『世界の裂け目 3話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:アタベ                

     あらすじ・作品紹介
今いる世界と別の場所に繋がっている「世界の裂け目」が見えることの出来るコウの非日常が、日常へと変わっていく変なお話。

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 今日の授業もそろそろ終わる。一週間もあと数分で終わる。週末の最後の授業など集中して受けられる学生は何人いるのだろうか、とアキは授業中にも関わらず雑談の声で賑やかな教室の中を見渡した。自身も授業に集中していない中の一人なのには気が付いていなかった。
 何気なくコウの横顔を見る。コウはアキに見られていることに気が付かない。一人でいる時のコウの表情は他人を寄せ付けない雰囲気を放っている。その表情は一人でいる時にしか見せない本当のコウの表情で、いつもアキに見せている明るい表情は上辺だけのものなのかも知れない。
 そんな後ろ向きな考えを巡らせていると、授業終了を告げる間抜けな音が学校中に響く。教師もその間抜けな音を確認すると黒板に叩きつけていたチョークから手を離し、おざなりな挨拶を終え、教室から出て行った。学生は教師にろくに頭も下げず、今日の授業が終わった開放感に浸り弾む声で数人と雑談を交わしていた。週末に浮かれる学生の中でコウだけは表情を変えず、鞄の中に静かに落ち着いた様子で教科書を片付けていた。
 最近、コウは変わった。あくまでアキが感じているだけのことなのだがアキはその直感が気のせいだとは思えなかった。
 コウが変わったと感じ始めたのはサエが殺されたと告白してくれたあの日から数日経ってからだった。コウの性格、通常の人間ならあんな出来事の後もいつもどおり生活は出来ないことは考えるまでもない。あの日からコウはアキを避けるようになった。アキからコウに話しかければ普段どおり対応してくれるのだが、コウからアキに話しかける場合が殆どなくなった。学校の帰りも駅まで送ってくれない日が増えていた。



 コウの変化はあまり喜べるものでもない。悪い方向に変わっているように感じる。そうなった原因の大半は自分にある。力に目覚めたコウの精神面のケアが不十分だったのだ。コウが弱っている時こそ同じ力を持つ自分が支えてあげなくはいけないのに。
 コウが自分に距離を取り始めても、あえて距離を詰めよとしなかった自分が悪い。その反省を踏まえて今日はコウと一緒に帰ろうと誘ってみることにした。コウのことだから断ることはない。乗り気でなくても、コウは絶対に断らないのだ。そのコウの性格が、アキがコウとの距離を詰めるのを踏み留ませる要因でもある。嫌われてはどうしようと考えていては、コウとは付き合っていけないし、今以上の関係にはなれない。受身なコウに受身で接するのは間違っている。
 それでも、嫌われるのは怖い。ただ一緒に帰ろうと誘うだけなのに、何故こんなにも緊張しなくてはいけないのか。可笑しな話だ。少し前までは一緒に帰るのが当たり前だったのに。
 気付けば授業が終了して五分が経っていた。アキの鞄の中には教科書も何も入っていない。鞄の中に片付けるべきものは筆記用具の散乱した机の上に無造作に置かれたままだった。五分程度の時間で、教室に残っている学生の数は三分の一程減っていた。十分もすれば、教室には自分だけが残っているのだろう。幸い、まだコウは教室の中にいた。アキは急いで、乱暴に鞄の中に教科書を押し込み、コウに近寄ろうとした。だが、近寄れなかった。足を動かすよりも人影を確認するのを優先してしまったからだ。
 コウの傍にはアサカが立っていた。アサカの表情は険しい。コウは不機嫌そうな、迷惑そうな困惑しているような、とにかく、好意的な表情をしていなかった。
 一体何をしにきたのだ。あの女は。どうしてこうも自分の邪魔をするのだ。なんて目障りな存在だ。
 苛立つ感情をアキは否定しなかった。嫉妬と共に生まれたアサカに対する憎悪がここぞとばかりに動き回っている。アサカとコウが作りだす空間に入り込む余地のない自身の立場にも腹が立った。
 コウとアサカを傍観しかできないアキを置いてきぼりに、二人は教室を出て行った。コウはアキの存在に気が付いていなかった。コウの中にはアキが一緒に帰ろうと誘ってくることも頭の中になかったようだ。コウがいなければアキが独りで帰ることも考えにないようだ。
 目的をなくしたアキは掻き乱された感情を落ち着かせる方法を忘れ、立ち尽くした。教室からは、一人、また一人と学生がいなくなる。
 そして、アキ一人が残った。
 アキは糸の切られた人形のように全体重を掛けて、椅子を壊すくらいの勢いで椅子に座った。椅子に対しての八つ当たりだ。
「……どうして」
 アキの声は虚しく、一瞬で空気に飲み込まれた。
 つい最近まではコウは自分を必要としてくれた。自分を頼ってくれていた。持たれかかってくれていた。それがアキにとって最高に心地よかったのに。
 ――なのに、どうして……
 今はその行為はすべて気紛れで起こしたことのように、コウはアキに歩み寄らなくなった。
 コウは自分が必要な筈だ。同じ力を持つ自分を。たった一人の同類の仲間を。
 ――なのになんでアサカなんかが一緒にいるんだ……!
