『海色波雫』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:目々                

     あらすじ・作品紹介
初めての私の友達は、小さくて綺麗で、幽霊でした。

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142

 貴方は 出会いと 別れ 知っていますか?

 岬の守り神、「波雫」。
 美しく輝く、誰もが心を打たれる幼女。

 ナミダの微笑は人間並の微笑では無い。
 それは当たり前。何故ならナミダは人間ではないから。

 ナミダは「縁側岬」で溺れ死んだ子だった。
 誰もが目をはる美しい子だったが、命が尽きるのは速かったのだ。

 しかし、私はナミダが見える。
 毎日「海」という詩を詠って、波を眺めているのだ。

 私と波雫が初めて会ったのは春休みだった。
 その日は私の誕生日で、「縁側岬」に旅行に行っていた。

 私の家は資産家で、何不自由無く暮らして来られた。
 父親はいくつもの会社を経営している実業家。
 母は国立病院の医者。

 お金は有り余るぐらいで、別荘もあるぐらい。

「いい所ねぇ。明香、此処に住みたいなぁ」
「ははっ。此処にも別荘作るつもりかい? 明香は贅沢だな」

「誰がこんな娘にしたのよ。それに、私が言ってる「住みたい」は別荘じゃなくて、此処を本家にしたいって意味なの!」
「あらあら。全く明香は…」

「此処からのほうが国立病院にも近いし、パパだって行けるでしょう?」
「お友達と離れてもいいの?」

「いいよ。私と友達になれるような人、前の学校居なかったしね!」
 うん、決まり!不動産屋にお願いしてね!」

「ハア…貴方、甘やかすのはいい加減にして下さいよ。あれじゃあ明香がどうなるか…」
「いいじゃないか。後でちゃんとしつけをすればいいんだし」

 ―

「はーあ‥。別に…此処でも同じだろうな」
“明香って生意気すぎるよ”
“あんな子とは仲良くしちゃだめなんだ”

 家は嫌い
 学校も嫌い

 家に行けば「幸せ者の、自慢屋の我侭」
 学校では「嫌われ者の、自慢屋の馬鹿」

 …辛かった。誰にも助けなんてくれなかったから。
 親は気付いてくれなかった。
 助けてくれる友達もいなかった。

「岬…綺麗な青」
 ふと、頬を涙が伝っているのに気付いた。

「…もう…いや!!」
 家出!そう、思った途端、

 彼女が目に入った。

 私とは比にならないほど可愛い子。
 だが、どこか物寂しげな感情が顔に映っていた。

 じっと見ている内に、その子が私に気付いた。

「こんにちは」
「こ、こんにち…わ」
「新しく来た人?よろしくね」

 そっと手を出したので、自分もそれに応じた。
「…!」
「どうしたの?」

「いや…なにも」

 驚くほど手が冷たかった。

 「どうしたの」と聞いたわりには
 その女の子は私が驚いた理由を気にしていないようだ。

「私、…ナミダっていうの。波に雫で、波雫。貴方は?」
「私は…アスカ。谷町明香よ、明の香り。波雫の苗字は何なの?」

「……楽風。親はいないけど…」
「親がいない? じゃあどこで暮らしているの?」

「ここ!」

「へ…野宿って事? でも、警察官に見つかったら孤児院に…」
「その名前は言わないで!」

「あ…う、うん。ご、ご飯とか大丈夫なの?」
「もらっていたの。ずっと」

「(もらっていた…?)そう。…うーん。もらっている、じゃない?」
「何が?」

「あ…いいの。ゴメンゴメン」
「波雫、明香ちゃんの事好きになっちゃった! 明日も此処に来てくれる?」
「……うん!」



「本当に、此処に住みたいのか?」
「うん! お願い、パパ…」

「しょうがないなあ。これでお願いは最後だぞ」
「ありがとう〜! パパ、大好き!」

“これで波雫と一緒にいられるんだ!”

