『流れるのは、風(仮)』 ... ジャンル:ファンタジー 異世界
作者:りぃ                

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序章 神の遊戯

 神はいつも気紛れだった。ちょっとした気分ですぐに人を助けたり、ほんの悪戯で一人の人間を不幸に陥れたりする。そうしても罪に問われないのが神、という存在だった。
――――何をしても許される存在――――それは神が全てを作ったからのこと。全て神の手で作られたものなのだから逆らうことが出来ないのである。神はそれを知っているからこそ気紛れで行動を起こすのである。何をしても誰も彼を責めることなどできはしないのだ。
 神は暇つぶしに新たな生き物を作る。そのため世界ではたくさんの生物が生まれては消えていった。しかしその極一部は残り、地上に存在し続けた。それが現在生きている動物たちである。その中で最も神を楽しませたのは「人間」だった。人間は神が初めて「心」を作った生物である。無論、犬や猫にも心はある。しかしそれは本能であって人間のそれほど複雑ではなかった。心を持った人間は時には憎み合い、殺し合いながらも互いを愛し、慈しんだ。これほど様々な感情を抱いているのは人間くらいだ。神は今までにないほど人間の生き様を楽しんだがやがては飽きる。飽きたときにすることが悪戯である。気紛れで不幸だった人をこれ以上ないほど幸せにしたり悪人を楽しませたりしていたかと思えば、善良な人を酷い目に遭わせたり幸せだった人を追いつめた。人間がどう思おうと神には関係ない。人間は神の遊戯のほんの一部でしかなかった。神にとっては殺し合いも騙し合いもどんなことでも楽しいゲームだった。人間がどれだけ苦しもうと神にとってはどうでもいい。苦しんでいる姿ですら神を楽しませた。
 現在神がいるのは地上の上、宇宙よりもさらに遠い場所。宇宙そのものすら神は見下ろしていた。世界は一つではない。複数の世界が神のいる場所からはよく見えた。その世界一つ一つは繋がっておらず、上からは複数の画面のように見えた。その画面一つ一つが世界なのだ。神はたいへん目がいいため、宇宙の上からでも人間の一つ一つの行動がよく見て取れた。神はいつも身じろぎもせずにじっと地上を見ていた。それくらいしかすることがないからでもある。地上の世界を眺めるのは神にとっては娯楽であり、楽しめなければ不服のようである。
 世界は今、これ以上ないほどに平凡だった。ある世界では戦が終わり新たな王を祝福し、またある世界では平和という何よりも退屈なことに満足して大それたこともなく時が流れていった。それによって神は今、ひどく退屈していた。どこを見ていてもつまらない。何も起こらないことほどつまらないものはない。神は不満だった。どうしてもっと争い合い、楽しませてくれないのだろう。神は地上を見つめていたがそこでふと思いついた。
――――ゲームをしよう――――
 神にとっては当然のことだった。今までも暇になったら何かを起こしていた。一人の普通の人間にちょっとした悪戯をしたり、戦を起こさせたりした。人間は心を持っていても所詮は神の造物でしかなく、神の手のひらで踊らせれるだけだった。人間も心を持っていても、いや持っているからこそ神の暇を潰す道具となっている。今回もまた神の気紛れで地上では事件が巻き起こる。今回は誰で遊ぼうか。それともひとつ、戦でも起こすか……。
 だが、神も大分同じことをしていて飽きていた。毎回同じことの繰り返しでは面白くない。さて、何をすれば楽しめるだろうか……。
 そこで今回思いついたのが「願いを叶える石」だった。人間は他のどんな生き物より欲にまみれている。そんな物があれば互いを殺し合い、騙し合い、または協力し合うこともあるだろう。だがもしかしたら戦争も起こるかもしれない。これは面白そうだ。少し手を下しただけでこんなに大きなことが巻き起こる。よし、これにしよう。
 神は早速願いを叶える石を作った。万能の神にとって命のない物などちょっと指を動かしたくらいで作れる。そうして出来たものは宝石のような類ではなかった。黒ずんだ灰色は光を放ちはせず、角張っていて見た目からは願いを叶えるようには到底見えなかった。どう見てもただの石ころだ。見た目で判断する人間なら簡単に騙されるだろう。そうして願いを叶える石は誰に気付かれることもなく多くの人に求められ、人を動かす。その先に地獄が待っていても誰も気がつかない。
 神はその石を「レフィア」と名づけた。それからとある世界のとある山奥に封印した。数々の罠と共に。絶対に一人では得られないようにする。なおかつ仲間たちで手に入れることも出来ないようにする。手段は一つではないが正解はただ一つしかない。これで人間はどの道を選ぶか。私欲にまみれた人間という生き物ならばきっと誰もこれを手に入れることなど出来まい。そうしてレフィアは伝説となる。それもまた面白い。伝説となった石を求め戦いが起こり、悲劇が巻き起こる。これほど楽しいことはない。いい、これはいい。
 人間は愚かにも永遠に満足することはない。願いを叶えるという甘い誘惑によって大切な物を見失い、滅んでいく。望みを叶えるために自分がどれだけのものを犠牲にしているのかがわからないのだ。本当に大切な物が何かを知らずに死んでいく。なんという愚かな生き物だろう。だからこそ面白い、と神は思う。悪戯をしてこれほど楽しいものなどない。
 さて、これから何が起こるか。楽しみだが大きなことが起こるまではまだかかるだろう。それまでまた誰かの人生をいじってみるか。
 全ては神の気紛れで始まる。これによって人間がどれだけ傷つこうと神には関係ない。そう、これもまた、神の遊戯に他ならないのだから。

