『Eccentric Van   五〜七 (修正)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:勿桍筑ィ                

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   五


「――あ、はい。……はい。ご苦労様でした」
 俺は、頭を下げて警察の方々を見送った。 
 あの後、オバンと追突してきた運転手は、病院に運ばれた。
  
  *  *  *  *  *  

 オバンは、追突されたのにも関わらず、ずっとこっちを見て、「早くきれいにしな! ……きれいに!」、っと連発しながら足をバタつかせていた。そのオバンを、救急隊員は無理矢理救急車に押し込んで、「はいはい、痛いねー」、っと矛盾する言葉を、イライラしながら発し、オバンを車に入れ、出発させた。更に、もう一方の運転手は、ずっと「足が! 足が!」っとうるさく叫んでいた。そんな運転手に、救急隊員は「こんなんたいしたこと無いよ! 男だろ!」っとこれまた、イライラしながら車に押し込んで、出発させた。
 二人が、病院に運ばれて、やっと静かになったと思ったら、間もなく、警察が来た。
 男の警察官は、車から面倒くさそうに降りてきて、一瞬こっちを睨み付けた。っと思えば、警察官は、何も言わずに俺の腕を掴みパトカーに引きずり込もうとした。
「な、なっ」
 焦る。何もして無くても、焦る。誰でも経験はあると思う。何かあって、警察官が声を掛けてきたときに、自分は何もして無くても、何故か焦る。少なくとも、自分は焦ってしまう。
「な、何すんだよ!」
 気の抜けた声になってしまった。
「…………」
 何か答えろ。何で俺の腕を掴む必要があるんだよ。
 俺は、必死に抵抗して、車内に連れて行かれないように頑張った。しかし、懸命な努力も虚しく、パトカーの中に引きずり込まれてしまった。
「俺が何したって言うんですか、お巡りさん」
 理由を求めて、意を決して何も話そうとしない‘お巡りさん’に話し掛けてみた。
「ちっ」
 ‘お巡りさん’は、舌打ちをした。それに、俺をじっと睨んでいる。
「今、今何て口にした?」
 男は、ぐっと顔を近づけて、怒っていると分かる、ものすごく低い声で質問してきた。さっきまでは、全然気づかなかったが、この男の顔のでかさに驚いてしまっていた。
「さっき、ビビッたのはこのせいか」
 俺は小声で言った。つもりだった。
「そういうことを聞いてんじゃね!」
 えぇぇ。聞こえてた……。
「良いか? もう一度聞くぞ。今なんて言った?」
「さっきビビッ……」
「そのことじゃねぇよ。もうちょっと前だよ」
 男が更にでかい顔を近づけてきた。
 この状況で、自分がどれだけ怯えているのか。こんな狭い空間で、大の男二人が、一体何をしているのだろうと思う風景。そんなことに、俺は恥ずかしい気持ちと、何もできないでいる情けない気持ちが、沸々と胸の中で出てきてしまっていた。そして、それと同じように、市民の安全を守るべき警察官が、何の武器も持っていない民間人に向かってこのような行為をしていることに対して、強い憤りを覚えていた。
「ん! なんか言えよ!」
 くそぉ。何もできないなんて……。くやしぃ。
 俺は、そんなことを思いつつも、隙を狙って、脱出でき無いか周りを見渡すことにした。すると、やってみて良かったと心の中で、歓喜した。
 なんと、俺を連れ込んで、俺が色々と喋ったことにより、忘れていたのだろう、俺の後ろのドアが、少し開いているのに今気付いた。気付いた理由は、――ドアの隙間から、風が、人の声がやけに大きく聞こえたことだった。
 チャンスだ。しかし、考えてみると、ここを出たところで、こいつは車をすぐ操作できて、俺はすぐに乗り込める車もないので、逃げる手段無く、再び捕まってしまう。さてどうする。
「おい! 聞いてんのか!?」
 聞いてません。
 このまま、男――警察官――に脅されて居るままで良いのか? それとも隙を狙ってドアから飛び出てみるか? さあどうする、俺。
 

