『Five Wars【5】』 ... ジャンル:異世界 ファンタジー
作者:宙                

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   プロローグ


 古から存在する大陸
 人々はそこをレイブル大陸と呼び、暮らし始めた。
 彼等は独自の文化を築き、やがていくつかの集落から国が生まれていった。
 その大陸に古来から住む魔獣に対抗すべく、人々は5つの魔力を生み出した。
 獄炎で全ての存在を灰燼に帰す【火の魔力】
 生命の生を養う命の源【水の魔力】
 岩をも削り、吹き荒れてゆく【風の魔力】
 大地を揺るがす大いなる破壊力を持つ【土の魔力】
 そして、全てを眠らせ、保つ【氷の魔力】
 彼等がそれを魔獣への軍事力として使うようになった頃、国は4つに分かれて栄えた。
 これは、大陸が1つにまとまるために起きた戦いの物語である。

 
 
 太陽が今日も砂漠に光りと灼熱をもたらし始めた。
 全てが乾いている。
 見渡す限りの砂。
 暑い。
 猛烈な暑さに、空気までが数倍に膨張しているようだ。
 砂漠の象徴の砂でさえ、その熱さに悲鳴を上げるようにチッチッと叫んでいる。
 まるで、そこに生き物を入れることを拒んでいるかのようでもあった。
 ここはレイブル大陸の南西に広がる大陸唯一の砂漠。
 人は此処を白骨砂漠と呼ぶ。
 此処に迷い込んだ者は、水もなく命を蝕まれ、やがて死ぬと白骨だけが残り、その白骨は暑さの前に白い砂のようになって砂漠の礎を作るからだ。
 その膨張した空気の中の僅かな水分を絞り出した砂が、陽炎を作る。
 人影があった。
 その人影はふらつきながら近づいてくる。
 それが10歳ばかりの少年とわかるまでには、少しばかり時間がかかった。
 黒い髪が汗で額にへばりつく。
 しかし、疲れのあまり少年はまとわりつく髪を払おうとさえしない。
 砂漠の中で歩くにはあまりにも奇妙な格好。
 鎖帷子を付け、その上に革の服を着ている。
 腰には大人用の剣を携え、その鞘が砂漠の砂をひっかくように砂に跡を残していく。
 こんな重装備で砂漠を歩くなど、自殺者でも決してしないだろう。
 少年は砂漠の過酷さを知らない。 
 その少年が、服のポケットを探り出す。
 ポケットから出した左手には、砂羊の胃袋でできた水筒が握られていた。
 やはり、少年は砂漠を知らない。
 ここでは水は最も大切な財宝なのに、それを飲もうなどとは。
 彼はそれを口の上でひっくり返した。 
 口の中へ、一滴の水がこぼれ落ちた。
 もう、残りはない。
 少年は青い瞳で水筒を見つめると、深くため息をついて再び歩き出した。
 彼が最後の一滴をのんでから3歩ばかり歩いた瞬間、少年は鉄板のように熱い砂の上へ倒れ込む。
 汗を掻いた額に砂をへばりつかせながら、少年はゆっくりと目を閉じた。



   



   


   第1話 砂漠の狩人



 太陽が再び傾き始めた。
 空は赤く染まり、暗闇が訪れようとする。
 砂漠の砂の熱も少し挟まってきてはいたが、それでも手ですくえば暑いと叫んでしまう。 
 白骨砂漠にはいくつかの水源がある。
 その水源の1つに、たくさんの人影が見える。
 見ると、数人の大人が水を飲みながら話しているようだ。
「よし、狩りの時間だぞ!」 
 長身で眼帯の男が怒鳴り散らした。
 というよりは、これは彼の狩りへの意気込みなのだろう。
 彼の他には2人の男がいた。
「リーダー、もう少し声を小さくしてくれよ。あんたの声は、魔中の雄叫びより大きくて敵わないんだからよ」
 禿頭のビルがため息をついた。
 ビルは左手に大きな入れ墨を彫っていた。
 HUNTERと彫られている。
 物静かなハンはすでに鎧を着込んでいた。
 狩りに鎧は必須である。
 鎧は魔獣の鱗や革で作られており、武器も牙や爪が原料となっている。
 リーダーのバンは昔、自分の父がしとめた大きな魔獣の牙で作られた大剣を引っ提げている。
 ビルは槍を、ハンは火砲をそれぞれ武器として使っていた。
 火砲とは、火薬の力で弾を発射する銃である。
 弾丸は大きくて卵ほど、小さくて親指ぐらいの大きさである。
 大小の弾が彼に鎧に巻き付けられており、まさに戦場のソルジャーと言った雰囲気を醸し出していた。
 彼等はフリーのハンターとして狩りをしていた。
 自分で狩った魔獣の体を鎧や武器として作り替えたり、国や商人に売りつけて暮らしを支える。
 中には、国に雇われて働く者もいるが、彼等のほとんどは自らの集落の中で暮らしている。
 ハンター達が売った皮などは、一般の人の服や日用品に活用されていた。
 たとえば、革で作られた服は長持ちするし、鱗は防寒具として加工される。
 そして牙は、製鉄技術が発達していない国の主流の武器としても広く活用されていた。
 そのため、小国に属する形で存在しているハンターの集落も少なくないのである。
 彼等の集落はタイヤーといい、1,2を競うほどの大きな集落であった。
 それゆえ、自ら自衛と独立を保つ大きな力があるのだ。
 普段は商人などに戦利品を売って暮らしているが、時には軍を侵攻させる道の魔獣の掃討を国から依頼されることもあった。
 軍の進行を遅らせる魔獣は、進軍の大敵でもある。
 しかし、今回は普通の狩猟である。
 それでも命がけには変わらないのだが…。
 そして、今回の獲物は砂漠に住む巨大なサソリ。
 砂漠を進む行商人の命をいくつも喰らっている怪物である。
 そのサソリは獲物が休養をとる夕方に行動することが多く、彼等はオアシスでこの時間まで待機していたのである。
「いいか、今回は大きな獲物だ。俺たちの隊はここ1ヶ月、まるで成果がねぇ。ここいらで村の奴が腰抜かすほど大きな奴をとって帰るぞ!」
 バンは笑顔で仲間を見渡した。
 ビルもハンも、この笑顔を見るたびにどこか勇気づけられた感じがする。
「もし、あのサソリを俺たちが狩ったら、報酬にどれぐらいくれっかな…」
 ビルがよだれを垂らしそうな顔でいった。
「それだけじゃねえぞ。村長の娘のキンだって、きっとお前を認めるぜ!」
 ここぞとばかりにバンが励ました。
「おら、何かやる気が出てきたぞ!」
 ビルが手を打って、大きく頷いた。
「くだらない…」
「なんだと? お前みたいにキザったらしい男にはわからんだろうよ。たらしめ!」
 ハンが小声で呟いたが、どうやらビルの耳に聞こえたようでハンに向かって怒鳴った。
「お前達、喧嘩なんかすんなよ」
 バンがハンに詰め寄るビルの腕を捕まえた。
「…そうだな。狩りの前に喧嘩なんか馬鹿みたいだな」
 バンは集落で一番腕っ節が強いため、ビルも怒りをおさめるしかなかった。
 以前、集落で喧嘩の仲裁をしたバンは一瞬で喧嘩をやめさせた。
 2人に手刀を見舞ったのだ。
 喧嘩をした両人は、それからしばらく失神したままだった。
 3人を人影は、最後にごくりと喉を鳴らして水を飲み、水筒を満たして準備を整えた。
 そして、水浴びをしている馬を水源から引っ張り出し、それぞれが馬にまたがった。
 馬と言っても、彼等が乗る馬も魔獣だ。
 この世界では、人間以外は全て魔獣である。
 普通の馬よりも早く、50mぐらいの崖なら飛び越えてしまうほど脚力が強い。
 彼等が馬の腹を蹴ると、馬はいななき、あっという間に見えなくなってしまった。



