『首切り峠』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:ミノタウロス                

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   ――――――はい、こちらの峠には亡霊がでると言う噂がありまして、

            その名も【首切り峠】と申します―――――




 今は昔、
 時代は江戸中期の話である。青梅街道から甲府に向かう峠には関所があった。
 関所には役人が3〜4人常時在中しており、そこを通る者は必ず検閲を受け、更にある事をするのが義務付けられていた。
 兵右衛門はここに向かっていた―――――そのある事の為に。
 数ヵ月前、江戸の町は大火にみまわれた。庄屋宅から上がった火の手は一気に広がりその一帯は火の海と化した。火事と喧嘩は江戸の華。そうは言っても命を奪われた者達には堪ったものではない。
 彼はその大火で家族を全て失った。
 彼は問屋を営んでいた。細々とではあるが幸せだった。
 しかし、あの火事が彼から全てを奪ったのだ。
 火事は付け火であった。
 その付け火の犯人が捕まって、市中引き回しの上死罪が確定していたはずだったが、まだ生きていると聞いて奮然とした思いを秘めて、その峠へと向かっていたのだ。

 あんな奴、とっとと殺しちまえば良かろうに!!
 お上のすることは全く理解に苦しむ。

 やっと関所が見えてきた時、カラスの群れが近くの林でギャア、ギャア、と鳴いたのでドキリとしてそちらを見やった。
 獲物を狙う鋭い眼光がこちらに向けられていた。
 ブルっと身震いをして、彼は先を急いだ。


 兵右衛門が検閲を終えると役人は門の向こう側を指差して言った。
「じゃあ、どいつの首でも構わん。適当に切っていけ。」
 役人の指差した所には、縦2尺、横5尺、高さが2尺程の頑丈な木箱があった。そしてその箱から、首から上だけをだした三人の男の頭がまるで作り物のように乗っかっているのが目に入った。
 恐る恐る近づくと、血だらけの頭がしゃべった。

「よう、あんたも切りに来たのか?」
「うわっ!」
 兵右衛門は干からびて腐りかかった不気味な頭が突然声をかけてきたので尻餅をついた。
「ひっひっひっ。ざまぁねーな。そんなヘッピリ腰でちゃんと切れんのか?」
 兵右衛門はその男を睨み付けて言葉を吐いた。
「うるさい! 罪人が生意気な口を叩くな!」
「いいね、いいね。威勢よくやってくれ。」
 ニヤニヤと不気味に笑う罪人が更に続けた。
「そこに用意されてるノコギリは刃こぼれして錆付いちまってるから、ほとんど切れねぇんだよ。力任せに切れそうな部分を選んで上手いことズバっとやってくれ。それか、あんたが懐に忍ばせてる刃物で一思いにやってくれると有り難い。」
 兵右衛門は何が何だか判らずに、立ち上がりながら埃りを払った。
「お前が火付けの罪人か?」
 尚もニヤついて答える。
「それがどうした? …………は、はぁ。さてはあんたあの火事の怨み晴らしに来たのかい。そいつはちょうどいい。あんた、ちゃんと切れる刃物を持って来たんだろうね。さ、何も躊躇うことはない。さっさとやってくれよ。」
 あまりの発言に、火付けなどと言う事は、やはり気が触れたような輩がするんだと改めて思いながら、ふと、となりの男二人の有様にぎょっとした。ざんばらの髪から滴る血と、首に付いた無数の深い裂傷。自殺抑制の為に口に食い込んだ縄の先はどす黒く変色していた。話をしている者も状況は同じだが、明らかに違う点があった。
 目が釘づけになっていると、またへらへらと笑い声がした。
「驚いたかい。そいつの目玉はカラスが食べたのさ。…………そいつは、まだ生きてるぜ。虫の息だけどな。もう一人の奴は一昨日前やっと死ねたよ。目玉も、顔の肉もやたら食われてたけどな。」
 兵右衛門がよくよくみると、端の男は、新鮮な血が滴らなくなっていて首の傷はぱっくりと大きく口を開けていた。
 ようやくこの男が、殺して欲しがる理由も、気が触れたようになっているのかも理解できた気がした。
 しかし、
「どうした、ほら、やれよ。火事で失った家族の怨みを晴らせよ。」
 兵右衛門は懐を手で押さえた。
「なんで火を付けた。」
「ああ? そんな事聞いてどうする? 家族の死んだ理由何ぞ聞いても腹の足しにもならんぞ」


「聞かせてくれたら私の刃物で切ってやる」

 ニヤ付いた男の顔から徐々に笑みが消えていった。
 ようやく見せた真剣な眼差しはどこか痛々しく、怒りと憎しみと悲哀の入り乱れた、何とも遣る瀬ない光を称えていた。



 ――――私には、数えで11になる娘がいた。

 私達はひっそりと江戸川の河川敷に暮らしていんだ。妻はとうに死んで、貧しく辛い事は多かったが、娘の成長だけを楽しみに生きていた。
 なのに、――――奴らが! 奴らが娘を奪った!!
 あの庄屋の息子連中が面白がって我らを襲い、娘を…………、娘を犯して殺した!!
 ああ! もちろん役人に訴えたさ!! だが、奴らにとって我ら非人の親子の生き死になど、どうでもいいのだ!
 だから火を付けた! 江戸の町など燃えて無くなってしまえば良かったんだ!!!


