『Oneself  Hunting   第1話』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:枸橘                

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 ここはドコ?
 あなたは誰なの?
 どうしてあたしはここにいるの?
 探さなくちゃいけないモノって何?
 それを見付けてどうするの?
 何が分かるようになるの?


 第1話

 夜中近く、スーはベッドの中で自然に眼を覚ました。ハッとでもなく、物音に起こされたわけでもなく、ゆっくりと瞼が開いたのだ。耳を澄ますと、遠くの方で狼の遠吠えが聞こえる。訳も分からず眠りを妨げられた彼女は、ベッドから立ち上がり窓辺に向かった。カーテンを引き、両手で窓を押し開ける。今日の月はどうやら下弦。柔らかい光がスーの部屋に差し込み、薄い影を作る。
「何だろう…。」
最近よくこうして眼が覚める。しかも大体同じ時間。悪夢に魘される訳でもないし、不眠症な訳でもない。ただ、何かに呼ばれるような…。そんな感覚は、2ヶ月ほどこうして夜中に眼を覚ますたび、ずっと感じていたのだった。そして、こうして起きてしまった夜はその後眠れた例しがない。諦めるように、スーはスタンドに明かりを灯し、本でも読んで夜明けを待とうと決めた。
 夜が明けて、1階で母・ロアンが食事の支度をし始めた音を聞き、スーは部屋を出る。
「あら、早いのね。」
片手で鍋をかき混ぜながら、ロアンは言い微笑んだ。
「おはようママ。」
その笑顔に笑顔を返し、スーは顔を洗いに行く。
「今日の朝食はフレンチトーストに、ミネストローネだわ。」
シャワーに向かいながら、スーは笑った。
 顔を洗い髪を整えると、スーはロアンを手伝って朝食の準備をする。先ほどの予想は、サラダが抜けたが的中であった。
「ねぇスー、昨日病院から連絡があってね…。テオの具合が良くないみたいなの。」
スーが座った向かいの椅子に腰を下ろし、ロアンは暗い顔をする。テオは、スーの双子の弟であった。双子故の未熟児で身体が弱かったテオは、幼い頃から入退院を繰り返している。最近は肺炎が酷く、それが原因で少し遠くの病院に入院していた。
「本当?大丈夫なの?」
フレンチトーストをかじり、スーは言う。
「…それがね、だいぶ危ないみたい。人工呼吸器を付けないと呼吸もままならないって先生仰ってたわ。」
悲しそうに瞳を伏せるロアン。そんな彼女を見て、スーは席を立ち肩に手を回してやる。「ママ、大丈夫よ。今日一緒に病院に行って来よう?」
娘の顔を見つめ、ロアンは微かに微笑みを浮かべ頷いた。

 スーの暮らす家から、テオの入院する病院までは車で2時間ほどかかる。州を跨いでの移動であった。朝食を終えた2人はなるべく早く用意をすませ、急いで病院を目指した。
「ねぇスー。あなたにね、頼みがあるのよ。」
車で1時間ほど走った頃だろうか、ロアンが急にそんな事を言った。
「あたしに出来ることなら。」
助手席に座り、前の車のナンバーでゴロ合わせをしていたスーは、急に言葉をかけられロアンを振り返った。
「しばらく、イギリスのおばあちゃんの家にいてもらえないかしら?」
「どうして?」
いきなり予想もしていない事を言われ、戸惑うスー。
「ずっと考えていた事なの…パパが死んでから。テオの具合は悪くなる一方だわ。きっとこれから、ママはテオにかかり切りになってしまう。そうなれば、家の中の事をするのは自然とスーになる。」
信号を右にハンドルを切り、ロアンは続ける。
「そうなれば、スーの大事な将来が台無しだわ。家の事は、ママ1人なら何とかなるから、あなたにはイギリスで自分の事に集中してほしいと思ったの。」
「ママ…。」
「あなたは優しい子よ。目の前に苦しんでいる人がいたら、ためらいなく手をさしのべる優しい子。自分を犠牲にすることをちっとも厭わない子。」
ロアンはチラリとスーを見て微笑む。
「でも自分を犠牲にし過ぎて、スー自身、自分が分からなくなってる。自分は何がしたいのか。自分と言う人間はどんな人間なのか。」
ロアンの言う事に耳を傾け、スーはその言葉を反芻する。
「ママ、あなたに甘えすぎたわ。これからは、スー。自分の事を良く考えてみて。あなたが、幸せな人生を送るためにね。」