 あれはただの人間だ。コウとは別の種類の人間だ。コウのことなど理解できる筈がない。コウの苦しみを和らげることも出来やしない。
 ――力も無い癖に。裂け目も、拒絶者も見えない癖に! 何処まで忌々しい女なんだ。
 苛立ちで腕が震えていた。
「どうして僕を見てくれないんだ……」
 縋るような声で呟いた。だがどんなに感情を込めようとも空気には一切関係なく、すべての音を飲み込む。
 暫く、アキは動く気が起きなかった。



 アサカに連れて来られたのは校舎の裏だった。帰路に着く学生が何人か確認できるが人気は殆どない。
 しかし嫌な空気だ。アサカの視線が妙に厳しい。表情も厳しい。親に説教をされる子供の心境を思い出せたような気がした。
「んで、何の用なんだ?」
 俺は沈黙を三番目くらいに嫌っている。特に気拙く、他人に気を遣うような沈黙は嫌いだ。沈黙に耐え切れない。
「あんた、最近変」
 アサカが迷うことなく槍で俺を貫くくらいの勢いで指摘した。
 ――ごもっともだな。
「そうか? 前から俺は変わり者だろ」
 アサカの真剣な声音に対しておどけた調子で返すのは気が引けるが本気で対応したところでアサカにはどうしようも出来ないに違いない。
「そんなことは分かってる。あんただって私が言おうとしてること、分かってるんでしょ」
 アサカの追求は止まらない。俺がおかしくなったことが分かったからといってアサカに何かが出来る訳でもないのに。アサカを巻き込むようなことでもないのに。何故アサカは俺が変わったことは分かるのにそんな簡単なことが分からないのか。
「一体何があったのよ。言いたくないかも知れないけどさ、私で良ければ相談にだって乗るし……」
 アサカが悲しげに俯く。まるで俺が極悪人にでもなったようだ。罪悪感が半端ではない。しかもアサカがこんな表情を俺に見せるのは身から出た錆なのでどうしようもない。
「大丈夫だって」虚しい嘘を吐いた。
「信じろって?」
 相手に嘘だと知られているのに嘘をつくしか答えようのない今の状況は俺に対する拷問だ。
「だって嘘ついてないし。嘘つく理由もないだろうよ。本当にやばかったら学校なんて来ないで引きこもってるっての」
 ――だったらお前になんて言えばいいだよ。なんて説明すればいいんだ。異常な物が見えてまいってるとでも言えばいいのか? 言える訳ないだろ。
「そっか……」
 なんでアサカがこんな表情をしなければいけないのか。悪いのは俺なのに。
「ごめん」
 罪悪感に耐え切れず、謝罪の言葉を漏らした。自分で嘘をついていると認めるようなものだ。
 最悪だ。俺の問題なのに他人に迷惑をかけている。迷惑極まりない。一番俺が嫌っている人間になってしまっている。
「マジで大丈夫だから。心配すんな」
 白々しい言葉だと自分でも思う。説得力のない言葉なのも分かっている。今のアサカは俺の言葉を聞くと言い返せなくなるのも分かっている。
 アサカは言葉を探しているようだった。言葉を選ぶ最中黙り込み、悔しそうな表情を浮かべては沈ませ、次は悲しげな表情を浮かばせる。
「……分かった」
 アサカの選んだ言葉は酷く重く俺に圧し掛かった。アサカは俺を不本意ながらも信じると言ってくれた。俺はアサカの言葉に答えなくてはいけない。嘘のままではいけないのだ。嘘のままで終わらせる気もない。
「あとさ……、私が口出しするようなことじゃないかも知れないんだけど、最近アキ君と何かあったの? 一緒に居ること少なくなった気がするんだけど」
 ――なんでもお見通しかよ。
「別に何にもねぇよ。心配してくれてありがたいんだけど、こればっかりは大きなお世話だ」
 俺の交友関係にまで口を出されたくはない。俺が嫌がることも理解していてアサカは最初に一言断りを入れたのだろう。
「でもアキ君、凄く寂しそうだよ。ちょっと前まであんなに仲良かったのに」
「しつこい」
 アサカの声を無理やりに遮った。いい加減分かっていることを指摘されるのは勘弁だ。
「自分の交友関係くらい自分で何とかするから。俺はそこまでヘタレてない」
 声に出してから声を荒げていたことに気が付く。アキのことを指摘されるのに何故こんなにも嫌悪感を覚えるのだろう。
 自分がアキに取っている態度に自分でも納得出来ていないからだろうか。