 彼等はあっという間に砂漠の真ん中まで来ていた。
 砂漠の暑さも和らぎ、汗も掻かなくなっていた。
 太陽はまだ沈まないが、夜になると今度は極寒の世界が待っている。
 そうなると、引き上げるしかなくなってしまう。
「おい、まだかよ」
 ビルがハンを怒鳴った。
 先ほどのことをま・根に持っているようだった。
「奴の餌場まで、後少しだ。狩りの時間は季節からいって…1時間が限界…」 
「さすがはハンだ。お前がいると、こっちは狩りに集中できて助かる」
「リーダーはおらは必要ないってことですかい?」
 ビルは意地悪く傷ついたようなそぶりをして見せた。
「お前の役目は狩りの本番の一番槍だ。1人1人の役割を思い出せよ」
 バンは調子よく笑って見せた。
 しかし、内心は神経を張りつめている。
 砂漠ではいつ襲われるかわからない。
 リーダーとして、一番先に獲物の気配を察知しなければならないのだ。
 さらに走って10分後、ハンが突然馬を止めた。
 部下の2人も、それに合わせて馬を止める。
 僅かな沈黙。
「くるぞ!」
 ハンが馬から飛び跳ねると、大剣を構えた。
 砂の中から、邪悪な紅い眼がこちらを睨んでいた。
 ハンはこの目を見たことがある。
 空腹の時の魔獣の目だ。
 サソリのはさみが、いきなり砂から現れた。
 その勢いで、ハンはバランスを崩してしまう。
 ハンに巨大なハサミが襲いかかろうとした。
 その時、ビルの槍がはさみの付け根を貫いた。
 凶暴な目を、今度はビルに向けた。
 その時、サソリの背中の甲殻が爆発した。
 ハンの火砲による攻撃だ。 
「くそ!爆炎弾でも効かないだと!」
 鎧でわからないが、彼の表情はゆがんでいる。
 彼が作る弾の中でも、かなりの威力がある弾だ。
 甲殻には小さいコゲしか残っておらず、ダメージを与えてはいなかった。
「甲殻は俺がたたきつぶす。お前達は援護してくれ」
 大声でバンが作戦を支持する。
 サソリが毒を持つ尾をハンに振り下ろそうとしたとき、尾はバンの強烈な振り込み斬りで真っ二つに斬れてしまった。
 キェァァァ
 サソリが声にならない叫びをあげる。
 今度はそのスキにハンがサソリの頭を狙う。
 弾は巨大な眼球に突き刺さり、盲目となったサソリははさみを訳もわからない方向へ振り回し始めた。
「トドメと行くか!」
 バンがのたうち回るサソリのハサミをうまく交わしてゆき、背の甲殻の飛び乗った。
「どりゃぁぁ!」
 渾身の一撃が甲殻に突き刺さり、どす黒い血がバンの鎧を染めた。
 今度はビルは背中に飛び乗ると、喘ぐサソリの背中を滅多突きにして内蔵をズタズタにしていった。
 サソリは最後の力を振り絞ってバンとビルをはねとばした。
「バン! ビル!」
 ハンが急いで援護に向かう。
 近くに倒れたビルと襲いかかるサソリの間に、うまく着地して疾風のような走ってきたバンが割り込んだ。
 サソリが振り下ろしたハサミを大剣で受け止め、歯ぎしりしながら立ち向かっていく。
 その横で、ハンは火砲に一発の弾を装填した。
「これを食らうことをありがたく思え! 火薬を最大に詰め込んだ俺の最高傑作だ!」
 バンに気をとられていたサソリの横腹に、爆音と共に1発の弾が撃ち込まれた。
 弾は大きな爆発を引き起こし、サソリの左足は全て消し飛んだ。
 バンは爆風で吹き飛ばされたが、すぐに砂の中からはい上がってきた。
「や、ゴホッ、やったか?」
 口の中に入った砂をはき出しながらバンが起きあがった。
 その横で、ビルも頭をくらくらさせながら立ち上がっていた。
 命無き巨体がそこに横たわっていた。
 その目には光りが無く、ハサミはぴくりともしない。
 砂はサソリの血を吸って赤くなっており、バンが斬ったサソリの尻尾は大きな針が毒で妖しく輝いていた。
「よっしゃ!」 
 ビルが横で歓声を上げた。
「これだけの大きさなら、金貨100枚はくだらねぇぞ!」
 金貨が100枚あれば、町で5年は生活に困らない。
 しかし、彼等は鎧や武器の手入れなどで半分は消費してしまう。
 金勘定に細かいハンは早速報酬の配当を決めていた。
「リーダーが4割、俺が3,5、ビル、お前は2,5だ」
「何でだよ!」
 ビルから笑いが消し飛んだ。
「リーダーはともかく、お前と俺は等分だろ!」
「俺がとどめを刺したんだ。リーダーはそれをアシスト。お前は最後、砂でお昼寝だ。妥当だろ?」
「てめぇ!」
 ビルは唾を吐いて怒鳴った。
「2人とも、こっちへ来てくれ!」
 バンはサソリの死体の手前でうずくまっていた。
「リーダー、どうしたんですか?」
 ビルが大声で駆け寄った。
 バンの前に、砂で埋もれた少年が気を失っていた。
「狩りの最中から気づいていたんだ。死んではいないようだな。おい、水を持ってきてくれ」
 その時、少年の目が僅かに開いた。
「おい、しっかりしろ!」
 少年は虚ろな目で口を動かした。
 どうやら、水といっているようだ。
「わかった。名前は?」
 ビルが急いで水を持ってきた。
 バンは水の少年の口に含ませると、もう一度尋ねた。
「名は?」
「リオ…」










   第2話 帝国


 
 この大陸には3つの天を貫かんばかりに高い山が存在している。
 その中でも最大なのが、大陸の中央に位置するガラガラス山脈である。
 暗黒の夜にもかかわらず、その山の峰は光に満ちている。
 その光に浮かび上がる巨大な城門と王宮はその煌びやかさと難攻不落の威光を夜にもかかわらず放っていた。
 ここは【イオ】。
 そう、此処こそが世界最大の勢力を持つ【帝国】の首都である。
 彼等は優れた製鉄技術と外交手腕、そして数多くの交易により帝国を此処までの勢力へと拡大させた。
 彼等とは、帝国の王と幹部達である。
 僅か30年前までは20近くの国があったが、その群雄割拠の均衡を破ったのがこの帝国だ。
 その頃は帝国とは呼ばれず、僅かなひとつの民族であった。
 しかし、強力な指導者が現れた。
 その名はカーン。
 彼はイオができる前の場所にあった修行場【ランロス】の騎士達と手を結んだ。
 本来ランロスは、数多くの子供を騎士へと立派に育て上げ、他の国々へ仕官させるのが目的である。
 そこには大陸中の捨て子が集められ、騎士になる者もいれば逃げ出すもの、死ぬ者も少なくはなかった。
 彼等は自ら心を鍛えることを教えとし、ある意味では宗教的な力も持っている巨大な組織でもあった。
 それ故、その教えを【ランロス教】と呼ぶ者も少なくなかった。
 しかし、いくら強くても修行を重ねている者達を養う資金は少ない。
 魔獣の討伐や捕獲などの依頼を募集し、自らの意志で仕官せずにランロスに残った騎士にその依頼をこなさせて資金を稼ぐなどしても、山に広大な畑を作っても長年の財政難からは抜け出せずにいたのだ。
 やがて、彼等は名門の子供を預かる代わりに資金をよこせと言って金持ちから資金を集め始めた。
 世が乱世なだけに跡継ぎを立派に育てたい王達が寄付した資金がそこそこは貯まったが、それも僅かな蓄えにしかならなかった。
 ランロスの頂点に君臨する騎士王カーネルは、先代もその先代も解決できないこの問題を解決するために就任してすぐに解決策を考え始めた。
 しかし、解決策は一向に考えつかなかった。
 それを聞いたカーンはすぐにカーネルに密使を送った。
 密使はカーネルに次のような取引を持ちかけた。
「ランロスを宗教として、信者を集い、布施を募るのです。しかし、それには神殿がいる。その費用をこちらが出しますので、あなた方は我々に軍の援助をお願いしたいのです」
 この申し出をまさに天お助けと喜んだカーネルはすぐに承諾の手紙を送った。
 時を同じくして、カーンは敵国の大商人達にその都市の市場の独占を約束すると、あっさりと敵国の商人を寝返らせた。
 交易が乱れて混乱した敵国は圧倒的な騎士軍団とカーン軍の猛攻の前に、十分な武器を買うこともできずに敗れ去っていったのだ。
 やがて、皇帝となったカーンとカーネルはさらに手を結び、首都をランロスのある場所へと移して大陸一の大規模な都市を築いた。
 修行場は山の中腹に移され、多くの騎士が帝国へと仕官している。
 元々騎士とは、魔力を扱う者を指している。
 彼等は剣と魔力の力を磨き、魔獣を倒すものとして日々戦ってきた。
 しかし、ハンターが生まれると彼等は不要となり、やがて国の軍事力として戦うようになったのである。
 そのなかでも、ある試練を乗り越えて手の甲にその証を刻まれた者には称号を与えて畏怖している。
 
