ。それは壮絶な戦いだったが、その頃の俺はめちゃくちゃに荒れていたために、そいつの顔がぼこぼこになるまで殴り続けていたそうだ。
 そして『俺たち』は友達になった。いや、何度も訂正するようだが『悪友』だな。そう、現在俺の後ろに居座っている奴、白瀬真人だ。
 こうして俺たち二人は『入学式にもかかわらず喧嘩を繰り広げる超不良』というありがたくもない称号をいただいた。その後も真人に言われて髪を染めたり、ピアスを空けたりと噂にたがわぬ不良街道を歩き始めたわけである。
 タバコもそうだ。俺は一度だけ真人に親のことを話したことがある。未だ両親が死んだということを認め切れていなかった俺は、親友の前で大粒の涙をこぼした。そのとき真人はこう言った。
「男は人に涙を見せるもんじゃねぇ。泣きたくなったら一服つけて落ち着けよ」と。今思えば鳥肌が立つようなクサいセリフだったが、その頃の俺にとっては天使でも現れたかのような感銘を受けた。
 その時からだ、お互いの弱みを見せ合い、ときには派手にケンカをやらかし、そして一緒に笑うようになったのは。
 商店街から続く坂を下りながら、俺はふと笑ってしまった。あれから一年、俺も無事二年に進級を果たした。もし真人がいなければ、あいつが入学式でケンカを吹っかけてこなければ、俺はどうなっていたんだろうか?
 多分だが、今でも殻にとじこもる生活を続けていただろうな。気持ち悪い話だが、今更になって感謝の気持ちが沸いてきた。明日ジュースでもおごってやろう。
 そんなことを思っていた所で、目が覚めた。眼前に広がるのはいつもの風景、見慣れた黄ばんだ天井。長年吸い続けたタバコの弊害だ。
 ふと頭に手をやると、少し湿ったものが手に触れた。タオルを水に浸して頭に当ててくれていたようだ。
 もちろん犯人はわかりきっている。突如現れ、突如俺の命を否定し、そして突如あなたは私のものとかいう一部のM男が喜びそうなセリフをのたまってくれた(自称)女神様だろう。
 まあ、あれだ……とりあえず今だけは感謝しといてやるよ、心の中だけでな。
「まあ、それはありがとうございます」
「うっわああああ!!」
 俺は本日二度目の奇声とも嬌声ともとれないかくも情けない声を上げてしまった。
「え?! 心が読めるのか?」
「誰にでも独り言を呟くことくらいあると思いますよ」
 しまった。つい一人暮らしの癖で口に出ていたか、以後自重しなければな。こいつに何を言われるかわかったもんじゃない。
「ところで……」
「ん?」
「私がこの世に来たのはゼウス様のご命令だというお話はいたしましたよね?」
「ああ、何だか聞いた記憶はないこともないな」
「今から約二時間ほど前、その命令が変更されました」
「ああ、そう」
 別に興味はなかった。俺には全く関係ないことだと思っていたし、何より関係あっても協力なんざ最初からするつもりなんてないと思っていたからな。
「このまま行けば、人類……いえ、地球はあと一ヶ月もしないうちに滅亡します」
 な? 別にどうってことない……ない?
「はああああああ?!?!」
 なく……ないよな。地球が滅亡? どこのSF映画の話だそれは。
「どういうことだ? 宇宙人が地球に侵略に来たりするのか?」
「いえ、しかしそれに準ずるといえば準ずるかもしれません。先ほどのゼウス様からの連絡によれば、冥王サタンが百匹の魔物を地上に放ったとのことなのです」
「は? 魔物? そんなことを信じると思うのか? 俺は悪いが真っ当な人間だ、いや……少なくとも真っ当ではないかもしれんが、とにかく! そんなことをほいほい信じられるほど頭のネジはぶっ飛んでいないつもりだぞ」
「ご心配なく」
 何がご心配なくだ、こいつがいい笑顔で言ったことには大抵ろくなことはないだろうっていうのは失神する前の出来事ですでに学習済みだ。
「魔物は実在します。この星の創作物によくあるような……えーっと、『幽霊』といいましたっけ? のようなごく少数の人間に見えるものではなく、人間全ての目視によって確認することが出来る物体です。そしてそれを証明する機会はすぐにやってきますよ」
「は? どういうことだ」
「あと三秒といったところでしょうか」
 三秒、それは人生の選択を迫られるにはあまりにも短すぎる時間だった。しかし、その時点で俺の人生はとてつもない方向に転がり始めていたのだろうと思う。
 地球上でもっとも長く感じられる三秒が経過した。最初はやっぱり嘘だったんだと思ったさ。あのけたたましい雄叫びを聞くまでな。
『グガオオォォォ!!!』
 まさにこの世のものとは思えないような叫び、聞くもの全ての血管を凍らせてしまうような死の鐘。そして往来する人々の悲鳴。
 俺は何が起こっているのかわからなかった、わからなかったから窓を力いっぱい開けた。そしてソイツを見た。
 身の丈はゆうに三メートルを超え、丸太というには細すぎると感じるほどの腕、醜く歪んだ顔を持ち、全身を薄緑で覆った怪物がそこにいた。手には人間なんて一撃で粉になってしまいそうなほどの太い棍棒をにぎっている。この世界、ゲームの中などに存在する最初の雑魚キャラ、俗に言う『オーク』と酷似していた。
「あれは一番目の魔物、オークです。オークは頭こそよくないですが、力は人間の適うものではありません。ここまで言えばおわかりでしょう? あなたは私の物、アイツを倒しなさい」
 無茶言うなよ……あんなのと戦えるわけないだろ。俺は普通の人間なんだ、あんなのと戦ったらぐちゃぐちゃに潰されちまう。
「いいえ、大丈夫です。言ったでしょう? あなたは魂の器、空の人間です。そして私は女神、この意味がわかりますか?」
「わからん」
「でしょうね……過去には英雄と呼ばれた人々がたくさんいます。アーサー王、ヘラクレス、ダビデなど、挙げればきりがありません。私はその英雄の魂をあなたに注ぐことが出来るのです」
「つまり、どういうことだ?」
「はあ、頭が弱いのですね。つまりあなたは生きたまま英雄の魂を持つことになるのですよ。そしてその持てる魂の量はあなたの器の大きさに左右されます。せいぜい2〜3人が限度でしょうけどね」
 そいつは薄く笑いながらそう言った。もちろん俺はOKするつもりなんてなかったさ。けどな、人の話を聞かないんだ、こいつは。
「ではイキます」
「はっ?! ちょ……まっ」
 待ってくれと言いたかった。結果的には言えなかったわけだが、言っても結果は変わらなかったような気がするな。

―偉大なる英雄の魂よ 汝の心清らかにせしめし精霊の巫女よ 汝らの力を貸したもうな 今我らに 百の悪に対抗する術を与えたまえ―

 体が、熱く震えた。

2008/05/09(Fri)08:28:01 公開 / *菱
■この作品の著作権は*菱さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
小説はやっぱり難しいです……
個々の表現方法ひとつで全く違った世界観を生み出せたりしますし、またそれが野暮ったさやまとまりのなさを表してしまいます。
どうかみなさん、痛烈な言葉で叱咤してやってくださいませ。
その言葉を胸に、日々精進していきます。よろしくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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