『名前。』 ... ジャンル:恋愛小説 リアル・現代
作者:砂糖水                

     あらすじ・作品紹介
ほんのり桜の色に染まる手前。

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名に宿すお前の心。

 それは、他愛も無い一言から始まった物語。
「ていうかさ、テレビとかでよく聞くんだけど。名前ってその人の何かを表してるんだよね?」
「………。……え?」
 一瞬だけ時間が止まる。

「確かにそれは、そうだけど……。ていうか何? 唐突に」
「いやね。ぼや〜んって感じにさ、そういうのが脳裏に浮かんできたのだよ」
 飲もうとして口元に近づけたコーヒーカップを持つ手が、軽い沈黙と共に一時停止した。
 にこやかというには少し遠く、はにかみ笑いというには程遠い含み笑いを浮かべて笑ってる彼女の脳裏に古典的表現のような記号が俺には見えた気がした。
 そういえば、昨日そのような類の番組を一緒に観ていた様な記憶が蘇る。でも、今この場所で言い出す内容なのか?

 人は誰しも、「ふと思いつく」という行動があったりなかったりする。本題を流している最中に何気ない顔で他の話題に切り替えようとする人も多かれ少なかれ居ると思うが、彼女の場合はなんとなく思い出した話題が口元からコロリと出たのだろう。
 別に今これといって、俺らは本題になるような話しはしていない。
 俺ら二人は一つの四角いテーブルの上下を囲んでくつろいでる。外がやけに冷え込むので何か温かい飲み物でも飲もうという考えが一致したところで、彼女が淹れてくれたホットコーヒーをゆっくりと飲み込む。つけっぱなしのテレビを二人で眺めて、二人で同じものを見て、くだらなくもまともな日常生活について語ってみたりして……どれも本題には程遠いものばかり。
 それなのに彼女は唐突に話題を変えた。しかも昨日の見たテレビの話題だった。
 まあ……他に話す話題も無かったというより、そろそろ話題が尽きてきたころだったし。個人的には困らないから良いのだが……。
「でねっ。三十路裕也と堀あんず……ってさ、私達って何でこんな陳腐な名前なんだろね」
「知るかよ。ていうか、そんなこと言ったら親御さんに失礼だろ?」
 彼女の問いに呆れながら対話する俺。確かに、少しくらいは俺も自分の名前に疑問を抱いたことはあるが……それを今更、直球(ストレート)にして言わなくてもいいじゃないか。
 ていうか、改めて問いだすって事は自分の名前に不満でもあるのか? そりゃ俺にだって、もうちょっとかっこいいというか響きがいい苗字が欲しかったとか思い込んだ日もあったけど……君はまだいいじゃないか。ホリって。何だかお笑い芸人みたいでさ。
 比べて俺なんて、三十路だぜ? まだそこまで達してないうちから、三十路だぜ? ちょっとだけ悲しかった。今となっては慣れたものだけど、あえて引っ張ってくる彼女の行動がわからなかった。丁度そのときの例えが、俺らの名前って……。

「確かに苗字と名前がかみ合ってないっていうのも時たまあるし、妙に組み合わせがいいときと悪いときがあるよな……」
「でしょっ? ゆうちゃんは如何にも男の子〜って感じがするけど、私なんて食べ物の名前だよっ。この前、歯医者さんで順番待ちしてて自分の名前が呼ばれたときね、自分の名前聞いただけでヨダレが出ちゃったよ!」
「………。……そのわりには嬉しそうだな」
 今、この状況の中で温度差が激しく感じるのは俺だけだろうか? 急にハイテンションになろうと、熱がこもったような話の成り行きを目の前で話している彼女を見るのは嫌な感じはしない。むしろ彼女の話を聞いていると安心してくる。だけど何か少しずれている気もするが、これはこれでありなのかもしれない。僅かな言葉でさえ勝手な解釈と共に自分の心に想い浮かべる。
 言い換えれば、己の肝に強く命じているような感じだ。彼女は最初、歯医者で自分の名前を呼ばれた時に少し困ったという話で登り始めたのに、言葉の下りはヨダレが出たというはしたない落とし方に持っていった。
「うんっ。だって、あんずって美味しいじゃん」
「まあ、……俺もあんずが好きだ」
「えっ、うっそお! 今、ゆうちゃん私に告ったの!? やっだあっ! 凄く嬉し〜っ!」
「‥ちょっと待て。俺は”果実の杏”が好きだといったんだ。おまえぢゃない」
 相手が嬉しげに体験談を語る傍らで、女の子がヨダレとか言っていいものなのか。いや、良くないだろう。というか、そこは敢えて「お腹が空いちゃった」くらいの言葉でカバーするのでは? 俺にはいまいち理解が出来なかった。でも、何故……。「俺が彼女に告白する」という流れに、いつからなったのか。ああ、……彼女は何もかも無理やりな方向へ持っていく。いくら唐突に思い出したからといって、告白まで持ってこなくてもいいじゃないか。何故か、彼女の罠に引っかかった気がする。こんな俺って、変ですか? ていうか、否定文の後に「嬉しい」って、本心はどっちなんだ。
「私も、ゆうちゃん好きだよ? 大好き! ラブけってーっ!」
「……勝手に決めるな」
 名前なんて、気にしなければそのうちなれるもの。名前なんて、本名知らなくても周りが頻繁に使うあだ名だけを覚えてる君は「そういえば君、本名なんだっけ?」と聞き返される。結局、本名を明かしても次の日になればまたあだ名で呼んでる。だからあだ名は便利なんだ。
「ところでさ、‥」
「何?」
 今更問いただしても、何かが遅い気がした。仕方なく彼女の茶番に付き合うことになった俺、三十路裕也。読み方はご覧のとおり「みそじゆうや」である。出来れば「さんじゅうろう」と読んでほしい。ああ、無理だろ。分かってる。当て字で読んでも、流れ的なもので読んでも、みそじはみそじのままである。さんじゅうろうなんて言ったら、それでこそ何かに引っかかる。
「私たち何の話してたんだっけ?」
「………もういい」
 引っかかっても、それはそれで淡い思い出と一緒に流されていく。人なんて、そういうもんだ。

2008/04/12(Sat)12:07:54 公開 / 砂糖水
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■作者からのメッセージ
久々に更新。放置しててすみませんです;
少しゆるぅ〜い感じの恋物語(?)を一応、完結させました(苦笑)
というか、バカップル?(汗)というより案外フツーなひとコマです。
こんなんですが、よろしくお願いします。

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