『争いの中、君と出会ったから。』 ... ジャンル:異世界 未分類
作者:悠湖                

     あらすじ・作品紹介
戦火の中、ダートたちはある村へと行き着く。そこで、何が起こるかも知らずに。

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世は、戦争の火に包まれていた。
 戦争の火は二つ、バーシュダントとイラスカ帝国。
 イラスカ帝国による猛攻に、バーシュダントはなす術を失ったかのように見えていた。だが、バーシュダントは粘りに粘った。
 いつに終わるかも分からない、民は痛み、苦しんだ。
 そして、兵もまたその戦争に翻弄されていた。
 この話は、そんな兵と、民の物語。


 In the village, peace ……。

 
  
 一日前
 
 荒野に響く銃声。そして爆発音。
「くっ! ヤスト!!」
 俺は倒れている男に駆け寄ろうとした。
 しかし、イラスカ帝国兵は次々とこちらに進軍してくる。
「ダート! 何やってる! 逃げろ!」
 隊長の声。俺はヤストを置き去りにしたまま、走った。
 後ろには無数の兵。そして、無数の死体。
 俺はイラスカ兵目掛けて銃を発砲した。
「ぐわっ!」
 兵は倒れる。また死体が一つ増えた。
 ――もうすぐだ。もう少し走ればトラックがある。
 俺達は現在撤退中だった。敵国の戦力には勝てるはずが無い。
 比で現せば、7:3ってとこか。もちろんイラスカが7だ。
 勝てるはずねぇのに。なのに戦う意味なんてあるのか?
「ダート!! 急……ぐはっ!」
 味方がまた倒れた。くっ、クソ野郎め!
 俺は手榴弾を後方に投げつけた。これで、最後だ。
 
 爆発音が響いた時、俺はトラックに乗り込んでいた。
 しばらくして、トラックが出発した。一体どこへ向かうのだろうか。
「これから、近くの村に向かう。不可侵条約が結ばれている村だ。最も、今じゃバーシュダントの物のようなもんだがな。とりあえず、そこに向かう。何日滞在するかは着いてから話す。今は手当てなどをして体力を回復させてくれ」
 隊長が話し終わると、俺はまぶたを下ろした。
 
 
 一日目 


 戦争で傷つき、疲労している兵士を乗せた輸送トラックは、ある村に向かっていた。
その村は特別何かの施設があるわけでもない、貧しい村だ。
「……やべ、俺酔ってきちまったァよ」
 俺の隣に座っている男が頭を抑えながらうなだれていた。
確か……名はムラド、だったような気がする。
 車に酔いやすく、酒に弱く、しかし酒が何よりも好き。さらに女好き。
 ……それがムラドの特徴だ。
「なぁ、酔い止めもってねェ?」
 馴れ馴れしくムラドが話しかけてきた。
 俺は一言、
「無い」
 と言っておいた。
 するとムラドはまた、う〜、う〜、とうなだれながら他の兵士にも同じような事を聞いていた。
 ふん、迷惑な奴だ。
 おっと、説明してなかったな。俺の名前はダート・キャルス。
 ついでに、この名前はちょっとした仮の名前だ。本名は、大人の事情で隠している。
 自慢じゃないが人付き合いが苦手で、数少ない友人からは、皮肉屋と呼ばれていた。
 別に皮肉を言ってるつもりはないのだが、ついつい言ってしまう。そんな性分だ。
 また、俺には目の周りにちょっとした傷がある。昔につけた傷だ。だが皆気付かない。と、いうかその話題について触らないつもりなのだろうか。
「……ん」 
 トラックから外を見た。遠くに村が見える。
ほほう、噂に聞いたとおり、貧しそうだな。
 こんな所で体を休めろ……というのは無理があるような気がするのだが。
まぁ、仕方ないか。俺らのようなB級兵隊にはな。
「なぁ、ダート」
 俺が振り向くと、眼鏡をかけた白髪の男、ジラハ・ノーベンラレクがいた。俺の数少ない友人の一人だ。
「どうした? お前も酔ったか?」
 俺は面倒くさそうにジラハに体を向きやる。
 ジラハは笑いながら否定した。
「そんなわけあるか。ただ、村がどういう様子か聞きたいだけだよ」
「どういう様子か? 別に、まぁ体を休めるにはギリギリのラインで平気そう、ってぐらいしかわからん」
 俺はそう言うと、また輸送トラックに空いている穴から外の景色に目をやった。
 どうやらもう少しで到着しそうだ。
「ジラハ、皆にもうすぐ到着するって言ってくれ」
「なんで俺が」
「いいだろ。俺は目立ちたくねぇんだよ」
 ジラハはやれやれ、というように肩をすくめ、皆に言った。
「おい、もう着くってよ」

 

 やっと、揺れが多かったトラックの旅が終わった。
 ふう、揺れない大地というのもいいなぁ。
 まぁ、もうちょっと周りの景色が綺麗だったら良かったんだが。この際贅沢は言えないな。
「それじゃ、宿をとってあるから、今すぐそこに行ってくれたまえ。それからは村の中では自由行動だ。言っておくが問題は起こすなよ? 面倒だからな。え〜、では怪我人も居るだろうから今日から七泊六日、自由行動とする。長いとも思うが、七日もすればきっとイラスカ軍も俺達を諦めるだろう。では解散!!」
 隊長はそう言うと、誰よりも早く駆けていく。彼が一番休みたかったんだろうなぁ。
 ジラハと、ムラドが俺に近寄ってきた。何だよ、また何かあるのか?
 ジラハがムラドの背中をさすりながら話しかけてきた。
「なぁ、ダート。ちょっとお前も薬屋を探してくれないか?」
「薬屋? この村のか? この村の薬だったら、副作用が起きそうでそっちの方が怖いとおもうけどな」
 ムラドがかなり苦しそうに俺をみた。
「なんか、俺風邪っぽいんだよ。こっちのほうがずっと苦しいって」
「風邪、ねぇ」
 ただの二日酔いじゃないのか? と思ってしまう。特にこいつだと。
「金は渡しておくからさぁ。余った金はやるから……とにかく効きそうなのくれよ?」
 ムラドはそう言い、ジラハに肩を貸してもらって、宿まで歩いていった。
 ちっ、また面倒なことを押し付けられてしまった。
 兵隊になって無ければ。俺は部屋でこもりっきりの生活ができたのにな。
 そんなことを思いつつ、俺は村人に聞き込みを開始した。
「すいません」
 近くに居た男性に話しかける。
 男性はこちらを不審そうに向いた。
「なんです?」
「ここらへんに、薬屋はありますか?」
 男性は、少し考えてから、
「薬屋みたいなとこならありますね」
 と言い、西の方角に指を差した。
「あっちの方で、林を抜けた先にあります。あ、大丈夫、魔女的な建物ではありませんから」
 俺が"林"というくだりで、険しい表情をしたからか、男性は最後にそう加えた。
「ありがとうございます」
 俺はお礼を言って、西の林に駆けて行った。
 村は狭いもので、走っていくと、すぐ林の中に入った。建物は見えない。
 ここの林も整備されていないようで、あちらこちら腐った木が横たわっている。
 しばらく駆けていると、なんらかの死体もあった。
「うっ!」
 それは、人であった。すでに白骨化している。
 なんとも薄気味悪い所だ…。これじゃ人なんか寄って来るはずもあるまい。
 俺はさらにスピードを上げて走った。と、前方の木と木の間に、何かが見える。
 ――家か? 少し、というかだいぶ古いが。
 近づいてみると、ああ、確かに家だ。
「すいませ〜ん」
 家のドアをノックする。反応はない。本格的に、魔女的建物ということの心配を始めた。
 もう一回ノックする。できれば出てきてもらわないほうが俺は嬉しい。
 最後、とまたノックした。
 しばらくすると、ガタゴトッと何かが崩れるかのような音がした。
 確実に……誰かが居る。
「あっ、す、すいませんっ!」
 いきなりドアが開き、女性が出てきた。俺はいきなり開いたドアに衝突し、よろめく。
「だっ、大丈夫ですか?」
 大丈夫だったらこんなに痛がってないのだが。ドアの角が丁度よい具合に俺の額にヒットしたものだからなぁ。そう簡単にとれる痛みではない。
 額をおさえる俺を、女性が覗き込む。
「あ、いや、もう大丈夫です」
 俺は痛がるのを止めた。いや、痛いのだが、あまりに痛がっていたらこの女性が可哀想だ。
 痛がるのをとめた理由は同情だけではない。この女性、男にあまり意識をもってないようで、覗き込まれたときにあまりにも顔が近かった。いや、照れたわけじゃない。決して。
「それよりも……」
 俺は女性から後退しつつ、用件を話し始めた。薬屋を探しに来たこと、ついでに死体が落ちていたことを話してみた。
 しかし、死体のことに関してはあまり驚く様子は無かった。逆に、驚かないことについて俺が驚いてしまった。
「話が長くなるので、どうぞお入りください」
 俺は驚愕の表情を浮かべたまま室内へと入っていった。
 中は、それほど良い空間ではなかった。汚くはないが、そもそもの造りが駄目なのか、ひび割れなどもあった。
 女性は椅子に腰掛けると、説明を始めた。
「恐らくその死体というのは、ご病気で無くなったアスラ婆様ですね」
「えっ? 知っていたのですか?」
「ここらへんの人たちは、埋葬をするお金も無いんです。ですから、林のなかに……」
「あ、あ〜もうその話は結構です」
 どうやら俺が思った以上に、この村はヤバイみたいだ。さっさと立ち去りたい。
「とりあえず、ここが薬屋なのかということを教えてくださりませんか?」
 女性は少し考え込んで、頷いた。
「確かにここは薬もありますが。ですが、ねぇ」
 ですが、って何のだ? 何で言葉を濁す必要が?
「ですが、薬というのは、恐らく貴方が求める薬ではないと思います」
「俺が求める薬ではない……? それは一体どういう意味です?」
 俺は、椅子に腰掛けた。
「つまり、合法ではないのです。私の薬は」
 合法ではない。だとすると、それは……、いや、なるほど。何故ここの家がこんな村はずれに、しかも人が朽ちていくような林の奥にあるかが、今理解ができた。
 そんな犯罪的なことをしていれば、村だといざこざが起こってしまうかもしれない。しかも、客だって既に常人ではないかもしれない。
 村に迷惑をかけたくなかったのだろう。だからこんな村はずれに住んでいるわけだ。
 戦闘を助長させるもの、と一般的には言われているが、最近じゃクスリによる快感に目覚めるものもおり、一般人までをも巻き込むまでの規模となっていること、さらに廃人になるという事が公に知れてしまったので、一般的には全面禁止となっている。
「つまり、貴方は犯罪者というわけだ」
「別に――」
 女性は落ち着きはらった声で続けた。
「別に、何と言われようと構いません。これが私の職業ですから」
 職業ねぇ。そんな腐った職業に、なぜ就いてしまうんだろうか。
「貴方は罪の意識がないのですか? 貴方は結局、人を廃人にしているんだ。それに、売っている貴方にだってその誘惑がくるかもしれない」
 女性はうつむいた。
「昔は、罪の意識ばかりでした。でも、私の生き方です。これが、私です。笑うなら笑ってください。けなすならけなしてください。私は今まで全部受け止めてきました。どんな酷いことだって、何だって」
「俺は、別に……貴方をけなす権利などありませんよ」
 全部受け止めてきた、なんて言われて俺に何が言えようか。答えは一つ、何もいえないさ。
 彼女の言うとおり、彼女の人生だ。そりゃ人の人生壊してるが、"クスリ"を買うやつだってそれを承知で買っている。
 俺には、関係はないし、とめる権利なんてないさ。
「――あ、忘れてました。俺の連れが風邪を引いているのですが、貴方は風邪薬をもってますか?」
 女性は棚から薬を取り出し、それを俺に差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 お礼を言って、俺はドアノブに手をかける。
「では、さようなら」
「…ちょっとまってください」
 そそくさと、女性は棚をゴサゴサと物色し始めた。
 そして、名刺と思われる紙切れを俺に渡した。
「私の名前はレイ・エヘトレアです」
 俺は疑り深い男なので、どうも引っかかった。
「これはどういうつもりですか? 俺にその"合法ではない"薬の客になれと?」
 俺がそう言うと、レイはさっきのように不機嫌になっていた。
 やはり、俺は意地の悪い人間のようだな。いつも人を怒らせてしまう。いや、しかし俺はただ本音を言っているだけなんだけどな。
「貴方は本当に疑り深い性格なのですね」
 ああ、その通りさ。否定はしないよ。
 レイはため息をついた。
「私は……たしかに悪魔のような女かもしれませんね。さっきも言いましたが、受け止めています」
 俺は一応黙っておいた。
 レイはこちらを見つめた。
「貴方のお名前は?」
「俺……ですか?」
 また面倒な関係を持つことになるのか……。
 俺は渋々、つぶやくように言った。
「ダート・キャルスです。それでは――」
 俺はレイの言葉を何も聞き取らず、その場を後にした。


 相変わらず胸糞の悪い林をさっさと通りぬけたあと、俺は宿に戻っていた。
「おお、ダートか」
 ジラハが近寄ってくる。
「え〜っと、マラドだっけ? あの二日酔いは」
「違う、やつはミラドだ」
 と、ジラハが訂正をした瞬間、奴がトイレから出てきた。
「人の名前くらい覚えろって! ムラドだよ! ムラド!」
 ムラドは顔を赤くして憤慨していた。まったく、俺は人が怒る姿というのが面白くてたまらないようだ。
 良くムラドの顔を見ると、一時は顔が真っ赤だったが、すぐに蒼白になった。やはり、風邪か。
「薬だ」
 俺は呟いてからムラドに投げ渡した。
「お、ありがとよ」
 ムラドはそれを受け取り、水道の方へ寄っていった。
 さてと、俺は寝るとしよう。もう、今日の用件は済んだ。
 俺は二階へと足を向けたが、ジラハがそれを止めるかのように肩を掴んだ。
「何だ? またおつかいか? さっきは骨が折れるような思いをして薬を取ってきたんだぞ?」
「良かったよ、折れたのが首じゃなくてな」
 何を言ってるんだ? こいつは。
 俺の不審そうな眼に気がついての事だろうか、ジラハは説明を始めた。
「お前、西の林に行ったのだろう?」
「それがどうした」
 ジラハはため息をつく。その仕草があまりにもわざとらしく見え、何故だかとてもむしゃくしゃとする。
「ダート、良く覚えておけ。西の林ってのはな、とても危険という話だ。命を投げ出す者や、奪う者までいるらしいぞ?」
「ほう……」
 まぁ、なんとなく分かるさ。あの雰囲気は尋常じゃないからな。
 だが、俺はあの雰囲気は何故か好きだ。何でかな。
「ダート、おい」
 ボーっとしていた俺。ジラハに肩を揺さぶられて我に返った。
 ジラハは呆れ顔で言った。
「お前……何だ? 眠いのか?」
「ああ、眠い。んなわけで俺は寝させて――」
 寝室に向かう俺を、ジラハがグイッと肩を掴んで引き止めた。その力が尋常ではなく、振り切れる強さじゃなかった。
「え、何?」
「お前には西の林の案内役として、来てもらおうか。ん? 嫌か?」
 もちろん嫌だ。でも、こいつは頑固ものだからなぁ。
 うう……もう、嫌だ。


