『晴れ間に、笑う【読みきり】』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:7com                

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 その人の手は、いつも何かを掴もうとするように少し開いている。それが何を求めているのか、もしくはただ手の形が自然とそうなっているだけの事なのか、僕には分からないけれど。でも、僕はその手が好きだ。細くて短い指、小さな手の平、白く透き通る様な肌。左手の甲には線状の傷がいくつかあって、僕はいつかその傷について尋ねるつもりだった。



――晴れ間に、笑う



 辺りは閑散としていた。ふと、片田舎の風景に似付かわしくない携帯電話を取出し、時間を確認する。サブディスプレイを光らせると、太陽の光で見にくかったが時間は分かった。三時五二分、四時にはまだ少しだけ早い。当然まだまだ外は明るくて、梅雨入り前の陽気がいい感じで漂っている。
 駅前の小さなバスターミナルの小さなベンチが、僕が態勢を変えるのと同時に時折ギシギシと音を立てる。それはもう、いつ壊れても不思議じゃないぐらいに。こんな時間には珍しく、駅に入っていく学生の姿が見えた。僕と同じ校章を胸に付けていて、それが暮島高校の生徒だという事が一目で分かった。むしろ、校章を見なくてもブレザーを見るだけですぐ分かるぐらいだ。こんな辺鄙な場所にある高校は一つしかない。
 公立暮島高校は都市から少し離れた、というか、都市と都市の間にある山中、いわゆる郊外(にしては田舎過ぎるけれど)に建てられていた。よくある片田舎、辺りには田んぼと、いくらかの住宅と、そして僕の通う高校があった。ただ朝の登校ラッシュを除いて、喧騒とは無縁の場所。僕はこの場所が好きだった。平穏、その言葉が似合うこの空間では全てがゆっくりと流れていて、息の詰まる人ごみだってない。高校からあるいて十五分の最寄駅もまったく栄えてないし、夜の八時を越えると無人駅に早変わり。駅前にも特に店があるわけでもなくて、小さなバスターミナルがあるだけで、コンビニすらない。そのバスも一時間に二本走っているだけで、高校の近くは通らないから、学生の利用もない。そんなこんなで、僕はこの街が好きだ。その理由はもちろん、先に述べた全てなのだけれど。

 もうすぐ四時だ。僕がこの時間をどれだけ待ったことか、と言っても着いたのはほんの十分前だった。僕は学校から走ってここまでやって来た。最後の授業が終わってすぐに。そういえば、物事の楽しみは、待った時間の長さではなくて、期待の大きさで決まるんだと誰かが言っていた。
ピピッという電子音が響く、携帯が鳴ったのだ。と、同時に遠くからバスのエンジン音が聞こえた(ような気がした)。そのエンジン音がハッキリと聞こえるまで、どれぐらいの時間だったかは分からない。けれど、僕は期待に胸を膨らませていた。とてもとても大きな期待に。物事の楽しみは、きっと期待の大きさで決まるのだ。僕はその時、ふとその言葉が正しいように思えた。

 バスがターミナルをぐるっと回って一番奥までやって来た。僕はそこにあるベンチに座って、降りてくる人を見ていた。腰の曲がったお婆さんが、最初に降りてきた。背中に大きな籠を背負っていて、そこにはいくつか野菜が入っているように見えた。お婆さんが危なっかしく降りようとしている所を見て、僕は思わず駆け出した。
「あ、大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとう、なんだか最近めっきり腰が弱くなって」
 お婆さんはしわくちゃの顔を柔らかく笑顔にして、聞いてもいない事まで言った。僕はお婆さんが背負っていた籠と、お婆さんの手を取る。そして無事にステップを降り終えると、僕は籠を返し、手を離した。
「ありがとうねぇ」
 それはたった一言だったけれど、僕の心を温かくして、笑顔にさせた。僕はそのまま、ただ笑った。返答はそれで十分だった。そこで、肩を叩かれて振り向いた。すると、その人は僕の後ろに立っていて、僕の笑顔はそのまま崩れないでいた
「優しいんだね」
 その人はそれだけ言って、すぐ横にあったベンチに僕を誘った。僕が左、その人が右に座る。バスはもうエンジン音を響かせてターミナルを出ようとしていた。

