『新撰御法度。』 ... ジャンル:時代・歴史 恋愛小説
作者:朱雀                

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一)沖田総司

 時は幕末―――。
 in 京都。
 古ぼけたホコリくさそうなこの建物。
 外の松の木同士の間にかかるさお竹に、かかるはだんだら誠の羽織。
 立派な門構え。聞こえる剣稽古の声。
 門にかかる立て札―――『新撰組屯所』
 華やかに賑わう京の街。
 されど、この屯所の前を通る人々は心なしか足早にみえた。
「総ちゃーん!」
 先ほどから誰かが人を探しているようだ。
 叫んでいる男は、剣の稽古のあとなのか、びっしょりと汗をかき、着物の上半分は脱いでいる。
 後頭部でも上の方に白い麻布で髪を結い、前髪は汗で濡れている。
 この男、新撰組二番隊隊長の永倉新八。
 さて、永倉の呼んでいる『総ちゃん』とは?
「総ちゃー…」
 永倉がもう一度息を吸って叫ぼうとしたときだった。
「もう! そんなに叫ばないでよ!」
 そんな事を言いながらも笑いながら顔を出した男。
 真っ白い肌、低めの身長、整った顔立ち、ポニーテールにしても腰まで伸びる長い漆黒の髪。
 まるでオナゴのようだ。いや、そこら辺のオナゴよりも数倍美しいだろう。
 だが、この男、後に名を後世に轟かせる事になる。
 剣の達人。向かうところ敵なし。剣豪ぞろいの新撰組の中でもだんとつトップの剣豪。
 そう呼ばれる男である。
 新撰組一番隊隊長、沖田総司。
 見かけの美しさとは裏腹に、剣を持てばガラリと変わり、戦場では鬼と化す。
「だって総ちゃん全然返事しないんだもん!」
「仕方ないでしょ。焼き芋買いに行ってたんだから!」
 沖田は手に数十本の焼き芋をかかえていた。
「何でそんなに…!? お金どうしたんだよ?」
 永倉はてっきり局長と副長と沖田の分だけ買ってきたと思っていたのだ。
「やっぱ買い物するときはオナゴ気取るのがいいね。6本買うつもりだったけど、おまけに五本ももらったよ」
「おまえな…」
 呆れていて危うく用事を忘れるところだった永倉。
 思わず「あっ!」と叫んでしまった。
「そうだ、総ちゃん。副長が呼んでたよ」
「歳兄が?」
「また何かやらかしたんじゃないのー?」
「…歳兄の草履勝手に借りた上に花輪切っちゃったことかな…。それとも歳兄のいない間に棚のまんじゅう食べちゃったことかな…。それとも…」
 沖田は思い返せば返すほど悪事の記憶がよみがえる。
「まだあんのかよ」
「まあ、いいや! 行ってみればわかるし」
 沖田はそういって長い縁側をテクテクと歩いていった。
 副長の部屋に行く前に自分の部屋のふすまを開け、焼き芋を中に投げた。
「あっ!」
 永倉は沖田の行動に声をあげてしまったが、そこは長い付き合い。いつものことである。

「歳兄ぃ! 何? 新八に呼ばれたんだけど」
 沖田は副長の部屋のふすまを思いっきり足で開けた。
 焼き芋が冷めないうちに食べたいと思っていた沖田は、呼び出した副長に少し逆ギレしていた。
 心の中で「焼き芋は局長と俺の分だけにしよう」と思っていた…。
 時に、副長とは?
 沖田が足で開けたふすまの部屋の中には、真っ黒な着物に身をつつむ男の姿があった。
 この時代、平均的に身長が低かった日本人にしては、大きい体である。
 真っ黒なキレイな髪は前髪を真ん中分けにし、後ろ髪は腰の辺りまである。
 かなり低い位置で結ぶ髪は、動く度にサラサラとなびいていた。
 この男、新撰組副長、土方歳三。
 新撰組の中では『鬼の副長』と呼ばれていた。
 沖田の方を振り返ったその顔は、沖田の美しさとは逆に、飛びぬけた格好良さがあった。 
 女付き合いが悪いと噂される副長だが、この容姿なら納得。
「また足で開けやがってコノヤロ」
「焼き芋買ってきたから手が黒いんだよ」
「面倒くさいだけだろ」
「いいから、話ってなに?」
 沖田はまるで兄に甘えるように土方の隣に座った。
 土方はチラっと総司を見て、また視線を元の位置に戻した。
「お前に会いたいと尋ねて来た娘がいるんだが…」
 沖田の運命の歯車がゆっくりと動き出した。