「……ごめん」
 ――だから、謝るのはお前じゃなくて俺だってのに。
「謝んなって」
 さっきの荒い口調を中和するように明るく振舞ってアサカを気遣う。だが俺の希望は簡単に潰され、違和感だらけの言葉になった。中和など出来る筈もなかった。一度吐いた言葉を取り消そうなんて都合のいい考えだ。
「他に言いたいことってあるか?」
 俺に何を言ってもアサカの気持ちは納まらないだろう。それでも、言いたいことを我慢したままでいるよりかはマシだ。
「ないのか?」
 俺の問いに答えず、今にも不平を漏らしそうな表情で黙り込むアサカに念を押す。アサカはうんざりしたように、肺に溜めていた空気を足元の落ち葉に向けて力強く吐き出した。アサカの溜息で落ち葉が飛ばされそうな勢いだ。
「独りで悩むな。少しは私を頼れ。分かった?」
 気だるそうに、半ば諦めのこもったような声でアサカが言った。
 なんて頼りがいのある声だ。
 ――お前は俺の母親かっての。
「分かった」
 ここは素直に聞き入れておこうと思う。流石に今すべてを話す気にはなれないが、いつか話してもいいと思える時が来るかも知れない。出来ればそのいつかは訪れなくて自分で解決したいところだが。
 心配させるのも申し訳ないが、心配されるのも悪くない。などと無責任なことを考えながら小さく笑った。久しぶりにちゃんと笑った気がする。
「ありがとな」
 面と向かってこんなことを言うのはかなり恥ずかしいが礼を言わない訳にもいかない。アサカのお陰で少しだけ気分が楽になれたのだから。
「本当に分かってんの?」
 アサカもやっと笑みを見せた。俺に呆れて笑っているように見える。空気が軽くなった。俺好みの空気だ。さっきのような空気は勘弁だ。
 やはり俺は真剣な空気は好きになれそうにない。
「分かってるって。俺の理解力を舐めちゃいけねぇ」
「説得力なさすぎ」
「そんなこというなよ」
 薄く笑いながら軽く言い返す。アサカにも俺の薄笑いが伝染したようで、仕方無いね、と優しげな微笑に変わる。
「うー、あぁその。家まで送ろうか?」
 このままでは会話も途切れ気まずい雰囲気になると悟り、無理やりに話題を変えてみた。不自然にも程がある。
「今日はいいよ。そろそろ塾に行くし」
「そっか」
 それなりに冒険した提案だったのだが軽く流された。それが意外と寂しいもので。
「なんてかさぁ。そんなに勉強してどうするつもりだ?」
「卒業して大学行く時に推薦してもらうのよ。そして大学で遊ぶ」
「そりゃまたでかい野望で」
 アサカの表情が輝いて見える。
「じゃあ勉強頑張れ。俺は進級だけを目標に高望みせず頑張ることにするわ」
 それじゃ、と言い残してアサカに背を向ける。アサカも俺に一言声をかけて俺から離れていく。駐輪場に向かおうとした俺は、教科書の入った鞄を肩に掛けてないことに気がついた。考えるまでもなく教室に置いてきたのだろう。
 行きと比べて微かに軽くなった足取りで教室に戻った。



 冬は日が暮れるのが早い。もう殆ど空は藍色に染まっていて数ヶ月前までは見ることができた夕焼け色は何処にもなかった。
 誰もいない筈の教室に一つの人影が見えた。
「アキ……?」
 人影はアキに見えた。見間違いとは思わなかった。こんな時間まで教室で何をしているのだろうか。
 そんなことよりも、だ。今この空間にはアキと俺の二人しかいない。最近アキとあまり話していなかったこともあり気まずい気持ちが前に出る。アキを避けていたことに対する負い目のようなものを感じる。真っ直ぐアキを見られない。アキを避けることが俺の力を受け入れ日常を取り戻すことの根本的な解決にならないことが分かっているからだ。
「今日は遅いな。何……やってんの」
 出来る限りいつもどおりを意識して声をかけてみた。今までアキを避けていたしわ寄せがあまりにも厳しい。
「コウ君を待ってた」
 頭の隅で予想していた答えをピンポイントでアキが撃ち抜いた。声だけなら聞き慣れたアキの声音なのに今日のアキの声はいつになく重い。
「あぁ……そっか。待たせて、ごめん」
 アキの声に責められているような錯覚して、俺は俯いて小さな声で答えることしか出来ない。