 ちょっとドキドキしていた。お婆さんを助けたのは偶然だったけど、何故か恥ずかしい気がした。僕は誰かに自分の優しさを見せるのは、恥ずかしい事だという印象を持っていて、そして、自分の優しさに対して恥ずかしい、と思ってしまうような人の持っている優しさは、きっと本物じゃないんだとも思っていた。それがその人に見られて僕は二重に恥ずかしい気がした。その時、すっと、一瞬だけ、その人の手と僕の腕が触れた。
「秀君は優しいよ」
 そして、その人は、さっき言った自分の言葉に確信を抱くように、また、自分を気に病む僕を諭すように、そう言った。表情は、まだ少し恥ずかしい気がして見れないけれど。
「うん……ん?」
「どうしたの?」
 そこで初めてその人の顔を正面からハッキリと見た。きょとんとした顔で、僕を見ていた。
「あ、え、いや、なんで考える事が分かったのかなぁって」
 その顔を見て、僕は何故か凄く落ち着きを取り戻した。
「考えてる事?」
「え、うん」
「でも、なんとなく言っただけどね」
 その人は、その事を心の底から嬉しそうに微笑う。目が、輝いている。僕は今どんな顔をしているのか分からないけれど、きっと優しい顔をしていられているのだろう

 その人は多喜子といった。身長は167cmの僕より少し低いぐらいで、そんなに変わらなかった。体は細くて、肌は綺麗な色白だった。一週間に一度、月曜日の四時のバスと共にここに来て、変わらない朝顔柄のワンピースを纏い、笑った。最初に会ったのは今年の四月だった。暮島高校に入学して日も経たないある日、バスターミナルのベンチで彼女を見かけた。最初の二回はそうやって通り過ぎるだけだった。三回目で、僕は四時より早くバスターミナルに着いて、ベンチに座ってバスを待った。その人を待った。待ってあげなければならないような気がしていた。今日は素通りしないんだね。バスと共に現れた彼女は笑顔でそう言った。あれから、二ヶ月が過ぎようとしていた。

「学校楽しい?」
「うん、でもまだ友達はそんなにできてないかな」
「そっか、いい先生はいる?」
「いるよ、国語の先生で――」
 多喜子さんはいつも、まるで弟の様子を気遣う姉のように僕に問い掛けた。僕はそれに答えて、更に学校の色んな話をした。話すのは主に僕の方で、時々いくつか質問と相槌を打つ以外、多喜子さんは自分の話をしなかった。別にそれが不思議だとは思わない。見た目にも年上の多喜子さんを本当の姉の様に思っていた。
「――だから、みんなにも人気みたい」
「へー、いい先生がいるっていいなぁ」
「うん」
 会話が途絶える。でも、多喜子さんは僕をずっと笑顔で見ている。沈黙に気まずさはない。僕らは時々こうやって余韻を残す喋り方をした。でも、今日は聞こうと思っている事があった。不思議とは思わないけれど、多喜子さんの事を知りたいという感情はあった。
「多喜子さんの、その左手の甲の擦り傷、どうしたの?」
 ふっ、と。その表情に苦笑の色が見えた事に、僕は気付けなかった。
「え、ちょっとひっかけちゃって」
「最近?」
「うん、少し前の傷かなぁ」
 僕はもう一度視線を左手に落として。まじまじと見た。それは言われてみれば古い傷のように見えた。僕は、ふーん、と呟いて、正面に向き直り、そうしてからもう一つ聞きたい事を思い出して、多喜子さんを見た。
「そういえば、多喜子さんはいつもここで何をしてるの?」
 多喜子さんは、少し考えてから言った。
「うーん、秀君とお喋り?」
「確かに僕とお喋りはしてるけどね」
 予想外の答えに、僕は笑う。滅多に冗談は言わない人なのに。
「ホントは……」
 笑っている僕は見ないで、多喜子さんはターミナルの屋根でできた影と、太陽の照りつけるアスファルトの境目を見るようにした。
「ただの、息抜きだよ」
 僕はまだ少し笑いながら、多喜子さんを見た。その顔は何故か笑っていなかった。
「どうかした?」
 すると、その顔を笑顔で染め直して、僕を見た。
「ううん、なんでもない。それより、もうすぐ電車来るよ?」
「あれ、もうそんな時間かぁ」
 携帯を取り出して時間を見る、もう四時四十五分になっていた。四十八分発の電車に乗らなければ、塾に間に合わなくなってしまう。
「じゃあね、また来週」
「うん、またね」
 僕が駅に向かって歩き出してから、電車に乗るまで、多喜子さんはバスターミナルのベンチの傍に笑顔で立っていて、僕の方を見ていた。そして最後に、電車が動き出した時に多喜子さんは手を振った。僕も小さく手を振った。また来週、その言葉を胸の何処かで響かせた。




