『学生』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:深海                

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蝉の声が響く

外は頭が痛くなるぐらいの青で、雲ひとつなく広がっていた。

目的なんてない。
ただなんとなく外に…外に出たかった。
そして
あわよくば、この青の一部になりたかった。



教室の一番後ろの席…
新之助の席には誰も存在していなくて
また、サボりか。っと担任の先生のため息がクラスを白く染める。

どこまでも広がる空は憎たらしいぐらいに自由で新之助は屋上の風にあたりながら
悪態をついた。

高校3年の夏

大切な時期だってことは知っている。
それでも、教室のいすに縛り付けられるのは耐えられなかった。

勉強も友達も…少しだけ恋愛も。
どれも大事でどれも捨てられない。

親はいつも
「どれを優先するか決めなさい、それが大人になる一歩だ」
そんなことを言う。たしか、先生も似たようなことを言っていた。

それでも実感なんて思ったほどわかなくて、まだ自分は大丈夫だと信じている…
そんな自分が存在している。

20歳を過ぎたら皆が大人になるのか?
そんな疑問が頭から離れない。
就職をしたら社会人。大人の仲間入り?
胃がグルグル音を立てて吐き気がした。


空はどこまでも広がっているのに
自分はまだ、こんなにも狭い世界で悩んでいて
無性に腹が立った。

昔は広い世界を狭く生きている自分にも気づかなかったというのに…。









蝉が鳴いている――――。


遠い世界から音が聞こえる。…キーンコーンカーンコーン…下校時刻だ。
額には大粒の汗が浮き出ていて今にも零れ落ちるというところで
新之助の手のひらが汗を拭ってしまった。

風があまりにも気持ちよくて眠ってしまったらしい。

さっきまで広がっていた青はオレンジ色に染まっていた。


校舎から吐き出される生徒たちは疲れているのにどこか楽しそうで
いまさらながら、午後の授業はでておけばよかったと後悔した。


オレンジ色はもうすぐ紫に殺されて暗闇になる。


早く帰ろう。…早く。


また、胃がグルグルと音を立てた。空腹からかそれとも…吐き気がした。




「新之助!」


いきなり名前を呼ばれ、驚いて振り返ると
担任の先生が大きく肩を上下させて立っていた。

………

悪態をつきながら近づいてくる先生をみて少しだけ鼻の頭があつくなる。
先生の顔をみてすぐわかった。自分を探していたのだと…。
嬉しくて涙が出そうになるのを一生懸命堪えた。



「先生…ありがとう」


きっと
こんな自分は、まだまだ大人になれやしない。そう思った。





蝉はまだ鳴くことを止めない。





2005/09/05(Mon)18:05:47 公開 / 深海
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■作者からのメッセージ
久しぶりに覗いてみたら色々変わっていて驚きました。
小説自体も久々に書いたのですがあまり昔と変わってないような気がしております。
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