二)尋ね人

 沖田は目を丸くした。
 武士が簡単に帯刀してしまっていたこの時代。
 大の大人の男でも武士に近づくのを避けていたのに、ましてや娘である。
 しかも、剣豪ぞろいと噂されていた新撰組を好き好んで尋ねてくるとは…。
 沖田はかなりも物好きだなと思っていた。
 もう秋も近づく頃で肌寒く感じる。
 腕をそれぞれ反対のそでに通して、カラコロと土方のげたを勝手に履いて出て行った。
「何だってこんな真昼間から…くるなら夜にしてほしいな♪」
 文句をいいながらも、尋ねているのは『女』である。
 女禁制の新撰組。
 久しぶりに娘と話すなぁなんて思っていた沖田。
 足取りも速くなり、ふと門のところを見ると…。
「え…」
 沖田は胸の脈が速くなるのを感じた。
 そして、一気に門のところへ駆け寄った。
「あ…」
 相手の女が沖田をみての第一声がこれだった。
 その娘は、美しい。
 その言葉以外見つからないであろう、驚く程の美しさだった。
 真っ白い肌、大きい瞳、漆黒の長い髪。
 キレイに丁寧にまとめてあった。
 黄色い着物がとても似合っていた。
 ………が!
 沖田が見惚れていたのはたったひと時。
 娘は容姿に似合わない態度を見せた。
「ここで会ったが千年目っ! てめぇのツラ忘れた時なかったわ!」
 その娘のあまりにも大きな声に、屯所の前を通る人々、新撰組の隊士が一斉にこっちを向いた。
 もちろん沖田は何が起こっているのか把握できていなかった。
 だが、そこは気の強い沖田。引くわけにはいかず…。
「あのー、俺、今日初めてあんたに会うんだけどー」
 期待を裏切られた沖田は、少し呆れた声をだした。
「ふざけんじゃないわよ! ついおとといと一日前!」
 沖田にはまるで記憶がない。
 だいたい、こんな美人が普通に歩いていたら、必ず振り返ってしまうし、忘れるわけがない。
「俺、確かここの副長の草履直しにそこの店に行ってたんだけど…」
 と五十メートル程先にある店を指差した。
「あんたねー…私よ! 覚えてないの? その草履屋のちょうど前でぶつかったでしょ!?」
 沖田はしばらく考えていたが、うっすらと思い出してきた。
 
―――おとといと一日前。
「くっそ歳兄め! 花輪くらい自分でなおせ!」
 沖田はぶつぶつ文句をいいながら、土方の草履をかかえて草履屋へ走っていた。
 そのとき…
「きゃぁぁっ!」
 沖田とその娘はぶつかったのだ。
 だがしかし、沖田が覚えてないのも無理はない。
 娘は、貧乏人のような質素でぼろぼろの着物を着ていて、髪もぼさぼさで下ろしていた。
 しかも、白い布を頭からかぶっていたので、男と間違えられてもおかしくはなかったかもしれない。