 人の好奇心、という物は時に悲劇を生む。と神は思った。
 くだらない好奇心で自らの人生を台無しにした人間がたくさんいた。彼らが悪いわけではない。裏で操っているのは全て神なのだから。神が人間の運命を狂わせる。だが、狂わされた運命もまたその人物の人生なのだ。だから神だけが悪いわけでもない。神に非があったとしてもそれを誰も罪に問うことは出来ないが。
 神は封印したレフィアをどう人間たちに知らせるかを考えた。噂を流したくらいでは誰も動かない。いや、動いたとしてもレフィアの洞窟にすら来ないだろう。それでは意味がない。楽しめないではないか。ではどうすればレフィアを求めて戦乱が巻き起こるだろうか。
 そこで神は今回も一人の人間を使うことにしたのだ。レイヴ、という名の将来有望な若者だった。
 若いが故に好奇心旺盛な彼をたぶらかし、仲間を作らせ、間接的にレフィアの元へと導いた。彼は全てを失いレフィアを手に入れた。それを持ち帰った彼は神の思惑通り……死んだ。過酷な現実に振り回され、神の手のひらで踊らされ正気を失った彼は程なくして命を失った。人はそれを哀れという。しかし神には関係ない。神はレフィアを再度洞窟に封印した。レイヴと共に旅した仲間はすでにない。だからレフィアの求め方、ある場所の詳しい位置は誰にもわからない。だが、願いを叶える石の存在は知られるはずだ。わざと人の目の前でレフィアを消した。正確にいうなら目の前で一時的に透明にして隠しただけだが、人間には消えたように見えたはずだ。これで噂が広まる。「願いを叶える石レフィア」の名が知れ渡る。これを求めてこの国は動くだろう。この噂が他の国にも伝わり、やがては全世界を包む戦乱が巻き起こるはず。そうならなければ、また誰かを使うまでのこと。
 狂っていると言われればそれまでだがどんなに残酷なことも神には自分を楽しませる遊戯でしかなかった。
 以上がレフィアが民衆に知られるまでの話を簡潔にまとめたものである。これを知っているのは神のみ。なのにこれを今あなたが読んでいるのは何故か。それもまた、神の悪戯かもしれない。
 それから数百年の時が流れた。未だレイヴ以外にレフィアを手に入れた者はない。神の手助けがなくては誰も手に入れることが出来なかったのだ。しかし人間はあきらめることを知らない。神の手のひらで踊らされていることも知らずにレフィアを求め続ける。神はそれをずっと見ていた。

 神は地上を眺めた。
 ある世界ではレフィアを求め戦が起き、別の世界ではレフィアを求めたくさんの若者が旅立った。だが、また違う世界ではすでにレフィアの存在を忘れていた。それでもいい。好奇心がそこの住人の一部を動かすかもしれない。
 もうすぐ、また新たな時代が来るだろう。レフィアを求め、今まで以上に近くへ誰かが来る。そうすれば今までよりもずっとずっと楽しくなるだろう。
 反乱によって国を追われた王女、未来が見える目を持つ少女、古代民族の生き残り、時渡りの娘、猪突猛進の青年に自分勝手な王子、世間知らずの少年。あと、ごく普通の女の子。
 やっとこれから大きい何かが起こる。
 神は興味深げに地上を見ていた。ずっと。自分も何かをしたいと気紛れを起こすまでは。
 ふと見た地上では今、どこにでもいるような普通の少女の運命が動き出そうとしているところだった。

第一章 隠された本

 神谷 亜弓(みたに あゆみ)は不機嫌だった。
 何がそんなに気に入らないかといえば全てだった。煩い親も馬鹿な友達も無能な先生も。何もかもが嫌だった。
 中学二年生といえばいろいろ悩む時期で、いらいらするのも当たり前かもしれないが理屈で納得できるものでもない。何もかもが嫌だった。平凡な毎日、つまらない勉強、頼りない学級委員長。何もかもが気にくわない。どうせならこんなところから逃げ出してもっと非凡な人生を歩んでみたかった。
 亜弓はテストでいつも上位だった。しかしそれは煩い親を黙らせるため。別に命令されているからするわけでも、したくてするわけでもない。成績が良ければ何も言わないから「いい子」をして「あげて」いるだけ。
 友達はまあまあいる。成績がいいからといってお堅くなっていたら駄目だから少し馬鹿っぽく演じて「あげて」いる。そうすればとっつきにくい印象もないから友達も作りやすい。明るくて成績はいいけどちょっと馬鹿っぽいような性格のごくごく普通の少女。これを演じて友達をして「あげて」いる。友達は正直いらない。面倒なだけだし、必要ない。でも、いじめとか、もっと面倒なことに関わりたくないから友達をしてあげている。その方がずっと楽に人生を歩めるから。ただ、それだけ。「友達」は何も知らずに亜弓の笑いが作り物だともわからずに楽しそうに笑う。
 現在の学級委員長は真辺 里奈だが里奈は今までたくさんの人をいじめてきた人間でそのうえだらしない。制服もきちんと着こなしていないし校則なんて何度破ったことか。守ったことの方が少ないのではないかと思ってしまう。一学期、委員長の立候補者が他にいなかったため結局彼女が委員長になってしまったのだが何も出来ないくせに偉そうにしていた。亜弓はそんな里奈が大嫌いだった。だが、面倒なことに巻き込まれないために友達をしてあげていた。そうしている限り里奈は亜弓に矛先を向けない。彼女に逆らった時点で面倒なことに巻き込まれるのは決定だ。表面上亜弓と里奈はそこそこ仲がいい。亜弓が本当は里奈を毛嫌いしているのをしている人はいない。
 平凡な毎日は変化がなくてつまらなかった。だからといって面倒なことが大嫌いな亜弓は非凡なことにあまり関わろうとしなかった。その結果ごく普通の少女としてごく普通の人生を歩んできたわけだ。そのくせそれに不満を持っている。矛盾だらけだが本人はそうとは気付かない。

