『Knight of State【第12話】』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:シンザン                

     あらすじ・作品紹介
人類は長年の研究の末、遂に科学を極め、細胞学を研究した。その結果、伝説とされていたエルフやドワーフなど数多の生物が作られた。しかし、その集大成として作った魔神が暴走、人類の科学兵器を持ってしても止めることができなかった。しかし、長年の研究の末作られた【青龍】・【白虎】・【玄武】・【朱雀】と5人の英雄によって遂に魔神を滅ぼした。しかし、代償として全ての文明を失ってしまった。やがて、世界は再び戦乱の時代を迎えてしまう。

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   エピローグ

 人は何故、戦をするのだろう。
 人は何故、人を殺すのだろう。
 人は何故、人を裏切るのだろう。 

 よく漫画のヒーローはこう言う。
 「平和な世の中にしたいから戦う」
 しかし、実際は違う。
 戦いでは人が死ぬし、殺された側の親族からすれば殺した相手は殺人鬼の様なものだ
 では、何故なのだろう?
 他人より偉くなりたい、支配したい願望からだ。
 
 
 青年は本をとじた。
(こんな悲観的な詩集読んでた自分がバカだった。早く戻らなくては……)
 軽くため息をついた青年の髪の色は真紅のように赤く、髪が燃えているようだ。
 170pの身長ではなかなか届かない、高い本棚に本を戻そうとしていると眼鏡をかけた図
書事務員が慌てて駆け寄ってきた。
「王子!もうすぐ即位式ですぞ!早く急がれませ!」
 事務員にしまおうとしていた本を渡すと、青年は何も言わずに城の図書室から飛び出し
た。城の4階の自分の部屋に向かい、扉を開くとすでに家臣達が集まっていた。
「全く!そんな格好でどこに行っておられたのですか!」
 家臣の1人に言われて自分の格好を見ると、寝間着のままだった。
「すぐに鎧を着て、即位式に出なくては!」
 青年は口にあきれ笑いを浮かべている。
「いつまでたっても、ジイの愚痴は変わらないな」
 まるっきり人ごと扱いと言った感じ。
「カイ王子の世話役になってから、寿命が半分は縮まりましたぞ!」
 泡を飛ばして叫ぶ。カイは笑い飛ばすと、鎖帷子(くさりかたびら)から首を出した。
「ところで、あの指輪は?」
 辺りを見渡しながら鎖帷子の上に騎士の絵柄のあるマントの付いた服に袖を通す。
「王家の宝を無くされたのですか!」
 家臣達が慌ててカーペットの裏をめくったりして探し始めた。
「悪い!ちゃんとはめてたんだ。なかなかとれなくて昨日からはめっぱなしだった」
 苦笑いを浮かべると赤い鎧を羽織って颯爽(さっそう)と部屋からでていった。



   第1話 真紅の王

 ここ、アスカ城の正面にある町の中央広場には国中の名士や富豪、国民達がざわめきな
 がら城の正面扉を見つめていた。今日は1週間前に戦死した王の跡継ぎが即位する日。
「先王は立派な方だったが、王子はしょっちゅう家臣をからかってるそうだ」
「昔からいい子だったじゃない?誰にでも平等に接していて」
 民衆は賛否両論の意見を言い合いつつも即位式を楽しみにしている様子だ。なぜなら発表の後は宴会が開かれ、身分にかかわらず出席できるからである。広場の中央には小さな祭壇があり、ここの上で王子が即位することになっている。
城から祭壇までの道には赤いカーペットが敷かれ、民衆が入らないように武器を持った 兵士が道の端に並んでいる。が、予定の時間になってもいっこうに王子はでてこない。
 突然、澄み切った空に角笛が響く。
 角笛が鳴りやまぬうちに高さが7mほどの巨大な城門がゆっくりと開き始めた。赤い鎧を着た青年と近衛兵達がゆっくりと祭壇に向かって歩き始めた。
 民衆は角笛が鳴ると一斉に静まり、王子が行進すると辺りは口笛や拍手、歓喜の声でま
るで爆音のように騒がしくなる。
 城外から聞くと城の中で戦が始まったような騒ぎだと思うだろう。
 祭壇につくと、王1人が祭壇に上り近衛兵は祭壇を囲むようにした。
 一歩、また一歩祭壇の階段を上る姿は非常に晴れがましい。
 祭壇の上には神父が1人、王冠を捧げ持っている。
 カイのはっきりした声が辺りに響く。
「王子、カイ。ただいま参りました」
 カイは真剣な表情で神父の前に跪(ひざまず)いた。民衆は静かに見つめている。神父も満面の笑みでカイの目を見てゆっくりと捧げ持っている王冠を頭に乗せようとし
た。
「これからはあなたが王になられる。御代に栄光あれ!」
 カイが冠を頭に載せられると辺りは口笛や拍手で包まれる。
 カイもその歓声に答えて神父に背を向けて手を振る。が、カイは急に背後に殺気を感じた。
 次の瞬間、神父が隠し持っていた剣でカイを貫こうとする。
 貫かれる刹那、間一髪で剣をかわしたカイはすぐに剣を抜いた。
「隣国の刺客か……兵達よ!民衆を守れ!」
 突如として町の周りに武装した国外の兵士達が300人ほど突入してきた。民衆はパニックに陥り逃げまどう。
「王子カイよ、そなたには死んでもらおう」
 神父に扮していた刺客は剣を持ち直すと再びカイに襲ってきた。身をそらして交わそうとしたが、刺客の早い動きについてゆけず右腕にかすり傷を負ってしまう。
 カイは続けざまに攻撃を仕掛けてくる刺客の斬撃を剣で受け止めながら徐々に祭壇から
降りていく。
 突っ込んでくる敵をギリギリで回避し周りを見ると、すでに近衛兵が進入してきた軍 
と戦っている。周辺の家に上って矢を射かけてくる敵も多数確認した。その矢で味方が1人また1人と倒れていくが、味方も王を守るために選りすぐった精鋭の騎士だ。一騎打ちならこちらの方が上手のようで味方と同じだけの敵を斬り殺していた。
 あの偽神父が戻ってくると3人の敵兵一緒にがこちらに向かってくる。
「4対1かよ……」
 苦い顔で剣をしっかり持ち直す。
 敵が近づくと、周辺の弓兵が一斉に矢をはなってきた。剣で矢を切り落とすと戦闘の1人と斬り合う。右によけて次の矢を交わすとその矢が二人目の敵に当たって祭壇から落ち、敵は祭壇の下に落ちて頭を砕いて死んだ。
 最初の一人目がまた斬りかかってくると鳩尾(みぞおち)に拳で一撃入れ、3人目の斬
撃を先ほどの一撃で気絶した敵を盾にして交わした。その隙に3人目も斬り殺すと偽神父が背後から斬りかかってきた。頭を後ろにそらして攻撃を交わすと、隙を見て刺客の腕を切り落とす。
 刺客が痛みで呻いた瞬間、「てい!」という声と同時にカイの斬撃がその首を切り落としていた。
 祭壇の周りの戦闘も既に終わり、敵の亡骸が次々と増えていく。カイは額の冷や汗をぬぐうとマントを裂いて右腕の止血をし、すぐさま兵達の援護に回った。
 やがて城内の援軍も到着して残りの敵もすぐに全滅させた。

 この戦闘で民衆の死傷者は0、敵は隣国のレリム国であったことを城の玉座で伝令から知
らせれるとほっと一息ついて剣を鞘にしまった。
 グリム国とは昔から犬猿の仲で父は一週間前の戦闘で勝利したが、逃げまどう敵兵の放
った矢が偶然首を貫いて戦死したのだ。
 つまり、父の敵でもある。
 伝令の報告に安心したのもつかの間兵士が1人駆け込んできて叫ぶ。
「敵軍5000、城の近くのグリムの森に進撃!」 