 遷都から10年後、今日も王宮は夜を迎えた。
 しかし、暗黒の闇に包まれることはない。
 王宮の壁は、昼の光りをためて発光するライトクリスタルを使用しているためである。
 この鉱石は握りこぶし大の大きさでも非常に価値のある物で、いかに帝国の財力があるかを物語っているのだ。  
 その王宮の一番奥で皇帝がベッドから体を起こした。
 既に齢70を越えているにもかかわらず、彼の体は非常に筋肉質である。
 その体を、横にいる豊満な体の女性が愛おしそうな仕草で撫でている。
 彼女は皇帝の第4王妃ココである。
 歳は19。
 その割に、どこか幼さを残した顔をしている。
「陛下、いかがなさったのです?」
 ココは甘い猫なで声で尋ねた。
 その声を聞くだけで、男は彼女に夢中になってしまう。
 強力な魅力だ。
 何人もの女性と過ごしてきた皇帝ですらも術中にはめてしまうほど。
「夢を見た」
 短く、しわがれ声で皇帝が呟いた。
「どのような?」
 ココは、いつの間にかベッドの上まであがってきていた。
 その仕草の1つ1つが男を誘う。
「儂の4人目の王子が生まれ、その物が玉座をついだという夢じゃ」
 皇帝はため息をついて答えた。
 自分の息子達のことを考えると、国の行く末をいつも案じてしまう。
 長男はお世辞に弱い。
 飾りの嫡子でしかないと未だ気付きもしない無能な器だった。
 末っ子は優柔不断で、自分では何一つ決められない。
 次男は全てに優れすぎている。
 それは妬みをうみ(すでにうまれているのだが)、内乱を引き起こしてしまう。
 しかも、次男の母は反逆罪で死刑になっている。
 そんな奴を玉座において、家臣がまとまるなんて思えなかった。
 全てが問題だらけだ。
 大きなため息が皇帝の口から漏れた。
「陛下…私がその夢を叶えて差し上げましょう」
 それと同時に、ココが皇帝の手をしっかりと握りしめた。
 それを見た皇帝は、彼女をベッドに押し倒す。

 再び皇帝が体を起きあがらせた。
 彼は毛布の中へ手を滑り込ませる。
 彼の左手は、横で寝ているココの腰の辺りを動いている。
「まぁ、陛下。ウフフ」
 コッコッ
 誰かがドアをノックした。
「陛下、会議の支度が整ってございます」
「わかった。今行く」
 朝の光の中、皇帝は名残惜しそうに手を毛布から抜いた。
 皇帝が仕込み杖をつきながら歩いていくと、それを見送り残されたココは身を起こした。
 肌に何も付けずにベッドに座ると、その手は自らの腹を撫でていた。
 まるで、王の種が自らの胎内に根付いたのを確信するかのように。
 妖艶な手がそれを確信へと変えていくようだった。


 
 首都の周りを囲む防衛都市の中で、最前線にある城が1つだけある。
 防衛都市とは、いわば首都を守る砦のように配置された拠点である。
 レヤンの城は最前線として敵の攻囲を最も受けやすい城であった。
 そのため、城壁は高く堀も深い。
 その城が、今まさに包囲されていた。
 城を囲む何万もの兵は陣地を築き、守り手の使者が1人も通れないようにしている。
 もはや、陸の孤島に等しかった。
 城の周りを見渡せる城主の間でも、その恐ろしい光景ははっきり見える。
 その部屋の窓を眺めている城主はまるで楽しいことが起こっているように笑いながらこの光景を見ていた。
 城主の名はレイン。
 皇帝の第2王子であった。
 彼の紅い髪が開け放たれている窓の風で揺れいるが、彼の心はまるで揺れていない。
 色白い肌に瞳と長髪の赤が映えている。
 その赤い瞳が、軍勢を哀れむように視線を送った。
「この軍勢の、何人が生き残れるやら…」
 まるで、包囲されているどころか相手を追いつめているような発言。
 言葉とは裏腹に、心中では1人として逃すつもりはなかった。
「レイン様、準備が整いました」
「サラか…敵はどれぐらいだ?」
 レインは視線を敵から外さないまま、声の主に問いかけた。
 サラという女性は背中まである長い金髪を風に揺らし、甲冑を身につけて部屋の入り口で跪いていた。
 彼女はレインの腹心の1人で、彼の精鋭騎士団【レオ】、そしてレインの腹心である【七星団】の唯一の女性団員でもあった。
 レオとは、レインが組織した7人の騎士のことだ。
「およそ、3万ほどです」
 レインからおもわず、笑いが口から出てしまった。
 それを見て、サラが「油断の無きように」とたしなめた。
 口には出していない。
 表情で訴えかけたのだ。
 この真っ直ぐさと言葉に出さない遠慮深さこそ、彼がサラを重く用いる理由の1つであった。
 彼女の直線的な考えは、いわばレインへの信頼あればこそである。
 真っ直ぐな忠誠こそ、レインが最も好きな信頼のされ方でもあった。
 そして彼女は、彼に信頼されているということ自体が生であり、彼女その物でもあった。
 それが忠誠か、恋かは彼女にはわからない。
 しかし、敵に向かっていつものように笑みを浮かべる彼と夜中に彼女にだけ打ち明ける国を憂いた彼のとまどいの表情こそが彼女が見るレインの全てであった。
 再び、レインが笑みを顔に浮かべる。
 それを見るたびに、彼女は確信する。
 我々が必ず勝利する。と。
 彼女の青い瞳に映ったレインの笑みは、まさに輝いていた。
「帝国最強の騎士団【レオ】の力を見せてやろう」
 レインは剣を腰に差すと、甲冑の首元の金具をしっかりと締めた。
「出陣だ! 1万は出陣。5000は待機させおけ」
 彼は赤い瞳をさらに赤く輝かせた。
「将は?」
「お前は俺と共に中央、カイを右翼、アッシュを左翼だ。偵察にいった3人には帰還命令の狼煙を送れ。そして、城の守備はタイト」
 彼女はよどみなく、レインの下知を、後ろに控えていた兵士達を伝令として送り込んだ。
 そして、城門の前ではすでに1万の騎士達が軍馬に乗って戦闘隊形を取っていた。
 漆黒に輝く鎧を着た騎士達の中に、赤い鎧を着た騎士がレインとサラを含めて4人いた。
 赤い鎧は、レオの団員であることを指している。
 鎧の胴とマント、グローブの甲には黒い星が輝いている。
 彼の軍勢とは、色が赤と黒で逆である。
 よって、軍勢は黒い鎧に赤い星が輝いている。
 レオの団員2人がレインに駆け寄ってきた。
「レイン様、出陣の下知を!」
 茶髪で長身のカイがレインの足下に跪いた。
「よせ、跪く主従の関係など、もろいものだ」
「そうですぜ、あっしのように気軽に話す方が、空気も軽くていいや」
 ちびっこいアッシュが笑った。
「あなたは軽過ぎよ」
「へへっ、手厳しいな。このお嬢ちゃんは」
 サラのたしなめに、アッシュは笑って答えた。
「それより、タイトはどこに行ったんだ。出陣の前だというのに!」
 カイが眉にしわを寄せて辺りを見渡した。
「奴のことだ。砲撃部隊に準備させてるんだろうよ。奴の勤勉ぶりは七星団に必要だからな」
「じゃあ、レイン様は真面目な方がスキなんですか?」
 アッシュが半分サラをからかいながら聞いた。
 レインの隣で、サラが少し緊張してレインに視線を送っていた。
「いいか、お前達には個性がある。それが集まって、本当に七星団が成り立つんだ」
 レインの答えは、多少なりともサラを納得させたらしい。
 それを見たアッシュとカイは、横を向いて笑いをこらえていた。
「よし、そろそろ行くぞ!」
 レインは戦闘に進み出ると、残りの3人も配置についた。
「矢の様になって進むぞ! 鏃(やじり)の配置だ!」
 それを聞くと、まるで最初から配置が決まっているようだった。
 それぞれが、パズルのピースのようにぴったりとはまっていくようだった。
 ボン
 空に狼煙が上がった。
「タイトの砲撃完了の合図だ」
 レインが呟いた。
 それが砲撃前の合図で、10秒前の予告でもあった。
「行くぞ! 砲撃と同時に進む! 10…9…8」
 騎士が長い槍を前方に構えた。
 白銀の刃先が太陽の光を受けて光る。
 レインは秒読みを続けながら、赤い鞘から剣を抜き払った。
「3…2…1…出陣!」
 轟音と共に、扉が開いた。
 扉の先には、敵が砲撃で消し飛んでいく光景が広がっている。
 瞬間、真っ先に飛び出たのはレインだった。
 彼の馬は確かに早い。
 しかし、乗り手である彼がさらに優れていた。
 混乱の中、レインは慌てふためく敵をすでに1人殺していた。
 1回、2回、3回。
 剣が閃くたびに、血しぶきを上げて敵が倒れていく。
 しかし、彼の鎧に返り血が付くことはない。
 速すぎるからだ。
 返り血が付く前に、彼が通り過ぎている。
 おそらく、誰が斬りつけてきたかなんて知らない内に斬り殺されているのだろう。
 突撃から3分、すでにレインは30人を斬り、自分の軍の30m手前を進んでいた。
 彼はようやく馬を止め、なんと馬を下りてしまった。
 レインの周りに10人の兵士が群がり、一斉に飛びかかってきた。
 だが、風のように速い太刀筋に、全ての兵士が絶命する。
 今度は、左手で剣の刃をそっと撫でた。
 すると、剣はまるで燃えているかのように赤くなり、炎を刃に帯び始めた。
 炎の魔力の一種【炎装・炎陣】である。
 これは、触れた者に炎を一定時間宿すことができる。
 魔力は使うと発動までに時間がかかる上、多大な精神力を消費する。
 振り向きざまに、重装備の大男の攻撃を頭を下げて回避すると、敵の胸元めがけて突き刺した。
 なんと、刃は鎧を溶かして体を貫通していた。
 剣を抜くと、剣が刺さっていた鎧の穴は溶けていた。
 レインは再び、今度は徒で戦場を走り抜けていく。
 速い。
 敵の間を縫うように走り、すれ違って敵は既に死んでいる。
 あっという間に、敵の本陣を視界に入れていた。
 そして、テントを斬りつけて火を放つ。
 黒い煙が立ち上る中、レインは本陣へ突っ込んだ。
 あっという間の出来事だった。
 まず、すぐ右にいた男を瞬時に斬りつけ、首と胴を切り離す。
 つぎに左の敵が剣を抜く前に肘で顔面を潰し、正面に向かってきた敵を斬り飛ばしながら肘打ちの痛さで声を上げる敵の腹を突き刺した。
 ゴロリ、と最初に斬った敵の首が床に落ちた。
 如何に素早い速さで敵を斬っていったかがわかる。
 首が落ちるまでに2人の敵を斬り殺したのだ。
 そして、最後の1人である敵総大将が残った。
 泣きながら、声を上げて泣きながら土下座している。
 レインはそれを見つめた。
 哀れみではない。
 同情でもない。
「戦乱が治まるまで、血が足りないのだ」
 レインは剣を振り下ろした。
「楽に逝け」
 媚び言った泣き声がやみ、血しぶきが体を染める。
 この時、彼は今日初めて返り血を浴びたのだった。