 亜弓はその日、図書館に行った。今日は珍しく一人で学校から帰れたからだ。本当は毎日一人でさっさと帰りたいのだが帰るときいつも誰かに誘われる。人間関係の問題で断ることも出来ずに名ばかりの友達と一緒に帰っていた。今日はたまたま誰もいなかったため一人だった。図書館は学校から近くもないがそう遠くもないところにある。それもあってよく行っている。友達につきまとわれていなくて自由なときはいつも図書館に行った。亜弓は本が幼い頃から大好きだった。幼児時代は絵本、小学生は児童書、中学生の今も本は大好きでほぼ毎日読んでいる。部活に入らなかったのは面倒という理由の他に本をもっと読みたかったから、という理由があった。今日は久しぶりにゆっくり読書でもして日頃の疲れを癒すつもりだ。家に帰ったら親が煩い。亜弓はそのまま図書館に向かった。あまり遅くなりさえしなければ親は何も言わない。逆に今日のように早めに帰ってきた方がいろいろ言われる。「友達とうまく行っているの?」とか「掃除とか委員会とか、さぼってきたんじゃないでしょうね」とか余計な詮索を入れられる。そんなのは嫌だ。だから図書館にすぐ行った方がいい。
 ところで、亜弓の機嫌が悪いのはいつものことだった。誰も気付きこそしないが毎日不満がある。唯一安らげるのが図書館だけだった。学校に比べれば静かな空間で一人本の世界に浸る。これほど安らげることはない、と思う。友達のほとんどはそんなこと理解できないだろうが。
 図書館について亜弓はいつも通り適当に本を選んで読もうと思った。周りなどまるで見ない。自分は自分だし他人は他人。そのままさっさと本を選び、空いている席に座るだけ。読む本はいつも違う。そのときの気分によってファンタジーだったりSFだったりミステリーだったり、歴史物のこともあるし、世界の名作を読むこともある。また、有名な人の伝記を読むこともたまにだがある。今日も気分に任せて何かを読もうと思ったのだがふと奥に扉があることに気が付いた。図書館の奥、いつもはミステリー系の本棚が置かれている場所に古い木の扉があった。おかしい。こんなところに扉などあったろうか。数年前、図書館で大幅な配置換えがあった。それまでここには何もなかったはずだ。ただの壁。しかし今は実際そこに扉があった。
 亜弓はちょっとした好奇心でそこまで行き、扉を開いて中へと足を踏み入れた。これが彼女の運命を動かすともしらずに。
 普段の亜弓ならちらっと扉を見てもそのまま読書へ移ったはずだ。面倒なことが嫌なため慎重な彼女なら得体の知れない扉など無視をしただろう。それが以前にはなかったはずの古い扉であるならなおさらだ。しかしそのとき彼女は興味を持ち、中へと入っていった。
 扉の奥はしめったにおいがした。少し進むとばたんと音を立てて扉が閉まった。亜弓は気にもかけずに奥へと進んでいった。中は真っ暗で何も見えなかった。濃い闇は昼間だというのに夜、布団に潜り込んでももっと明るかった。何も見えない暗闇の中、亜弓は真っ直ぐに歩いていった。まるで道が見えているかのように。
 どのくらい歩いたのかはわからない。ただ、長い間歩き続けたような気がした。数時間かもしれないし、たったの数分かもしれない。もしかすると長く感じただけで数秒のことだったかもしれない。暗闇の中で何かがぼんやり光を放っていた。光を放った物体は暗闇の中、宙で制止していた。おかしい。誰でもそう思うだろう。特にこの警戒心の強い少女ならもしここまで来てしまっていても絶対に引き返すはずだ。不可思議な現象に関わってもろくなことはない。その時の彼女がどういう心境だったのかは不明だが、そのまま光る物体を手に取った。
「願いを叶える石レフィア……?」
 それは本だった。分厚く、古そうな革表紙の洋書のようだ。見たこともない文字が書いてあった。亜弓は何故かその字が読めた。そうして更に不思議なことに読めたことを何とも思わなかった。表紙に「願いを叶える石レフィア」とだけ書いてあり、それ以外は何も記していない。
 亜弓はそのまま本を開いた。光は中から放たれていた。どう考えてもただごとではない。開かれた本からは目をそらさずにはいられないまばゆい光が放たれ、亜弓を包んだ。亜弓は一瞬悲しそうな母の顔を見た気がした。
 一瞬目の前が真っ暗になる。そうしてどこかに尻餅を付いた。目を瞑っていてもわかる。明るかった。
「痛っ」
 そのとき亜弓がいたのはすでに湿っぽい図書館の一室ではなかった。いかにも、という感じだが見知らぬところにいたのだ。どこまでも続くような緑の草原、果てしなく青い空。ここは、どこだろう。
 そのとき天上で、神がほくそ笑んだことを知るものはない。