 なんやかんやで、俺は結局ジラハと共に西の林に来ている。
 帰って、いいかなぁ?
「何だ、お前その顔は。寝不足か?」 
 ジラハが薄目で俺を見つめてそう言った。あのな、その目はやめろ。すっごくむかつく。
 つか、さっきも言っただろうが。眠いんだよこっちは。
「寝不足じゃない、地顔だ」
 俺はジラハを睨んでそう言った。
 が、ジラハは俺から視線をそらし、さりげなく、
「だとしたら、何とも可哀想なことだな」
 と言いやがった。
「……殴っていいか?」
 俺は拳をジラハの前に突き出す。
 ジラハは、拳をはらいのけた。
「いや、遠慮しておく。俺の眼鏡が台無しになる」
「むしろ、俺はお前の顔を台無しにしてやりたいんだが」
 ジラハの顔は悔しいけど整ってるもんなぁ。本当に台無しにしてやりたい。
「安心しろ。俺の顔に触れようものなら背負い投げだ」
「逆に安心できねえよ。俺のほうが台無しじゃないか」
 俺がそういうと、ジラハは笑顔になった。
「ははは、何言ってるんだ。お前は既に台無しじゃないか」
「お前なぁ……」
 ジラハはふっと笑って、
「冗談だ」
 と言い、すたすたを歩いていった。
「お、おい。お前道わかるのか?」
 俺はジラハを呼び止めた。しかしジラハは止まらない。
「もう大丈夫だ。何せ、建物は目の前だしな」
 ジラハは指を差してそう言った。
 あ、本当だ。下ばかり見ていたから分からなかった。
 この家にいくのも二度目か……。結局縁ってのは腐ってもほどけないもんなのか。
 ジラハはドアをノックした。一回目、二回目とノックを続け、三回目でようやくレイは出てきた。
 部屋の明かりが外に漏れ出す。俺はレイの顔を見た。
 さっきは気付けなかったが、レイという女性も随分と美人……というか童顔というか。とりあえず、可愛いと思ってしまった。言っとくが、やましいことは考えてない。一般的視点で述べただけだ。
「あの……何の用ですか?」
 さすがに男二人がこんな夜遅くに来るのに恐怖心があるのか、やや声が震えている。
「あ〜、さきほど薬をもらいに来た者です」
「ダートさん、でしたよね?」
 レイがそう言い、俺は頷いた。
「ええと、俺にもよくわからないんですけど、そこに居る俺の友人が用があるようで」
 俺はジラハを指差しながら言った。
 ジラハはお辞儀をし、話始めた。
「どうも、ジラハと言う者です。今日は貴方に聞きたいことがありまして……その、入ってもよろしいですか?」
 入るて、不謹慎だなぁ。玄関で済ませろよ。
 と言いたいところだが、なんと言っても外は寒い。室内で暖まりたいものだ。
「ええ、どうぞ」
 寒さで震える俺を見て、微笑んだ彼女は俺らを家へと向かえた。
 相変わらずだなぁ、と思う。もうこの家については語らなくても大丈夫そうだ。
 三人が椅子に腰掛けた。ジラハは、リュックをなにやら探っていた。
「おい、どうした?」
 俺の問いかけに、ジラハは応えない。
 リュックを探るのを止めたかと思うと、なにやら写真が貼ってある紙を取り出し、テーブルに広げた。
「質問を始めます。まず、この人に見覚えがありますか? いえ、ありますね?」
 レイは紙を覗きこむ。そして、息を呑んだ。
 つまり、見覚えがあるということだ。
 俺も覗いてみる。4つの紙には、それぞれ人相の悪い男たちの写真が貼ってあり、なんというかヤクザの人みたいな風貌だ。
「この人たちは軍人なのですが……どうやら見覚えがあったみたいですね?」
 レイの反応をみてジラハが笑うように言った。何故そこで笑う? 何かむかつくものがあるぞ?
 それにしても、レイの反応はわかりやすい。もう少し表情を偽ればいいのに。
「――ええ、見覚えはあります。ありますとも。この4人とも」
 レイは自白した。
 どうやら、この4人は"客"だったようだな。誘惑に負けた"客"。しかも軍人。戦いで精神を破壊されたのか、それとも興味本位か……。
「と、いうことは貴方はこの4人に"アレ"を売ったことを認めるわけですね?」 
 "アレ"というのはきっと、違法ドラッグの事だろう。
「ってオイオイ。ジラハ、お前一体どういうわけだよ」
「ダート、お前も知ってたろ? ここが"合法の薬屋"ではないことを」
「まぁな。だけどよ。なんか今のお前見てると、警察の尋問みたいだぞ?」
 俺の言葉に、ジラハは表情を一つも変えず、小さく頷く。
「ああ、尋問さ。何せ、今の俺達のバーシュダント軍には"違法薬"が出回っているからな。そのせいで、士気が低下しているんだ。皆、頭が狂っちまってるからな。これでは、敗戦をしてしまう、というわけだから、俺は各地でこういう店を潰して行っているのさ。店を燃やしたりしてな。全部、お国のためだ」
 こいつ……。
 俺はジラハの胸倉を掴んだ。
「取り締まるなら、勝手に取り締まれ。俺も、違法薬には消えて欲しいさ。だけど、売ってる奴だって事情があって売ってる。お前は潰していってるって言ったが、なら薬だけ焼け。売っている奴まで巻き込むんじゃねぇ。それとお前の発言で気になったところがもう一つある」
「何だ? 何が気に入らない」
 ジラハは冷たい視線を俺に送った。
 俺は、冷たい視線を送り返した。
「俺らしくない、なんて俺も思うがよ。俺は"お国のため"って言葉が一番嫌いなんだよ。言ってる奴も嫌いだ。殴りたくなる。国のためなら何でもしていいのか? あ? 国のためなら、人も、家も、燃やしていっていいのかよっ!!」
「売っている奴が一番重罪だ。死刑になってもおかしくないくらいにな。俺は許せない。お前が、"国のため"という言葉が嫌いなように、俺も薬を売る奴が嫌いなんだよ!!」
 ジラハはそう言い、俺を殴った。
「へっ! 何が国のためだよ! お前はただ、自分の行為を何かのせいにしてぇだけじゃないか!!」
 俺は、ジラハを殴り返した。
 ジラハは頭突きをしてきた。
「俺の、俺の両親は薬で染まっちまったんだ!! 薬を売る奴が、俺の両親を悪魔にしたんだっ!!」
 ジラハの叫び。しかし、俺だって譲れない。俺も頭突きをジラハ目掛けて繰り出した。
「俺だって、俺の故郷だって、てめぇみてぇに"国のため"って言い訳する連中に燃やされたんだよ!! ゆるせねぇんだ。何が国だ! ならお前は国のためにでも戦ってるのかっ!? 俺は違うね! 俺はどっちが負けようが関係ない! ただ、戦争が終わればそれだけで良い!」
「お前、さっきの発言は失言だぞっ!」
 ジラハは俺の手から離れ、指を差してそう叫んだ。
 俺はその一つの指だけが立っているジラハの右手を、静かに下ろさせた。
「皆そうさ。お前は気付かないのか? 俺らは利用されているだけなんだぞ? 奴らお偉いさんどもは、俺らを駒程度にしか見ていないんだぞ? そんな奴のために、俺らは命を落としていくんだぞ!?」
「それでも、俺は戦う。でなきゃ、俺は故郷を守れない。俺の故郷は、負けたらイラスカ帝国に取られる可能性が高いんだ。だから、俺は命を捨ててでも故郷を守りたい。守るために、バーシュダントには勝ってもらいたい。俺は、確かに国のために戦ってる。でも、故郷のためでもあるんだ」
 そうか。こいつはまだ、故郷を失っちゃいない。
 俺みたいに、何もなく戦ってるんじゃない。こいつは、俺よりも守りたい目標が定まってる。
 俺は、何のために戦ってるんだろう。何で生きているんだろう。
「……ジラハ」
 俺は、枯れた声で呼んだ。
 ジラハは、疲れた様子で、こちらを見た。
「ここは、焼かないでくれ」
「え……?」
 ジラハは目を丸くした。
「お前……」
 俺はレイを指差した。
「彼女は、殺さないでくれ。彼女も、戦争の被害者なんだ」
 そうだ。戦争があったから。だからこんな汚い職業をやっているんだ。
「お前が、お前がそんな事を言うとはな」
 ジラハは俺に近寄ってきた。
「ダート。さっきは悪かった。冷静さを失ってたようだ。俺は、薬にとらわれすぎていた。俺も、薬の被害者だったんだ。憎しみに、とらわれすぎていた」
「ジラハ……」
「国のため、か。何で俺もゆがんじまったかな。薬の被害者を減らしたいだけだったのに」
 ジラハは椅子に腰掛けた。
「俺もだな。俺には、憎しみしかねぇみたいだ」
 俺はそう言い、椅子に腰掛けた。
 今は、戦う理由が欲しかった。何でもいい。何か、欲しかった。
 と、俺はレイに顔を向けた。
「レイさん、すいませんでした。その、見苦しいまねを……」
 ジラハも、頭を下げた。
 そうだ、今考えると、さっき一番怯えていたのはレイに違いない。
 俺らの殴り合いをみて、いちばんヒヤヒヤとしていたのはレイだ。
 申し訳なかった。本当に、申し訳ない。
「い、いえ。私が、私がこんな職業だったから、そもそも私のせいです……」
 彼女の目は、今にもこぼれだしそうなほどに、潤んでいた。
「ほ、本当に、すいませんでした」
「あ〜、その、俺らもう失礼しますね」
 俺とジラハは、同時にドアノブを掴んでしまった。
「ど、どうやら俺ら気が合うみたいだなぁ」
「あ、ああ。だって多分今考えてること同じだぜ?」
 ――今すぐ、この空気から脱したい。
 いや、さっきの彼女の気持ちもこうだったに違いない。でも、俺らが居る限り、不穏な空気は消えてくれないだろう。
 ドアノブを同時に回し、ドアを同時に開けた。
「あ、ではさような――」
 レイが、俺に近寄ってきた。
 そして、
「あ、あの、ではまた今度」
 と、何だか、また来てください、みたいなメッセージを残しながら、彼女は俺達に手を振った。
 俺達は、ダッシュで林を抜けていった。
 
