『一匹猫』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:祟られる者                

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月の光さえ乏しい深夜。人々は眠り、明日を生きる為に体を休めているこの時間。いつもなら静かな住宅街だが、今日はその一部、辺りの家となんら遜色無い、木造のこの家の前だけガタガタと音を立てている。
周りの人間が不快に目を覚ます程ではないが――この静寂の中ではどうにも響く。
いつも、昼間には私を遠くから見つめてくる男と、私に食料を提供してくれる女と、私を何かと撫でてくる少女が暮らしていて、木の温もりを感じる、私も住みやすい薄緑色の普通の家なのだが……今は何故か、鉄の冷たさがある。

今この家の前では、この家のいつもの男とそれを手伝う見知らぬ男三人が大きなトラックに荷物を運び入れている。冷蔵庫に箪笥、机などのようだ。昼間は生活感を漂わせるこれらの物も、僅かに降り注ぐ月光によって青白い不気味さを醸し出すのみだ。
それらは程なくして積み込まれ、それまで暗闇に呑まれかけていたトラックは光を放ち、エネルギーを放出し始め、排気ガスを撒き散らし、ブォォンと不快な音を立て始めた。
いつもの女と少女はといえば、別の車に乗っていて、少女は既に眠ってしまっている。女はいつもと違って寂しげな顔をしていた。
私は荷物を積み終えて慌ただしくそのトラックに乗った見知った人間達に大声で問うた。
『どこに行くの?』
と。しかし、聞こえなかったのか、返事をすることは無く、そのままトラックは走り出した。別の車は、既に行ってしまっている。
……トラックが住宅街を曲がると光が消えて……
……音が消えて……
――孤独を覚えた。
私の知っているあの三人の者とは、もう二度と会うことはないだろう。悲しいというより、虚しい。長い間一緒にいたのに、別れは一瞬で、納得できないものだったからだ。
だが私は、人間や他の奴らなどに頼らなくても、独りで生きていける気がした。私の一人前以上のプライドが、私の感じる空虚感を払拭しようとそう思わせていた。
別になんのことはないんだ。人間に頼る必要なんて、元々無かったのだ。明日からは独りで生きてみせる。
そんな事も思いながら、再び静寂と暗闇が支配する世界で一人、惰眠を貪った。

見知った人間達が居なくなってから二日経ち、以来空き家となった薄い緑色のこの家は、生活感が抜けて前の家とは全く別の雰囲気になってしまった。少し落ち着かないが、今もそこの庭で、私は相変わらず寝てばかりいる。手入れはされていないので枯れ草が散乱しているが、私は気にしていない。陽が真上にあって、日差しは暖かい。流れる風は穏やかで少し涼しい。過ごし易い天気だった。私はただただ、いつものようにぼぅっとしていた。――孤独で、つまらない。
前なら、この家の女が食べ物を置いてくれる時間だったが……いや、そんなことは忘れよう。
そういえばこの二日間、食べ物を口にしていない。空腹を感じた時もあったが、一人で食べ物を確保する事なんてなかったから、どうすればいいのか分からず、とりあえず空腹から逃げるように眠っていたのだ。
しかし寝ていても仕方が無い。そう思い、食料を探しにこの庭を出た。
どうすれば食料が手に入るのかはわからなかったが、このままあそこで寝ていては死ぬ、と本能的に思ったのだ。


しかし久しぶりに遠出をしてみると、やはりこの住宅街は住み辛い。良い場所は大抵他の奴のテリトリーとなっていて、長居は出来ない。私は急ぎ足で移動を繰り返した。
移動の最中に思うのは、二日前に居なくなったあの人間達だ。あの者達には、今思えば色々世話になったが……うん、今どうしているのだろうか。一週間ほど前から急に生活が苦しくなっていたようだったが……。
そんな事を思いながらも、結構な距離を繰り返し移動したが、食料が得られそうな場所は見つかなかった。


私は一度立ち止まり、食料が手に入りそうな場所を考えた。
食料……食料と言えばあの人間がくれる固形のやつ……
などと一瞬思ったが、また人間を頼っている自分に呆れた。多少の依存はともかく、一人では食事も出来ないなんて情けない。
きちんと考え直すと、あの固形の物以外にも食料は色々ある。特に魚だ。あのいなくなった人間達にも何度となく貰ったものだったが、焼いた身がこれまたおいしい。
そういえばそれを最後に食べたのは結構前だ。まだ涼しくなる前のセミがうるさい頃に、あの薄緑色の家の人工的な白光の下、香ばしい匂いに誘われて台所に行くと、食卓に並ぶより先に、焼きたての秋刀魚のほぐされた物を分けてもらった記憶がある。
私は熱いのが苦手で、少し冷めるまで待つ時間が嫌に長く感じたのと、不思議と骨が入ってなかったのを覚えている。


