『額縁の中の戦場』 ... ジャンル:SF 未分類
作者:伊右衛門                

     あらすじ・作品紹介
いくら時代を重ねても永久の平和など訪れない。戦う痛みを知って争いを止めても、いつかは痛みを忘れてしまうから。だから彼らは存在する。無限の命を持って、永遠の死を繰り返し、額縁の中で戦い続ける。額縁を覗く人々が、痛みを忘れてしまわぬように。

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 自分は何度でも蘇る。いや、作り直されると言うべきか。今回だって高台からの機銃掃射に曝されて襤褸切れのように死んだ筈なのに、気が付けば見慣れたベットの上にいる。初弾に右の頬骨を撃ち抜かれた瞬間に死を確信していたし、意識が飛ぶ直前に右手が千切れて宙を舞っているのも見えた。そんな状態の人間が「運良く助かりました」なんて事は絶対に無いだろう。
「…………」
起き上がって自分の右手を確認してみる。二の腕の途中から千切れた筈のそれは何の違和感もなく、いつも通りにそこにあった。ただ、自分の腕なのに見覚えが無い。親指の付け根の黒子、途中で切れている掌の生命線、どれもかつての自分の腕とは違う他人の腕。恐らく右腕だけではないだろう。鏡が無いから確認のしようが無いが顔も別人の物になっている筈。
「気分はどう? 」
開け放ってあった病室の入り口から聞こえる聞き慣れた声。自分の事を研究対象と呼び、自らを探求者と称す女。
「サリア…」
「13回目の戦死、おめでとう」
皮肉とも本音とも取れる賛辞の後、サリアと呼ばれた女は皺だらけの白衣を翻してベットに歩み寄る。適当に後で纏めたのであろうブロンドの髪から漂う柑橘系の香水の香りが、自分の死と再生が現実である事の裏付けだった。
「俺が死んで…何日経つ? 」
「29日と18時間」
「とうとう一ヶ月を切ったのか」
正直に驚いて見せるが、当の彼女は喜ぶどころか不満気に煙草を咥えていた。
「『とうとう』じゃない、『やっと』一ヶ月を切ったところよ…それに復元するだけが私達の仕事じゃないの。リハビリの期間を加えれば一ヶ月なんてまだまだ遠い夢だわ」
紫煙の代わりに吐き捨てるのは人間としての嫌悪ではなく、あくまで探求者としての苛立ちの言葉。その言葉を残酷だと責める事はしない。彼女達のしている事がどんなに非人道的な研究だとしても、その研究が今ある平和を作っているのだと知っているから。
「けど、前より10時間近く短縮されてる」
ネガティヴな思考は余計な事ばかり考えてしまうから嫌いだった。戦う理由だとか、存在する意味だとか、正義とか悪だとか…どうして人は理由や大儀を欲しがるんだろう。戦う理由が何であっても結局銃を取ることに変わりはないのに。存在自体に意味があっても所詮は一人の人間に過ぎないというのに。悪が滅んでも正義はまた新しい悪を見つけて戦争を開始するというのに。
「この調子なら、戦死しても一週間で前線復帰なんて事も夢じゃないな」
「そこまで漕ぎ着けるまでに何回戦死するでしょうね、あなたは」
考えること自体が無駄なんだ。どんなに苦悩しても、どんなに正当化しても、人は戦火に踊らずにはいられない生物。その行為が過ちであると知りながら過ちを拒絶できない知的生命体。だからこそ、自分は戦い続けなければならないのだと知る。
「さあね…三桁に届いてない事を祈るよ」
サリアの皮肉に少し綻んだ顔で答える。
「大丈夫…例え1000回死んでも生き返らせてあげるから…」
「…………」
一瞬、見惚れた。彼女の笑顔が想像以上に綺麗だったから。あまりにも悲しかったから。言葉にしてしまうなら、それは聖女と呼ばれた女性が浮かべていた笑み。慈悲と罪悪が入り混じる悲壮な微笑み。
「どうかした? 」
「いや、別に」
だが、彼女の笑みを褒めたりはしない。あの笑顔は彼女自身が忘れている筈の物だから。探求者であるサリアが浮かべてはいけない物だから。
「じゃあ、今日も研究に付き合ってね」
「長くならない事を祈るよ…」
13回死んだ『ただの兵士」と、優しさを忘れた『つもり』の研究者。それが今の俺達に与えられた役柄。繰り返す一瞬の死と生の中で俺が演じ続ける真実。