第二章 深夜の旅人

「待って……」
 その声にヴェント・デュラキスは眉をひそめた。
 ここはバレンヌ帝国の名もなき村。数週間前ここに立ち寄ったヴェントは成り行きで最近多く出没する盗賊から村を守るために雇われた。元々傭兵として渡り歩いていた彼は、たった二,三日で盗賊を一人残らず捕まえて長老に差し出した。その後の処置は長老に任せるために全員を生け捕りにした。その腕に感嘆した村人たちが次々に彼に礼をしたいと言いだし、本当は報酬をもらってすぐに去るつもりだったのだがなかなか解放してもらえず長々と居座ってしまった。ようやく報酬をもらえた彼は今夜だけ、という村人の懇願を聞き入れたふりをして夜にこっそりと抜け出したのだった。三日月は静かにヴェントを照らし、村人たちが寝静まった真夜中頃にヴェントはそっと床を抜け、村の出口の辺りまで来ていた。
 誰にも言わずに旅立とうとしたヴェントを呼び止めたのは村の少女、サラ・セーヌだった。サラは月光を閉じこめたような銀の髪にはっと目が覚めるようなサファイアの瞳を持った神秘的な美少女だ。だが、ヴェントが一番出会いたくなかった相手だ。彼女は何故かヴェントになついてしまい、毎日ヴェントについてきた。ヴェントには思い当たる節もなく、自分につきまとう彼女に最初は戸惑い、次第にうっとうしさを感じていたのだがサラはヴェントにつきまとうのをやめなかった。しかもどういうわけか「ヴェント様」と呼び、「私だってもう十六歳。いつでもヴェント様の元に嫁ぐ覚悟が出来ているわ」と口癖のようにいつも言っていた。最初は同年代の少女と比べても華奢なサラを見て苦笑していた十八歳のヴェントだったがやがて本気であることに気付くと出来るだけサラを避けるようになっていた。
 ヴェントは自分でもしぶしぶだが認めている美男である。漆黒の髪はそう長くはなかったが風が吹くとさらさらとなびき、アメジストの瞳は深い愁いを帯びていたがそれもまた女性をうっとりさせていた。これをヴェントは仕事でうまく活用していたが女性関係で悪用することはなかった。
 それはそうとヴェントが夜中にこっそり出ていこうとしたのにはサラのことも絡んでいた。絶対にこの少女なら自分に付いてくると言い張るだろうとわかっていたのだ。言い出したらてこでも動かない。厄介ごとに巻き込まれないためにもさっさと旅に戻ろうと思っていたのだ。いくらなんでも関係のない村の少女を連れ出すなどするはずがない。
 面倒なことになったな。ヴェントはため息が出そうだった。
「ヴェント様……私を置いて行かないで」
 ほら来た。目を潤ませて頼まれてもヴェントは肩をすくめることしかできない。
「悪いが俺も傭兵だからな。そろそろ旅に戻らなければならないんだ」
 そういって大人しく聞くとは思えないがまずはそう言って説得しておかなければならない。
 ぶんぶんと首を振ってサラは否定した。
「いや! なら、私がヴェント様に付いて行く!」
 そう来ると思った。ヴェントは深いため息をついた。
「あのな、俺も仕事があるんだ。正直お前がいると邪魔だ」
 すると少女はわんわん声を挙げて泣き出した。
「ヴェント様の馬鹿ぁ。私のことは遊びだったのねぇ。酷い、酷い!」
 ヴェントは面食らってしまった。
「……俺たち、どんなことして遊んだ?」
 ヴェントには身に覚えがない。いきなり泣かれても困る。彼女の目的はそこにあるのだろうがヴェントには理解できない。
 するとサラは顔を上げてすぐに泣きやみ、にっこり微笑んだ。かなりの美少女で村の少年にも人気があるようだが彼女はヴェント一筋だ。生憎ヴェントも女に興味は全くと言っていいほど、ない。
「一緒にご飯食べたでしょ?」
「そうだな」
 ヴェントは適当に相づちを打った。夜が明けないうちに旅立ちたい。ヴェントの気など知らずにサラはうきうきした様子だった。
「それって恋人同然じゃない?」
 さも嬉しそうにサラは言った。どうしてそこでイコールになるのかヴェントには理解できなかったが、少し皮肉を言ってみることにした。
「それなら俺、世界中に恋人いるから」
 世界を旅して回る傭兵なら少女と食事をするくらいならよくあることだ。
 サラの表情が見る見る曇りだし、また涙目になった。怒ったり笑ったり泣いたり、忙しい娘だな、というのがヴェントの感想だった。
「ヴェント様の女たらし〜。私のこと、可愛いって言ってくれたのも私を弄ぶための嘘だったのね!」
 果たして自分はサラのことを可愛いなどという失言をしてしまっただろうか。ヴェントは全く覚えていなかった。だが、サラにとっては重要だったらしい。
「私……嬉しかったんだから。もう、ヴェント様のことなんて、知らない!」
 サラは言うだけ言うと走り去ってしまった。ここから東の方角、村の中の方だ。しかしヴェントが見ているとそのままサラは家に帰らずにもっと奥へ走っていき、見えなくなった。ヴェントはまた肩をすくめた。よくわからない女だな。
 逃げ去ったとは言ってもいなくなってくれたことに代わりはない。ヴェントは別に追おうともせずに今度こそ旅立とうとした。
「きゃー」
 かん高い少女の悲鳴。サラが走っていった方角だ。やはり、サラか。
「ヴェント様、助けて!」
 助けを請われて無視するほどヴェントは非情ではない。愛用の大剣を握り、走り出した。
 場所はそう遠くなかった。ヴェントが走るとすぐにサラが見つかった。
 サラは五,六人の男たちに囲まれていた。必死に抵抗を試みているものの元の力が違う。男の一人がサラの細い手首を掴み、残り数人が馬車に連れ込もうとしていた。盗賊などの類ではなさそうだ。何故サラを狙う? 奴隷商人だろうか。サラは美少女だからあり得るだろう。しかし彼らの衣服から見てなかなかの高級品のようだ。ある程度身分があるだろう。これは調べてみる必要がある。
「待て」
 静かにヴェントは声をかけ、すっと男の一人の首元に剣を当てた。ヴェント的には手抜きだったが敵の男にとっては目にもとまらぬ速さだっただろう。
「!」
「死にたくなければ女を離せ。そいつは俺の連れだ」
「……ヴェント様……」
 うるうるした目でサラがヴェントを見つめていた。ヴェントはサラの手首を掴んでいる男の方を見てすっと目を細めた。
「う、煩い!」
 男は一歩退いた。剣を帯びている癖にサラに当てようとしていない。サラを傷つける気はないようだ。一体、何故。
「俺の強さがわからないとは哀れな奴」
 ヴェントは吐き捨てるようにつぶやいた。
 サラには残像しか見えなかった。目にもとまらぬ速さで剣が舞い、たったの数秒で敵を一人だけ残して切り裂いた。すごい。改めてそう思った。
「死にたいか?」
 首元に剣を当てるとヴェントは尋ねた。
 残された男は脇目もふらずに逃げ出した。こいつらの上には誰かがいる。しかしどうやら心までは支配できなかったようだ。南の方角に逃げたか。
 殺した男の持ち物を確認し、ヴェントははっとした。男は帝国の騎士勲章を持っていた。帝国の騎士がサラを襲った。これは……なら、まさか。では、サラは。もしかすると……。それなら納得がいく。サラの髪が珍しい銀色なのも、王族にしかあり得ない宝石色の瞳であることも。なら、これからも帝国に狙われる。
 ヴェントの心も知らずにサラはヴェントを見上げて宣言した。
「ヴェント様……。私、何があってもあなたに付いて行きますから」
「…………」
 ヴェントはどうするか、真剣に悩んでいた。そういえば今までだって盗賊以外のものも村を襲うことがあったと村人が言っていた。そのときサラを襲ったとは聞いていないがきっとそうに違いない。こんなしがない村を襲う理由など他に見あたらない。しかもサラは養女だという。なら、サラが帝国に襲われるのもわかる。このまま村に置いていくよりも自分の元に置いていた方が安全だろう。だが、この少女が村を捨てて自分に付いてきて幸せだろうか。いつ死ぬかもわからない旅。そんなものに連れ出して、後悔しないだろうか。自分のように。
 ヴェントはサラに何も答えずにようやく村を出ていった。どうするか決められぬまま。
 村から数キロメートルばかり離れたところでサラは前を行くヴェントに声をかけた。
「ヴェント様、私……」
 頼み込むような瞳。この少女はなんと言っても聞かぬだろう。それにまだ、真実を知らない方がいい。ヴィントはサラを見つめ返した。たぶん、後悔しないだろう。これから先、何があっても。
「……好きにしろ」
 これで良かったのだろうか。村の少女を死と隣り合わせの旅に連れて行くなんて。正しかったのだろうか。わからない、俺には。
「うん!」
 サラは嬉しそうに横に来てヴェントを見つめた。
 サラは何も知らない。何も知らないまま命を狙われている。俺が守るしかない、か。
「……足手まといにだけはなるなよ。……俺が守ってやるから」
 一番言いたくなかった台詞を言っている自分にヴェントは嫌悪を感じるか、と思っていたがそうでもなかった。実際に口に出してみるとどうも合っているような気がした。俺も変わったな、と苦笑せずにはいられない。
「わかりました! 私、ヴェント様のおそばを離れません!」
 面倒なことになったな、と思ったがこれも自分が選んだ道だ。それに、どうやら自分はこの連れを憎からずと思っているらしい。長かった一人旅もこれで終わったか。
「ヴェント様」
「何だ」
「大好き」
「…………」
 月は青白い光を二人に投げかけ黙って二人を見つめていた。星のない空は暗く、月光だけの足下は頼りなかった。まだ、夜は当分明けそうにない。
 深夜、村を出た旅人たちはこれからどこへ向かうのか。深夜の旅人が向かうのは希望の明日なのか、闇に飲まれた翌日なのか。まだ、誰も知らない。

