『さて、どうしようか。』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:Yosuke                

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 誰か
 共感できる人間がいるんだろうか。

 気付いたらこの世に生きていて、それとなく安全そうな道を模索し続けている。
 ここで生きていくということはまさにそういうことなんだろう。
 多くの人はそれが『普通』と考えて、何の疑問も持たずにそのまま死んでいく。
 きっと俺の親も。友達も。
 
 『愛』という言葉がある。
 同性を。異性を。親を。子を。
 偏屈した『愛』の表現もある。
 でも……
 人間だってただの生き物に過ぎない。
 生まれ落ちて、子孫を残して死んでいく。
 『愛』はそれの見栄えを良くするためだけの言葉。
 恐ろしく空虚で、見るに耐えない。
 誰かを好きになるのも
 親が子を守るのも
 ただ生き物として背負わされた課題のようなものだ。
 
 

 朝が来た。
 俺のアタマも、体も起床を拒否してる。それでもムリヤリ目を覚まし、今はこの世で最も幸せに感じるこの布団から這い出して、窓を開ける。
 薄暗い空。まだ日も昇ってない。
 今日も一日が始まってしまった。これほど憂鬱なことはない。昨日とそっくりの一日。なにか有意義なことがあるわけでもない。
 あんまり考えられないことだけど、この世にこんな生活を楽しんでいる人間がいるんだろうか?
 ……いないよな……。
 俺はいつものように朝食をとり、身支度をして家を出た。冷たすぎる空気。風なんか吹くな。なんでこんなに寒いんだ?俺を殺そうとしてるんならもっと直接的な手段をとればいいじゃないか。これじゃなぶり殺しだ。まぁそれを狙ってるのかな……。
 何秒か全身をケイレンさせた後、やっぱり冷たい自転車に乗って漕ぎだした。さっきよりもっと寒い。もうマジで死ぬ……。
 体を何かが突き刺しているような気がする。寒すぎる。とにかく俺は耐えながらなんとか自転車を漕いで駅を目指した。
 駅までは10分もかからない。俺はいつもの道をいつも通りに漕いでいく。
 俺と同じように自転車を漕いでいる人間を何人か見かけた。彼らは今何を考えているんだろう。まさかと思うが、今日という一日に希望を抱いて、ドキドキワクワクで胸が張り裂けそうな状態なんじゃないだろうな。そんな人間がいるとは思えないね。こんなクソつまらん日常のどこでドキドキして、いつワクワクすればいいというんだ。冗談じゃない。
 寒さはいつも以上に俺の脳ミソの暴言マシーンの稼働を良好な状態にする。ついでに暑さは寒さの2倍効率がいい。暑さというのは本当に危険だ。もちろん寒さも危険だけど。
 ふと、聞き慣れない音が耳に入った。俺の背後、すこし遠くから。
 なんというか……固いものが多少柔らかいものにぶつかったときのような……精神的な不協和音というか、とにかくあまり幸せな音ではない。平穏な一生をおくりたいのなら、是非とも聞きたくのない音だ。俺は音のする方を見た。
 人が倒れている。
 何だアレは?どういうことだ?
 赤とも茶ともつかない色の、ちょっとくたびれた感じのセダンがかなりのスピードでこちらへ走ってくる。
 え?ウソ?冗談でしょ?
 俺は思い切りハンドルを切った。前のタイヤが勢いよくまわり、歩道に乗り上げる。
 「いてっ!」
 自転車のサドルが俺の大事な部分に物凄い衝撃を与える。あの何ともいえない激痛が走る。それでも構わずペダルを漕ぎ、後輪も歩道に乗り上げた。が、大事な部分にまた大変な力が加わり、遂に俺の手元が狂う。
 天地がひっくり返る、とはこのことか……。目をつむる。
 宙を舞ったのだろうか。一瞬の静寂。その後すぐに色々な音や力が押し寄せてくる。自転車ともどもしばらく地面を滑り、少しして止まった。なんて長い一瞬だったんだろう……。
 熱い。痛い。額の右側と右腕全部。すぐ横の車道をさっきの車が走り抜けていく。とっさに乗っていた人間を確認したが、よくは見えなかった。
 放心状態。
 何が起こったんだったっけ?そうだ急に車がすごい速さでこっちに向かってきて……いやその前に……
 そうだ!さっき誰かが倒れてたんだった!
 俺は跳ね起き、倒れた人の元へ走った。走りながら考える。
 さっきのはひき逃げってヤツだろう。誰も彼も自分さえよけりゃ後はなんでもいいと思ってやがる。最悪だ。そして俺もそんなヤツらと同じ人間で、きっと同じようにエゴを持っているんだろう。今俺がこうして倒れた人の元へ向かっているのもただの偽善に過ぎないのか……。
 倒れていた人は女性だった。制服を着ている。高校生か。自転車は道路のちょうど真ん中あたりでまだカラカラいっている。女性は車道に倒れていたので、俺はなんとか持ち上げて歩道へ引きずり上げた。
 「大丈夫ですか!」
 女性のよこにしゃがみ込み、声をかけた。なんとなく、大きな声を出すのは気が引けたので中途半端な音量で。これじゃ起きないだろうな……。
 「ん……」
 意外なことに反応を示した。少なくとも生きてはいる。とくに傷みたいなものもないようだし、そんなにマズい状況でもないのか。それでも目はつぶったままだ。
 「大丈夫ですか?」
 俺はもう一度同じセリフを言った。今度はさっきよりもさらに小さい音量で。すると女性は目を開けた。
 驚いたのはその目の開け方だ。ていうか開けるというよりは見開くという感じか。突然目を見開き、俺の目を見つめた。俺は正直その目にビビってしまった。なんだろうか。動けない……まさかこいつは幽霊かなんかで、俺は今いわゆる金縛りみたいな状態に陥っているのか?それはマズい……。
 「あの……」
 幽霊にしてはマトモなセリフだ。
 おそらく彼女は幽霊ではなかったんだろう。俺が金縛りとか頭の悪いことを考えているときの顔があまりにも尋常ではなかったので彼女も驚いたんだな。俺はハッとして我に還った。
 「大丈夫ですか?」
 「あ……多分……」
 「そうですか、よかったです。では俺は……」
 俺はこの辺で、とか言ってその場を去ろうとした。なんとなくムードが悪いというか、イヤな予感というか虫の知らせというか……誰かが『そこに長居するな』と言っているような気がした、といえば分かりやすいだろうか。俺はそれに素直に従い、もと来た道を歩き出そうとした。
 が……
 不思議なことに、世界が灰色に染まっていた。くそ。あのアマ俺に変な魔法使いやがったな!許さねぇ!
 灰色の世界は揺らめいているようにも見える。うっすらと、テレビの砂嵐のようなものが見えた瞬間、俺は理解した。
 大丈夫か、と問うべきだったのは俺の方だったんだなぁ……
 俺は砂嵐が視界を覆い尽くしていくのを感じ、この世にさよならを告げた。