 『死に様』なんて物を気に出来るのは空想の中だけなんだと気付いたのは、何度目の戦死の後だっただろうか。現実に『主人公』なんて役柄は存在しないし、現実である以上そこにいるのは所詮は一つの生命体でしかない。身を守る殻も、敵を倒す牙も、自分の力を誇示する爪さえ持たず、壊れやすい複雑な構造の体を持って生まれてくる、地球上に存在する中で最も争う事に不向きな生物。目の前の液晶画面に映っているのも、それを眺めているのも、そういうモノなのだ。
「…………」
今朝から繰り返し放送される似たような内容のワイドショウ。識者を気取るコメンテーターが馬鹿馬鹿しいほど真面目に議論しているのは一枚の写真について。今時のメディアは戦争の惨状をありのままに伝える為、どんなに酷い映像も修正無しで放送する事を国から命じられている。一昔前には考えられない事だったらしいが、常人には直視できないであろう銃弾の奔流に曝された一人の人間の死に様を写した写真は、戦争を遠ざけていた時代の人間には確かに衝撃的なのかもしれない。
「…………」
しかし、まさか自分の死に様を客観的に見る事が出来る日が来るとは思いもしなった。
「ピューリッツァー賞受賞作品『脆過ぎた闘志』…どう? 他人の栄光の踏み台にされた気分は」
淹れたばかりのコーヒーを手渡しながらサリアは嫌悪を隠そうともしないで皮肉を吐く。何がそんなに気に入らないのかは知らないが己の存在意義自体が見世物のような物なので気分を害したりはしない。
「…特に思うことは無い」
例え栄光への踏み台だったとしても自分の死に様が多くの人々に戦争の恐怖を伝えてくれるなら、それはむしろ本望と言える。
「ピューリッツァー賞? 結構じゃないか。俺達は見られるために足掻いて、共感を得るために死ぬんだ。アンタ達だってそのつもりで作ったんだろ? 何を怒る必要がある」
俺の死を見て、他人の死を見て、人々は想像する。親が、伴侶が、恋人が、子供が、自分が、戦場で襤褸切れの様に蹂躙されて虫けらの様に死んだら…と。そしてその恐怖と悲しみが人々に命の重みと失う痛みを思い出させる。その為に俺はここにいる。額縁の中で死を演じる為に何度でも蘇る。
「無許可で撮った写真が受賞したのよ? 不機嫌にならないほうがおかしいわ」
「…なんだ、結局は利権と金絡みか」
サリアが人道的な理由で憤慨する人間ではないと知ってはいたが、ここまで予想通りだと呆れを通り越して逆に笑えてくる。
「まったく…まあいいわ。無許可だった事をネタにすれば脅しはいくらでも出来るもの」
不適に微笑む彼女を後目にコーヒーで満たされた紙コップに口を付ける。懐かしく、それでいて新鮮な苦味が咥内に染み渡る。自分好みの味だと感じるのは彼女との付き合いの長さ故か、それとも時々垣間見える優しさ故か。ひょっとしたら作り直される際、サリアの趣味に合うように味覚を調整されているのかもしれない。
「アンタを見てると思うんだ…普通に生きるより、戦場にいた方が楽なんじゃないかって」
いかにして他人より高い地位に上るか、いかにして他人より儲けるか、いかにして他人より幸せになるか。そんな事ばかり考えて生きているのが今の時代の人間だ。何に措いても他人より優れてなければ気が済まない。戦争だって大雑把に言ってしまえば、そんな感情の延長線上にある行為。そんな面倒な事を考えて生きるより、戦場で銃を持ってただひたすらに足掻き続けて死に続ける方が遥かに楽な気がするのだ。
「当然じゃない」
そして彼女は期待を裏切らずに冷たい真実のみを口にする。
「生きる事は戦い。死に続けるアナタとは違って、私は戦い続けてるの」
言ってる事は確かにひどいが、本音を隠そうとしないサリアの性格は嫌いじゃない。変に取り繕って話をされる方が鬱陶しい。
「…そうだったな。それで、俺は次はどこで死ねばいい? 」
「さあ? 軍部からの指令が来ないから分からない。あと、アナタの新しい名前が決まったわ」
「…名前、ね」
正直自分には必要無い物。他人との識別の為だけに存在し、死体となった瞬間から意味を失う物。いっそのこと数字で呼んでくれたほうが助かるのだが。
「ディエス…今日からそう名乗りなさい」
「…了解」
呟きながらふと視線を向けた液晶の中では、いつの間にか芸人達が馬鹿笑いをするバラエティ番組が始まっていた。

