『Sky corridor【前編・修正】』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:最低記録!                

     あらすじ・作品紹介
親の仕送りで生活している大学生。だが、引きこもり状態の"俺"が、"すいか"と出会い、出来事を経て、自分の壁を乗り越え成長していくストーリー。

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Sky corridor





 【前編】


 「なんかさ、あんま認めたくないんだけどね」
 唐突ながら、俺は奴に切り出した。
 「なんだよ」
 面倒臭そうに体勢を変えずに、奴が返す。
 「すげぇ、納得いかないけど、お前に会えて良かったわ」
 「俺は嬉しくないけどね」
 生意気な"奴"は無地の緑の手作りクッションを枕にボロボロソファーに寝そべって、世界中の憎悪を集めて回ってるんじゃないかと思うぐらい可愛くない毒舌を、いつもと同じように俺に返してくる。
 「お前、誰にでもそんななのか」
 奴は一瞬こっちを向いて少し俺の顔をまじまじと見つめた後、そっぽを向いてまた少し考える。
 「あんただけだよ」
 結構答えがかかるのに時間がかかったって事は……まぁ、言うまい。
 こいつと出会ってもう三ヵ月になる。さすがにもう慣れてきた、と言うよりは麻痺してくるものがある。こんな奴でも口さえ閉じていれば、そのつぶらな瞳と小柄な身体が可愛いのだが、残念なことにそんな性分は、ダンゴに秘められたメリケン粉の一つ一つの粒ほども持ち合わせていないらしい。「あんただけにはな」という、言葉を添えて以前に自分で言っていた。
 「もう秋だな」
 気付くと奴は窓際に移って空を眺めている。俺も気になって奴の隣に並んで空を見上る。するとついこの間まであんなに低くて分厚い雲が漂っていた空は、遥か遠く高くに行ってしまっていた。引きちぎった綿飴のように、薄く漂う雲は何処か寂しげだ。秋は届きそうだった世界が、いつの間にか遠くに行ってしまう。山は鮮やかな紅葉があるのだろうが、街の生い茂っていた街路樹は、セピアに色褪せていくだけだ。夏に盛っていた物を秋はそっと奪っていく。俺にはそんな気がして秋を好きになれない、嫌いな訳でもないが。ちなみに理由はともかくとして、この考えは奴とも一緒だ。
 奴は名前を"空"というそうだ。だから普段は呼ばないのだが、どうしても名前で呼ぶ時はは"空"を英語にして"スカイ"。それを入れ替えて"すいか"と呼んでいる。と、わざわざこんな面倒くさい変換をしたのも、奴と出会った頃にすいかを出したら大喜びで平らげたからで、その喜びようといったら水を得た魚……いや、水が無い所でピッチピチ跳ねている魚のように踊り狂っていた。本人もちょっとその名前が気に入ったらしい。そう呼ばせてやっても構わないと言っていた。
 「ふふふ、秋が来たぞ」
 奴は首で変なリズムを刻みながら、歌うように言った。
 「なんだよ、嬉しいのか? お前嫌いだって言って無かったか?」
 「どんな季節よりもやっぱり秋が一番表情が豊かで美しいさ。元々は秋が好きだった訳じゃない。やっぱ熱く燃える夏だろ、っていう時期もあった。でもな、秋ほど色濃く日本の季節が出るものは無いさ」
 満足げな笑みを浮かべて得意そうに腕を組む。いや、羽か。羽を組む。
 「でも嫌いなんだろ」
 「うん」
 その表情のまま頷く。
 「だよな」
 予想通りと言えば予想通りだったが、毎度毎度同じパターンなのにもさすがに飽きる。この生き物に変化と勇気とちょっぴりの愛は無いのだろうか。
 「この前久しぶりに会ったダチが言ってて格好良かったから真似してみた」
 「お前、友達いたのか」と言う言葉は言いそうになって、飲み込んだ。せっかく揃えた秋物の服を、また嘴で穴だらけにされてはたまらない。
 「やっぱ夏だろ」
 それを否定するかのように秋の風は部屋を吹き抜け、カーテンを揺らし、本をめくり、蛍光灯から垂れた紐を振り回し、俺の服を、髪を肌を撫ぜていく。そして嫌いな奴の漆黒の羽も撫ぜていく。でも、すごく気持ち良さそうにしてるのは今回も突っ込まないでおこう。
 「あんたもよ」
 何か思いついたようにこっちに向き直って言う。
 「何すか」
 「早く仕事就けよ。お袋さんも悲しむぞ」
 奴はたまに、核心を突いた事を言う。
 「俺も早くそうしたいよ」
 でも奴は肝心な事は分かっていない事が多い。
 「でもその前に"脱・引きこもり"して、大学に行かないとな」
 この生活も半年になろうとしている。まだまだ初心者だが、その道として十分濃い毎日を送れていると思う、引きこもり1年生、そしてニート最有力候補。
 奴が虚空を見つめて、目を瞑って頭の中を探るように考え込む。そして目を開くと険しい顔をして言う。
 「その、なんだ、お前がよく言う引きこもりってのは、イマイチまだ俺も分からないんだが、あれだろ、いわゆる……」
 すかさず嘴を抑えて奴の言葉を制した。
 「いいよ、言うな。それで、多分あってるよ。どうせそのお友達に聞いてみたんだろ」
 これ以上俺のピュアハートに毛とカビを生えさせないでくれ。俺だって、そんな自分を認めたくない。認めて変わらなくちゃいけないのも分かってる。分かってるからこそ、言われたくない。
 「っだぁ、おめぇはなんでそう乱暴なことをするんだ。俺の自慢の嘴が"ろぴすか"になったらどうすんだ、おたんこなす」
 お前はなんでそう乱暴な言葉を使うんだ。俺の自慢のピュアハートが、訳の分からないお前の世界の言葉"ろぴすか"とやらになったらどうするんだ。この田舎烏が。
 「ああ、もうだめじゃ。もうやってられん。俺は旅に出る」
 それだけ言うと、バッサバッサと羽ばたいて秋の空へ飛んでいった。皮肉にもすごく秋の似合う見事な飛びっぷりだった。