   第3話 過去



 レインが1人飛び出す中、サラはそれを援護しようとも追いかけようともしない。
 レインが死ぬなど、彼女には思いもつかないことだ。
 彼の神速の剣が負けるはずがない。
 彼女の瞳は、そう物語っていた。
 そして、いつものように自分の役割をこなしてゆく。
 その役割とは、戦局を見渡して適切な判断をし、レイン不在の軍を指揮することである。
 そのために、軍の先頭に立ちながらも常に冷静に周囲を見渡している。
「右翼に敵が多い…。中央は右翼を援護、左翼にも注意を促しなさい!」
 敵の鮮血が、自分の顔にかかろうともまるで気にしない。
 感情的になることが少ない彼女にとって、この役目は非常に適任かもしれない。
 彼女の言うとおり、右翼の敵が非常に多かった。
 左翼はこちらの50m前まで進んでいるのに対し、右翼は逆に50mも後方で斬り合いを演じていた。
 それも、レインの考えの一端ではあったのだが。
 単独で先行しているレインが左翼の本陣へ切り込んでいるため、左翼は混乱してきた敵方の中で、最も指揮系統の乱れが顕著になってきていた。
 もはや、左翼は完全に潰れている。
 彼女の号令のもと、中央の軍が右翼の敵の側面に次々となだれ込んだ。
 まるで、濁流が町を呑み込むような勢いで一気に右翼がながされ始める。
 戦いから既に30分、騎馬隊と重装歩兵の攻撃のコンビネーションの速さに、敵は崩れるしかなかった。
 優れた指揮のもと、素早い攻撃で敵を切り崩す。
 これがレインの騎士団の戦法である。
 サラはその戦法をうまく生かして戦場を巧みに操っている。
 しかし、サラはあくまで代理の指揮官。
 首都近辺の偵察へ行っているレオの一員のパンサーこそ、レインが戦略、指揮を任せているスペシャリストである。
 彼女が軍を言葉で操っているとしよう。
 パンサーは違う。
 動作で、いや、体全体で軍を操るのだ。
 オーケストラの大合唱の全てを合わせ、一秒もずれがないように指揮するコンダクターのように。
 そのパンサーがいない今、彼女は常に失敗を恐れながら戦い、指示を出す。。
 彼女の美しい容姿には並々ならぬ気迫が見られた。
 その間にも彼女の剣は次々と敵を血の海に沈めていくのだった。
 レインの剣が神速なら、彼女の剣は流れるような柔の太刀筋。
 止まることなく流れるように敵を斬り捨て、水のようにかわす。
 一瞬で敵の太刀筋を見切り、すれすれでかわしながら間合いを一気に詰めて急所を切り裂く。
 一撃必殺の剣。
 繊細な彼女からは想像できない剛の剣。
 それが今、30人目の敵の首筋を切り裂いた。
 一方の右翼でも、刀を振るう若き青年がいた。
 援護を受けて勢いづく右翼のカイは美男子の見た目に似合わず、戦場では巨大な大剣を振り回している。
 彼の大剣はノコギリのようにギザギザした刃がついており、異形な黒い刃が戦場で敵を次々と吹き飛ばしていった。
 彼はレインと共にランロス修道院で過ごした騎士で、最もレインを知るものの1人である。
 彼は8歳の時、親に捨てられて修道院にたどり着いた。
 そして、既に剣術の天才と言われていたレインと肩を並べるほど剣を巧みに操った。
 修道院で2人は知り合い、兄弟のように剣を学びあった。
 カイはレインの境遇を知ると励まし、カイの境遇を知ったレインは自分なりに彼を励ます。
 その時にレインが喋った夢を、カイはずっと忘れたことはない。
「今は戦乱が溢れすぎている。こんな世の中をまとめ上げることが俺の夢なんだ」
「お前がか? 王族の考えはわかんないよ」
 カイが冗談ぽく笑う。
「じゃあ、お前は手伝ってくれるのか?」
 カイは真剣そのものの目でカイを見つめた。
 その紅い眼に、カイは圧倒された。
「さぁな」
「そうか」
 そんな会話だったが、レインが王宮に帰ることになったことを聞いたカイは真っ直ぐにレインに向かって「俺を家臣にしてくれ」と頼み込んだ。
 レインは黙って頷き、その手を取った。
 はたして1年後、私兵を持つことを許されたレインの元に真っ先に戻ってきたのがカイであった。
 深夜、私兵を募っていたレインのもとへカイが駆け込んできた。
 一瞬にして2人は悟った。
 2人には身分という壁がある。
 カイはそのことを受け入れ、会うと同時にレインに言った。
「これからは、王子と兵士の身分になっちまうんだな」
「そうだ」
「じゃあ、こんな風に喋るのも今日が最後ってわけだ」
「そうだ」
「…お前が世界をまとめると俺は信じてる。俺は一生お前に付いていくから、お前は天下を取れ」
 深夜0時の金が遠くから聞こえる。
「わかった」
 それを聞くと、いきなりカイはレインに跪いた。
「一生あなたに付いていき、あなたを守り、あなたの敵を斬ります。レイン様…」
 この日、レインは最も忠実な家臣カイを得たのだ。
 左翼では、元傭兵だったアッシュが小柄な体に合わせたような細い剣で突き進んでゆく。
 しかし、部隊長クラスの猛者はレインがすっかりたおした後だったので、混乱に乗じて易々と突き進んでいった。
 彼は一対一で戦うのではなく、このような乱戦でこそ真価を発揮するタイプである。
 その戦闘スタイルとは、周りの部下と共に息をぴったりと合わせたコンビネーション攻撃。
 昔から、即ち用兵の頃からの古い友と共に助け合っている。
 彼は戦っているのではない。
 生きようとしている。
 戦場では死がつきものだ。
 だが、一々味方を、とくに自分のことをよく知り、助けてくれる兵士が死んでいたのではきりがない。
 アッシュは無理をせず、危ないときは後方へ下がり、機と見るや猛然と進む。
 そんな戦い方をしてきていた。
 部将には、引き際を知らない人物が多い。
 故に、部下を失うことを、朝の朝食を食べることと同じように考える者すらいる。
 アッシュに言わせれば、大馬鹿野郎もいいところだ。
 故に、彼はいつも死人ゼロの戦を目指している。
 それを最も実現させてくれそうだったのが、レインだった。
 彼は2年前に彼を初めて知った。
 戦場で共に剣を取り、その戦いに強く共感を覚えたのだ。
 レインの斬り込みを、愚かだという者もたくさんいる。
 しかし、それは違うと七星団の皆が知っている。
 彼は味方の犠牲者を出さないように、自ら剣をとって敵の部隊長を自分の最強の剣で戦場の泥にまみれさせる。
 指揮系統が乱れたところを、騎士団が一気に突撃して全滅に追い込む。
 簡単だが、難しい。
 しかし、レイン1人がいるだけでそれが簡単のように聞こえてしまうのだ。
 彼の存在は非常に大きい。
 常に太陽の如く味方を照らし、その光で敵を焼き尽くす。
 レインが自分を指していった言葉だ。
 その頃、本陣を壊滅させたレインが再び戦場に現れた。
 テントからその赤い鎧姿を現した彼は周りを見た。
 彼は洞察力に非常に優れている。
 その赤い瞳が、自分を震えながら見る兵士達の目を捕らえた。
 恐怖。
 それが敵の心に根付いている。
 何人かの兵士は、剣を取り落として地べたに頭を下げた。
 許しでも請うように、土下座するものさえいた。
 しかし、それを拒むように剣が振り下ろされる。
 敗走兵のほとんどは、近隣の山賊になることが多い。
 敗走兵が山賊になるくらいなら、自らの手で斬る。
 救うわけではない。
 だが、自国の国民を守るためには斬るより他はない。
 逃げる兵士を片っ端から斬り捨てて駆け抜ける。
 情など微塵もない。
 赤い疾風が剣を振り抜く。
 命乞いなどする暇もなく、ましてや戦いを放棄して逃げることなどできようもない。
 そんな時間をレインの剣は与えなかった。
 一陣の疾風には無駄な動きなど無く、殺戮の証として地上に死体を築いてゆく。
 全てが圧倒的で冷酷。
 敵の存在を許さない攻撃に戦意を失ってへたれこむ者さえいた。
 そして、あとは自分の番を待つのみ。
 城主の間で見せた憂いの表情や笑みなどまるで感じさせない冷血な戦の死神。
 それがレインである。
 