 お昼を回った頃、ロアンの運転する車は病院に着いた。ロアンが担当の医師と話しをしている間に、スーはテオの病室に行く。彼は呼吸器を付けて眠っていた。身体から機械に繋がる何本ものチューブと、点滴の後が痛々しい。スーは、優しく弟の手を握った。
「頑張れなんて言わないわ。あなた、十分頑張ってるもの。」
泣きたくなるような、細い指と腕。どうして自分じゃないんだろう?どうして、自分はこんなに健康なんだろう?同じ双子で生まれてきたのに…。神様は、なぜテオにだけこんな苦しみをお与えになったのだろう?スーは、テオの手を自分の頬に持って行く。熱があるのか熱かった。すると、テオがその手をギュッと握り替えした。驚いて、スーは閉じていた目を開く。
「テオ。」
弟の名前を呼ぶ。すると、テオが反対側の手で呼吸器を指差し、外してと眼で訴えた。
「ダメよ。」
スーは首を振る。しかし、テオは頑として外してと訴えていた。
「…分かったわ。少しだけよ。」
溜息混じりにそう言い、スーは呼吸器を外してやる。
「ありがとう。」
嬉しそうにニコリと笑い、テオは言った。その呼吸は苦しそうである。
「大丈夫?」
その言葉にテオは頷く。
「スー。俺と代わってやりたいって、そう思ってるんだろう?」
テオはスーの手を握った。
「見え見えだよ。」
テオの笑顔に、スーは苦笑する。この弟だけには、なんでも見透かされてしまうのだった。
「神様はさぁ、ちゃんと平等にスーにも苦しみをお与えになったよ。」
その意味が分からず、スーは首を傾げる。
「自分を探すっていう苦しみを。」
「なぁにそれ?」
「周りばかりに気を配るな、スー。もっと自分を見つめてあげなきゃ。俺なんて、自分を見つめる事しかできないからさぁ…ケホッ…ケホッ…。」
話の途中、テオは顔を歪めて苦しそうに咳込んだ。
「ちょっと!大丈夫?!」
テオの額の汗を拭うスー。
「スー…お願いだから、自分と、ちゃんと…ケホッ向き合って。自分を探す事は、きっと、きっと病気を闘うより、苦しい……。」
だいぶ間を開けて呼吸を整え、テオは続ける。
「今のスーは、ただ優しいだけの…イイ子。目覚めさせてよ。ホントのスーを。そして…俺の分もいっぱい生きて、幸せになって。」
テオの青い瞳が、ジッとスーを見つめていた。
「俺の分もって…テオ。」
「…逃げ切ることは、誰にも出来ないんだ。それが早いか…遅いか。ただそれだけ。」
テオは弱く微笑む。スーは確信した。あぁ、この子はもう覚悟が決まっているんだと。
「ママにも同じ事を言われたわ。」
そう言いながら、スーはテオに呼吸器を付けてやる。
「もっと自分の事を考えなさいって。テオにも言われるとは思わなかったわ。」
苦笑し、スーはテオの手を両手で包んだ。
「分かったわ。自分を探してみる。ホントのあたしってどんな人間なのか、気になるしね。」
そう言って笑ったスーを見て、テオも優しく微笑んだ。
 その夜、家に帰ったスーはロアンにイギリスへ行くと伝えた。何をどうすればいいのか分かるわけでは無いけど、自分と向き合う決心は付いた。探してみる価値は十分にある。自分と言う人間を。  

2005/08/05(Fri)18:33:14 公開 / 枸橘
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■作者からのメッセージ
初めて書かせていただきました。
駄文で申し訳ありません。
皆様とても素晴らしい小説をお書きになっている中、自分の書いたものを公開するのが少々恥ずかしかったのですが、文の質を上げたいなぁと思い書かせていただきました。
なんでもかまいませんので、感想をいただけると幸いです。
名前は『カラタチ』と読みます。
宜しくお願いします。

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