 

――俺とあのすいかが出会ったのは、七月の終わり頃だった。


 台風が近くに来ていたあの日、俺は台風が来るタイミングを天気予報で見越した上で買い物に出ていた、それにも関わらず、台風はその予想を裏切って、丁度帰ろうとした頃に直撃してしまい、まるで猛牛の群れの様に激しく地を叩く。が、ものの三十分ほどすると駆け抜けていってしまい、からりと晴れ渡った。
 荷物を片手に店を出、完全に復旧するまで電車を待ち、一回の乗り換えを経て最寄の駅に着く。台風なら不可抗力だろうとは思ったが、一応持ってきた傘を店に忘れた事を思い出しながら、家の近くの路地裏に差し掛かる。すると、なんという事だろう、黒い塊が地面を蠢いていた。よく見ると、烏が何かに群がって突っついているらしい。最初は烏が台風で吹っ飛ばされたゴミに群がっているもんだと思っていたが、俺が近づいて烏たちがカァーカァー叫びながら飛んで退くと、そこには少し変わった烏の様な鳥が横たわっていた。烏よりも少し小さくて、首筋に紅い筋の入った烏……いや何なのか全く分からない。息も絶え絶えにぐったりとしたその烏を放って置くのも可愛そうな気がして……というより、先日古事記に関する本を読んだ時に八咫烏の話が載っていて、何か放って置いては罰が当たるのではないかと不安な気持ちの方が大いにあった。
 家まで運んだが、こんな得体の知れない生き物を結局のところどうして良いか分からず放って置いた、というと聞こえが悪いが、周りをあたふた動きまわりながらも、布切れをかけて寝かせた。動物病院に連れて行くべきだったのかも知れないが、もう動物という概念が無かったのでさっぱり思いつかなかったのだ。その日は最後まで目が覚めなかった。
 翌日、誰かに呼ばれる声で目が覚める。それも「おい」というきつい言葉だったので、俺はてっきり泥棒にでも入られて今、刃物をつきつけられながら声を掛けられているものと、ビクビクしながら目を開いた。するとそこには刃物も泥棒も居らず、身体を起こして見回しみてもやはり同じ。夢の声か、と勝手に納得して睡眠を第二ラウンドに突入する事にして、再び横になると。
 「無視かよ、おい」
 今度こそ確かに聞こえたその声に、驚いて横になりかけた身体は飛び跳ねて、辺りを見回す。すると、枕元に黒い鳥が居るではないか。
 「此処、どこだよ」
 低血圧で寝起きの悪い俺は、完全に頭が爆発していた。あ、もちろん髪の毛もそうなのだが、思考回路がオーバーヒート寸前だ。すっかり昨日の事など忘れていた俺は[何故か居る黒い鳥][喋る烏][眠りたい]というたった三つのキーワードを整理しきれずに、口をだらしなく空けたまま呆然としていた。
 「おい、あんたに言ってるんだぞ」
 烏の怒鳴り声に、俺は我に返ると少しずつ頭の中を整理した。が、やはりどうも上手くいかない。
 「に、日本だよ」
 出た言葉はそれだけだった。
 「んなこたぁ、俺だって分かってんだよ」
 烏が怒鳴り返す。なんで、俺が烏に怒鳴られなくちゃいけないんだ。
 「東京都だけど」
 「東京? しらねぇなぁ、いったい何処の田舎だ」
 一体どこの田舎烏だこいつは。
 「お前、東京って言うのは日本の首都。中枢になってる都市だぞ」
 烏は首を傾げて、しばらく考えると「知らないものは、知らない」とだけ言った。なんて、都合のいい奴だ。
 「その前になんで俺はお前と話してるんだ」
 なんでこの烏は人間の俺と会話をしてるんだ。勉強は得意じゃないが、それでもこれが着ぐるみやら、剥製ロボットやらじゃない事ぐらいは予想がつく。まさか、俺は頭が良すぎて狂人になってしまったか……無理もない、天才と狂人は紙一重だという。
 「此処が何処か聞きたいからあんたに聞いて、んであんたが答えたから会話が成立してんじゃねぇのかよ」
 「そういう事を言ってるんじゃない、なんで鳥のお前が俺と会話できてるのかって聞いてるんだよ」
 俺は大声をあげた。全身で脈を打っているのを感じ取れるほど、朝っぱらから興奮している。普通なら有り得ない出来事、それが唯この部屋に広がっている。そのまま烏を睨む。そのまま対峙していたが、烏がつぶらな瞳で首を傾げるので気が抜けてしまった。すると、ドアがコンコンとなっているらしい事に気づいた。俺は急いで玄関に向かい、ドアを開けた。
 「は、はい、ただいま」
 慌てて勢いよく開けると、何かにぶつかって鈍い音がしただけで誰も居なかった。
 「あれ」
 ゆっくり戸の反対側を見ると、隣のおじいさんが倒れていた。さっきと同じように全身で脈を打っているのを感じる一方で、全身から冷や汗が出るのは何故だろうか。俺は迷わずそっと戸を閉めて部屋に戻ることにした。
 「あんな、兄ちゃん」
 「なんだよ」
 頭を抱えてまた烏の前に座り込む。大変な事が幾つも起きて、もうまさに爆発状態だ。頼むから俺にこれ以上の負荷をかけないでくれ。
 「俺もな、難しい事分からねぇからさ、うん」
 ……あの、イマイチ言いたい事が伝わりませんが。
 そして烏が再び口を開く。
 「暫くで良いから、此処で世話してくんねぇか」
 「ああ、いいよ」
 あーもぅ、話ができる烏に出会ったり、隣のお爺ちゃんをぶっ倒したりする事に比べれば鳥の一羽や二羽の世話ぐらい幾らでも……ん。
 「……なんだって」
 しばしの静寂の後、再び戸がコンコンとなった。


