『近くて遠い二人』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:R.K.ネット                

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「退屈ね」
 色白で眠そうな少女ともなんとも言えない女性が言った。
「……そうだね」
 これまた年齢不詳、と言うか子供っぽい女性が漫画を読みながら答えた。
 どちらもおそらく中学生料金、もしかしたら小学生料金でも映画が見れるような容姿だがれっきとした成人女性ではあった。
 一応、二人の女性は同居人という立場にある。狭いアパートの一室と言う小さなスペースを共有しているのだ。ごちゃごちゃと片付いていない部屋、空いたスペースは布団を二つ分ひく程度の隙間しかなく、部屋を埋め尽くすのは高くつまれた漫画本と、一台のパソコンだった。
「あなたはマンガ読んでいるじゃない」
 色白の、微妙に不健康そうな女性の名前は小村紫、通称ヒッキーこと自宅警備員、もとい引きこもりである。
「ヒッキーだってなんかしてるじゃん、よく分かんないけど」
 うざったそうに答えた精神的に幼そうな女性は吉村さゆか、言ってしまえばニートである。
「私は仕事をしているのよ、酷くつまらないけど。あとヒッキーってゆーな」
 無表情に紫が答える。よく見ると紫は確かに何かを袋詰めにしている。
「ええっ? びっくりだよ、ヒッキーが仕事してる」
 さゆかは少し紫のしている内職に興味を示しているようだった。
「少しはあなたも仕事をしたらどう? あとヒッキーってゆーな」
「働いたら負けかなと思ってる」
 ニコニコとさゆかが言った。紫は当然呆れる。
「はぁ……、それはきっと勘違いよ」
「ちょっ、ボケたんだからつっこんでよ」
「どうして?」
 あくびをしながら紫が聞いた。
「寂しいじゃん」
 さゆかはこれがこの世の真理だとでも言うように言った。紫は眉一つ動かさない。
「あらそう、私は退屈よ?」
 これっぽっちも興味が無い様子で紫は答える。だが袋詰めをしていた手は止まっていた。
「うむむむむ」
 さゆかはしばらく唸るとまたゴロンと寝転がって漫画を読み始めた。


  ◆◆◆◆◆◆


 一応、端的に説明しておくとこのアパートの大家はさゆかの両親で、二人の生活費のほとんどがさゆかの両親によってまかなわれている。多少古ぼけたアパートだが最近改築したばかりだし交通の便も良く、まあまあな良物件となっている。その一室を借りて生活しているのが紫とさゆかだ。何故このような状況になったかについては今のところ無視しておくべき事なのでスルーしておく。
 ともかく、この物語は二十歳近い女性二人の、たぶん奇妙な共同生活なのである。それと、狭いアパートの部屋にある風呂場は紫が銭湯へ行くのを嫌がったため全部屋に設置されたのを追記しておく。


  ◆◆◆◆◆◆


「……出かけてくる」
 ゆらり、と立ち上がったのはさゆかだ。紫は休憩と称して小説を読んでいる。
「どこへ行くの?」
 紫はかけていた眼鏡のレンズ越しに訊いた。軽い近眼なので読書くらいでしかかけないのだが、その眼鏡はとても似合っている。引きこもりなのでどうでもいいことなのだが。
「本屋さん」
 さゆかがふぁあ〜とあくびをしながら答えた。
「……そう、これを持って行きなさい」
 ちょうど良かった、と紫が物の山から探し出したメモと財布を渡す。
「なにこれ?」
「今月分の新刊と雑誌とその他私の欲しいもの。財布にはお金ぴったりしか入ってないから無駄に使ってはダメよ?」
 紫は何でもなさそうに言ったがさゆかはものすごく嫌そうな顔をした。
「……仕方ないわね。帰ってきたら、ご褒美あげるわよ」
 紫はさゆかの顔を見て適当な事を言ってみた。
「……これって百合フラグ立った?」
 少し考えてさゆかがとんでもない事を訊いた。
「立ってない立ってない」
 紫は呆れた顔で手を振った。
「う〜む、ご褒美かぁ……。分かった、行ってくる」
 さゆかはしばらく悩んだが決断したようだ。財布とメモを受け取り、自分の財布を持って行く。
「行ってくるよヒッキー」
 玄関の方で声がした。
「ヒッキーってゆーな」
 言い切る前にガチャンッとドアの閉まる音がした。
 紫はやれやれと首を振りさて、と立ち上がった。
「さてっと。ご褒美、どうしましょうか、この部屋に何かあるとも思えないし……、スレ立ててみるのも面白いかもしれないけど……」
 紫はパソコンの前に移動した。


