『ボコリ返し』 ... ジャンル:リアル・現代 お笑い
作者:ちょう子                

     あらすじ・作品紹介
学校一の不良少年と、学校一アホな主人公のお話。

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 ガンガンに日が照ってる、クソ暑い日のことだった。
(次の授業、絶対サボってやる)
 生物の時間、定年間近のジジイ(教師)のしわがれた声を聞きながら、そう思った。赤血球は酸素を運ぶだの、白血球は細菌を殺すだのとそんな話をしているけれど、今の俺にはそんな生物の神秘につきあってられるような余裕はなかった。とにっかく暑いんだ。それはもう、倒れそうなくらい。冬場は暖房の真横で暖かくて良い窓際の席も、夏場はただの地獄だ。ガンガンと直射日光が当たって、ジリジリジリジリバカみたいに太陽が人様の肌を焼いていく。カーテンなんて気休めにもならなくて、正直俺は発狂しそうなくらいだった。
(このクソジジイ、赤血球はいいから水よこせボケが)
 今すぐに教室を飛び出したいくらいだったが、そこはまぁ謙虚(?)な高校生。良い子ではないけれど、それなりの常識は持ち合わせているわけで。ならサボるなよとか言われちゃそれでおしまいなんだけど、そこらへんはどうか勘弁してもらいたい。……ってヤッタ! チャイム鳴ったじゃん。
「きりーつ、礼……っておい菅野! まだ挨拶終わってないだろ!」
 日直が挨拶をし終わる前に走り出したら、後ろでなんか抗議の言葉が聞こえてきたけれど、とうぜんそんなのに構っている余裕はないわけで。俺は一目散に涼を求めて走り出した。

「あーやっぱ涼しいなーチクショウ」
 そう独り言を漏らしながら、化学室の床に大の字で寝転がる。まぁ当然床は汚いわけだけれど、暑さ対策には変えられない。日当たりが悪くて冬場は凍えそうに寒い化学室は、夏場は天国だった。とにかくどこもかしこも日陰だらけで、教室内の薄暗さも最高だ。幸い次の時間はどこも授業がないみたいなので、思う存分寝ていられる。
「つかさぁ、冬は寒さ対策に暖房あるのにさ、なんで夏は暑さ対策にクーラーないわけ?」
 誰もいないことを良いことに、一人愚痴をこぼす俺様。すっごい怪しいっていうか虚しいけど、誰もいないんだから気にしない。今さっき丁度予鈴が鳴ったから、今頃皆クソ暑い教室の中で授業うけてんだろうな。ウチのクラスは確か、次数学だっけ。こんな暑い中数字なんか見たら俺絶対死んじゃうよ。いやまぁ、この暑い中なら死んだ方が良いかもしれない。……なぁんて考えている時だった。

ガラガラガララ

 突然、化学室の扉が音を立てて開きだして。「うっわヤベェ、先公かなチクショー」とか思いながらもコッソリ身体を起こすと、嬉しいことに先公ではなかったのだけれど、幸か不幸かそこに立っていたのは学校中で有名な一個上の男子生徒、「牧原 タカアキ」とか言うヤツだった。
「あー俺ツイてねーかもなー」
「あ?」
 思わずついさっきまでの延長戦で独り言を漏らすと、めざとくそれを聞きつけて牧原がガンを飛ばしてきた。つり目がちな、整った顔と目が合う。でもね、ふんだ。俺の方が美形だから。甘いフェイスでモテモテだから。悪いけど怖くないし、負けた気もしないんだからヘッハハハハ。
「ちょっと牧原、アンタどっか行ってくれる? ここ俺が先にいたんだわ」
 先輩とかなんだとかもう関係ない。とにかく俺は暑いんだ。人が増えればその分吐き出される二酸化炭素が増えるわけでして。人口密度が増加して気温も上昇するわけでして。ようするに暑くなるんだよ。しかもいくら相手が美形とは言え、同じ空間に男2人はむさ苦しい。いや相手が女子でも相変わらず追い返すんだけどね。とにかく早く出て行ってくれないかなぁこのクソ男。

