『ヌッシー』 ... ジャンル:童話 未分類
作者:黒井あか                

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 お話を始める前に一つだけご注意を。これからお話しますのは現代のお話でございます。決して遠い過去の物語ではございません。このような喋り方で勘違いをされる方もいるかと思いますので先に記述させていただきます。では失礼いたしました。
「おい、太郎」
「何、次郎兄さん?」
 ここにおりますのは兄次郎、弟太郎の兄弟でございます。さて、感のいい方は「なんだおかしいじゃないか」と早速不満の声を上げるのではないでしょうか。何故、兄が「次郎」で弟が「太郎」なのか? しかしこれは至極簡単なことで、兄次郎の父親と弟太郎の父親が異なるのでございます。つまり義兄弟。次郎には元々太郎という兄がいましたが元の父親に引き取られ自分は母親について来たという具合でございます。(ちなみに弟太郎は一人っ子でございます)
 さてこの兄弟、一見仲が良さそうに見えますが実際は連れ子である兄次郎は裏で弟太郎のことを妬ましく思っております。ですがそれは連れ子の身、堂々と表には見せられません。しかしそんな次郎もついに我慢の限界を迎えてしまったのでございます。今日はひとつ太郎を虐めてやろうと思い悪知恵を働かせて町外れの大きな沼へと連れてきた次第でございます。
 兄次郎、沼の真ん中の辺りを指して言います。
「見ろ太郎、この沼にはヌッシーと言う怪物がいるんだ」
「ええ! ほんとう、兄さん!?」
 太郎はまだ年端もいかぬ子供であり、根っからの正直者であります。いくら次郎が素っ頓狂な事を言っても素直に信じてしまいます。尚更、辺りは底が見えぬ程の深い沼。大人だって気持ちが悪いくらいです。
「それは凄い!」
「え? ああ、だろ? しかもヌッシーは明後日の昼に顔を出すらしい」
「凄い! じゃあ明後日もここへこようよ!」
「それがな、兄さんは用があってこれないんだ。お前は友達でも誘って行きな」
 そうですこの兄次郎、弟太郎に嘘を教えて恥をかかそうとしているのでございます。しかし、何も知らない太郎は楽しそうに言います。
「そんな凄いこと他の皆にも見せてあげないと! 誘いに行ってくる!」
「え? いや、あ、あまり人は誘わない方がいいんじゃないかな……」
 次郎の話しを最後まで聞かぬうちに太郎は飛ぶように走って行ってしまいました。
「んーまぁいいか、たっぷり恥をかけばいいさ、ハハハッ」
 次の日、早速太郎は学校で友達にヌッシーの事を話しました。日頃から嘘をつかない太郎を友達はすぐに信じてくれました。
「本当に!? 見にいくよ!」
「私もいくよー!」
 太郎は次に是非先生にも見てもらおうと思い誘ってみることにしました。初めは困ったような顔をしていた先生も、子どもがせっかく誘ってくれているのだからと嬉しそうに了承してくれました。そうして一日かけて次々と太郎は人を誘っていきました。
 一方兄次郎はというと、高校生だというのに学校にも行かずただ例の沼の横にある公園でぼーとしていました。
 すると、何やら数人の人だかりができているではありませんか、何もすることがないので行ってみることにしました。
「よー何やってんだよ、俺も混ぜてくれよ」
「おう、坊主聞いてくれ! それが、さっき沼の底で黒い大きなものが動いたんだよ。これは何かがいるんじゃないか!?」
「はぁ? 何言ってんだおっさん、頭大丈夫か?」
 次郎は不機嫌に顔を歪め、まったくそれじゃあヌッシーじゃないかと鼻で笑いました。
 次の日、つまりヌッシーが現れると次郎が嘘をついた日でございます。次郎は草影に隠れて太郎の様子を見ることにしました。
 そこへゾロゾロと人がやってきます。太郎の友達でしょうか小学生の子供たち、その後に先生らしき人、赤ん坊を抱えたお母さん、腰の曲がったおじいさん、おばあさん、無精髭のおじさん、ギターを持ったお兄さん、買い物帰りのおばさん……他にもたくさんの人、人、人!!しまいには警察官やケーブルテレビまで来ているではありませんか。あっという間に沼の周りは人だらけになってしまいました。その光景を見た次郎は冷汗たっぷりに慌てて草影から出てしまいました。
「な、なんだってんだよ、ここで何かあるのか!?」
「ああ、兄さん! やっぱり来たんだね!」
 すると太郎が次郎を見つけて駆け寄ってきました。そう、ここに集まった人々はみんな太郎が口コミで集めた人々だったのです。次郎は開いた口が塞がりません。その姿はクルミ割り人形のようでございます。
「なんてことしてんだよ、やりすぎだ! ああ゛ッ!? 町長まで来てんじゃねぇかっ!!」
「何言ってんだよ、皆で見たいじゃない!」
「あ、いや、そりゃ……」
「さあ、皆でヌッシーを見よっ!」