  ◆◆◆◆◆◆


 夕方、さゆかが帰ってくると紫はパソコンでゲームをしていた。
「ただいま〜、ヒッキーご褒美ちょうだ〜い」
 ドサドサとさゆかは袋を部屋の紫ゾーン(乱雑に散らかっているように見える本の山にも一応の陣地はあるのである)においた。
「お帰り、さゆか。ご褒美はもうちょっと待ちなさい。もう少しで届くはずなのよ」
 紫は画面から目を離さずに言った。
「は〜い。ん? 何やってんの〜?」
 さゆかがパソコンの画面を覗き込んだ。
「私の好きなシューティングよ。対戦する?」
「するする〜」
 さゆかはお気楽に答えた。こんなのがニートとはにわかに信じがたい。でも理由がめんどくさいからで済んでしまう気もするのが怖い。
「さあ、いっくよぉ〜」
「私を倒そうなんて百年早いわよ」
 その後小一時間、二人はゲームに没頭した。


  ◆◆◆◆◆◆


「ぐああ〜、また負けたぁ〜」
 バーン、という効果音と共にさゆかが悔しがった。
「ふふ。言ったでしょう、私に勝つなんて百年早いって」
 紫の顔には勝者の微笑が浮かんでいた。
「まだまだぁ」
 さゆかの目にはまだ戦意が消えていない。約一時間後、いまだ対戦は続いている。戦績は紫、全勝。なんと言うか、容赦がない。流石は引きこもり、やり込んでいるとも言うべきか。さゆかもこれだけやられて戦意が消えないのは驚くべき事ではある。
 さゆかがゲームパットを握りなおしたところでピンポーンとチャイムが鳴った。閉鎖されていた部屋の空気が動き始める。
「やっと来たようね。さゆか出てきてくれる? 私の財布を持っていって」
 そう言う紫の表情はどこかおかしかった。
「にゅ? いいよ。まだやりたかったけど……」
 ペタペタ、とさゆかが玄関まで歩いていく。この娘は、と紫は呆れた。この娘はさっきの約束も忘れたのかと。まあ、今日と言う日を忘れるほどなのだからな、とも思う。
「にょぉぉ〜? なんだこれは〜?」
 紫は玄関から聞こえたさゆかの驚く声と、何かに影響されたであろう昼間と違う口調に笑った。


  ◆◆◆◆◆◆

 
 さゆかが出かけた直後、紫はご褒美と言ったものの適当に口から出た言葉なのでどうしたものかと悩んでいた。
「スレ立ててみるのも面白いかもしれないけど……。ん? これって……」
 パソコンの前に座った紫はふとパソコンの隣にあるカレンダーに目を留めた。赤丸された今日の日付、そこにはさゆかの誕生日のという文字が書かれている。
「ふぅん。今日あの娘の誕生日だったかしら? カレンダーに書いていなければ忘れていたところよ。まあ、あの娘は書いていても忘れるみたいだけど……」
 能天気なさゆかの顔を頭に思い浮かべて、呆れる。紫はまたやれやれと首を振った。
「……ご褒美、ねぇ…………」
 紫はパソコンのそばから離れ、電話を手に取った。慣れない手つきで電話帳をめくる。紫は久しぶりに電話をかける事をした。
「……もしもし?」


  ◆◆◆◆◆◆


「お寿司だぁ」
 さゆかがぴょんぴょん跳ねながら戻ってきた。手には出前の寿司を持っている。幸せの絶頂にいるかのような笑顔だ。
「お寿司よ」
 紫も軽い笑顔で答える。
「食べてい〜い? ヒッキー」
 さゆかの顔はワクワクという擬音が聞こえそうなほどに輝いている。
「あなたがヒッキーって言うのをやめたら食べていいわ」
「うにゅあ、難しい条件」
 うにゅぅ、と真剣に悩みこむので困る。
「全く……、簡単な事でしょうに」
 紫はスッと夕食の準備を始めた。さゆかはまだ悩んでいる。