 
 二日目
 
 翌日。疲れを残しながらも、俺はまた林に足を向けていた。
 特に用事はない。ここなら一人になれる。と思ったからだ。
 別に寂しい男、と呼ばれても構わない。なぜなら、俺には否定などできないからだ。
「ふぅ」
 ため息をつく。兵士という職業も、嫌なものだ。しかし、良く俺も今まで生き残ってこれたな。
 って、昔から武道とかやってたし、一応戦うってのも慣れてるといえば慣れてる。
 まぁ、銃撃戦ってのはいつのなっても慣れないけどな。
 俺はそう思いつつ、空を眺める。いつみたって曇りだ。
思いふけっていたとき、なにやら悲鳴じみた声が聞こえた。
「いやっ、な、何をするんですか!?」
 この声は……レイか。一体何が起こっているんだ?
 好奇心、といってもいい。だがちょっとばかり心配になった、ということもある。俺は、声の聞こえた方へと急ぐ。
 相変わらず、木だらけだったのだが、走っていくと、木ではないものをやっと見つけた。
「おぃ、おれぇはぁ、おくぅすぅりぃをさぁ。ぜんふもらひたいんだぁよぉねぇ」
 明らかに薬中毒者と思われるそのしゃべり方。なんともわかりにくい、つまりそこまで"クスリ"を使ってしまったのだろう。
 廃人となったと思われる男は4人。手にはトンファーやナイフを握り締めている。まったく、どこで手に入れ――。
 俺は、そいつの顔を見てやっと思い出した。こいつら……ジラハが出した写真の男達じゃないか!!
「ねぇちゃぁん。そぉのくっすりがないってぇ、どぉいうことぉ?」
「で、ですから、もう無いんです。今月の入荷は切れました」
 レイは怯えながらも困惑していた。
「ぐひゃひゃひゃ、じゃぁ用はねぇってぇ」
「俺かんがえたんだぁ。君をころぉしてぇ、全部盗ったほぉがぁはやぁくない?」
「おぉれもざんせぇい」
 四人の廃人どもが、レイに詰め寄った。
 俺は銃を握り締める。さっきバッグから取り出したのだ。
 誤解されるかもしれないから言っておこう。俺は冷たい人間だが、殺されるところを易々と見ていられるほど冷血ではないってな。
 銃を空へ向け、発砲した。相変わらず嫌な音だ。発砲音がその場に響いた。
「んごがぁ!?」
 廃人の一人がこちらへと向いた。すると、全員がこちらへと向く。
「あ、あなたはっ」
 レイが潤んだ瞳でこちらを向いた。
 俺は廃人の一人に銃を向けた。
「そのナイフを捨てろ。でないと、お前の頭がどうなるか、俺にもわからないぞ」
「なぁんだぁとぉ!?」
 俺は引き金を引いた。
 ドン、と銃声が響く。だが、もちろん廃人に向け撃ったわけじゃない。近くの木に撃っておいた。
「次は当てる。武器を捨てろ。そして早くそこから離れろ」
 しかし、相手は正気ではない。それくらいは承知の上だ。
 やはり、奴らは正気ではなかった。武器を捨てるどころか、襲い掛かってきやがった。
「なめやがぁってぇ!!」
 奴らだって侮れない。一応軍人だ。ナイフとか、そんな扱いには慣れているだろう。
 俺はポケットにしまってあった小型ナイフを取り出した。もちろん、戦闘用じゃないわけだが。
 バッグから武器をとりだすには時間がたりない。俺はバッグを投げ捨て、襲い掛かってきた奴らの相手をすることにした。それしか選択権はないしな。
「しねぇぇぇやぁぁ!」
 一人が切りかかってきた。俺はそれを軽くかわし、足をかけて倒してやった。
 しかし、三人がかりで来られたもんじゃ、俺も太刀打ちできん。とりあえず一人ずつ倒せるようにしなければ。
 俺はナイフを廃人の脚目掛けて投げた。そして命中。一人が倒れる。銃で狙うのも悪くなかったが、今は止めておこう。弾がもったいない。
 バッグの方に目をやると、戦闘用ナイフがさっき投げた衝撃で流れ出ていた。チャンスだ。
「クキャァァァァ!」
 もう何を言っているかわからない廃人が、トンファーを振り上げる。用途が全く違うぞ。おい。
 トンファーなら何も怖くないが、その後ろにはナイフ装備の奴がいる。まぁ、とりあえず、
「ほれっ」
 トンファー野郎を力いっぱい蹴った。が、トンファーの攻撃をまともにうけてしまう。
「ぐっ!」
「がはぁっ」
 見事に相打ちとなってしまった。しかし、ここで引き下がっては駄目だ。と俺はもう一発パンチを食らわせ、蹴りで倒した。
 すると、トンファー野郎は倒れ、ナイフの奴と見事に衝突。狙い通り。
 が、倒れているのも今だけだ。すぐに起き上がってくるだろう。俺はバッグへと走る。
「ま、まてぇ!」
 ナイフ野郎が近寄ってくる。俺は戦闘用ナイフをやっと拾った。
 ナイフをお互いに振りかざす。ナイフとナイフが見事にぶつかり合い、独特の金属音が響く。
 だが、状況は危ないものだ。レイは腰を抜かして、動けずにいるし、気絶させられたのはまだ一人。あとの二人は体勢を崩しているだけで。
「こんのっ」
 逃げる、わけにもいかない。ちっ、俺自身、もっとやれると思ったのだが。
 ナイフでナイフを押さえつける。これにも無理がある。第一、ナイフで剣みたいなぶつかり合いは難しい。
 俺は、現在やばい状況なわけだ。自警団でも来てくれりゃな。
 気絶していないお二人方も起き上がってしまった。もう、最後の手を使うしかない。
「はあっ!!」
 俺はナイフを目の前にいる廃人の足に突き刺した。血がその場に飛び散る。
 俺は痛がっているその男を蹴り飛ばす。そしてやって来た二人の男に銃を向ける。
「そんな脅しに――」
 引き金を引いた。弾は一瞬にして廃人のわき腹に命中。そしてその状況を飲み込めていない男に銃を向ける。
「同じ目に……遭いたいか?」
「ひ、ひあぁ……た、たすけて、あぁぁぁぁ!!」
 男は逃げていった。はぁ、逃げていくなら、倒れているコイツらも連れてけって。
 俺は倒れている男に近づいた。
 一応死なないようなところを狙った。出血を止めれば死にはしないだろう。バッグから包帯を取り出す。それと止血剤も。
「あ、あの」
 俺が治療をしているとレイが近寄ってきた。
「私も……手伝いますね」
「え?」
 何でそんな冷静な判断ができるんだか。俺だって冷静たもててないのに。てかさっきまで腰ぬかしてたじゃない。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 もしかしたら、俺が間違えて致命傷を与えてしまったかもしれない。
 そうなったら、こいつの命はここで尽きる。
 本当の事を言うと、心配だった。
 すると、レイが冷静な面持ちでこちらを見つめた。
「私、昔医療の仕事もしたことがあるので、大丈夫です。この人は、助かります」
 俺の蒼白な顔を見てか、彼女はそう言った。
 医療か。なるほど、だから風邪薬を持っていたのか。と、いうかココらへんに医療の施設があったとは。あ、まぁ無きゃ変だが。
「でも、これは手術をしないと……止血はしてますが、いつ傷口が開くかどうか……」
 と、レイが言ったとき、突然男が目をあけた。

「あっ、うっぐ……あああ!!」
  
 突然だった。彼は目を白にして、そして、倒れた。
  
 後でレイが教えてくれたが、"クスリ"の副作用が出たのだという。
 突然の死だった。他の二人も、既に息を引き取っていた。
 改めて、"クスリ"の脅威を知ることとなったのだ。俺は。
 "クスリ"を求めるもの、そして"クスリ"を配り行く者。その二つには危険がともなうってことだ。
 レイにも忠告しておいた。そのことを。
「明日……明日また来てくださいね」
 レイはそう言い、家へと戻って行った。
 俺は、後ろ姿に、何か思いつめたものを感じた。

 ……って明日、また行くのか? 俺。
 何か、二日連続でレイと会っているような気がするのだが。
 まぁ、でも彼女が心配でもある。とりあえず、明日また行ってみるか。


 三日目
 
 翌朝、起きて部屋を出た俺に、ジラハとムラドが近寄ってきた。待ち伏せでもしてたかのように。
「よし行くか」
 とジラハ。一昨日のアザがまだ残っている。
「どこへ行くって?」
 俺の質問を聞いて、ムラドが口を開いた。
「村探検だァよ。ちょっとの間だろうけど、居ることには居るんだからさ。知っておこォぜ?」
 すこし、ムラドの口調にはなまりがみえた。地方生まれだったのだろうか。
「どうだ? 行かないか?」
 そうジラハに後押しされ、俺は村に出向くことにした。
 別に、悪くはないな。社交的になってみるか、たまには。
 
 相変わらず、なんというか、さびれてるなぁ。
 だが農作物は結構あるらしい。ただ単に貧富の差が激しいだけ、という声もある。
「とりあえず、腹へったな。どっか食べれる場所はないもんかねェ」
 ムラドの言葉には同感だが、どうも公言はしたくない。なんかねぇ。
 ジラハはあたりを眺めていた。
「あそこがそうじゃないか? 飲食店って書いてあるだろ?」
「ん、本当だ。行くか?」
「あったりめェだろうぉ? 腹へって死にそうだ」
 ならそのまま死ねばいいのに。とか言ったら怒られるよな。

「あっ、いらっしゃいませ」
 俺らが店内に入ると、綺麗な女性が出迎えた。こんな村にも綺麗な女性とはいるものなのか、と疑ってしまうほどだ。
 瞳は適度に大きく、化粧もしていないのに、しているかのようだ。少なくとも、ムラドは興味深々だ。ジラハ…はどうだろうな。
「三人様ですね。では、こちらの席にどうぞ」
 俺はムラドに眼をやる。でれでれ〜っとしたその顔は、今にも殴ってしまいそうだ。てか、殴っちゃ駄目か?
 ジラハは女性には興味がないのか、それともただクールを通しているだけなのか、反応がみられない。
 俺は別に、独り身を愛する者だから、気にならない。
 でれでれ〜っとした顔のまま、ムラドが俺の肩をポンポンっと叩いた。
「なぁ、なぁ。あの子可愛いとおもわねぇ?」
「ってことは、お前は少なくともその気があるな?」
 俺はどうやら、ムラドの図星をついたようだ。ムラドは何も否定もしなかった。
「だって、俺の故郷にはあんな子いなかったぜ?」
「俺のとこにも居なかった」
「なんつーか、やっぱ美人ってわかんないよなぁ。どこに居るかなんてさ」
 不覚。俺もコイツと同じことを思っていた……。
「ふん、アホかお前ら」
 ジラハはようやく口をひらいた。それも、冷たい口調でな。
「アホとは何だぁ? 俺らは男の想いというものを語っていただけだ」
「いや、そこに俺をまぜるな」
「男ってのはな、かあァいい女の子を見ると、こう…刺激されるもんなんだよ。なぁ、そうだろ?」
「だから、俺をそこにまぜるな」
 しかし、まだムラドの男の語りは続く。俺が否定してるのにも関わらず、だ。
「大体、お前は女性に興味を持たなすぎなんだァよ。少しはもて、興味を。お前も美男子の方だぜ?」
 俺は、その言葉は否定をしなかった。ジラハは、確かに美男子の方で、きっと中学生のときはモテていたんだろうなぁ。とつい思わせられてしまう。
 しかし、ジラハは軽く否定した。
「いや、それは無い。俺はごく普通の男だ」
「お前が普通? お前、そりゃ爆笑ものだな」
 俺は冗談まじりに言った。つもりだったが、ジラハはつっかかってきた。一昨日のこともあるから、それだけでも怖い。
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。お前は普通じゃないさ。どっちかというと変人の部類に入るぞ?」
「だとしたら、お前は奇人変人というべきだな」
 ジラハは、そう言い返した。だが、俺は頷いて、
「ふん、違いない」
 と、肯定の意見をしておいた。これ以上口論をしても仕方があるまい。
 俺らが口論している間、ムラドは笑っていた。俺は今度はムラドをからかってみることにした。
「それでは、ムラド君。君に質問でもしようか」
「おぉ? なんだ?」
 俺は、何かの用紙をちぎっているさっきの女性に指をさした
「君は、彼女のどこを気に入ったのだ?」
「へ?」
 ふっ、わかりやすい。顔が赤くなっている。
「俺ぇは。別に、顔とか」
「スタイル面ではどうだ? 引き寄せられるところはないか?」
 そう言うと、ムラドはさらに赤くなる。
「おっ、お前なぁ!」
「近づいてきたぞ……?」
 ムラドは、俺からいきなり視点を移す。注文用紙をもった女性の方に。
 俺は我慢できなくなり、少々笑いが混じった声になってしまう。
「えぇと、俺はビールと豚肉スパゲッティで」
「え?」
 女性は聞き返した。俺の声は、笑っていて聞き取りづらかったみたいだ。
「これは失敬。ええと、ビールと豚肉スパゲッティで」
 女性は、せっせと用紙に文字を書いていく。
「俺は、ラム酒と枝豆ピッツァ」
 ジラハの独特な注文に、俺とムラドは驚く。ってか、んなもんがメニューにあったのかよ。
 つか、俺ら朝飯なのに油もんばっか頼んでるような気がする。言っておくが、まだ朝だよ? 本当に。
「あ、えとぉ、俺は、じゃ、ジャパニ酒と、む、紫いもコロッケを…」
「え〜っと、すいません。もう一回お願いします」
 ムラドは困惑していた。女性も良くなんだかわかってないようだ。俺は我慢できなくなり、うずくまって声を出さないようにして大爆笑。ジラハはただただ呆れていた。
「ジャパニ酒と、紫いもコロッケだそうだ」
 ジラハが代弁した。女性は厨房へと駆けていった。
 ムラドは汗だくだった。俺はもう、面白くてたまらない。
「おい、君は何を注文したんだ?」
「う、うるせぇっ!」
 ムラドは怒鳴って、テーブルにうずくまってしまった。
 ジラハは俺をみて、呆れ顔で
「お前の性分は知っていたが、程ほどには」
 といって、窓の方へ向いてしまった。
 とりあえず、俺は次来た時は何をしようか、と考えていた。
 俺、Sだなぁ。

 注文を届けたのはあの女性ではなかった。男性の従業員で、まぁ男性陣としてみればテンションが下がるような。ムラドはホッとしたような、名残惜しいような、複雑な心境だったに違いない。
 俺としても、あの女性が来たほうが面白かったのだが。ふむ。つまらないなぁ。
 数分、雑談をしながら食べ進んでいた。
 そして、食べ終わり、そろそろ帰ろうとしたとき、カウンターのおばさんが話しかけてきた。
「ねぇねぇ、あんたたちも、あの子目当て?」
「いえ、初めて来たので……」
 ジラハが即答。では面白くないので、俺が続いた。
「ですが、こっちの奴は随分と気に入ったみたいですよ?」
「てっめぇ!」
 俺が言った途端、ムラドに胸倉を掴まれた。
「ま、まぁまぁ、やめてくださいな」
「そうだ。業務妨害だろう。やめろ」
 ムラドは渋々手を離す。俺は笑い顔でムラドを眺めた。胸倉を掴まれたぐらいじゃ俺はびびらん。昨日のほうがびびった。
 ムラドは酔ってるせいでもあるのか、現在は怒りっぽいようだ。きをつけよっと。
「ここは家族でやっててねぇ。あの子がいるから何とか養っていけるのよ」
 だろうな。これほど良い看板娘は居ない。
 しっかし、家族かぁ。だとすると、さっきの男性は若かったからあの女性の兄か弟ってことか。
「あの子、名前をアニィ・アベニストっていうの。また来る時があったら、お仲間も連れていらっしゃってね」
「だとよ、ムラド」
「もう、知るか!」
 ムラドは1人で走っていってしまった。
「これからは単独行動で行くか? ちょっと俺には調べたいことがあるんでな」
 ジラハに言われたので、俺は頷いた。
「それじゃ、な」
 ジラハは、俺に手を振って去っていった。
 …………。
 一瞬、立ちくらみがした。くっ、視界が白くなっていく。
 何だか久しぶりだ。立ちくらみというのも。しかし、何か倒れそう……だ……が。
「あっ、ちょっ、大丈夫ですか?」
 アニィが俺の体を支えた。俺はそれで何とか体勢を立て直した。
 俺はアニィの方に向き、ぺこりと頭を下げた。
「すいません、ありがとうございます。ちょっと、ぼーっとして」
「い、いいんですよ。そんなの」
 やっと視界のもやがとれた。ふぅ、久しぶりだと苦しいものだな。
 と、アニィが、何故だか俺を良く見始めた。
「……なんです? 俺の顔に何かついてます?」
「いえ、貴方は、もしやダートさんですか?」
 何故俺の名前を? 俺は人に話した覚えはないぞ…1人を除けば。
「昨日に、レイから聞いてて……。目のところにも傷がありますし、貴方がレイを助けてくださったんですよね?」
 昨日、か。色々と大変だったな。しかも二日続きで喧嘩していたんだなぁ、俺。タフだねぇ、俺も。
 しかし、レイもやはり村に来るんだな。考えてみれば、料理の食材を揃えるのにも来なきゃいけないしな。
「本当に、レイをありがとうございました……。あの子、両親を失ってて、叔母に育てられてきたのに、叔母も病気で……。不幸続きなんです、あの子。お金を稼ぐために、犯罪にも手を染めることになってしまったりもして……」
 アニィはなみだ目になっていた。
 おいおい、こんなところ誰かに見られたら、俺がアニィを泣かせた、と勘違いされかねないぞ?
「あ、その、泣かないでください」
「す、すいません……」
 俺はようやく落ち着いたアニィを見つめる。
「貴方はレイさんのことを相当大切に想っているのですね?」
「ええ、それは」
 アニィは自信満々に言った。
「親友ですから」
 ほう…。
「それに、彼女には昔助けられたのです。あの子は優しい子ですから。なのに、不幸です。母さんも、父さんも失ってしまうなんて。なんであの子だけ…」
「ちょっと聞いて構わないですか?」
「え、ええ。貴方はレイの恩人ですもの。どうぞ」
「レイさんは、どうやって――」