 
 レヤンの戦から5日後、レインは七星団の3人を連れて首都へと向かった。
 戦の報告をするためである。
 武器、弾薬などの管理に、帝国政府は非常に厳しい。
 皇帝は馬や兵士の数、剣の本数までしっかりと把握しておかなければ安心できないらしい。
 疑心暗鬼を生む政府らしい考えだが、レインに言わせれば愚考も甚だしい。
 部下にお前を信用しないぞと言っているようなものだ。
 故に、レインは常に敵と味方を判断する眼力を持っている。
 そして、一回部下を信じると、信頼して仕事を任せる。
 身分を問わない登用で優秀な人材を集め、十分な結果を残した者は昇進させる。
 王宮のどす黒い陰謀の渦を知っているからこそ、そんな状態にならないように配慮する。
 その結果、十分に信頼できる王宮クラスの人材が彼の元に集まっていた。
 騎士団レオが帝国最強と言われるまでになった理由である。
 彼等は巨大な城門へとむかって馬を走らせる。
 城門は上に巨大な櫓が建てられており、数十人の兵士が目を光らせて監視していた。
 兵士の手の最新鋭の火砲が太陽の光を反射して黒光りしている。
 この厳重な警備も、レインの紅い眼には怯えて城に引きこもっているように見えた。
 そう、父のように。
 門番の6連射の火砲が、レインに向けられた。
「何をする! 無礼な!」
 カイが怒りのあまり鞘に手をかけるが、アッシュが小柄な体で一生懸命に彼を押しとどめた。
「貴様、誰に向かって! この、離せ!」
「カイ、ちょ、ま、落ち着こ!? ね?」
 アッシュの小柄な体が、カイに押しつぶされそうになっている。
「規則である。おとなしくされよ。王宮から許可が下りしだい、武器をお預かりするので入城してもらおう」
「カイ、落ち着け」
 レインが雄々と馬を進めた。
 いつものように笑みを浮かべながら…
 レインに向けられた火砲のトリーガーに力が入る。
 それを見てなお、レインには余裕がある。
 いや、まるでゲームを楽しむかのように、楽しそうな顔にすらなってきている。
 だが、そんなことを気にもかけないでレインが馬上から兵士に告げた。
「だが、お前達も非礼をわびなくてはならない。いきなり俺に火砲を向けるのはおかしいだろう?」
 レインの紅い眼が兵士を捕らえた。
 兵士は金縛りにあったように指一本動かせなくなったのを感じた。
「俺は此処での規則を隅から隅まで覚えている自信がある」
 ゆっくりと、しかし一言一言を相手の頭に捻り込むように言い放った。
「たしか、火砲を向けて良いのは相手に戦意がある、もしくは身分が不確かな場合のみのはずだが?」
 笑みの中に、絶対的な支配者の余裕が感じられる。
 引き締まった、野生を感じさせる腕が兵士の頭の上に置かれた。
 剣を突きつけられたような恐怖を兵士は感じた。
「し…失礼いたしました。あ、城から許可が下りたようです。お通りください」
 兵士は、汗だくになりながら城から昇った狼煙を見て部下に門を開くように命じた。
 レインは、紅い髪を風で揺らしながら3つの扉が開くのを見つめていた。
 城壁は厚さが50mもあり、3枚の城門がしっかりと入り口を守っている。
 レイン達がいるのは都市にはつながっていない王宮直通の門なので、常に扉は開け閉めがなされている。
「ご苦労様」
 レインが白馬に乗ったサラに少し笑みをこぼしながら門をくぐった。
 側近達にしか見せない子供のような笑顔である。
 ゲームに勝ったときのような笑み。
 20歳になったばかりの彼が見せる唯一の子供っぽさ。
 サラはその笑みを見て、少し顔を赤らめた。
 それを見てニヤニヤするアッシュを横目に、カイは、レインに気圧された兵士にそっと呟いた。
「命があってよかったな」
 