「それで何っ?ぶつかったときはちゃんと謝ったでしょ」
 沖田はてっきりぶつかった相手は男だと思っていたので、記憶が薄かったのだ。
「私が抱えていたのは、大姉様の大切なかんざしだったのよ!」
「へぇ…」
「あんたとぶつかった拍子に落としちゃったんだけど、あんたは立ち上がるときに、私に謝りながらそのかんざしを踏みつけたのよ!!」
 沖田にはまるで記憶がなかった。
 だがしかし、娘がかなり怒っているのは確かだ。
「そのせいで家は追い出されるは、仕事はなくなるはで…!!」
 泣きそうになっている娘に、沖田は尋ねた。
「名前は?」
「は?…名前…えっと…コウ」
 娘は納得いかないような顔をしながら小声で答えた。
「なんか良くわかんないけど、たぶん俺が悪いんだろうから、うちで働きなよ。男共の作る飯はまずくてまずくて…。コウが屯所の家事してくれよ」
 沖田のあまりにも唐突な提案にコウは目を丸くした。


三)コウinto新撰組

 コウは、少し納得がいかなかった。
 それには、深いわけがあったのだが、それは黙っておくことにした。
 しばらく悩んだ末、コウは沖田に言った。
「収入は?」
 武士とはほど遠い生活をしていたコウにとって、生活を支えていくことはとても大変なことだった。
 だが、そんなコウの心配をよそに、沖田はにっこりと笑って返した。
「大丈夫」
 さっきまで、目の前にいる男のせいでイライラしていたはずなのに…。
 コウは心の中が温かくなるのを感じた。
 コウもにっこりと笑い、荷造りをする、と一旦自宅に帰った。
 走っていくコウの可愛らしい後ろ姿に、沖田は自然と笑みがこぼれていた。
 コウが戻ってくる前に、土方と局長にこの話を伝えに行った。

「は?」
 話を聞いた土方の第一声はこれだ。
「だから、家事をさせるんだ。俺のせいで失業しちゃったわけだし」
 沖田は、なんだか理不尽にコウに怒鳴られたにも関わらず、しっかりと自分のせいだと反省していたのだ。
 今まで子供だ子供だと思っていた沖田が、このように話してくるのはめずらしいことで、局長は少し喜んでいた。
 ここの局長というのは、名は聞いたときがあるであろう、近藤勇。
 日野の百姓の出であるが、試衛館道場、天然理心流四代目を継いでいる。
 頭の機転の良さ、人柄の良さ、勇ましさ、剣の強さ、すべてを認められ、新撰組の局長までのぼりつめた。
 おおらかな性格で、隊士達にも好かれていた近藤は、沖田を弟のように可愛がっていた。
「そうか、総司。お前も責任を感じられるようになったか」
 うんうんとうなづきながら、近藤は嬉しそうに言った。
 沖田は、少し照れながらも、強気に言った。
「もう! 子ども扱いはよしてよ近藤さん」
 近藤も、沖田もくすくすと笑った。
 が、土方は違った。
 近藤と違って、法度に誠実に従っていた土方は、沖田の提案を許そうとは思わなかった。
「総司よ、新撰組に女をいれることは俺は賛成できねぇな。いくら家事だと言っても、こんなむさくるしい男の中じゃ、娘さんの気も滅入っちまうだろ」
 土方は、もっともな意見を述べた。
 だがそれ以上に、ここで女の出入りを許してしまったら、副長としての示しがつかないと思っていたのだ。
 大人になったといっても、しょせんまだ若い沖田は、ぷくっとほおを膨らました。
 そんな沖田を見た近藤は、土方に言った。
「歳、いいじゃないか。ちょうど家事に困っていたところだ。忙しい俺らの中で家事をしてもられるのはなんと嬉しい事か…」
 近藤はそれからも何回か土方を説得した。
 土方と近藤は昔からの仲だった。
 お互い納得し合うまで話し合い、結果…
「あーもうわかったわかった! 隣の部屋空いてるからそこ使わせろ」
 土方のお許しがでた。
 沖田も近藤も、なんだかんだ言って心の広い土方だから、最終的には許してくれると思っていた。
 二人で顔を見合わせて、あははと笑った。
 