 俺はまた、あの林を抜け、あの家に来ていた。
 レイがいる。あの家に。
 三回ノックを繰り返すと、やはり出てきた。落ち着いてみると、なかなか可愛いと想ってしまう。レイが。
「あ、こんにちは。き、昨日はどうも…。あっ、どうかお礼を、お茶をさせてください」
「いえ、別にどうぞ気を使わないで。と、言いたいとこだが、ちょっと喉が渇いたし、一杯いいですか?」
 レイは、にっこりとして、
「もちろん」
 と言った。

 中は、やはり閑散としている。なんだか、落ち着くような、落ち着かないような。
「どうぞ」
 俺は出された茶をすする。うん、悪くないな。
「と、ところで……なんでここへ?」
「ちょっと、ね。顔をみたくなったので」
 俺はそう言うと、なんだかやましい方に勘違いされたようで、レイの顔が赤くなった。
 う……、我ながらなんてややこしい事を。
「あ、いえ、昨日の事で心配になったもので」
「は、はい。別に大丈夫です。もう、動転とか、してません。ちょっと、悩みを打ち明けたらホッとしちゃって」
 それはきっとアニィに相談したのだろうな。なんだか、話が繋がることが嬉しい。
「昨日は、本当にありがとうございます。もし貴方が来てくださらなかったら……」
「い、いえ、レイさん。お気になさらずに」
 そういうと、レイは、もじもじしながら、顔を赤くして言葉を発した。
「そ、その。よ、呼び捨てで結構です。あと、言葉も丁寧になさらないで大丈夫です。そのほうが、こちらも話しやすいです、し」
 何故だか、言葉が途切れ途切れだ。それも不自然。
「う〜ん、いくらなんでもそれは慣れなれしくて……」
「で、でも、他人行儀なんで……」
 ……まぁいいか。
「じゃあ、遠慮なく、呼ばせてもらうよ。レイ」
「えっ! あ、はい」
 一体どうしたのだろう? 今日は様子が変だぞ? 一昨日なんてあんなに冷たかったのに。あ、あれは俺のせいか。
 まぁ、いい。今は本題に入りたい。
「あ、あと君に聞きたいことがあるんだけど」
 レイは首をかしげた。
「何をです?」
「君が、どうやって、あの"クスリ"を手に入れたか。についてなんだけど」 
 レイの顔が沈んだ。
 やはりな……さっきアニィに聞いたときも、アニィの表情は暗かった。しかも一方的に黙っていて、教えてなんてくれなかった。
 何か、ある。
「失礼だが、君のような人間が"クスリ"を入手するのは難しいだろう。何しろ高いしね。だから不自然なんだ。君がクスリを入手できることが」
 レイは黙りこくっていた。
 俺は、レイを見つめる。
「……すいません、言えないです。これは、私の問題ですから」 
「な、ならこの店をたためないのか? そして違う商売をすればいいじゃないか。合法な薬屋になればいい。そうすれば――」
 俺がそう言うと、レイが詰め寄ってきた。
 ち、近い……。
「私の、子供の時の夢はお医者さまでした……。何故なら、お医者さんになれたら叔母だけじゃなく、村の皆だって助けることができる。そんな淡い夢をよく見たものです」
 俺は、少し後ずさりをしながらレイの話を聞いていた。
 そういえば、俺の夢ってなんだったっけな。
「でも、現実は厳しいものですね。私のお金では、勉強できる本も買えない。私だって、違法ではなく、合法なお薬を販売したかった……」
 レイはうっすら涙目を浮かべ、俺を見つめた。いくら受け止める、とはいってもやはりこの現実は辛いのだろう。
 きっと、ロマンチック小説なら、ここで主人公がヒロインを抱きしめるのだろうが、俺には無理だった。
 この子の想いを受け止めるには、俺の器ははるかに度量がたりなかった。
「ご、ごめん。俺、君の気持ちも考えずに」
 俺には謝ることしかできなかった。
 本当に、俺は人の気持ちを考えないバカ野郎だな。
「いえ、私は、そんな」
 俺は茶を飲み干した。
 そして、椅子から立ち上がる。
「それじゃ、俺は失礼するよ」
 レイを見ると、何か寂しい表情をしていた。
 レイも椅子から立ち上がる。
「あの、また、また来てくださいね……ここに来てくれるのは、親友の子と、貴方だけだから」
 そう言う彼女に、俺は微笑みかけた。
「もちろん、君のお茶は中々美味しいし、君のお茶は毎日飲んでいたいものだしね」
「えっ……」
 彼女の顔が赤くなる。俺は、その表情がとても面白くて笑みが止まらない。
 俺はドアノブに手をかけた。
「では、ごきげんよう」
「ええ、また明日」
 挨拶を済ませ、俺は林へと入って行った。


 村まで帰ってくると、今はちょうど昼時らしく、アニィの店が繁盛していた。
 きっとムラドも来てるだろうなぁ。と思ったら、本当に来ていた。窓を覗いてみると、ジラハと共に店におもむいている。
 どうせ、何もすることはない。俺も奴らに合流してみるか。
「いらっしゃいませ」 
 店に入ると、アニィの声が響く。
「あっ、ダートさんでしたか」
 アニィはそう言うとムラドとジラハが座ってる席を指差した。
「あそこなら空いていますが?」
「ええ、そのつもりです」
 俺はムラド、ジラハの座っている席に向かう。
 俺はムラドに話しかけた。
「よう。懲りないな。お前も」
 そう言う俺に、ムラドはため息をついた。
 ジラハはジラハで、酒を飲みながら、俺を呆れるように眺めている。
「ダートォ。言っておくけどよ、俺はアニィちゃん目当てじゃなくてだなぁ」
「ああ、分かった分かった。後でゆっくりと話させてやるよ」
 ムラドの言葉をまるで聞かず、俺は皿に積んである枝豆に手を伸ばしながら言った。
 ムラドは何を考えたのか、顔を真っ赤に染めた。
「おっ、お前アニィちゃんと話せる仲なのか?」
「ん? いや、ちょっと縁があってな」
 説明するのが面倒くさいし、何か誤解されると困るので、俺はそれだけ言っておいた。
 ムラドは疑いのレで俺を見ていたが、すぐにニッと笑った。
「まぁ、美少女と会話できるってのは良い経験になりそうだなぁ」
 やっぱアニィ目当てじゃねぇか。そう思ったが、言わないでおいた。
「せいぜい照れ過ぎないことだな。お前って、酔ったり照れたりすると何言ってるかわかんないからな」
 昨日のことを思い出し、苦笑しつつジラハは言った。
 ムラドは、ムッと機嫌をそこねた。
「だ、誰が照れるかっ! お、俺はだなぁ」
「まぁ、気楽に頑張れよ。あ、そうだ。ジラハも付き合えよ。この照れ屋さんの翻訳はお前しかできないからな」
 俺が言うと、ジラハは頷いた。おいおい、冗談なんだからもっと別の反応をだなぁ……。
 ムラドはムラドで俺に憤慨をしている。
「お前っ、どれだけ俺をばかにすれば気が済むんだ?」
 忘れていた。こいつ酒を飲むと、飲まれやすいし、怒りっぽくなるんだった。
 俺は、立ち上がったムラドを何とかなだめようとした。
「い、いや、冗談だって。アハハ。ってかさ、喧嘩したらアニィさんに迷惑かかるだろ? やめようぜ? こういうの」
 "アニィ"を出せばなんとかおさまるだろう、と思ったので、アニィを話にくわえさせてもらった。案の定、ムラドは座り込んでしまった。
 俺が安心し、枝豆を食べようとしたら、皿には皮しかなかった。
 いや、それどころか他の皿の料理もない。
「あ、悪い。俺が全部食べた」
 ジラハがあっさりとした口調で告げた。
 ……こいつ、意外と大食いだな。
 唯一皿に残っていた一粒の豆を口にいれ、俺は椅子の背にもたれかかった。
 そして、ゆっくりと、まぶたを下ろす。もう、眠い。ああ、疲れた。
 
 …………。
 
 俺が目覚めたときには、既に外は暗かった。
 ああ、俺ずっとここで寝てたのか……随分と店に迷惑をかけたな。
 動こうとしたとき、毛布が俺からながれ落ちた。なるほど、通りで温かかったわけだ。
 誰がかけてくれたのだろうか? アニィか? あ、そういえばアニィや、ムラド、ジラハはどこだ?
 立ち上がって、辺りを見渡す。が、誰も居ない。
 店の電灯が点いていたおかげで、あたりが見渡せるが、本当に何の気配もなかった。
 と、俺が外に出ようと思ったとき、そとから足音が聞こえてきた。
「もうっ、レイったらチャンスなのよ? 今ダートさん寝てるんだから」
 この声は……アニィか。さっき、レイって呼んでたな。つまり――。
「ちゃ、チャンスってどういう意味? 私、そんな、や、やらしい事考えてないよ?」
 やはり、レイも一緒か。店に向かってきているのかな。
 俺は席に戻り、寝るまねをすることにした。いや、別に何か考えがあったわけじゃないが。
「何言ってるの? 彼のこと、スキなんでしょ?」
「……え!」
 レイは声を上げた。悲鳴にも近いような気がする。
 う〜ん、いや、俺はノーコメント。て、照れるわけじゃないからなっ!
「わかりやすいんだから。本当にさぁ」
「もう、アニィっていつも……」
 足音がもう近くまで聞こえる。
 今、店に入ったようだ。
「あっ……まだ寝てるねぇ」
 アニィが呟いた。
 本当は寝てるまねだけどな。
「毛布が……」
 レイの足音と呟きがもう、すぐそこまで近づいていた。
 落とした毛布が、俺にかかった。すごく、温かい。    
「ねぇねぇ、レイ」
 アニィが意地の悪い声で続けた。
「レイが彼の毛布になれば?」
「なっ!!」
 レイは甲高い声を上げた。ついつい俺も上げそうになった。
 なるほど……アニィ。思った以上にSだ。
「レイったら、顔真っ赤よ?」
「アニィ、本当に人をからかうの好きね……」
 レイの声には、すこし呆れた感じや、怒った感じがあった。
 少なくとも、今のレイとアニィは自分を出しているな。本当の、自分を。
 俺も、昔はそういう仲間は居たのにな。まぁ、皆今はあの世だ。思い返すと悲しくなるだけだ。
「で、レイ。行くの?」
「行きません!」
 ついつい微笑ましいシーンに笑いそうになるが、自分の状況を思い返してみると、汗が出そうだ。
 ……もし、少なくとも、レイが俺に好意を持ってるとする。なら俺はどうだろうか?
 考えると、なんか心臓の鼓動が早くなる。だとすると、俺は……いや、違うな。俺にはそんな気なんてないはずだ。理由がない。
 今まで、人に好意なんて抱いてこなかった。好意を持った奴は、皆死んでいってしまう、と心のなかで思ったから。

 ――好意なんて持ったら、自分が死ぬことに、恐怖を抱くから。

 つくづく兵隊である自分が嫌になる。もういい、この考えは止めよう。第一、レイを愛する理由がわからない。
 と、俺が感慨に浸ってるときだった。
「きゃっ!」
 俺に何かの重さが……いや、人の体重がかかって――。
「の、のわっ!!」
 いや、これには目を開けてしまったね。
 どうやらレイが俺にぶつかってきたらしく、いや、多分アニィに押されたのだろうが、俺はレイがぶつかってきたことで、バランスを崩して椅子ごと倒れてしまった。
「むぐっ!」
 床に頭をぶつける。い、痛い。
 立ち上がろうとしたが、動けない……。何故かって? レイが俺の上に乗っかってるからだよ。
 さっき変な意識をしたからか、俺は、もう何か照れてしまって。顔が熱くてしょうがない。
「いったたた――、あっ!」
 レイが、状況に気付いたらしく、顔を赤くして俺から離れた。
 アニィは、この寸劇を笑いながら見ていた。
「あ、アニィ!!」
「アニィさん……!」
 俺とレイが怒りの表情を向けたからか、アニィは笑いをやめ、俺らをなだめはじめた。
「ま、まぁいいじゃないの。お似合いよ? お二人」
 むぅ、いちいち反応しづらいことを。
 レイに顔を向けた。と、レイも俺に顔を向けていたらしい。目が合った。
 ああ、もうあれだ、俺は照れてる。ああ、認めるさ。
「あっ、その、私夕飯のしたくしてくるっ」
 レイは厨房へと駆け出していった。
 俺は疲れたサラリーマンのように、椅子にがっくりと腰掛けた。
「アニィさん、貴方って人は……実はいたずら好きなんですね」
「あら? 私はどんなように見えました?」
 どんなって……友達想いの子に見えましたけど。
昨日は何か切羽詰っていたのだろうか?
「まぁ、昨日の態度と今日の態度は全然違うから、戸惑うのも無理ないですけどね」
 笑いながらアニィはそう言った。
 あ、そういえばあの事を忘れてた。
「あ、あのいきなり話が変わって悪いのですけど、ムラドとジラハ……俺の連れに会いました?」
 そういえば、俺がアニィと話させてやる、と言ってしまったからなぁ。ってか何で起こしてくれなかったんだ? あの野郎。
「ああ、あの二人なら会いましたよ? ムラドさんという方は随分と面白い方ですね」
 アニィは微笑みかけて言った。くぅ、その様子を是非見たかった。
「そういえばジラハさんは、病院の位置を教えてくれ、と言っていたのですが、何かご病気をお持ちなのですか?」
「いえ……そんなことは無かったような気がするんですが」
 あいつが病院を? あいつが意味もなく病院の位置を聞くはずはない。つまり、奴は病院になんらかの用があった、ということだ。
 帰ったらちょっと聞いてみるか。気になって仕方が無い。
「では、俺はそろそろ――」
 俺は回れ右をして、出口の方に向く。
「あっ、ちょっと待ってください」
 アニィは俺を引き止めた。
 俺は、何? という顔を、アニィへと向けた。
「あの子の夕ご飯を食べてからでも、いいですよね?」
 ニッっと笑うその顔は、まるで小学生の少女だ。
「……そうですね」
 俺は頷いた。
 厨房からは良い臭いがしている。
 せめて、今日くらいは良いよな? 一日ぐらい、良いだろ?
 あと、三日で、帰らなきゃならないのだから。


