『花』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:上下 左右                

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 真っ青な空、灰色のコンクリート。自然と人工のいりまじったある道端。そこに、一輪の花がまるで申し訳なさそうに咲いていた。
 それほど背が高いわけではない。花自体が大きいわけでもない。昔はどこにでも生えていたような平凡なもの。
 しかし、それでも小さな花びらは綺麗な紫色をしており、茎や葉は樹木に生えているかのように青々としている。
 それは、誰にも気づかれることなく、道路の端で顔を出している。いや、誰もが気づいているからこそ、そこにまだあり続けることができるかもしれない。それほど人が通る場所にそれは顔を出しているのだ。
 誰もが無意識でそれを踏んではいけないと思っているかのようにそれを避けていく。どれだけ人が込み合っておろうと、そこに壁があるようにそれを踏むことはなかった。
 それは不思議な花だった。この世に本当に存在しているのかと思えるほどに影が薄く、素が溶け切らないほどに入れたインスタントコーヒーのように濃いという、矛盾した存在感を持っている。
 その花はいったいどのくらい前から咲いていただろうか。それを覚えている者は誰もいない。誰かが気がついたときにはすでに蕾という期間は過ぎ、多くの者を魅了する紫色の綺麗な花びらを広げていた。
 どれだけの豪雨が降ろうとも、どれだけの暴風が吹こうともそれは形を変えることなく咲き続ける。
「ママ、綺麗な花だね」
 小さな子供が通りかかり、その花をまじまじと見詰める。
 一日前に降った雨によりその雫が花に残っていた。それがその花の美しさを際立たせている。光を反射している水滴により、花自体が輝いているように見せている。
「そうね。なんて花なのかしら」
 そういうと、それを一瞥するだけで子供の手を引きさっさと行ってしまった。
 また、花は一人になった。
 何十、何百といった人間が今日もそれは見ていた。
 何をするわけでもない。ただそこに咲いているだけだ。
 それでも花は幸せだった。
 自然破壊が進んでいるこの街で、自分は咲いている。他の花のように人間の手によって植えられたわけじゃない。自分の力だけでこの場所に咲いている。それはとても誇らしいことだった。
 誰も見てはいないだろうその花を、たった一人の少年は毎日のようにそれを見ていた。
 ほとんど毎日この場所を通っている彼はいつ、いかなる時でもその場所を通る時は絶対に花を見ていくのである。
 一回一回はそれほど永い時間ではないが必ず足を止め、誰も見ることのない花を視界に入れる。
 特に表情を変えることはなかったが、それを見ることで生きる気力が湧いているようにも見えた。 

 何もしない日々が数日続いた時の事だ。
 ついにその花は人間に踏まれてしまった。正確には人ではなく自転車。衝突しそうになった自転車がその事故を防ぐためにハンドルをきったその時、それを遠慮なく踏みつけたのだ。
 花は茎が見事なまでに折れてしまい、美しい紫の花弁は半分ほどになってしまっていた。
 それからは、今まであった美しさというものは微塵も感じることはできない。
 いつもそれを見ていた少年もその日以来、見向きもしなくなってしまった。美しかった花を見て勇気を出していた彼は、今のそれを見ると逆に自信がなくなってしまいそうだったからだ。
 それでも、花は一生懸命生き続けた。たとえその美しさがなくなろうともまだ生きている事には変わりはない。そう思いながら生きることに全力を込めた。
 そんな状態になってから何日が経ったのだろうか。それほど時間は経っていないかもしれない。茎の部分がだんだんと茶色く変色してしまっている。
 そうなってしまっても花は枯れないようにがんばる。
もう、体の大半が茶色になっている。
人間で言えば半分以上がミイラとなっている状態なのにまだ自分は死んでいないと思っている。
 紫色をしていた綺麗な花びらなど、とうの昔に落ちてしまっている。
 そんな状態のままいつの間にか冬になり、雪が町全体を包み込んだ。
 神がもうそんな姿を見せることはできない、とでもいうかのように枯れてしまった花を真っ白な雪が隠してしまう。
 それから数ヶ月間、この町は銀世界であり続ける。雪が溶けることなどほとんどありえない。人間によって植えられた木々もすっかり緑がなくなって、代わりに真っ白い雪の花を咲かせているように見えてしまった。
 毎日紫色の見えていたその場所は、人間は気にすることなく踏み付けて通るようになった。
 少年も毎日そこを通るものの、もう花のあった場所を見ようとはしない。目を逸らすように他の者達と同じく歩いていく。まるで、そこには何もなかった。自分は何も見ていなかったかのように。
 長い年月により、誰もがそれのことを忘れようとしていた。 
 そして、ついに銀色の世界が終わる。降り続いていた白い物体は次第に雨となり、そして灰色の雲の隙間から希望の光を思わせる太陽が顔を出す。
 それと同時に、冬空のように曇っていた人間の心も晴れるような気がした。
 寒い日はまだ続くが、雪はだんだんと溶け出していく。
 まだ少し遠い春への第一歩。
 そうなると人間はまた、あの場所を踏まないようにその道を歩くようになった。一季節前に小さくても一生懸命その場所に咲いていた花。それの生えていた場所を……。そこには、溶けかけた雪の中から顔を出す紫色の花びらが見えた。
 枯れてしまった筈のその花。何の種類なのかわからない。冬は雪の下に埋もれてしまって見えないが、その他の季節はずっと咲き続けているその花。一度枯れてしまったそれは、雪の下で新たな命へと生まれ変わり、また綺麗な花を咲かせている。その証拠に、ほんの少しだが枯れた植物のようなものが転がっている。
 もう、その花を見ることができないと半場諦めていた少年が見つけたとき、まるで真っ暗闇に一筋の光がさし込んだかのように彼の顔は明るいものへと変わっていた。



2006/01/23(Mon)21:05:36 公開 / 上下 左右
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■作者からのメッセージ
え〜、初めての人は初めまして、久しぶりの方はお久しぶりです。上下左右です。幻のアトランティス大陸発見旅行から帰ってまいりました。お忘れではありませんか〜?それが怖くてこうして昔の作品を引っ張り出してきました(いや、どうでもいいですな……)さて、これは今の自分で考えてもいったい何が書きたかったのかよくわからなくなっております(ならするなよ!)いえ、そうはわかってい手もできれば読んでもらいたかったわけです。意味のわからないことばかり言って申し訳ない。
いやはや、こんな作品で申し訳ない(-_-;) それでも読んでくださった皆様、有難うございました。それでは、またいつか何処かでお会いしましょう。

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