『ヴァンパイアの憂鬱 (0〜1)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:相川 柊                

     あらすじ・作品紹介
……ヴァンパイアの、避けられない道。それを避けなければいけない少女は、ある少年と出会った――

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≪プロローグ≫


「いくら決まり事だからって……」
 とある路地裏に、その呟きは響いた。
 もう夜もふけ、そこを照らす光は月の輝きのみ。
 その少女の姿を街灯ひとつ無いこの道の闇が、少し低めであろう身の丈以外の全ての外見的特徴を覆い隠していた。
『有紗……あなたの命にもかかわる事なのに』
 少女の耳に焼き付くように、女性の声でその言葉がくりかえされる。
「私の、体が受け付けないのに?」
 無意識のうちに出る言葉だった。
 もはや少女の口からは、嗚咽にも聞こえる、か細い声しか出ない。
『あなただって、限界でしょう?』
 また、諭すような女性の声。
 少女は、ごつごつした冷たいコンクリートの壁に腰をおろし、寄りかかった。
「限界なんかじゃ……ない」
 頭蓋骨の中にまで響いているかのような言葉に対して抗うように、少女は呟き続ける。
『死んで……しまうのよ?』
 声の間隔がもう数秒間の間もないぐらい、絶え間なく響く。
 こらえきれず少女は頭を抱え、痙攣するようにびくびくと体を震わせた。
「死んだり、しないっ!」
 声に抗うことができるのは、声だけ。
 少女はそう思ったのか……、そう叫ぶと、頭痛のように響いていた声が掻き消えた。
「っえ?」
 
 少女に聞こえていた声はすっきりと消え去っていた。
 今までの声が嘘のような、静寂。
(消え……た?)


 数秒間、待ってみるも頭に響く声は訪れない。
 我に返り、少女は髪を整え、衣服の乱れも整え、立ち上がった。


『あなたは、ヴァンパイアなのよ!』

 直後、頭の中を今までの何倍もの響きが襲い、少女はまたうずくまった。
 コンクリートが少女の衣服を擦る、ザリザリという音が耳に障る。
 
 少女は、再び襲ってきた声をはねのけるかのように、手を大きく振った。
「でも、生きてみせる!」

 今度は“意識的”にそう“叫んだ”。
 
 それきり、今度こそ本当に声は消え去った。
 あるのはただ、静寂だけ。
 
 少女は、飛び立つために漆黒の羽を広げる。
 その羽の形はこうもりのような、それを人が飛ぶため大きくしたような、そんな形。
 

 少女は悟ってしまったから、飛び立つ――
 
 ここにいるだけでは、何も解決しないことに。
 ここにいるだけでは、破滅しか待ってはいないことに。

 少女は悟ってしまったから、どこ見ぬ所へ、ここではないどこかへ、その羽を羽ばたかせ――

 希望を持って、夢を抱いて、飛んで行く――



 ≪第1話≫

 道と呼べるかも定かではない、他人の家と他人の家の間の狭い空間を少年は歩いていた。
 外壁はところどころにコケが生え、雨の染みが色濃く残っている。
 風通しがあまり良く無いのだろう。
 空を仰げば清々しいほどの青空が広がっている、比べると、ここはまるで別世界の様相だった。
「はぁぁぁぁぁぁあ」
 深いため息をつきながら、ゆっくりと歩を進める。
 足元には、申し訳程度の薄い砂利が敷かれていて、ジャッ、ジャッ、と歩くたびに小石が擦れる耳障りな音を発していた。
 少年の容姿からして、おそらく15〜6歳ぐらいだろう。
 170に近く、しかし届かない少年の背丈は一般的な身長であると言ってよい。
(ど〜すっかなぁ〜?)
 少年の顔は、少し幼い感じが残る顔立ちだが、今は困惑の表情がその前面ににじみ出ている。
 そして、少年の右手にはピンク色の便箋が握られていた。
 その視線は便箋の文章にしっかりと定められている。
(こんなモンもらって、正直に行けるかよ……)
 少年は余った左手をあごに添え、眉間にしわを寄せ考える。
 実際、コレが俺の下駄箱に靴と添い寝していたのを発見したのは、もう3日も前だ。
 その時は、少しばかり顔をニヤつかせながらもしっかりと鞄の底にしまった。
 しかし、家に帰って冷静に考えてみると、ひっかけの可能性もあった。
 なんせ、声に出すのも恥ずかしいほどの名文が、延々3ページも……だぞ?
 そして最後に、
『明日の放課後に、体育館裏の倉庫の前で待っています』
 なんて書かれていたら、そう簡単には信じることが出来ないし……。

