『time!time!time!』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:風間新輝                

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 とうに日は落ち、静寂と闇が生まれた道を僕は一人走り続けていた。周りには誰もいない。辺りの闇は僕の心を反映しているように思えてならなかった。寂れた通りを駆け抜け、住宅街からは少々外れたボロアパートに駆け込む。震える手で鍵を取りだし、扉を開けるようとするが、なかなか開かない。漸く扉を開き、室内に入り込み、そのまま玄関に倒れこむ。僕の意識は徐徐に薄れていった。

 あれは僕だ。今から5ヶ月前の僕なのだが、これからの高校と一人暮らしに緊張と興奮に体を硬くしていて、初々しい。始業式が厳かに始まり、校長の挨拶があった。当時の僕は真面目に聞いている。そんな僕が今の僕には輝かしくも、愚かしくも映る。
 
 記憶は徐徐に進む。
 始業式の後、僕は独り、探険と称し、学校のあちこちをまわる。まだ築2、3年の大きな体育館に近づいていく。
 行くな! 思わず、声をかけるが、届くはずもない。体育館の中を覗き、遂には体育館裏へと僕は歩いていく。
「早く、金を出せよ」
 アフロで目つきが悪い不良が、体が小さく、気の弱そうな男の胸ぐらを掴んでいる。
「吉田さん、もう、お金がないんです。勘弁してください」
 涙ながらに訴えている。
「親の財布から盗ってくればいいだろうが」
 吉田は見事な回し蹴りを脇腹にいれる。
「止めろよ!」 
 僕は吉田に殴りかかる。不意を突かれた吉田は僕の拳を頬に受け、倒れる。気の弱そうな男は何も言わず、逃げ出した。吉田はゆっくりと立ち上がり、思い切り僕のみぞおちに蹴りをいれる。僕は悶絶している。吉田は更に背中を蹴りつける。
「山田疾風。名前と顔は覚えたからな。明日、あいつが持ってくるはずだった5万を持って来いよ」
 吉田は僕の財布から学生証と有り金をすべて盗って帰って行った。

 更に記憶は現在へとゆっくり近づいていく。
「山田く〜ん。黙って帰ろうとはいい度胸してるね」
 吉田は僕の腹に拳を叩き込む。そのまま、髪を引っ張り、トイレへと連れていく。今日はロン毛で茶髪の仲間もいた。僕は便器に顔を突っ込まれ、吉田に小便をかけられている。今、見ても忸怩たる思いだ。吉田は鞄から僕の財布を取りだし、中身を奪う。
「明日、金を持ってこなかったら、殺すからな」
 吉田が立ち去った後、僕は泣きながら、立ち上がる。僕にはその僕の姿がもの凄く惨めに見える。

 更に記憶は進む。
「今日も、持ってこないってのはどういうことだぁ。殺されたいのか!」
 教室で帰り支度をしている僕は突然、蹴り飛ばされ、椅子と机を倒しながら、倒れ込む。吉田はその僕の髪を掴み、無理矢理立ち上がらせる。クラスの奴らも先生も見て見ぬふりをしている。吉田は理事長の息子で、逆らうものなど誰もいなかった。金のためではなく、自分が暴れたいから、こうやって脅しているのだから、質が悪い。吉田は煙草に火をつけ、僕の頬に押し付ける。熱さに顔を背けようとする。でも、それをさせてはもらえない。何回も何箇所も煙草を押し付けられた。当時の僕は歯向かう気力もなく、完全な無気力状態になっていたことは今も鮮明に覚えている。毎日増える痣、毎日濃くなる痣。助けを求める人が誰もいないという絶望。毎日がただ苦痛だった。自殺を何度考えたかわからなかったが、ここで死んだら、僕の負けだといつも言い聞かせて堪えていた。

 記憶は一気に飛躍する。
 これは今日の記憶だ。
「お前の妹、霊城学院に通ってるらしいな。連れてこいよ。皆で可愛がってやるからさ」
 吉田は下品に唇の片側を歪め笑う。霊城学院は県下トップの成績を誇るお嬢様学校だ。僕は思い切り拳を吉田に叩きこんでいる。だが、その一発を当てただけで、吉田に復讐に思い切り蹴り飛ばされていた。僕は蹴られた横腹に手を当て、うめいている。
「そんなに妹が可愛いのか? お兄ちゃんよ〜。お前の妹、お前の目の前で輪姦してやるよ」
 そう言って、吉田は僕に唾を吐き、立ち去った。あの時の僕には明確な殺意が芽生えていた。僕はボロアパートに帰り、電話帳で吉田の電話番号を調べ、電話をする。
「今、持っているお金をすべて渡しますから、妹は勘弁してください。今から、学校にお金を持って行きますから、体育館まで来てください」
 一方的に用件を告げ、僕は電話をきる。僕は黒い服に着替え、取り出した包丁にカバーをつけ、腰にぶら下げる。ゆっくりと僕は歩き出し、徐徐に闇を帯つつある街を学校へと向かう。今から人を殺すというのに妙に落ち着いた気分だったのを覚えている。僕は学校につき、体育館へと向かう。すでに吉田は来ていた。
「いくら持ってきたんだ? 値段によっては許してやるよ」
 吉田は耳障りな高笑いをする。何をされても、金を払わなかった僕がついに屈したと思ったのだろう。僕は密かに腰にぶら下げた包丁のカバーをはずしている。
「さようなら……」
 僕の全体重を乗せた渾身の一撃が吉田の心臓に突き刺さる。口から血を吐き、一瞬で絶命した。


 僕は全身に汗をかきながら、目を覚ました。時計に目をやる。10時30分だった。汗をかいたためか、とても喉が渇いていたので、キッチンに行き、コップに水を注ぐ。一気に飲み干し、一息つく。僕は吉田を殺した。徐徐に人を殺したことに現実感がわいてきた。嫌な汗が全身から吹き出る。洗面所に行き、顔を洗う。
「うわっ!?」
 鏡の中には口から血を流した吉田がいた。恐る恐る振り返るが、誰もいない。かなり速くなった鼓動をなんとか落ち着ける。もう一度、鏡を覗く。吉田が唇を限界まで歪め、こちらを見ている。
「うわぁああ」
 僕は腰を抜かし、そのまま後方の壁まで下がる。壁に張り付いていれば、前方だけ注意すればいい。僕はそう自分に言い聞かせ、寝ずに前方を見張り続けていた。突然に吉田が目の前に現れた。「消えろ! お前は死んだんだよ!」
 吉田が僕の首を絞める。僕の意識は遠のいていった。

 コツコツとドアを叩く音で目が覚めた。生きている。目が覚め、自分が生きているという実感が沸いた。ドアを叩く音にびっくりしながらも、ドアを見つめる。また吉田が来たのだろうか。
「警察だ。山田疾風、いるなら開けろ! 隠れても無駄だ!」
警察が来たようだ。僕はドアを開ける。
「僕を逮捕しに来たんですか? 早く逮捕してください」
 刑務所なら、きっと……。


2005/08/14(Sun)17:01:05 公開 / 風間新輝
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