 皇帝カーンはゆっくりと玉座に腰を下ろした。
 横には、彼のお気に入りとなったココがその色気を振りまいている。
 皇帝は白くなった髭をしごきながら物思いにふけっていた。
 レインのことを考えていた。
 戦の腕も、用兵も、全てが他の兄弟とは段違いな彼だが、幼い頃から抜きん出た才能が彼を孤独へと追いやっていた。
 彼が初めて剣を持った6歳の頃、彼の母、つまり皇帝の第2王妃に不穏な噂がよぎった。
 毒殺を計画しているという噂や、敵に情報を流しているなどの噂が王宮の中で広まった。
 根も葉もない偽りの噂。
 原因は彼女にはない。
 レインの異形な紅い髪と瞳、そのせいで不当な扱いを受けてきたのは周知の事実として大半の人々の記憶に残っている。
 大人達の自分にたいする差別に、レインは幼いながらも気づいていた。
 賢すぎるのは時として妬みを生む。
 しかも、レインが皇帝になるとやりにくくなる人物は王宮の中でも少なくなかった。
 レインが剣術を習う際、2人の兄弟を簡単にうち負かした次の彼等の合同誕生日の時、ある家臣から送られたレインへの贈り物は木刀。
 同じ家臣が他の兄弟に送ったのは本物の立派な剣だった。
 それからしばらくの間、その剣で脅される日々が続く。
 レインは、あえてその家臣に質問などしなかった。
 彼は自分にたいする人々の態度を、幼いながらに受け入れていたのだ。
 そして、続けざまに唯一の理解者であった母が8歳の頃に処刑された。
 他の妃達が彼女を罠にはめ、皇帝暗殺の汚名を着せたのだ。
 その日、彼は自分の部屋の窓からその処刑を眺めていた。
 家臣達がわざと、見えるところで処刑を行ったのだ。
 それから1週間もたたない内に、彼は父、つまり皇帝に願い出て幼いながらに修行場として名高いランロスへ向かった。
 皇帝がレインにたくさんの支度金を送って向かわせたため、レインは何不自由なく自らを鍛えることができた。
 これが、家臣を抑えられなかった皇帝の償いでもあった。
 それから6年、レインは立派な騎士として帰ってきた。
 母のように整った顔立ちの美男子となった彼の手の甲には、騎士として最高の証と言われる【紅の紋章】が刻まれていた。
 これは、ランロス修道院が教える5つの魔力を扱う者を指し、名実共に、最高の騎士と言うことを表していた。
 この紋章を刻んでいる者は世界に数人しかおらず、レインはまさしく最年少の最強騎士となっていたのだ。
 そして、3年前の首都攻防戦で活躍したレインは城の領主の地位を獲得する。
 それから今までの3年間、息子とは会っていない。
 いつ、誰が自分を政治の道具として利用するかもしれない王宮より、地方のほうがよっぽど暮らしやすかったのは誰の目にも明らかであった。
 皇帝になれるチャンスが彼の人生を大きく狂わせていた。
 それは、これからも続くだろう。
 しかし、それまでのランロス修道院での修業時代は彼に大きな物をもたらした。
 サラやカイなどの七星団のメンバーとはこの時に出逢っていたからである。
「レイン様、陛下の御許へ」
 皇帝が、思案から目覚めた。
 昔のことを思い返している自分に、少し自嘲的な笑いを浮かべた。
 年をとると昔を思い出すと言うが、本当じゃな。
 横で、ココが微笑み返した。
 お前に微笑んだのではないわい。
 皇帝の顔がそう言っていた。
 レインは、そんなことを考えている老人を目の前に礼儀正しく頭を下げた。
 彼は、修道院に行かせてくれた皇帝の父親としての心には感謝しているが、自分よりも歳が下の女に手を出して自分のような犠牲者を増やそうとしている皇帝を人間として快くは思っていなかった。
「陛下、此度は先ほどの戦の戦後報告のため、まかり越しました」
 凛と通った声が静かな玉座の間に響く。
 玉座の間には王の側近が席を並べ、窓からの日光が部屋全体をまぶしく照らしている。
 玉座の両脇の側近達は、いつもならレインを見下した発言が多いが、本人が発する独特の雰囲気に飲み込まれ、目の前にすると思わず頭を下げてしまう。
 背後に控える王宮直属の歴戦の武将達は、戦場のレインをよく知っている。
 冷静、冷徹であり、自らの信念を徹底する。
 戦場では疾風のように荒れ狂うが、部下を失わないように常に気を配っているのもこの男だ。
 彼が参加する戦は常に帝国が勝利し、損害も極端に少ない。
 しかも、鎧を脱ぐとその気高い品格が他の誰とも違うのがわかる。
 驕りも過信もなく、高ぶりもない。
 常に動かない心が彼の信念を語っている。
 レインが頭を下げて部屋を出ていく。
 いつの間にか報告が終わっていた。
 彼が去った部屋からは緊張がとけたかのように静かな雰囲気が漂った。
 気を抜いたように肩の力を抜きながら、新米の武将が、隣の立派な髭の部将に話しかけた。
「あれが噂に聞くレイン様ですか。恐い方ですね」
「馬鹿野郎」
 王宮の部将をまとめている親衛隊長のパイロン将軍が厳しい口調で呟いた。
「あの方こそ、玉座をつぐに相応しい」
 ほれぼれするようなため息をつぎながら、老練な彼が呟いた。
「たしかに、戦争では負け無しですが…」
「間抜けめ! あの方が入ってきたときの品格と威圧感がわからんかったのか!」
 鋭い口調で怒鳴りつけると、既に毛がない頭を掻きながら将軍はそのまま黙って部屋から出ていった。
「隊長は、だから政敵が多いんですよ…」
 部屋を出ていく将軍の最後の一瞥が、王宮補佐官の若い男に向けられた。


 レインの姿が王宮の柱の影から不意に現れた。
 サラはレインの馬の手綱を握って座っており、カイはきちんと座ってレインの馬の頭を撫でてぼんやりとし、アッシュは暇そうに欠伸をしていた。
「レイン様」
 アッシュが一番に気づいた。
 彼は人の気配に敏感なため、常に暗殺者などに気を配っている。
 レインには王宮にも敵国にも非常に敵が多い。
 出る杭は打たれるといった様に若い領主は色んな恨みをかいやすいものだ。
「さぁ、帰るか!」
 レインは何事もなかったかのようにさらりと言ったが、心の中ではとても晴れやかな気分だった。
 王宮にはいると、権力や賄賂で汚れた空気を吸うことになる。
 子供時代を思い出してしまった。
 そんな記憶を再び奥底へ秘め、レインは帰路へ着いた。









     第4話 会議と仲間と村



 ハンター達が集まり、自給自足しながら過ごし、休養をとる集落。
 魔獣を狩る彼等だが、やはり心のよりどころは必要なものである。
 一流の腕を持ったハンターチームでも、そのほとんどは集落の中で英雄として崇められている。
 集落の子供達にとって、自分たちの集落に大きな魔獣をしとめてくるハンター達はまさに凱旋将軍と言った感じであろう。
 集落は村とも呼ばれ、大きな集落になると国の呼びかけに応じて進軍する道の魔獣を一掃するなどの依頼などもたくさんこなしている。
 ランロス修道院も魔獣討伐の依頼を受けているが、修道院は主に小型、集落には大型の魔獣討伐を頼むことがどの国でも一般化されている。
 なぜならば、修道院の騎士のほとんどは見習い騎士のため、失敗することが多い。
 寄付金(依頼費)は民間から見ても高くはないが、あまりに危険な依頼は失敗することがかなり多いのだ。
 逆にハンターは、値段は破格だが信頼性が高いのだ。
 彼等は暮らしのために討伐するだが、その手際は見事なもので、ほとんどの依頼はこなしてくれる。
 集落によっても色々な特徴があるが、依頼達成率ナンバーワンの集落が大陸の西に存在する。
 遙か遠くに3大高峰の1つであるマンブロス山脈を眺め見ることができる広大な草原。
 想像すらできないほど広い草原にある唯一の丘に、簡素だが堀と塀を築いた砦があるのが草原中からも見渡せる。
 それ故、草原の全てを一目で見渡せることができるこの砦には多くのハンターが集まり、やがてこう呼ばれるようになった。
 タイヤー砦と。
 砦の門は威嚇的な牙がいくつも並び飾られ、塀と門の穴からは幾つもの大型火砲が草原ににらみを利かせている。
 軒を連ねる茅葺きの家々が丘を登るに連れて数を増やし、井戸や広場を囲むようにそれぞれが組を作って代わる代わる井戸から水をくみ出す。
 夕方だけあり、夕食を作るために水をくむ人達が順番を今か今かと待ち続けているのがどこかほのぼのとした雰囲気を醸し出している。
 丘の上には家が無く、代わりに神殿風の石造りの館が一軒、堂々と気風をふりまいている。
 その館は他の家にはない2階があり、開け放った窓からは集落だけでなく草原、さらにマンブロス山の勇姿を眺め上げることができるのだ。
 門のすぐ脇に建造された矢倉の鐘が鳴り響く。
「ばか! 日暮れの鐘はもう少し後だぞ!」
 矢倉の下で、懐中時計を懐から出して時刻を確かめながら男が叫んだ。
 ドタバタと矢倉から音が立て続けに聞こえた。
 下にいた男は矢倉の扉を開きに急いで走り出す。
 予想通り、矢倉の上にいた男が目の前でのびていた。
 急いで階段から下りたため、足場を踏み外したのだろう。
「おい! どうしたんだよ」
「バンだ…」
「は? なんだって?」
「バン達の遠征隊が帰ってきたんだよ」
「それにな、すげぇ大物を狩ってきたんだよ」
「なんだって!?」
 さっきまで馬鹿にしたような笑いを浮かべていた男の顔が、一気に興奮へと変わっていった。
 