「――それでさ、そいつひたすら笑うんだよ」
 一週間後の月曜日、僕はまた同じベンチに居た。
「楽しい子だね」
 多喜子さんは相変わらず笑顔で僕の話を聞く。
「ひどいよ、ちょっとこけたぐらいで」
「でも、お友達になれたんでしょう?」
「うん、まぁ一応ね」
「なら良かった」
 多喜子さんはそう言って安心した様な笑顔を浮かべた。そして、僕は話を続けた。新しくできた友達の事、好きな授業の事、クラスで気になる子の事、それは僕の学校生活の全てで。多喜子さんは、本当に優しい姉の様だった。
 しばらく喋っていると、珍しくこの時間に駅に向かう人が居た。ブレザーを着ている。暮島高校の生徒だ。部活を推奨していて、尚且つ帰宅部率が一桁を誇る(もともと生徒数が少ないけれど)上に、殆どが地元住民が生徒(僕もそうだ)の暮島高校にとっては、十分珍しい事態だった。一体何処へ行くのだろう、僕と同じ塾だろうか。そう思ってその生徒を見ていると、それがさっきの話に出てきた“新しくできた友達”だと気付いた。しばらくして向こうも気付いたのか、彼はこっちに向かって歩いてきた。
「おう!ヒデじゃん」
「や、マサシ。塾?」
「いや、街のデカイ病院行くんだ。それより、お前こそこんな所で何してんだよ」
「いや、まぁ……」
 僕は多喜子さんとの事を勘繰られるかと思って、内心冷や冷やしていた。気持ちは姉だけれど、他人から見ればどう映るかは分からない。チラっと多喜子さんを見ると、何故かうつむいていた。僕と同じ事を考えているのかもしれなかった。
「ふーん、こけたり、こんなとこ居たり、変な奴だな」
「うるさいなー」
 僕は曖昧に笑ってマサシを軽く叩いた。
「ま、いーや。じゃあまた明日な」
 マサシはそれだけ言って、さっさと駅に向かって行ってしまった。驚いた、というか安心した事に、マサシは多喜子さんとの事には触れないで居てくれていた。彼なりの気遣いなのか、それとも悔しさからスルーしたのか、もしくは単に急いでいたのか。理由は分からないけれど、とにかくホッとした。
「あれが、さっき言ってた友達」
「やっぱり、楽しそうな子だったね」
 多喜子さんの顔は苦笑いだった。
「どうかした?」
「ううん、大丈夫」
 大丈夫、とは言ったけど、多喜子さんの顔はまだ苦笑いだった。僕は何か変な事を言ってしまったのかと思って、別の話題を考えた。
「あいつさー、面白い奴なんだけど時々わからないんだよ」
「わからないって?」
「急にテンション上がったりさぁ」
「へー、でも、そういう所も楽しそうだけど」
 多喜子さんは、徐々に自然な笑いに戻っているような気がした。良かった、そう思った。
「んー、でもさ、やっぱり時々混乱するよ。あーあ、相手の考えてる事とか、全部解っちゃえば人付き合いも楽なのにね、そしたらもっと友達だって――」
 そう言った瞬間、多喜子さんはベンチをガタっと鳴らして、勢いよく立ち上がった。
「あ、どうか……した?」
 僕は必死に、僕の言葉の中から多喜子さんの機嫌を損ねる様なものを探そうとしていた。ない。僕の思う限りでは、見付からない。それでも多喜子さんは、こうして悲しい顔をして、僕の隣に立っていた。
「多喜子さん?」
「…ごめん。私体調悪いみたい」
「あ、うん…」
 そのまま沈黙した。しばらくして、多喜子さんはおもむろにベンチに座った。そのまま、ただ時間が過ぎていった。またしばらくして、僕はゆっくりと立ち上がった。
「もう、時間だ」
「うん…」
 多喜子さんは、小さく返事した。僕は、やり切れない思いだけど、それでもそのまま駅へ向かった。何も言えなかった。あんな悲しい顔の多喜子さんは見た事が無かった。電車に乗ってから見たバスターミナルのベンチには、もう誰も座っていなかった。遠くに見える、厚くて重そうな雲が、遅めの梅雨の到来を告げているようだった。