 決めた! ここから出る。隙を狙って、飛び出す。
 自分の勇気を、褒めるのと同時に、隙を狙った。だが、やっぱり甘かった。
 男は、はっきり言って、ハゲだ。否、そんなことが言いたいのではない。つまり、髪もなければ、隙もない無かったのだ。
「ちっ」
 恐れ多くも、思わず、舌打ちをしてしまった。
 案の定、男は、更に声をでかく、更に顔を近づけてきたのだ。
「なんだと! 今の舌打ちは何だ! 俺に対する挑戦か? ふんっ良い度胸だ! 力もなく、何もできなく、声を上げることしかできない、民間人共が俺に挑戦か? このくそっが!」

 ――プチンッ!
 
 この汚い罵声を浴びせられた瞬間、何かが、音を立てて切れた。
「うっ……」
 男が、俺の顔を見て一瞬凍り付いたように見えた。
 それもその筈、音を立てて切れたのは、俺の、“堪忍袋”だったのだ。
 俺は、このハゲで、少しも隙のない男を、ずっと自由になったままだった両手で、方ら辺を思いっきり押した。こんな顔のでかい奴、俺の力では、どうにもならないだろうと少し自信はなかったが、やはり自分はヤケになっているのだろう、予想が大きくはずれ、男は、ドアに叩きつけられてしまった。
 一瞬、このままではいけないと思い、助けようと手が出てしまったが、先程の言葉や、俺に対する脅しのことを考えてみれば、因果応報だと思い手を引っ込めた。
「俺等を、バカにした報いだ!」
 半分気絶している、男に向かって、捨てぜりふを吐いて外に出た。


 ドアを開けた途端、目玉が飛び出そうになった。
 そこには、あの‘変わった車’がいたのだ。しかも、エンジンもちゃんとかかっている。まさか、あの変じいがっと思って運転席を見たが誰もいなかった。それに、鍵はちゃんと自分のズボンのポケットの中に入っていたのだ。
「こいつは、やっぱり……」
 首を左右に思いっきり振っていた。――そんなことはあり得ない。考えてはならないことが、頭の中に住み着いているのを感じ取った。
 パトカーのドアを‘思いっきり’閉めた。すると、後ろの今まさに閉めたはずのドアが開くのを感じた。
 ビンゴ。
 男が頭を抑えながら、眉間に皺を寄せて出てきたのだ。
 おそらく、今まで気絶をしていた男を、今のドアの閉め方で起こしてしまったのだろう。


 俺は何をやっているんだ……。自分で気絶させたはずの男を、自分で起こしてしまった。何てドジなんだろう。
「よくも……やったな」
 自分のやったことを悔やんでいると、後ろからおとこが俺の服を掴んできた。
 やってしまった。せっかく逃げ出すことに成功――自由になれた――したのに、目の前に逃げるための車があったのに、再び捕まってしまった。
 また自分の行為を悔やんでいる。そんなときも、男は、俺を再びパトカーに引きずり込もうとしている。
 また振り出しに戻るのか。

 ――プッ! プップー!!

 男が、その音にビックリしてか、一瞬掴んでいる服を離した。
 今だ!
 俺は、サッと男の手から抜け出し、地を張って‘マイカー’に乗り込む事に成功した。
「あっ……」
 男が情けない顔をしながら、情けない声を出した。
「おい。待ってくれ〜」
 男は、まるで失恋したみたいな顔をしている。今にも泣き出しそうだ。
 俺は、急いでアクセルを踏んで、車を出発させた。
 やったー! っと何故かとても嬉しくなり、運転しているのも忘れて、両手を上に上げて万歳をしていた。
 やっと自分の今の状況に気づき、慌ててハンドルを握った。しかし、車はすでに、家から数キロは離れた、ある空き地みたいな所で停止していた。



 俺は、今まで、ポンコツ車だと思っていたマイカーによって助けられた。
 あのクラクションによって――。
「ありがとう! 御車様!」
 いつの間にか俺は、変じいが使っていた言葉を口にしていた。