 
 宿に戻ってみると、ムラドとジラハが何やら話していた。
「おっ、ダート。いいところに」
 ジラハが寄ってきた。
「ダート、お前は気にならなかったか?」
「何に?」
「あのレイって子が、どういう経路で薬を入手しているかだ」
 そのことは、俺も気になっていた。まぁ、二人は教えてくれなかったけどな。
「実はなァ、俺達ちょっと調べてたんだよ」
 ムラドが自慢気に言った。
 おい、まて。お前今回の件には、表向きにほっとんど関わってないじゃないか。
 ってか、アニィの件が無かったら、お前のこと忘れるとこだったぜ?
「確かに、俺も気になってた。もし、彼女が薬を、正統な経路で(とはいっても一般的には違法だけど)入荷して売っているとしたら、それなりのお金が必要だ。でも彼女には到底できそうじゃない。出来たとしても、数なんて揃うはずが無い。もし自分で直接作っている、と考えたとしても彼女には薬の元を取りにいけるような体力はないだろうし、技術だってないはずだ。第一それで儲かっているとしたら、あんなに貧しい暮らしはしていないはずだ」
 俺の論に、ジラハもうなずいた。
「俺もそれは思った。そして、ある推測をした。――彼女は、ある条件の下で薬を売っているのではないかとね」
 ジラハの推測を今ひとつ理解できず、俺は首をかしげる。
「おい、ジラハ。もっと詳しく説明してくれないか?」
「ダート、俺らが単独行動のときに村の住人に、レイさんのことを聞きまわったのだが、どうやら彼女には叔母がいるらしく、重い病気にかかってるらしいんだ」
 そういえばアニィも言っていたな。叔母が病気だと。
 ん? そうか、それだと気になるところが出てくるな。
「ジラハ、つまりお前は、何でレイの叔母が病院に居続けることが出来たのか、ってことが気になったんだな?」
「その通りだ。彼女の叔母は長い間病院にいるらしいんだが、病院だってお金は結構かかる。レイさんがお金を出し続けるには、生活的にもあまりにも無理がありすぎるんだ。それに、そんな状況の中で薬などを入荷するなどまず不可能と言ってもいい」
 なるほど、つまり――。
「レイは、病院にいる"誰か"に薬を受け取り、販売してそのお金を"その誰か"に渡し、叔母を治療してもらっているってわけか」
「おそらく、そのお金の少しをもらい、生計を立てているのだろうな」
 なるほどな。ジラハの野郎、何気に核心に近づいてたわけか。
 さっきからもう一つ気になってたことがある。
「なあジラハ、もう一つ聞いていいか?」
「ああ」
「ムラドは何をしていたんだ?」
「…………」
 ジラハは黙りこくってしまった。
 ムラドに向くと、ムラドは慌てたようだった。
「あ? お、俺?」
 そう言って、しばらく考え込んでから、ムラドは答えた。
「ジラハの用心棒をして――」
「ジラハ、明日は病院にいくんだろう? 俺もついていっていいか?」
「ああ、そうだな。俺もお前には来て欲しかったところだ。それじゃ、寝るか」
 俺とジラハは階段を登った。
 無視されて、立ちすくんでいるムラドを残したまま。


 四日目

 朝、目覚めてみると、外は雨。
 そういえば今日は出かけるんだったな。しかし、この天気じゃ幾分行く気が失せる。
「お〜い、起きてるか?」
 ジラハの声だ。俺はドアを開けた。
 ドアを開けると、ジラハとムラドが居た。最近、このトリオで行動することが多いな。
「ほれ、朝飯だァ」
 ムラドはそう言うと、弁当を乱暴に俺に突き出した。
 何だ、昨日のことをまだ気にしているのか? こいつは。
「はぁ、んで、俺には食いながらいけって?」
「ああ、ちょっと車を用意してもらってるからな。そこで食べてもらう」
 ジラハはそう言い、窓に指をさした。
 俺が覗き込んでみると、確かに車が止まっている。
「あれ? 運転手って隊長じゃねぇか?」 
 確かに見覚えのある顔で、俺は驚いた。
 ってか、階級が上の人に、運転任せていいのか?
「あの人はドライブ好きでな。俺が頼んだら、すんなりOKをくれた」
 確かに気楽な人だとは思っていたが、ここまでとは。
 まぁ、いいか。

 そして車内、俺は弁当を食べ、ジラハは居眠りを、ムラドは苦しそうに酔う、とそれぞれ色んな過ごし方をしていた。
 隊長は隊長で、ロック系の音楽を聴き、ノリノリで運転している。……事故だけはおこさないでくださいよ?
 さて、病院に行ったとして、密売人を探すのが大変そうだな。
 とりあえず病院で一番偉い人に会ってみるしかなさそうだ。
 ついでに、レイの叔母のお見舞いもしなければな。
 俺が窓から外をみると、もう病院はすぐのところだった。
「ジラハ、起きろ。もうすぐ着くみたいだ」
 ジラハは無言で目を開けた。まるでロボットだな。
 ムラドを見ると、もうすぐ着くということに喜びを感じているのか、少し微笑みが見えた。
「さて、到着だ」
 隊長は駐車場に車を止めた。
 
 俺らだけの作戦が始まった……。

 隊長はまたドライブを楽しむらしく、去っていった。
「なぁ、ここで何をするんだ? 具体的には良く聞いてないぞ?」
 ムラドがジラハに問いかけた。
「まず、ここの院長に会う。叔母の入院費を無くす権利があるのは院長だけだからな」
 ジラハの言うとおりだが、俺は口を挟むことにした。
「だけど、その病室の担当医だったら、入院費を請け負うことはできるんじゃないか?」
「ああ。だが、ものには順序ってものがある。さぁ、行くぞ」
 ジラハは病院へと入っていった。
「あいつって軍師になりゃよかったのにな? そうおもわねェ?」
 ムラドはそう呟くように言って、ジラハに続いて入っていった。
 俺も、病院に入った。中は、外見と同じくらいに汚く、整備がされていないようだった。
 だが、患者は多く、こんな病院では埋まりきらないほどの人数だ。
 ジラハは、受付としばらく話していた。
 俺とムラドは座るところが無かったので、近くで壁に寄りかかっていた。
「なぁ、お前はさ。院長が密売人だと思う?」
 ムラドが小さな声で聞いてきた。
「いや、俺が見るに、違うと思うんだが」
「なんでだよ」
「勘だよ。今じゃなにもわからないからな」
 俺がそう言うと、ムラドは天井を見つめた。
 まだ、わからない。密売人が誰なのか。
「ふぅ、待たせたな」
 俺とムラドが考えに浸っている時、ようやくジラハが戻ってきた。
「院長に話す許可をもらうのが大変でな。さて、行くか」
 とりあえず、中の様子が分からないので、ジラハについていくしかなかった。
 つか、こいつなんで病院内に詳しいんだ?
 疑問を覚えつつも、とにかくジラハについていく。
 何回階段を上がり、何歩廊下を歩いただろうか。最上階と思われる場所に着き、数歩歩くと、ジラハの足が止まった。
「失礼します」
 ノックをし、ジラハはドアを開けた。
 焦っていたのだろうか、相手の返答も無しにずかずかと部屋に入っていく。
 俺とムラドも、それに続いた。
「ほう……君たちが。それで、私に何か用かね」
 驚いた様子も見せず、いや、どっちかというと無理して見せないようにしているような気もするが、院長が第一声を発した。
 俺は、注意深く、そして疑い深く院長を見ていた。
「ここに、この人が入院していますね?」
 ジラハは、写真を差し出しながら言った。おそらく写真に映っている女性はレイの叔母だろう。
 しかし、こいつどこでこれを手に入れたんだか。
「ふむ、確かにこの方なら……」
「入院費、きちんと払ってもらってますか?」
 ジラハは鋭い口調でピシャリと言った。
 院長は、少し考えた後に、
「え、えと、まぁ払っていただいてますよ? でないと入院してられないでしょうが」
 と答えた。その返答の仕方は、明らかに不自然であった。
 さて、ジラハがどうでるか。見物だ。
「誰が払いに来てますか?」
 ジラハの質問に対し、院長は凝視しながら答えはじめた。
「誰って……娘さんでしょう? 私に聞くよりも、担当医に聞いた方が早いと思われますがねぇ」
 院長は言い終わった後、ハンカチで額を拭く。
 俺は、ジラハの次の手が気になっていたが、ジラハは院長にお辞儀をしたあと、そそくさと院長室から出て行こうとした。
 その行動には、俺を含む全員がびっくりしたに違いない。え? これで終わり? とな。
 しかし、ジラハが出て行っては、俺達も出るしかあるまい。ムラドと一緒にお辞儀をしたあと、ジラハに続いた。
 ジラハがずんずんと進んでいくので、俺とムラドは困惑するわけで。
「お、おいっ。お前まだあの院長から何も聞き出せてないじゃねぇか。もっと聞くべきなんじゃない?」
 ムラドは、足早に進んでいるジラハの肩を掴んで言った。
 ジラハは足を止める。
「あの院長からはもう聞き出せそうじゃない。それに、何となく分かったことはある。恐らく担当医が黒だ」
「何でだ? たしかに担当医に聞け、とは言ったけどそれだけで疑うのもどうかと思うぞ?」
 俺はジラハの考えが理解できず、質問を投げかけた。
 ジラハは説明を開始する。
「担当医に聞け、ということは担当医がレイと会う機会が多い、ということだ。恐らく院長は、密売のことは知っているのだろうが、それ以上の詳細は知らないのだろう」
「で、でもなぁ」
 納得しない俺。そりゃそうだ。ジラハの言っていることは全て推測であり、証拠など一つもない。
 そんなので信じろといわれてもなぁ。
「安心しろ、ダート」
 ジラハは笑って言った。
「俺は、全て推測で動いているんだ」
 余計安心できないのだが、と思った俺がいる。ムラドも思っただろう。
 ジラハは推測とかで動かないだろうなぁ、とか俺はそんな印象だったのだが、一気に狂わされた。
 俺は、第一印象で判断しちゃいけない。と、ここに来て思い知らされた気がするな……。
「んで、担当医に聞きに行くってワケか?」
 俺が言うと、ジラハは頷いた。
 もう良い。こうなったらついていってやる。
 お前の、推測とやらに。


 現在、俺とムラドは、レイの叔母の居るという病室の前に居る。
 ジラハによると、名前はシュラ・アーカサルトというらしい。
 ついでに何故病室に入らないかというと、またまたこれにも許可がいるらしく、現在ジラハが許可を取っているのだ。
――だがなぁ、勘弁してほしいよ。
 もう何時間待たされたことか。ムラドの貧乏ゆすりを見てるのも飽きた。
 暇すぎたので、もう帰ろうかと思った。そんな中、ジラハがようやく戻ってきた。
 しかし、何故だか蒼白い顔。気になったので、聞いてみることにする。
「ん? ジラハどうした? なんか、お前妙に汗かいてねぇか? 許可は取れたの?」
「そ、それどころじゃない!!」
 ジラハは慌てている様子で言った。
 その顔には、一片の冗談さえ伺えない。
「今、隊長から連絡があった。と、とにかく来るんだ」
「え、行くって……レイの事はどうするんだ?」
 ジラハは、俺の胸倉をつかんだ。
「その、レイさんが危ないんだよっ!! 早く行くぞ!」
 状況が飲み込めないまま、俺は引きづられていった。ムラドも落ち着かない様子でついてくる。
 ――ん? 
 俺が病室を見やると、医師のような人間がこちらをみていた。
 その顔には、見覚えがある気がした。だがハッキリとは思い出せない。