   第2話 宮廷軍師団

 この伝令の報告は広い玉座の間に響いた。虚空にその反響が消えても誰もしゃべろうともしない。先ほどの襲撃に続いて5000もの兵がこの城に近づいている。
 グリム国の最大出兵兵力は2万ほどで、本気でこの国を滅ぼす気なら間違いなく2万の兵
 力全てを使うだろう。とすれば5000の軍は先鋒で、後方に本隊が控えているはずだ。
 皆がこの報告に驚愕する中、第一声をはなったのは……。
「黙っている場合ではございませんぞ!」
 叫んだのはゼオという老臣だ。
 ゼオはカイにジイと呼ばれており、大臣職に就いている齢70の老臣だ。幼いカイの教育係でもあり、顔にはいくつか戦での傷が付いている。いつもカイのことを第一に考えており、肝も据わっている。性格が細かいため、いつも白黒はっきりしている性格のカイを怒鳴っているが……。
 薄くなった短い白髪を掻きながら先ほどより落ち着いた声で一言。
「さっそく対応を協議なさってくださいませ。すぐに宮廷軍師団の招集を……」
 宮廷軍師団とは王直属の軍師団でいわば国の知恵袋だ。
 この進言に、カイは悲壮な顔で唇をかみながら立ち上がって招集の命令をした。すぐさま会議が開かれ、眉を寄せた顔でカイがまず議長席に着いた。
 招集を受けた軍師団は皆険しい顔つきで席に着いた。
「我が軍は4500ほどです。まず、夜襲で敵の先鋒を崩してその後籠城がいいかと……」
 軍師団の1人が意見を述べた。
「ヒットアンドアウェイ戦法か……」
 気乗りしない声で眉を寄せた。
 他の軍師団も頷いてその意見に賛成した。
 その時、ぱっと手が上がった。
「反対です! 籠城で勝てる保証もなければ夜襲の成功率も低い! こんな策ではムリよ!」
 彼女はナキと言って3ヶ月前に引退した軍師団の筆頭だった軍師の孫である。
 特例で出世し、祖父の推薦で入団したがこれまでに意見を採り入れてもらったことはな
く、苦い思いをしてきたのだ。髪は蒼い色で色白のかわいらしい20才、若さを理由に他の団員とはうまくいっておず、軍師団で孤立している存在。ちまたでは軍師団の{孤高の華}と言われていた。
 他の団員がナキを睨む中、カイは(なんだこいつは?)と思いながら腕を組んで品定め
するようにナキを見つめている。彼女は目立った功績が無く、カイも不安を感じていた。そのため、降格も考えていた人材なのだ。
「では……お前の意見はどうだ」
 カイは目を離さずに促した。
 ナキは静かに地図に歩み寄った。
 地図には赤と青の駒がいくつかおいており、それが軍の所在を表している。 
「まず、敵の10km手前、つまり森の手前で陣を敷いて(青の駒を森の手前まで動かす)敵
が疲れるのを待ちます。そして隙をついて全軍で(森の敵駒に駒をおいた)先鋒5000を殲滅(敵駒を地図から出した)します。そして、情報によると本隊は少し離れた入り組んだ谷にいるそうです(谷に赤い駒を置いた)。敵を殲滅したらすぐさま敵に知られる前に本隊をたたきます。つまり、二重夜襲の計です。」
 説明が終わるやいなや、他の軍師が反論してきた。
「敵が疲れる前に本隊と合流する可能性があるではないか!」
 机をたたきながらすごい剣幕で反論してきた。いや、正確に言うと嫌悪の感情が声ににじみ出ている。
 カイは黙って地図を見ている。
「敵は籠城されると戦況が長くなるので先鋒隊を出しておびき出そうとしたのです。だか
らあえて罠に掛かった不利をして敵を焦らし、敵を殲滅する策です。先輩達の策よりはいいと思います。他に意見は?」
「敵が攻めてきたらどうするつもりだ!」
 さっきとは別の軍師が勢い余って席を立ちながらの反論。
「敵本隊が退路を断つまで時間がかかります。それまでは攻めてこないでしょう」
 冷静に返してきた言葉に顔を赤くして怒鳴ろうとする軍師達をカイが止めた。
「やめろ! ナキの意見を採用する! これは命令だ! すぐに準備をしろ!」
 まっすぐとナキを見据えていたカイは会議を解散させた。軍師達は怒りを顔に出しながらずんずんと会議室から出ていった。
 ナキは笑顔でそれを見ている。
「ありがとうございます。正直、私が若いから取り上げてくださらないとおもって……」
 ナキが気持ちの一端をうち明けるようにして静かに頭を下げた。
 いや、それだけでなく頬に涙が伝う。
「すいません……悲しいとかじゃなくてうれし涙……ああ〜もう!すいません」
 恥ずかしそうな仕草がまたかわいらしい。
「ナキ。お前は今の策を全軍に伝えてくれ。私はしばらくここにいる。」
 ナキが笑顔で、座っているカイを見るとスキップしながら会議室から出ていった。カイはそれを見送るとじっとさきほどの地図を見つめる。
「……才能は受け継がれるものか……」
 言葉が漏れた。
 先ほどのナキの姿が一瞬、幼い頃のぞき見た会議の彼女の祖父の姿と重なった。
(自分にも父の才能が受け継がれておればいいが……)
 どうしても自分では父には追いつけない……。
 届かない……。
 背中すら見えない……。
 子供の頃から、父の息子としての期待を一身に受けてきたカイにはその期待は重みの他
 の何物でもなかった。
 ため息をつくと、ふと頭を上げた。
 長い1日だったが、その夕焼けは非常に美しい……。
 しかしカイには何故か始まりのような、そして儚い景色だった。
 その夕焼けにナキの叫び声が響く。
「出陣! 出陣よ! 軍議を始めるわよ!」
 若き天才のこぼれるような笑顔が目に見えるようだった。



   第3話 戦場の友情

 森の手前には草原が広がっている。ここは【グリム平原】と呼ばれており、草は青々と茂る夏になるとここで何千もの軍馬が放牧されている。
 だが、今は幾つものテントが草原にたたずんでおり、ガイア国の国旗がはためいている。ひときわ大きいテントの中で、既に軍議は終わりに差し掛かっていた。
「では最期に、谷にいる敵本隊の偵察、および見張りをやってくれる者は?」
 カイは武将の1人1人の顔を見たが、視線を合わせないようにして冷や汗を掻いている者までいる。一見ただ敵を見ているだけの任務だが、敵に見つからないように細心の注意を払わなければならない。さらに、失敗は作戦自体を駄目にしてしまうほど大きな責任の伴う。すでに配置が決まっている者も涼しい顔をしているが、内心配置換えが行われるかヒヤヒヤしている。
(やはり、ここは古参のゼオだな……)
 カイも他の武将も心の中で彼しかいないと思っていた。経験豊富なカイの相談役で、機転も利くし肝が一番据わっている。
 しかし、彼の言葉が会議の雰囲気を一変させることになる。
「辞退します」
 周りは急に静かになり、全員がゼオの方を見ている。ぽかんと口を見ている武将もいれば、先ほどの言葉が自分の聞き違いかと思って耳をほじくってる武将もいる。
「ゴホッ、すまない。良く聞こえなかった。もう一回……言ってくれないか?」
 カイは気を改めて、再度承諾するかきいた。
「辞退します」
 今度は全員が立ち上がって、ゼオに向かって彼しかいないと意見を述べた。古株のあなたしかムリだ、経験が生きる任務だ、信用のあるあなたしかいない、などなど。
 しかし、彼は一喝して辞退した理由を述べ始めた。
「それだからいけないんですぞ! いいですか!? 儂は古参なだけの年寄りですぞ! 今は若い者に経験を積ませるべき時! この国の将来を担うお主達がこの危急存亡の時にがんばらねばいけないのに……殿もそこを自覚してくれなければなりませんぞ!」
「そうだけど……」
 おどおどと隅の武将が言いかけたが「しかしもかかしもないわ!」と一喝される始末。
「では……お前の息子のゼンは?」
 カイが重苦しい雰囲気を終わらせようと話題を変えた
「あなたの父上の戦死の折りに……」
 側近の1人がそう言いかけるゼオが口を挟む。
「戦死……いたしました……」
 いっそう空気が重くなる。それどころか今度はゼオが目頭を押さえ始める始末。
「では、孫のロイのほうは……(生きてたか?)」
 後ろを向いて小声で先ほどの側近にささやく。
「生きています。年は……22ほどです」
 側近に頷いてみせると声を改めて「では、孫のロイの方は?」と問いかける
「……わかりました。では、ロイにその旨を伝えて参ります」
 ゼオが「よっこらせ」といいながらゆっくりとテントからでて行った。
 しばらくすると、黒い髪のがっしりした武将がテントの中に入ってきた。
「殿。詳細は父から聞きました。喜んで承りたいと思います」
 ロイは深々と頭を下げた。若者らしい飾りのある赤銅の鎧をきている姿がとても雄々しい。きりっとした眉が特徴的で、かなりのイケメンだ。何故今まで気にかけなかったのか不思議なくらい存在感があり、実に礼儀正しい。
「そうか。よく言った! 騎士組長に任命する。騎士5人に兵士50人を預ける。」
 思わず立ち上がってしっかりとロイの手を握ってしまった。それだけ期待がもてる人物に思えたのだ。
「よし! おのおの準備に取りかかれ!」
 カイは拳を手でたたいて勇み足でテントをでていった。

     〜10日後〜

 軍議から9日後、先鋒部隊の偵察から知らせが入った。
「敵先鋒が油断してきた模様」と……
 その知らせが入った瞬間、カイは勢いよく立ち上がって出陣の命令を下した。
 そして、全軍を率いてすぐに森の闇に消えていった。
「いい? 全員声を出さずに移動して。影のように静かにね。」
 ナキが小声で全軍に伝えた。森は誰かが音の電源を切ったと思うぐらい静かで、カイ達の鎧がこすれる音や馬の吐息の音だけだった。馬が嘶(いなな)かないように口を縛り、歩兵達はできる限り身軽な格好で移動していた。
「殿! お待ちしていました」
 暗闇から声が聞こえてきた。声の主は偵察部隊の隊長で、すでに準備万端と言った感じで気力を奮い立たせている。
「よし! 行くぞ!」
 忍び足で敵の陣の近くまで近寄ると剣を抜いて、寝ている敵を起こすほど大きな声で叫んだ。
「突撃!」
 その瞬間、カイと屈強な騎士達が敵陣に突っ込んだ。敵のテントを火で焼き払い、近くの敵を斬りつける、突き倒す。逃げる者は馬の蹄にかけ、だれも敵本隊に逃げ込まないように徹底的に攻めていく。
 後ろでは歩兵部隊も敵を次々と倒していった。カイは、逃げようとする大将を見つけると弓を月のように引き絞って矢を放った。矢は一直線に敵の首を貫いき敵の命を奪った。
 敵が全滅したことを確認すると、ナキが駆け寄ってきた。
「すぐに敵本隊を攻めなくちゃ! 誰かさんが火をつけたからことが知れたらまずいわ……」
「そうだな。すぐに出発だ!」
 カイは苦笑いすると兵を整え、また影のように進軍を開始した。
 しばらく行くと、前方に明かりが見えた。
「まずい! ここは私めにお任せを!」
 ゼオが道の端に軍を隠させると、道から馬に乗った兵士が1人向かってきた。
「あっちでなにかあったのか?煙が上がっていたようだが……」
 不審そうにゼオを見ながら兵士が問いかけた。
「いやなに! 兵士がボヤを起こしましてな! 処罰したことを今伝えに行こうとそちらに行こうとしておりました」
 ゼオが笑いながら朗らかに頭の後ろをさする。
「そうか。では一応聞くが、合い言葉は?」
「合い言葉?え〜、確か……」
 危険を感じたカイは茂みから弓を引き絞って兵士を狙う。
「【わからない】じゃなかったかのう?」
 駄目元でごく自然を装いゼオが答えた。
「そうだ。全く、こんな紛らわしい合い言葉を考えたのはどんな将軍なんだろうな」
 そういうと、兵士は背を向けて戻っていった。
「フゥ〜」
 ゼオが胸をなで下ろした。
「けっこうバカなやつもいたんだな。あんな合い言葉ありか?」
 カイが笑いをこらえながらゼオを振り返った。
 あまりに大きな声で笑うのでナキがカイの頭をぶった。
 それからすぐに進軍を再開し、遂に敵の本陣にたどり着いた。
「ロイはいないようだな。まあいい。行くぞ!」
 カイは剣を抜いた馬の腹をけっ飛ばした。
 油断していた敵は慌てふためいて大混乱に陥り谷から落ちるもの、矢で射抜かれる者、斬り殺される者で死傷者が続出した。しかし、1万を超す敵だけに殲滅する前に逃げられてしまった。
 急いで追いかけると敵は谷の入り口で何者かと戦っていた。
 それはロイ率いる偵察部隊で、あらかじめ谷の入り口で待ち伏せていたのだ。
 ロイの活躍で敵に追いつくと、カイは右に左にと敵を蹴散らしていくロイに駆け寄った。
「よくやった」
 カイは敵の首を突き刺しながらロイを褒めた。ロイも満面の笑みでこちらを振り向くと、カイと共に敵に向かってかけていった。