 しばらくして、コウが屯所を訪れた。
 桃色の美しい柄のふろしきをパンパンにして、首にゆるく巻いていた。
 コウは沖田によって副長、局長の部屋に連れられていった。
 どさっとふろしきを置いて、丁寧にあいさつをした。
 近藤と土方はとても驚いた。
 沖田の言っていた娘はこんなにも美しい娘だったとは…。
 椿油でしっかりとまとめた髪、真っ白い肌。
 正座をし、綺麗に指をそろえ、深々とお辞儀をした。
 しっかりと教え込まれたであろう、礼儀のよさは、まるで色町の女のようだ…。
「この度は、唐突に沖田様を訪れてしまったにも関わらず、このような素晴らしい御所へ就かせていただき、誠にありがとうございます。感謝の言葉以外、浮かぶものはございませぬ」
 いつまでも深々と頭を下げている目の前の美人をみているのも辛くなってきた近藤は、コウの手をとった。
「いやいや、うちの沖田が迷惑をかけたね。こんな男だらけの所で気が滅入ってしまうだろうが、俺達のためにも、家事を頑張ってくれ」
 近藤は、さっき土方が言ったことをそのまま伝えた。
 土方は少し眉間にしわをよせたが、まばたきをして元に戻した。
 だが、なんだかんだで、みんなの顔には笑みが浮かんでいた。