 あー今更だけど何でコイツが学校中で有名なのかって言うと、まぁ世間一般で言う不良だからなわけだけれど。

「……テメェ、誰に向かって口きいてんの?」
「うっせぇな、お前しかいないだろ牧原」
「呼び捨てにしてんじゃねぇよバァカ。お前2年だろ? 敬語使えよクソが。世間一般の礼儀しらねぇのか?」
「申し訳ございませんが、勘に触るのでご退出していただけますか牧原様」
 仕方ないのでそう言葉を正してやると、お門違いなことに相手はさらに機嫌を害したようで、ツカツカと床に座り込んでいる俺の前に立ちふさがった。あー。結構身長高いっぽいなぁ。俺と同じくらいかな?俺のが低いかな?
 ……にしても見下されるってとっても気分が悪い。自分中心で世界が回ると思うなよクソ野郎。ってなんだって? お前もなって?うるせぇこのやろう、何度も言うが俺は暑いんだ。
「お前、ボコられたいわけ?」
 ボコられたい? 何だとこの大バカヤロウ。見れば解るだろう、涼みたいんだよ。でもそこは賢い「菅野ヒロ様」上手く立ち回ってみせようじゃないか。
「え、マジですか!? ボコってくれるんですか?! 俺、マゾなんですよ! 誰かボッコボコにしてくれないかなって毎日思ってたんです! よろしくお願いします!」
「…………」
 自分の演技に対して、やりすぎたかなー? って思いながら牧原を見てみると、俺の言動に対してスッゲーひいてた。整った顔が崩れるくらいひいてた。つーか信じんなよ、とか思ったけどまぁ殴られずにすみそうなので一安心。
 …………って思ってたら。
「お前、キモイ。死ねば? 本当キモイ。消えろよ」
 ……そんな暴言を吐かれてスッゲー腹たったから。
「あぁ? テメーのがキモイよ、何不良とか?今時はやんねーよクソが」
 気付いたらそんな事口走ってて、あ、ヤベー。って思ったときには時既に遅し。頬に痛みが走って、ちょっとだけ目の前がチカチカした。
「っって〜……殴ってんじゃねぇよボケが」
「……てめぇ、いい加減にしろよ」
 殴られた頬を抑えながら、上目に睨み付ける。牧原の目は獲物を見つけた虎みたいにギラギラ光ってて、「いっつもこういう目をしながら気にくわないヤツを殴ってるのかー。あぁ確かにそりゃあ皆怯えるわなー」とか冷静に考えた。生憎俺は怯えてないけれど。むしろ戦い意欲に拍車がかかったわ。俺んちの家系、古くたどれば武士だったりするからね。もう今ここに刀あったら技奮いまくり。「天かける竜の閃きー!」ってヤツね。まぁ全部嘘だけど。
「俺、チクるよ? アンタ停学にさせちまうよ?」
「やれるもんならやってみろよ。口聞けないくらいにボコボコにしてやる」
「やれるものならどうぞ。さっきも言ったけど俺マゾだからー」
 これも嘘だけど、ね。痛いのなんてだいっきらい。つかさっき殴られた頬がジンジン痛くて熱持ってて、正直泣きそう。この美しい芸術作品(俺)を殴るとか、どういう事?どういう神経してるんだ? マジ痛い。消えて欲しい。これ以上殴られるとか凄い勘弁して欲しい。だから内心、今この状況をどうやって対処しようかなーなんて考えていたりする。格好悪いとか関係ない。だって痛いのは嫌だから。
 でも全然案が浮かばなかったから、仕方なく再び大の字で床に寝ころんだ。
「……お前それ、なんのつもり?」
 俺の行動を不思議に思ったのか、怪訝そうな顔した牧原が問いかけてきた。さっきまでの眼光の鋭さはなくて、ちょっと安心する。「さぁてどうやって乗り切ろうかな」そう考えつつもやっぱり「殴られない。そして殴らずに勝つ」という方法が浮かばなかったから、諦めて思ったままに行動することにした。それでボコボコにされたら、まぁ痛いのは嫌だし顔に傷とか残っちゃうのも勘弁だけど、その後訴えて治療代と慰謝料ふんだくればいい。
