『ブラックとミルク』 ... ジャンル:恋愛小説 ショート*2
作者:泣村響市                

     あらすじ・作品紹介
冬場のアイスクリーム屋さんは切ない

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 寒い寒いこの交差点で、ちかちか瞬く横断歩道の信号機をぼんやりと眺めながら私は冷たい右手をホケットへと避難させる。
 待ち合わせの友人は交差点の向こうで此方の存在に気付かない。
 あと少し待って、それでも気付かなかったら左手を振ろう。

 それから少しして、私は左手を振れなくなった。

「ねぇ、君、アイス食わない?」
 後ろから掛かった声が私に向けられたものだと気付くまでに五秒間要した。だって寒かったから、脳味噌だって凍てついてる。
 声の主は、にっこりと口の端をだらしなく広げて、右手を一杯に伸ばして振り向いた私に差し出した。その手には、アイスクリーム。
 薄い黄色のそれが、寒さにふるふると震えている。
「……知らない人から貰ったアイスは食べてはいけないというのが母の遺言なので」
「あらら、其れは悪いことをしたね、ご愁傷様。じゃあさ、君にあげるから、誰かにあげてくんない? それなら死んだお母さんにも言い訳が立つでしょ?」
「私の母は死んでいません。失礼なことを言わないで下さい」
「……君ね」
 薄く茶色がかったふわふわの髪は冷たい風でざんざらっぱに乱されている。鼻の頭が微かに赤い。口元を灰色の粗品っぽいマフラーで隠しているため、濁った声音で性別がわからない、中性的なそのひとは、呆れたように口を閉ざした。
 私の黒いコートが翻る。その人の白いジャンパーが擦れてかさかさ鳴った。周りの人は私にもそのひとにも興味は無いという風に、信号を眺めていたり、隣の誰かと喋っていたり、其々の十二月十二日を楽しんでいる。
「いいから貰ってよ、困ってるんだよ。困った人を助けたら天の国へいって永遠に生きれるんだよ?」
「宗教に関しましては我が家は仏教を信仰していますので、遠慮します」
「ぼくさんは無宗教だからさ、わかんないよそういうの。まぁいいじゃん。頼むよ。変なものとか入ってないし。そこのアイスクリーム屋さんで買ったんだよ。なんなら店の人に聞いてみな?」
 ちょい、と寒さで震えている指で百貨店の前に出ている店をさす。ワゴンを改造して、移動しながらアイスを売っているらしいその店の前にはだれもいない。そりゃこんな寒いのにアイスを買う人がいるわけが無い。
 なのにこのひとは買ったらしい。
 あ、なんか今、こう、胸がきゅんと来た。
「……寒いんですが」
「あれ?! いつの間に?」
 そりゃ貰ってくれるわけないよなぁ、と呟きながら上の空で笑っていたそのひとの手からアイスを奪って、ばくばくばくと口へ運ぶ。冷たい冷たい冷たい、何度言っても冷たい。冷えた口元が更に冷えて、温かかった口内は更に冷える。麻痺しかけた舌が感じた味は、レモン。
「レモン味ですか。中々良いご趣味ですね」
「あ、有難う……」いざ喰われると困ったようにそのひとは笑った「知らない人からもらったアイスは食わないんじゃないの?」
「喰えと言ったのは貴方でしょう」
「そだけどさ……。酔狂だねぇ」
 酔狂とか真冬にアイス買ってる人に言われたくないです、とかわいく無いことを言っている私を見てそのひとは微笑んだ。
「助かったよ、ぼくさんそういうの食べるとすぐ腹痛くなるからさ」
 あんたは腹の弱い幼稚園児かよ、とか思いながら冷たいアイスを齧る。やっぱもらわなきゃよかったと四口目の時点で後悔し始めた。ううう、冷たい。
「じゃあ何で買ったんですか」
 冷えた左手の指先が赤くなってきた。なんでだろうね? と肩をすくめて両手を上に向けたそのひとの指先は、私よりずっと赤い。
「多分さ、あーゆーのに弱いんだよ」つい、とその赤い指でアイスクリーム屋を指す「こんな寒いのに、何でアイス売ってるんだろうって思って」
 店先のメニューボードには幾つものメニューが並んでいたが、それは全てアイスクリームだった。経営大丈夫なんだろうか。
「売れるのかな、大丈夫なのかな、って思ってみてたら、何かこう、胸がきゅんてなってさ、気付いたら買ってた」
 今気付いたんだけど、そういう人がいるから大丈夫なのかもね、あの店、とそのひとは言ったけれど、いや大丈夫じゃないだろ、と思った。思ったけれど言わなかった。そうだったらいいですね、とアイスを舐めながら言った。
 もぐ、とアイスを口に含むと、じゅわりと冷たい氷がはじけて、私の口の中を酷く冷やした。
 信号が赤から青に変わる。人の波が私とそのひとなんて気にせず流れ出す。
「いかなくていいんですか、信号変わりましたよ」
 私が言って初めて気付いたように、そのひとは「あぉ」と奇妙な声を漏らした。
「ん、そだね、食べてくれて有難う」ごそごそ、とそのひとはポケットに手を入れた「じゃあこれ、お礼。口直しにどうぞ」
 アイスクリームと同じように突き出されたのは、ホットのブラックコーヒーの缶。思わず右手をポケットから出して受け取った。
 ぬるくなってたらごめんね、と言ってそのひとは笑った。
 笑って、横断歩道を歩いて渡って、人の波に紛れて消えた。
 それと入れ違いに私の元へやって来た友人は、遅れて御免と言ってから、訝しげに私の左手を見た。
「なんでこのクソ寒いのにアイスなんて喰ってんのお前さん」
「さぁ、……なんでだろうね」
 アイスを食べながら言う私を更に怪しそうに見ている友人に、ポケットに入っていたコーヒー缶を突き出す。もらったブラックとは違う、砂糖たっぴりのミルクコーヒー。同じなのは微妙な人の体温で温くなっているということだけ。
「あげる」
「え、いいの?」
 私の分はあるから、と言って私はもう一度コートのポケットに手を入れた。そのひとの体温。
 多分、私の初恋の人の体温。

 私と友人は何時ものようにバイトへ向かう。十二月十二日、愛は今日も無かったけれど、恋は初めてしたかもしれない。

2007/11/21(Wed)18:16:39 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
ですよね、という思いつきの話です。いつか書き直したいです。

恋愛小説とジャンルをしてみましたがどうも違うような気がしてなりません。が、これ以上恋愛を突き詰めるのは私には無理そうな気がするので諦めました。

ご意見ご感想有りましたらどうぞ言ってやって下さい。喜びます。出来ればオブラートに包んで言ってやって下さい、あんまり辛口だと傷つきます。どうもすみません、傷つきやすい人間で。

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