 血走る形相の男に圧倒されながらも、
 兵右衛門も負けじと叫んだ。

「冗談じゃない!! 何を勝手な! あんたが誰を恨もうが勝手だが、その為に何の罪もない私の家族は殺されたんだ! ふざけるな!」
 男は笑った。
「罪がない?」彼は大いに笑った。
「あんた商人だろ? 私は非人だ。それだけで十分だ。私は非人と言うだけで昔から罵声を浴び、石粒手を投げられた。あんたはそんな事をした覚えが、まったく無いと言い切れるのか? 子供時分の記憶の片隅にも理不尽な行動を取ったことがないと言えるのか? はははははは! まあ仮に、そうした事がないとしても、理不尽な扱いをされている我らを見てみぬ振りをし続けてきたんだろ? だったら同罪だ!! 私からすれば、あんたも、庄屋の息子も、役人も大差ないんだよ!!」
「うるさい、黙れ、黙れっ! 人殺しが何を言う! 自分の罪を棚に上げてわめきやがって!!」
「だからっ!! さあ、殺れよ! さっさと殺せ! 理不尽に殺されたあんたの家族の為に恨みを晴らせよ! さあっ!」
 
 罪人は、取り憑かれたような顔でニヤついた。


 ああ!! 殺してやる、殺してやるさ!
 いや、いや!! 待て。はやまるな! 
 そうだ。これがこいつの狙い。こいつの望み。苦しみからの解放を切望するこいつの。
 冗談じゃない! こんな奴の最期の望みを何で私が叶えてやらねばならんのだ。
 他の二人同様最期まで苦しみ続けて死ねばいい。


 ふいに兵右衛門の記憶が蘇った。
 燃え盛る業火の中で藻掻き苦しんで死んで逝った家族の顔が脳裏を渦巻いた。


 許さない! 
 この手で!! この手で止めを刺してやるんだ!!!! 


 その思いは押さえきれない。


   ――――畜生!――――


 どんな事情かなど同情の余地もない。
 兵右衛門が懐から刃物を取り出すと、罪人の目が異様に光った。


 そうだ。こいつの為じゃない、私自身の為、家族の無念の為


 兵右衛門は振りかざした刃物を勢い良く罪人の首めがけて振り下ろした。


 首から噴き出した血が兵右衛門の顔に嫌と言うほど降りかかった。


    『へへへ………ありがとな――――』


 ありがとうだと? ふざけるな! 貴様なんかの為じゃない!! 貴様なんかの!

 ―――――くそうっ!―――――


 その場に蹲った兵右衛門は地面を殴りつけた。
 そんな彼の後ろから突然罵声が飛んできた

 「貴様!! 何、勝手な真似を!! 馬鹿野郎!!」
 「何て事をしてくれたんだ! どうしてくれる!」

 その言葉と共に各々が持っている木刀で役人が兵右衛門を殴り始めた。
 突然の事に何が起こっているか解らず、悲鳴を上げる事すら出来ず、兵右衛門はその場に転がった。
 「馬鹿」だの「死ね」だのと言う声が聞こえていた様な気がするが、滅多打ちに殴りつけられ意識は遠のいていった。
 


 散々打ちのめした後、役人達は「商人の分際で余計な事しやがって!」と捨て台詞を吐いて詰所に引き上げて行った。


 顔も変形するほど殴られ血だらけの兵右衛門は身動き一つ出来ない。
 遠のいていた意識だけが僅かに戻ってきていたが、既に虫の息だった。



 死ぬのか………私は。 
 
 私が一体何をしたっていうんだ。
 


 狂ってる…………江戸の町は、…………狂ってる




 カラスが一羽、翼を大きく広げてギャアと鳴いた。


2005/08/18(Thu)17:07:56 公開 / ミノタウロス
■この作品の著作権はミノタウロスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
メタリカの『ONE』を聞きながら書きました。テーマがダークで格好いい曲だ。
この話は、一月前に映画『パッション』を見た後思いつきました。
話、暗すぎかな。何か感じた方ご感想頂ければ幸いです。

注:実際の心霊スポット『首切り峠』とは関係有りません。タイトル思いついた後で実際にある事知って、イヤーな感じがしました。


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