『ここ数年の空梅雨とは打って変わって、今年は雨の多い年になりそうです。遅めのスタートとなった梅雨ですが、どうやら局地的な大雨が増えている模様で、これも近年の地球温暖化が――』
 ニュースのお天気コーナーでは、既に始まった梅雨の解説をしていた。僕は気だるい気分でチャンネルをいくつか変えたが、どれも、同じようなものだった。僕はテレビの電源を切り、リモコンをベッドの端に放り、自分も体をベッドに放り出した。あれから、二回の月曜日が過ぎた。どちらも、多喜子さんはバスがやって来てもそこにはおらず、ただ横殴りの雨だけが僕の肩を叩いた。理由は、分からなかった。休日だというのに、やたら降り続く雨は、みんなに暇をもたらしたが、僕には考える時間を与えた。気付いた事、気付いていた事、見るべきもの、見えていたもの、そしてまだ分からない事。何処かで、自分が大人になる気がした。それは、ただの思い上がりなのかもしれないけれど。

 それから一週間経ち、二週間経ち、お天気キャスターが梅雨明けを伝えて最初の月曜日、僕は同じように、バスターミナルで多喜子さんを待った。何となく、予感していた。
「や、久しぶりだね」
 バスが水溜りを渋きを上げながらターミナル内を通っていった時、多喜子さんはそこに居た。僕は彼女をベンチに誘って、僕が左、多喜子さんが右に座る。ベンチは相変わらず壊れそうな音を上げた。
「いつ……死んだの?」
 僕のその言葉で、多喜子さんはハッとした後、悲しい顔になった。そうだ、僕はいつからか予感めいたものは感じていた。いつも、バスと共に、バスから“降りてくるでもなく”ターミナルに立っていて、いつも同じワンピースで、そして、立ち去る所も見たことはなかった。何故かマサシは多喜子さんに触れなかった。僕を変わった奴だと言った。当たり前かもしれない。マサシから見れば、僕は一人でベンチに座っていたに違いない。きっと僕にしか見えない、白く透き通るような肌は何処か幻想的で、肌も想いも褪せる事なく、三ヶ月という期間を共に過ごした。多喜子さんは、この世の人ではない。それは、長い梅雨の季節が確信に変えさせた。
「何年か前かな、もう思い出せない」
「そっか」
 沈黙した。でも、やっぱり気まずさはない。そこには明確な理解があった。
「私ね」
 そして、多喜子さんはゆっくり言い出した。
「私、自殺したんだ」
「えっ」
 それは、僕自身予想していない答えだった。
「私ね、左手で人に触れると、その人の心が分かっちゃうの」
 『秀君は優しいよ』、その言葉を思い出す。適当なんて言っておいて、あれは多喜子さんの本当の気持ちだったのかもしれない。僕の心を見た。自らの優しさに戸惑う僕の心を。
「小さい頃からね、不思議だった。だって、触れる人触れる人、みんなの考えてる事が覗けちゃうんだから。最初はね、それが凄く楽しかった。いつしか、それが自分だけの秘密の力なんだって気付いて、色々イタズラだってした。でも、それは周りが純粋な世界だったから許された、禁じられた力だった。」
 『あーあ、相手の考えてる事とか、全部解っちゃえば人付き合いも楽なのにね』、ふと、自分の言葉を思い出す。無邪気に、僕は言っただけだった。
「みんなの心が大人になっていくにつれて、段々自分の力が怖くなってきた。みんなの心に、黒いものが増えていくのが分かって……。その内、私は人に触れる事が怖くなったの。それでも耐え切れなくて、私は両親に自分の力を打ち明けた。両親は私を受け入れてくれた。抱き締めてくれた。でも、そこから感じ取ったのは、ただ恐ろしい、っていう感情だけだった」
 多喜子さんは自嘲的に言った。
「私ね、逃げる様におばあちゃんの住むここに来たの。ちょうど高校受験が迫ってたし、静かに勉強したいって言ってね。それに、高校も暮島高校にするつもりだったし。それで、高校に受かって、そのままおばあちゃんの家で暮らす事になったの。」
 そして、ふっと笑う。
「もう一度、何かを信じたかった。信じたくて、おばあちゃんに力を打ち明けた。でも……」
 その先は、何となく分かっていた。何も信じられなくなった人のすることは、ただ一つだった。
「もう、いいよ」
 僕は、そっと、左手に手を伸ばす。
「あっ」
 そして、優しくその手を握った。柔らかかった。
 きっと、この手を恨んだに違いない。きっと、自らの手でこの左手を傷付けたに違いない。手の甲以上に無数の傷が残る手の平は、彼女の苦痛を表すにはまだ足りない気がした。
「僕は、色んな嘘も付くし、浅ましい考えだって持つけど、多喜子さんを大事にしたいって思うよ」
「うん」
 ポツ、ポツ、と雨が降り始めた。
「まだ信じられるものがあるって思って欲しい」
「うん……」
 徐々に、雨はその強さを増す。梅雨は、明けたんじゃなかったのか。
「今僕の心の中に、黒いものがあるなら、僕は多喜子さんと同じ世界に行く」
「ううん、ううん…」
 多喜子さんは何かを否定する様に、首を振った。手は震え、体も小刻みに震えて、涙が零れた。雨は激しさを増して、その涙を洗い流す様に、横殴りに僕らを通り過ぎていく。
「もう一度だけ」
 僕は右手で左手を握ったまま、左手で多喜子さんを抱きしめる。
「誰かを――僕を、信じて欲しい」
 この世にも、きっと信じれるものはあるんだと、言いたかった。僕自身もそれを信じたかった。多喜子さんは、ゆっくりと、手は握ったまま、僕の抱擁を解いた。そして、無理して作った笑顔で、言う。
「ありがとう」
 僕は全てを言って、多喜子さんは全て応えた。それは、この短いけれど、共有の期間が終わる事を意味していた。僕の心に迷いはなかった。そして、きっと、多喜子さんの心にも。空の向こうが晴れ間を見せた。
「私、信じれたよ」
 多喜子さんは、僕に向かって今度は本当の笑顔でそう言って。その雨とも、光とも取れるものたちの間に、ゆっくり霞んでいった。僕の右手から、感触が薄れていく。
「僕も、ね」
 ゆっくり、ゆっくり、それはまだ降りしきる雨と、遠くから差し込む光に消えていった。