   六


 少しの時間で色々な出来事があったからか、俺はこの安心できるマイカーの車内で、寝ていたようだ。外はすでに、日が落ちていた。少し外の空気を吸おうと、ドアに手を掛けたとき何か変なことに気が付いた。

 起きてすぐは、自分がどこにいるのかも、何をしていたのかも寝ぼけていて分からなかったが、段々と記憶が戻って、自分がマイカーの車の中に分かったとき、何かの音がした。確か、空き地に止まったときは、エンジンやラジオも止まっていたし窓も開いてはいなかった。だが、何かの音がした。その時は分からなかったが、今考えてみるとこの音は……。

 はっと悟り、俺は素早くドアから手を離した。そして、後ろに身を退いた。
 この音は、エンジンの音。もしかしたらっと思い、俺は心臓をバクバクさせながら、窓の外を覗き込んだ。すると、なんと地面が動いているではないか。地面が動いていると言うことは、この車は空き地から動いていると言うことだ。それは大変なことだ。
 俺は神に見放されたのか? 今までの、行いが悪すぎたか? 変じいに悪いことをしたか?
「したな」
 自分の自分自身への問いかけに納得してしまった。
 俺は、何も宗教には入っていない。それなのに、こう言う時だけ神にすがるなんて。日本人の典型的な姿だ。否、日本人をけなしてはいけない。自分も日本人なのだから。
 それより、冷静に考えてみよう。
 地面が動くはずがない。そんなミステリアスな事が俺に起こるはずがない。と言うことは、これは……。
 もう一度、窓の外を見た。動いている。地面が……。
「分かった!」
 俺は、刑事ドラマで、主人公が難事件を解決したときのように、車内で高々と声を上げてしまった。でも、分かった途端に身震いをした。何故か、それは地面が動いているなんてとんでもない。地面が動いているのではなくて、この車が動いているのだ。
 何て事だ。『ミステリアスな事が俺に起こるはずがない』っと思った矢先に、もうすでにミステリアスなことが起こっている。
 このまま死ぬのか? そんな……。やっぱり、車なんかに友情愛を持ったのがバカだった。
 俺は、急いでハンドルを握った。この車をなんとしてでも止めなければと思って。
 しかし、頭を整理してハンドルを握ったときには、車はすでに止まっていた。俺は、呆然としてしまった。また頭がおかしくなりそうだった。
 勝手に動いたあげく、勝手に止まったのだから無理もないだろう。そう思った。
 どこに止まったのだろう。まさか、止まったのではなくどこかに衝突したのでは……。
 ん? 俺は何を言っているんだ。前を見ろ! 前を見れば分かるだろう。

 とそこで、やっと我に返った。そこは空き地。
「夢? え……。今起こったことは? 全部夢?」
 俺はまた目覚めた。俺は車内で寝ていた。外は明るい。腕時計をしていたので、時計を見るために左手を前に持ってきた。
「七……時か」
 時計を見て俺は、車内の天井を見た。
 七時で、外は明るいということは、今は朝。さっきのことが夢だったとしたらっと考えると、なんだか安心してしまった。安心と同時に、吐き気がした。そこで、――夢では叶わなかった――外に出ようと思った。
 しっかりと、車内を確認して、動いているものはないか、それより、地面、否、車は動いていないか確認して、ドアに手を掛けた。
 