1『屠殺場』


 無愛想なコンクリートの壁が四方を囲む広場で戯れる影が二つ。お互い黒のタンクトップに迷彩柄のズボンと編み上げブーツ、手持ちの武器はナイフ一本という軽装。
「でやぁ!!」
大袈裟な掛け声と共にナイフの切っ先が顔面に迫る。叫ぶのは気合を入れる為と言えば聞こえはいいが、所詮は戦闘の恐怖と興奮を誤魔化す為の手段に過ぎない。
「…………」
主観で敵を見るから恐ろしくなる。何か得体の知れない化け物のように思えて恐怖する。客観的に見れば何てことは無い、相手も同じ哺乳類なのに。そしてその恐怖は切っ先にも表れる。ただただ相手を殺す事、自分にとっての障害を排除する事しか考えていない。悪く捉えるなら、その一撃で相手を確実に仕留められると思い込んでいる慢心の刃。フェイントなどを警戒しなくて済む分、いくらか捌きやすい。
「…っ」
軌道修正が不可能な、相手に勝利を確信させる距離までナイフを引き付けるとディエスは僅かに上体を左に傾ける。直後、右側頭部に風を感じると同時に右耳を裂かれた錯覚を覚えるが、耳などどうなろうが知った事ではない。大事なのは殺される前に殺す事、耳一つで済むなら安い物だ。
「!?」
相手の息を呑む音が聞こえた気がして、改めて自分が殺そうとしているのが人間なんだと思い知る。だからといって無造作に突き出したナイフを引くつもりなど無い。同属が大した理由もなく同属と殺し合う。遥か昔から人間という動物が繰り返してきた非生産的行為。残るのは激しい罪悪と一抹の寂しさ、そして相手の断末魔と肉を裂いた感触。傷つく恐怖と傷つける後悔を知った人間は争いを嘆く。しかし、再び殺し合いを始めれば殺さずにはいられない。『人を殺す』事への背徳とカタルシスには逆らえないのだ。
「…………」
ならば、と慣れ親しんだ肉を貫く感触を弄びながらディエスは自問する。人を殺す事に罪悪どころかカタルシスすら感じなくなった自分は、果たして人間と呼べるのだろうか、と。
「ッぶフっ」
痛みに食い縛った歯の隙間から血を吹く敵に対して、仕上げとばかりに刺した刃を捻る。締まった肉を抉るエゲツナイ手応えをナイフ越しに感じながら先程の自問に答えを出した。傷口が塞がるのを妨げ、確実に相手を失血死に追い込む為の最後の捻り。その余りの生々しさ故に吐き気すら催していたのは過去の話。淡々と単純作業でもこなすかのように人を殺せる今の自分は、やはり人間とは呼べないだろう。
「…………」
相手の胸部からナイフを引き抜き、何事も無かったかのように広場の出口へと歩き出す。血溜りに倒れ伏した敵の為に祈る事もしないで。