「ナミダ!」
「あ、お姉ちゃん! どうしたの、そんな嬉しそうに?」

「此処に引っ越すことに決まったの」
「えっ…本当!? やったぁ!」

「波雫と一緒に居たいから!」
「はは…」

 そのときの波雫の表情は、何故か少しさびしそうだった。

 ―

「初めまして。谷町明香です。よろしく!」

「じゃあ、右と上から二番目の空いてる席へ」
「はい!」

 今度は、もう自慢なんかしない。 胸に誓った。

 ―
 ザザーン…。

「ね、ここ知ってるよね。楽風って子が、溺れ死んじゃったとこ」
「ああ、あの幽霊だろ?ここ出るって噂だぜ」
「よね‥。ちょっと怖いわぁ…」



「波雫!ゴメンゴメン、学校遅くなって… ?」
「…」
 波雫の顔には、名前の由来のような、美しい涙が頬をつたっていた。
「ど、どうしたの!?」

「苛められたの…」
「だ、誰に!? 叱ってやらなきゃ!」

「…名前は知らない。でも、…化物って」
「えっ…」

 今日学校で友達になった子。 そういえば…。

「“あそこの岬によって帰ることにしたの。綺麗だし、涼しいし! 化物がいるって噂だけど“」

「そ、そうなの…」
「明香ちゃんは…その子達知ってるんだよね。大切な方を選ぶよね…」

 涙をポロポロ流しながら、そんな事…… 困った。

「いや、そんな…」
「いいわよ!どうせ私は幽霊なんだから…!」

 気温が低下したかのように、いきなり寒くなった。
「え…?」

「私は此処で死んだの」
「い、いきなりそんなの…信じられるわけ…」

「生きている人には分からないのよ。死んだ人に死んだ、と自覚させる事がどれだけ辛いのか…!」
「えっと‥波雫。私は貴方と学校で出来た友達を比べる事は出来ないわ。皆大切な友達だから」


 波雫の視線が痛いほど突き刺さった。
「比べることが出来ないですって…それはただの言い訳じゃないの?」

「言い訳…? ど、どういう意味?」
「…綺麗事。本当は、その子達の方が大切なんだってもう、私知ってる」

「…ねぇ、波雫、ゆるしてよ。私だって色んな友達と話したいし、仲良くしたいんだから」
「…この岬には、もう来ないの?」
「そ、そんな訳ないでしょ! 毎日だって来るわよ」

「そう…良かったぁ…じゃあまたね!」

 波雫の姿が消えた。
 ゾクッと霊気が漂った。私は大変な子と友達になってしまったのだ。

 その次の日から、波雫は詩をいつも詠うようになった。

「♪〜…」
「波雫!」

「あ、明香ちゃん」
「その詩、素敵だね。波雫が作ったの?」

「ううん。お母さんが作ってくれたの」
「お母さん…そう」
「うん。大分前に交通事故で死んで、私も…」

 波雫の微笑は、とても美しいのだけど
 とても…恐いぐらい、寂しいものだった。

「明香ちゃん。私ね、ずっと独りだったの。でも、貴方のおかげで助かった」

 …波雫は、また微笑んだ。
 でもその笑顔は、私を凍りつけた。

 大きな瞳がシャンデリアのように輝いている。
「あ、あの、わ、私もう帰るね! バイバイ!」

 恐い。私は波雫が恐ろしい存在に思えてきた。
 その日から、「縁側岬」に恐くて行けなくなった。
「明香!どうしたの?顔色悪いよ。」
「別に…ねえ、沙恵。幽霊って信じる?」

「幽霊? 縁側岬にいる化物のこと?」

 バケモノ――

「ば、化物って…。死んだ人、波雫…っていうんだよね? 可愛かったって聞いているけど」
「そうよ。でも、家庭が滅茶苦茶だったの。知らないの?」

「滅茶苦茶…?」

「うん。お父さんがある事業に手を染めて、殺されちゃったの。
 それで残った借金をその子のお母さんが背負うことになっちゃって、心中しようとしたみたい。
 でも女の子は助かったのよ。
 だけど、せっかく助かった命を岬で…亡くしちゃったみたいね」

 ……信じられない。
 波雫は、自殺していたのだ。
 波雫だけじゃない。波雫の、家庭内の事。

“明香ちゃん。私ね、ずっと独りだったの。でも、貴方のおかげで助かった”

「い、いつ? その年って何年?」
「最近よ。だから貴方が来る前まで、大騒ぎしていたのよ。んーと…二月ごろだったかな」

 私は新聞なんか読んだこと無かったけど、
 家に帰って大急ぎで去年の2月の新聞を探した。

 あった…!!