 その人物は、不気味な笑みを浮かべていた。
 
 階段を降り、玄関口までやってくると、玄関前には俺らの隊が見える。しかも、ここに宿泊している全員が。
 一体どういうことだ? 何が起こったっていうんだよ。
 隊全員の顔を見て、俺はようやく今の状況が本当に緊迫していることに気付いた。
「これで、全員だな」
 隊長は呟く。そして大きな声で続けた。
「現在、私たちは祖国から敵対視されている。そして、バーシュダントのエリート部隊、エーズドル隊が我々に攻撃宣言をしている」
「こ、攻撃宣言だって!?」
 ムラドが叫んだ。俺も叫びそうになってしまった。
 何故いきなり攻撃されなきゃいけないんだ? 今さら何故?
 辺りの者たちは知っていたようで、さほど驚かない。どうやら知らなかったのは俺達だけらしいな。
「奴らによると、私たちの誰かがエーズドル隊の三人を死亡させたらしい。生き残った一人が逃げてきてそう言ったらしい」
 隊長の言葉に、一番驚いたのは俺だった。
 一昨日、俺は四人の薬中毒者と闘い、そして三人は薬の副作用で心肺停止。一人だけ逃げ出したのだが――。
 奴め。あの後あの林に戻ってきやがったんだな。そして死んでいる三人を見つけ、俺が殺ったと勘違いをしたんだ。
 まぁ、埋めてやらなかった俺も俺なのだが、あの時はそれどころじゃなかった。
「……ダート? お前、どうした? 顔色悪くないか?」
 ジラハが近寄ってきた。
 俺は額をぬぐった。手は、汗でびっしょりだった。
「ジラハ、俺、俺なんだ」
「は? お前、何を――」
「俺だ。俺がその三人と闘った。いや、正確には四人だったけど」
 隊全員がこちらを見た。
 皆、表情が強張っている。
「そ、それはどういうことだ!? ま、まさかお前が……」
「ち、違うんだジラハ! 奴ら、薬中毒者で、レイを襲っていた。俺はそれを助けようとしただけだ! それに、俺は殺してなんかいない!!」
 隊長も近づいてきた。隊長の顔は、いつものふざけた表情とはうって変わって真面目だった。
「ダート、詳しく説明してくれ。どういうことだ?」
 俺は、詳しく説明した。
 奴らの精神がが既に廃人の域に到達していること。
 そして、薬欲しさにレイを襲ったこと。
 あちらから襲い掛かってきて、俺が一蹴したら薬の副作用で心肺停止となったこと。
「なるほどな……」
 隊長は納得したようだった。話の分かる方でありがたい……。
「だが、多分それを奴らに言っても止めまい。軍に言っても、だ。奴らはエリート軍隊だ。我々とは違ってな。それに隊長はものすごく偉い地位で、最近はこんな戦争の最中に休暇をもらっていたほどだ。恐らく、薬物の事実を含め、我々とともにもみ消したいに違いない。これ以上、軍に不正が見つかれば、バーシュダントの支持はガタ落ちだ」
 隊長は暗い声でそう言った。
 ジラハは隊長に詰め寄り、憤慨した。
「そんな! 俺らは、国の事情で消されるなんて!! そんなの間違っている! おかしい!」
「私もそう思うよ、ジラハ。だが、国の実態はそうだ。私は前から知っている。それに、恐らく奴は自分の事情でもみ消したいのだろうしな……」
「奴?」
 隊長の後述が気になり、俺は質問した。
「奴って、誰です?」
「ジャード・ジョーズリスト。悪いが名前しか言えんのだ……特に君にはな。残酷な運命なのだよ。そう、残酷すぎる」
 隊長は、うつむいて言ったが、すぐに隊全員に顔を向けた。
「――実は私は前々からこの国、そして軍が嫌いだった。皆、自分勝手に何かをし、自分勝手に核さえも作っている。皆は知らなかっただろうが、バーシュダントの偉い連中は、敵国に核ミサイルを撃とうとしているのだよ。前に会議ではっきりと言っていた。もう、私には我慢の限界だ」
 隊長はいきなり大きな声になっていた。
 俺達は、核ミサイルのことを全く知らなかったので、驚愕した。
 そうか、核ミサイルを作っていたからあんなに資金がなかったのかっ!
 核ミサイルの脅威は奴らだって知っているはずだ。なのに――。
「戦おう。この軍とも、そして国とも。奴らは今、村の西にある林から進軍してきている。きっと、村が巻きこまれる。皆、守れ。そして証明しよう、我らこそ真に強い心を持っていることを!!」
 隊長が言ったとき、皆の歓声が響いた。
 このときは、俺もその歓声に混じった。
「奴らは少数でこちらへと来る。奴らには戦車などが与えられているからな。歩兵の数はごく少数だ。だが、そこをあえて狙おう。我々は戦車を破壊できるバズーカもある。我らは歩兵部隊だ、火力は劣るが団結力はどの隊よりも高いに違いない! まず、林に向かうぞ。バズーカ隊は先頭に配置する。歩兵部隊は村を守るため、村の近くに居るのだ。また、奴らは隊長を失えば権限さえも失われる。そうすれば奴らの戦意は喪失するはずだ。歩兵の少数はバレないように奥地へと向かい、隊長と思われる者を討ち取れ」
「奴らにはレーダー装備は無いのですか?」
「ああ、その辺は心配いらない。レーダー類はもう軍に集められている。恐らく核製造にでも使ったのだろう。第一、一週間で一つの村が餓死で全滅する不況の中だ。そこらへんの心配はしなくても大丈夫だ。奴らに動きを読まれる心配はない」
 隊長がそういうと、質問をしたジラハが敬礼した。
 そして隊全員が隊長に敬礼をした。
「あとの動きは向かってから伝える。以上! トラックに乗り込め! ムラド、ジラハ、ダートは私の車に乗れ! さぁ急ぐぞ!」
 俺らは隊長の車に素早く入った。
 そして、車が出発した……。

 俺はふいに、後ろを振り向いた。何か、殺気がしたのだ。
 後ろには、先ほど不気味に笑っていた医師が立っていた。

 医師は、不気味にこちらを睨み、そして去っていった。

 
 林の前に着いた。
 既に隊の者達は配置についているようで、皆緊迫していた。
「よし、さきほど言った奥地へと向かう少数の歩兵だが、君たちに頼みたい」
 隊長は言った。
 俺とムラドは驚愕の表情を浮かべる。
「お、俺達がですか!?」
 ムラドは叫んだ。
「し、しかし俺らには」
「ダート」
 ジラハはそう言ってから、俺の肩を掴んで続けた。
「さっきも言ったろ。一番危険なのはレイさんだ。先遣隊になって、レイさんを救ってこい。お前はそれだけで良い。後は俺らでなんとかするから」
「えっ、あっそ、そうだよ! 俺達がいくからよ。お前はレイさんとやらを救ってこいよ!」
 ムラドも慌ててジラハに調子を合わせた。
 俺は……確かにレイのことが心配になっている。
 俺は、レイが好きなのか? これは、前にも自分自身にした質問だ。
 しかし、何故好きなのか。俺は……。
「おい、ダート!」
 ムラドがいきなり俺に突っかかってきた。
「早くいけよ! じゃないと手遅れになるかもしれないぞ!]
「だ、だがっ!」
「好きなんだろ! お前を見ればわかる。早くいけ! そして守ってやれって。人を守るのに理由を作らなくてもいい、人を愛するのに理由なんか作らなくてもいい! ごたくはいいからさっさと行ってこい!」
 そうか、そうだな。ムラド、お前の言葉で納得させられるとはな。
 人を愛するのに理由を作るな……か。
 俺はレイが好きだ。お茶をくむ彼女が好きだ。ちょっと照れ屋な彼女が好きだ。
 理由を求めて、色んなものに目を向けられていなかったんだよ、俺は。
 俺は走り出した。銃を片手に、リュックを背負い、走りだした。
 ――戦う理由、今までは過去の復讐だった。
 故郷を燃やされた復讐だった。後に、俺の所属してるバーシュダントの仕業ってことに気付いたが、なす術は無かった。
 俺は、理由を求めて戦争を生き延びてきた。だが理由なんて見つからなかった。
 だけど、理由は見つけるものじゃない。自然に、できてしまうものだ。
 俺は、そんなのにも気がつかなかったんだ。
 日に日にレイを愛していることにも気がつかなかった。
 気付けば、俺は今、非常にレイに会いたい。
 くそっ! もっと早く動けよ! 俺の脚!!
 俺は前方に見えるレイの家を見つけた。
 家の前には、銃を持った兵が居た。
「どけよぉぉっっ!!」
 俺は銃の引き金を引いた。弾は、兵の頭に直撃し、兵は倒れた。
 レイ、無事なのか! レイ!?
 もう、失いたくない。過去のように、全てを失いたくない。
 俺は、ドアを乱暴に開けた。

「嘘だろ……?」

 レイは、倒れていた。
 俺は急いで近寄る。嫌な汗が額からにじみ出て俺の顔をつたった。
「レイ! なぁ、起きてくれよ! レイ!!」
 俺はレイを何回もゆする。だが、目覚める気配はない。
 レイのそばには、注射器が転がっていた。
 そういえば、レイの近くには血の跡はない。つまり……。
「レイ、お前……"クスリ"やったのか?」
 注射器には血がついている。そして、レイの細い腕を調べると、注射器のものと見える小さな穴が見える。
 まさか、何でだ? 何で。

「安心してくれたまえ」

 一応言っておく。この声は俺の声ではない。
 そして、聞き覚えもない声だ。
 俺は、後ろを振り向いた――。

「あ、あんたは……」
 
 そこには、見覚えのある顔。病院で二回ほど見かけた謎の医師。
 あの、不気味な笑みをしていた医師だった。
「おやおや、何です。その顔は」
 医師は俺に近寄ってきた。
 俺は、すかさず銃を医師に向ける。
「来るなっ! 貴様、何故ここに居るっ!」
 俺は既に落ち着いては居なかった。
 医師は、またあの不気味な笑みを見せた。
「ふふふ、何をおっしゃってるのです。私は医師ですよ? 別にこんな"クスリ"だらけの部屋に居てもおかしくはないでしょう?」
「おかしいに決まっているだろ! 貴様はさっき病院に、この子の叔母の病室に居たじゃないか!」
 俺の言葉に、医師はさらに大きく笑い出した。
「何がおかしい!!」
 俺が叫ぶと、医師はまだ笑みを浮かべていたが笑い声を上げるのを止めた。
「私はもう、シュラ・アーカサルトの医師ではありません。何故って? シュラ・アーカサルトは死んだからですよ」
「な、なんだとっ!?」
 医師の言葉に、俺は息をつまらせた。
 院長はまだ入院している、というような事を言っていたではないか。
 何故だ、どういうことなんだっ。
「今日、死にました。先ほどね。ガンだったのですよ、彼女」
 医師は言った。俺はまだ信じられなかった。
「ガンだと?」 
「ええ。入院した頃はまだ分からなかったのですが、ここ最近、四ヶ月前ほどに気付きましてね」
 医師は椅子に腰掛けた。
 俺は立ったままで、レイのそばを離れず、質問した。
「助けられなかったのか?」
「気付いていたのは僕だけでしたしね。皆が気付いたころには末期。これじゃ救えないでしょう」
「気付いていた……って、何故救わなかった! 気付いていたなら他の医師にも相談すればよかったじゃないか!」 
 医師はまた笑った。まるで、下等生物をみるかのような目でこちらを見ながら。
 俺の我慢も限界だった。
「貴様、さっきから何かとバカにしやがって」
「落ち着いてくださいよ。今の医療じゃ癌を治すのは無理です。金がないからね。俺にできたのは少ない食べ物をあげるくらいですよ。それに貴方はシュラ・アーカサルトの何なのです? それとも、レイ・エヘトレアに対する同情心からですか?」
「人として、普通の意見を言っているだけだが?」
「フッ、言うようになりましたね、ダート・キャルス。いや、キャブル・キャルステア」
 
 旋律が走った。

「き、貴様、何で俺の名前を、しかも昔の名前を知っている?」
 俺は冒頭で話したように、ある事情で本名を隠していた。
 ダート・キャルスは俺の恩人の名前だ。
 俺は、過去に故郷を焼かれたとき、故郷を焼いた軍隊と戦った。ダート・キャルスと、その他の者達と。
 ダート・キャルスは俺をかばって死亡。他の仲間も軍隊に突撃し、俺の逃げる道を作って死亡していった。
 俺はその時からバーシュダントから睨まれ、反逆者の生き残りとして指名手配されていた。
 そう、指名手配書の名前はキャブル・キャルステア。俺は、逃れるためにダート・キャルスの名を貰ったのだ。
 そのことを、誰にも話したことはない。
 俺が、キャブル・キャルステアだと言うことも。
「随分と驚いたようですね。キャブル・キャルステア。しかし、あの手配書から貴方を判断するには時間が必要でしたよ。ですが、貴方の顔に刻まれているその傷で分かりました。まぁ、皆気付かないか、気にしなかったでしょうがね」
「お前、ただの医者じゃないな?」
 俺は、男を睨んだ。
「お前、誰だ?」
 男は、笑った。

「ジャード・ジョーズリスト。ああ、グレン・アベニスト って言ったほうが君には身近かな?」
 ジャード・ジョーズリスト、確か俺と残酷な運命がある、とか言った奴だ。
 そして、グレン・アベニスト。
 ――アベニスト?
「あ、アベニスト……ってまさか」
 グレンは笑った。
「アニィの、兄だ」
 
 ――そうか、どうりで見たことがあると思った。
 アニィの店にいた男性だ。ちょっとしか見なかったし、アニィの方が印象が強かったから、うろ覚えだったが。
「グレン……なぜアニィの兄がここに?」
「それは、貴様なら、キャブル・キャルステアなら来るだろうと思ったからだ」
 突然、グレンの言葉遣いが悪くなり、そしてポケットから銃を取り出した。
 俺は、銃を再び構えた。
「グレンっ! 何のつもりだ!」
「キャブル! 貴様に易々とその名前を呼ばれたくはないわ!!」
 ――グレンは引き金を引いた。
 銃弾は、俺の隣のビンに当たった。
「グレン、貴様か? レイに、こんなことをしたのは!」
「ああ、俺さ、キャブル。貴様が憤慨すると思ったからなぁ!! だが安心するがいい、それは睡眠薬だ」
 俺はレイを脇に抱き、片手で銃をグレンに向けた。
 グレンは、また笑った。
「お、おいおい。そんな格好じゃ避けられないぞ? ほら、なっ!」
 グレンはまた引き金を引いた。
 銃弾は、俺の頬を掠める。
「ちぃっ! この野郎ォッ!」
 俺も引き金を引いた。銃声が回りに響く。
 しかし、グレンはサッと避け、銃弾は当たらなかった。
「ハハハ! 誰も背負ってないというのは楽で仕方がないなぁ! 貴様は大変だろうなぁ。それを背負ってなぁ」
 グレンの笑い声が建物に響きわたった。
 くそっ、今の状況じゃ確かにこちらが不利だ。
 レイに目覚めてもらっては、それはそれで面倒なことになる。だが、このままじゃ――。
「グレン、お前は何故俺が来るのを待っていた? それに、何故俺の名前を知っている?」
 俺は時間稼ぎ、と質問をした。
 グレンは、しばらく黙ってから答えた。
「キャブルよ。お前がその名前だったとき、騒乱を起こしたろう。焼けた村で」
「ああ」
「その時、我が父がその騒乱を収めようと、故郷に乗り込んだのだ」
 グレンの兄、つまりアニィの兄ということでもあるのか。
「それから、我が父が帰ってくることは無かった。帰ってきた兵に聞いたよ。父は、父はどうしたんだって」
 グレンは銃を見つめて悲しげに続けた。
「死んだ、と聞かされたときの気持ち、今でも覚えている。そして、色々と他の兵にも話を聞いた。するとなんていったと思う?」
「まさか、俺の名前が出てきたのか?」
 グレンはひきつったような笑いをした。
「その通りさ。キャブルと呼ばれる少年に殺された、ってな。お前は覚えてないだろうよ。だが、俺はずっと気にしていたよ。復讐をしてやる、いつかきっと復讐してやる。そう思い、俺は戦争の中、戦い続けた。勲章もいくつももらった。そして上り詰めたのだよ。お前を調べられるほどの地位に」
 この男は、俺という復讐の相手を見つけるために戦い続けたのか?
 それではあまりにも、鬱だ。
「お前が消えたあと、バーシュダントに新たな兵が入ってきたのも分かった。ダート・キャベルという男だった。俺はそれを不思議に思ってな。お前を睨み続けてきた」
「そこに、俺がやってきた。ってことか」
「そして、さっきも言ったように、顔の傷も見つけた。俺は、核心したよ。この男だ、ってな」
 グレンはそう言うと、また銃を俺に向けた
 俺も、グレンに銃を向けなおす。
「ああ、あとついでに言っておこう。このレイという娘に"違法薬"を配給したのは俺だ」
「何!?」
 驚く俺に、グレンはニッっと笑った。
 何故、何故だ? 何故レイに"クスリ"を!?
「驚いているようだな。だが簡単なことさ。俺は軍に頼まれ、"ある兵器"の製造費を集めるために、"クスリ"を売ることにした。そう、公には休暇と呼ばれているこの一年間に」
 レイは一年前に"クスリ"を売り始めたのか。初耳だ。もっと長い間売ってると思ったが。
 "ある兵器"というのは核ミサイルだな。ちっ、軍の野郎相変わらず汚いことを。
「レイ、という人物は最適だった。俺の妹の住んでいる地域に住んでいたし、それに、病気の叔母が居る。これを利用しないことはないだろう? 俺はレイにこの話を切り出す、軍の力で村はずれの医師となったあとにな。そして叔母の入院を許す代わり、"クスリ"を売り、その9割の金をよこせ、という条件のもと、交渉は成立した」
「お前、こんな少女になんて汚いことをさせているんだ! 恥ずかしくないのか!」
「何を言っている? その少女にもいい話じゃないか。売るだけで叔母の入院生活の料金はタダだぞ? これほどオイシイ話はあるまい」
 こいつ……。
 確かに、レイは生活に困っていたのだろうよ。だけど、そんな汚い仕事をさせなくてもいいじゃないか!
 そんな、そんな汚いことを……。
「しっかし、レイという少女、なかなか利用できたよ。まさか、貴様がレイと接触するとは思わなかった。しかも、我が隊の薬中どもと戦闘をするとは。こんなチャンス、使わない手はあるまい。しかも、お前にとって、レイが大切な存在になっていようとはな」
「我が隊……き、貴様がエーズドル隊の隊長か!?」
 そうか、さっき高い地位になったと言ってたな。それはつまり、こういうことだったのか。
 エーズドル隊の隊長が休暇を貰っていた、という点からもう既に分かっていたが。
 殺さなければならない。こいつを――。
「君の隊長が俺の知り合いでな。隊長にも昨日に言っておいたよ。色んな事情を」
 だから、残酷な運命、とか言っていたのか。
「だがまさかこんなことになるとはな。まぁいい。さて、消えてもらおうか」
 グレンはぎらぎらと殺気の満ちた目で俺を睨んだ。
 俺だって、ここで死ねない。死んでたまるか!
「俺に復讐をしてどうなる? そのあとに残るものはなんだ!? 何もないだろう! あるとしたら、それは一瞬の自己満足だけだ!」
「今さら命乞いか? キャブルよ。貴様と俺は殺しあう運命なのだよ! それも昔から決まっていた。そう、貴様が俺の父を殺した時から!」
 
