『願い。  読みきり』 ... ジャンル:時代・歴史 時代・歴史
作者:風間 リン                

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 旦那様は捨て子の私を拾ってくれました。旦那様の屋敷で、仕事をもらい旦那様のために全てを尽くすことを目標としていました。そう、全てを。

 拾われて3年と少し。他にも拾われた子は4人いて、私は屋敷での湯の番を任されていた。薪を割り、旦那様がつかる湯を沸かすのが私の仕事。
 名前は凛。今年で11になった。口減らしのためか、両親に捨てられた。餓死しそうな私を拾い、食事を与え屋敷での仕事、そして読み書きを教えてくれた。本当に神様のようなお方だ。

「おゆうです」
 一つ年下の子だった。真っ白な肌が綺麗で、この子も私たちと同じ捨て子だ。旦那様に拾われた、私たちと同じ幸せな子だ、と思った。
 人懐っこくて、おゆうは私と一緒に湯の番を請け負った。呑み込みが早くて、でも時々ドジをする所がすごく可愛い。とても仲良くなった。

「おゆうも捨てられたの?」
もらったおにぎりをかじりながら聞いた。つらい過去があるのはわかっていたけど、聞いてみたかった。
「村にね、夜盗が来てみんな殺されたの。かかさんとととさんは弟とあたしを逃がしてくれたけど、弟も見つかって…」
最後のほうは、声が震えてかすれていくのがわかった。おゆうの頭を強く抱きしめた。
「ごめん」
それしか言うことがなかった。すぐに微笑んでくれて、少し罪悪感が残る。
「私はね、捨てられたの。兄さんは家を継ぐし、姉さんはもうお嫁に行っちゃって、妹2人はどこかへ売られちゃったの。でもまだ弟がいてね、生活に苦しいからって…ね」
もう平気だと思っていた。頭の中でいつも理解してたつもりだったけど、口に出して言ってみたら一気に体が熱くなって目から涙が溢れていくのがわかった。おゆうは私の手をしっかりつかんで、そのまま何も言わなかった。

 いくらか時が経った。
 旦那様に呼ばれたまま、おゆうが戻ってこないから私一人で薪を焚いた。元々一人でやっていたので、別に苦じゃなかった。
「凛姉、ごめん」
走って戻ってきた。息を切らして仕事を手伝えなかったことを謝ってきたけど、旦那様の用事だということを聞いてあぁそうかとなんとも思わなかった。

 旦那様に好かれたいと思って髪を結いてみた。お遣いに行ったときに買った安い櫛で梳かした。これでも自慢の黒髪、旦那様は何か言ってくれると思った。…でも何も言ってくれなかった。旦那様の用事から帰ったおゆうはとても似合っていると言ってくれた。
 旦那様。
…。
「おゆう、最近旦那様のところに通ってるみたいだね」
「あぁ、読み書きを教わってるの…いつも仕事やってもらってごめんね。あ、後片付けするよ」
あぁそうなのか、とその場は終わった。
 
 旦那様にはお子様がいない。奥方様は優しい方だけど、旦那様のことを話すととても悲しい顔をした。旦那様と奥方様はとても仲がいいけれど何故か寝室が別で、奥方様はそれが凄く寂しいらしい。私ももうそんなに子供じゃないので、それが原因なのは薄々気づいていた。あんなに綺麗でお優しい方のどこに不満があるのだろう。

 ある日、屋敷の人が噂していた。旦那様は男色なのだと。驚いた。そしてお子様がいないことに納得がいって、私は旦那様に愛されることは無いんだと思い、奥方様を哀れんだ。その日のうちに髪型を変えた。高い位置でまとめ、着物の着方も変えてみた。旦那様は少し笑って、頭を軽くたたいた。相手にされなかったのは言うまでも無かったけど、無関心にされるよりはいいと、ずっとそのままにしていた。おゆうは私のそんな姿を見て凄く驚いていた。
「どうしたの?」
そう聞くので、旦那様は男が好きなのだということを言った。
「そんなことをしても凛姉は女の子だよ?」
「でも、これで私は満足してるの」


 月に向かって男に生まれればよかったのにな、とつぶやく日が続いた。どういう形でもいいから、旦那様に愛されたかった。自分が女であることが悔しくてそれを思うたびに泣きたくなった。いつもはおゆうが慰めてくれたけど、今日はいなかった。遅くまで旦那様のところで、読み書きを……
「……」
遅すぎる。いくらなんでも、遅すぎる。お遣いの御駄賃にモチを2つもらったので、おゆうと分けよう。そうだ、きっとわかんなくて旦那様にずっと質問してて困らせてるんだよ。私が教えたら旦那様もきっと他の仕事ができる。

 旦那様の部屋は屋敷の端にある。中庭が一望できる綺麗な部屋。
長い廊下を歩く間にも旦那様とおゆうの声が聞こえた。でも様子がおかしかった。中庭に回りこんで、様子を見ることにした。少し経つとおゆうが走って部屋を出て行った。
「あ、おゆう」
呼びかけてみると、おゆうは一瞬こっちを向いて立ち止まって、私と目があった。驚いたような顔をして走って行った。
「凛、どうした。もう寝ないと明日も早いぞ」
旦那様が部屋から声をかけてきた。私は軽く返事をしてそのまま廊下を走って行った。

 屋敷の裏にある畑のところには大きな岩があって、それに隠れるようにおゆうが座っていた。
「おゆう?どうしたの?」
「見たんでしょ?」
声が震えている。
「泣いてるの?どっか痛いの?」
「凛姉は見たんでしょ?」
「何を…?」
何を言っているんだ、この子は。

「…知らないの?」
「だから何を」



 男の格好をするのをやめた。私は女だ。おゆうの本当の名前は優太。屋敷に来たときからずっと、女の子を格好をしていて言葉遣いやその他全てが女だった。誰も知らなかった。女の子だと思っていた。長い髪、白い肌、華奢な体に細い声。でも身体は男そのものだと、おゆうは…優太は言ってくれた。


「凛姉、大好きだよ。僕はね、凛姉のことがずっと大好きだったんだよ?」
恩人に逆らえない、旦那様の役に立ちたい気持ちは私も優太も同じだった。


 次の朝、優太がいなくなっていた。奥方様は、ある大商人が養子として引き取りたいと言ってきてそのまま行ってしまったと言っていた。
突然すぎて頭がパンパンになって、畑の向こうにある森に行って頭を冷やすことにした。

「イタッ!」
何かにつまずいて転んだ。足元が妙に軟らかくて、足がはまっていた。横に大きめの石がおいてあった。
「ナニコレ…」
何を思ったか、土を掘り返してみることにした。




 部屋に戻って、おゆうの布団の上に手紙があることに気づいた。

 




  凛姉  あたしもう何を一番にしたらいいかわかんないよ 
 ごめんね   さようなら    おゆう








 土で汚れたおゆうの首には古い短刀が刺さったままだった。











2005/07/28(Thu)21:24:36 公開 / 風間 リン
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■作者からのメッセージ
とっさに思いついた話です。
連載してるほうを優先すべきだと思ったのですが…。

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