四)宣戦布告

 コウが新撰組にもなじんできたこの頃。
 朝から新撰組の屯所には勇ましい声が響き渡る。
 それは道場から。隊士達の剣の稽古の声だ。
 屯所の前を通る人は、その元気で勇ましい声に耳をかたむけ、少し微笑んで走っていく。人斬り集団という汚名が響き渡っている新撰組だが、そんな事は忘れさせてくれるような元気な声だったのだ。
 だが、そんな中…
「土方さまー土方さまー!」
 コウの声だ。
 隊士達が腹の底から声をだして稽古しているにもかかわらず、澄ました顔して隊士達の声を上回る大声で叫んでいた。違う意味で、外を通る人や隊士達の耳をひいた。
 一方、叫ばれている『土方さま』は、コウが叫んでいる廊下のすぐ側の部屋で俳句を書いていた。
「あーはいはい! なんだなんだ朝っぱらから…」
 ぶつぶつ文句を言いながら、両袖にそれぞれ腕を突っ込み、しぶしぶ廊下へ出て行く土方。それを見かけたコウは早速かけよる。
「土方さまっ。朝食の用意が整いました」
 コウはニコっと笑って見せた。誰もが一目置く美人であるコウの笑顔に、さすがの土方も表情がピクピクしている。にやけたいのだろうか…。
 と、そこにいいタイミングで沖田が加わる。
「何っ? 朝食出来たの?」
 沖田が笑いながらコウの肩に手を置いてみる。
 ぴしっ!
 コウは土方の方を向き微笑みながら、沖田の手を厳しく払い除けた。
「……」
 沖田は眉間にしわを寄せ、鼻の辺りをひくひくさせてみる。
 相当顔にでている。まだまだ子供だな、というように土方は沖田の頭をぽんとたたき、歩いていった。
――――朝食。
 稽古や見回りを終えた汗臭そうな隊士達が布で汗を拭きつつ大広間にゾロゾロ集まってくる。
 コウは、にこにこしながら隊士達を迎え入れた。隊士達はいまだに今まで見た時もないような美人に慣れないようだ。席についてもうっとりとコウを見つめていた。
 コウは何百人とくる隊士達の名前をひとりひとり呼んで席につかせていた。
「はい、永倉さん。はい、松原さん。あ、おはようございます」
 にこにこ笑いながら名前を呼んでくれるコウはまさに紅一点なのだ。輝く一輪の花。
 …が、そんなみんなのアイドル、コウにも実は思いを寄せる隊士がいるのだ。
「ねぇ、総司」
 コウは沖田となんだかんだ言って下の名前を呼び捨てで呼び合うほど仲がいいのだ。
 ……訂正。犬猿の仲らしい。実はものすごく仲が悪い。
「んー? あ、これうまそ…」
 ぴしっ!
 コウは沖田がさつまいものてんぷらに伸ばした手を勢いよくたたいた。
「いったぁ! 何するんだよ! 本当お前顔だけだな!」
 コウは、ムスっとした顔をし、腰に手をあてた。そして、眉間にしわをよせつつ、沖田に顔を近づけた。
「いい!? 斉藤さまさまがいらっしゃるまでぜっっっっっっってぇに飯に手ぇつけんぢゃねぇぞ」
 コウが沖田に脅しをかける。沖田ははい、と一言うなずいて静かになった。
「みなさーん! 斉藤さまがいらっしゃるまで待っていただいてもよろしいでしょうかー?」
 沖田相手とは180度違うコウの笑顔と高い声に隊士達はしっかりと微笑み、大きな声ではーい!と返事を返した。
 が、そんな中永倉は違った。
「ねぇコウちゃん! 一なら今日帰ってこないよー」
 一とは斉藤のことである。コウはじっとしていても大きい目を思いっきり見開いた。
「え!? 斉藤さまが!? 何故ですか!? 女ですか、女のところですか!!」
 思いっきり取り乱したコウ。
 コウが思いをよせているのは、実は斉藤一という男。新撰組の隊士で、隊内では沖田と一、二を争う程の剣の使い手。コウは自称【つねに恋をしている女の子】らしい。そして、今度の恋する相手は斉藤一なのである。
「違う違う! 一は確か…」
 永倉が理由を言おうとしたとき…
 がたっがたがた!!どさっっ!!
 新撰組の衣を血で赤く染めた一人の男が、大広間に倒れこんできたのである。
 全員が取り乱し、立ち上がる中、一目散にかけだしたのは、土方…近藤…ではなく、コウだったのだ。
「斉藤さま!!? しっかりなさってください! 斉藤さま!!」
 コウが真っ先にかけよった男が、斉藤だとわかった隊士達は叫び、慌てて取り乱す。
 それもそうだろう、斉藤は隊内の誰が稽古をつけてもらっても決して勝つことはできないほど、剣に優れていたのだから。あの沖田でさえ、おあいこにもっていくのが精一杯だった。そんな斉藤が、血まみれになって屯所にもどってきたのだ。何が起こったのかと隊士達は騒いだ。
 そんな騒ぎを抑えたのは土方のこの一声だった。
「うっせぇ黙れクズ共っ!!! おいコウ! 医務室から救急箱ひっぱりだしてこい!」
 はい、と深くうなずいてコウは大広間を走って出て行った。
 みんなが騒ぎ、取り乱す中、沖田は土方にささやいた。
「歳兄…一がこんなになるって…相当なもんだ」
「そうだな…。ちくしょう、戦力伸びに悩まされてる時だってのに…!」
 土方はチッと舌をならした。
「ねぇ歳兄、これ、宣戦布告だな…」
 歴史には残されなかった、新撰組葛藤激の始まりである。


