『藍色の空』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:河灯 良平                

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 結婚生活が長くなるに比例して、僕と彼女の距離も離れていった。
 僕の仕事の多忙さが、原因だろうか。
 兎に角、彼女には罪はない。
 暗いリビングで一人、晩酌をしながら寂しく、思いにふける。
 グラスの中のウィスキーを、一気に流し込む。
 とろりとした黄金色の液体が、僕の喉を焼きながら胃へと流れていく。
 アルコールが体に回っていくのに伴って、古い記憶が僕の体を駆け巡る。
 

 妻の順子と出会ったのは、大学のキャンパスだった。
 大阪の大学で、同じゼミを受講していた私たちは、お互いに惹かれあい、そして当然の様に交際が始まった。
 初めてのクリスマスは、僕が背伸びして高級なフランス料理のレストランを予約したが、お互い不慣れな場所だったので、作り笑いをするのが精一杯で味は分からなかった。
 しかし、私たちは幸せに包まれていた。そして僕たちは、初めて一つになった。
 小さないざこざはあったが、交際は順調だった。
 特に問題なく大学を卒業し、周りの友人たちと同じように就職した。
 僕らは同じく、東京の企業に就職することになった。
 僕は唯一内定をもらった企業が、東京であったのが、上京の理由であったが、順子が東京の企業に就職したのは、僕と離れたくないからだったのだろうか。
 僕は真相を知らない。これは順子本人しか分からないことだ。
 東京に移り住むと同時に、僕たちは同棲を始めた。彼女の両親は渋い顔をしたが、僕と彼女の必死の説得が功を制し、最後は快く送り出してくれた。
 お互いの仕事は至って順調だった。休日には近所の公園まで二人で手をつなぎ、散歩をした。
 変化が起きたのは、僕たちが上京して二年目のことだ。
 順子が妊娠したのだ。
 彼女の報告に僕は、激しく動揺したが、心の底から感動した。そして、二人で抱き合って泣いた。
 産まれてきた我が子は、三千グラムの女の子。母子ともに至って健康だった。
 家族が増えた事に、僕は感動して泣き、そんな僕を見て順子は笑った。
 娘には、二人で悩み抜いた結果、産まれた日の空が美しい青色だったのと、皆から愛されて欲しいとの意味を込めて、「藍」と命名した。
 僕は家族の笑顔を絶やしたくなくて、必死に働いた。
 その甲斐があって、僕は出世し収入も増えた。
 僕はこの時に、気づくべきだったんだ。
 この頃から、家族を以前ほど見なくなった。
 順子との会話が減った。
 娘と遊ばなくなった。
 家族の繋がりが希薄になってなってしまった。
 薄々気づいていたが、こんな風になったのは自分のせいだと思いたくなかった。
 だから、家族の為だからと言い続け、働いた。
 そして……


 冷蔵庫の製氷機が氷を作る音が、ゴトッとして、僕は現在に引き戻される。
 長い間、回想していたように思えたが、時計の針は五分ほどしか進んでない。
 グラスを机に置き、僕は立ちあがる。
 その時、机の上に置かれている紙に気付く。
 それは、娘の授業参観の知らせだった。
 参観日の日付は明日。
 去年までは、参観に来るように順子に言われていたが、今年はついに言われもしなくなってしまったか。
 その原因は、仕事を理由に初めての参観日以来、断り続けていた僕にあるのは、分かっている。
 その紙をしばらく見ていたが、同じ場所に戻しベッドに向かう。
 明日も仕事がある。娘の参観には行けそうもない。
 僕はベットに潜り込み、胸に何か暗く重いものを抱きながら、眠りについた。


 今日の天気は素晴らしく、青く澄みとおった空には雲一つない。
 僕は、自宅から徒歩十五分程に位置する、私立あおば小学校の校門に立っている。
 会社には、体調不良と伝え休暇をとった。
 娘の学級は三階の二年三組だ。
 教室の扉を開けると、すでに授業は始っていた。
 僕のドアを開ける音を聞いて、一瞬、教室の全員が僕に注目する。
 その中にもちろん、娘もいた。
 娘は僕の顔を見ると、満面の笑みを浮かべ、ほんの小さく手を振る。娘の笑顔を見た瞬間、胸が熱くなるのを感じた。
 今度は視線を教室の後方に移すと、多くの保護者の中に、驚きの顔を隠せずにいる順子がいた。
 僕は素早く、彼女の横に移動し、肩を並べる。
 彼女の顔を見つめ、彼女も僕の顔を見つめたが、彼女は笑ってくれなかった。
 授業は進み、娘が算数の問題に何度か答えた。
 その姿を見て、娘が急に大きくなったように感じた。それほど、僕は日ごろ娘を見ていなかったのだろう。
 授業も終盤になり、恰幅が良い担任の先生が、保護者に挨拶を始める。
 そう言えば、担任の先生を今まで知らなかったことに、気づく。一体僕は娘の何を知っているのだろうか。
 先生は、今日参観に来た保護者に、礼を述べ、頭を下げる。
 そして、後ろに張ってある絵は子供たちが自分の両親を書いたのですよ。と先生は言った。
 一同は振り返り、僕は急いで藍の名前を探す。
 僕が名前を見つけるのと同時に、順子も名前を見つけたみたいだ。
 僕らは見つめ合い、ほほ笑んだ。
 そこには、クレヨンで美しく彩られた僕と順子が手を繋ぎ、笑っている絵があった。


「なあ、順子。お前が東京に来たのは、俺が東京の企業に就職したからなのか?」
 僕は順子にたずねる。
「そんなのこと、今まで気づかなかったの? まったく呆れるわ」
 少し前を娘と歩いていた順子は足を止め、振り返って言った。
「今までの事は、俺が悪かったと思ってる。本当にすまない」
 それを聞いた順子は俯き、そして顔をあげて、僕の顔をしっかりと見つめた。
「全てあなたせいではないわ、私にも悪い所はあったの。これは家族の問題よ」
 そう言った順子の目からは、涙がこぼれていた。
 僕は目に溜まった涙をこぼすまいと、上を向く。
 そこには雲一つない、藍色の空が広がっていた。
 僕らは、昔二人でよく行っていた公園を、手をつないで通り過ぎていく。
 
 三人で。

2008/01/24(Thu)00:53:13 公開 / 河灯 良平
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