 そこまで考えて、少年は思考を止め、頭をゆすった。
 今手紙を持って歩いているという事は、猜疑心のあまりついに待ち合わせ場所に出向くことはなかったということだった。

 もう少しで通りに出る。
 少年は、しばらくの後便箋をしまった。 
 他のクラスメイト達に見られぬようにと、少年がいつも使っている近道の区画の中だけでそれを広げ、読んでいたのであった。
「でも、今時の高校生がラブレターって……、レトロ過ぎないか?」
 無意識のうちにその言葉がこぼれ落ちた。
 さて、と、少年はいつのまにか歩みが止まっていた事に気づき、一息吐いて再び歩き出す。
 もう、それなりに人が行き交う通りに出る。
 
 少年はしかし、そこで再び足を止め、足元を見た。
 闇にのまれ、暗く、まるで地獄にでも続いているような『穴』を少年は覗いていた。
 『穴』は、単なる蓋の開いたマンホールなのだが、見慣れぬ光景なため少年はその事実に気づくのに数秒を要した。

 そして、軽く周囲を見渡すも、目の届く範囲に蓋は見受けられない。
「蓋も無いのかよ。ったく、あぶねぇなぁ」
 今度は感想をぼやき、考えた。
 このマンホール、家の間の路地を抜けてすぐな場所にあるせいで、ちょうどマンホールの真ん中部分が正面に来ている。
 しかも割と大きいタイプのようで、容易に飛び越える事は出来そうにない。
 直径は目測で2m……ぐらいか。
 これから、どう動く?
 1.大人しく引き返す。
 2.蓋を探して、閉じてから上を渡る。
 3.マンホールを、飛び越える。
 3つほど選択肢を考えた。
 1.は、近道の意味が無い。
 2.は、時間がかかりそうだな……。
 3.は、ぎりぎり端を飛べば、行けそうか。
 そこまで考えて少年は決め、自分に言い聞かせるように短く呟いた。

「3だ」

 助走のための距離を取り、少年は一気に走り始める。
 ガリッ
 そんな音を靴底が発し、マンホールの端ギリギリの所で左に飛ぶように踏み切った。
 数瞬の間の滞空時間、マンホールの奥から吹きあげてくる冷えた風が頬をなでる。
 少年は着地へと向け体勢を整え――
 ズッ ガッ
 たっぷり2歩を使って着地した。
「ふぅ」
 一回のため息で、残っていた緊張もいっしょに吐き出す。
 そして自分が今飛んできた穴を、もう一度少年は覗き込んだ。

 そこには、備え付けの所々に錆が浮いているはしごを、必死こいて登っている――
 ――黒い羽を生やした少女が居た。
「ぅわっ!」
 少年は思わずマンホールから2歩飛びのいた。
(な……何なんだ!?)
 はぁっ、はぁっ……という荒い息使いが、そういえば先ほどから聞こえている。
(今のは、女の子?)
 もう一度、今度はゆっくりとマンホールに近づき、覗き込む。
「はぁっ、はぁっ……」
 少年の目には、やはり先ほどと変わらない少女の姿が映った。
 顔はうつむいていて確認することが出来ないが――
 よく見れば、少女の長い黒髪はぼさぼさ。
 着ているTシャツはぐしゃぐしゃ。
 はいているデニムのパンツも、擦れた跡が両の手では数え切れないほどだ。
 こんなところに女の子が居るなんておかしい、少年はそう思うが、少女の発する雰囲気は、少女がそこに居ることを当たり前にも感じさせるほどの、何かを持っていた。
 そして、黒い何かが少女の背中に生えている……あれはなんだろうか? 少年が疑問に思ったそれは、明らかにしなびていて、重力に従って力なくだらりと垂れ下がっていた。
(人間に……羽、じゃないよな?)
 それを見るのをやめ、マンホールをよく見ると、少女の登っているはしごは上から3段分が折れて取れてしまっている。
 少年はそこまで確認して、ごくりとつばを飲んだ。
 
 目の前に明らかに苦しそうな少女1人。
 その上そこに少女の困難な未来が予想される。
 こちらには手を差しのべて、助力を加えるだけの時間的余裕あり。
 そこから出る答えは――

「あの〜。」
 少年は少女に恐る恐る声をかけた。
「はぁっ、はぁ……ん?」
 かかる声の発信元を、少女ははしごを登る動きを止め、見た。
『…………』
 2人の間に、言い知れぬ沈黙が数秒ほど流れた。