 戦後、カイは国民の大喝采と共に凱旋入城した。
 夜の宴会で兵士達が騒ぐ中、カイはロイを呼んだ。
「先ほどの働きは見事としか言いようがなかった。次からは近衛兵に昇格だ。共にかってかって勝ちまくろう!」
 カイはロイの手をがっちりにぎる。それにロイはカイの手を握り返した答えたのだった。



   第4話 マリル峠の一騎打ち

 カイ率いるガイア国のグリムでの勝利は大陸に衝撃を与えた。戦いの次の日には各国が戦いの様子を伝令の口から聞き、近隣の王はカイを【赤髪の騎士】と称して恐れることになった。
 戦いから2年後、勢力を拡大したガイア国は宿敵レリム国討伐のために東征を開始する。
 しかし……

 〜ガイア国東征本陣〜
「それはまことか!」
 カイが驚愕のあまり、握っていた軍配を落とす。横にいた東征軍師長のナキは唇をかんで周辺国の地図をじっと見つめている。
 諸将も顔が青ざめ、力無く首を振る者もちらほら。
「レリム国周辺の国々が連合軍を結成し、我が軍と決戦を挑む構え!敵の総兵力は4万以上、我が軍の3倍以上です!」
 再び伝令が状況を報告する。
「……敵の……現在位置は?」
 ナキの問いに、伝令は震える手で静かに周辺を描いた地図の国境の川を指す。
 諸将はその指の先を見つめ、ナキが静かに呟いた。
「……【マリル川】……」
 次の日、ナキは軍議を開くために、進軍を停止して斥候をはなった。
 諸将の中で退却がいいという考えが広がっていることをカイは知っていた。しかし、そのつもりはないし、かといって敵の戦っても勝てる自信はなかった。軍議に参加した諸将もため息ばかりついており、焦りが顔に浮き出ていた。誰もが思っていた。
 
 進退窮まるとはこのことだ……

「斥候の話によると、敵は川の対岸に押し寄せてきています。(ひときわ大きい駒を地図の対岸に置いた)これを全滅させるには自然の力に頼るしかありません。今は6月つまり……」
「梅雨……ですな?」ゼオが後を続けた。
「そうです。これを利用して上流に少数の兵士と共に進軍して堤防を築き、敵が攻め寄せてきたら……」
「ドバーッ!てわけだな。よし!俺自ら行こう!」
 カイが立ち上がった。戦いの準備をしようとしているカイを諸将が一斉に引き留めようとしたが、カイはとてつもない力で振り払う。
「やめろ!やめっ……邪魔だ。ジイ!放してくれ!」
 ゼオだけが最期まで必死にカイを引き留めようとした。
「殿にはもう少し自重という者を……。父君も先頭で勇ましく戦った結果、雑兵ごときの手に掛かったのですぞ!」
 悲痛な叫びは周りから見れば哀れで、一瞬カイも思い直そうとしたかに見えたが……。
「決めたことだ。すまぬ!」
 カイは頭を下げてテントからでていった。その後、軍議はすぐにお開きになってしまった。
 その日の夜、カイのテントをナキが訪れた。
 カイはロイと一緒に囲碁をしていたが、ロイをテントの外に出してナキに座るように促した。
「すまぬ」カイはつらそうな顔で一言、ナキに向けて謝った。
「何で謝るの?一国の殿が一家臣に謝るなんて……」ナキは慌てて頭を上げさせた。
「どうして自分で行きたいの?本隊の指揮が総大将の役目よ」
「お前には何故かなど理由はわからないと思う。グリムでの戦で活躍したのはゼオ、ロイ、そしてお前だ。私は今まで勝利に貢献したことなど無かった。この気持ちがわかるか?」
 今まで心の中に秘めた思いが溢れてくるようだった。自分も総大将として活躍したい。父のように……。
「いいえ……でも、私は活躍するまで日陰で生きていました。あなたは皆の旗印なんだから……」
「わかってくれ。なぜかわからないが、行かなければいけないのだ。何かが呼んでいる。何かが……」
 カイが顔を背けると、ナキが無理矢理自分の顔の方に向けさせた。
「わかったわ……連れて行ける兵士は100人よ。狼煙が上がったら、急いで堰を切って戻ってきてね」
ナキの声が悲しみに溢れていることにカイは気づいたが、何も言わずにそのまま戻っていくナキを見送るしかなかった。
 
 翌日、秘密裏にカイはマリル峠目指して出発した。
 剣の冷たさが手を伝わって全身に伝わってくる。この剣だけが自分の武器、誰も守ってくれないこの作戦の武器なのだ。

 出発から半日、峠の中腹でいきなり進軍が止まってしまった。
 なんと、身の丈ほどの大きな剣を背負った黒い鎧の剣士が1人、道の真ん中で寝ているのだ。
「なんだ、こいつは?」
 カイは男を揺すって起こそうとした。その瞬間、とてつもない殺気がカイを襲う。と同時に剣士が一瞬で背負っていた剣を握るとカイを斬りつけてきた。
「なんだお前は!」
 カイは危うく身をかわすと剣を抜いて構えた。
「俺は起こされることが嫌いだ。それにお前は……ガイア国のカイだな。この先に行かすわけにはいけないんだ」
 理不尽だ。道ばたで寝てる方が悪い。とカイは思った。
 男はそれだけいうとしっかりと構えてカイを斬りつけてくる。
 剣で受け止めようにもすさまじい力で剣を振り抜くので、受け流すので精一杯だ。それでも振り抜いた後の隙をつきながら互角の勝負を続けた。彼の剣で、峠の木が少なくとも5本は斬られていた。まともにうければ真っ二つだろう。遂に、剣士の剣がカイを捉えた!が、鈍い音が響いて剣が止まってしまった。マントの留め具に使っていた指輪が剣を受け止めていた。即位式の時につけていた指輪だ。
「何故……」
 しかし、この一瞬を逃すわけにはいかない。全身の力で剣士の剣をはねとばした。剣はくるくると回ってドスッという音と共に地面深くに突き刺さった。
「殺せ!」
 剣士がいきなり座って頭を垂れた。
「殺さない。その代わり、邪魔はするな。それより、俺に仕えないか?」
 カイは剣士の顔をのぞき込んだ。鋭い目にただ者ではない雰囲気を漂わせている。
「……それは今はできません。しかし、次に会うときには必ず……」
 そう言うと、剣士は峠の向こうへと去っていった。
 カイはそれを見送ると、上流へと向かって去っていった。
 彼らが去った後数十年後に、ここに1つの像が建てられる。
  
  英雄と大剣士の出会いの像が……



   第5話 2ヶ所のピンチと老将の最期

 カイの一騎打ちから日が暮れ、そして朝があけた。
 霧深い山道を一心不乱に歩く100人の軍の先頭は、黒金の鎧を着た青年カイ=アスカールだ。後一息で堤防を作る上流の川岸に着く。
 あと一息
 もう少し
 あとちょっと
 やがて、開けた土地が見えてきた。耳には心地よい川の音が聞こえ、堤防づくりに必要な材木も周りから伐採できる。では一息入れたら早速……。と思った瞬間、向かい側の森から一隊の軍がでてきた。その軍は連合軍の一角のバルタ国の旗指物を掲げている。数はこちらより多い。4000、いや4500。もしかしたら5000ぐらいかもしれない。
「そんなバカな……読まれていたのか……」
 絶望の言葉が口からでる。
 あり得ない……
 いったん退くか……
 しかし味方は歩兵、敵は騎兵。道が広いこの山道ではすぐに追いつかれるだろう。
 となれば……
「剣を抜け!死中に活を求める!いくぞ!」
 剣を静かに抜いた。兵達も一斉に剣を抜いた。
 決死……そんな言葉では表せない覚悟を、今カイは背負っていた。
 蹄の音がゆっくりと聞こえる。徐々に馬の足を速める。
 剣を握っている左手に力が入り、吹き付けてくる風が妙に冷たい。
 そして……突っ込んだ……