 外に出ると、眩しい光が目に飛び込んできた。それに、清々しい風が体に当たった。
「気持ちいい!」
 俺は、その空き地に立って、手を真っ直ぐ太陽の方に伸ばし深呼吸をした。
「やっぱり……夢?」
 夢だったのだろうか。しかし、夢にしては今もなお鮮明に覚えている。それほど、凄いものだったからだろうか。
「まっ、良いか」
 あんな夢での出来事なんかもう忘れようと思い、車に戻ろうと振り返った瞬間、頭が真っ白になった。
「あ……やっぱ」
 腰を抜かして、空き地に尻をついてしまった。
 目の前に広がった光景は、あの止まっていた空き地の風景ではなく、なんと自分の住んでいる団地の風景が広がっていた。そこで、真っ白になった頭が元に戻った。
 やはりあれは、夢なんかではなく、実際に起こった“ミステリアス”であった。
 俺は、腰を上げ、急いで車に戻った。車に戻って、早急に駐車場に行き、家に帰りたかった。
 エンジンを掛けようとしたとき、家にはもうしばらく帰れないなと思わせる声を聞いてしまった。
「ふふふ。どうだったかい? 御車様との旅は。すばらしいものじゃったろ」
 それは、不気味に笑い、決まって‘御車様’とこの車を呼ぶ、あのトラブルじじい。“変じい”だった。
 俺は、近づかれまいと思い、急いでエンジンを付け、アクセルを踏もうと、エンジンが付いたのを確認した。そして前を向いた。
「わぁぁぁぁ!」
 目の前に奴が居た。
「どうじゃった? 情けない声上げよって」
 変じいにしては珍しく、車ではなく、俺という人間に語りかけてきた。
 いつもは、会ってもちょうど手に提げていたスーパーの袋や、鍵などに語りかけていたあの変じいに変化が見られた。
「ど、どうかしました? お、おじいさん」
 俺はビックリして、言葉がどもってしまった。
 俺は、先ず落ち着こうと努力した。
 よし。目の前には爺一人。目の前にいては、発進させられないので、仕方が無くエンジンを止め、変じいの話に付き合うことにした。
 あれ? 変じいに変化が見られた上に、俺にも変化が起こった。なんだか今日は、変じいと話をしても別に良いかと思ったのだ。いつもなら、この発する言葉全てに苛ついていたのに。どうしたんだ? 俺――。
  




   七


 こうやって変じいと話すのは、ここに入居してきて初めてだ。今ままでは、話そうとするとあっちから居なくなったり、聞き流されたりしていた。話す事があっても、それは物のことばかり、例えば、「自分の座っている椅子は可愛くて良い」とか、「御車様は今どうしてる?」とかで何のことか全く分からない意味不明な会話になる。それに、挨拶すらしたこともなかった。
 俺達――変じいと俺と御車様――は、この団地が一望できる空き地に止まり初めての会話をしようとしている。
 俺と変じいは、御車様のボンネットに座り会話をすることにした。
 