 闇。
 意識がある。
 体のいたるところが痛む。手に力が入らない。それでも俺はなんとか目を開けた。中途半端な曇り空が目に入る。
 上体を起こし、辺りを見渡す。ここはどこだ?だだっぴろい広場のちょうど真ん中辺りに俺は倒れていた。正面にベンチがいくつか見える。公園だろうか?
 俺はとりあえず状況を確認しようとした。
 ……が、どうにもうまくいかない。
 「何がどうなってここに倒れてたんだ?」
 と自分に問いかけても、答えは返ってこない。何度も何度も質問だけが繰り返される。俺は焦り始めた。どういうわけか、何故自分がここにいるのか、という以上に、自分が誰であるかもわからないような気分になってきたからだ。
 ……いや、『ような気分』なんかじゃない。
 俺は誰だ。
 俺は誰だ?
 誰だ?
 俺は……?
 パニックを起こしかけていた。もう何も考えられない。脳内で赤いランプがついたり消えたりして、何かが物凄い勢いで動き回っているようだ。誰だ?どこだ?いつだ?何だ?息が荒くなる。鼓動が速くなる。
 まさかこんなことになるなんて。記憶喪失は実在したのか……。再び気を失いそうになる。再び?そもそも俺は気を失っていたのか?まるで今ここで俺が生まれたかのような錯覚に陥る。いや、錯覚なのかどうかもわからない。
 「ちょっと!」
 声が聞こえる。脳内のサイレンの音量がでかすぎてあまり聞き取れない。誰かがこちらへ走ってくる。ザッザッと地面を蹴って走る音が近づいてくる。だが今はそれどころじゃない。
 「起きたの?」
 ビク、として俺はその声の主を見た。起きた?俺は寝てたのか?
 その声の主の姿を見て、目眩を起こしそうになった。どこかで見たことがある……?少し前?ずっと昔か?
 声の主は華奢な体をしていた。女だ。
 「平気?」
 俺の眼球の内側を覗き込むかのように見てくる。平気?平気なのか俺は?覗き込んでくるそいつの目を覗き込むと再び目眩がしそうになる。お前は誰だ。
 「大丈夫?どっか痛い?……そりゃ痛いよね。とりあえず立てる?」
 パニックはまだおさまってない。もう俺の体は『立ち上がる』という動作を忘れてしまっているかのようだった。いや実際忘れているのか……さらに鼓動が速くなり、息ももっと荒くなる。そんな俺の様子を見て、少し驚いてそいつは後ずさった。
 「どうしたの……?」
 「知るか!」
 やっとの思いで3文字とビックリマークだけを絞り出した。
 「とりあえず落ちついてよ。今水持ってきたから」
 ようやくパニックがおさまりかけてきた。相変わらず何がなんだかサッパリだけど……。
 