 それから3日後の早朝、ナキ達はマリル川に到着した。
「これほどの数の軍勢を……見たことはあるか?」
 ゼオが息を荒げながら対岸を見つめていた。
 対岸は旗で埋め尽くされ、炊事の煙が上がっている。柵が延々と続き、槍や矛、剣などが隙間無く並んでいる。
 どんな勇猛な武将でも、この大軍を見るだけで冷や汗をかくだろう。
 しかし、ガイア軍14000のなかでただ1人、不適な笑みを浮かべているものがいた。
「あそこにいる緊張がゆるみきった奴らが川に流されるのよ。たのしみじゃない?」
 ナキだけがしっかりと敵陣を見据えている。それをロイがあきれながら見ている。
「お前……性格悪いな……」
 ロイの一言で彼女の上機嫌が吹っ飛び、ロイにボディーブローを食らわせると大股で本陣のテントに歩いていった。
「これから軍議を始めるわよ!集合!」ナキの声が聞こえた。
 ロイが先ほどに一撃の影響で気持ち悪そうに胸を押さえて本陣に戻ると、すでにこれからの作戦の説明が始まっていた。君主が座る席は空席で、その席の右側には軍師であるナキの席が、左には近衛隊長である自分が座る席がある。やはり自分もついてゆけばよかった……。カイの席を見つめながら悲しそうに、ロイが席に着いた。ロイが入ってから中断していた会議が再び再開された。(ナキが遅いと小声でなじった)
 先ほどの一言がまだナキの機嫌を悪くしていたようだ。
「まず、きょうからさっそく川の手前に堀を掘り、その土で土塀を作ります。これにより、この浅い川が水計で洪水になってもこちらの陣には一滴も水が入らないようになります。あちらが作業の際に攻めてきても森に弓兵を潜ませているので作業を中断しないように」
 中断しないように。という言葉に厳しい含みを加えながら堂々と自分のテントに戻っていった。ロイは一番最後にテントをでたが、ふと机の端の地図に目がとまった。それはカイの部隊の目的地周辺のもので、そこにはカイの旗印のついた駒が置いてあった。が、そこにはもうひとつ別の駒が置いてある。
 それを見るなりロイは我を忘れて本陣をでると、まっすぐにナキのテントに向かって走っていった。
「ナキ!お前……」
 ものすごい剣幕でナキの胸ぐらをつかむ。
「お前……あそこに敵がいるのを、それも大勢いるのを知っていて。カイを……殿を行かせたな!地図を見たぞ!知っていて……知っていて……貴様!」
「違うわ!昨日、敵の間者が白状して初めて知ったのよ。敵別働隊5000が動いてるって。でも、もう手の施しようが……」
 ナキを握っていたロイの手がゆるんだ。
「じゃあ……あいつは……」
 よろめきながら出口へとゆっくりとロイが歩いていった。
「このことは誰にもしゃべっちゃ駄目よ……味方の志気が下がったら勝ち目なんて無いんだから……」
 テントをでたロイの背後からカイを追っちゃ駄目よ!という声が聞こえたのを聞くと、馬のところへ行くのをやめてまっすぐ自分のテントに戻って落ち着くことにした。ハンモックに倒れ込むといつのまにか寝てしまった。

 それから1週間、敵が攻め寄せることなく土塀と堀が完成した。完成した翌朝、対岸の敵が動く。

「敵が動きました。攻撃を仕掛けてくる模様!」
 伝令の声と共に、ナキの号令のもと全軍が敵を迎え撃つ準備を始めた。土塀の向こうには弓を構えた兵士が集まり、土塀の上には槍を持った兵士が、土塀の入り口には剣や長槍をもった兵士が続々と詰め寄せる。

 そして……

 午前6時早朝、霧深いなかで合戦が始まった。
「この霧では敵が見えないわ!近づく敵だけ弓で片づけ、残りを槍で片づけなさい!敵の大軍を退きつけなさい!」
 ナキの声が霧の向こうからこだまする。ロイは本陣手前に、ゼオは土塀の入り口に向かった。
 鬨の声や叫び声、悲鳴やうめき声がする中で弓の弦の音や剣がぶつかる音、槍がふれあう音が川を満たしていく。堀に落ちて土塀の上の兵士に突き殺される者、弓で射られる者、槍ぶすまの餌食になる者が死体となっていく。
戦いから数刻、遂にナキが動く。
「上流のカイに狼煙を!いまこそ敵を水で押し流す!」
 ナキが剣を抜いて天を貫くように突き上げた。
 ロイとナキはその狼煙を見上げながら祈った。カイが堤防を作っているように。敵の別働隊に勝って水計の準備をすませているようにと……。
 はたして数分後に、轟音と共に水が敵を一気に押し流した。ガイア軍は歓声を上げて敵が流されるのを見ている。ロイとナキは抱き合って喜んだ。
 カイが生きている。
 この水流こそ、その証拠。
 勝ったんだ!
 喜んだのもつかの間、水流が流れ去った川から一斉に鬨の声が響いた。
「敵の後詰めがいたなんて……水計のタイミングが早すぎた……全軍!まだよ!敵を迎え撃ちなさい!」
 ナキがそう言っている間にも敵の弓で多くの味方が討たれていた。土塀の上の兵士は弓で全員射殺され、前線の兵士も次々と倒れてゆく。
「くそっ!」
 ロイが喜んで振っていた軍旗を地面に投げ捨て、大槍をつかむと前線に走っていった。
 不意をつかれたガイア軍は守り疲れていたため、総崩れとなって死者が続出した。
「ひくな!ひくでないぞ!」
 前線のゼオは敵を次々と倒しながら叫んでいる。ナキは自ら弓で戦い、ロイは自分の祖父であるゼオのところへ向かって走っていった。
「ロイ!ここは危ない!お前は軍師殿を守れ!」
 ロイを見つけたゼオが叫ぶ。
「じいさんがムリすんな!」
 ロイは言い返すと敵を1人力任せに突き倒した。
「そのじいさんに敵が恐れをなして近づいてこぬぞ!」
 敵を追いかけて川を渡りながらゼオがロイを振り返った。
 その瞬間、ロイがゼオに向かって何か叫んだ。ゼオがなんだと思い前を見た瞬間、激痛が胸に走った。
 音が聞こえない。時が止まったように感じた。
 ゆっくりと激痛が走った胸を見ると……
 矢が一本刺さっている。よろめいたが槍を杖のように使って体を支えると、敵に向かって走っていこうとした。が……
 敵の容赦ない一斉射撃で胸に、足に、腕に、方に、腹に矢が次々と刺さってゆく。もうゼオには目が見えなかった。音も聞こえない。耳鳴りがする。瞼の裏には走馬燈が次々と映ってゆく。
 
「ジイィー!」
 幼い紅い髪の子供が自分を呼んでいる。カイだ。
「若様?いかが致しましたか?」
 やさしくゼオが尋ねる。
「ジイは将来の夢があるか?」
 純粋な声でカイが尋ねる。きれいな赤い瞳に自分が映っている。
「若様の天下統一ですぞ」
「じゃあね、じゃあね。私の将来の夢を手伝ってくれるのか?」
 指をくわえる仕草が幼くかわいい。
「もちろんですとも。約束です」
「あ!母上だ!母上〜!」
 今は亡きカイの母が通りかかった。
「コラッ!ジイにさよならは?」
「ジイ。また遊ぼうね」
 二人はゼオを置いていってしまった。

 場面が変わる。

 カイの父が剣を持って敵に突っ込んでゆく。
 カイト同じ赤い髪、たくましい姿の騎士だ。
「との!あまり深追いなさらぬよう!」
 ゼオの忠告を笑い飛ばすと走っていこうとした。
 一瞬、全てが止まった。
 雑兵が逃げながら放った矢が彼の首に深々と刺さる。

 ゼオは最後の力を振り絞って瞼(まぶた)を上げた。
 誰かがゼオを抱きかかえて泣いている。
 太陽の逆境でよく見えない。
 まぶしい。そして眠い。
 目を閉じようとした瞬間、太陽が雲に隠れ、泣いている人物の顔が見えた。
 紅い髪だった。
 そして、走馬燈で見た純粋な赤い瞳。
 カイだった。
「殿……あの日……の誓いを……守れず……すみ……ません」
 カイがしっかりと自分の手を握っている。
 必死に笑顔を作りながらカイが涙をこぼす。
「見とう……ございました……殿の……天……下……を……」
 ゼオが最後に力を振り絞ってカイに呟く。そして……
 
 逝ってしまった……



   第6話 新たな仲間

 マリル川の戦から日付が変わった。
 マリル側のカイの本陣は静まりかえっている。
 いや、正確に言うとわずかにすすり泣く声が聞こえてくる。
 兵士達は皆整列し、その列の前には騎士達が一列の並んでいる。彼らのさらに前にはカイが自分の前にある棺の方を向いて感情をこらえるように顔を震わせている。兵士達や騎士の中にはすすり泣いている者もいれば、必死に泣くのをこらえている者もたくさんいた。騎士の列の中心にいるナキは、右に並んでいるロイを顔を横目で見た。
 涙が枯れてでてこない。まさしくロイのような状態の人を指す言葉だ。目は赤く充血しており、歯を食いしばっている。
 叫びたい!大声でバカヤローと自分の祖父に向かっていってやりたい。しかし……ゼオはもういない。
 しかし、そんな状態でさえ今のカイには及ばない。彼らの近くの林の木が6本切られている。昨日、カイが切ったものの一部だ。昨日、戦後処理の最中にカイに話しかけた兵士は危うく右腕を切られそうになった。
 カイはただ棺を見つめていた。鎧を着た年を取った男が入っている。昨日の今頃まで生きていた魂の抜け殻が入っていた。自分をいつもしかっていた、諫めてくれた、褒めてくれた……。父を失ったときよりも悲しかった。なぜなら、彼は自分の目の前で死んだから。
 花束を棺に入れ、ふたを閉めると棺を埋めるように指示してカイは自分のテントに戻っていった。
 それを見送ったナキは、1人の男と一緒にカイのテントに向かった。彼は身の丈ほどもある剣を持っていて黒い鎧を着ている。ただ者ではない雰囲気を持っていて、鋭い目にはたくましい光が宿っている。彼はマリル峠でカイト一騎打ちをした男だ。
「カイ、入るわよ」
 ナキの声が聞こえてカイはベッドから顔を出してナキの顔を見た。怒っている。カイはナキの顔を見てそう思った。
「何いつまで泣いてんの!あんたは君主なんだからみんなを引っ張って行かなくちゃいけないでしょ!」怒鳴った。
「……お前には俺の気持ちがわから」カイが言い返した瞬間、ナキの手のひらがバチンとカイの頬をたたいた。
「まだ何か言い訳する!?」拳をならしながらカイの顔を睨み付けている。
「……わかった。ごめんな……」
「もういいわ。それより、この無口君は誰?」後ろで黙って様子をうかがっていた黒い鎧の騎士を指さした。
「アルスター=レイクだ」うつむいたまま、気むずかしそうな声で騎士が言った。
「俺はアルって呼んでる。元は敵だった。実はな……」