第三章 漆黒の死神

 ライザ・ヴィディルは漆黒に一房灰色が混じった髪に涼やかな翡翠のような瞳を持つ美女だった。美女、とは言っても儚げな守ってやりたくなるようなものではない。むしろ芯の強さがにじみ出ているようだった。彼女は優秀な女剣士として国から国へと渡り歩いていた。受けた仕事は必ずこなし、狙った敵は確実に、斬る。冷酷なまでにあっさり人を死に追いやる彼女を人は「漆黒の死神」と呼んだ。
 ライザは久しぶりにキャルオス国に来ていた。キャルオス国は二,三年前まで戦が続いており、入ることがなかなか出来なかったのだ。キャルオス国は戦争大国として有名で数年前の戦では伝統ある小国ルティアを征服した。最後まで平和を守ろうとした国は現在キャルオス国の一部となったが戦争によって傷ついた人も、土地も修復するものがなく今や夜では誰かがすすり泣く声がすると言われ、誰も近寄らない廃墟と化していた。それとは違ってキャルオス国の中心地、首都ベルニアはたくさんの店が並び、豊かな人々の笑い声が響いていた。
 ライザは今十六歳だが、前にキャルオス国を訪れてから十年ほどがたっている。当時はまだ貧しく、みすぼらしかった民家も今では立派なものへと成り代わっている。
 ライザは次の仕事を求めて酒場に入った。
「酒はいらない。仕事を探しに来た」
 ライザは入って無造作に椅子へ腰掛けると早々ぶっきらぼうに用件を伝えた。
「今の世の中ねえ、女が仕事を受け持つことなんてこたぁなぁ。しかもこんなに若いとなるとそうそう仕事なんて……。うん? ま、まさかあんたは……」
 キャルオス国にしばらく来ていなくても噂は流れているらしい。漆黒の死神も随分有名になったな。
 ライザは無言のまま頷いた。それからすぐに聞く。
「で、仕事は?」
「あ、あぁ……」
 放心したようだった店主だがライザに促され仕事の書かれた本を開いた。
「ふうん。じゃあ、ここの護衛でいいや」
 報酬が高い、商人たちの護衛の欄をつまらなそうにライザは指さした。
「はい、そうですかい。では、手続きしますんで少々お待ちください」
 酒と煙草と人いきれのむっとする中待たされるのには大分慣れていたがそれでも辛いものがあった。自分は酒も煙草もしない。だが仕事上その臭いの中にいることが多い。慣れてもやはり苦手だった。
 すっと誰かがライザの背後に回った。一瞬赤毛が目にはいる。
「おっ? ひっさしぶり〜。ライザちゃ……」
 さっとライザは愛剣を背後に回ったものに当てた。
「バーン。『ちゃん』付けはやめろって何回言ったと思ってる?」
 バーン・デイズはライザの手加減された剣を軽く交わすと悪気もなさそうにへへへと笑った。バーンは赤毛で目は好奇心でよく動く栗色をしていた。
「だってぇライザは相変わらず可愛いからさ。どう、元気?」
 ライザとバーンは同じ傭兵としてたまたま何度か一緒に仕事をした間柄だった。お互い一人旅のことが多く、よく二人で様々なことを語り合ったものだ。専ら話すのはバーンの方だったが。
「そこそこだね。あんたは?」
「俺はめっちゃ元気! ライザこれから仕事? 俺は報酬受け取ったところ。この金があればしばらくは働かないで済むからな、しばらくはまた気ままに旅をするつもりだよ」
 バーンは趣味なのか金に余裕があるときは自由にいろいろな国を旅して回っていた。傭兵も本職ではなく金が足りなくなったときのバイトのようなものだった。普段の彼は旅人だ。
「良かったね。で、今度はどこに行くつもりだい?」
「バレンヌ帝国。あの国には美女が多いって聞いたからな」
「……女たらし」
「はは。事実だからな」
 ライザはバーンが嫌いではない。いつも楽しい話を持ち出すし、素晴らしい情報を与えてくれる。何より彼自身が陽気で明るい。彼を憎むなど到底出来ない。
「ところでさ、ライザ」
 バーンが周りの様子を伺いつつ声を潜めた。
「『レフィア』の新しい情報が手に入った」
「何だって?」
 ライザは願いを叶える石レフィアを求めていた。バーンはそれを知っていてこうやってたまに会うとその情報をくれたりするのだ。バーンは願いを叶えることに興味がないようだが趣味の一環として旅をしつつ情報を集めていた。
「あぁ。……太陽の国にそれにまつわるほこらがあるらしい。あとな、噂ではだけど、レフィアは太陽の光を集めたような宝石らしい」
「噂は噂だろ。まあいいさ。ほこら、ね。ヒントはないよりはある方がいいからね。ありがとよ。あたしは噂は信じないけどあんたの情報は信じることにしているからね」
 ライザがそう言うとバーンは照れくさそうに目をそらした。
「まことに光栄でございます、お姫様」
 照れ隠しで冗談めかして言った台詞だがライザを逆上させた。
「……死にたい?」
「まだ、いい……」
 ライザは本気のことが多いため怒らせない方が身のためだ。それをバーンは嫌と言うほど知っているが――――何度も死にかけたため――――つい冗談を言わずにはいられないのである。だから、毎回冷や汗を浮かべて大人しく拒否するのだ。
「また借りが出来たね。この借りは今度返すよ」
「そんなら今夜でも……」
「殴るよ」
 ライザの目は本気だった。
「いや、いいです……はい……」
 バーンは小さくなっていた。
「マスター。仕事変更。ベルザラ盗賊の討伐にするよ」
「はいよっ」
 ライザはさらりとおそらく「太陽の国」があるであろう東にある国を選んだ。
「さてね、今日は久しぶりに二人で飲むかい?」
 ライザは返答も聞かずに店主に弱い酒を頼んだ。バーンがあまり強くないためである。
「それもそうだな。では漆黒の死神ことライザがレフィアを手に入れることを祈って」
「紅の剣士バーンの旅の無事を祈って」
「乾杯」
「乾杯」
 二人の杯が涼しい音を立てた。汚れのない、ガラスのような透明な音を立てた。二人がそれぞれ歩む道に一点の曇りもないかのように。