 勿論、その当初戸惑いは隠せなかったが、俺が見る限り"奴"は"良い奴"だ。生意気で強がるけど、本当は寂しがりやな奴。知ったかぶりをして、本当は何も分かっていないけど、それはその人の為にする奴。俺は奴のお陰でこの三ヶ月間、退屈で仕方が無かった日々を、ほんの少しだけ充実して過ごす事ができた気がする。その日常は大して変わりはしないさ。それでも奴は知らない世界から、何か不思議なものを俺に運んで来てくれた気がする。故郷の話、世話をしてくれたお爺さんお婆さんの話、名前の由来、他にも沢山。それより何より奴自身の存在が、俺にとって新鮮だった。
 奴は何らかの理由で、関西の田舎の方(あくまで推測で、田舎というのは口調や知識から判断した)から飛んで来てしまったらしい。そしてあの日、東京の烏に因縁をつけて見事返り討ちにあったようだ。どんなに信じられない事があっても、もしそれが目の前で起きてしまったなら、それは認めるしかない事実だ。俺は奴を肯定したし、そういうのもアリだと思う。
 旅に出ると言っていたが、それはいつもの事だ。ほんの2,3日で帰ってくる。お腹が空けば、「おい、飯くれ」とでも言いながら帰ってくるだろう。
 秋の夕陽にまた黒いシルエットが見え隠れする。その行方を見届けてから、俺はそっと、秋の香りを吸い込み続けていた窓を閉めた。
 
 
 
 
 
続く

2005/11/23(Wed)10:35:33 公開 / 最低記録!
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■作者からのメッセージ
 どうも、思いっきり久しぶりの投稿です。初めましての方は初めまして。久しぶりの方はお久しぶりです。最低記録!です。

 やっと書く時間、読む時間ができてきた、生活落ち着いてきた今日この頃、やっと一つ投稿することができました。
読んでくださった方、ありがとうございます。もしお暇があれば、感想・ご指摘をしてくださると踊り狂って喜びます(ぁ
 【前編】【中編】【後編】と三部に分けようと思っています。上手くできるだろうか……それに少し更新が遅くなるかも……でも精一杯頑張っていくので、ぜひ続きもご覧ください!
 
 随分前になりますが、前回プロローグまで書いた作品【Imagine】は今の自分に書く力はどうしてもありません。コメント・感想・指摘を下さった方、この場を借りて謝ります。申し訳ありませんm(_ _;)m

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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