   〜11日前〜
 カイが剣を構えて突撃しようとしたところ、敵軍の先頭の男が「ちょっと待った!」とさけんだ。
 カイが馬を止めてよく顔を見てみると、峠で戦った男だ。
「お前……敵だったのか」
 カイは剣を構えたまま彼を見ている。
「いや、もう敵ではない。私はこの軍の隊長だが、峠の時の約束を果たそう。仕官の手みやげは5000の騎馬隊だ」
 アルが剣を収めると、カイも剣を収めてお互いに歩み寄って握手した。
 それから彼らは水計の準備を始め、狼煙が上がったら堰を切るように命じると5000の兵と共に峠を下って敵陣に向かったのだ。
 ついたときには既に戦闘が始まっており、ゼオを見つけると周辺の敵を蹴散らして彼の最期を見取った。そして、後は怒りのままに敵を敗走させた。敵はカイ達に脇から攻撃されて総崩れになって逃げ去っていった。

「ふ〜ん。わかったわ。で、この人……え〜……」
「だからアルだって」
「アルスターだ」
 カイの呼び方が気に入らないらしく、ますます不機嫌に、陰気になっていった。
「そのアル……(アルスターが睨んだ)スターさん?を召し抱えることになったのよね?それならゼオさんの代わりに先鋒大将になってもらいたいの。」
「ゼオ?」誰だ?と言った感じが言い方によく現れていた。
「さっきの葬式で葬られた人だ」カイが無感情で話を促す。
「……先鋒か。悪くない」
「じゃあいいわね」決まりと言った感じで膝をたたくと欠伸をしてテントからでていった。
「ちょっと聞きたいんだけどいいか?」カイが身を乗り出した。「ここにいた敵ってどれぐらいなんだ?」お互い真剣な表情でこれからの進軍のことについて話し合った。
「あそこにはレリム以外の各国の王がいた。5カ国のうち2カ国の王が討ち死にしてるのを俺を見つけた。他はおそらく自国に逃げただろう。敵の残りは……」

 次の日、ガイア軍はマリル川を渡り始めた。兵士の1人1人が1つの墓に頭を下げていく。墓には【ガイア軍の騎士ゼオここに眠る この川を渡る者を彼に祈りを捧げて欲しい 旅の安全を彼が守ってくれるだろう】と書いてある。
 それから3ヶ月後、ここで祈った1人の旅人が山賊に襲われたとき、1人の鎧を着た老人が山賊を追い払ったという。しかし、お礼を言う前に彼は消えていて周りには白い霧が残っているだけだった。



   第7話 過去から来た青年

 ガイア軍のマリル川勝利から10万年前、日本には神谷という青年がいた。彼は23才という若さで宇宙飛行士になり、3年後には世界を代表する飛行士になった。そして、彼は最新のシャトルで何万光年も離れた宇宙へ旅立つことになった。
 出発前夜の夜、彼は最期の訓練を終えて自室で本を読んでいた。彼は昔から歴史が得意でいつもテストは100点だ。眼鏡を少し上げながら次のページをめくる。暗い部屋にもかかわらず彼は本がよく見えた。彼は普段から暗闇で本を読んでいて、すっかり慣れていた。普通の人は視力が低下するが、彼は何故かそのようなことはなかった。
「出発者は至急集合してください。荷物を積んで直ちに会議室に集まってください」
 放送で呼び出しが来た。彼はしおりを挟むと自分の鞄に投げ入れてゆっくりとのびをした。そして自分の荷物を整理するとさきほどの鞄を持ってドアを閉めた。さほど寂しく思わないでドアを閉めた。

 すでに仲間は集合していた。荷物は彼が一番多かった。なぜなら、もし未知なる生命体に遭遇したときのために地球の地理や歴史を示すものが必要だと考えていたからだ。彼の仲間はそれを冗談半分に笑った。NASAの長官がわざとらしい咳をして彼らを黙らせると、これからのプランの説明を長々と話し始めた。すでに1年前から10回も聞いていたため全員欠伸がでそうなのを必死でこらえていた。出発の説明を終える頃にはすでに日付が変わっており、シャトルに乗る時間が迫っていた。彼らは敬礼をして長官の檄を聞くと、すぐにシャトルに乗り込んだ。広々とした機内に入って自分の荷物を固定すると、シートに座って仲間と雑談を始めた。
「あのはげ長官め、聞き飽きたっつうの!」
「そうそう、カツラつけたって無駄だっつうの!覚えてる?」
「ああ、昨日薄かった頭が急に髪が増えてビックリしたな」
「神谷、あのときは爆笑だったよな!?……って寝てるよ……」
「あいつ、いっつもこの時間に寝てるらしいぜ。一日3時間しかねてないらしい」
「ナポレオンにでもなるつもりかよ」
「そういえば、あいつ空間圧縮機もらったんだってよ」
「マジでか!?いいよな〜。大統領だって持ってねえぞ」
 空間圧縮機とは、携帯ぐらいの大きさのものでたくさんの物が入る。
「あいつ何入れてんのかな?」
「どうせ本だろ?」
「違うぜ。あいつ、古代の武器を入れてるんだ。異星人に見せるつもりらしいぜ」
「俺さ、日本刀見てみたいんだ。サムライってまだいんのかな?」
 
 といった会話が1つの放送と共に終わった。
「秒読みを始めます。あと3分です」
 神谷もこの放送でようやく目が覚めたようだ。
「1分……30秒……10……9……8……」
「3……2……1……発射」
 その瞬間、全てが吹き飛んだ。
 神谷が見た物は炎、爆発。全てが吹き飛んだ。
 彼は瞬間的に悟った。

 失敗だ……死ぬ……

 次の瞬間、彼が見たのは7mほどの大きな門だった。下に小さな入り口があり、ここから入れる。と、下を見たら自分がシャトルに持ち込んだ荷物がある。
「一体ここは……どこかに吹き飛ばされた割には怪我1つ無いなんておかしい……」
 とにかく門をくぐってみることにした。が、その瞬間何者かに突き倒された。古代中国風の装備をした兵士だ。
「何者だ!」といいながら数人で取り囲んで縄でがんじがらめにしていった。
「英語?ってことはここはアメリカか?カナダか?オーストラリアか?」
 神谷は小さな声で口走ったが、兵士は彼を蹴飛ばすと歩くように促した。
 門をくぐると、中は中世西洋風の城になっていた。長い階段を上がっていくと、とてつもない大きさの宮殿が建っていた。そして、カーペットが敷かれた玉座に連れて行かれるとまた蹴られて跪(ひざまず)かされた。
「不審な物を見つけましたので連行しました」
 玉座には紅い髪の男が座っていた。カイ=アスカールという名前だ。マリル川の勝利から1年、彼は連合軍を降伏させて大陸でも屈指の勢力を築いた。
「お前……見慣れない格好だな。どこから来た?」
 自分が宇宙飛行の服を着ているのに今頃気がついた。
「アメリカ合衆国のNASAから」
「貴様!しらを切るか!」
 衛兵が殴ろうとするのをカイは止めて落ち着いて答えを返した。
「そこはどこだ?」
「私のバッグに地図が入っている」
「これか?縄を解いてやれ」
 縄がほどかれると、急いでバッグに飛びついて中身を確認した。中身はどうやら無事のようで、折り畳み式の地球儀を取り出した。周囲は今日にありげに神谷が組み立てていくのを見ていた。やがて、地球儀をカイに見せた。
「アメリカとやらはどこだ?」
「ここです」北アメリカ大陸を指さした。
「ここはシス大陸だ」
「……シス大陸?じゃあ……ここは?」
 カイは中国の西の国境を指さした。
「一体……何故……じゃあ……今は西暦何年だ?」
「西暦?そんなものはない」
 神谷はその場で気絶した。あまりに混乱したため、精神面の訓練を受けた彼でも貧血を起こしてしまった。

 ここはどこなんだ?

 仲間はどこに行ったんだ?

 俺は……どうすればいいんだ!!!