 太郎はかわいらしい目をきらきらさせて沼を見ています。
「いや、太郎、あれは、その……」
 さすがにまずいと思った次郎は太郎に何とか本当の事を伝えようとします。が、
「ああ、楽しみだなヌッシー!」
 キラキラした目の太郎はもう止まりません、出来るだけ沼の傍まで近寄ってヌッシーが出てくるのを今か今かと待っています。そんな太郎を何とか説得しようと無理矢理振り向かせて次郎は言いました。
「太郎、あのなごめん。お前がこんなに人集めるとは思わなかったんだ。実はな、ヌッシーてのは……」
「え? な、何?」
「いや、何て言うか、あれは俺が……」
 次郎が白状しようとしたその時でございます。突然、沼の上に雲が黒々と厚く溜まりだしてゴロゴロと雷が疼き初めました。そんな異常な空の様子を次郎太郎はもちろん、集まった人々は皆見上げました。
「なんだなんだ?」
「どーしたのかしら?」
「洗濯物出してきたのに!」
 皆ざわざわとしている中で一人の男が驚いたように叫びました。
「あ、あれはなんだ!」
 突然の男の指摘に人々は一斉に注目を集めました。
「……!?」
 そしてそれを見た瞬間、太郎は我が目を疑いました。男が指差す沼の真ん中辺りを見てみるとなんとイルカのような肌をして、キリンのように首の長い二十メートルはあろうかという巨大な生き物が水面から首を出しているではありませんか! この突然現れた謎の生物を集まった人々は皆口をポカンと開けて見ています。何しろ驚いたのは次郎でございます。腰を抜かし、目を見開いたまま動きません。
「あっああ……っ!」
「凄い! 凄いや兄さん! ヌッシーだよヌッシー!」
(そんな馬鹿なっ!? ヌッシーってマジでいたのかよ!!)
 謎の巨大生物はお世辞にもあまり可愛いとは言い難い生き物でございました。顎が異様に飛び出しておりその口はクチャクチャと常に動かしていていました。半開きの目は何処を見ているのか一点を見つめたまま瞬きもしません。沼から首を出して全く動かずにじっとしていていました。
 さて、人々が口をポカンと開けて巨大生物に目を奪われているその間も天候は更に激しく変わっていました。急にあられが降ってきたり、土砂降りが降りだしたり、魚や貝が降ってきたり。天変地異でも起きたかのように狂っておりました。
「あっああ、ああ……」
 と次の瞬間!肺を揺すような轟音と共に空を裂くような雷が落ちたのでございます!
――――ドゴーーンッ!!!!
「うわわっ!」
「きゃあー!」
「わーっ!」
 人々は突然の落雷に目をつぶりました。そしてややあってどうやら音が治まったようなので恐る恐る目を開けてみたのでございます。すると、さっきまでの狂った天候が嘘のように晴々とした青空が沼の空に広がっていました。
「……あれ、あの怪物は?」
「……いないっ!!」
 そしてあの巨大生物の姿も見えなくなっていたのでございます。沼の水面はただしーんと静まり返っていました。その場はざわざわと騒ぎはじめました。人々は今のはなんだったんだ? とか、カメラ回した? など言っております。
「兄さんやっぱり凄いや、何でも知ってるんだね! ホントにいたよヌッシー!」
「いや、これは……」
 いくら自分が考え作ったものとは言え、実際に現れてしまうとこれが驚くの驚かないのではありません。何がどうなっているのか分からずただ次郎はキラキラと目を輝かせる弟に向かって半笑いで「まぁな」と頭を撫でてやるより他がなかったそうでございます。
 その事件からというもの、次郎は騙そうとしたことを反省したのか、太郎と仲良くするようになりました。太郎坊はと申しますと、物知りな兄を持っていると嬉しそうにそこらじゅうに言い触らしているそうでございます。
 さてさて、何より例の沼のことでございます。あの日から謎の巨大生物は(大学の研究委員やら外国からの生物学者やら大勢の研究者が調べましたが、その正体は結局分からず終いでございました)一度も顔を出しませんでした。 しかし、多くの目撃者がいたのでその名前をヌッシーと称しキャラクター化して世間に売り出した所大ヒット。すっかり世界中に名の通る沼になってしまったそうでございます。
 長々と書き連ねてまいりましたこのお話し「嘘から出た真」とご紹介させていただいてしめさせていただきます。

2006/08/21(Mon)17:58:22 公開 / 黒井あか
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■作者からのメッセージ
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・ 改行を詰めました。一部変更しました。(8月21日)

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