「やー……なんか、とりあいずあっついから。俺は動かないわ」
「……は?」
「だから、殴りたいなら殴って良いよって。でもその後、覚悟しとけよ、ってこと」
「…………」
 俺の言葉を聞いて、ゆっくりと牧原がかがみ込んでくる。殴られるかな? そう思ってゆっくり目を閉じた。さっき一発殴られただけでも大分痛かったから、ボコボコにされたらもう本当たまったもんじゃないだろうなーなんて考えたけど、やっぱさ、うん。あっついんだよね。それには勝てない。勝ちたくもない。
 ……でも、予想外のことが起きてビックリした。
「…………あっそ」
「……は?」
 牧原が一言発したのと同時に、隣に人が座る気配を感じて思わず目を開けた。そしたらなんか謎なんだけど、牧原が寝ころんでる俺の隣に片膝たてて座ってて。え、何どういうこと? 殴らないの? ヤッタじゃん。俺勝ったじゃん。
「何、なしたの。殴んねーの?」
「殴られたいの?」
「いいや。ただこのクソ暑い中、お前が無駄な運動して汗ダラダラ垂らして暑がってる姿が見たいだけだよ」
「……お前、マゾとか言って本当はサドだろ」
 失敬な。俺ほど清き心を持ち合わせた人間なんていやしない。俺はサドでもマゾでもなく、人間誰しもが憧れるような素晴らしい人格の持ち主だ。そう思って実際に口に出して言うと、またまた失礼なことに
「お前、精神科行ったら? だいぶ重傷だと思うぜ」
 なんてことを言われた。どこまでこいつは失礼な人間なのだろう。全くもって俺を見習って欲しいものだ。
「……つーかさ、お前、菅野 ヒロだろ?」
 物思いにふけってたら突然牧原の口から自分の名前が出て、ちょっと驚いた。いや、でも今のは正しくない。「菅野 ヒロ」ではない。「菅野 ヒロ様」だ。「様」が重要なんだ。何故なら俺って言う人間は、誰よりも尊い人間だから。しかしながら今はまぁそれは妥協して。
「何、なんで知ってんの? 俺って有名人なの?」
 そう問いかけたら、なんか凄いポカンとした顔で凝視された。鋭かった目が大きくなって、ちょっと幼い顔になる。いくら不良で恐れられてても、所詮は17,8の子供なんだな、って思った。
「……は? だってお前、『ボコリ返しの菅野』だろ?」
「ブハッ」
 思わず、吹き出した。ボコリ返しって! ボコリ返しってなんですかそれ超ダッセー! というか、校内で自分にそんな異名がついていたなんて全くもって知らなかった。確かに俺はこのありあまる存在感と美しさでしばしば不良達に呼び出されたりするけれど、まさかこんな名前がついていたなんて。しかも「ボコリ返し」なんて言われているようだけれど、実のところ腕は奮ってない。だって、痛いの嫌だし、手が汚れるのも嫌だから。でもまぁ、確かに間違っていないかもしれない。
「笑ってんなよ、オイ!」
「ヤ、だって……ネーミングセンスねぇじゃん!」
「俺がつけたわけじゃねぇからな! ……つか、何でボコリ返しなわけ?お前、そんな名前つくようなことしたわけ?」
 気付いたら牧原は先程の出来事なんかないみたいに普通に俺に話しかけてて、見かけによらず意外に気さくなやつなのかな? とか思った。でも、話しやすいヤツは嫌いじゃない。だから俺も普通に喋った。まぁ、後で殴られたお返しはするけど。
「んー。まぁ、色々ね」
 そう言ったら「何したんだよ。教えろよバカ」なんて偉そうなこと言われてちょっとイラっとしたけど、仕方ないから全部話してやった。