 この先、僕が優しさを振りまく時が来たなら、それが僕の優しさなんだと、胸を張れるようになりたい。傲慢でなく、自然な優しさで触れ、感じ、想いを受け取り、返す。人を愛して、信じたい。言葉では簡単だけど、きっと僕は、いや、誰もがそれに苦しむ。それでも最後に笑って、あの晴れ間の様な空を見れたら、僕はそれでいいんだと思う。
 幽霊とか、魂とか。そういうのは信じない方だけど。この梅雨の季節に、確かにその人は居た。もう柔らかい感触のない右手を、ぎゅっと握る。雨と一緒に、この優しい気持ちが何処かに流れてしまわない様に、強く、優しく。

2005/07/06(Wed)02:56:09 公開 / 7com
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■作者からのメッセージ
こんな短い読み切りだけで力尽きてしまう作者なのでありますが…
筆者の感想と致しましては、展開が若干急な気がするのと、説明不足、その割には最後で畳み掛ける様に説明し過ぎな感があります。あと、ラストもインパクトのある言葉にかけるというか、感動モノならちゃんと感動させる言葉を書きたかった気がしますが、こんな風にスラリとかわしつつ終わらすのも有りかなぁと思って終わらせてしまいました(本音は精神的限界)
 気付いた部分があればご指摘をお願いします。もちろん感想も。筆者の観点と読み手の観点がどれだけ違うのか、是非教えて頂けたらと思います。
(私の場合、自分の作品にもどっぷり感情移入して後先見えなくなりますが…)
では、お読み頂きありがとうございました。

※ハイ、速攻で編集ですね。ダメだコリャ。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
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