第四章 ささやき 

――――好きです――――そう伝えられたならどれだけ良かっただろう。
 野倉 茉莉(のぐら まり)は今日何度目かのため息をつく。
 茉莉は羽瀬川 裕哉が好きだった。同級生の兄で優しく面倒見がいい人だった。いつ頃から恋愛感情が生まれたのかはわからない。昔はただそばにいられれば良かった。自分に優しく接してくれていたら純粋に喜べて。なのにいつ頃からかそれだけでは足りなくなっていた。もっとそばにいたい。もっと声を聞きたい。私のことを見て。あの子と話さないで。私だけを見つめて……。複雑に絡み合う気持ち。それが「恋」だと知るまでどれだけの時間が経っただろう。わかってからは余計に意識してしまってずっと一緒にいたいのにわざと冷たくしてしまったり緊張して全然話せなくなってしまってた。苦しかった。でも、裕哉のそばにいたかった。
 七月十四日――――茉莉の誕生日――――これが茉莉と裕哉が最後に話した日だった。
 誕生日プレゼントのことだった。裕哉は茉莉に可愛いクマのぬいぐるみをあげた。だが茉莉はもう中学二年生。「そんな子供っぽいものいらない」とたたき返してしまった。本当は嬉しかったのに。確かに子供っぽいかもしれないが裕哉がくれたものだから嬉しかった。寂しそうな表情を浮かべて「じゃあ、また明日」と裕哉は去っていった。茉莉は裕哉の目が見られないまま分かれた。
 後で聞いた話だが裕哉は妹に止められたが茉莉にプレゼントをもう一度渡すために家を飛び出したらしい。しかし、そこで彼は事故にあった。彼をひいたのは飲酒運転の乗用車だった。
 彼の葬式が死んだことを知り、葬式を終えてもう何ヶ月かたった。だが茉莉はあのときのこと、裕哉のことが忘れないまま辛い日々を過ごしていた。
――――あのとき誕生日プレゼントをもらっていれば――――
 そう後悔せずにはいられない。
――――「好きです」と伝えられたならどれだけ良かっただろう――――
 そう思わずにはいられない。もう一度裕哉に会いたかった。会って自分の素直な気持ちを言いたかった。
「裕哉……」
 茉莉はまた深いため息をつく。
「……裕哉に、会いたくはない?」
 どこからか少年のささやき声が聞こえた。周りを見渡した。誰もいない。茉莉は背中がぞくっとするのを感じた。
「誰!?」
 不思議な、直接心に響くような声。
「裕哉にもう一度会いたいだろう」
 茉莉は涙があふれ出しそうになるのを必死にこらえた。忘れようとしているのに。もう、あきらめなければならないのに。
「…………」
「裕哉を生き返らしたいだろう」
「無理だよ……」
 答えるつもりはなかったのだがついつぶやいてしまった。死んだ人が二度と生き返らないことなど誰でも知っている。
「出来る。レフィアを手に入れればいい。レフィアはどんな願いでも叶える石だ。それさえあればどんな望みですら叶う」
 それは甘美な誘惑で。だが、そんな出来すぎた話などあるはずがないと必死に言い聞かせる。
「あり得ない」
「だが、もう一度会いたいのだろう。なら行けばいい。レフィアを探す旅に」
「旅? 笑わせないでよ」
 笑うつもりだったが茉莉は笑えなかった。裕哉に会えるかもしれない。裕哉に会えるなら……。
「そんなわけ、ないのに……」
 いつの間にか目の前に暗い穴が出来ていた。先の見えない闇。たぶん、そこに行けばレフィアとかいう石を探すことになるのだろう。あり得ない。願いを叶えるだなんて……。
 だが、茉莉は目をそらせなかった。
――――裕哉に会える。裕哉に会いたい……!――――
 とうとうその感情に負けた。茉莉は深呼吸をして息を整えてから暗い空間へと足を踏み入れた。

第五章 過ちの末

 この目はお母さんの過ちの結果だよね。羽瀬川 未来(はせがわ みく)は鏡の中の自分を見つめていた。
 その瞳は茶色だった。どこにでもある色。だが、そこに映るものは他とは違う。人の、未来。
 今から十年くらい前だろうか。未来の母親が死んだ。周りの人は誰も本当の理由を知らない。でも、未来は知っている。母は異世界の鏡を盗んだ。何故なのかはわからない。でも、母は異世界から鏡を盗んだ。それもただの鏡ではない。未来を映し出す鏡だった。異世界があるなど未来は知らなかった。でも母は何故か知っていてある日急にいなくなった。いなくなって帰ってきたらその鏡を持っていた。吸い込まれそうな美しい輝き。でも、闇が奥に潜んでいるような気がして怖かった。母はやりとげた、とでも言うように笑っていた。
 母は未来が「その鏡はなあに?」と聞くと話した。異世界の魔法の鏡で未来を映し出すと。これさえあれば何でも出来ると誇らしげに語った。「怒られないの?」と聞いたが「大丈夫。ママだってばれてないから」そういってからもう寝なさい、と未来は無理矢理寝かしつけられた。本当はもっといろいろ聞きたかったのだがそれを許してはくれなかった。
 夜中。ギャーと悲鳴があがった。未来は足音を出来るだけたてないようにして悲鳴の方へ歩いていった。するとそこにいたのは怪物、だった。しかしそれを怪物と言っていいのだろうか。ライオンの頭を持ち、胴体は真っ白な馬、尾は蛇のようで足は熊のもののように毛深くてふとかった。未来は怖かったし、気味悪がったがそれは一種の威厳すら漂わせていた。
「ち、近寄らないで! けだもの!」
 母親は震えながら手を前に押し出していた。
「お前は罪を犯した。裁きを下さなければならない」
 未来はすぐに、鏡のことだとわかった。
「わ、私は悪くない。悪いのは……」
 子供だった未来も悪いのは自分の母親の方だとわかった。獣はうなりをあげる。起こっているようだ。別に態度に表れてはいないが何となくそんな雰囲気だ。びくんっと母が揺れた。
「言い訳は良い。死して償え」
 その瞬間未来は目をそらした。何が起こるのか大体想像が出来たのだ。
「死んだか。だが、ミレの鏡を盗んだ罪。そう簡単になくなりはしない。ミレの鏡を盗んだものの一族は皆、処刑だからな」
 未来は暗闇で一人、震えていた。
「だが、ここの世界とは法律が違うからな。さて、どうしたものか」
 お兄ちゃんを起こしてこないと……。そう思って未来が部屋に戻ろうとしたとき何かぬるっとしたものにつまづいて転んだ。恐怖で動けない。やっとのことで動いて気がついた。――――血――――近くにあった死体でわかった。父親の血だ。パパも殺されたんだ。恐怖で顔が引きつる。動けない。怖い。助けて。誰か。
「子供か。まだ幼いな」
 未来は何も言えずに震えていた。
「法で十六歳以上の子供の殺生は禁じられているからな。本来ならそれまで投獄し、成長したところで処刑だが、ここは世界が違うしな」
 獣は考えるようなそぶりをした。
「ふむ。このものに息子や娘がいるという証拠はまだないし……。よし、見逃そう」
 未来はほっとした。良かった。父や母のことを考えるとそう良い状況でもないがまだ死にたくない。
「息子の方は十六歳になったら殺そう。だが、この娘は……」
 獣はじっと未来を見つめた。目をそらせない。
「これで生かしてやるか」
 ばっとあの鏡が光を放った。
「未来と過去の力、うまく使うか否か楽しみなところだな」
 遠くで獣の声が聞こえたような気がした。
 翌日、父と母は交通事故で死んだ、と知らされた。本当は殺されたことを未来は知っている。だが、言ったところで誰も信じない。居間は綺麗に整っており、血も、毛もない。第一死体が交差点で発見されたのだから信じるはずもない。
 獣が言った言葉はすぐにわかった。
 警察が来た。未来はその人を見た瞬間に彼が通り魔にさされて死ぬのが見えた。怖くなって何も言えなくなった未来を周りの人は両親の死を悼んでいるだろうと思って見ていたようだった。未来はその日の夜、布団の中で声を殺して泣いた。何が何だかわからない。助けて……。誰か……。
 その次の日だった。その警察が通り魔にさされて死んだと聞いたのは。警察が殺されたと聞いて住民は恐れたが未来はそれが見えたことをもっと恐れた。あの獣が言った言葉が何となくわかる。
 それから誰かの姿を見ると決まってその人の一番通り未来、つまりは「死」の瞬間が見える。見ようと思えばその人の未来も過去も自在に見えた。
 未来は鏡から目をそらした。そう、これは母の罪の証。一生背負って行かなくてはならないもの。
 兄が死んだ。未来は見えていた。兄が車にひかれるのを。この前十六になった兄はきっとあの獣に仕組まれて殺されるのだろう。未来はわかっていたから止めた。だが止めきれなかった。見えたとおりに兄は死んだ。私は、一人。
 もう一度鏡の中の自分を見つめた。鏡の中の自分に希望が見えればいいと思って。
 半ばあきらめていた。だが、見えた。希望の光が。
 レフィア。願いを叶える石。これを手に入れればいい。これさえあればこの罪を消すことが出来る。自由になれる!
 未来は走り出した。ある場所へ。そこには予想していたとおり、自転車があって、そこで待っていると空高くから少年が落ちてきた。