   第8話 古代語

 彼が目覚めたのは次の日の朝だった。目を開けたらきっとベッドの上のはずだ。そう言い聞かせて目を上げたが、場所は牢獄のような場所だ。鉄格子の向こうの朝日がまぶしい。しかもまだ頭が重い……一体俺はどこにいるんだろう。もしかしたら爆発の時に別の異次元に飛ばされたのだろうか……。そう言うことを考えながらしばらくぼーっとしていると、男が1人牢獄の門を開けた。ふと顔を上げると、その男は昨日カイと名乗った男の左に座っていたやつだ。
「起きたか……まだしばらく取り調べがある。ついてこい」
 さげすむような目で神谷の顔を見ている。まるでねずみ取りの中のネズミだ……。立ち上がるとジャラジャラと鎖の音が鳴った。手錠が両手にかけられており、まさに罪人だ。
 連れてこられたのは昨日の大広間だ。手錠がはずされて手をもんでいると、ほとんど全員がさげすみの目で神谷を見ている。しかし、カイだけは好奇心の目で見ていた。
「その服は着心地がいいのか?脱がせようとしてもうまくいかないし、剣で切っても火であぶってもとれなかったが……」
「俺が寝てる間にそんなことしてたのか?これはNASAが作った宇宙服だからムリだ」
「NASAってなんなんだ?」
「アメリカの宇宙開発機構だ。世界の宇宙技術の全てがそこにある」
「では、その服を着てもいいか?お前にも服は貸すぞ?」
 神谷は何も言わずに宇宙服を脱いだ。それをカイに渡したが、なかなかうまく着れない。焦れったくなって手伝おうと一歩踏み出した瞬間、「無礼者!!!」といって家臣の一人が剣を抜いて神谷のほうに走ってきた。
「やめろ!お前の名は?」
「神谷(かみや)……」
「神谷、手伝ってくれ」
 二人でようやく着たが、神谷は普段から着慣れているがカイは着心地が悪かったようで苦笑いするとすぐに脱いでしまった。
「神谷、お前はどこから着た?詳しく教えてくれ」
 神谷は黙って頷くと爆発して気がついたらここにいいたことを話した。さらに、そのショックで別の世界に来てしまったのかもしれないと言う仮説も付け加えた。
「では、その証拠はないのか?」
 神谷はポケットから携帯電話ほどの大きさの物を取り出した。
「これには私の世界の古代の武器が入っている。これを見ていればわかるはずだ」
 神谷がボタンを1つ押すと、彼の足下に一振りの日本刀が現れた。
「私の国の剣です」
 カイは興味深そうに拾って鞘から抜いた。
「片刃の剣か……他にはないか?」
 興味がでてきたようだ。神谷は次々といろんな物を取り出した。西洋ランス、日本の鎧、そして最も大広間の全員が驚きを見せたのがライフル銃だ。
「こんな筒で人が殺せるのか?」
 カイがバカにしたような感じでライフルを持った。
「貸してください。何か撃ってもいい物は?」
 カイはテーブルのコップを指さした。その瞬間、神谷が一瞬で構えると銃声と共にコップは粉々になった。
「雷のような武器だな……それを売ってくれないか?」
「残念。もう弾がない」
 神谷はライフルを膝で折って捨てた。
「そうか……それは残念だ。まず、お前が異世界から来たことはその武器や不思議な機械の存在で信用できた。ところで、お前の国のことを聞かせてくれないか?」
 それから3時間、神谷は日本やアメリカの社会の仕組みをしゃべった。どれもこれも信じられないと言う顔をしていたが、カイは目を輝かせて黙って聞いていた。
「神谷、これまでの無礼はすまなかった。部屋もここで用意する。城の中も好きにしていいぞ。困ったことがあったら何でもいってくれ。ただし、1週間に1回俺たちにお前の国のことを聞かせてくれ」
 カイは笑顔で立ち上がると奥の部屋に行ってしまった。
その後の待遇は今までとは別物で、すれ違う人は全員好奇心と好意の目で見てくれた。部屋も立派なもので、神谷は毎日城を探検して暇を潰した。
 ある日、彼は本棚がたくさんある部屋に入った。そこは最上階の部屋で、今まで入った部屋の中で一番広かった。
「こんな部屋があったんだな……」
 あまりの広さに呆然としながら入っていく。しかし、誰もいる気配がない。そこで適当に読む本を探すことにした。
 彼は好きな歴史の本も次々と手に抱えていった。一番奥にいくと、背表紙がはがれている物など見るからに古そうな本が所狭しと本棚に収まっている。
 彼は突然眉を寄せた。ここでは英語が共通語で使われていと。しかし、語学を学んでいた神谷にはそれほど苦ではなかった。しかし、今目の前にある本のタイトルは確かに日本語で【孫子】とかかれている。
 他の本を床に置いて読んでみると、昔に図書室で読んでいたものと同じ物だ。しかも、ところどころ蛍光ペンでチェックが入っている。自分が昔入れた箇所と同じだ。そして本の終わりには自分が読んだサインとして3重丸が書いてあるはずだ。
 おそるおそる本の最後を開くと……
 確かにそこには3重丸が書いてある。劣化が激しいが、間違いなく自分が読んだ物に間違いない。
 一瞬にして彼の頭に仮説が浮かんだ。この世界は私にとって未来であり、爆発のショックでタイムスリップした。
 彼はものすごい早さで階段を駆け下りるとそのまま大広間に突っ込んだ。
「やはり西でしょう。となればやはり……」
 ナキが会議で喋っている途中に神谷がカイのほうに走ってきた。
「どうしたんだ?」
 カイがビックリして神谷の方を向いた。ナキが迷惑そうな顔をして怒鳴ろうとするのを神谷の声が飲み込んだ。
「この本は一体どうしたんだ?」
「その本は古代語で書かれていて誰も読めないんだ。それがどうしたんだ?」
「この本は昔、俺が読んだ本なんだ」
 神谷はこの本のことを説明した。
「ってことはお前は古代人?」
「そういうことになる」
「お前の国は?」
 彼はカイに送った地球儀を回すと、指で止めた。
「日本です」
「この時代ではジパングと言っている。……よし!これから東に遠征を開始する。目的地は……ジパングだ!」



   第9話 嫁と遠征

 東征が決まってから、城は今までにない慌ただしさになった。毎日300,500と屈強な騎士が城に集まってくる。兵舎はいつもはガラガラなのに今は兵士1人が寝床に困るぐらい混雑していた。町中の米が城に買い取られ、城の倉庫は既にあふれかえっている。軍馬は、夏によく草を食べてとても肥えており、町中の鍛冶屋は武器を作るのに大忙しだ。
「どれくらい集まった?」
「今日は北の集落から500、西の峡谷から200きました。もうすぐアスカ城から1万5000の大軍がくる手はずです」
「西のアストックから返事は?」
「2週間もたったのに同盟の返事は未だ来ません……。しかし、あちらもこちらを恐れているはず。近々くるはずです」
「そうか……」
 神谷の地球儀を回しながらカイが落ちつきなく舌打ちした。すでに遠征の計画が始まっている今、東に進むために西の覇者であるアストック国との同盟は不可欠だった。
 
 
 それから1週間後……


 カイが円卓を囲んで進軍路と補給拠点の確認をしているとき、ようやく使者が到着したという知らせが届いた。
「アストック国の使者がお着きになりました」
「大広間で待たせておけ」
 それだけいうとカイは静かに立ち上がった。
 諸将は「無礼な国だ」、「裏切るかもしれないぞ」などあきれて議論を交わしていたが、カイがでていくとすぐに大広間に向かった。
 カイは鎧姿で使者と謁見した。
「遅かったな」
 そっけない第一声がカイの口から飛び出た。
「この通り、もう東征の準備ができているんだ。これ以上遅かったらアストックに攻め入ったかもしれんぞ?」
 さんざんイライラしていた割には落ち着いて遅れをたしなめた。
「殿が言うには、お詫びに……」
「援軍はいらないわよ」
 ナキが冷めた目で使者を見つめていた。
 使者の顔はどんどん青ざめ、冷や汗が顔からしたたり落ちていた。
(いじめじゃないんだぞ……)
 神谷があきれながら奥にいってしまった。
「実は……我が殿の御養女をカイ様にお仕えさせようと……」
「政略結婚か……相手によるな」
「実はもう来ております。お会いになってもらえませんでしょうか?」
「この城にか?」
「はい。」
「わかった。会おう」
 カイはそのまま奥に下がっていった。使者はその場でへなへなと座り込んでしまった。
「使者を別室で休ませるように。その娘とやらは客間で待たせておきなさい」
 ナキは側近に命じると、使者を冷やかし笑っているロイを小突いてカイの後についていった。

 カイは鎧を脱いで普段着の軍服になるとすぐに客間に向かって歩いていった。
 扉を開けるとすでに1人の女性がいすに座っていた。カイに気がつくと、ゆっくりと頭を下げて会釈をするとじっとカイの瞳を見つめている。
 金髪で顔立ちがよく、瞳はブルーだ。聡明な顔つきで、肩まで伸びる髪のキューティクルはとても輝いている。瞳が少し大きいのが特徴的で水色のドレスを着ている。今まで見たことがないほどの美人で、落ち着きのある印象を受ける。
「初めまして……ハルと申します。……いかが致しましたか?」
 口を開けてぽかんと彼女の顔を見つめているカイを不思議そうに見つめている。
 瞳に吸い込まれそうになるとはまさにこのことだとカイは思った。
 見つめれば見つめるほど美しい。
 一息ごとに魅入られてしまった。
「いや……べつになんでもない。遠路はるばるご苦労だったな」
 顔を赤くしてカイが彼女の向かいに座った。
「私が一緒にいたから使者の方に手間を取らせてしまったのです。彼を責めないであげてください」
 カイが顔を赤くしているのを微笑して見ている。よくみると、彼女の頬もうっすら赤くなっている。
「今は遠征にいかれるのですよね?では、返事はあなたが遠征から帰ってきてからと言うことで……」
 彼女がほほえんででていくのをカイは黙って見送った。そのままポカンと口を開けて彼女のほほえみを思い浮かべていると、ナキが勢いよくドアを開けて入ってきた。
「やっぱり……こんな事だろうと思ってたわ」
 男って最低という目でカイを見ていたが、彼はさっぱり気にならなかった。
「そんなことより、最後の部隊が到着しました。明日にでも出陣できます」
「……そうか……じゃあ、出立時間はお前に任せる……」
 まるで腑抜けのように答えを返してきた。
「彼女にも来て欲しい?」
 ため息をついてナキが問いかける。
「ああ……それがいい……」
 ナキは大きな音をたててドアを閉めるとそのままどこかへ行ってしまった。
 ナキが食堂でイライラしていると、ロイと神谷がジョッキを持ってナキに近寄ってきた。
「どうしたんだ?そんなイライラしてると、老けるぞ」
 二人とも完璧に酔っているようだ。
 ナキはカイのことをロイ達に相談した。
「で、なんで連れて行けばなんていったんだよ……」
 ロイがあきれたように言った。
「ずっと一緒にいれば魔法が早く解けると思ったのよ……ここで待たれちゃ、戦にも身が入らないし……」
「この時代でも、恋は魔法ってわけか」
 神谷が笑い飛ばした。
「俺も見てみたいな。……じょ、冗談だって」
 ナキがロイをものすごい形相で睨んでいるのを見て、ロイが慌てていった。
「ところで、俺も戦に参加していいのか?」
 神谷が話題を変えようとした。
「いいんじゃない?でも、最初は戦の様子を見てからね」
「わかった。楽しみにしてるからな」
 そう言って神谷は欠伸をしてでていった。
「あんな事言って大丈夫か?」
「大丈夫よ。殿と例の女も一緒に見させるから」
「どうせ陣にはいれられないもの」
 ジョッキをロイに返すと、ナキは自分の部屋へ行ってしまった。