 その女の持ってきてくれたペットボトルの水を飲んで、俺もなんとか冷静になれた。そして、改めて認識した。
 『記憶がない』
 ということを。自分が誰で、何をしていたのかもよくわからない。……が、自分の今着ている服装でひとつわかった。俺は高校生だったらしい。黒いズボンに、ワイシャツ、カーディガン、その上にフードのついたダウン。おそらく、高校生だろう。
 ……あれ?どうしてこの格好が『高校生』と解るんだ?まぁいいか……。
 ひどく疲れている。体の至る所が痛む。俺はなんとなくもう諦めてしまった。もう俺なんか誰でもいい、と思った。
 今俺は、さっきまで自分が倒れていたところから一番近くにあったベンチに腰掛けている。ベンチの後ろには植え込みがあり、その向こうには住宅街が見える。やっぱりここは公園のようだ。公園とは言っても子供が遊ぶような遊具があるわけでもなく、まわりを植え込みで囲んでちょっとベンチを置いただけの広場だが。
 隣には水をくれた女がちょっと離れて座っている。とくに美人でもなく、地味でもなく……一般的な女の子に見える。歳はいくつなんだろうか。15とか16くらい?
 あ。お礼を言うのを忘れていた。
 「水、ありがとう」
 「あ、いや別にいいよ」
 といって彼女はこちらを見て微笑んだ。なんていうか……純粋な雰囲気が漂っている。
 つられて俺も少し笑おうとした、が、鋭い痛みが顔面、右の額と頬に走った。
 「いてっ」
 思わず声が出た。痛みの箇所を右手でさわろうとすると、今度は右腕全体に顔面と似たような痛みが走る。見てみると、右腕の広い範囲が擦り剥けて血を出していた。そこに砂や泥もこびりついている。左手でさっき痛んだ額の右側に触れてもやっぱり痛かった。
 「大丈夫……?」
 微笑んでいた顔が不安そうになった。ごめん、あんまり大丈夫っぽくない。
 「それ、水で流した方がいいね。顔も洗わないと。泥が入っちゃうね」
 「そうだね……」
 もうわからないことだらけだ。自分が誰なのか解らないのはもう諦めた。でもこの傷はなんなんだ?記憶がないのと関係あるのか?そういえば、ショックで記憶喪失、っていうのはいかにもありそうだし……。
 と、傷をじっと見て黙り込んだ俺をどう思ったのか、彼女はこんなことを言った。
 「あの……ありがとう……」
 「え?」
 ありがとう?どういうこと?
 「……え?」
 今度は彼女が驚いていた。
 「覚えてないの……?」
 「何を?」
 「えーと……私もよく覚えてないんだけどね、自転車に乗ってたら急にすごい衝撃がきて……気がついたら君がいて、そのあと君が倒れたんだよ。多分……」
 「……そうなの?」
 「うん……」
 よくわからなかったな。自転車乗ってたら衝撃で、気がついたら俺で、すぐ倒れた?どういうことだそれは。
 「そうなんだ……」
 一応そう言っておこう。さっぱり解らないけど。
 「きっと私を助けようとしたんだろうな、って思ったんだけど」
 「ごめん、全然なんにも思い出せないんだ……」
 「……」
 「その、助けたとかそういうこと以前に、自分が誰なのかもよくわからなくなっちゃって、君が誰なのかも……」
 「そう」
 彼女の声が、ちょっと今までと違うことに俺は気付いた。それまで、辛そうに、というか暗いというかそんな風な声色だったのだが、その「そう」という言葉にはなんだか明るいというか、ポジティブな雰囲気が伺えた。
 ……悪くいえば、俺の記憶がないことを「こいつは丁度いい」と言うかのような雰囲気とも言えるかな。でもそれもオオゲサな表現だろう。
 「私はね」
 もう完全に重苦しさから解放された声が聞こえる。声色の変化に、俺は少し驚いて、改めて彼女の顔を見た。彼女少し笑っているように見える。しかしさっきのような微笑みではなく、どちらかと言えば悪戯を仕掛けるときのような笑み。
 「君の恋人だよ」