「いいよ。僕が勝手に待ってただけだから」
「電車の時間は大丈夫なのか?」
「多分大丈夫」自信有り気にアキが言った。
「そっか」
 なんて会話すればいいか分からずとにかく一言返事を返すだけで精一杯だった。
 いつものように俺は言葉にならない声で唸り次に発する言葉を考える。
「あー……と。……帰るか?」
「うん。そのつもりで待ってたんだから」
 アキが椅子から軽く腰を上げ、俺の傍まで駆けてきた。アキの以前と変わらない笑顔がきつく俺の皮膚を突き刺している。
「行こっ」弾む声音でアキが俺より先に教室を出た。
「だな……」
 アキの明る過ぎる振る舞いに戸惑いながらも、笑顔でいることを心がけてアキに答えた。
 話題も思いつかないまま、黙っていつもどおり駐輪場に向かう。アキは俺の心境など知らないふりをしてニコニコと笑みを張り付かせていた。
 ――なんでこんなに気まずいんだよ……
 前のように自然に接したいと思いながらもアキに声をかけられない自分が酷く情けなかった。



 何回も一緒に歩いた道を今日はある意味で新鮮な気持ちで歩いていた。こちらからアキに話題も振れず、アキが俺に振る話題に相槌を返すだけの会話ともいえない会話を続けながら駅に向かっていた。
 アキはさっきから変わらず笑顔を浮かべている。その笑顔が俺の気まずさに拍車をかけていることにアキは気が付いているのだろうか。
「寒くなったね。もうすっかり冬だ」
 アキが明るく言った。アキの口からは白い煙が吐き出されている。もちろん俺の口からも白い物が吐き出されている。
「そうだなぁ。なんだか口の周りが煙たいな」
「コウ君は寒いのは苦手?」
「うーん。暑いのよりはいいな」
 そんな他愛のない話題がいつまで続くのかを心配しながら話題を探す。
「でも冬はこたつが俺の生息地だがな」
 季節の話を今更交わすなんて、本当に俺はアキと話してなかったんだなと実感する。
「何それ。蝸牛みたいだね」
「なんだその例え。こたつは殻か? てか生息地とはまた違う気がしないか?」
「そう言われればそうだね」
 小さくアキが笑う。アキに合わせて俺も笑うように努めた。
 そして、沈黙。恐れていた時間が訪れた。俺は黙って自転車を押し、アキは俺の隣で黙って歩く。お互いの顔も見ようとはしない。駅までは今のままだと十分程度かかる。その十分がどれだけ長く感じられるだろう。
 嫌になる。
「ねぇ、コウ君」
 暫く、実際には三分前後の沈黙を破ってアキが先に声を放つ。アキの声音は俺に何かを尋ねるよりも問いただすようなものだった。
「何?」
 何を聞かれるのかと緊張しながらも、平静を装ってアキの声に応える。だが、アキはすぐには質問を俺に向けず、また黙り込んだ。俺はアキが喋るまで何も行動は起こさず待っているだけだった。
 アキが足を止めた。それに気が付くまで俺は足を止めなかったので少しアキとの間に距離が出来た。俺はその場から動かず振り返ってアキを視界に納める。
「コウ君さ。最近僕のこと避けてたよね」
 気付けばアキの表情からは笑顔は消えていた。笑顔の次に浮かべていた表情は俺が抱くアキに対する罪悪感を最大まで強く刺激するような悲しそうな表情だった。
「そ……うかな」
 正直に避けていたと認めるのに何故か抵抗を感じて曖昧な返事しか出来なかった。
「うん」確信のこもった声でアキが言った。
 アキの声は鋭く俺の罪悪感を貫く。
「そっか……」情けない声音でアキに応えた。
 依然としてアキの視線は俺を責め続けている。
「ごめん」
 俺が口にする謝罪の言葉はアキにとって何も意味がないような気がして、口にしてから酷く虚しくなった。それでも「ごめん」と一言口にするだけで気持ちが楽になれるのも認めなくてはいけない。アキに謝罪しているのではなくて、自分が楽になりたいために出た言葉だということを。
「僕のことが嫌いになった?」
 気のせいかも知れないが、アキの声は小さく震えているように感じた。このままだと気のせいではなくなるかも知れない。
「そんなことないって」
 咄嗟にアキの言葉を否定した。これは嘘ではない。誓ってもいい。
「だったら、何で僕のことを避けるのさ」
 嘘ではないが説得力がない。アキを避けていたのは事実だ。嫌いでないなら何故アキを避ける必要があるのか。そう訊かれることは分かっていた。