 放課後何人かに呼び出されて、そのうちの1人にナイフを突きつけたれたときに「殺してくれんの? やっと俺、死ねるの?」みたいな事言って、相手の手ごと一緒に握って自分から自分の胸を刺そうとしたら、皆泣いて謝りながら去っていったこと。
 他にも同じく呼び出されて行ってみたらやっぱり囲まれて殴られそうになったから、今回みたく「マゾなんです! アナタ達に殴られるために調子こいてたんですよ! 早く殴ってください! 心ゆくまで殴り通してください!」ってM男を熱演したら、一気に興ざめしたらしく「気持ち悪ぃ」と吐き捨てて相手が去っていったこと。その他にも数々のあほらしい武勇伝達全てを話した。

 案の定、話を聞き終わった牧原は呆れたような顔をしていて。
「……お前それ、ダッセェ勝ち方だなぁ……、『ダセェボコリ返しの菅野』じゃん」
「良いじゃん別に。痛いのイヤだもん。ってか、ダサイのはお前等だろって」
「テメェ本気でぶん殴るぞ」
「だから良いよって。殴りたきゃ殴れって」
けどやっぱり、牧原が俺を再び殴る気配は全くなくて。コイツもダッセェ男止まりか。なんて呆れてしまった。
「……お前、見習いたくはねぇけどすげぇな」
 見習いたくないってなんだ。見習えよ。全人類全てが俺を見習うべきだよ。一遍の疑いもなくそう言ってやると、牧原が楽しそうに笑った。楽しそうにと言っても、声を上げて笑ったわけではない。ただ目を細めて、口角を少しあげただけの、そんな笑い方だ。でも確かに楽しそうな雰囲気が漂っていて、なんか俺も楽しくなった。
「お前、面白いな。後輩のくせに、良いカンジ」
「上からもの見るなよ。俺はいつだって良いカンジに生きているんだ。……まぁ、牧原。お前もなかなか良い線いってるよ」
「ハハッ」
 あ。今声上げて笑ったな。
なぁんだ。やっぱこいつ、結構良い線いってんじゃん。ただ恐れられてる不良ってわけではなくて、ちゃんと中身もありそうだ。そう思ったらなんかやっぱり、親近感じゃないけどそれに近い感じの感情が芽生えた。……でも。

バコッ

「っ痛!? テメ、何すんだよ!?」
 突然俺が殴ったことに驚いたらしく、目を見開いて俺を睨み付けてきた。殴ったトコの頬が真っ赤になってて、やっぱりちょっと幼い感じ。それがなんか嬉しくて、楽しくて、笑って言ってやった。
「さっきのお返しだよ、牧原」
 言い終えたと同時に授業終了のチャイムが鳴ったから、牧原がなんか言ったのも気にせず速攻走って教室を出た。あっつい。でもそれ以上に、楽しい。

 牧原の頬を殴った拳を見てみれば、熱を持って赤くなっていた。生れて初めて人を殴った。痛い。やっぱり、こんなことはするものじゃない。そう思った。
「……あ、でも初めて本当の『ボコリ返し』したな」
 思い立ってそう独り言を漏らしてみたけれど、やっぱり拳は痛いし殴られた頬も痛かったから、俺は今まで通り「ダセェボコリ返し菅野 ヒロ様」で良いかな。と思った。


2007/07/29(Sun)17:44:17 公開 / ちょう子
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■作者からのメッセージ
以前自分のHPで載せた作品で、お気に入りだったので投稿しました。こういうゆるいノリが好きです。でもそのせいで、書きたいことだけ書いちゃった感があるので、自己満足文に見えてしまうかもしれません。
ご指摘がございましたら、ほんの少しの優しさにくるめてお願いします。チキンなんです。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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