『家族3人 父の借金を背負い母子自殺』

 去年の二月…私はニュースを見るような、頭の良い人間では無かったので、
 聞いたことの無いものだった。
 此処は田舎だ。 ニュースも長くは続かなかっただろう。

 でも…波雫はとても小さい娘、たった10才。そんな娘が自殺なんて…。

 私は向かった。縁側岬へ。
「波雫!!」

 でも もうそこには波雫はいなかった。
 だけど、詩が聞こえる。あの、「海」を波雫が詠っている。

 海の中には母がいる 我をずっと待っている
 ずっと我を 待っている
 壊れた家庭 消えた笑顔
 だけど 希望は忘れない
 それだけ 一つだけ 覚えておく

 泣いていた。声が震えている。
「波雫! 私はここだよ!」

 私の目が、濡れていくのが分かる。
 詩は止まらない。
 お父さん お母さん
 失くした物を 取り戻そうとしているかのように

 波雫の姿がぼんやりと見えてきた。
 ああ この娘は まだこんなに小さいのに
 孤独になんか 耐えられる筈も無いのに

 私は何で 逃げてしまったんだろう…


 ごめんね


 もう感じない、波雫の身体を私は力いっぱい抱きしめた。

「波雫。…ごっ、…めん。ごめん…」

 嗚咽が声を邪魔する。
 波雫は静かに詩をやめた。

 顔を振っている。
 綺麗で、優しい顔は、涙に濡れていた。

「私は、私は…貴方が憎いよ」
 波雫の言葉を、私は受け止めるまで時間が掛かった。

「だって、今の明香ちゃんとっても幸せそうなんだもん…。
 此処に来たばかりの貴方は、悲しげで、さびしげで…私と似ていた。
 私と似ている環境だったから。だから、私が見えたんだよ…。」

 はじめ、詩しか聞こえなかった理由を、波雫はゆっくり、はっきりと教えてくれた。

「貴方の不幸は、もう私とは関係無いんだよね」

 目を涙で赤くしながら、波雫は海のほうへと歩いていく。
「さよなら」

「波雫! わ、私は…!!」
 まだ、貴方の心に 伝えたい事が いっぱいあるの
 まだ、貴方に謝りたい!

 でも、波雫は顔を振った

「悪いのは私。明香ちゃん、いつか、また、この岬で…」

 会えないよ。
 貴方はもう――

「波雫…」
 私は、海になった波雫を見つめていた。



 あの日から、私は岬へ行けなくなった。 波雫はもう、いないから。
 別れたすぐ後は、何度か期待して行ったけど
 波雫が現れることは無かった。

 高校を卒業して、私は今、保母さんをやっている。
 たまに寂しげな、笑顔が無い子どもがやって来る。その度に波雫を思い出す。

 波雫は、心に障害を持っていた。
 運命に障害を持っていた。

 波雫 ありがとう
 貴方にあの時、何でそう言えなかったんだろう
 謝ること以外に、もっとする事があったのに…。

「谷町先生?」
「はっはい!!」
「大丈夫ですか? この頃お疲れのようですけど」
「え、そんな」
「貴方、この頃働きすぎなんじゃありません?」

 恋を知って、別れを知って、喜びを持ちながら。
 昔の私と、今の私を半分半分持ちながら
 私は休暇をとり、躊躇無く縁側岬へ向かった。

 …此処はあの時のままだった。
 波の音がした。鳥がいた。
 だけど、波雫の姿は無かった。

「ナミダ。…」
 貴方がいたから 私は今を歩けている。―そして

 あの詩が聞こえた。
 海の詩は、ゆっくり、優しく、私を包み込んでいった。


2007/07/31(Tue)23:34:19 公開 / 目々
■この作品の著作権は目々さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
シンプルな感じに仕上げたつもりです。
ありきたりすぎたかな、と思いつつも思い切り王道に突き進んでしまいました…。
ここをこうした方が良い、などのアドバイスや批判があれば
どうぞ遠慮なくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。