 ……なに?
 恋人?それはつまりそのままの意味で恋人か?
 「はぁ?」
 変な声が出た。「ぁ」の部分はほぼ声が裏返っていた。
 ……恋人ねぇ……。
 でももしかしたらそうだったのかもしれないな。俺はなんにも覚えてないわけだから、否定することもできない。かといって、肯定することもできないワケだが……。
 「やっぱり覚えてないかな?」
 明るい彼女の声。表情は明るく、俺にこの上なく見心地のいい笑顔を向けてくれている。なんていうか……その笑顔を見て何とも思わなかった、といえばウソになるな。実はクラッときそうだった。そこをなんとか耐え、ふんばった。そんな俺の表情を察してか、
 「でもきっと大丈夫だって。これからまたたくさん思い出を作っていけばいいんだし!」
 彼女は勢い良くベンチから立ち上がり、俺の左手の手首を掴んで引っ張った。俺も立ち上がる。なんかよくわからん、けど彼女のあの笑顔で俺の思考回路がショートしてしまったのだろうか。俺のシワの足りない脳味噌は、もう彼女が恋人だった、ということを信じ始めていた。
 「私は愛理。君は……うん、逸二!」
 俺の左腕を引っ張りつつ、彼女は言った。
 「逸二?俺の名前?」
 まぁそうなんだろうけど、確認の意味を込めて俺は聞き返した。
 「そう!そんじゃあ行こうか、いっくん!」
 彼女は駆け足に近いほどのスピードで歩き出した。どこへ行くんだよ?あと、傷洗わせてくれないのか?

 彼女に引きずられるように歩くこと数分。目的地に到着した。
 俺は驚愕していた。まだジンジンと痛んでいるはずの体中の傷が、痛みというものを脳味噌に伝えるのをやめている。
 さっきまでいた公園のあたりから少し離れたところ、人通りが少なく、道も狭い。道の両側には畑のようなもの―――とは言っても、なんだかよくわからない背の高い雑草みたいなものがあるだけだが―――がいくつか点在し、民家のようなものはあまり建っていない。まるでイキナリ山形あたりに来たような気分だ。山形に行ったことはないけど。だがここは俺の中の『山形』的イメージをそのまま再現している。
 そして今その山形的な場所の中でもまたマイナーな位置、舗装されていないケモノ道を少し行ったところにある、小さな建物の前にいる。その建物は家ほど大きくもなく、物置ほど小さくもなく……外から見たカンジでだが、畳五畳くらいの広さの建物だった。屋根もちゃんとついていて、簡単に言えば普通の家のミニチュア版……のようなものだった。
 ……が。
 ドアを開けてみるとその中には床がなく、この建物のまわりと同じように薄茶色の土から雑草が顔を出している、ただの地面があった。ドアの向かい側の壁に窓はあるが、その窓の外側にはワケの分からないツタ植物がへばりついている。その窓の下には大きな長方形の木の板が置いてあり、その上には何枚もの毛布が敷かれていた。……枕もある。入って右側の壁際に、どこから拾ってきたんだそりゃと言いたくなるようなイスとテーブルが置いてあって、その奥の隅には……これは意外とキレイなタンスが置いてある。
 そして、ドアを開け、俺を招き入れたこの女の子……愛理だったっけ?はこう言った。
 「ただいま」
 と。

2007/03/03(Sat)00:53:07 公開 / Yosuke
■この作品の著作権はYosukeさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
結構行き当たりばったりって感じで書いてます。
だからうまくいかないかもしれません。
ていうかうまくいきそうにないですがよろしくお願いします。
少しずつ精進していきたいと思います。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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