五)見えない敵

 斉藤を着替えさせ、なんとか横にさせた一行は言葉を失っていた。
 近藤・土方・沖田・永倉の四人が斉藤の横に並んでる。
 何とも言い表せないこの雰囲気に第一声をあげたのは冷静で隊内の仕切り役とも言える永倉だった。
「局長、副長…一が起きてみねぇ事には話が進みませんぜ」
 近藤も、土方も斉藤の方をじっとみている。斉藤には悪いが、目が覚めたらすぐにでも事情を聞きださねば、と二人とも斉藤が目覚めるのを今か今かと待っていた。
「あぁ…。そうだな」
 土方は冷静沈着につぶやいた。一方の近藤は頭をかかえ、斉藤から目を離した。
「くっ…斉藤君がこんな事になるなんて…独りで行かせた俺が…!」
 隊員を我が子のように愛している近藤は、斉藤のこんな姿を見せられて、相当のショックを受けているようだった。
「おい近藤さんよ…あんたがしっかりしねぇでどうすんだ。それに、今回の事はあんたが気を落とす事でも、あんたのせいでもねぇ」
 近藤は、涙でうるんだ目で、土方を見た。
「あんたの背中は俺らにまかせて、あんたはあんたらしく、しっかり前だけ向いて歩きゃぁいいんだ」
 めったに見せない優しい笑顔を浮かべ、近藤に土方は話しかけた。近藤は、時々こうして感じる土方の優しさにとてももろいのである。
「あぁ…そうだな、歳」
 沖田も永倉も、仲のよい二人を見ていると自然と笑みがこぼれた。
 その時…。
「う…あ……」
 そこで寝ていた斉藤がかすかに目を開き、そして四人を見た。斉藤と仲の良い沖田と永倉はそれと同時に斉藤の首に抱きついた。
「一ぇ! 俺、お前が死んだのかと思った…!」
「おい…いてぇよ」
「良かった…本当に良かった!」
 沖田と永倉は泣いて喜んだ。斉藤は、困ったようにチラリと近藤と土方を見て、軽く会釈をし、沖田と永倉を抱きしめた。

―――――そして
 結局すぐには話を聞くことができなかった土方と近藤は、小一時間ほどたってから、沖田と永倉を外に出し、斉藤に小さい腰かけを用意した。が、さすがにまだケガが完治してないだけあり、腰の刺し傷が痛むということで腰かけは土方に使われた。
 そして、斉藤は、痛みをこらえながらも正座をし、深々と頭を下げた。
「局長、副長。大変ご心配をおかけいたしましたこと、誠におわび申し上げます」
 近藤は大きく首を横にふった。
「斉藤君、死傷を追ったばかりなのに悪いが、何があったか詳しく話してくれないか」
 土方は真剣な眼差しで斉藤を見た。斉藤は、深くうなずき説明を始めた。
「あれは、俺が京の都の…そうですね、昨晩ちょうど信長公の墓石前を通過しようとしたところでしょうか…」

―――――
 確か夕刻のことでしたね。
 俺は出張見回りの帰りでしたので、宿に泊まろうと思い、宿舎を探していたんです。
 その時、一人の老人が俺に話しかけてきたのです。
 うまくは聞き取れなかったのですが、何やら赤い花を墓に置いて来てくれと言っているようでした。
 なので俺は、その老人から赤い花を受け取って墓地に歩いて行ったんです。
 ですが誰の墓に花をそえればいいのかわからず、後ろをついてきたはずの老人を振り返ったんです。
 ………が、そこには誰もいなくて…。

―――――
「すまん、斉藤君。これって怪談話か?」
 近藤が青ざめた顔で話かけた。霊的なものが苦手らしい。
「いや、どちらかと言えばむしろここからが怪談話で…」

――――――
 いきなりいなくなった老人を不思議に思い、あと戻りしようとしたんですが、その時、何者かに後ろから滅多斬りにされたわけです。
 俺は咄嗟に刀に手をかけ……副長、申し訳ありませんが勝手に抜刀させていただきました。
 すぐ振り返り斬りかかろうとしたのですが、誰もいなく、ただただ四方八方から俺は斬りつけられるだけなんですよ。しかもそれはただ者の刀さばきではなく、しっかり急所ばかりを狙ってくるんです。
 俺は急所を外そうとそらすのが精一杯でした。
 まるで、空気に斬られているような感じでしたよ。暗かったから見えなかったんではないんです。そうですね……どちらかと言えばいないんですよ、そこには。