  ◆◆◆◆◆◆


「いただきま〜す」
 さゆかが満面の笑みで言う。
「いただきます」
 紫も奮発した甲斐があったと満足すると同時に久々に見た寿司に感動していた。最後に寿司を食べた記憶が無くなるほどに滅多に食べないものが目の前にあるのだ、感激しない方がおかしい。さゆかの喜びようは子供のそれではあるが。
「ヒッキー醤油とって」
「ヒッキーってゆーな」
「じゃあなんて呼べばいいの〜?」
「私の名前、忘れてしまったの?」
「忘れた〜」
「……酷いわね」
 二人が食べ始めると、食卓に会話は無くなる。紫は元々喋る方ではないし、さゆかは食べ物や食べることに集中するからだ。
 だが、この日は違った。
「……でもさ」
「何よ?」
 普段なら食事中に話しかけるな、と言うところだったが今日は許す事にした。なんと言おうと、彼女の誕生日なのだ。
「なんでお寿司なの?」
 さゆかは本当に疑問に思った顔で聞いてくる。ここまでくると呆れを通り越して笑えてしまうな、と紫は思った。
「あれを見たのよ」
 紫はカレンダーを指差す。今日の日付の赤丸を。
「…………」
 さゆかはなんだなんだとカレンダーを覗き込み、固まる。直後……
「にょわ〜。わ、忘れてたぁ〜」
 とすっとんきょうな叫び声をあげる。やっぱり忘れてた、と紫が思ったところで、さゆかが紫の予想とは違う行動を始める。自分の区分にある荷物をあさり始めたのだ。
「どうしたのよ……?」
 紫が軽く驚いていると
「あったぁ」
 とさゆかが立ち上がる。
「さゆかさんのポスター発見っ」
 予想外の行動、言動に今度は紫がすっとんきょうな声をあげ……ることは無いものの、口をパクパクさせている。
「何それ?」
「何って、今日はさゆかさんの誕生日じゃないかぁ」
 そう言って漫画のキャラクターが描かれたポスターをピラピラ振る。
 紫は今度は自分に呆れた。哀しくあるが不思議な事に怒りは無かった。
「……なんだか、ねぇ。確か去年もあったわね、こんな事」
 確か去年はきちんと祝って、笑われた気がする。そんな事もあったなぁ、としみじみ思う。と言うか、涙が出てきそうだ。
「覚えててくれたんだ〜、ありがとね〜」
 さゆかは何も知らない顔で礼を言ってきた。その率直な礼が痛い。
「……まあいいわ。さゆか、お酒持ってきて」
「アイアイサ〜」
 さゆかは笑顔で冷蔵庫まで酒を取りに行く。ため息をついて、紫は自分の感覚がずれてきているのを感じた。なんと言うか、どうでもいいやと思うのだ。
「じゃ、改めていただきま〜す」
 さゆかの笑顔を見ていると。


  ◇◇◇◇◇◇


「……はっ、まさか……百合フラグっ?」
「やった〜」
「よろこぶなっ。て言うか意味分かったの?」
「いや、なんとなく」
 これは、奇妙な二人のなかなか奇妙な共同生活である。たぶん。
「あ、あとさ」
 さゆかが思い出したように訊く。
「朝やってた内職、あれどうしたの?」
「あれ? 捨てたわ。飽きたから」
「働いたら負けと思ってるの?」
「働くべきとは思ってるわ」
 他愛も無い会話は夜まで続いた。


  ☆☆☆☆☆☆


「退屈ね」
 紫がぽつりと言った。
「……そだね〜」
 さゆかは漫画を読みながら答えた。
「そういえばさゆか、訊きたいことがあるんだけど」
「なんだい? ヒッキー?」
 さゆかが視線を漫画から紫に移した。
「あなたの口調、昨日と変わっているけれどどうしたの? あとヒッキーってゆーな」
 紫は昨日の誕生会を思い出しながら言う。
「うにゅ? これかい? これはなんだったっけかな〜? なんかで読んだんだったと思ったけどな〜」
 うにゅにゅにゅ、とさゆかが悩みだす。
「いいえ、深い意味はないから気にしなくていいわ。ちょっと気になっただけだから」
「ふ〜ん、まあいいや」
 さゆかはまた漫画の世界に戻る。
 カチッカチッと時計の音が響く。