第六章 転落人生?

「あ、やばい」
 僕はつぶやいたがもう遅かった。
 僕はとある理由により願いを叶えるという石、レフィアを探していた。理由はまだ秘密。それで神雷山という山に登ったのだ。でもね、その頂上付近で足を滑らせてしまった。眠いのと疲れているのとでぼろぼろになっている体に鞭打っていた結果だったみたいだね。
「あ、やばい」
 このまま落ちたら死ぬのかな。痛いかな。でもやっぱり即死かな。ま、まだ死ぬ気ないけどね。
 僕はすぐにある呪を唱えようとしたのだけど頭に強烈な痛みが走って唱えられなくなった。
「あ、まじにやばいかも」
 僕は真っ逆さまに落ちていった。でも、何だか風景が違う。雲の上の上から落ちてきていたはずが地上から四,五メートルくらいの上空。落ちたら痛いかもしれないが、死にはしないだろう。
 痛い。でも、生きてる。
「…………」
 女の子がいた。腰まで伸びた長い黒髪、綺麗な茶色の目、真っ赤で潤んだ唇。なかなか綺麗な子じゃないか。
 シグはよっと立ち上がった。少しよろけるが大丈夫。それにしてもこの子、変な服を着ているなあ。あ、そうか。これはセーラー服か。ということはあの世界。一人で納得して少女に話しかけた。
「やあ僕シグ。よろしくね」
 少女は瞬きもしなかった。あ、忘れてた。空から落ちてくるってこっちの世界では変だよね。あっちでは普通だけど。
「ええっとぉ、怪しいものじゃないよ?」
 少女は相変わらず無言で身じろぎすらしない。僕は何だか不安になってきた。怪しいものじゃないって怪しかったかな?
「どうして空から落ちてきたのか僕にもわからないんだ。あはは……」
 それは事実。だが少女は静止したままだ。大丈夫なのか、この子。
「連れてって」
 少女は口を開くと僕を見つめて言った。
「は?」
 状況のつかめないシグは思わず間の抜けた声を出してしまった。何を言っているのだろう。
「異世界から来たんでしょ? 早くそっちに連れてって」
 僕は目をぱちくりさせた。
「な、何? どういうこと? 僕、全然わかんない」
 少女は僕をじっと見据えていた。
「いいから。早く翼広げて飛んでよ。空越えたら異世界に通じてるから。早くして」
 変な子だな。とか思いつつも「変身」する。すると僕は可愛らしい男の子の姿から大きな鷲になる。大きな鷲に少女は何の断りもなくちょこんと座った。変身して大きな僕には軽いけど、何か声をかけてくれたっていいじゃないか。
「早く行ってよ。私はレフィアが欲しいの」
 何でこの子がそれをしっているのだろう。だけど、目が怖い。後ろに乗られているわけだから僕にはその子が見えるはずないって? 僕の目は二つだと思ってる? 僕の目は背中にもあるからね。見えるんだよ。とりあえず聞いたら怖そうだからやめた。
「君、名前は? 僕はシグだけど」
「……羽瀬川 未来」
 少女はにこりともせずに答えた。羽瀬川 未来。どこかで聞いたことがある名前。どこかで見たことがあるような顔。どこだったっけ。まあ、いいか。
「ミク? よろしくね」
「…………」
 無愛想な子だなあとか思いつつ僕は空高くまで飛ぶ。この先へ行けば本当に戻れるのだろうか。だが信じるしかないかな。他に方法は思いつかないし。
 ぼけーっとした顔で僕たちを見つめる地上の人々。大丈夫かな。ま、いいか。
 僕は飛ぶ。大空へ。空高く、レフィアを手に入れるために。

第七章 

「落ち着かなきゃ」
 亜弓は先ほどから何度も同じことをつぶやいていた。
 図書館に行き、扉があったのは覚えている。だが、その先は? それからどうなったのか、何故ここにいるのかはまるでわからない。どこまでも続きそうな風そよぐ草原、目が痛いくらいきれいな青空。こんなところに見覚えはない。
「これ、夢だよね! あり得ないもんね!」
 答える人などいない。だが、言葉に出さずにはいられなかった。夢だと信じられればどれだけ楽だろう。しかし冷たい空気も鮮明な色合いも、鼻をくすぐる何かの甘い香りも偽物には思えなかった。
 ここ、どこなんだろう。亜弓は辺りをもう一度見渡した。