 グレンが叫んだ時、ドアが開いた。
 そこに居たのは、アニィだった。

「アニィ! お前、なんで」
 一番驚いていたのはグレンだったらしい。そりゃそうだとは思うが。
 アニィの顔を見てみると、その顔は真剣そのものだった。
「兄さん、もう止めよう? お父さんだって、こんなこと望んじゃいないでしょ!?」
「君には関係ない。それに、これは私の望みだ。父の望みをかなえようとしているわけではない!」
 グレンがそういうと、アニィは俺の前に立ち、腕を広げた。
 そう、アニィは俺たちを庇う形を取っていた。
「アニィ、何のつもりだ?」
「見たとおりよ。この人たちを殺すなら、私を殺しなさい」
 グレンの手は震えていた。
 俺の手も震えている。
 レイが、少し動き始め、状況を理解していないようで、ボーっと目を開けていた。
 やめろ、アニィ、そこをどけ。どくんだ!
「アニィさん、君は逃げてっ! 君が居ていい場じゃない!」
「私は逃げない! 今まで、兄さんのやっていた事は全部知っていた。だけど私はその事実から逃げていた! 私は兄を止められなかった!」
 グレンは、降ろしていた腕を上げ、銃を向けた。
 お、おい……。
「グレェェンッ!! 何で銃を向けている! その子は、お前の妹だろうがぁっ! グレン!!」
「撃つのね。兄さん。なら撃つといい。この人たちは、なんとしても守ってみせる」
 アニィはそういうと、俺に何か合図をした。
 その意味を俺は理解した。

 私が死んだら、逃げろ。

 恐らく、あの銃は連射式ではないのだろう。リロードをするときに、隙がある、ということだろう。
 だが、そんなことできるはずがない。それに奴は撃たない。いや、撃ってはならない。
 なんで、何で銃を向けているんだ? 何でそんな目をしている。
 ――やめろ、撃つな。撃つんじゃねぇ!!

 俺は、銃を握り、立ち上がった。
 そして、アニィを壁に寄せ、グレンに銃を向ける。
 しかし、グレンの方が撃つのが早かった。銃弾は、俺の銃に当たった。銃は、俺の手から飛んでいく。
 銃弾は俺の銃にめりこんでいた。それほど威力は高くないようだ。だが、悪いところに当たれば、即死だ。
 俺はポケットからナイフをとりだし、背負っていたリュックをグレン目掛けて投げた。しかしグレンはそれを避け、リロードし、銃を向けた。
 
 俺は、もうなす術などなかった。もう、何もできない。
 ああ、銃が向けられている。もう死ぬのか。
 くそっ、ムラド、ジラハ、隊の皆。
 俺、無理のよう――。

 銃声が響いた。俺は、眼をつぶった。
 ……あれ? 不発か? 俺は眼を開けた。

 
――アニィが、血を出して、横たわっていた。


「あ、アニィ……? アニィッ!!」
 先ほど目覚めたレイが、状況を理解し、大粒の涙をながして叫んだ。
 アニィは、笑っていた。
「今……逃げ……」
 アニィの腹は血で染まっていた。それほどの出血量ではなかったが、だが、時間が経てば――。
「グレン……!」
 俺はグレンを見た。奴は、笑っていた。
 何故だ? 何故笑うんだ!? 何故撃てた!? 何故撃ったんだっ!
「グレェェンッッ!! 貴様ァァッ!」
 俺はナイフを突き出した。
「貴様も、レイも……アニィも! ここで全員死ぬのだよっ!! いや、死ねっ!!」
 グレンは銃を構えた。
 ――そんなものが、何だっていう!?
 アニィは果敢にもそれに食いかかっていったんだ。それを、俺がビビッてどうするってんだ!
「諦めろ、そして死ね! もう、お前の負けなんだよ!」 
「死んでなるものかよ!! ここで死ぬわけにはいけないんだよ!! アニィは俺を庇った。あんな少女が、だぞ!? もし、俺がここで死んだら、もし諦めたら全て意味がなくなる。俺はアニィ、レイを、隊全員を裏切ることになる。そんなことは絶対にしない! しちゃいけないんだよ! 俺のこのナイフには全員の希望がかかっている。こんなところで、ナイフを握るのを止めるわけにはいかないんだよ!!」
 グレイはリロードをし、再び銃を構えた。
 俺はナイフを強く握り締め、グレイに向かって行った。
「死ねぇっ!! キャブルゥッ!!」
「死んで、なるものかァァッ!!」
 グレイは引き金をひいた。
 俺は、目をつぶらなかった。

「ぐあぁぁぁ!!」

 血が、流れた。そして悲鳴も。
 血はどんどんその場を汚していく。まわりが朱に染まっていく。
 ちょうど、外も朱に染まっていた。

「キャブル……くっ。俺としたことが、弾がもう、無かったとは」

 倒れたのは、グレンだった。

 俺は、ナイフを引き抜いた。さらに血が出ていった。
「キャブル、妹は……」
 俺はレイの方へ振り向いた。
 レイは、せっせと治療を行っていた。
「一応血は止まりましたけど、銃弾がまだ……」
 その時、ドアが開いた。敵の兵だった。
 兵は驚いた様子で、俺に銃を向けた。
「やめろっ! そ、そんなことよりも、治療をしろ。これは命令だ」
 グレンが叫んだ。こいつ、この後におよんで……。
 兵が治療のセットを持ってきたが、それにむけ、グレンは怒鳴った。
「俺じゃない! こっちの娘だ!」
「え、しかし……」
「早く、ぐっ……しろっ!!」
 兵は急いでアニィの治療に移った。
 俺はグレンを見つめた。
「お前……」
「勘違いをするな……俺はアニィに、償いをしただけだ。それに、貴様を普通の兵に殺してほしくない。俺を、俺をナイフで一突きやった男だ。生きてもらおうか、俺の想いも背負ってな」
「随分と、重いものを背負うことになるな」
「フッ、貴様は俺の父だって……ぐっ、背負って、いるんだ。かなり重い荷になるぞ?」
 グレンの声ははだんだんかすれ声に近くなっていた。
「おい、そこの。俺が死んだら、撤退しろ。言っておくが、誰も殺すな。ぐふっ……い、いいな?」
 グレンは血を吐きながら言った。
 兵は頷いた。
 グレンは、また俺のほうに向き直った。
「キャブル、お前はもう一つ背負うものが……ある」
「何だ?」
 グレンは、素直な笑顔でこう言った。
「彼女の、愛だ」
 グレンのまぶたが、ゆっくりと降りていった。
 俺は、最期まで見届けた。グレンの死を。
 手を、冷えるまで、握り締めていた。


 
 何とか一命をとりとめたアニィを背負った俺は、レイと一緒に村へと帰っていた。
 先ほどの兵は衛生兵だったらしく、すぐに治療を終え、グレンの言葉どおり、何も言わずに去っていった。
 林から村まではさほど遠くなかったが、アニィを背負って歩いているため、かなりの時間がかかるだろう。
「あ、あの」
 レイがようやく口を開いた。
 俺はレイに振り向く。
「その、私、迷惑かけて、すいません」
 レイがおずおずとそう言った。
 俺は微笑みかけた。
「迷惑って、別にそんな……」
「その傷だって――」
 レイが俺の頬の傷をさすった。
 その手は少し冷たくて、そして小さな手だった。
「別に、この傷は俺がへまをしただけさ。それにそんな深い傷じゃない」
「で、でも……」
 レイはまたうつむいた。
 俺は、一旦アニィをゆっくりと地面に降ろし、そして――。
「えっ! あっ……」
 レイを抱きしめた。ぎゅっと、強くしないように優しく。
 俺なんかでも、この子の気持ちを受け止められるなら、受け止めたい。
「レイってさ、すぐうつむくよな。もう少し自信持てって」
「こ、こういう性分なんですよ。私は」
 俺は、ずっと抱きしめていたい気分だった。
 レイの顔は、りんごのように赤かった。
「そ、そろそろ離してくださいよ。そ、その――」
「嫌だった?」
 俺は彼女を離して言った。 
 レイはそっぽを向き、
「い、嫌だったらとっくに離れてますっ」
 と言ってさっさと言ってしまった。
 ――本当に照れ屋だなぁ。
 俺はアニィをもう一回背負い直し、レイの後を追っていった。



 ようやく村についたのだが、俺の目に入ってきた光景は、癒しとは到底言えなかった。
 俺が呆然としていると、ジラハが駆け寄ってきた。
「ダート……残念な話がある。隊長が――」
「い、いや、ジラハ、分かってる。俺の目の前で寝てるよ」
 俺の目に入ってきた光景。それは綺麗に寝かされている兵達だった。
 俺は、隊長の近くへと寄った。
「隊長……また、ドライブに連れて行ってくださいよ。あ、そういえば隊長って子供居ましたよね。いつも自慢してさ」
 涙をこぼし、俺は言った。
 ジラハが、背後に立っていた。
「隊長は、ムラドをかばって死んだ。最期まで、仲間を思いやるいい隊長だった」
「すまねぇ……本当に、すまねぇ……隊長ぉ!」
 気がつくと、隊長のそばには、ムラドも座っていた。
 ムラドはなきながら、地面に拳を叩きつけていた。
「くっそぉ! 俺が、俺が気がついていればこんなことには……」
「ムラド……」
 俺はアニィを降ろした。
 ムラドは、アニィを見つめた。
「おっおい。アニィさんまで亡くなった、なんて言うなよな?」
「安心しろ。一命はとりとめた。もうすぐ目覚めるはずだ」
 心配するムラドに、俺はそう言った。
 俺はムラドの横に、アニィを寝かせた。
「この子も、俺を守って負傷した。この隊長と同じだ」
「そっか。やっぱな。一目でわかったぜ、この子は強い人だ……ってな」
 ムラドはアニィを見つめていた。
「ムラド、アニィさんを運んで行ってくれ。母親が待ってるはずだ。あと兄のことは俺があとでキチンと話す、と言っておいてくれ。頼む」
 ムラドは頷いて、アニィを運んでいった。
 俺はジラハとともに、隊長の亡骸を見つめた。
 その顔には、まだ勇ましさと明るさがあるような気がして、涙がまたこぼれ始めた。
「俺ら、これからどうすればいいんだろうな。ジラハ」
 俺がそう言うと、ジラハは俺に顔を向けずにこう答えて去って行った。
「戦うしかない。元々の、母国バーシュダントと」
 