 少女は立ち止まり、声のするほうへと顔を上げ、疲労の色が濃く滲む瞳は、残り3段のところまで、痕跡だけを残しているはしごの残骸を捉えて離さなかった。
 
「大丈夫ですか?」
 少女に、もう一度少年は声を掛けた。
 少女は少年を一瞥してから、1歩1歩着実にはしごを登り、途切れたところで少女は止まった。
 そこで何かをためらうように少女はちらちらと少年の様子を伺っている。
 ふいに少年は、無言で少女にすっと手を差し伸べた。
(もう、これでダメならどうしようもない。)
 そんな思いを抱きつつも、それを微塵も見せずに。

 そんな少年の行動が少女を動かし、決意を決め少女は恐る恐る手を伸ばし――
 少年の手をつかんだ。
 そして少女は少年の手のぬくもりを、
 少年は少女の手の冷たさを感じ、一瞬ためらった少女の手をしっかりと握った。

 しっかり手が握られたことを確認し、少年は少女を一気に引き上げた。
 全身の筋肉に、余す事無く力を込めたものの、少女は思ったよりずっと軽く、まるで赤ん坊を抱いているかのように軽く感じられた。
 そんなことはあるはずは無いのだが、少なくとも、少年はそう感じた。
 少女を持ち上げ、マンホールの枠に座らせた時点で、少年の体力はあまり減っていなかったので、あながち間違いではないのかもしれない。
「ありがとう……ございます。」
 座ったまま礼を言った少女を見て、少年は、
「あ、ごめんごめん。そんなトコに座ってたら寒いでしょ。」
 そう言って再び少女の手を取り、立ち上がるよう促した。
 黒くくすんだコンクリートの壁に手をかけ、少女はゆっくりと立ち上がった。
 この時期、春なのだがまだ日影は少し肌寒い。
 近くに日の当たる、座れる場所は無いか。と、その間少年は脳内検索をかけた。
「……あの?」
 手を握ったまま止まる少年を見て、少女はそう声を掛ける。
 それに気づきつつ、少年は、(くそ、こんなときに、何をしているんだ俺のCPU!!)あせりながらも考える事を優先させ、生返事だけを返し少女をさらに不安にさせていた。

「よし、行こう」
 数秒の後少年はある場所を思いつき、少女の手を引き歩き出した。
 よく考えれば、正義感の先立った余計な行為にも思えなくも無いが、少年がどう見ても少女はワケありに見えるうえに、衰弱しきっていた。
少年に手を引かれ、少女が歩き出そうと思った、瞬間だった。

『あなたは、何をしているの?』

 あの声が、響いた。
 少女は追い払ったと思っていた。ゆえに脳を刺すその声を聞き、なすすべも無く崩れた。
 どさり。というその音は、そばにいた少年以外――少女自身にも――聞こえることは無かった。
『いくら私から逃げても、意味は無いのよ?』
 少女の頭に響くその声は、少年には聞こえない。
 少年は、突然倒れた少女を、支えることしか出来ない。
『あなた自身の身体から、逃げることは出来ないの』
 女性の声色をしているが、少女には悪魔の声のように感じられる。
「どうしたの!?」
 少年が掛ける声も、少女には届かない。
 握られていた手も、今はもう少女は頭を抱えるために使っている。
「やめて!」
 また、叫ぶのだがその声は空しく響くだけで少女は震え続けた。
「落ち着いて」
 相変わらず、むなしくも少女の耳には届かない言葉を、少年は掛け続けた。
 しかし、少年は声が届かないことに気づくと、少しの考えの後、自分の上着を脱いだ。
「他人にここまでする義理は無いのかも知れないけど……」
 少年はそう呟き、手に持っている、まだぬくもりの残っている上着を、少女の肩に掛けた。
「着心地はいまいちかも知れないけど、そこは我慢してくれ」
 少年は愚痴をこぼすように短くそう言って、あたたかく微笑んだ。
 