――――――
 近藤は黙り込んでしまった。
 一方土方はずっと腕を組み考えていた。
「情けねぇな近藤さんよ、どう思う今回の件」
 近藤も土方も斉藤を疑ってるわけではなかった。しかし、何とも信じがたい話であったがゆえ、認めたくないという気持ちが大きかった。その上、怪談話に弱い近藤は信じたくないというのが本心であった。
「歳、斉藤君、それは…その…なんだ…」
 土方はにやけた。
「まぁ、幽霊ってやつだろ」
 土方は面白がっているようだった。
 もちろん、近藤も土方も斉藤も、人生の中でそのような体験をした試しはなかった。しかし、あの斉藤がここまで傷だらけで帰ってくるとは…。逃げられない現実を突きつけられた感じだった。

 その夜、こっそりと斉藤の部屋に忍び込んだコウ。
 どうしても心配で、寝ずに看病するつもりだったのだ。
「あ…包帯…新しいの持ってこなくちゃ」
 コウが斉藤の部屋から出ようとしたとき、ふと腕をつかまれた。
「きゃっっ…」
 コウが声をあげたとき、すぐに口を抑えられた。じたばたしているコウの耳元で優しい声が聞こえた。
「しっ。俺だよ」
 沖田だった。
 コウは落ち着き、沖田に連れられて縁側へと移った。コウは心の中で、どうせまた喧嘩になるんだ、とそう思っていた。
「何よ」
 沈黙が続いていた雰囲気を壊したのはコウのこの強気な一言だった。沖田は、ふぅと溜息をついた。そして、コウをじっと見つめる沖田。
「お前な、だめだろ! 勝手に一の部屋に忍び込むなよ」
 コウがいつも通り文句を言おうとした時…

 沖田がコウの唇に自分の唇を重ねた。

 コウは言葉にならない。目を点にして、微動だにしない。
「一の部屋に行くなって」
 沖田はコウの頬に手をあてて、じっとコウの目を見つめながらささやいた。
「いい加減、気づいてくれないかな、全く」
 立ち上がり、部屋に戻ろうとする沖田の背中を見ていて、コウは思わず涙を流した。
「総司……ありがとう」
 沖田は振り返りも、立ち止まりもせず、後ろのコウに向かって軽く手を振った。
 実は、コウが涙を流した理由は沖田に思いを寄せていたからではなく、思い出していたのだ。思い出していた人も斉藤ではなく……。

 次の日、銃の発砲する音でコウは目が覚め、廊下に飛び出した。
 彼が来てくれたのだと思ったのだ。そう、昔愛した、あの男が。
「局長! 副長! 坂本竜馬が来ました!」
 隊士達が二人を呼びに行った。