 広場の出口を抜けた所で知った顔に出会った。
「相変わらずの手際だな」
六月も終わりに近づくというのに厚手の詰襟の軍服を着こなし、白髪混じりの黒髪を乱れの無いオールバックで固めた東洋系の男。冷房器具も無い廊下、体感温度が30℃に迫ろうかという空間で汗一つ掻いてないのはどういう仕組みなのだろうか。細く切れ長の目はガラス玉でも嵌っているかのような無機質な光を湛え、出会う者に彼が人間である事を忘れさせる。いや、むしろ機械だと言ってくれた方が納得できる。
「まるで熟練工のようだったぞ? 」
口元のみを僅かに歪ませるだけの独特の笑顔だけが彼、時本一将が人間である証だった。
「…ただの慣れだ」
別に褒められる事ではないと言うようにディエスは彼を無視して歩を進める。
「ほぉ…慣れてしまえば家畜を屠殺する感覚で他人を殺せるようになるのか…」
嫌味ではない。皮肉でもない。自分の知り得なかった事実に純粋に感心している。倫理や常識よりも知的好奇心が優先される、時本もサリアと同じ探求者でありディエスの存在を知る者の1人だった。
「時々サリア女史が羨ましくなる…貴様のような活きの良い被検体で実験できるのだからな」
表情は冷たいまま、熱を帯びた声を纏わせて斜め後ろを彼は着いて来る。
「アンタの祖国から被検体は腐る程送られてくるだろう? 」
「…量だけだ」
事実、戦場に送られて来る日本人は多い。無論日本に徴兵制は無く、志願兵だとしてもその量は異常だ。そもそも戦場で日本の正規兵を見る事はあまり無い。最前線に立つ兵士や今いる研究施設の被検体達は総じて皆、犯罪者なのだから。
「1人の質は最低だ。軟弱な身体と脆弱な精神。アレが100人いるより貴様みたいなのが1人いた方がはるかに効率よく研究が進む」
肩を竦め、そこで初めて人間らしい呆れた表情を浮かべる。
「社会の枠の中でしか生きられないにも関わらず、その社会が定めたルールにも従えない…食われる為に大人しく殺されるしかない家畜共の方がマシという物だ」
「…今日はやけに饒舌だな」
この男がここまで感情的になるのは珍しい。内容が愚痴というのも滅多に無い事だった。
「ふん…興奮しているのだよ、柄にも無く…な」
立ち止まったディエスを三歩追い越し、大仰な口調と共に振り返る。人形のように無機質な男が舞台俳優の如く振舞う、それは妙に滑稽な姿だった。
「我々の目的は凄惨で悲しみに溢れた戦争を効率よく演出する事。貴様はそんな戦争において主役となる人間…言うなれば理想の兵士だ」
「理想? 」
「何度倒れても同じ人格と記憶を持って生まれ変わり、経験を失う事もない。これほどまでに効率良く戦争が出来る兵士がいるか? 」
「…………」
「私は嬉しいのだ…我々の研究の集大成たる存在を目の前にしている事が。そして、悔しいのだ…その存在を作り出したのが私では無いという事実が」
この男、本当に俳優として食っていけるのではないだろうか。やたらと自虐的なのが玉に瑕だが。
「サリアは…アンタの事を天才だと言っていたぞ」
サリアの専門は生命工学、クローニングの研究なら並ぶ者はいないと思われる。対して時本の専門は機械工学、兵器開発のスペシャリスト。時本とサリアはお互いを認めながらもライバル視しているようだが、土俵が違うため直接競うことは無い。その相容れない二人を繋いでいるのがディエスの存在だった。
「今度は武器か? それとも戦闘車両か? 」
サリアが完璧に仕上げた兵士を時本が開発した兵器で駆逐する。あくまで模擬戦闘という形ではあったが、リハビリにしては少々過酷である。
「ロボットが、それも人間と瓜二つのロボットが戦闘を行う…信じられるか? 」
「二十一世紀頃の古典文学にそんなのがあったな」
確か人間とロボットの戦争を描いた作品で、最後は人間が敗れるという何とも救いの無い物だった気がする。
「それがもし、現実になったとしたら? 」
「アンタの事だ…もう現実にしてんだろ? 」
勿体つけた言い方が気にウンザリしながら聞き返すと、時本は意味ありげな笑みを浮かべたまま再び歩き出す。ホントによく分からない男だ。
「………はぁ」
聞こえないように小さく溜息を吐き、時本の後に続くのだった。




2007/10/09(Tue)02:06:51 公開 / 伊右衛門
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