 
 翌日の昼、総勢25万の兵がガイア国の首都ヘリオパスから出陣した。



   第10話 騎士達の戦い

 紅葉で山々が様々な色に染まっている中、麓の街道を馬に乗った騎士達が長い長い列になって進んでいる。旗指物は林のように立ち並び、それらの旗には全てガイア国の国旗である十字の盾を持った赤い騎士が描かれていた。
 隊列の中程には馬車が二つ並んでおり、その近くにカイ達が馬に乗って話をしている。
「何で馬車が2つもあるんだ?」
 ロイの問いにナキの唇がゆがむのを見て、カイが小声でささやいた。
「ハルは馬に乗るのが苦手だから、馬車に乗せてるんだ」
「もう1つは?」
 はち切れそうになっている袋を担いでいる男が不思議そうにもう一つを見た。
「そう言えば、お前はまだ会ってなかったな。この中にいるのは眠りすぎる最強の騎士だ」
「眠りすぎる最強の騎士?」
「そうだ。名前はアルスター=レイクっていって、自然に起きるのは半年に一回ぐらいなの。起こせるのはカイとロイだけよ。理由はね……起こした相手に斬りかかってくるのよ。つまり寝ぼけてね。だからよほどの腕がなければ彼を起こせないってわけ。」
「ロイ、昼には最初の敵と出会うだろうから起こしてきてくれ」
 神谷が興味ありげにロイが馬車に入っていくのを見ていると、いきなり剣と剣がぶつかる音がした。
「起きたみたいね」
 気にもとめないようにナキが説明した。
「でも、強いんだろ?」
「そうだ。何たって、あいつが最初に俺たちと戦った時なんてすごかったぜ」
「そうね。普通ありえないもの」
「何があったんだ?」
 もったいぶって言う二人に神谷が詰め寄った。
「敵の城の鉄の門を斬ったんだ」
「……嘘っぽい本当の話だぜ」
 ロイが額をぬぐって馬車からでてきた。後ろで欠伸をしている男がアルスターだろう。
 神谷が自己紹介をすると、アルは頭を下げて名を名乗った。渋い声はいかにもただ者ならぬ雰囲気が伝わってくる。ナキはアルに地図を放り投げて現状を説明し始めた。
「前起きたのが……いつだっけか?」
「7ヶ月ぐらい前よ」
 本当にこれから命をかけた戦いを控えているのかと思うほど落ち着いて話している。
神谷がその理由を知ったのはその日の正午になってからだった。



 正午、帰ってきた物見が急を知らせてきた。
「ほう、ペリス国は降伏しないか」
 不敵にカイが呟いた一言が自信に満ちている。
「ここに見晴らしのいい丘なんて無い?」
 物見が連れてきた地元の農民にナキが尋ねた。
「へえ、この先に見晴らしのいい丘がありますよって。そこからは、ここから西にあるバルオ平原がよく見えます」
「じゃあ、王妃様と神谷はそこで見物してて。護衛には1万の騎士をつけるわ」
 王妃様といったときにちょっと皮肉な言い方をしたが、神谷は気にもとめずにロイが差し出した護身用の剣を見ていた。
「敵は5万か……余裕じゃないか?作戦も糞もないな」
 ロイは口笛を吹きながら眠そうに欠伸をした。
「調子こいてるとやられるわよ。油断大敵!」
 ナキの一喝でロイが馬から落ちてしまった。

 神谷達が丘に着いたときには、既に両軍がにらみ合っていた。とてつもなく広い平原の緑のカーペットに総勢30万の軍が犇(ひし)めいている。
 赤い鎧が多いガイア軍は、日本の戦国時代の武田騎馬隊を思わせる迫力で5万の敵勢を圧倒している。対する敵軍も何とかひるまずに歩兵達が槍ぶすまを構えている。
 神谷はバッグの中から双眼鏡を取りだした。
「なんですの?その不思議な物は?」
 隣で優雅に座っているハルが唇に微笑を浮かべて尋ねた。もし自分がいた時代にこんな美人がいたら、現代の3大美人の1人と言われたかもしれないほど美しい。雪よりも白い肌が辺りの男を魅了する。
「これは双眼鏡と言って、遠くの物が見えるのです」
 一応、自分が仕えている王の妃だ。敬語を使って答えを返した。
「少し、見せてもらえませんか?」
 神谷が双眼鏡を差し出すと、しなやかで華奢(きゃしゃ)な手で双眼鏡を目に当てた。
「……すばらしいものですね!」
 王妃の声が少し興奮している。
「あんな遠くの森の鳥が! それにカイ様までちゃんと見えるわ」
 その時、いきなり歓声があがった。カイが部隊の先頭で何かを叫んでいる。おそらく兵士を鼓舞しているのだろう。カイが剣を抜くと25万の兵士が一斉に大きな歓声を上げた。
「あ!動き出しましたよ!」
 ハルが声を上げた瞬間、カイ達が一斉に馬の腹を蹴って走り出した。
 敵も後方の弓部隊が弓を引き絞っている。たちまち数千の矢が空中に飛び出して空を埋め尽くした。
「矢だ!全軍、上げろ!」
 カイの号令で全軍が一斉に自分の頭上に盾を構えた。丘から見ればまさに亀の甲羅のように見える。
 カンッという音を響かせて次々と矢は弾かれていく。しかし、針地獄のような槍ぶすまが待ちかまえていた。
「構え!」
 カイが剣を振り上げると先頭の騎士が弓を引き絞った。手綱を放しているのを見ると、よほどの馬の達人なのだろう。
「放て!!」
 数万の矢が地面と平行に一直線に槍を構えている兵士達を貫いていく。槍ぶすまは崩壊した。
「下がれ!突撃!」
 弓をはなった騎士達が剣を持つために馬のスピードを緩め、逆に後方の騎士達は馬に拍車をかけて敵兵に猛獣の如く襲いかかった。
 神谷は思わず勝ったと叫びそうになった。もう敵は逃げるしかない。背を見せて逃げる敵の背中をガイア国の騎士が容赦なく切り裂いていく。
 
 実にすがすがしい戦だった。
 戦にすがすがしいというのも変だが、気持ちいい勝ち方だった。
 勝った側だから言える言葉だが神谷は心底そう思った。
 それに比べて現代の、実に残酷な戦いには呆れる
 神谷は今まで帰りたいと思ったこともあるが、もっとこの世界にいたいと思い始めていた。



   第11話 滅びの夢

 圧倒的な勝利の夜、呻き声と共にカイが目を覚ました。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 やけに吐き気がする。頭が、中から槍で突かれているようにいたい。しかし、一番気になっているのは自分の左胸だった。
 夢を見た。死の夢を。
 しかし、あまり覚えてはいなかった。見えたのは海、満月、城、浜辺、そして……自分の左胸に刺さった剣。カイの性格からして、こんな夢はすぐに忘れてしまうだろう。しかし、これが始めてではない。6才の誕生日の頃からこの悪夢は月に一度、カイを襲うのだ。いかに勇敢な騎士も夢はどうにもできない。ましてや、その夢は決して縁起のいいものではない。
 横のベッド(テント用)でハルが小さく寝息を立てた。水をコップについで一息に飲み干すと、「しっかりしろ」と自分を励まして再び目を閉じた。

 翌日、ペリス国の首都から使者が来て、降伏の儀を伝えた。カイは地球儀に自分の領土を赤く塗りつぶすクセがあった。神谷が覗いてみると、中国の西が赤く染まっている。
 
 ここで東の国々のことを紹介しよう。まず、東の沿岸を統治しているのがブリテン国である。交易でかなりの財を築き、その財力で雇った傭兵達の活躍で勢力を保っている国だ。鉄の囲うにも優れており、文字通り戦乱の産業国である。
 そして、東の内陸および東南アジアの国を征服したのがバル国だ。元は遊牧民族で、騎馬軍団の武力と厳しい環境で育った兵士の力で瞬く間に内陸を征服した。彼らの領地は草原が多く、駿馬の生産に欠かせない良質な牧草が一面に広がっている。騎士国家であるガイア国からみれば、両方とも征服してすばらしい馬と武器を手に入れたいのだ。
 