その魚を取ってみても、住宅街では食料が手に入らない事に気付いた。住宅街を回っていたのも、やはり人間を意識していたからかもしれない。しかし、もう頼れる人間はいない。なら、住宅街にいる意味がないのかもしれない……。
私は考えた末に、商店街にいこうと思った。商店街の魚屋で生魚を一、二匹盗んでやろうという、我ながら単純な思い付きによるものだ。しかし、他に良い案が浮かばないのだから仕方が無い。
そこで早速、商店街へ向かった。結構な距離があったので道が思い出せず、途中で他の猫に聞いたりもして、日暮れ近くになってようやくその周辺まで来られた。
商店街付近まで来ると、商店街からの帰りなのか、買い物袋を提げ、自転車に乗った人間が多くなってくる。それに轢かれないように、私は道路の端を急ぎ足で歩いていった。

 もう商店街が視界の先に見えてきた。ここからではまだ魚屋があるかどうかは確認出来ないが、人間がたくさんいるのは分かる。完全に日が落ちる前に、この混雑の中で盗みを働いてやろうと私は急ぎ足で、商店街目前の道路を渡ろうとしたがその時、視界の端から自分より何十倍も大きくて、自分よりもっと白い物が私にぶつかって来た。
――痛いっ!
私の右肩にぶつかったそれは、私に当たった瞬間、急停止した。
一方私は、そのままあれに轢かれて引き摺られる、という最悪な事を回避出来たと、自分でも呆れる妙な観点で安堵を感じながら小さく宙に浮き、痛みも感じたが、空中でバランスを取り、両手足からの着地に成功した。

痛い事に変わりないが、商店街の近くだったからそんなに速度が出てなかったのだろう。歩けない事もない。
いまは人間に関わりたくない気分なのだ。早く魚を取ってしまおうと、私がそのまま歩いていこうとすると、後ろから声が掛けられた。
「歩けるの? 怪我はないの?」
どうやら私をはねた人間のようだ。黒髪のツインテールの若い女だ。茶色のセーターに黒いスカートを穿いていて私と同じ黒い大きな目をしている。……まあ反省しているようだし、同性の誼で許してやるとしようかな。
『まあ反省しているようだし、今回は許してあげる!』
と、私は彼女へ鳴き放った。
すると彼女は優しく私に微笑んで、
「首輪も無いし、野良かな? 野良ならついておいでよ」
といたずらっぽく笑って言った。変な人間だ。猫に喋りかけている。しかも妙に気軽い。それで付いて行く奴なんているわけ無い……のだけども――まあ私も行くあてもないし、彼女について行こうかな、なんて思った。
今日の昼に思った、独りで生きていくという覚悟も薄らいで馬鹿馬鹿しくなる。別に独りに拘る必要も無い。別に彼女に服従するわけじゃない。ちょっと世話になるだけだ。
そう考えると私の一人前のプライドもそれを許した。
そして私は柄になく彼女にわくわくし、大きく返事をした。
「ミャアァ!」
大きく鳴いた私の頭を、その人間は満足気に撫でてきた。


その後、私にぶつかった忌々しい車に乗って彼女の家に行くと、立派な一戸建ての家だった。立派な家だったが、彼女は若いのに一人暮らしで、私は不思議に思ったが、家に帰るとすぐに出された、香ばしい焼き魚に心奪われ、あまり気にしなかった。
その焼き魚も、ほぐされていた上に骨が無かった。
――懐かしい。
私は何かが満たされる気がして、急に眠くなった。そういえば今日はかなり動いたし、疲れている。魚を食べ終えると、まだ慣れない家の隅で、自己最速をもって眠ってしまった。

後で知ったことだが、彼女は三日前、両親を交通事故で亡くしたそうだ。頼れる親族は居なく、この立派な一軒家に独りで暮らしていたらしい。
 ――私達は似たもの同士だったのだ。
 私はようやく、失った何かを取り戻し、彼女と支え合い、本当に安心できるこの家で、私は……最期まで満たされた心のまま生きていった。



2006/11/11(Sat)00:03:50 公開 / 祟られる者
■この作品の著作権は祟られる者さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
【11/10、修正しました】
本文が短かった分、大きく修正することになりました。
ギリギリショートショートの長さでは無いのかもしれません(汗
多くの突っ込み、感想ありがとうございました。
オチの部分がこの猫の性格に合って無いと思いましたので変更しております。
その他、ショートショートの範囲内(若干オーバーですが)で、全体的にボリュームを増やしました。
また、以前より良くなった点、悪くなった点あるかと思いますので、辛口・甘口問わず、御感想頂きたく思っております。改善の見込みが有る限り、修正を加えていく所存です。



まずは、最後までお付き合いいただきありがとうございます。
普段【感想書くだけの人】なんですが(笑
読解力の向上にも繋がりますし、きまぐれでの執筆になります。
書き出しの理由こそきまぐれですが、やるからにはと、私は長い時間を取って全力を費やしました。
が、私自身の確認では気付かないミスが皆様によって多々出てきまして、それを修正する事は本当に良い勉強になっております。

一応修正しましたが、浅学不才の現在の私では気付かないミスが、読者の皆様はお気付きかもしれません。ミスや指摘、もっとこうすればよいのではという提案、特にミスは無いというお褒めの御言葉、こう感じたという御感想、全てを渇望しております。もしよろしければ書き殴って下さいませ。慎重に吟味し、少しでもこの最底辺からの向上へと繋げたく思っております。


何やら固い文となりましたが(汗
気軽にどうぞです。


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