 少女の背中に、暖かい“何か”が触れた瞬間。
 頭の中に響いていた、声が……消えた。
「え?」
 少女の背中に触れたのは、少年の着ていた上着だった。
「大丈夫?」
 と、少女の瞳に自分が映ったことを確認した少年は言った。
 少女は自分の肩に手を伸ばし、そこに掛かる上着を触った。
「これ……あなたの?」
 少年が使い込んだ黒いコートを、少女はまだ視点の定まらない目で確認する。
「ああ、何か震えてるみたいだったから。」
 そう言って少年は微笑み、少女に手を差し伸べた。
 差し出した手を取り、少女はしっかりと立ち上がった。
 今度は少女の肩も支えて歩き出す。
(もう人目がどうとか言ってられないな……)
 一瞬の躊躇いの後、少年は寒く暗い路地を出た。
 路地を抜けると、そこは商店街だった。
 青空を半分ほど被うアーケードの屋根が、足元に薄い陰を落としていた。
 少年の住む街はそこまで都会というわけではないが、それでも雑踏の発する騒音はがやがやと耳にうるさい。
「辛くないか?」
 自分がいつも通る道が少女の負担にはなっていないかを気にしてそんな言葉を掛けるも、少女からは弱い返事しか帰ってこない。
 歩くうちに、少年は視線を感じるようになった。周囲の人間の6割ぐらいが自分たちを一瞥して去っていく気がする。
 少し早足に商店街を抜け、2人は住宅街の外れにある公園に着いた。
 そんなに広くない、70m四方ぐらいの公園だ。
 防犯上良くないのだがまわりにある程度背の高い木が植えてあり、見通しが悪い。
(ここに来るのも、もう何年ぶりかな……)
 少年が小さかった頃はよくここで遊んだものだったが、今は寂れて人影も見えない。
 時代の移り変わりでかなり数が減った遊具のうち、ブランコだけが風にゆれている。
 少年は日のあたりそうなベンチを選び、少女を座らせ、自分は立った。
 早足で歩いたことによってあがっていた少女の息も、座ったことで落ち着いてきた。

 そして少年は、疑問を晴らすために話し始めた。
「最初に聞くけど、何であんなマンホールに?」
 少女の表情は曇る。
「じゃあ、それはとりあえずいいとして、……名前は?」
 ゆっくりと口を開き、少女は言葉をつむいだ。
「あなたは?」
 少女の言葉を聞き、それもそうかと少年は言った。
「俺は、逢世望。で?」
 少女は、少し顔を上げた。
「井上有紗」
 望は足を組替え、質問を続ける。
「で、井上さん。その背中の黒いのって、何なの?」
 有紗は、とっさに後ろを振り向き、不安げな表情に変わっていく。
「これは……その。」
 有紗の口篭もる様子を見て、望は考える。
(それに、さっき叫んだ時見えた……長い八重歯)
「それじゃまるでヴァンパイア――」
 その言葉を発した瞬間、有紗は、公園にあったベンチを倒しそうな勢いで立ち上がった。
 そして、望に詰め寄り、冷ややかな声で言った。
「なんで分かったの!?」
 望は、有紗の反応にびくりと少し後ずさり、言った。
「え……?」
 有紗はベンチから立ち上がり、ゆっくりと望の両肩をつかんだ。
「ちょっと、え? なんですか?」
 突然つかみかかられた望は、そんな声を出す。
「なんで、私がヴァンパイアだってコト、分かったの?」
 有紗は冷淡な声色で繰り返し聞いた。
 そして望は固まった。
「もしかして、井上さんって、本物のヴァンパイア……なの?」
 少年は何とかその言葉だけを発した。
「分かってて聞いたんじゃ……ないの?」
「いや、俺はただ単に、『それじゃまるでヴァンパイアのコスプレだし……』と、言おうとしてたんだけど」

 ≪続く≫

2006/01/21(Sat)10:33:49 公開 / 相川 柊
■この作品の著作権は相川 柊さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、相川柊(あいかわしゅう)です。
未熟ながら投稿させていただきました。

今回も微量です(汗
心情を強く書きたいのですが、どうしても難しいですね。
アドバイスいただけるといいのですが。
次回は、ついに少女の逃亡の真相が明らかに……! かも?(またかよ(w

では、この作品をお読みいただき、ありがとうございました。
できれば感想を頂けると、とてもうれしく思います。
機会があればどんどん更新したいと思いますので、よろしくお願いします。

※10/15 初投稿
※10/22 第1話、一部追加
※10/24 第1話、一部変更
※10/26 全体の誤字修正と、一部変更
※10/29 第1話、一部微量追加
※11/05 第1話、超微量追加&修正
※11/19 第1話、一部追加
※11/26 第1話、微量追加
※12/03 第1話、一部追加
※12/17 第1話、微量追加&多少修正
※12/28 第1話、微量追加&多少修正
※01/21 第1話、微量追加&多少修正

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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