 実際話してみると意外や意外、話が通じる。よく、老人と話すと、昔話に発展したり、老人達が好きそうな話に――よくあるのは、庭で育てている植物の状況や、戦争の時の話やらに持ち込まれたりして付いていけなくなることが多々あるが、此奴は若者の話を良く知っているというか現代物の話、つまり、今話題になっている事が好きのようだ。変わった爺だ。まさに、‘変じい’だ。
「――ほう。今はそんな物が世に出回っておるのか。良い世の中になったのお。わしもそこまでは知らんかった」
「いや、あなたはその年で良くここまで知っていると褒め讃えますよ」
 俺は、いつの間にかこの人に馴染んでしまっていたのかつい褒めてしまった。。
「そうじゃのお。わしはこう見えても流行に敏感でな。携帯電話とか、ギャル文字も婆さんとの会話で使用しているのじゃよ」
 え? ギャル文字を会話で? どうやって会話で使うんだ?
「爺ちゃん、会話でどうやって……」
「そろそろ寿命じゃ」
 は!? おい、話聞けよ。
「なあ、御車様でドリャイブしようじゃ」
 あああ、気になる。どうやって会話で使うんだ。
「なあ、ドリャイブドリャイブ」
 老人は、こう言われるときがある。――老人は子供に戻る。いや、子供以上に世話をかける――変じいは、子供が駄駄を言っているようだ。いや、ようだではなく言っているのだ。
「はいはい。ドライブね。じゃあ、行こうか!」
 俺は、世話をしてやんなきゃいけないと思い、腕を上に伸ばして‘ついてこい’っていう感じで声を出した。
「そうじゃのう。おみゃに、話しておきゃなきゃいかない話があるのよ」
 元気に声を出した自分が、何だか馬鹿みたいに思えてきて、顔が真っ赤になったことが自身でも分かるように恥ずかしくなった。
「おみゃは、実は―――」
「何だよ急に」
 変じいは顔を下げたままで何も喋らない。
 俺は、こういう状況が苦手で、どうにかその場を明るくしようと努めた。
「爺ちゃん、歳幾つ? 好きな女性いる?」
 何を聞いているんだ? 馬鹿か俺は。なんで、年なんだよ。見れば大体分かることを。それに、女性なんて。妻が居るだろ。
「ふむ。そうじゃのう。歳は、今年で八十三じゃ。好きな女性は、勿論お前の昔付き会ってたヲンナゴ(女子)よ」
 え? 俺が昔付き合っていた女。俺に、彼女が居たのは大学を卒業するまでの間だけ。それ以降は、全くそう言った事がない。
「それっていつの?」
「おみゃは、実は―――」
 は……。
「実は、わしの息子なのだよ。名前は、太平だった」
 衝撃の事実っと言った方が良いのだろうか、これと言って実感がわかない。だからどうしたという感じだ。
「いや、俺の名前は大史だぞ」
「わしは、五十だった。その時、二十五だった母さんと結婚したのだよ。いやー若くて良い経験をした。母さんは、抵抗したのだよ。でもその母さんを、わしは、押さえつけて、ロープで抵抗できなくさせて、堪能したのよ」
 なんちゅう経験だ。これって犯罪だよな。最低だこの爺。いや、となると、父さんと言うことか。
「犯罪ですよね」
「ふむ。では、お前さんは犯罪で産まれた子になる」
 自殺したくなってきた。‘お前さんは犯罪で産まれた子’と言う汚名は俺のガラスの心を一瞬のうちに、粉砕した。
「冗談じゃよ。――おみゃは、普通にわしと母さんの間に産まれた正式な子じゃ」
 安心はしたが、なんだか面白くない。さっきから、寿命じゃとか、お前はわしの子じゃとか、もう終わりみたいな感じで寂しい。あんたは、前みたいに無責任で気持ち悪いままで良いんだよ。それに、一生死なんよ。あんたみたいな奴、極楽からも地獄からも、出迎えがないから安心しな。

 ――プッ! プッ!
 
 この沈んでいる中、俺をあの変態警官から救った、救いのベルの音が辺りに響いた。
「なんじゃ。呼んでおるぞ太平。御車様じゃ」
「誰のことです?」
「お前じゃよ。さっき言ったろ。馬鹿じゃお前は。御車様の使いのお前は馬鹿じゃ」
 変じいは、いつもの調子を取り戻したの如く俺のことを指さして言った。
「俺は、唯のあの車の持ち主だよ。それに、使いなんて誰も言ってないだろ。なんで、誰も乗ってないのに勝手にベルが鳴るわけよ」
 俺は、変じいが取り戻したペースにのって話を進めた。
「そうじゃよ勝手にはならんが、御車様は違う。わしが、若い頃に出会った車を今お前がもっとる」 
っと変じいが、突然ビックリしたようにこの衰えて、おそらく昔は立派な物だったのだろうと思える目が再び命を取り戻したかのように、大きく見開いてこっちを見た。凝視。
 ずっと凝視。そして沈黙。
「何でかの! 俺は、売ってはおらんがいつの間にか無くなっておったのじゃ」
 どんどん、目が見開いていく。このままいくと、目玉が飛び出しそうだ。
 それに、何だか怒っているような感じもある。
「はあー。お前に盗まれた!」
 変じいは、いきなり俺に息を吹きかけてきた。――臭い。息が臭い。生ゴミの臭いがした。何故今まで気付かなかったのか。うえぇぇ。
 凝視。
 こうやって爺にずっと見られてると感じるとなんだか気味が悪い。気味が悪いし、なんだか先程から喉の辺りが熱くなってきた。口の中は、もう酸っぱい味で広がっている。俺は、必死に嘔吐をこらえた。喉の辺りまできている。――とは言っても一日前だが、もう消化し切れたと思った食べた物が出発の準備をしている。俺は頑張ってそれらを押し込んでみたが失敗。ここのままの状態で頑張ってみよう。
「だが、まあ良い。――御車様が喜んでおるわ!!」
 突然変じいの声が小さくなったかと思ったら、また突然勢いよく喋りだした。
 それに刺激されたのか、俺ののどの辺りにあった物が出発したようだ。‘レッツGO!’外に向けて、口を開けて地面へ。――そして、それは嘔吐。
「何じゃ突然。うぅ臭い。お主何を食べておるんじゃ。臭い臭い」
 お前の方が臭いと思いながら、全部してしまおう。
「をぇぇぇ! はぁはぁ。をぇぇぇ!」


