『腹の光沢』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:イヨ                

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 空を飛べたらいい。翼がほしい。
 きっとそれは人間という生き物が、幾度となく考えてきた願望だろう。叶わないとわかっているから願い続ける。
 わたしだってそうだ。いつだって彼女たちよりも強く願ってきた。空を飛べたらどんなにいいだろう。翼がほしくてたまらない。
 けれどわたしの願いのそれは、彼女たちのとはまた随分と違った。彼女たちは大空を飛びたいという。澄み切った青空を、大空を自由に飛びまわりたいと。雲を摘んで綿飴をつくってみたいと。
 夜空を飛び回りたいと。小さく霞んだ町を、夜景を見下ろしたい。星の近くに行って、その光を身体に浴びたいと。
 わたしの場合は随分と違った。
 そんな高くに行かなくてもいいじゃない。空気がないだろうし、帰ってこられなくなったらどうするつもり?
 わたしには違う目的がある。彼女たちの望むことなんて、いらない。綿飴も夜景も、そんなものは必要ない。
 わたしは低いところを、ひたすら飛び回りたい。木々を縫うようにして、蛇行する川を手のひらでもてあぞぶ。風を肌に感じて、波打つ海面を見つめたい。
 そうだ、街にも行こう。屋根わたり歩いて、車道すれすれを低空飛行しよう。
 そして歩行者がわたしを指差し、声をあげる。彼女たちはわたしの背中に翼があることに気付き顔を見合わせるの。
 わたしはずっと飛びたかった。



+++



 彼女の父親が亡くなった。
 参列した級友たちはみんな、当たり前だけどこれ以上ないってほど暗い顔をしていたわ。
 彼女は長いこと学校に来ていない。家で泣いているのかもしれない。
 その知らせがあったとき、わたしは胸が締め付けられるようだった。そして自分の父の顔を思い浮かべる。涙がこみあげた。
 彼女の優しい父は、もういないのだ。
 その夜は次の日、学校に行かなくてはいけないことを思い出した。虫唾が走る。悲しむクラスメイトの顔が浮かぶと、不快だった。
 大丈夫。こんな自分にはもう慣れた。わたしがいい子なのは、当然一時だ。
 「可哀想に」「つらいでしょうね」「悲しいことだわ」
 わたしは無表情に席につく。彼女たちの囁きが聞こえてきた。
 やめなさいよ。そんなこと口先で言ったって、その子のお父さんが帰ってくるわけじゃないじゃない。
 心の中はいつでも、すごく冷めていた。




+++





 ねぇ、犬を飼ってもいいでしょう?
 母親に何度か頼んだことがある。その度あの人は首を横に振る。ダメよ。うちはマンションだから。それにあなたには喘息の弟がいるでしょう?
 その通りだった。
 わかっていた。わたしはいかにもペットらしい動物を、すべて同じ理由で飼ったことはなかった。
 彼女たちが犬を連れて歩いているのを見た。散歩という名目で、彼女たちは面倒くさそうに綱を引く。繋がれた犬たちはなにか滑稽な代物のようだった。彼女たちの手にした、特別な何かの象徴。
 実はどうしても犬が飼いたかったわけではないのだ。
 猫でも、ウサギでもハムスターでも、勿論犬でもなんでもよかった。
 そんな頼みをするときは一番可能性の高い動物を選択した。母も父も犬が大好きなのだ。
 わたしは思う。わずかな野望だ。大人になって、一人暮らしをしたなら子猫を飼おう。夏はベランダに腰掛け、その猫を膝に載せ夕涼みをしよう。冬はそのコと一緒になってこたつで丸くなっていればいい。
 そうしてそのコが太って大きくなるまで可愛がろう。そしたら今度はわたしがそのコに可愛がってもらおう。







+++



 ここはどこだろう。なぜか幼いころに戻ったように感じた。
 平らな公園で、遊んでいたころ。周りには田んぼが並べられていて。ああ。おそらくここは公園じゃない。唐突に気付く。
 かつて住んでいた住宅地の駐車場。その片隅にたたずむ砂場。公園なんて大したものでもないスペース。
 わたしはそこで遊んでいた。飽きることもなく、駆け回っていた。彼女たちは遊びに夢中だった。山とトンネルと川をつくる遊び。砂場を占領して、水道から水を汲む。
 三輪車を漕ぐ少女。わたしだ。彼女たちは遊びに夢中。わたしは干からびた蛙を見つけた。知らないうちに一人になったような気がしていた。実際彼女たちは自分達の遊びに夢中なのだから、わたしは一人だったのだ。
 無造作にわたしはその蛙を車輪で踏む。はたから見れば神経を疑うような行為だ。硬くて内臓的なものは出なかったように思うが、そのときから。
 わたしは一人だった。
 彼女達は歌を歌う。一人のこがひとさし指を立てた。

 おーにごっこすーるもーのこーのゆーびとまれ
            
             はーやくしーないとでんきーのたーまがきーれる

 指切った。
 わたしは立ち尽くしていた。わたしも入れてほしい。加わりたかった。彼女たちのひとりになりたかった。
 わたしはあることを思い出す。ある罪を思い出す。
 あぜ道でのことだった。静かだ。純粋な好奇心で、羊水のなかからおたまじゃくしをとりだす。わんさかいた。田んぼの水面は静かなものだった。
 純粋な好奇心で、わたしは黒い彼らをコンクリートの上に並べた。腹の光沢。
 黒い彼らは静かだった。水面もまた、静寂に包まれている。陽だまりの中、わずかも離れていない場所で仲間が死んでいくのを彼らは知らない。
 本当は仲間というわけではないのかもしれない。この世に仲間なんていないのかもしれない。 
とても静かに、わたしは自分の罪を思い出していた。
 
 すべては空想だったのかも知れない。実際にわたしはそれほど孤独な子供ではなかったかもしれない。ほんとうはわたしは、小さな命を水面からすくい出したわけではないのかもしれない。
 だけれど彼女たちのもとに行くことはできない。
 どこかでひとりの子が人差し指を立てる。また唄が流れ出した。一斉に走り出す足音。
 わたしは立ち尽くしていた。




2005/08/06(Sat)13:29:43 公開 / イヨ
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■作者からのメッセージ
こんにちは。この話(?)はこれで終わりです。
なんだか皆さんの作品を読んでいたら書きたくなっちゃいました。ですが小説は書くと疲れますね。常に投稿している常連さんや連載を続けている方はほんとうに尊敬です。やっぱり読んでいる方が楽しいです。

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