「まずはバル国だが、強敵だな……。さて、ナキの策を使うときが来たな」
 軍議でカイはナキに目配せした。
「奴らは見れば強敵に見えますが、弱点も多い敵です。水軍を持っておらず、兵糧も乏しい。攻城戦も苦手ですし、策を持ちいらないため常に突撃しかしてこないイノシシです」
 ナキの説明を聞いて、臆していた諸侯達も自信を持ち始めた。
「そうか。では2週間この国で休養し、その後イノシシ狩りを始めるぞ。では解散!」
 軍議が終わるとテントを引き払って一行はペリス国の首都へと向かった。
 首都では国王が自分の両手を縛って出迎えていた。カイは優しく語りかけると王の戒めを解き放って彼とその配下を臣下にした。降伏した中で、武勇に優れていて誠実な者は騎士として自分の軍に組み込み略奪を禁止すると身分の別なく町中で立食パーティーを開いた。
「ペリス王、バル国領土へ攻めるにはどこから言った方がいい?」
「西北西に進むと山脈があり、それを越えればすぐにつくでしょう」
 ペリス王は誠実な人柄で親切だった。彼に引き続きこの国の統治を命じると、カイの手で騎士の洗礼をうけて騎士となった。
 さて、ナキはそれから2週間町の工房に遠征について来た大工と町の大工を集めてある物を作らせていた。それがなんだか誰も知らず、出発の日になったら大きな布に覆われたまま持っていくことになった。
 


   第12話 バルの10年戦争

 ガイア国とバル国の戦争は10年の月日を経ても終わることはなかった。
 それどころかさらに激化していき、決着がつくのかさえわからないほど混沌としている。ナキが決戦をさける作戦を多く行ったのも1つの原因だった。
 犠牲をさけて勝てる戦のみ出陣を許したため騎士達の中にも不満が広がっていた。
 しかし、10年の間にカイ達の軍で大きく変わったことが一つあった。
 ハルがカイの長男を出産したのだ。戦が始まって2年目に生まれたから、今は8才である。ハルは出産の3年後、首都ガイアに療養のため戻った。神谷曰く【魔法が解け始めた】らしいが、それでもカイは一週間に一回は必ず手紙を送っていた。
 子供はカイトと名付けられ、カイもとてもかわいがった。しかし、5才になると毎日剣術を自ら教え、夜にはナキが家庭教師として兵法や政治、経済のことをみっちりたたき込んでいった。
 カイトはそれでも黙って言うことを聞き、誰にでも礼儀正しく接する優しい子に育っていった。
 カイが一番なついているのは父ではなくアルであった。いつも物静かにしている(寝ていると言った方が正確だが)彼がかっこよく思えたのだろう。アルが起きているわずかな時間(一週間に2時間ぐらい)はいつも腰巾着のようにくっついていた。
 少し小柄で髪は父親とは違って黒かった。しかし、よく見てみると何本か赤い髪の毛が混じっている。目がくりっとしていておとなしく、馬に乗るのが大好きな少年。
 彼は生まれたときからカイの後継者としての運命をせおっていくことになったのだ。



 バル国の首都バルデオスにその少年はいた。彼の父はバル国の将軍だったが、彼が3才の頃に謀反の疑いで処刑されてしまった。母は貴族出身だったが一族は皆彼女を追放したため生活していくために朝から夜まで働き、夜になるとわずかなお金のために毎日違った男に身を預けた。
 やがて彼女は無法者にその体を弄ばれて殺された。
 残った少年はレインという名前だ。
 盗み・泥棒・強盗など何でもやってその日その日を生きている。
 商店街の裏通りにすんでおり、ぼろぼろの服と父が残した短剣が唯一の財産だった。
 バルデオスは10年も戦争が続いたにもかかわらず活気に溢れていた。しかし、彼が6歳の時に町中があわただしくなった。盗み疑義をしているとこの近くで遂にガイア国がバル国に決戦を挑み、ガイア軍が勝利してここに進軍していることがわかった。
 しかし、彼の生活が変わるわけでもない。
 それどころか火事場泥棒の絶好の機会だ。
 剣をベルトに挟めると遠くに逃げ始める領民達を後目にさっそく人の気配が無くなった家々の物品をあさり始めた。
「お!当たりだ」
 レインは嬉しそうに手に持った袋に次々と残された物を入れ始めた。弓矢や馬具、金貨など金目の物が多く見つかった。戦争中は武器の値段が格段に高くなるのだ。
 しかし、盗みが一段落する前に遠くのほうで角笛の音が聞こえた。
「もう戦いが始まるのかよ」
 彼は持っていた立派な装飾の槍を口惜しそうに床に放り投げると町の中心部の倉庫に身を隠した。
 遠くで鬨の声が上がり叫び声が風に乗ってレインの耳まで届いてきた。
「ちょっとは手助けしてやるか」
 レインは盗んだ物の中から弓を取り出すと英雄気取りな顔をして外へと飛び出していった。
 通りには誰もおらず、風が運んでくる戦場のざわめきの他には音がしない。彼が戦場の方向へ歩き出そうと通りに飛び出すと誰かの話し声が聞こえる。
「覚えているか?レイサのことだ」
「殿、確か奴は3年前に……」
「そうだ。謀反の罪で処刑した。だがな、あれは嘘だったんだ。奴め、儂に意見してきおったんだ。だから罪をでっち上げて処分しただけだ」
「そういえばあいつには妻と息子がいましたな。息子の名はレインとかいう奴だそうで今は裏の路地で犯罪ばかりして暮らしているそうです」
「そうか。レイサの家族は全員死んだかと思ったよ。何せ奴の妻を襲わせたのも私の命令だからな」
 バル国王とその兵士が大笑いする中、兵士の1人がいきなり馬から転げ落ちた。
「貴様ら!」
 レインは矢をつがえて再び王に向かって矢を放った。矢は兵士の1人の首を貫いた。
「なんだ奴は?殺せ!」
 王の兵士5人がレインを囲んだ。レインは父の剣を抜くと怒りに我を忘れて猛然と兵士に立ち向かっていった。
 しかしレインは子供だ。すぐに追いつめられてしまった。
 そこに1人の赤い鎧の騎士が5人の兵士を次々に斬り殺してバル王をあっという間に生け捕りにしてしまった。
「だ……誰だ!」
 レインが剣を構えて騎士を睨んだ。
「こいつらの敵なら、俺はお前の仲間だ」
 兜を取った騎士は少年に笑いかけた。
「お前は?」
 その時、レインはその騎士の髪の毛の色に気がついた。
「あんたが……ガイア国君主、真紅のカイ……」
 レインは息をのんだ。目の前にいるただの人間の手のひらでこの国は滅ぼされた。それほどの権力を持った彼からはいささかも権力者特有の冷たい、見下した視線を感じられない。ただの農民でさえ野良猫を見るような目で自分を見ていた。汚い、醜い、価値がない、邪魔だ。そう語っている彼らの目とはかけ離れた。いや、全く逆のまなざしでレインを見ている。まるで外見ではなく自分の本質を見られているような感覚に思えた。
「1人で、それもガキなのに大人に立ち向かうなんてやるな。どうだ?俺と一緒に来ないか?ま、親が許したらだけどな」
 口から笑みをこぼして馬の向きを変えると、そのまま走り誘うとしたときレインは思わず待ってと叫んだ。
 カイが再びレインを見た。ついていきたい。しかし、本当にいいのだろうか?
「来たいんならまず自己紹介からだ。それに……勉強も必要だろう。武勇だけじゃ戦は勝てないからな」
 今度は馬から下りて、手をさしのべてきた。レインはゆっくりとその手を握った。堅く、とてもたくましい手だ。握った瞬間、ふっと空中に引っ張られ、馬に乗せられた。手綱を握らせられるとカイも馬のにってそのまま城門の方向へと走っていった。
 
 城門の戦闘は既に終わっており、ナキは戦後処理の指示を始めていた。そこに疾風の如くカイが馬に乗って現れた。カイの前には汚い身なりの黒髪の少年が乗っている。
「どこ行ってたのよ!て……誰?この子?」
「この町のガキだ。でも兵士を2人弓で倒したんだぜ!だから例のヤツの一期生にしようと思ってな」 
 少年の髪をぐちゃぐちゃになでながらカイが嬉しそうに笑った。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな」
「レイン、レイン=ナイツ」
 見慣れない人ばかりで緊張し、少し恥ずかしそうにか細い声で答えるとナキがほほえみながら馬から下ろした。レインは馬に乗ったことがなかったので降りられなかったのだ。
「お前は、これから首都ガイアに行って俺たちが作った学校に入ってもらおうと思うんだ。そこを卒業すればすぐに騎士になれる。それどころか在学中には立派な騎士がついて世界のことや兵法のことを教えてもらえるんだ。どうだ?聞いたこともないだろ?」
 レインは意味が飲み込めなかったが、カイがすごいだろうと言わんばかりに誇らしげに言っているので嬉しそうに笑顔を作った。
「こんな子供に言ったってわかんないでしょ。いい?簡単に言うと、そこで騎士になる勉強をしてもらうの。そこをでればあなたも立派な騎士として扱ってもらえるわ」
 なんとか意味が飲み込めたが、多少不安もあった。
「神谷、こいつが入ることになったぞ」
 カイが丸太の上に座って本を読んでいる男の人に声をかけた。少し長い髪をしていて知的な感じがする。服装からすると兵士や騎士ではないようだった。
「神谷は騎士学校で色々なことを教えてくれる1人だ。こいつと一緒に俺たちの首都ガイアに戻ってもらうんだ。面倒もこいつが見る」
 レインは色々なことがあって混乱していたが、確かにわかるものがあった。自分が騎士になる。しかし、それ以上に嬉しかったのがこの暖かい人たちだ。本当に戦の中で生きているとは思えないほどぽかぽかしていて、それでいて楽しい。
 後にレインという騎士が世界に名を響かせる事になるが、この日の出来事はレインが一生忘れない出来事の1つになった。

2006/02/04(Sat)15:51:39 公開 / シンザン
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■作者からのメッセージ
前に書いていた【The warring State】はあまりにできが悪かったため、心機一転して書きました。できればどこが悪いのか具体的に書いてもらえれば修正します。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。