「ねえねえ未来ちゃん。どこ行くの?」
 レフィアがあると言われている世界「トワイライト」に降り立った後、無言で歩き続ける未来にシグは話しかけた。
「レフィアを探すから。もう好きにしていいよ」
 振り返りもせずに答えた。そのまま足早に去っていこうとする未来だったがシグは少年の姿で肩を掴み、止めた。
「ちょ、待ってよ。僕だってレフィア探してるんだから。一緒に行こうよ。その方が絶対に効率的だって」
「いらない。じゃあね」
「待ってったら」
 未来は冷たい態度をとり、追い払おうとしたがシグは変わらず後ろから付いてくる。その後も辛抱強く、説得を試みたが未来はいっこうに頷く気配を見せなかった。
「私を放っておいてよ。絶対酷い目に遭うから」
「酷い目って何さ」
 未来は急に立ち止まった。後ろにずっと同じ速度で付いてきていたシグは危うく転ぶところだった。
「何年か後の霜月。虹色。涙の跡。敵討ち。時。鏡。復讐。暗い部屋で二人きり。あなたは眠っている。少女は何らかの理由であなたに恨みがあり、復讐する。前の単語はキーワード。これがあなたの死ぬときの状況。わかった?」
「…………」
 未来はそう告げると何事もなかったかのように歩き出した。無言でシグも付いていく。
「……それでもいいよ。僕はね、わかるから」
 シグの言う意味が未来にはわからなかった。だが、今まで相手の死を告げると誰もが未来から離れていった。それなのにこの少年はそれでもいいと言った。未来は無表情だったが内心はひどく動揺していた。
 人恋しかったのかもしれない。両親を失ってから、未来が見える目を持ってからたくさんのものを失ってきた。友達なんていらない。そう思っていたつもりだがただの強がりだったのかもしれない。
 今だけでもいい。信じてみようと思った。
「好きにすれば?」
 これが精一杯だった。まだ、怖い。心を開くのが。
 ガルルルル……。
「…………」
 亜弓はじりじりと後退していた。目の前には飢えた狼らしきもの。血走った目をこちらに向けてうなり声をあげている。狼と自分との間は二,三メートルほどだろうか。一匹だけとはいえ、普通に中学生活を歩んでいた亜弓には逃げるすべも立ち向かうすべもない。
(私、このまま死んじゃうのかな……。まだ、死にたくなんかないよ)
 亜弓は怖くて、怖くてただ少しずつ後ろに下がることしかできなかった。
 一歩、一歩。この草原を抜けられたらどうにかなるかもしれない。どこまで行けば草原を抜けるかはわからない。だが、このまま黙っているよりはましなはず。亜弓と狼はにらみ合いを続けていた。
(あっ……)
 だが、不毛かと思われた戦いはすぐに終わった。亜弓が転んでしまったのだ。狼を睨み続け、後ろに気を配る余裕がなかったためだろう。後ろに向かって倒れ込む。その瞬間毛深いものが亜弓の真上に降りる。亜弓はぎゅっと目を閉じた。
 しかし、それと同じくらいに何かがキラリと輝いた。それは、金属のようだった。冷たい照り返しがちらりと見えた。
「我が血の契約により炎よ燃え立て」
 男性にしてはやや高く、落ち着いた声が聞こえた。呪文か何かなのだろうか。誰か助けてきてくれたのは察しが付いたのでそっと目を開けると狼が青い炎に包まれきゃんきゃん犬のように怯えながら去っていくのが見えた。。
「女、立てるか」
「あ、大丈夫です。有り難うございます……」
 亜弓は立ち上がってぺこりと頭を下げた。だが、先ほどまでの緊張のせいだろうか。くらっとめまいがして足下がふらついてしまった。
「おい、本当に大丈夫だろうな」
 そう言いながら男性が倒れそうになった亜弓をしっかり支えてくれた。近い。亜弓は何となく胸がどきどきするのを感じた。頬が熱く火照る。自分を心配そうに見つめる瞳が見返せなかった。亜弓は目をそらすと自分の足でしっかりと立った。
「平気です」
「なら、いいがな」
「ヴェント様ぁ何で助けたんですか? こんなの、助けたって無意味じゃないですか。魔力の無駄ですよ。ガウの生息地に勝手に踏み込んだから自業自得でしょう? 見殺しにしても良かったじゃないですか」
 声のした方を見ると月光を閉じこめたような銀髪に、鮮やかな蒼い瞳を持った美少女がいた。頬は薔薇色に染まり、不満げにヴェント、と読んだ青年を見上げている。亜弓はこんなに美しい少女を見たことがなかった。学校で美人だと噂される人もこの少女の前では色あせてしまう。服こそ質素で目立たないが遠くからでも目を引きそうだった。
 一方のヴェントも闇色をした髪が大人びた雰囲気を醸しだし、憂いを帯びたアメジストが美しい。顔立ちも整っている。こちらもまた、美青年のようだ。
 それに比べたら私ってごく普通よね。亜弓は思った。この二人のそばにいると私って惨めに思える。
 亜弓はそう考えながらもヴェントの顔から目が離せなかった。整った眉、綺麗な瞳、柔らかそうな唇。見ているだけなのに心が安らぐ。
「俺の顔に何かついているか?」
「い、いえ……。別に………」
 アメジストの瞳に見つめられ亜弓はどぎまぎしながら目をそらした。
「サラ、通り道だったんだから仕方ないだろう」
 どうやら美少女の名前はサラ、というらしい。
「通り道じゃない癖に。誰かのオーラを感じる。ガウに襲われているようだな。助けた方がいいだろう。って言ったのは誰ですか? 私は嫌だったのに」
 私を助けるために? 亜弓は胸が高鳴っていた。
「それはいいから。女、名前は?」
「全然良くありませ〜ん」
 サラが抗議するのを無視してヴェントが尋ねた。
「亜弓。神谷 亜弓です」
「変わった名だな。まさか、異世界の者か」
 亜弓は考えてみた。ここが亜弓にとっての異世界なら、ここの人にとっては亜弓は異世界の人間なのだろう。
「たぶん、そうだと思います」
 少し考えてから亜弓は答えた。
「そうか。なら話は別だな。着いてこい。町まで連れてってやる」
 ヴェントはそう言い出すとさっさと歩き出した。結構早い。亜弓が小走りにならないとすぐに置いてかれてしまう。しかしサラはそれに慣れているらしく、ヴェントの隣を普通に歩いている。
「え〜ヴェント様嫌です。何であんな餓鬼を連れてくんですか」
「異世界から来た何も知らない者を置き去りには出来ないだろう。デューラの町までだ。そのくらい我慢しろよ」
「でも……」
 サラは不満げに頬をふくらませたがすぐにぷいっと横を向いてしまった。
「……わかりました」
 そう言うとサラはくるっと後ろを向いて亜弓に話しかけた。
「いい? ヴェント様は私のなの! あんたになんか絶対、絶対あげないんだから」
「おいおいサラ……」
 ヴェントが呆れながらたしなめているがサラは本気のように見えた。私がヴェントのこと好きだとでも思ってるのかな。亜弓は心の中で苦笑したが、ヴェントに見つめられたときの胸の高鳴りを忘れていなかった。この気持ちはナンナのだろう。自分自身でもまだわからなかった。
 サラはまた前を向くと楽しそうにヴェントと話し出した。ヴェントはほとんど何も喋らないでサラの話に耳を傾けている。その最中も二人のペースは崩れない。
 亜弓は精一杯追いつこうと必死に早歩きを続けた。

2006/12/23(Sat)11:07:00 公開 / りぃ
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■作者からのメッセージ
初めての方は初めまして。お目にかかったことがある方はこんにちは、りぃです。
元々ファンタジー好きなのでいつかは書いてみたいと思っていました。もう一つの小説「そのままの君で」もありますし更新は遅いのですが見守ってくだされば嬉しいです。まだまだ始まったばかりなのですが少しずつ推敲を重ね、小説を綴っていきたいと思っています。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。