「それは……」
 理由はあると言えばあるがアキが納得出来るような理由ではないだろう。だが何も答えないことは、アキの言葉を認めるということだ。
「理由もないのに避けるなんて、おかしいじゃないか」
「ごめん」
 また、同じことを繰り返す。最悪だ。
「僕は……!」
 絞り出したような声で、
「謝ってほしいんじゃない……」
 声を震わせながらアキが言った。その一言に込められた感情は俺を縊り殺しそうな程に強く感じた。
 俯き瞳を潤ませるアキを見ていると声が出せない。
「分かった。ごめん」
 今度は心から悪いと思って出た、と思う。
「電車に遅れるかも知れないから歩きながら話すよ」
「うん」弱々しくアキが返事をした。
 肩を震わせながら袖でアキが自分の目を拭う。
「泣かしちゃったなぁ。ごめん」
 ――あぁ、もう。謝りすぎだ。鬱陶しいだろうに。
「いいよ」
 器用に笑みを浮かべてアキが言った。
「助かる」
 自然と安堵の溜息が零れ、力が一気に抜けた。身体を自転車に預けうな垂れる。
「ごめんね」
「なんでアキが謝るんだっての」
 少しずつ身体に力を入れ直し、自転車を支えに立ち上がる。
「コウ君困らせちゃったし」
 何故か自分が一番の悪者だと言わんばかりの申し訳なさそうな表情でアキが言った。
「何でそんな顔すんだよ。俺が悪いんだからさ」
「そうなんだけど……」
 自分を責めるような表情は変えないで続ける。
「あーもう」
 完全に自立しようとした矢先、再度脱力した。
「お前って本当にお人よしだよな。もっと俺のこと責めればいいのにさ」
「そう……かな」
 アキが表情で理解できないと俺に語り、少し考える。
「分かんないや」
「だろうなー」
 今度こそ立ち上がる。学校を出る前まではまだ空は藍色で夜とは違う色をしていたのだが今はどうみても黒色をしていて、時間の経過を分かりやすく俺に伝えていた。
「ていうか、今何時だ?」
 俺は自転車を支えていて学ランの制服から携帯を取り出せないのでアキに時間を聞いた。
「六時過ぎ……。電車に間に合わないや」
「やっぱりかぁ。嫌な予感はしてたんだけどなぁ」
 どうしたものか、と果てない空を見上げて思案する。
 ――飯でも食って電車待つか……。
「飯でも食いに行くか。奢るよ。お詫びも兼ねてさ。近くにモスあっただろ」
「でも悪いよ」
 アキならそう言うと思った。
「付き合ってくれよ。俺もちゃんと話しがしたいしさ。アキが納得してくれるとは思わないけど黙ったままじゃお前にも悪いし」
 まだアキは首を縦に振ってくれそうにない。
「せめて、俺がお前のことを嫌ってないってことくらいは証明させてくれよ」
 アキに嫌われたくないのは俺の本音だ。嫌われるような事をしておきながら身勝手なことを喚いているのは分かっているが、これは俺の我儘だ。
「頼むって」
 小さな沈黙。アキの思考の時間。
「……わかった」
「ありがとうな」
「……うん」
 それから俺達は黙ったまま足を進めて近づいていた駅から離れることにした。道路に列を作る車のライトの群れが鬱陶しいくらいに眩しかったが、この灯りがないと暗闇に耐え切れないかも知れない、とかぼんやりと考えながら飲食店でアキに話す事柄を頭の中で自分なりまとめながら歩いた。アキも殆ど声を発することはなく黙って自転車を押す俺の隣を歩いていた。
 目的地までは、意外と早く着いた。

2006/03/24(Fri)14:08:59 公開 / アタベ
■この作品の著作権はアタベさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。忘れられていると思うので始めまして。
前から投稿させてもらっていた話の続きを投稿させてもらいます。拙く長い文章ですが読んで頂けると幸いです。
感情の変化を表すのはやはり難しいです。今回も唐突に変わっているかも知れません。
こんなダメ奴ですが精進していきたいと思います。
-20060120の過去ログ?に前回指摘された点を書き足してみました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。