『湖畔にて』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:時貞                

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 一足先に秋を感じさせる、頬にさらりとやさしい風が吹いておりました。
 太陽光をきらきらと反射させる淡いブルーの水面に、一枚の木の葉がはらりと落ちていきます。
「――ぼ、僕が……ガン……だって?」
 父さんと母さんは僕に衝撃的な言葉を告げると、それきり俯いてしまいました。
 母さんの目には薄っすらと涙が浮かんでおります。僕はそんな父さんと母さんの様子を見て、自分がガンだということ以上に、なんとも言いがたい悲しみを感じるのでした。
 なんとなく、自分自身でも気付いていたのです。父さんたちの言葉は確かに衝撃的でしたが、僕自身、ある程度の覚悟はすでに出来ておりました。
「今まで黙っててすまなかった。もっと早く言うつもりでいたんだが、でも、父さんも母さんもお前の顔を見ると、ついつい言い出しにくくなってしまったんだ」
「ううう……ごめんなさい。今まで隠してて。……母さんを許して」
 父さん、なんでそんな苦しそうな顔をしているの? 
 母さん、なんでそんなに謝るの? 
 そんなのいつもの父さんや母さんらしくないよ。僕は……僕は……。
 父さんは真剣な面差しで僕の目をじっと見つめていましたが、やがて、意を決したようにこう切り出しました。
「それとな、この際思い切って言ってしまうが、お前がガンだということで――」
「父さん、もうそれ以上言わなくてもいいよ。わかってるから」
 僕は父さんの言葉を途中でさえぎりました。父さんは驚いた顔で、母さんに素早く目配せをします。僕はゆっくりと首を振って、
「母さんから聞いたんじゃないよ。……僕だって、薄々気付いてたさ」
 そう言って笑顔をつくってみせました。
「気付いてて、わざと自分からは言い出さなかったんだ。父さんと母さんが、僕の本当の両親じゃないってこと。……でも、父さんは父さん。母さんは母さんだろ? 血が繋がってようがなかろうが、そんなの関係ないよ。父さん。母さん。僕にとっての両親は、あなたたち以外にはいないんだからッ」
 僕の言葉は、途中から涙声に変わってしまいました。こみ上げてきた思いを抑えきれず、しばらく嗚咽が続きます。母さんも僕と同じように、嗚咽を洩らしていました。
 サーっと一陣の風が吹いてきて、静かだった水面に小さな波をつくっています。
「そうだな。お前の言うとおりだ。私たちは、誰が何と言おうとお前の父さんと母さんだ」
 父さんは力強く頷きます。
「そうだよ、当たり前じゃないか」
 母さんがそっと僕に近づき、優しい眼差しで見つめながら言いました。
「そうね。あなたと父さんの言うとおりだわ。私たちは誰になんと言われようと、固い絆で結ばれた家族なんだものね」

 そうだよ。
 父さん。
 母さん。
 たとえ、僕がガンだって……。
 これからも僕たちはずっと家族なんだ……。
 ずっと、ずっと……。

「強く、なったな」
 父さんは、静かながらも力のこもった声で僕にそう言いました。
「うん。父さんと母さんの子だからね」
 陽がゆっくりと西に傾いていきます。先ほどまではとても心地よかった風も、少しずつ冷たさを感じさせるようになってきました。
「……父さん。……母さん」
 僕は真正面に向き直り、そう声を掛けました。父さんと母さんは黙したまま、真っ直ぐに僕の双眸を見つめます。
「僕は、大丈夫だから!」
 力強くそう言うと、母さんはまた嗚咽を洩らしはじめてしまいました。父さんもグっと涙を堪えているようでしたが、やがて力強く何度も何度も頷くのでした。
「本当に、強くなったもんだ。さすがは父さんの子だ」
「違うわ。母さんの子よ」
 母さんは泣きながら笑います。僕もつられて、思わず目頭が熱くなってきてしまいました。辺りはそろそろ、夕焼けに赤く染まりはじめています。
「それじゃあ、そろそろ行くか」
 父さんが笑顔をつくって、僕と母さんにそう声を掛けました。
「うん、行こうか」
「そうね。そろそろ行きましょう」
 僕たちは、三羽揃って真っ赤に染まる夕焼け空へと飛び立っていきました。


       *   *   *


「あー、お父さん見て見てー! 大きな鳥さんたちがお空に飛んでいくよぉー!」
 少女はコテージから身を乗り出すようにして、夕焼けに赤く染まる空を指差した。新聞を読んでいた父親が椅子から立ち上がり、少女のもとへと歩み寄っていく。
「んー、どれどれ? ……ああ、本当だね! 大きな鳥さんたちが、三羽で仲良く飛んでいくよ。二羽は白鳥で……あれ? 残りの一羽は何で鴈(がん)なんだろう――?」
 父親が呟く傍らで、少女は飛び去っていく三羽の家族の姿をいつまでも眺めていた。



       ――了――

2006/09/08(Fri)10:12:36 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
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