『我らの翼は互いのために』 ... ジャンル:ファンタジー ショート*2
作者:一徹                

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 とても高いところに、彼らは住んでいる。
 そこは空に近いところ。
 空を司る、精霊だ。
 空に抱かれた、彼らは、思う。
 短命なるヒトの、なんて羨ましいことか!


「なんでさ、おれらって片方しかコレがないと思う?」
 男は背中から右方向に生えた一翼を示し、逆向き、左から翼を生やす女に尋ねた。
「しらね」
 まったく興味がない風に応じる。
「だってさあ、こんなのジャマなだけじゃないか」
「そのムダさが良いんだと思うね、あたしは」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ」
 それっきり、二人の会話は無くなった。
 女は机に突っ伏し、昼寝。
 男は本棚から適当に見繕って、座って読んだ。
「やっぱジャマだって、コレ」
「あ〜、もううるさいな」


「心中、だってよ」
 凶報が届いたのは、その日の夜だ。
 男と女は、億劫そうにその場所に向かった。


「あ〜、この高さからか」
 男は見下ろし、ひゅう、と足をすくませた。
「怖い怖い、よくもまあ、彼らは跳び降りる気になったね」
 絶壁、というほどの切り立った崖があって、下方ははるかかすんで見える。
「え、ホント落ちたの? 見えないんだけど、死体」
「落ちる瞬間を見た人がいる」
 先に集まっていた野次が言った。
「へえ……」
 もう一度見下ろす。
 その先になにがあるのかは、分からない。飛んでいければ分かるかもしれない。だが、彼らは鳥のようであって鳥でなく、鳥のように飛ぶことは、不可能だった。
「今年に入って何人だったっけ?」
「しらね」
 女はまったく興味を持たない。ボサボサと頭を掻きながら、
「つーか眠いよ、帰ろう、な?」
 袖を引かれ、一応、と男は手を合わせた。
「なんでだろな、一緒に落ちりゃ、飛べるってわけでもないのに」
「しらねって」


「付き合い始めてから、何年だっけ?」
 ふと、思い出したように男は尋ねた。
「しらね」
「お前そればっかだな」
「しょうがない。なんか、面白くない」
「することあるだろ、いろいろ、いろいろ」
「じゃあアンタはすることあるの?」
 逆に尋ねられ、男は「あるよ」と答えた。
「読書。ほら、この本が面白い……」
「何度目?」
「……シラネ」
 女はおもむろに本棚を指差した。
「そこにある本で、読んでないものが、ある?」
「無いね」
「なんで、何度も読むの?」
「……暇だから?」
「そーゆーこと」
 もはや話すことはない、という風に、女はまた突っ伏した。


 男は風に当たりに外に出た。体を伸ばすとぽきぺき、と鳴った。
「いや、読書も疲れますな」
 絶壁へと歩む。
 そこに、知った顔があった。
「長老」
「……ぁ?」
 彼らの集落を治める長だ。
 しかし、長老、という割りに老いておらず、背筋もぴんとしていてシワもない。年齢だって、男となんら変わらないように見えた。
「なに見てたんすか」
「死んだ彼ら」
「お知り合いで?」
「幼馴染の二人さぁ」
 男と長老は見下ろし続けた。
「見えないね」
「見えませんねぇ」


 今日も一日が終わる。
 雲より高いこの地では、絶対に空は朱に染まる。
「おれ、もう帰りますわ」
 帰ろうとする男を、長老は呼び止める。
「一つ、質問をさせておくれ」
「なんすか」
「どうして、彼らは飛んだと思う?」
「……心中ってやつでしょ」
 長老は頷いた。
「我々は、精霊だからね」
 意訳。自然に死ぬことは無い。
 何も言わず男は帰った。