 俺は暫く吐き続けた。辺りは、胃液の黄色い色で水たまりの如く、ゲロたまりができあがっていた。それに、何でかこのごろ吐いてばかりだ。このじじいより体が弱くなっているのかもしれない。
 変じいと言うと、こっちを見ながらまだ「臭い臭い」と騒いでいる。
「はあ――」
 出終わった。スッキリした。
「太平よ、スッキリしたか」
「ああ」
「そうか」
 顔を上げたら時、変じいが心配したように声を掛けてきたかと思ったら、満面の笑み。そして、俺が「大丈夫だ」と答えると、ならと、「ドリャイブじゃ」。――気味が悪い。笑うと、元からくしゃくしゃだった顔が更にくしゃくしゃになる。
「ああ。ドライブに行こう」
 落ち着いて、さっきみたいな失態はしない。それに、かなり親近感があるように。こんなに早く親近感を抱けるのか? そんな疑問を持ちながら。
「御車様の中で、父親に悩みを話してみよ!」
「な、悩み……」
 
 何だか変な感じだ。あんなに、変なじいさんだとずっと思っていたし、物としか会話しないと思っていたのに……、今じゃ俺と会話どころか、父さんだったと言うことが発覚した。しかも、今からマイカーで一緒にドライブ。まさかこのまま一緒に住むことになるとか。いや、いくら親近感があってもそれだけは避けたい。一緒に住むなんて。あり得ない。それにもし、一緒に住むことになったら、あの‘汚ばばあ’と一緒になると言うことだ。そんな……御免だ。一緒に住むことになれば、俺は毎日嘔吐してしまう。そんな生活御免だ。俺も、その内子供達から、‘げろオッサン’何て言うニックネームが――。

「何妄想しておるんじゃ?」
 ん! 何だ? 俺は、妄想をしてしまっていたようだ。何を妄想していたか何て、覚えて何ていない。まあ、どうでも良い。でもなんか結構幸せな妄想だったような。
「さて、なら今すぐにでも行きたいところだが」
 俺は、腹が減っていたので何かを食べてから行こうと思っていた。
「さあ! さっさと出発しておくれぃ!」
 しかし、もうすで爺は車に乗り込んでしまっていた。俺の夢はまたして絶たれたのだ。
 仕方がない。早く変じいを飽きさせて戻ってこよう。飯はそれからだ。はあー。

 
 俺と御車様は、変じいを乗せ、走り出した。
 あの壮絶な旅となる舞台に向けて――――。







2006/02/03(Fri)22:07:32 公開 / 勿桍筑ィ
■この作品の著作権は勿桍筑ィさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、勿桍筑ィです。
すいません。分かりづらい表現で、大事な部分が分からない事になっていたようで。‘七’大幅修正いたしましたのでご覧下さい。
申し訳御座いませんでした。


変じいの新たな一面が発覚しました。作者もビックリです。また、主人公の名も最初は、太平なんて。でもあまりその話には触れなかった。もうちょっと詳しくしてほしかったです。でも、その話は時期に明らかになると聞いております。はい。


それでは、感想・指摘よろしく願います。
それでは、失礼いたします。


※もし初めて見ていただいた方がいましたら、一〜四は−20050615で、五〜七は−20050731で、語句検索で“御車様”っと打っていただけると出てきます。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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