『夢中の恋』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:早                

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夢中の恋 



 音が聞こえる。
 規則正しく。まるで鼓動のような。今は、とても穏やかに。


 わたしは西日の差す教室にいた。
 机がならぶだけの、がらんとした空間。そのひとつに、わたしの鞄だけがのっている。わたしは赤くなる頬を冷えた手でどうにかひやそうとしてみたが、一向におさまる気配はなかった。
 ああ、やっぱりやめておけばよかったかなぁ。
 セーラー服のリボンが少しだけいがんでいるのに気付いて、なるべくかわいく見えるように結びなおしてみる。
 わたしはじっとしていられなくて、さっき戸締りしたばかりの窓を開けた。冷たい風が入り込んでくる。
 これで頬の赤みも少しはおさまるかな。
 そんな都合のいいことを考えながら、これまでのことをぼんやり思い出していた。
 わたしは三年生になって初めて中山君と同じクラスになって、なんとなくいいな、って思った。それからほんの少しだけ、くだらないことを話した。わたしはいつもうまく話せなくて、どもってばかりだった。なんでこんなに緊張するのかわからなかったら、「それは恋よ」、とわたしの中の誰かが言った。
 今、時刻は四時。約束は四時半。あと三十分。
 しばらくすると寒くなってきたので、わたしはもう一度窓をしめて鍵をかけた。
 今日、音楽の授業が終って教室に帰る移動の間に、わたしは中山君のそでを引っ張った。
「なに?」
 わたしより少しだけ背の高い中山君がふりむく。
「あ、あの、今日、時間あるかな……?」
「え、うん」
「じゃあ、その、ちょっと話、聞いてもらってもいい?」
「……いいよ」
「えっと、じゃあ、四時半に教室、きてもらっていい?」
「わかった。んじゃ」
「あ、……」
 ありがとう、の一言も言えずにあっと言う間に会話は終って、中山君はさっさと友達と教室に帰って行った。
 でもよく考えれば、『ありがとう』なんて言う必要なかったのかも。……いや言うべきだったのかなぁ? どっち? ……ああ、わたしってやっぱり駄目なやつだなぁ。しかも今ので『告白します』って言ってるようなものじゃない。ああ、もう嫌。でももう言ってしまった。ああ、どうしよう……

 
 かつ、かつ、かつ……
 足音が聞こえて、はっと顔を上げる。時計を見ると、いつの間にか針はきっちり四時半を差していた。
 かッ鏡!
 わたしは慌てて鏡で最終チェックをしようと鞄をあさるがでてこない。
 ああもう駄目だ鞄あさってるのを見られるほうがイメージダウンだよ!
 わたしは鏡を諦め影しか映らない窓に目を凝らしながら手ぐしをかけ何度も髪を撫で付ける。頬の赤みが増すのがわかった。
 だんだん近くなる足音。でも思ったよりすぐにはこない。
 鏡、探す時間あったかも……。そう思ってみても、さすがに今になっては間に合わないよなぁ。っていうか、どうやって顔を見たらいいんだろ?
 わたしは窓際でそわそわしながら一番いい『待つ姿勢』を考えてみたけど、まっすぐ立つこと以外思いつかなかった。
 足音がすぐそこで聞こえて、ついに中山君が半開きのドアから顔をのぞかせた。ちょうどわたしの対角線上にいる。
 ああ、中山君にここまで歩いてきてもらわなければいけないじゃないか……! ばか! ドアのそばとか廊下とか、そうゆう所で待っておけばよかった!
 中山君はうつむきかげんで、後ろで学ランのすそをひっぱるようにして歩いてきた。
 直立したまま動けないわたしの前で、中山君が立ち止まる。
 一気に緊張が高まって胸が詰まった。
 な、何か喋らないと! そうだ、考えていたじゃない。まず最初に……
「え、えっと……その、突然呼び出してごめんね」
「……ん」
 すぐに返ってくる中山君の声。カーッと顔が熱くなる。
 えーとそれから……何を言うんだっけぇ……? あぁもうわたしのばかぁ! とにかく顔を上げよう。ちゃんと顔を見て告白しなきゃ!
「その……わたし」
 思い切って中山君の顔を見る。中山君もまっすぐわたしを見ていて、視線がばっちり合ってしまった。わたしは更に顔が熱くなったけど、中山君も、赤くなっているのに、気付いた。
 ああ……
 そっか。 
 中山君も緊張してるんだ。
 そうだよね。
 だって、ただの男の子だもん。
 夕日が差し込んでいた。橙色の教室。それよりもっと赤いわたしと、中山君。
 わたしは妙に緊張が緩んで、今度はどもらずに言えた。
「わたし、中山君が好きですっ」
「…………えと、」
 中山君は一度目を伏せて、それから顔をあげて、まっすぐわたしの顔を見て、ゆっくり言った。
「……おれも、す



 長く伸びる音。
 何も聞こえなくなった。
 

 


「……3月1日四時五十分、ご臨終です」
 白い病室で横たわる老婦人を、若い親子が見守っていた。
「お母さん……」
「おばあちゃん、もう起きないの?」
 女の子が、母親のセーターをひっぱりながら聞いた。
 母親は涙ぐみながら、それでも優しく笑いかける。
「おばあちゃんはね、これからずっと幸せな夢を見るのよ。おじいちゃんにも会えるの」
「そっか。じゃあ、よかったねぇ」
 少女は微笑む。
「うん。よかったね」
 母親も微笑む。
 今頃向こうで、夢の続きを見ている。
 老婦人の表情は穏やかだった。



2005/10/17(Mon)12:13:17 公開 /
■この作品の著作権は早さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 こんにちは。投稿のタイミングが掴めない早です。
 今回のお話はタイトルまんまのゆるいオチなんですけど、思春期の、ささいなことでも気にしたり、優柔不断になったりするドキドキ感をだせればなぁと思って書きました。
 しかもまた死ぬ話でスミマセン(・・; その上季節はずれで申し訳ないです……!(+_+;
 感想などいただけたら嬉しいです。ではこのへんで失礼します。

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