 俺は一人、隊長の前に立っていた。ずっと、ずっと立っていた。
 隊長が運び込まれるまで、見守り続けていた。
 ――隊長は、最期まで自分の信念を諦めなかったのか。
 隊長……今、貴方を失ったことは非常に辛いです。でも……友人を助けていただき、ありがとうございました。
 っと、俺ムラドのこと友人だなんて……ふっ、俺も中々性格が修整されたな。
 しばらく一人だけで座っていたのだが、まだ、すまさなければいけない事がある、と俺はアニィの家へと足を急がせた。
 店はやっていなかった。だが明かりはまだ点いていた。
 俺はアニィの店へと入った。
 中には、ないている母親と、目覚めたアニィ、ジラハ、もらい泣きをしているムラド、そしてレイが居た。
「あっ、ダートさん。先ほどは……兄が、本当にすいませんでした」
「いえ、こちらこそ、兄さんを……本当にすいませんでした」
 俺は頭を下げた。たとえ生きるためとはいえ、この家の家族の男手を全て失わせたのは俺だ。
 考えてみれば、俺はこの一家に本当に迷惑をかけてしまった。悲しみを、与えてしまった。
 頭を下げている俺の肩を、優しくアニィの母が叩いた。
「ダートさん……いいのです。私の息子も、血迷った真似をしていました……レイさんに"クスリ"を与えたりもして……本当に、レイさんにも申し訳ないです。あの子も、いつから変わってしまったのでしょう……なんで――」
「全て、俺のせいなのです。貴方の夫の命を奪ったのも、幼い頃の俺なのです。キャブル・キャルステアがやったのです」
 俺が言い終わった後、ジラハが驚愕の表情で俺を見つめた。
「キャブル・キャルステアだって!? お前、反逆者キャブルだったのか!」
「有名人だったんだな。俺も」
「当たり前だ! バーシュダントが送った兵達を、一人で撃ち払って逃亡したなんだぞ!? それが……お前だったなんて」
 ジラハは俺に詰め寄った。
 ムラドに目をやると、ムラドでさえ驚いている。それどころか、ここにいる全員が驚愕の眼差しで俺を見つめていた。
「俺は、一人で戦ったんじゃない。他にも、仲間は居た。ダート・キャルスという偉大な人もな」
「つまり、お前は"そのダート"の名前を今まで使ってたわけか」
 ジラハは納得したような表情で言った。
 俺は、その通り、と頷く。
「キャブルって名前よりも、ダートって名前の方が、響きも良いだろ? だから今まで通りに呼んでくれ」
 俺が言い終わると、ジラハは頷いた。
 さて、俺はアニィの母に向き直った。
「そういうことです。話は反れましたが、貴方の夫の命を奪ったのは俺です」
「そんなこと……私はもう気にしてはいません。夫も、貴方も、自分の守りたいものの為に戦ったのです。そこに私が茶々を入れる権利はありません」
 アニィの母が言い終わったとき、俺は頭をもう一度下げていた。
 しばらく、こんな空気が続くのが嫌だと思ったのか、アニィがいきなり声を張り上げて言い出した。
「もぅ〜! やめましょうよ! こういう空気。せめて……夕食の時は明るく行きましょう?」
「そ、そうだぜ? 明日また話し合うことにしよう。今は、俺達だけでも生き残ったこと、それに乾杯だ!」
 そうだな、確かに落ち込んでもいられない。
 そりゃ、場を読むことも大事だが、今は、今だけは。

 ――生き残った奇跡に乾杯。


 
 五日目


「お〜い。ダートぉ〜」
 俺が目覚めると、ムラドが俺を揺すっていた。
 昨日、酒を飲んだからか、ちょっとボーっとする。言っておくが、決して二日酔いではない。
「おっ、やっと起きやがったなぁ〜? さっさと立て、ジラハが呼んでるぞ?」
「ジラハが? 何で?」
「まぁ、来い。俺も良くは知らねぇ」
 俺はベッドから立ち上がり、軍服を着て、ムラドと一緒に宿を後にした。
 まったく、こんな朝早くからなんだっていうんだ?
 ……思い出すと、昨日は色々あったなぁ。その事か?
「アニィさんの店で隊の生き残り全員が居る。お前だけだぜ? こんな遅く起きたのは」
 知るか。俺は集まることなんて全然知らなかったぞ?
 昨日の夜は……酔ってたから訳わからん。何かあったか?
 俺が思考を巡らせている間には、もう店に着いていた。
 中を覗き込む、と確かに全員居る。
 ……レイも居た。何でだ?
「ああ、レイさんならジラハが呼んだらしいぜ?」
 ムラドが俺の視線を察したようで、ニヤニヤとしながら言った。
 俺はその態度が気に入らなく。さっさと店へと入っていく。
 店内に入った途端、全員がこちらを見た。
「おお、ダート。やっと来たな」
「俺は何も聞いてなかったんだが?」
「お前、昨日は酔ってて先に寝たからな。言いそびれた」
 昨日の夜は何も覚えてないぞ?
 それ以外のことはハッキリと覚えているが。
「んで? ジラハ。何の用だ?」
 俺はジラハに問いかけた。
 ジラハは手招きをして、レイの近くに座らせた。
 レイの隣に座ると、レイが赤くなっていた。いやいや、何もしてないよ? 俺は。
「お、おはようございます」
 レイが、小さな声で挨拶をした。
 そういえば、昨日抱いてから全然話してなかったな。
「あ、うんおはよう」
 俺は笑顔で言っておいた。
 ジラハを含む、そしてアニィも含む全員がこちらを見ていた。
「……おい、何だよ。何でニヤニヤしてるんだよ、お前ら」
「いや、何でもない」
 とジラハ。
 アニィはずっと笑っていたし、ムラドは弱みを握った、という顔をしていた。
 何だかな。まぁ、緊迫した空気よりはマシだが、なんか特にムラドは殴りたくなってくる。うん、殴っちゃだめかな?
「う、うん! それじゃ、話の本題を話そう」
 咳き込むまねをし、ジラハは話を始めた。
「今現在、俺たちの隊は国から敵とみなされている。これはマズイことだ。しかも、隊長は昨日死んだ。我々の隊も、昨日の部隊との交戦で随分と兵を失った。それで、だ。俺がある部隊と交信をとってみた」
「ある部隊?」
 俺がくちをはさむと、ジラハは説明を続けた。
「ある部隊、というのは俺達とは別の反乱種だ。最近その反乱部隊も大きくなってきたようでな。それに俺達も参加する」
「いよいよ、元祖国と本格的に戦うってわけか」
「ダートに言うとおり。俺らはバーシュダントと戦う。それが隊長の意思であり、遺志だ。ここで隊長の死は無駄にはできない。皆、俺の決断に着いてきてくれるか?」
 俺は一番最初に立ち上がり、敬礼した。
 次に、ムラドが。そして次々と皆が立ち上がり、敬礼をした。
「ジラハ隊長、どこまでもついていくぜ?」
 俺はジラハの肩を叩いた。
 ジラハは微笑んだ。
 ムラドもジラハに近寄って肩を叩く。
「さて、そうときたら、支度をするか」
 俺は、レイを見つめた。そして、レイに近寄った。
 レイも、こちらに気付いたようで、俺を見つめた。
「行っちゃうのですね。貴方も」
 レイは寂しそうに言った。俺は腰を降ろした。
 俺は、離れたくなかった。レイから、離れたくなかった。
「ああ、真に国を守るためさ。いや、民を守るためだ。……君には世話になったね。レイ」
「いえ、私も」
 俺はレイと握手をした。今までの、すべての礼をこめて。
 握手を終えると、ジラハは終わるのを待っていたかのように、話し始めた。
「言っておくが、出発は今日の夕暮れだ。それまで皆準備をしていてくれ」
 俺は唖然とした。他の皆もだ。
 どうやら、俺らは予定よりも一日早くここをおさらばしなければならないらしい。
 皆、宿に走っていった。
「レイ、夕暮れに会いたい。ここで待っててくれないか?」
「待ってるも何も、私はずっと、ここに住まわせてもらうことになったから、ここにいますよ?」
「それは好都合だ。それじゃ、また」
 俺はレイに手を振った。
 夕暮れに告白しよう。この気持ちを。


 いつもは宿は閑散としているのだが、今日ばかりはそうもいかなかった。
 皆が一斉に帰ってきているので、ずいぶんとにぎやかだった。
 俺は、さっさと荷物を確認し、さっさとバッグに詰め込んだ。
 ものの三十分ですべての片付けを終えた。
 もうすぐ、昼か。
「お〜い、ちょっといいか?」
 ムラドの声だ。俺はドアを開けた。
「ムラド、もう片付けは終わったのか」
「ああ、それよりも、だなぁ。お前、レイさんにちゃんと言ったか?」
「なんて?」
「好き、に決まってるだろ?」
 俺は顔がほてるような気がした。
 ムラドはニッと笑った。
「ははは、分かりやすい奴め」
「そ、そういうお前はどうなんだ? アニィに気持ち伝えたか?」
 俺がそう言うと、ムラドはギクッとなったようで、しばらく黙っていた。
 お前だって、随分とわかりやすい奴だぜ? ムラド。
「お、俺はだなぁ……帰りに言う。そう、帰り際に。どうだ? ロマンチックだろう?」
「そうだな。俺も、そうすることにするかな」
 俺はそう言って立ち上がり、食堂へと向かおうとした。
「お、おい。どこ行くんだ?」
「食堂だよ。アニィさんの店にはレイも居るしな。まずそうだが、食堂で食うしかあるまい」
「そ、そうだな。俺も行く」
 ムラドもついてきた。
 と、いうか、なんだかアニィにさん付けしてる俺がなんか嫌だ。心の中では呼び捨てなんだから、呼び捨てもしたいものだが。
 階段を降り、食堂に着くとジラハが居た。
「ジラハ、お前もここだったのか」
 俺は驚きだった。アニィの店で食べるかと思ったのだが。
 そんな俺の表情を察してか、ジラハは首をかしげた。
「ダート、俺がここで食ってちゃおかしいか?」
「い、いや? アニィの店で食べてるかと思っただけでさ」
「雰囲気作りだ。雰囲気作り。お前が告白するのに、俺があそこで食べてたらなんか、きまずい」
 そうか? お前には関係ないし、そうでもなくないか?
「なぁ、これも縁だ。俺らの縁に、ちょっと乾杯しないか?」
 ムラドはそう言って、缶ビールをリュックからとりだした。
 こいつ、そんなもんまで持ってたのか。
「昼から酒か? なんか嫌だぞ、それ」
 俺は一応断ったのだが、ムラドも諦めない。
「大丈夫一杯だけだ。な? いいだろ、最後ぐらい」
「俺も賛成だ。ダート。最後は、な」 
 俺とお前らの縁はまだ続きそうだけどな。
 だがジラハも賛成していることだし、飲むことにするか。
 ――夕暮れへの緊張をほぐすためにも。 



 俺は、アニィの店に向かっていた。
 既に、空は朱に染まっていた。
 店を覗くと、レイが窓をみながら座っていた。
「レイ」
 俺が呼ぶと、レイはこちらを向いた。
 歩みより、レイの隣に座り、彼女を見つめた。
「ダートさん……もうじき、発つのですね」
 レイは悲しそうな表情で言った。
 俺ははレイの細い手を握り締めた。
「いや、大丈夫、じき戻ってくるさ。戦争が終わったら。必ず」
「その戦争だって、いつ終わるかわからない! 貴方だって、死んでしまうかもしれない」
「俺は死なない。俺は、絶対に死なない」
 レイの目は涙で溢れていた。
 言おう。言うんだ。言わなければ。
 レイの両肩を掴んだ。
「レイ。俺は、お前が好きだ。レイ、愛してる」
 レイの顔がいつも以上に赤くなる。
 照れ屋なレイだが、そういう所をみると、本当に可愛いと思ってしまう。
 レイ……。
「ダートさん……私、なんかで、良いのですか? 私、あんな汚い職業をしていたんですよ? そんな、私で――」
 俺は、レイを抱き寄せた。レイは、俺の胸元で泣き始めた。
 やさしく髪を撫でる。
「君は、叔母を助けようとしていたのだろう? 確かに、汚い職業だ。だけど、君は汚くなんか無い。君は、綺麗すぎるといってもいい」
「……離れたくない。離れたくないっ。死なないで……お願い、死なないで」
 俺はレイから離れ、小指を差し出した。
「約束だ。俺は死なない。約束しよう」
 レイの小指が、俺の小指に絡まった。
 ――約束するよ。レイ。
 俺は、君のために生きる。君と、再び会うために戦う。
「レイ、絶対帰ってくる。だから、いつまでも待っててくれるかい?」
 レイは、こくりと頷いた。
「たとえ、20年、いやそれ以上帰ってこなかったとしても、待ち続けます。ダートさん、貴方のために」
「俺も、どんなにピンチの時でも、乗り越えよう。レイ、君の為に」
 俺の戦う理由。今生まれた。
 レイの為に生きる。その為に戦う。
 早く、戦争を終わらせるように。
 
 こんな、腐った戦争。あってはならない。
 核ミサイルで、たくさんの人が死ぬ。そんなこと、あってたまるか。
 しかも、その製造費で人々が堕ちていくなんて、見逃しちゃならない。

 俺は、レイに接吻をして、別れを告げた。
「じゃあな。レイ」
「さようなら。ダートさん」
 外には、車が俺を待っていた。
 ジラハ、ムラド、共に笑っている。二人にも何かあったのだろうか。
「二人に同時に告白されましたよ」
 アニィが笑いながら歩いてきてそう言った。
「戦争に帰ってきたら、結婚してくれ……ですって」
 あ、俺もそういうこと言えば良かったな。
 ってか、ジラハまでそんなこといいやがったのか。
 ……アイツ、ちゃっかり者だな。
 俺はレイに振り向く。
「なぁ、レイ」
「もう、ありきたりな台詞言うつもりですね?」
 レイが赤く染まった顔のまま言った。
 参ったな。そのつもりなんだが。
「……いいですよ。帰ってきたら、結婚しましょう」
「ああ、こりゃ、楽しみで眠れ無そうだ」
 俺は笑いながら言った。
「不眠症にならないでくださいよ?」
「あっはは、なんか雰囲気できてたのに台無しだな。まぁ、でもこっちの方がいい」
 ――俺は歩きだした。車へと。
 レイの泣き声が聞こえていたが、もう後戻りはできない。
「じゃあな、レイ! 次会うときは、ちょっとボロボロかもしれないけど、まぁ縫い直してくれ、な!」
 俺は走りだした。
 これからの戦い絶対に死ねない。
 グレンは言った。グレンの心、グレンの父の心、そして、レイの愛を俺は背負っていると。
 ふっ、随分と重いなぁ。
でも、自分をきちんとさせるには丁度良い重さだ。
 重りを外すまで、生き延びてやるさ。ずっと、ずっとな。


 ――レイの愛だけは、永遠に外さないけどな。

2007/11/24(Sat)21:22:10 公開 / 悠湖
■この作品の著作権は悠湖さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
二回目の投稿、悠湖です。
まだあまりなれていないので、文章がひどく荒いかもしれません。
もしおかしな点がありましたら、是非コメントで。

戦争もので書き進めるはずだったのですが、自分の腕ではあまりにも難しかったので、一兵士のお話ということにさせていただきました。
前回の反省も含め、長くしてみましたが、どうでしょうか?

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。