『ハッピースカッシュ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:碧                

     あらすじ・作品紹介
 もしもあなたが自分の家の冷蔵庫に、買った覚えのない「ハッピースカッシュ」を見つけたら。 それはあなたが、誰かにちょっぴり……妬まれている証拠、なのかもしれません――。

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 昨日の晩、飲みすぎたらしい。喉の渇きで目が覚める。時計は真夜中午前2時を指している。冷蔵庫を開ける。灯りをつけなくても、冷蔵庫の場所は分かっている。
 ワンルームマンションの狭い部屋。あるのは、ベッドと冷蔵庫、テレビぐらいのもの。
 小さな冷蔵庫の中に、買った覚えのないジュースの缶を見つけた。友人の誰かが置いていったのだろうか。

「ハッピースカッシュ」
 冷蔵庫の灯りで、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。炭酸飲料のようだ。丁度いい。喉が渇いて仕方がない。冷蔵庫の扉を閉めると、また暗闇が戻った。
 缶を開け、中身をごくごくと飲み干していく。
 次第に暗い部屋に目が慣れてくる。
 なんだか、ちょっぴり楽しい気持ちになって、俺はまた、布団にもぐりこんだ。

 喉の渇きで目が覚めた。時計は真夜中の午前2時を指している。冷蔵庫を開ける。灯りをつけなくても、冷蔵庫の場所は分かっている。確か、さっきも喉が渇いて起きたはずだ。テーブルの上に、空き缶がひとつ。夢ではない。とにかく、さっきよりも喉が渇いていた。

「ハッピースカッシュ」
冷蔵庫の中の灯りで、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。もう一度読む。缶は、二本並んでそこにあった。
 ああ、丁度いい。まだあったなんて、これはラッキーだ。缶を開け、中身をごくごくと飲み干していく。ためらうことなく二本目も空けた。
 なんだか、とっても楽しい気持ちになって、また布団にもぐりこんだ。

 何度目なのか分からない喉の渇きで目が覚める。時計はまだ、真夜中の午前2時を指している。
冷蔵庫を開けると、ハッピースカッシュがぎっしり詰まっている。部屋中が、ピンクの空き缶で一杯になっている。

「ハッピースカッシュ」
 部屋の明かりをつけて、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。何度も読む。
 ああ、なんて楽しいのだろう。こんなに楽しい気持ちになったことなんて、今まで一度でもあっただろうか。
 飲んでも飲んでも、少しも満たされない。
 喉の渇きは、ますます激しくなる。
 だから、また飲む。飲めば飲むほど、美味しくなる。
 そして、もっともっともっと、飲みたくなる。
 気が付くと、俺は裸でハッピースカッシュの海に浮かんでいた。ピンク色の炭酸飲料。たくさんの泡。ぷかぷかと浮かぶ、空き缶と一緒に、俺は漂う。一緒に浮かんで漂い続ける。
ああ、なんて幸せ。これこそが、幸せ。きっと、たぶん、そうに違いない。

 どこからか、強大なハッピースカッシュの空き缶が、流れてきた。
 巨大なピンク色の缶の、巨大な赤い英字を読んだ。
「ハッピースカッシュ」
 その下に、ピンクの缶に、ピンクの文字で、分かりにくい注意書きがあった。

『この商品は、飲みすぎると幻覚幻聴などが起こったりします。中毒性がありますので、飲みすぎにはご覚悟下さい』

 ああ、なんて幸せなんだろう。そうか、昨日の晩、同期の奴らが集まって、俺の昇進祝いをしてくれたんだったな。みんな、おめでとうなんて笑顔で言ってくれて、俺は「ありがとう」なんて言っていた。

 あいつらの心の冷蔵庫には、俺に飲ませたいハッピースカッシュが詰まっていた、ってわけか。
 ありがとう。俺は幸せだよ。みんなよりちょっと先に出世して、ちょっと余計に妬まれて、ハッピースカッシュの海で溺れる。
 ここはいいぞー、楽しいぞー。一緒に来いよー。快楽の海で楽しく溺れようぜ。あはははははは。

 目覚ましの音で目が覚める。時計は6時を指している。ああ、変な夢を見ちまった。「ハッピースカッシュ」だってさ。
 昨夜はちょっと飲みすぎたらしい。同期の中で一人だけ、昇進決めた奴の祝いに駆けつけたんだ。いいよな、仕事ができる奴はさ。しかも、もうすぐ綺麗な彼女と結婚するんだってさ。俺なんて彼女どころか、デートさえも未経験だよ。あははははははは、はっ、はっ、はー。
 一人きりの部屋で自分を笑うと、最後には必ずため息に変わる。
 喉が渇いている。冷蔵庫の扉を開ける。冷蔵庫の中に、買った覚えのないジュースの缶を見つけた。嫌というほど見覚えのある、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。

「ハッピースカッシュ」

 さぁ、どうする、俺。もう一度、ちょっと幸せになってみようか。
 それとも、俺より幸せそうな、アイツに飲ませてやろうか?

 俺はゆっくりと手を伸ばして、ピンク色の缶を、掴んだ。
 冷蔵庫の扉を閉める。
 さぁ、どうする?
 俺。
 

2006/10/03(Tue)13:20:38 公開 /
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