  ◆◆◆◆◆◆


「そういえばさ〜」
 さゆかが漫画を読みながら、思い出したように訊いた。
「何?」
「ヒッキー昨日さ、働くべきとは思ってるって言ってたけど、何で働かないの?」
「働いてるわよ? 昨日だって内職してたじゃない。あとヒッキーってゆーな、私は紫よ」
 紫がパソコンをいじりながら答えた。
「そうか、自宅警備員か」
 ポンッとさゆかが手を叩いた。
「……怒るわよ?」
 ギロリッ、と擬音が聞こえそうな勢いで紫が睨んだ。
「はわわ、冗談だよ〜」
 紫が拳を作るのを見てあわててさゆかが謝る。はぁ、と紫はため息をついた。
「まあ、確かにきちんとした仕事に就いてないわね。しかも内職ってあまりお金もらえないしつまらないし、いいこと無しよ」
「普通の仕事は? 外に出て働こうよ」
「嫌よ」
 紫ははっきりとした言葉で即答した。
「うにゅ、なんで?」
「嫌だからよ」
 紫は強い意志を込めて言う。
「ヒッキー無茶苦茶」
 ぶ〜、とさゆかが不平を漏らす。
「ヒッキーってゆーな、じゃなくて……。無茶苦茶なのは御互い様よ? 第一働こうとしないあなたの方が酷いんじゃない?」
 紫が腕を組んで言う。
「私は外出るもん」
 ふ〜ん、とさゆかは何でもなさそうに答えた。
「遊びまわってるだけじゃない」
「子供は遊ぶのが仕事だよ?」
 ニシシッと笑いながらさゆかは言った。
「はぁ……、あなたはもう大人でしょうが。それに子供の仕事は学ぶ事よ」
 紫は頭を抱える。
 むう、とさゆかが首をかしげた。
「とぼけても無駄、あなたは立派な大人じゃない。あなたが歩んできた時間も嘘偽り無いものなはずよ。あなたは自分が大人になったと言う事実から逃げているだけでしょう?」
 勝った、と心で紫は思った。言いたい事が次々と頭に思い浮かんでくる、もはや負ける気がしない。このような口論でさゆかが紫に勝てるわけないのだ、知能的に。だがしかし、さゆかは少し唸ったあと起死回生の一言を放った。
「うにゅう。あんまりうるさいとお父さんにいってアパートから追い出すよ?」
「ごめんなさい」
 紫はそれこそ光速で頭を下げた。実際のところ、ニートであるところのさゆかの言う事をさゆかの父が聞くとは思えない、何故ならさゆかの両親は外に出るが仕事をしないさゆかよりも外に出ない紫に味方するはずなのだ。風呂場の件でも銭湯に行けばいいというさゆかの言葉をを無視し風呂場を設置したのだが。実の子よりも居候を取ってしまう辺り、さゆかの両親もさゆか同様常人離れしたところを感じる。だが勝てる要素はあってもこればっかりは紫も無条件で謝ってしまうのだ。もしもと言う事がある、追い出されたらたまらない。住むところがなくなるのは引きこもりにとって、とてつもなくに恐ろしい。何故なら紫にとってそれは世界が無くなる事に等しいからだ。
「にゃは〜、そこまで謝るんなら許してあげるよ〜」
 さゆかは初めての勝利にガッツポーズをして喜んだ。
「やれやれ。……しかし、まあ」
 紫はため息をつきながら思う。
「何とかしなくちゃダメよね、人として」
 目の前で、さゆかは能天気に笑っていた。


  ◇◇◇◇◇◇


「う〜ん、どうすれべきかしらねえ?」
 紫が珍しく悩んでいた。
「どしたの?」
「働くべきよねえ、私達」
「う〜ん、働いたら負けかと……」
「幸せそうね、あなたは……」
 成人女性二人、今だ無職。就職する事はあるのだろうか。

2007/12/16(Sun)21:26:46 公開 / R.K.ネット
■この作品の著作権はR.K.ネットさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 修正しました。
 私はやはり未熟ですな、注意して読み返すと誤字が多かったです。
 無意識なのか脳内で文が構成されているからか問題なく読めてしまうのが怖いですね。
 

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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