 帰るや否や、男は女に抱きついた。
「なに、急に」
「いや〜、ほら、このごろふれあい無かったじゃん」
「そうね」
 あくまでも、女は素っ気無い。
 この態度に、男は強硬手段に打って出る。
「アチョー」という奇声とともに、女の翼の根元を掴んだ。
「ひゃう」
「てめえ、一日中寝てばかりいてよう」
「わ、分かった、謝るから、とりあえず離、ひゃひ」
「なんなんだよ、怒るぞゴラァ」
 くすぐり続ける。
「や、やめ、ひゃひゃひ、ちょ、こら、ひひ、怒る、ょホホホ!」
 女も負けじと男の翼を掴んだ。
「こ、くぉのアマ……ヒヒヒ」
「笑い方気持ち悪っ」
「うるせえ!」
 しばらく二人はくすぐり続けた。
 先にギブアップしたのは、女のほうだ。
「負け、あ、あたしの負けで、いい、から。もう、いいよ、疲れた、やめよ」
「ふ、ふふ、さすがおれはテクニシャン、どうだぁ、参ったかあ」
 しかし男のほうも、疲労困憊の体だった。
 ぜいぜいと肩で息をし、落ち着いたところで尋ねる。
「……なんで、近頃素っ気無いんだ?」
 女はためらいがちに、答える。
「飽きた」
 そうか、と男は言った。
「何年前だったかァ? 付き合い始めたの」
「……五百年前」
「そうかぁ、もう五世紀も経ったのかぁ」
 ふむ、と男は考えて、訊いた。
「おれのこと、嫌いか?」
 女は首を振る。
「好きじゃないか?」
 首を振る。
「嫌いじゃないか?」
 首を振る。
「……好き、か?」
 首を、縦に、振った。
「そうなんだよ、実はな、おれもお前のことが好きなんだ」
 女は赤面し、震え始める。つうっと涙が頬を流れた。
「ど、どうしたよ、おい」
 途端。
 女は男に抱きつき、嗚咽を漏らしながら、堰を切ったように泣いた。


 翌日。
 長老が死んだ。
 心中だ。


「若い男引っ掛けて、よくやるよなぁ」
「長老、何歳だったっけ?」
 男は知っていたが、口にしようものなら呪われると思い、知らない、と言った。
「それじゃ、おれらも逝きますか」


 まず、空の種族に生まれたことが、間違いだった。
 翼があるから、飛べるという気持ちになってしまう。
 当然、知っている。飛べないことなど、とうの昔に、理解しているはずなのだ。
 が。
「じゃ、せーの、で飛ぼうな?」
 二人ならば、可能ではないだろうか、と思ってしまうときが、ふと、ある。
 そのために男は右に翼を構え、女は左に対を成す。
 落ちるのではない。飛ぶのだと、本能が、思ってしまう。
 だから、彼らは飛べるのだ。
 易々と。地に。
 せーの。

 飛んだ。いや落ちている。
 ばっさと翼を広げても、それは緩慢にしか羽ばたかない。
 滑空すら不可能。
 男は、女を見る。
 女は、男を見る。
「おいおい、怖がるなよ、二人なら、大丈夫だって」


 そのために欠けた翼があるのかもしれない。


 飛んでいく。いや落ちていく。
 落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく。

 離れてしまわないように、二人は翼で互いを引き寄せた。

 落ちていって、

















































 飛べたような気がした。


































































































 激突。


2005/08/31(Wed)20:58:41 公開 / 一徹
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■作者からのメッセージ
 ども、一徹です。
 三度のSS、楽しんでもらえたでしょうか? ファンタジーです。ファンタジーです。エルフです指輪です。いやエルフいませんね。指輪もないですね。一応彼らは片翼、と呼ばれております。オリジナルっす。テキトーなもん作るな、とか怒らないでくださいね。
 今回もテーマはよく分からないす。一応、筋は通していると思いますが、破綻してたらごめんなさい。
 エンター多い行稼ぐな、といわれると、まあその通りなんですが。
 ともかく、率直なご意見ご感想をお待ちしております。

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