 草原の真ん中で、ビルが雄叫びを上げた。
 砂漠でバンが叫んだ時より声は大きいが、歓喜の声だと言えよう。
 3人の背後では、馬が重そうな嘶きを上げて歩をゆっくりと進めてきた。
 馬たちは自分たちの何倍もある巨大なサソリを運んでいる。
 いくら魔獣と言えども、そのサソリは重すぎた。
「そろそろ馬がやばいな」
 水筒の残りの水を馬の額にかけながら、バンが可哀相に呟いた。
 バンの背中には、大きな革袋が背負われている。
 その大きさは、子供なら余裕で入り込めるぐらいの大きさである。
 ハンは弾を1つ、火砲の装填口へ放り込んだ。
 発射口を大空へ向けて放つと、その弾は青い煙を赤く染まった夕焼け空に一直線に塗りたくっていく。
 砦から、10頭の馬を引き連れた男2人が急いでこちらへ向かってくるのを見て、ビルがちぎれんばかりに手を振った。
「すげぇな…」
 馬に乗った男が呟いた。
 時計を持っていた男は、手袋をいくつも重ねてそっと毒針に触れていた。
「残念だったな。キレイア。毒はもう全部抜いたよ」 
 バンが腰の革袋から慎重に鮮やかなピンクの内臓らしき物を取り出した。
「すげぇ…これが大サソリの毒袋か」
「すげぇばっかりだな、お前は」
 もう1人の男、矢倉から落ちたビーンは全ての馬に獲物を縛った縄を括り付けていた。
 増援のおかげで、一行はすぐに砦の門をくぐることができた。 
 まさしく凱旋将軍のような待遇であった。
 村の若い娘2人が、うれしさに喜ぶビルの横を通り過ぎてバンとハンに水の入った器を渡した。
 バンが水を御見終わる頃には、ビルが男達の胴上げされてまるで空中を上下に浮いているようだ。
 ハンは群衆の中から巧みに抜け出し、酒場の裏に逃げ込むのをバンは咎めもしなかった。
 そして、村長へ報告をするからと皆を解散させると、口惜しそうなビルを引き連れて石段へと歩を進めた。
「ん? ハンの野郎は?」
 彼の呼びかけに応じるように、ハンが酒場から出てきた。
「酒場に、宴会の用意を頼んできました…」
 ハンはそう呟いただけだったが、酒場の戸からハンを見つめている若い女性をバンは見逃さなかった。
 村長の家は神殿のようにいくつかの柱が外にあり、戸は観音開きになっている。
 バンが扉を開けると、村長がいつものようにはげた頭を汗ににじませて立っていた。
 この村長は、村長であることを除けば昔は凄腕だったらしいが今は暇をもてあましているただの老人である。
 いつものように、自分が昔しとめた獲物の毛皮のローブを着込み、角でできた杖を両手で握っている。
「1ヶ月ぶりに良い報告を聞けて、儂も嬉しいよ」
 呼吸が荒い。
 おそらく、さっきまで非常に興奮していたのだろう。
 村長は家から出ることを嫌い、主に集落の中を見ることで暇を潰しているのだ。
 ビルの視線は、村長の背後に発っている背の高い女性の方へと向いていた。
 名前はキン。
 黒い髪を肩まで垂らし、膝ぐらいの長さの青いスカートの上に白い毛のマフラーを首に巻いている。
 非常に寒がりなのだ。
 洗練された美しさの中に、どこか寂しげな表情が隠れている。
 村長は口ごもりながら、よくやったを言葉の中に何度もいれていた。
 それから1時間後、荷物を自分の家に入れて落ち着いた3人はあっという間に村中の人から酒場に引き込まれる羽目になってしまった。
 


 王宮の最奥が皇帝の住まいなら、最上階は秘密の会議室になっている。
 円卓の上座には皇帝が座り、時計回りの順に皇帝補佐、財務長官、政務長官、親衛隊長、戦略補佐、そして修道官が席を連ねている。
 一番太っているのが財務長官のウェルブ。
 政務長官のスキンはパイプを吹かしながら椅子に身を沈めている。
 戦略補佐のウルトは座っていても背の高さがよくわかる。
 修道官のバレンは、骸骨のように白い肌をしている。
 気味の悪い仕草で自分の唇をなめ回している。
 まるで蛇のようでもある体つきだ。
 そして、この中で一番若いのが皇帝補佐官のシュルトである。
 皇帝の弟の孫である彼は、皇帝の一族で一番優れた才能を持っている。
 全てにおいて細やかな気遣いを見せ、会議の中でも発言力が大きい。
 その彼を、最も敵視するのが親衛隊長のパイロンである。
「では、今日はこれまでと言うことで」
 シュルトがゆっくりと立ち上がって、解散を告げた。
 散っていく面々の中で、パイロンとバレンだけが席に座ったままだ。
 パイロンは常に王宮の中に目を光らせ、皇帝の力を削ごうとする物達を排除しようとしてきた。
 会議のメンバーのほとんどは、己の出世のためだけに働いている。
 それは結果的に皇帝のためになることなので、パイロンは多少の横領には目をつむってきた。
 だが、目の前で居眠りを始めたこいつだけは違う。
 目を見ればわかる。
 賤しい欲望ではなく、恐ろしい野心と野望が見え隠れしている。
 ランロス修道院の騎士でもあるバレンだが、修道院の回し者でもある。
「お前、何が目的だ…」
 バレンが急に顔を上げた。
 そして、まがまがしい笑顔でゆっくりと呟いた。
 毒々しく。
「全てですよ」
 


 レヤンの城主の間は一段と静まりかえっていた。
 今日も開け放たれた窓からは、心地よい風がながれている。
 紅い髪の青年レインが2人の男が話す諸国の情勢を、目をつぶって静聴している。
 彼は席には着かず窓の手すりに座っていたが、やがてゆっくりと椅子に身を落ち着けた。
「ご苦労だった。パンサー、ビクトル」
 パンサーは二十歳そこそこの茶髪の青年で、騎士団の戦術全てを取り仕切っている。
 レインの決定をパンサーが具体的な陣割りで実現する。
 それが騎士団レオのやり方だ。
 黒髪のビクトルは政務長を担当しており、痩せてはいるが城の政治の全てがその細い肩に担われている。
 この城は数年前までは生産技術が未発達で、ほとんどを輸入に頼っていたが更地のほとんどを田園にするという大事業を展開したおかげで人口、生産が年々倍加し、ついには輸出すらできる豊かな城へと変貌を遂げたのだ。
 この2人はランロス修道院でずっと戦っていたが、それぞれの才能を生かし切れない修道院を抜け出して流浪の末にレインのもとへたどり着いた。
 謁見する也、レインはすぐに2人の剥奪された騎士の位を復活させて七星団へと向かい入れた。
 彼等は謁見するなりレインの気品と寛大さ、器の大きさに魅了された。
 まるで、全てを見通す赤い瞳。
 鬼神のような戦場での剣技。
 そして、一国の主に相応しい聡明な性格。
 この2人、いや、七星団の全員にとって、レインが皇帝になることが悲願なのだ。
「パンサー、どの国が先に帝国を攻めると思う?」
 珍しく、レインが質問をした。
「え? あ、はい。やはり、南東かと」
「ヤングルか」
 だが、レインはもはやその話題から心が離れているようだった。
「戦をしたいな…」
 誰にも聞こえないほどの小声で、レインが呟いた。
 彼は野生なのだ。
 いくら優れた城主でも、戦の中での極限状態が待ち遠しいものなのだ。
 生を実感すると言ってもおかしくはない。
 だが、先ほどの戦でヤングル国が動くことはあり得ない。
「平穏が続くか…」
 レインが下がれと手で合図すると、2人は頭を下げて扉を閉めた。
 部屋にはレイン1人。
 彼が1人になるときは、思考を巡らしてつぎに起きることを予見するとき。
 彼の脳細胞が活性化する。
 平穏が続けば、外への守りは心配が無くなる。
 逆に、内は弱くなってしまうのだ。
 王宮の中の内乱、もしくは修道院が王宮に戦を…。
 可能性がないわけではない。
 父の体も弱ってきている。
 そろそろ手を打つべきか…。
 彼の脳裏に自分が皇帝になったときの姿が浮かぶ。
 しかし、それが実現するのかしないのか、若いうちか、老いたときかはわからない。
 バタン
 ドアがいきなり開いた。
「西の守備隊が攻撃を受けているようです! 戦が始まります!」
 サラの澄んだ声が響くと同時に、レインは剣を握っていた。









   第5話 フゥイ



 こんなことがあるのだろうか。
 神よ。
 お救いください。
 白い髭をフードから覗かせながら、初老の男が草原を歩いている。
 暗黒の闇夜の中で、男の姿は何故かくっきりと見えた。
 背中には袋を担ぎ、その袋の口を縛っている縄は肩を縦に横切って右手で握りしめられている。
 袋はほとんどぺちゃんこで、中に入っている物は乏しい。
 男は最低限の物しか入れていなかった。
 水、僅かな食料、魔獣除けの閃光玉、そして聖書。
 聖書と言っても、神の教えを説いたものではない。
 そもそも神の教えという物がこの世界には存在しない。
 占いなどの類しかオカルト的な物は存在しないのだ。
 彼の聖書とは、人類の起源を説いた本である。
 彼が唯一、飽きることなく何回でも読むことができる本だ。
 内容は、簡単に言うと次のように要約することができる。
{人は5つの力を操る。水、炎、風、土、氷。しかし、どれも人類の誕生には深くは関わっていない。深く関わる力は、人類の誕生と共に封印された。それは、雲を通してのみ現世で力の一部を降らせる。神の力はやがて現世に現れ、罪深き5つの力を操る者達を粛清していく。恐れ敬い、その力を操る者をみよ。かの者こそ、神なのである}
 男の一族は、この本を書いた。
 何世紀も前の話だ。
 男は昔を思い起こす。
 若きある日、父親から譲られた宿命。
 神をさがし、ある物を渡すこと。
 それから彼は30年、諸国を歩き回って神を探し求めた。
 しかし、その30年は無駄に過ぎていったのだ。
 男は草原の寒さに震えながら右足を踏み出し、つぎに左足を前へと進めていく。
 左手の樫の木の杖が草のクッションに深く沈む。
 深い草に足を取られながら、男は顔を上げた。
 目が爛々と輝いている。
 希望を見たからだ。
 目の前には、柵と門が姿を現していた。
 男がその門をゆっくりと押し開く。
 ここはハンターの村。
 名はタイヤー。