六)坂本竜馬

 坂本竜馬は一言でいえば新撰組の敵なのである。そんな坂本が新撰組を訪れるとは、わざわざ捕まりに行くようなものなのだ。
 しかし、坂本は来た。新撰組に…。
 そこにはこんな意図があったのだ。
「坂…本…! お前、何しにきたんだよ」
 沖田は冷静かつ強気に言った。
「久しぶりじゃぁ、宗次郎。何年ぶりかのぉ…本当大きくなって…」
 坂本は敵地に入っているというのに、余裕顔でへらへら笑っている。
 そんな坂本に怒りを感じた沖田は剣に手をかけるが、すぐに永倉が駆け寄り、沖田を落ち着かせた。
「おい坂本さんよ、何か用事があってきたんだろう? まさかお前ほどの奴がわざわざ捕まりに来たとは思わないんだが…」
 坂本はにやりと微笑んだ。
 一方、土方と近藤は留守にしていたため、沖田は一刻も早くこの事を伝えなければと思っていた。しかし、永倉は違った。局長、副長には伝えてはいけないと。もし逃がした場合、これ以上新撰組の戦力伸びで悩ませてはつらいだろうと考えたのだ。
「坂本、内から新撰組をつぶすつもりですかね…」
 隊士達は後ろでこそこそと話していた。永倉は呆れた顔をして溜め息をついた。なんて緊張感のない隊士達だ、と…。
 そんな時、坂本が落ち着いた感じで話し出した。
「ここに…最近、女朗が入ったと聞いたんだがの」
 女朗?
 隊士達は一瞬戸惑った。最近入った女といったらコウなのだ。だが、女朗…ともなるととても信じられない。
「コウ…のことか?」
 沖田は未だ剣に手をかけたまま坂本をにらんで言った。
「おぉ! そうじゃそうじゃ! コウは【美坂】っちゅうところの一番売れとる女朗さんでな。久しぶりにそこを訪れたらコウはクビになったっちゅう事を聞いたんじゃぁ、もお驚いて驚いて…はっはっはっ!」
 坂本は大きな声で笑った。
 その声を聞きつけたらしく、奥の部屋から誰かがバタバタ足音をたてて来るのがわかった。沖田はこれ以上隊士に知られてはいけない、と立ち往生しようと思ったが、必死な顔したコウがそこにはいたのだ。
「おお! コウ! 久しぶりじゃのー」
 坂本が大きく両手を伸ばした。
 コウは草履も履かずに縁側をぴょんと飛び降り、坂本の近くに寄った。沖田はコウの危険を案じ、咄嗟に捕まえようとしたが、永倉は首を横に振りながら止めた。
「竜…馬さま…?」
 コウは泣きながら坂本の名を言った。
 そして坂本はすぐにコウを自分の胸に抱え、ふところから鉄砲を取り出した。新撰組の隊士達はそれと同時に剣をかまえ、目の色を変えた。
「コウは俺の女じゃき。お前等みてぇな人斬り集団には任せておけんのじゃよ」
 沖田の合図と共に隊士達はわっと坂本に斬りかかった。
 が、坂本は冷静に一人一人の隊士の腕に銃弾を撃ち込んだ。隊士達がうずくまっている間に坂本は塀を飛び越え、さっさと逃げてしまったのだ。追おうとした沖田を止めたのはやはり永倉だった。なぜなら、沖田はきっと怒りにまかせて戦うことしかできないと思ったからだ。なんと、沖田は泣いていたのだ。
「総ちゃん…戦場で泣いていいのは、大切な人をなくした時だよ。まだ…コウちゃんを失ったわけじゃない。落ち着いて、ちゃんと迎えに行ってあげなきゃね」
 沖田は永倉の肩に顔をのせ、ひくひくと泣いていた。
 そこに、斉藤が現れた。
「コウちゃん…泣きながら俺にあやまってたよ」
 おさえている腹の包帯に血がにじんでいた。隊士達はすぐに斉藤を支えたが、斉藤は振り払った。
「黙っててごめんなさい、って。女朗だっただけならまだしも、新撰組の敵、坂本とできてたなんて言えなかったんだよ」
 みんな下を向いていた。沖田もずっと泣いていた。
 しかし…
「コウちゃんを連れ戻しても、みんな怒っちゃだめだよ」
 斉藤のこの一言で沖田を含め、隊士全員が斉藤の方を向いた。
 そうだ、俺達はコウを連れ戻すんだ。
 隊士達の意見はみんな一緒だった。
 しかし、永倉は違った。コウを連れ戻す事はもちろん最優先だが、斉藤の腹の傷を見て思い出したのだ。斉藤を襲った集団のことを。見えない相手とどう戦うべきなのか。油断をしていれば、またきっと襲われる…。永倉は恐怖と不安に挟まれているような気持ちだったのだ。

2005/11/05(Sat)00:07:50 公開 / 朱雀
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■作者からのメッセージ
もうだんだんこんがらがってきました。
難しいですね、小説は…。
もっといろいろな小説を読まなければ…文章が思いつきません↓みなさまの小説を読んでいると刺激されます。とても尊敬しております。みなさまのような小説が書けるように頑張ります!

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