『楽譜(読みきり)』 ... ジャンル:未分類 時代・歴史
作者:夕陽                

     あらすじ・作品紹介
楽譜にこめられた曲は切ないものでした。何を思いこの曲は出来たのでしょう。

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 第二次世界大戦、沖縄戦。




風を切るような音がして、近くに砲弾が落ちた。
着弾と一緒に地面が震える。

――よかったあたらなかった。

彼はそう思うと、また走り出した。
今は六月、梅雨の季節だ。
今日も雨が降りしきっている。

――これを、戦争が終わるまで守り抜かなきゃ。

初年兵の彼は大事そうにかばんを抱きしめた。





――くそ!

彼、ジャック=ルーカスは心の中で悪態ついた。

――そもそもジャップ(日本人のけなした言い方)が戦争なんかおっぱじめなきゃこんな泥の中を這いずり回らなくてもよかったんだ!

戦争が始まったのはジャックが十五歳のときだった。
彼はそのとき、アメリカにいた。
戦争が始まったとラジオで聴いても、遠い世界のように感じた。
日本とアメリカとの戦争はアメリカがあっという間に勝って終わるとジャックの父親も母親も言っていた。
だが、日本軍は簡単にはやられなかった。
あろうことか彼らは弾薬がなくなると、日本刀や銃剣を振り回しながら突っ込んでくるのだ。
仲間が銃弾に倒れても気にすることなく突っ込んでくる。
すると連合側の兵士たちは恐ろしくなって逃げ出す。
こんなことが繰り返されていた。
戦争はジャックが十七歳になっても終わらなかった。
ジャックは軍に入った。
そのころには日本軍の非道な行いを許しがたいと思っていたからだ。

――ああ、くそ!

ジャックは何度目かの悪態をつくと、泥の中から軍靴を引き抜いた。
そのとたんにバランスを崩して倒れかけたのをジャックの戦友が受け止める。
「サンキュ」
ジャックはぼそりと答えると、軍靴をはいて、小隊の後についていった。






――父さん……

初年兵はかばんを握り締めたまま眠ってしまっていた。
彼の父親は音楽が好きだった。
その影響は彼にも及んでいて、二人で音楽の詳しい話までするほどだ。
おまけに彼は父親よりも音楽に詳しく、作曲も手がけるほどにまでなっていた。
音楽、といっても種類は多々あるが、父親と彼はオーケストラが好きだった。
二人でオーケストラ用の作曲までやった。
戦争が始まってもやっぱり作曲活動をやめなかった。
そして、赤紙が来る一時間ほど前に、戦争の悲惨さを訴える曲が完成した。
その楽譜を見て、二人は、戦争が終わったらどこかのオーケストラに演奏してもらいたいなと、うれしそうに家族に話していた。
だが、赤紙が来た。
米軍の上陸も始まった。
家族は引き離された。
彼は初年兵として、鉄血勤皇隊として戦場に。
父親は防衛隊として戦場に。
彼は今、雨が降りしきる中を息を切らしながら丘を登っている。
かばんは仕方がないから、背負っている。
陽が落ちてあたりは薄暗くなっているた。
彼は逃げていた。
彼の家族たちはこの戦争が正しいと思ったことは一度もなかった。
それゆえに彼の兄は憲兵に引っ立てられて拷問にかけられた。
その拷問のために兄の足は不自由になった。
彼はそのときからさらにこの国を信じなくなった。
そしてさらに、地元の住人を壕から追い出して自分たちのものとした日本兵をみてもっと信じなくなった。
だから逃げた。
暗くなってからそっと壕をでて、米軍が居ると思われる場所に向かってひたすら進んだ。
雨はいつの間にかあがっていた。



ジャックはやれやれとばかりに岩に腰をおろした。
雨はあがっている。

――やっと休める……

ジャックはため息をついてヘルメットを取り、頭をがりがりとかいた。
と、ジャックの後ろの茂みが「かさり」となった。
反射的に振り返ると日本兵が立っていた。
「日本兵だ!」
ジャックは叫んで銃を構え、撃った。
日本兵が英語で、「撃たないで!」と叫んだ声は銃声にかき消された。



彼は英語の話し声が聞こえたので、聞き耳を立てた。
確かに英語だった。
ゆっくりいけばよかったのに、彼は急ぐあまり走ってしまった。
それがいけなかった。
彼がアメリカ兵に「撃たないで!」と叫ぶ前に衝撃が彼を襲った。



「やめ!やめろ!」
隊長が叫んで銃声はやんだ。
日本兵の穴だらけになった死体がそのとたんにがくりとひざをついて倒れた。
「おい!ジャック!なぜ撃った!相手は丸腰だったのだぞ!」
「は、いえ、あの……暗くて見えなかったので……」
隊長は二・三回何かをいおうとして口をつぐんだ。
「……日本兵の死体を調べろ」
隊長はそういうと、ため息をつきながら行ってしまった。
ジャックと戦友は日本兵の死体からかばんをとった。
と、とたんにばさばさと紙が落ちてきた。

――機密情報か?

ジャックはそう思ってその紙を拾った。
「……楽譜?」
戦友がその紙をのぞみこみながらつぶやいた。
「隊長ー!変な楽譜がありましたー!」
隊長が眉をひそめながら近づいてきた。
ジャックが隊長に楽譜をわたした。
「…すごい」
隊長はそうつぶやいた。
「?」
ジャックと戦友が顔を見合わせた。
「……惜しいことをした」
隊長はそうつぶやくと、ジャックに向き直った。
「ジャック、この楽譜を全部集めて私のところにもってこい」
そういうときびすを返して自分のテントに入ってしまった。
「??」
隊長はテントに入ってからもう一度つぶやいた。
「あんなすばらしいオケ(オーケストラの略)の楽譜をかけるとは…」







ジャックは今、劇場に居る。
年老いたしわくちゃの手を杖に上において、聞きほれていた。
オーケストラの奏でる音に。
今日は元隊長の誕生日だった。
隊長は、戦時中に拾った楽譜を音で聴いてみたいといった。
オーケストラの責任者は最初は渋っていたものの、楽譜に目を通すと、ぜひともやらせてくれと言った。
ジャックは別に音楽なんて、オーケストラなんて眠くなると思ったのだが、オーケストラがあの楽譜が音となって奏でられ始めると、聞きほれた。
引き込まれた。



最初は静かで安心できるゆったりとした感じ。
それが数分間続いた後、不安になるようなしらべがはじまる。
それから一気に人を恐怖に陥れるような曲が鳴り響き、そのまま悲しく、切なくなるような曲で終わった。




演奏の後、オーケストラの人たちが異口同音に訊いてきた。






「この曲は誰が作ったんですか?こんなすばらしい曲ははじめて聴きましたよ」



そのたびにジャックはこう答えた。



「この曲の作曲者は戦時中に撃たれて死にました」




だが、ジャックは知らなかっただろう。



この劇場の清掃員の女性がたまたまこの曲を聴いてないていたことを。

彼女はあの初年兵の妹で、彼が一度学校のピアノでこの曲を聴かせてくれて、言った。

――この曲はオーケストラに演奏してもらいたいよ

涙が彼女の頬をつたっておちた。
「にーにー(兄さん)いたんだね……」






この曲には題名がついていなかった。
だからジャックの隊長がつけた。


「戦争で得るもの」





この答えはあなたには分かるだろうか?

2005/11/23(Wed)18:13:45 公開 / 夕陽
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この小説はある日ふと思いついた話で、うまくまとまっていないかもしれませんが、しんみりした話を目指したつもりです。

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