『くびき りんね』 ... ジャンル:童話 リアル・現代
作者:模造の冠を被ったお犬さま                

     あらすじ・作品紹介
 ダイアログのつもり。でもたぶん搾取。

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くびき りんね







「死んでも、意識ってのはあるものなんですね」
「それが意識かどうか、俺にはなからないけどね」
 まれにある。
 死体に触れると、思惟が俺に流れ込んでくる。
「……びっくりした。死ぬと人間と話すこともできるのですか」
「独り言か。反応して悪かったな」
「いえ。死んだ後のことなんて考えたことがなかったのですが、漠然と、消えてなくなるものと思っていましたので。これはおいらの残りでしょうか。おいらはどうなるのでしょう」
「死んでも肉は残るさ。意識も、残っているのだろ。肉の行方はわかるが、意識がどこに行くのかは知らない」
「はぁ。人間にもわからないことがあるのですね。目が見えないまま歩くようで、おっかないです」
「俺の知っている限りではが小さくなってゆき、そして聞こえなくなる。それが消滅なのか、小さくなるばかりでなくなることはないのか、フェイドアウトしていってどこか別の場所にゆくのかはわからない」
「そうですか。……そんな感じでしょうね」
 言葉を反芻する姿を、容易に思い浮かべることができた。
 ウシと話をする経験は片手分だけある。
「物分かりがいいな。死んだものたちは総じてそんなものだが」
「死んでまでわがままを通そうとは思いませんよ」
「生きているときのことが俺にはわからないから、なんとも言えないな。憎くないか」
「殺されたことが、ですか」
「人間に殺されたことが。人間の俺が」
「あんたに殺されたわけじゃないでしょう。死ぬのは怖いし、死んだのは悲しいけど、殺されたことは特になんとも思いません」
 あれはいつのことだったか。
 間もない頃だったと思う。生まれてではなく、生まれ変わって
「あるカラスと話したことがある。人間のことを憎み憎み、憎み通していた」
「それだけ人間を憎むことができるとは。なぜ憎んだのでしょう」
「『人間が居場所を奪った。住処も餌場も何もかも。人間さえいなければ。せめて節度を守っていれば。こんなことにはならなかった』」
「わからなくもないです。でも、同じように感じることはありません」
「それは諦めか」
「たぶん、別物です。おいらには諦めるものがありませんから。憎むものもやっぱりないんです」
 わからない。
 何度、聞いてもわからない。言葉は通じているはずなのに。
「わかろうとしたってわからないことはありますですよ。おいらだって人間の考えることはわからない。わかろうとしたことも、ありました」
「知っていれば変えることが」
「『なぜ憎まなければならないのか』、それがおいらにわからない。自分がされたら憎いから。そんな思いでしょうか。だったら、おいらがあんたに思うのは『傲慢だな』です。おいらはあんたとは違う」
「俺は」
「諦めるものも、憎むものもない。命を与えられたから怖さと悲しみを感じたたけど、ほかにはなにもない。奪われるものはない。カラスは、奪われたのでしょう。居場所を奪われた。だから、奪った人間を憎んだ。おいらは最初からなにも持ってないんです。なにも奪われてない。どこに憎むところがあるでしょう。なにを負い目に感じているんですか。馬鹿にしているんですか」
「別に、俺は。──わからない。しかし、自由を」
「『自由を奪った』と。あんたは自分が自由だとでも言いたいんですか。『できないことも、してはいけないこともなかった』と、そう言いたいんですか。それが自由ですか。おいらにそんなものはなかった。これで満足ですか。おいらが不幸なら満足か」
「違う」
「なにが違うんです。あんたが自由ということか。それとも、この程度のおいらの不幸では満足しないということですか。じゃあ、これならどうです。おいらにはカラスのような翼がない。だから空を飛べない。空を飛べないから憎い。空を飛ぶことができるカラスが憎い。なんていう不幸だろう。とてつもない不幸だ。だが、あんたにも翼がない。翼がないあんたはカラスが憎いか。不幸だな」
「憎まない。不幸でもない」
「おいらは牧場で草を食み、飼料を摂り、牛舎で眠り、星を見上げ、目覚め、朝の光を浴び、朝の風に当たり、日なたの草地をゆっくり歩き、横になって日光浴をする。殺されるまでのあいだずっと」
「殺されることが不幸ではないと言うのか」
「生きていたいのに殺されてしまうことは不幸でしょう。でも、憎む相手はいない。運命でも憎んでおきますか。おいらにとっては、殺されたときが天命のとき。殺されるために生まれ、殺されるために生きてきた。やっぱり憎む相手なんていないんですよ」
「憎まないんだな」
「憎みません。だからどうぞ、食べてください」
 鉄皿の熱気はかなり冷めてしまっている。ソースが飛ぶこともない。
 フォークを肉に突き刺す。
「お願いがあります」
「一生のお願い、か」
「感謝はしなくていいです。でも、すべて食べてください」
「ここにあるのは一部だ。ウシだった頃の肉がすべて俺の前にあるんじゃない。だが、ここにあるだけでいいというなら約束しよう」
「ああ、もうおいらはウシではないんですね」
「ステーキだ」
「ステーキを、食べてください」
 切った肉を口へ運ぶ。咀嚼して、嚥下。
 切る。食べる。切る。食べる。切る。食べる。切る。食べる。切る。食べる。切る。食べる。切る。食べる。
 冷めている。固い。なにも言わなかった。なにも聞かなかった。
 「おいしい」と言うべきなんだろう。
 しかし、味を感じない。







2007/12/23(Sun)12:44:33 公開 / 模造の冠を被ったお犬さま
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■作者からのメッセージ
 私の○○観。
 気分を悪くされたなら、ごめんなさい。謝ります。
 読み手になにかを考えさせる書き物というものを、ごくまっとうに書いたらどうなるか試してみました。
 ちなみに、この書き方はドンベさんから奪いました。勝手に奪って勝手に感謝します。ありがとう。
 ここの感想欄にはなにを書いてくださっても構いません。気付いた範囲ですべてリプライし、私の血肉にします。
 私もそうとう、悪食です。

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