『ショウちゃんとハク君』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:碧                

     あらすじ・作品紹介
何歳になっても五歳のままのショウちゃん。彼の唯一の友達は、冷酷な父親が拾ってきた、子猫のハク。彼はハクを愛するあまり……。

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「ショウちゃん、大きくなったら何になりたい? 」 
 「ニンゲン! 」
 ショウちゃんは、大きな瞳を輝かせて、いつもそう答える。五歳のときからそう言い続けている。小学校の六年生になった今でも、答えは相変わらず「ニンゲン」のままだ。
 「あいつはニンゲンなんかになれねぇよ」
 ガンちゃんは、吐いて捨てるように言う。
 「あの顔見るだけでムカムカするんだよ、ババア、どっか捨てて来いよ」
 ショウちゃんは、ガンちゃんを恐れている。すぐに殴るし、大きな声で怒鳴るからだ。ショウちゃんには、ガンちゃんが怒っている理由がよく分からなかった。
 ショウちゃんが小学校1年生くらいの頃、冷蔵庫から出したイチゴジャムを使って、壁に絵を描いた。真っ赤な船が、真っ白な空を飛んでいるところを描いたのに、ガンちゃんは、何も言わずにショウちゃんを壁にたたきつけた。ピアニカのホースで、牛乳を飲んでいたときも、横っ面を張り倒された。牛乳が、床に飛び散った。
 トイレから出た後、パンツとズボンをすぐに履かなかった、それけでも、ガンちゃんを怒らせた。そのまま遊びに行こうと玄関のドアを開けて、ガンちゃんと鉢合わせしたのだった。ついでにその時は、靴も履いていなかった。
 とにかく、ガンちゃんが気に入らないことをすれば、怒られる。それだけはショウちゃんにも分かっていた。
 だから、ショウちゃんはガンちゃんの前では、石になることにした。何も話さない。動かない。ガンちゃんに命令されたことだけをする。そうしていれば、あまり殴られずに済むからだ。 
 たまに、ガンちゃんが喜ぶことがあった。
 「おいバカ、てめぇのババアを呼んでこい! 」
 そう言われて、ミカさんを呼んで来るときがそうだった。
「おい、こいつ、そんなにバカじゃねぇぞ、ババアが誰かは、分かるらしいからな」
 ガンちゃんはそう言って、何がおかしいのか、上機嫌で笑うのだ。
 ミカさんは、悲しげな顔でショウちゃんを見る。五歳のまま、自分より大きくなってしまった息子が、無抵抗に夫に殴られているときも、自分がガンちゃんに殴られているときも、やっぱり同じ目をしていた。ミカさんの表情は、いつからかずっと固まったようにそのままだった。

「翔太、ママと一緒に、遠いところにいこうか? 」
 ミカさんは、まだショウちゃんが小さかったころ、細い両腕で彼の体を抱き締めながら、時々そう言った。
 ショウちゃんは、やっぱり大きな瞳を輝かせて、
 「うん! いっしょ、いく! 」
 いつもそう答えた。
 その言葉を聞くと、ミカさんは肩を震わせて泣いた。
 「やさしいね、翔太は」
 けれども、結局、ショウちゃんとミカさんは、遠いところに行かなかった。

 ある日、一人っ子だったショウちゃんに弟ができた。薄汚れた小さな男の子を、ガンちゃんが道端で拾ってきたのだ。名前は、ハク。
 ハク君は、ショウちゃんにすぐに懐いた。まるで兄弟のように、いつも体をくっつけて、内緒話をしては笑いあった。二人は言葉を話すことが上手ではなかったけれど、気持ちだけは通じ合っていた。
 ガンちゃんは、それが気に入らなかった。ハクは、自分に一番懐くべきだと思っていたのだ。
 「誰に拾ってもらったと思ってんだよ、バカに懐きやがって! ハク! てめぇなんか、殺してやるよ! 」
 ハク君は、助けを求めるように、ショウちゃんの顔を見た。
 ショウちゃんは、真っ青になった。
 (ハク君、殺される……)
 ショウちゃんは、ハク君の小さな体を抱いて、ガンちゃんに見つからないところに隠そうと、狭い家のなかをウロウロと歩き回った。そして押入れの中の衣装ケースのなかにハク君を隠すと、助けを求めるように鳴くその声に耳をふさぎながら、押入れをそっと閉めてしまった。
 
 「おい、ババア、ハクがいねぇぞ? 」
 異変に最初に気づいたのは、ガンちゃんだった。ミカさんが、慌てて家中を探した。
 押入れの衣装ケースの中で、ぐったりしている子猫のハクを見つけて、ミカさんが悲鳴を上げた。

「ハクを殺したのは、てめぇだぞ、翔太」
 ガンちゃんは、この時はショウちゃんを殴らなかった。その声は、いつもと違って、静かだった。
「ハク君はね、遠いところにいっちゃったのよ」
 ミカさんが、そっとショウちゃんの背中をなでた。
 
 「あいつ、今度は人をヤるぞ」
 子猫を弔った後、ガンちゃんがいつになく真面目な声でミカさんに言ったのを、ショウちゃんは知らない。
 「翔太は、優しい子よ……」
 ミカさんはその時、珍しくガンちゃんに逆らうようなことを言った。
 「優しいとかそうじゃないとか言ってられねぇだろ。あいつには、やっていいことと悪いことの区別がつかねぇ、って話だよ。体ばっかりでかくなりやがって」
 
「大きくなったら、何になりたい」
そう聞かれるたび、ショウちゃんは、大きな目を輝かせて答える。
「ニンゲン! 」
 ショウちゃんは、五歳の心のままで、二十歳になっていた。
 新しくショウちゃんの家になった場所に、ガンちゃんはいなかった。ミカさんもいなかった。
 たまにミカさんが、ショウちゃんに会いに来る。ガンちゃんは一度も来たことがない。
 ハク君は、遠い所にいってしまったけれど、ここにはハク君に似た友達がたくさんいて、皆で仲良く暮らしている。
 ショウちゃんの一番の友達は、尻尾なんてないのに、自分の尻尾を追いかけて、一日中ぐるぐる回っているリク君。それから、彼がほのかな恋心を寄せているのは、窓の所に座って、一日中外を眺めて幸せそうな顔をしている、言葉を持たないメイちゃんだった。
 
 ガンちゃんに怯えなくて済むようになってから、ショウちゃんはふと気がついた。
 そうだ、あの時、ハク君を隠さなくても、ガンちゃんをどうにかすれば良かったんだ……、と。
 

2006/10/16(Mon)16:08:19 公開 /
■この作品の著作権は碧さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでくださった方にお礼を申し上げます。

子どもって、時々とんでもないことをしますよね。その無知な優しさは、時として残酷です。
金魚にえさをあげようとして、一袋全部水槽につっこんで全滅させたり。
寒い冬には温かい水の方がいいだろうと、亀をお湯の中にいれてみたり。
そこから思いついた短い話です。
ハッピーエンドにしたかったのですが、これが精一杯でした。

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