「ほら、もっと飲めよ」
 ハンター仲間達のジョッキを、バンは一気に飲み干した。
 酒場は既に大所帯で、中心の3人を囲みながら酒をつぎ足していく。
 彼等は酒を飲む口実があればそれを逃す手はないと言わんばかりに飛びついてくる。
 酒は彼等が日常で飲むほど安くはない。
 祝い酒という口実で湯水のように飲み尽くす。
 それがタイヤーでの酒の飲み方の流儀であった。
 円盤状の机の上に片足を載せたビルが、10杯目のジョッキを飲み干すのをバンはおもしろそうな表情で眺めている。
「明日、二日酔いになっても知らないぞ」
「リーダー、二日酔いになれるぐらい酒を飲むなんて機械は滅多にありゃしませんよ」
 バンの忠告を、11杯目の酒と一緒にビルが飲み干した。
 ハンはこのような場所には向いていないのだが、それでもただ静かに酒を飲む姿は様になっていた。
 その彼の周りは、ほとんどが女性である。
 この色男はクールな上に酒も強い。
 ビルとは真逆だ。
 バンは3杯目のジョッキを手に取ると、半分ほどを飲んだ。
 酒に強くないと言うことを自覚しているからか、バンは食事に手を伸ばし始めた。
 宴会では仲間達とも楽しく喋るし、酒も多少飲む。
 だが、それよりも強い興味が彼の頭にこびり付いて離れない。
 袋の中に隠して連れてきた少年だ。
 少年は一向に目を覚まさなかったので、家にそのまま置いてきてしまっていた。
 バッグの側にはその場にいるように紙に書いて置いたし、果物を少しメモの横にも置いてきた。
 そもそも、村の掟でよそ者を入れてはいけなかったのである。
 だから、少年がここに入ってくることになってはいけなかったのだ。
 彼は鶏肉を歯で食いちぎりながら、再び酒を少し飲んだ。
 おいしい。
 久しぶりの豪勢な料理、そしてアルコールに眠気が加わってきた。
「う゛ぇぇぇ」
 ビルが吐いた。
「飲み過ぎるなっていっただろ」
 それに合わせて、周囲の仲間達も大きな声で笑いながら汚物の処理を始めた。
 気づくと、ビルはもう寝ている。
 この脳天気なところがビルのよいところである。
 如何にかきょうな所でも、恐れながらもくじけない。
 精神力はかなり強いのである。
 村長のボロンがいつになく上機嫌だ。
 何せ、今回の依頼は大口の依頼だったためにかなりの儲けになったのだから。
 ボロンは彼以上の酒を飲んでいる。
 ハンはと言うと、顔色も変えずにまだ飲んでいる。
 酒が哀れになるぐらい、彼は水のように飲み干していく。
 そんな宴会の絶頂期に、突然酒場の扉が開いた。
 まずい。
 まず頭に浮かんだのは、少年が目を覚ましたのだろうと言う考えだった。
 なぜなら、村人は全員宴会に出席しているためである。
 それでは、追放は免れない。
 頭が真っ白になり、血の気がひいた。
 酔いをさますには十分な刺激である。
 諦めかけたその時、しわがれた声が静まりかえった酒場に響いた。
「すみません。旅の者なのですが、温かい物を少し恵んでいただけないでしょうか」
 見ると、フード付きマントを纏った初老の男が立っていた。
 白い髭は寒さで震え、青白い顔で突っ立っている。
 人混みをかき分けて、村長が進み出た。
「すみませんが、我々はよそ者を信用しないのです。本来なら出ていってもらいますが、今日はよいことがあったので宴会をしているのです。一晩の宿と食べ物なら恵んでやれるが、それでもよいのならどうぞ此処にお座りください」
 村長の譲った席に男が座って料理を口にするのを見るにつれ、宴会も賑やかさを取り戻した。
 男は酒を断り、ただ料理を口に運んでいたが好奇心から話しかけてきた村人達の質問には丁寧に答え、村人の冗談には快活に笑い出した。
 なにせ、情報を手に入れる機会が全くないハンター達は、町にでも行って話を聞くぐらいしか情勢を知ることができないのだ。
 男は諸国のことに詳しく、最近あったレヤンの城の攻防戦の話しもよく知っていた。
 バンはその男の話を聞くと、旅の目的を聞いてみたが男はなかなか口を割らない。
 そのまま宴会はお開きになり、地べたで寝たままのビル以外に酒場は人がいなくなった。
 バンは男を家に泊めると村長に告げると、男と共に家に入っていった。


 少年は目をうっすらと開けた。
 どうやら砂漠ではないようだった。
 木の柱と天井が視界に映ってきた。
「目を覚ましたようですよ」
 しわがれた声が耳で聞き取れた。
 優しそうな笑顔を浮かべた初老の老人が、少年に食べやすいように切り分けた果物を差し出した。
「お食べなさい」
 少年はそれに答えず、上半身を起こした。
 毛皮の上に寝かされた自分の体を見て、果物、男へと目線が泳いでいく。
 それから、少年は勢いよく果物をほう張りだした。
「お腹がすいているようですね」
 男は、まるで自分の息子でも見るように嬉しそうな笑顔で少年を見つめて放さない。
 今度は、眼帯の男が部屋に入ってきた。
「体の具合はどうだ?」
 彼の掌には料理がたくさん乗った皿が乗るっかっている。
「宴会からくすねてきたんだ。食えよ」
 少年は置かれた皿から次々と料理を口に運んで、やがて満足そうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「ようやく喋ってくれましたね」
 老人が愛想よく言った。
「お前、どうして砂漠で倒れてたんだ」
「この人はバンさんと言って、君を助けてくれたんだよ」
「ありがとうございます…バンさん。でも、砂漠になんでいたかわからないんです。歩いていた記憶はあるんですが…」
「そうですか…でも、きっと思い出せるでしょう。今日はよく休みなさい。私は今日だけ宿を取っているフゥイという者です」
「早速だが、お前は明日、このフゥイさんと一緒に出ていってもらう。村の掟で、ここに入られないんだよ」
 バンが身を乗り出した。
「そう言うことです。明日、私と一緒に此処を出ましょう」
 少年は、ゆっくりと頷いた。
 その時、革の切れる音と一緒にフゥイのマントから剣とベルトが落ちた。
「あんたの剣か?」
 バンが息をのんだ。
 その剣はスラリと長く美しく、白銀の鞘に覆われていた。
 鞘には7つの大きなダイヤモンドが輝き、柄にはさらに大きなダイヤモンドが埋め込まれている。
 十字形の鍔は見たこともない彫刻が施され、太陽のように剣全体が輝いていた。
「いいえ、これは一族の伝わるものです。一族の伝承によると、なんでもこの剣を抜ける者は人類の起源に関わっているらしく、神のような力を扱う存在だそうです」
「それがあんたの旅をする理由?」
「はい」
 しわがれた声できっぱりと答えた。
「じゃあ、俺も挑戦してみるか」
「どうぞ」
 フゥイの渡した剣をバンは握った。
 冷たくなく、暑くもない。
 金属でできているのが信じられないほど軽かった。
 柄に手を伸ばして力を入れるが、抜けない。
「その人物なら、指一本でも抜けるそうなのですが…」
 フゥイは残念そうに言った。
「僕にもやらせてください」
 今度は少年が柄を握った。
 少年は握った瞬間、どこか懐かしいにおいがこの剣からするのを感じた。
 そう、まるで昔の友達と再会したような気分にもなった。
 抜ける。
 少年は感じた。
 そしてそれが通じたかのように、鞘から彫刻が施された刃が姿を現し始めた。
 空気のように軽い。
 神秘的な彫刻にもとれる少年を、フゥイは信じられないような目で見つめた。
「あなたこそ、神だ」










2006/11/03(Fri)23:51:17 公開 /
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